竜司と病院から歩いて帰ってきた沙羽は自室に入ってベットに横たわった。
ギュルル〜、お腹がなる音が聞こえたが必死にお腹を抑えた。
すると部屋の扉が開き、志保が入って、ベットに腰掛けた。
それを見た沙羽も身体を起こした。
「最近、ちゃんとご飯、食べてないでしょう、何かあったの?」
「体重制限があって、少しでも超えてると受験も出来なくて」
「騎手の学校?」
「・・・うん、もし、痩せても両親の面接があって、まだ伸びそうだとやっぱりダメなんだって、電話してみたけど、「無理だろ」って言われて」
辛そうな表情をしている沙羽に志保が心が痛くなっていくのを感じた。
「・・・沙羽、とりあえず何か作ってきてあげるから、今日は食べてゆっくり休みな」
「いらない」
「沙羽」
「食べたらまた太っちゃう」
「でもね、あんた栄養失調だったんでしょう」
医師の診断を正一から聞いた志保はこれだけは引く気がなかった。
「これくらい大丈夫、騎手になる為なら我慢できる」
力強い目をした沙羽であったがその瞳は脆く、弱く感じ取れた。
「バカな事を言わないの、あんたが倒れた元も子もないじゃない」
「そんな事で諦めたりしたくない」
「いい加減にしなさい!!」
いい合う2人の外から正一の怒声が聞こえてきた。
「自分の体調も管理出来ない奴が騎手なれるわけないだろう、自分の甘さが分かっただろ、何も知らないで夢ばかり見ているから遊びだと言われるんだ、お金なら出してやるから、勉強して大学に行って、趣味で馬に「うるさい!うるさい!うるさい!もう出て行って!!!」
正一の言葉なんか聞きたくなかった沙羽は大声で正一と志保を部屋から追い出した。
辛いのは分かってる、でもいいよ、夢を叶える為なら。
沙羽は目から溢れ出た雫を拭った。
翌日、貧血で気分が優れなかった沙羽は午後の授業を休んでいた。
6限の授業します終えるチャイムが鳴る音で目を覚ました。
いつの間にかぐっすり眠っていた。
今から部活があるので保険の先生に言い、音楽準備室に向かって歩き出した。
階段を一段、一段上がりながら、正一に言われた言葉を思い出していた。
何も知らない事が行けないの?と考えていた。
すると来夏の声が聞こえてきた。
「なんで声楽部が使ってるの」
「白祭のメインステージの選考会があるのは知ってる?」
階段を登りきると来夏と和奏が七恵と政美が音楽第2準備室の前で言い合っていた。
「その参加者の練習用に音楽室が全部解放されているから、その間、声楽部がここで練習するの」
七恵の言葉に和奏は言い寄った。
「勝手すぎるよ」
「ちゃんと教頭先生の許可は貰ってあるから」
「じゃあ、私達は?」
「駐輪場とかで良いんじゃないですか?」
来夏の言葉にバカにするような言い方の政美にムッとした表情で返した。
「ピアノがないでしょう!」
「あっ!使うんですか?」
わざとらしい芝居に来夏と和奏はムッとした表情を浮かべ続けていた。
それを見て、七恵が呆れた様子で口を開いた。
「白祭の前はみんな練習場所確保に必死なの、そん事も知らないからお遊びだって言われるんでしょう」
お遊びという言葉に沙羽は前に言われた正一の言葉を思い出していた。
「先輩達ってほんとお気楽で良いですよね」
「うるさい」
「えっ?」
低く冷たい声が聞こえたので来夏は驚きの声を漏らし、和奏は沙羽を見つめた。
「笑わせないでくれる、教頭に敷いてもらったレールの上をただ走っている人が何を偉そうな事を言っているの、知らないから何も出来ないと思ってる?そのおめでたい頭で物事を考えるのもいい加減にしたら!」
なんかいつも違う沙羽に和奏は少し怖くなった。
「はい、そこまで」
まだ言い続けようとする沙羽の腕を取り、遅れてきた竜司が仲介に入った。
それに和奏はホッと息を吐いた。
「少し落ち着け、沙羽」
「あっ」
竜司のおかげでハッと我に返った。
竜司は沙羽から視線を七恵達に視線を向けた。
鋭い視線に2人とも少し表情が強張っていた。
