湘南海星高校に1セットを先取した事にギャラリーの一角では拍手と歓声が上がっていた。
久しぶりにバレーの試合を間近で観戦した事に来夏達は面白いと思っていた。
「あれ?大河、こっちを見てない?」
喜んでいる中、2セット目が始まる直前に来夏は大河の視線に気が付いた。
離れているのでどこを見ているのかは確証はなかったがこっちを見ているような気がしていた。
「分かった〜沙羽を見ているんだ、うーん恋だねー」
来夏は冗談交じりに呟いた。
そんな事あるか!と沙羽のツッコミを貰い、和奏やウィーンは微笑んだ。
だが大智だけは後ろを振り返り、大河が見ている人物を見つけた。
「ちょっと行ってくる」
それだけ言い残して大智は前列席から後席に足を運んだ。
どうしたんだろうと全員が見つめる中、2セット目の開始の合図にコートに視線を移した。
「おーい、観戦か?」
「大智、まぁそんなところだよ」
「照、いいのか試合に参加しなくて」
「俺は引退したんだ」
「そうだったな」
その言葉に大智は苦笑し、照の隣に腰を降ろした。
田中照、元バレー部の主将で大河と同じくインターハイが終わり、引退を決意した選手であり、唯一の3年生だ。
1年生の時に同じクラスだった大智とは仲が良く、スポーツの話で良く盛り上がった仲である。
「・・・セッターが変わったな」
ポツリと呟いた声に大智はコートに視線を移すと1セット目から出ていた光輝ではなく、竜司がトスを上げている事に気が付いた。
「何かあったのか?」
「分からないが光輝がベンチに座っているという事は大きな怪我じゃなさそうだな」
ベンチに座って、下を向いている光輝を見ながら照が口を開いた。
元々セッターではない選手がセットアップなど、普段しない動きをするということはそう簡単な事ではないだろう。
竜司が大河にトスを上げ、腕を振り抜くと相手の2枚ブロックに捕まり、点を失った。
「トスワークが下手だな、まぁ、無理はないか」
冷静に分析をして、今の竜司の一連のプレーにダメ出しをした。
次に竜司はレフトにトスを上げ、海野は腕を振り抜いたが、完璧には手にあたらなかったがそれが相手の予想とは異なり、ボールはコートに落ちた。
「よし!」
大智は小さくガッツポーズを決めた。
だが照は怪訝した表情でコートを見つめていた。
トスの精度は悪くないがそのトスは海野の好きなトスか?最初の大河のトスもそうだがスパイカーの事を考えてトスを上げているのか?
照にはそう思わせるトスであった。
相手のレベルが低ければそれでもいいだろうがいくら2軍とはいえ湘南海星高校相手ではそれでは簡単に決まらないだろう。
「次は大河と見せかけて、もう一回レフトかな」
「えっ?」
大智は先を見据えた照の言葉を疑ったが、結果はレフトにトスをあげた。
「そしてブロックに捕まる」
ボールは相手のブロックに捕まり、真下に落ちた。
「・・・お前」
どうしてそんな事が分かるんだよ。
「このセットは勝てないな、まぁ、3セット目に光輝が戻ってきても勝てはしないだろうがな」
「どうしてだ?1セット目は取っただろう」
冷静な分析に大智は首を傾げた。
「1セット目は様子を見られていたんだよ」
「そうなのか⁉︎」
「ああ、簡単に言えば遊ばれていたんだよ」
そんな事も気付かなかったのかと言われているような気がした。
1セット目を先取した事で喜んでいた自分が馬鹿のようだった。
「お前・・・バレーやりたいんじゃないのか?」
「何言ってんだよ、俺は引退したんだぞ」
「でも戻れるだろう」
それには照も返す言葉がなかった。
インターハイで湘南海星高校に敗れてから照は自分のバレーの下手さにムカついていた。
確かに相手は全国常連校だ、勝てる確率は低いだろうが、それでも希望は捨てていなかった。
だが戦った相手は2軍、今コートで戦っているメンバーだ。
1軍に負けたなら分かる、だが相手をバカにしたかのように控えメンバーで試合をする事に照は気に食わなかった。
絶対に勝って、1軍を引きずり出してやると思っていたが、結果は及ばなかった。ましてや2セット目は3軍を出される始末。
白浜坂高校バレー部に入部してから照は打倒湘南海星高校と心の中で目標を掲げていたが現実はそんなに甘くなかった。
自分の下手さに、弱さに嫌気がさしていた。
