かつてマイケルジョーダンはこう口にしていた。
ただプレーして、
楽しく試合をすればいい。
試合が始まり、30分が経過したあたりで竜司が肩を押さえてうずくまっていた。
原因はクリアしたボールがバウンドし、右肩でトラップした時であった。
相手が足を上げてボールを取りに来た。
先に竜司が触ったのにも関わらず、明らかな反則行為だ。
スパイクが竜司の肩に喰い込んだ。
うずくまってはいるが竜司の白いユニホームは右肩から裾まで真っ赤に染まっていた。
審判は予選とも言うことなのかイエローカードを出して終わってしまった。
痛みに段々慣れ始めて竜司はゆっくりと立ち上がった。
痛みに耐えながらも試合を行おうとしていたが、出血しているため、一度ベンチに下がった。
「大丈夫か?」
救急箱を手にして顧問の先生が近寄ってきた。
ゆっくりとベンチに座り、ユニホームを脱ぐとアンダーアーマーが破れて筋肉がえぐれていた。
「先生、テーピング」
「えっ、ああ」
この状況でも試合に出るつもりなのかと思い、竜司の言葉に一瞬戸惑ったが救急箱の中からテーピングを渡した。
傷口を塞ぐようにアンダーアーマーの上から無造作にぐるぐる巻き、脇の下から肩を囲うようように巻いた。
これで出血は免れる筈だと思い、ユニホームを着、コートに戻っていった。
「佐原くん、大丈夫かな?」
心配そうな趣きで竜司に視線を向ける和奏。
同じようにいつも明るい性格の来夏も口を閉ざしていた。
「きっと大丈夫よ」
和奏の呟きに高橋先生が安心するよう声をかけた。
紗羽はグラウンドを見ることができず、下を向いていた。
立聞きしたことが頭の中で聞こえている気がしたのだ。
〈 君はもうスポーツができる体じゃない>
その言葉が頭の中を駈け上がる。
どうしてそこまで言われているのに。
ユニホームが血で染まるほどの怪我を負ったのに。
どうしてまだ彼は試合に出ているのか。
そう考えると試合を見る気持ちにはなれなかった。
震える手をぎゅっと握り、耐えていた。
試合はロスタイムに入った。
相手チームのフリーキックが行われる。
これがラストワンプレーだろうと考えながら竜司達のチームは全員がDFに参加していた。
ピィ!!
助走をとり、ペナルティエリア内にボールを蹴り込んできた。
(よしこれならクリア出来る)
ヘディングでサイドラインを割ろうとボールの落下地点に向かい、膝を曲げ大きくジャンプしようとした時であった。
いきなり、足首に痛みが走った。
ジャンプしているつもりが相手チームに足を踏まれ足首から上が伸びている状態。
強烈な痛みが襲ってくる。
バランスを崩してジャンプできない竜司の前で足を踏んだ相手選手がトラップをし、そのままシュートを放った。
そのボールはキーパーの手をかいくぐり、ゴールネットを揺らした。
ピッ、ピッ、ピー
前半終了の合図が響き渡った。
「ちょっと待てよ、今のは反則だろ」
白浜坂高校キャプテンの山崎太郎が審判に詰め寄った。
「今、わざと足を踏んだぞ、しっりみろよ!!」
先ほどのできごとを見ていた太郎は審判の判定に食い下がった。
「よ、よせ!」
ピピィッ!!