「沙羽の言った事を言うつもりはないけど、他人が敷いたレールの上を走っている奴が自分で必死にレールを敷いて走っている来夏を馬鹿にする資格なんてねぇよ」
「・・・竜司」
「行こう」
そのまま沙羽の手を引いてその場を後にして行った。
「大丈夫だった?」
少し落ち込んだ様子で音楽第2準備室に戻った七恵にみどりが心配の声をかけた。
「見てたの?」
「・・・うん、最後の方だけだけど」
扉の隙間から見ていたみどりは七恵に申し訳なさそうに呟いた。
そしてあの竜司の鋭い視線にはみどりも緊張が走っていた。
「それにしてもなんなんですかね、あの人、超ムカつく」
「佐原くん?」
「いいえ、沙羽っていう人です、佐原先輩はなんていうかカッコイイですよね」
2人に怒っていたのは沙羽と竜司の2人だけ。
政美の言葉ではどっちに文句を言っているのかよく、分からなかった。
だが、みどりの質問に答えがわかった。
「はい、その話は止めて、発声練習から」
「はーい」
白祭まで時間がない中、一分一秒すら惜しいので他愛のない会話を打ち切って七恵は練習に取り掛かった。
一方、音楽第2準備室を諦めた来夏達は中庭で作戦を練っていた。
竜司はバレー部の顧問、響子に用があると言って抜けており、今は5人しかいない。
白祭まで練習しないわけにも行かないなか、来夏は頭を悩ませていた。
頭を悩ませていたのはそれだけじゃない。
沙羽の様子がおかしい事も原因の一つだった。
少し離れた所のベンチに座って何か考えている沙羽に来夏も心配だった。
「和奏の家ってまだピアノあるよね、」
「あるけど、6人で練習じゃあ、ちょっとキツイかな」
「じゃあ男子は外で」
「なら、帰る」
来夏の提案にバドミントンのラケットを振りながら大智が即座に返した。
「贅沢言うな、何をなかった頃を思い出せ」
「うち、ピアノあるよ」
本を読んでいたウィーンのいきなりの言葉に沙羽以外が視線を向けた。
「6人入れる?」
「たぶん」
「迷惑じゃない?」
「うん、昼間は両親がいないし」
「家ってどの辺?」
「30分くらい、案内するからみんなで電車で行こうよ」
「オッケー、よし今日はウィーンの家でlets party〜」
鞄を肩にかけながら意気揚々としている来夏に大智が声をかけた。
「お前がそんなんだからお遊びだとかって言われんだろ」
「来夏が教頭見たいになってもいいの?」
「・・・」
和奏の返しにこれには大智も言い返せなかった。
「沙羽、行くよ」
「えっ、・・・じゃあ私、自転車取ってくる」
「みんなで電車で行こうって」
「ああ、ごめん」
慌てて鞄を肩にかけながら歩いて行く沙羽を見て来夏はポツリと呟いた。
「lost Love」
ブー、ブー
響子との用を済ませ、職員室を出た竜司はポケットから携帯を取り出した。
来夏からメールが来ていた。
今日はウィーンの家で練習すると書かれていた。添付に位置図が付いていた。
今日は部活もないからこのままウィーンの家に向かおうとメールを返信しようとしてると生徒指導室から見知った顔が出てきた。
「あれ、志保さん?」
「やぁ、竜司くん」
生徒指導室からは志保の他にクラスの担任も一緒に出てきた。
何かあったのだろう。
「どうしたんですか?」
「実は・・・沙羽の事でね」
やっぱりかと竜司は思った。
まあ、それ以外には考えられなかった。
「最近、様子が変ですよね」
「実わね」
志保は沙羽の事を全て話した。
怪我の事、将来の夢の事、叶えたい夢があるけど、現実の壁にぶつかっていること。
全てを聞いた竜司は重い口を開いた。
「それ、俺の所為かも知れないです」
「えっ⁉︎」
竜司は病院の帰りに沙羽と話した事を全て話した。
話し終えると意外にも志保の顔はすっきりとした表情を浮かべていた。
「ホントにあの子は一途で頑固なんだから・・・でも」
そこで志保は1度、息を飲み込んだ。
「あの子には無理をして欲しくない」
「・・・志保さん」
志保は沙羽の夢に反対している訳ではない。むしろ応援している。
だがそれでも怪我やびょう気などにかかって欲しくはない。
「志保さん、沙羽には俺から話をさせて下さい」
「竜司くん」