だから引退を決意したんだ。
その後、相模湾流域練習試合で湘南海星高校に勝ったと聞いた。
バレー部を辞めたはずの大河が戻って、打倒湘南海星高校と言っていると耳にした。
その為には自分の力が必要だと言われた。
でも断ってきた。
だが、大河から竜司という元、湘南の怪物が入部し、湘南海星高校に勝てる希望が出てきたと知らされ、せめて今日の練習試合は見に来て欲しいと言われた。
「だが・・・あんな思いをさせられるのはごめんだ」
「・・・照」
「俺にはもう、あそこでバレーをやる資格がないんだ」
「ふざけた事、言ってんじゃねぇ!!!」
照の言葉に大河が怒声を上げた。
「そんなプライド捨ててさっさと部に戻れよ!バレーが好きなんだろう!バレーがやりたいんだろ!」
「俺には・・・もう」
「お前はまだ高校バレーをやれるチャンスがあるじゃねぇか!!!俺は試合に負けて、もう白浜坂高校でバドミントンをやる事すら出来ないんだ、お前にはまだ戻る場所があるだろう」
「・・・大智」
そういえば昔もこうやって互いの気持ちをぶつけていた事があったな。
同年代の人は誰もいなくて心が折れそうな時はいつも叱ってくれてたよな。
でも・・・。
「・・・悪い」
「照!」
握りしめていた拳を照に向かって振り下ろそうとしていた。
「はい、タンマ」
振りかぶった手を止めた沙羽が呆れたように口を開いた。
「少し落ち着いて田中」
「・・・沖田」
沖田の言葉に大智は我に返って、拳の力を抜いた。
沙羽の後ろからヒョコっと和奏が現れた。
「照くんだよね?」
「あ、ああ」
「私もね、同じように好きなものを諦めようとしたの、でもね、あそこにいる来夏やウィーン、それに沙羽や田中のおかげでもう一度音楽をやって見ようと思う事が出来たの、自分の気持ちに素直になれたの、照くんもきっとそうだと思う」
「俺は」
「好きな事に理由はいらないよ、前に竜司くんがそう言ってた、最初は簡単に思ってたけど今ならその言葉の意味も分かる気がする」
和奏の言葉に照は目を閉じて考えた。
中学から始めたバレー。
辛くて、苦しい時もあった。
でも、楽しかった。
試合になれば今までの辛い、苦しい練習も忘れられた。
瞼の裏にはそう映っていた。
「ありがと」
いきなり立ち上がり、照は一言残してその場から立ち去った。
言葉の意味からしてきっと大丈夫だろうと思った3人は微笑みを浮かべた。
試合は14ー8と白浜坂高校が負けていた。
やはり、新しいフォーメーションでいきなり本気を出した湘南海星高校には無理があった。
でもこの作戦しか打つ手がなかった。
仮にどちらか一方を固定してしまうと攻撃力が半減してしまう、他の誰かをセッターにおいても、トスは大河と竜司に集まってしまう。
そうなれば相手のブロックがしっかりとついてくる。
いくら竜司や大河でも洗練された湘南海星高校のブロックを潜り抜けて得点を奪う事は難しいだろう。
ああ、こんな時に照がいてくれたら。
響子はそう思うしかなかった。
「先生!」
声がする方に振り向くとそこには照が立っていた。
「照!あなた・・・」
「俺を試合に出して下さい」
部活を引退すると言い、我が儘な事は百も承知だが照はこの場に現れた。
真剣な眼差しで響子を見つめる。
その瞳に響子は全てを理解した。
「準備はいいわね!」
「はい!!」
「よし!行ってこい!」
響子は照のお尻を叩きながらコートに送り込んだ。
「審判、メンバーチェンジ、水木、交代よ」
「えっ?・・照さん!」
いきなりの交代に水木は驚きベンチに視線を向けるとそこには懐かしい顔が見えた。
「塩田、後は任せてくれ」
差し出した手を軽く叩いて水木はベンチに戻った。
みんなが照に駆け寄った。
「いつまでもチンタラやってんじゃねぇ!このセット取りに行くぞ」
「おう!!!」
みんなが集まった所で照が喝を入れた。
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照 竜司 鮫島
塩崎 大河 海野
「遅いっすよ」
大河はブロックについている照の背中を軽く叩いて呟いた。
これでようやく、白浜坂高校のフルメンバーが戻った。
「竜司、速いトスと高いトスどっちがいい?」
「じゃあ、速いトスで」