「テクニカルファール」
審判に対し、スポーツマンシップに則った行動や言動をしなかった場合に取られる反則だ。
イエローカードが出された。
この判定に太郎は頭に血が上っていた。
「ふざけんな!」
「ばか、落ち着け」
ゆっくりと立ち上がった竜司は太郎を宥めるように抑える。
だが太郎もとまらない。
「ちゃんと見てくれよ!」
今の発言が審判も頭に来たのか。
ピピィッ
胸ポケットから赤いカードを取り出した。
レッドカードつまり退場だ。
頭から冷水を浴びたような感覚だ。
暴れていた太郎はゆっくりと制止した。
「早くベンチに戻りなさい」
審判の冷たい声に太郎はゆっくりと足を動かした。
前半が終了してスコアは0ー1 で白浜坂高校が1点を追う形となった。
全選手が控え室に戻ってくのを見て高橋先生が椅子から立ち上がった。
「私達も控え室に行きましょうか」
「はい」
高橋先生の言われた通りに和奏達も控え室に向かった。
控え室では重い空気が流れていた。
武の怪我や竜司の負傷よりも精神的な柱である太郎が退場した事にムードが下がっていた。
これで10人から8人になった。
サッカーのルールでは8人以下の場合は没収試合となる。
これでもう、誰も退場する訳にはいかなかった。
「みんなすまない」
ぽつりと呟いた太郎に選手のみんなも励ましの声をかけた。
(さて、後半はどーするかな)
テーピングを足首に巻きながら竜司はそう考えていた。
士気を考えてもみんなの動きは悪くなるだろう。
突破口は開けずにいた。
「みんな頑張ってる?」
控え室の扉が開く音に顔を上げると高橋先生達が控え室に来ていた。
「こんにちわ」
先生に挨拶を交わしてまた暗いムードに入ってしまった。
「山崎、これ差し入れよ」
キャプテンの太郎に渡すも小声でぽつりとありがとうございますと呟いただけだ。
「竜司くん大丈夫?」
紗羽がテーピングを巻いてる竜司元に駆け寄った。
「ああ」
紗羽の返答に竜司は軽く答えた。
紗羽の後を追って来夏、和奏が近寄って来た。
近くで見ると余計に気まづい。
真っ赤に染まったユニホームが物語っていた。
「負けんなよ竜司」
「当たり前だろ」
来夏の言葉に真剣な表情で答える竜司に何かいつもと違った雰囲気を感じた。
いつもはふざけてて、笑った顔しか見たことのない来夏達、真剣な表情をする竜司を始めて見たのだ。
勝つ事を諦めていない。
そう感じ取れた。
「よし、竜司、私歌うよ」
「え?」
「ちょっと、来夏」
来夏の言葉に驚きを隠せていない竜司。
そんな気分じゃないでしょうと思いながら止める紗羽。
「紗羽の言いたい事は分かる・・・けどこういう時だから歌わなきゃ」
「どういう事?」
「こんな暗いムードじゃ勝てるものも勝てない、だから歌わなきゃ」
図星という表情を浮かべる選手一同。
だがそういう気分じゃないと思う。
「歌って、悲しい時や落ち込んだ時に勇気をつけてくれるものだと思う、いや、信じてるの、だから歌う事が好きなの、みんなの為に私が出来る事はこれしかないから」
来夏は持ってきたバックの中から音楽プレーヤーを持ち出し音楽を流した。
誰も異論を挟むことはなかった。
誰もが来夏の思いを知ったからだ。
「Fly Fly Fly 〜♪必要なのは〜輝くその瞳 〜♪Try Try Try 〜♪♪身体一つで 〜♪どこまでも走るmy way !心なんて形のない物を〜いつも信じてる 〜♪それでもいいじゃない〜♪」
「よし!」
「「昨日よりも楽しくいたいから〜♪どんな事があっても〜♪笑い飛ばしたくて〜 他人は他人だって、解ってるけど上手くいかない〜そんな日は〜♬手を伸ばし 〜空に触れてみよう〜〜♪ずっと、Fly Fly Fly〜♪必要なのは輝くその瞳!Try Try Try〜♪身体一つで〜どこまでも走る〜♪二度とは無い〜
この時間を刻んで行く〜♪絶対譲れないmy way♬」」
紗羽も加わり二人で楽しそうに歌いきった。
「フフッ」
「笑うな」