「沙羽をどこか自分に重ねていたみたいです、沙羽にはちゃんと話がしたいです」
竜司の真剣な眼差しに志保は軽く微笑みを浮かべた。
「分かった、頼むわよ!」
「はい!」
竜司は沙羽がいるウィーンの家に向かって走り出した。
その背中を見ながら志保が微笑みながらボソっと呟いた。
「青春だね〜」
メールを開くと一緒に地図が添付されていた。白浜高校からだと電車で30分ぐらいの所に位置していた。
学校に自転車を置いて、電車に乗り、目的地まで歩いて行くと大きな門の前に辿り着いた。
ここだよなぁ?と疑問を抱きながら豪邸の中に入って行く。
適当に階段を歩いていると声が聞こえてきた。
「じゃあ、騎手になれないのか?」
声の主は大智だ。
声が聞こえる方に向かっていくとベランダに五人が集まっていた。その中でも沙羽の表情は晴れていない。
もしかしたらみんなに話をしていたんじゃないかと思った。
「学校には入れない」
「でも絶対って訳じゃないんでしょう、頑張ればもしからしたら」
「そうだよ、沙羽なら大丈夫だよ」
励ましの声をかけてくれる来夏とウィーンの言葉を聞きながら沙羽は唇を噛み締めていた。
「少し離れてみたら」
和奏の言葉に沙羽はハッとした表情を浮かべてから冷たい視線を向けた。
「離れる?」
「うん、今の気持ちが少し落ち着いて見れるように」
「何、悟ったようなこと言ってるの‼︎和奏はいいよ、音楽に戻ってきて今続けているからそんな事が言えるんでしょう、私は今離れたらおしまいなの‼︎将来なんてないんだから」
「沙羽⁉︎」
怒声の交じった声で言い放ってその場から立ち去っていった。
思ったよりも深刻な問題だな。
影で話を聞いていた竜司は心の中で呟いた。
これも全て自分の所為だと責めていた。
沙羽を追うように竜司もその場から立ち去った。
ウィーンの家を飛び出し、長いアスファルトの上を全力で駆け抜けた。
手掛かりは無いがきっと、来た道を戻っているに違いないと思っていた。
だが、それでも沙羽は見つからなかった。
駅まで来たが沙羽の姿は見当たらない。
すでに電車で家に帰っているかもしれないが何故かそうは思わなかった。
来た道を歩きながら取りあえずみんなの所に向かおうと思った時だった。
風が吹き出し、竜司が歩いていた近くの公園に向かっているように感じた。
理由も無く、公園に足を踏み入れると探していた人物がベンチに腰掛けていた。
「・・・沙羽」
ぽつりと呟いた声はしっかりと沙羽に届いたらしく、驚いた表情で竜司を見つめていた。
「何かあったのか?」
何かあったのか、自分の言った言葉に白々しさを覚えた。
何があったかは全て聞いていたが、今はその言葉しか見つからなかった。
その言葉に沙羽は俯いていたが、しばらくしてから口を開いた。
「・・・そっか、それは沙羽が間違ってる」
思いもしない言葉に沙羽は鋭い視線で竜司を睨みつけた。
「・・・んで」
「えっ?」
「なんで、竜司くんまでそうなの!竜司くんは理解してくれるてると思ったのに」
今にも泣き出しそうな沙羽に竜司は黙って見守る事しか出来なかった。
「あの時の言葉は嘘だったの?」
あの時の言葉とは病院の帰り道に話をした時の事だ。
好きだからこそ、簡単に諦められない、どんな事があっても、たとえ、この身体がついて来られなくなっても。
沙羽が唯一救われた言葉だった。
「・・・沙羽、それは」
「うるさい!もう何も聞きたくない!」
何も聞きたくないと言われたが今ここで言わなければ沙羽が沙羽でいられなくなってしまう気がした。
「沙羽」
「うるさい、うるさい、うるさい!」
「沙羽!」
話を聞こうとはしない沙羽に竜司は強い口調で言い放った。
それに沙羽は黙って竜司を見つめた。
「お前は昔の俺に似ている」
竜司はゆっくりと沙羽の隣に腰を下ろした。
「少し昔の話をしよう、これを聞いてお前の考えが変わらなかったら俺は諦めるよ」
竜司は一旦瞼を閉じてからゆっくりと語り始めた。
まだ竜司が白浜坂高校に来る前、湘南海星高校の時の話を始めた。
ありがとうございます