「それから、3セット目はやるつもりは無いからな」
「ははは、バレてたのね」
点差が開いてから竜司は2セット目を捨て、3セット目の打開策を考えていたが照にはばれていたようだ。
ピィー。
相手からサーブが入ってくる。
海野がサーブレシーブを行い、ボールはアタックラインの上に上がった。
「ごめん」
しっかりAカット(セッターを動かさないでサーブレシーブを返すこと)出来なかった事に海野から声が飛んだ。
クイックは無いと思った相手は三枚ブロックをする為、竜司に近付き、レシーバーはいつもより深い位置にポジションを置いた。
速いトスが来ると言っていたので竜司はいつもより早く助走を始めた。
「えっ⁉︎」
助走を取った竜司は照の行動に驚きの声を漏らした。
照は誰かにトスを上げるのでは無く、アタックライン付近からオーバーで相手コートに返した。
深い位置にポジションを取っていたレシーバーと竜司に寄っていたブロッカーは誰も反応する事が出来ず、ボールはコートに落ちていった。
「よーし」
喜ぶ照に竜司はぽかーんと見つめていた。
今まで攻撃的なセッターはいくらでも見てきたが、アタックラインからツーアタックをする選手は初めて見た。
「どうしたんすか?」
「いや、ちょっと驚いてな」
「照さんは超攻撃的なセッターです、隙があればどこからでも攻撃を仕掛けてきますよ」
当たり前の様に説明する大河に竜司はなんとか理解した。
次は鮫島のサーブ。
ボールはセッターにキチンと返され、レフトにトスが上がった。
照は塩崎を押し、クロス側にブロックを張った。
それを確認した相手のレフトはストレートにスパイクを打ち込んだ。
だがそこには大河がいる。
照はわざと抜かせたのだ。
大河はスパイクを拾い、ボールはネットの真ん中に高く上がった。
照は大きく円を描く様にボールに向かっていき、スパイクを打つ姿勢に入った。
先ほどのツーアタックがある相手は見え見えの攻撃にブロックをするが、スパイクをする前にオーバートスに変え、レフトに速いトスを上げた。
「なぁ⁉︎」
完全に騙された相手は驚きの声を漏らした。
騙されたのは相手だけでは無く、白浜坂高校の選手もだったが竜司は分かってたかのようにタイミング良く、助走を切っており、ノーブロックでスパイクを叩き込んだ。
「ナイス!」
スパイクを決めた竜司が照に近付いて軽くハイタッチを交わした。
14ー10
次のサーブは鮫島がネットに欠けて、相手のポイント。
相手のサーブが飛んでくるが今度は海野がきちんとAカットをする。
照は迷う事無くAクイックにトスを上げる。
だが、相手ブロッカーも読んでおり、引っ掛ける。
相手はまたレフトにトスを上げる。
今度はきちんとストレート側にブロックに着き、ストレートに打たれたスパイクを引っ掛ける。
「ナイス!」
賞賛しながら大河はボールをネットの真ん中に返す。
照は先ほど同じように大きく円を描く様にボールに向かっていき、スパイクを打つ姿勢を取った。
同じ手は2度も引っかからないと思った相手は照にブロックはつかなかった。
だが今回は違った。
照はそのままボールを叩き込んだ。
完全に照の読み勝ちだ。
「よーし!」
照は喜びをあらわにしながら、サーブを打つ竜司に声をかけた。
「6点だ」
「6点?」
「サーブで稼いでこい」
15ー11。
確かに竜司のサーブで6点も取れれば一気に逆転だ。
「しょうがないか、本気で打つか」
今までのプレーを見ていた照は竜司がまだ本気でスパイク、サーブを打っていない事に気付いていた。
そのため、本気で打たせるように6点取って来いよと言う意味で声をかけた。
ピィー
竜司はボールを高く上げて、得意のストレート側にジャンプサーブを打ち込んでだ。
いい選手だ。
照を見た柏木監督の感想がそれだった。
ジャンプサーブがストレート側に決まり、相手の得点だが、あまり気にしていなかった。
本気で打たれた竜司のサーブを取れる選手は2軍にもいない。
正面に来れば上がるだろうがコースを狙ってこられたらサーブミスを祈るしかなかった。
「それにしてもいいチームだな」
「ええ、佐原先輩だけでは無く、セッターの選手、ライトの左利きの選手、うちにいてもおかしくない選手です」
試合のスコアブックをつけながら杏子がそう返した。