「わりわり、なんか楽しくなってきちゃって」
楽しく歌っている紗羽と来夏を見ていたら気持ちが上がってきた。そう思ったら顔がにやけてしまった。
「元気でた?」
「ああ、サンキューな」
「うん」
いつもの優しい表情に紗羽も安心した。
「腹減ったな」
そう呟くと荷物の近くからコロッケを取り出して食べ始めた。
「何食ってんだ?」
「コロッケ」
「なんでコロッケ持ってんだ?」
「坂井の差し入れだよ」
「ふぅーん・・・ってなんで一人で食ってんだよ」
「いや、坂井が俺の為にって」
「えっ、違うでしょ、みんなにと思って10個買ってあるの」
竜司の言葉に和奏は頬を紅く染め、訂正した。
「俺にもコロッケをくれよ」
「俺も」
選手全員がコロッケを奪い合った。
その光景にみんなが笑った。
「竜司、ちょっといいか?」
みんなが笑いあってる中で竜司は顧問の先生に連れてかれ控え室の外にでた。
その様子をしっかりと見ていた紗羽もバレないように後を追った。
竜司が連れてこられたのは医務室、そこには武がベットに腰をかけていた。
「大丈夫か竜司?」
「それはこっちのセリフだ」
怪我をして途中退場している武に身体を心配され笑いながら竜司は返した。
「そうじゃないんだ、この怪我も竜司の怪我も相手がわざとやったんだ」
やっぱりかと言うのが竜司の思いだった。
肩の怪我も足を踏まれたのも違和感を感じていたが故意に相手がやったとは考えたくはなかったのだ。否、そう信じたかったからだ。
「聞いちゃったんだ、俺がシュートを外した時に”いつものように潰すか”って、たぶん後半も竜司を襲ってくる」
武の低い声を聞きながら竜司は返す言葉を探していた。
だが直ぐにニコリと笑った。
「忠告ありがとな、でも俺は大丈夫だ、そんな事で負けたりしないよ」
「そうだな俺の分も頼むぞ」
竜司の言葉を信じて武は納得した。
医務室の外では扉に背中を預けて聞いていた紗羽が悲しそうな表情を浮かべた。
後半戦が始まった。
8人しかいない以上、ちょっとしたミスが失点に繋がる。
相手ボールからのスタート、まずは自陣を戻して、パスを繋ぐ。
後半の作戦は決まっていないが、前線にプレッシャーをかけにいく。
選手が近寄ってきた所でロングフィード。
相手選手が一斉に押し寄せる。
「くそ」
相手陣地から自陣に戻るべく走り出す。
前線で受けっとった選手はドリブルを始めた。
味方が上がってきた。
サイドに流すとサイドライン際をドリブルしていく。ゴール前に四人で集まり、失点を防ごうとしている。
低い弾道のセンタリングが上がった。
予想とは違う弾道に出足が一歩遅れる。
相手選手は待ってかのように足を振り抜いたが、ボールに当たる事はなかった。
「ナイスクリア、竜司」
「ふぅー危ねぇ」
「チッ!」
長い距離を走ってきた竜司がなんとか間に合った。
コーナーキックがリスタート。
これにはペナルティエリア内に全員がディフェンスに参加した。
ボールは高く上がり、竜司の真上に、相手選手、二人に挟まれる形で競り合いながらボールはクリアしたが、着地際に鳩尾に肘がふくらはぎに膝が入った。
「くっ!」
その場で倒れる竜司だが、ボールを目で追っていた。
相手選手はクリアする事なく、弾かれたボールをダイレクトにシュートを放った。
竜司はクリアしようとジャンプするが一瞬の膝の痛みに不十分な体制でボールが頭に当たった。
不幸にもそのボールは軌道を変え、キーパーの逆を突かれてオウンゴールとなった。
後半開始10分、早くも0ー2となった。
重い足取りでセンターサークルにボールを運び、リスタートとなった。
ボールを受け取り、竜司は相手陣地にドリブルを仕掛けた。
自分のミスは自分で取り返す。
相手選手が詰め寄るがルーレット、エラシコで躱した。
ボールを持ちながら、進んでいると後ろからのスライディングに気付かず、倒された。
ピピィ、
イエローカードが出された。
リスタートをし、またしても自分で持ち込んだ。