「セッターの田中照さん、広い視野と試合の流れを読む力は達也さんに匹敵するでしょう、超攻撃的なセッターですね、最初のツーアタックで完璧に試合のペースを掴まれました」
杏子の感想に柏木監督も同じ事を思っていた。
「ライトの風間大河、時に熱くなってしまう事があるがスパイクの打ち幅の広さ、そしてなにより、安定したレシーブ力、彼がいなかったらチームが崩壊するでしょう、それにセンターの鮫島さん、ブロックの動きが遅いですが攻撃力なら神奈川でもトップクラスでしょう、それと対照的なセンター塩崎さん、攻撃力が低いですが、ブロックの動き、読みはセンスを感じます、レフトの海野さん、チームの黒子的な存在、サーブレシーブが良く、スパイクでもリバウドなどチームの影の立役者でしょう」
杏子は相手の選手を見ながら感想を伝えた。
そして最後にまた、サービスエースを完璧に決めた竜司に視線を向けた。
気がつくと点差は18ー15 7本連続のサービスエースだ。
「いいんですか?タイム取らなくて」
「大丈夫だ、どちらにしてもこの試合は田中くんが出場して、竜司が本気を出した時点で勝ち目はないよ、それより、竜司については?」
「佐原竜司、流石元湘南の怪物と言われただけの事はありますね、怪我が完治してないので本気でやられる前でしたら普通の選手ですが、本気を出されだのでは一軍でしか対処は難しいですね、攻撃力、守備力、文句の付けどろこが無いですね、それに7本連続サービスエースを決める程の集中力は全国でもトップクラスですね」
杏子の情報収集能力は柏木監督も一目置いていた。
彼女のスカウティングがなければ今年の夏の全国大会も決勝までは行けなかったと思っていた。
竜司のサーブがネットにかかり、18ー16となった。
「やっぱり、春高予選のダークホースは白浜坂高校の様だな」
竜司のサーブミスの後、照のツーアタックが決まり、19ー16となった。
照のジャンプフローターサーブが相手を崩して、二段トスが打ち込まれるが竜司がアタックライン付近になんとかレシーブした。
ラインに開いている大河にあげると思いきや、照はまたしても相手コートにツーアタックを決める。
アタックラインを踏み越えてからの後衛選手の攻撃は反則だが、アタックラインを踏み越えなければ後衛選手が攻撃をしても反則とはならない。
後衛だからツーアタックが無いと踏んでいた相手選手の裏を書く攻撃にすっかり相手選手も的が絞れなくなっていた。
塩崎のサーブがアウトとなり20ー17。
次の攻撃は鮫島のクイックが決まる。
そして大河の強烈なサーブが決まり、得点を重ねた。
22ー17。
最大6点差まで開いていたが気づけば5点リードしていた。
次の大河のジャンプサーブは綺麗にセッターに返され、クイックを決められた。
前衛に竜司が戻ってきた。
この点差ならと勝負に出た湘南海星高校は竜司に2枚マークをする。
だがその事もしっかり読んでいた照はサーブカットしたボールをレフトの海野にトスを上げた。
海野には1枚ブロックが付いている。
海野は軽くブロックに当てて、リバウドを貰うとセッターに返して、照はクイック攻撃を使った。
1枚ブロックもレフトにブロックに飛んでからじゃ間に合わなく、また、ライト側にいる竜司に2枚付いているブロッカーも動けなかった。
23ー17。
次の海野サーブはきちんと返され、攻撃を決められた。
「鮫島、これやるぞ」
相手のサーブを打つ前に照は鮫島に声を掛けながらサインを送った。
それに鮫島もこくりと頷いた。
サーブは大河の元に飛んで来て、綺麗にセッターに返すと鮫島はネットの中央からライト側に走り、片足で踏み切った。
ブロード攻撃(相手のブロックを躱す為に大きく幅を使った攻撃)
この試合で初めて使った攻撃だ。
これには相手のブロッカーもついていけずスパイクが決まった。
24ー17。
マッチポイントだ。
相手は最後にレフトにトスを上げ、レフトはインナーに思いっきりスパイクを打ち込んだがそこには竜司が待っていた。
レシーブして拾うが高く上がったボールの下に入って照が最後に選んだ攻撃はツーアタックだった。
誰も反応出来ずにポトンとボールが床に落ちていった。
25ー17。
白浜坂高校の勝利で試合は幕を閉じた。
ありがとうございます