相手に囲まれながらもドリブル突破、その度に倒され、ファールを貰う。
同じように繰り返していた。
「おしい!」
観客席で来夏が呟いた。
「でもどうして自分ばっかりで行くんだろう」
和奏は疑問が浮かび、呟いた。
「そうよね、坂井の言う通りだと思う」
「自分で行った方が確率が高いからじゃないですか?」
「でも、サッカーはチームスポーツだしね」
和奏と高橋先生の話を聞きながらも来夏は叫んで応援している隣でじっと試合を見つめていた。
故意に相手がファールをして襲ってくる事を分かってるのに、もう、スポーツやれる身体じゃないって言われてるのにどうして向かっていくのだろうと考えていた。
「おーい紗羽」
「えっ?」
「大丈夫?顔色悪いよ」
「沖田、気分でも悪いの?」
「ううん、大丈夫です」
無理して作った笑顔でそう答える紗羽に来夏も高橋先生も心配そうにしていた。
(応援しなきゃ)
「いけー竜司くん」
考えていても何も始まらない。
今は無事に帰ってくる為にも応援をするよう自分自身を納得させた。
後半40分
得点の兆しも見えない中、試合が動いた。
相手のクリアボールをトラップミスしてしまい、相手にボールが渡った。
センターラインから相手選手はドリブルを始めた。
それを見た竜司は相手ゴール前から自陣に戻るべくダッシュした。
相手はDFを巧みに躱し、ゴールに近づいていく。
最後の砦、キーパーがペナルティエリア外に出てきて、一対一の状況。
相手選手は右へ左へとフェイントをかけ、キーパーが右にピクリと反応した。
その瞬間に左へ駆け抜けた。
キーパーも抜き、無人のゴールにシュートを撃とうとした時であった。
後ろからボールを刈るようにスライディングが来た。
「竜司!!」
ボールを綺麗にかっさらった。
倒れた選手は反則をアピールするが笛はなかった。
(いつの間に⁉︎)
1番遠い所にいた事は倒れた選手が1番分かっていた。
キーパーを抜いて油断はあったが、止められるとは思ってなかった。
ボールをキープして、ちらりと時間を確認し、自陣から相手ゴールに向かってドリブルを仕掛けた。
相手は竜司を囲うようにDFに来るが、竜司のスピードがそれを許さなかった。
試合の終盤、体力は底をついてもおかしくない状況。ましてや、後半に入ってからは1人で動いていた竜司は持っての他、なぜ、終盤にこのスピードが出るのかと両チームとも驚きを隠せずにいた。
右サイドから駆け上がり、相手陣地に深く進入するとDFが3人、捕まえに来た。
激しいタックルもあるがボールをこぼさずキープする。
そして、視線を1度ゴールに移してからノールックパスを出した。
ここに来てのパス。
「そうか、パスを出す為に自分で仕掛けて行ったんだ」
後半始まっての竜司の単独ドリブルはこの時の伏線、チャンスが来るのをずっと待っていた。
パスを貰った選手はワントラップをし、2列目からロングシュートを放った。
キーパー横っ飛びをし、ボールをはじきに手を伸ばす。僅かに届かなかった。
だが、ボールはゴールポストに当たり、ペナルティエリア内に溢れた。
それを見て、竜司はボールに向かって駆け出した。
竜司についていくようにDFも駆け出した。
ボールがバウンドしている。
竜司は飛び込んだ。
それに合わせてDFもボールを掻き出すべく、スライディングを仕掛ける。
先に頭で触ったのは竜司、後から足が出てきた。
勢いあまり、竜司とDFはゴールポストに激突した。
痛みがそこらじゅうに走ったが手で地面を押し、立ち上がり、ボールの行方を確認するとボールは静かに転がりながらゴールラインを越えていた。
1点取り返した。
竜司は急いで立ち上がり、ボールを取り、センターサークルに向かうべく、走り出した。
頭がズキズキする。
コートに赤い液体が飛び散っている。
だが気にせずセンターサークルに向かう。
後少しの所で審判が目の前に立ち塞がった。
「君、もういい」
「えっ?」
ピィピィピィー
試合終了の笛がグラウンドに鳴り響いた。
ありがとうございます