試合終了の笛がグラウンドに鳴り響いた。
頭が混乱して何が起きたのか理解出来なかった。
ただ一つ理解出来たのは試合に負けた事だけだ。
味方選手が涙を流している。
覚えているのここだけだ。
そのまま竜司はグラウンドに倒れた。
「今日で三年生も引退だ、今までよく頑張った、解散」
「ありがとうございまさした」
江ノ島グラウンドの外に集まり、先生の挨拶も終わった。
選手達は涙を流しながら、家路についた。
高橋先生も一足先に帰宅した。
今、残っているのは来夏、沙羽、和奏の三人だ。
「佐原くん遅いね」
最後の集まりにも来なかった竜司を心配そうに呟いた。
最後のゴールの後、頭を切った竜司は治療を受けるとの事で別行動となっている。
今日の試合は竜司が1番頑張ったし、辛かっただろう。
だから一言でもいいから労いの言葉をかけたかった。
「私、ちょっと見てくるね」
「沙羽〜ついでにお茶買ってきて」
竜司を呼びに行こうとする沙羽に来夏が手を挙げながら呟いた。
「ぼぅえ」
「買ってきて?」
「おへがいしやす(お願いします)」
「よろしい」
来夏の言葉に両頬を掴み、鋭い視線を送った。
来夏の言葉に笑顔で答えて竜司を探しに行った。
まだ、治療室にいると思い、足を運ぶとロビーでソファーに腰を掛けた下を向いている竜司の姿があった。頭に包帯が巻かれて、下を向いている姿は痛々しく、とても悲しそうに思えた。
沙羽はゆっくりと近付いた。
「竜司くん、もう、みんな帰えちゃったよ」
「えっ?、ああ、もうそんな時間か」
我に帰り、沙羽の言葉を耳に入れ、時計を確認した。
いつも元気で笑顔の竜司を知っている分、よけいに悲しそうな感じ取れた。
「竜司くん、惜しかったね」
「・・・・」
「・・・竜司くん」
下を向いていて良く分からなかったが涙が溢れ落ちたように見えた。
「・・沙羽、俺、あいつら嫌いだ」
「うん」
「サッカーを楽しみたいだけなのにあいつらは故意に武に怪我させて勝つやり方なんて間違ってると思う、だから俺、どうしても勝ちたかったんだ」
「・・竜司くん」
「そっか、 負けたのか ……おれ、メチャメチャ 調子良かったのに…負けたのか、 ……おれ。」
頑張ったよと言おうとしたが口が止まった。
頑張ったって言葉は他人事のような気がして、でもこうなってくるとかける言葉はそれしか見当たらなかった。
「竜司くんは間違ってない、十分な程に伝わったと思うよ、少なくとも私には」
「・・・ありがとう」
「うん、さあ、行こう、みんな待ってるよ」
「ああ」
ゆっくりと立ち上がり、リュックを背負った。
「あ、荷物は私が持つよ」
「大丈夫だよ」
「だーめ、怪我人は黙って言う事を聞く」
そう言うと、竜司からリュックを取ると、沙羽が背負った。
これで良かったのかな?と思いながらも沙羽は歩き出した。
「はい、来夏」
「ありがと沙羽、後、竜司お疲れ!」
「佐原くんお疲れ様」
「ああ、応援あんがとな」
労いの言葉を聞きながら竜司は少し微笑んだ。
「よし、みんなで打ち上げに行こうか」
「打ち上げ?」
「そうだよ、竜司の試合のお疲れさん会」
「いいねぇ」
「さすが沙羽」
「坂井さんも行こうよ、お願い」
「うん、分かった」
盛り上がっている女子達に竜司はこっそり家に帰ろうとした。
「竜司もいいよね」
気づかれた竜司は来夏の誘いを断る事も出来ずにコクリと頷いた。
「今は3時過ぎか、何処にする?」
「あ、私、志保さんの手料理が食べたい」
「いいよ、お母さんに聞いてみる」
「じゃあ、詳細はまたメールするね」
「了解、沙羽の家の住所も頼む」
「迎えに行こうか?」
「いや、今から病院に行ったりして何時になるか分からないから自分で行くよ」
竜司は試合中の怪我で病院に行くように言われていた。
それを思い出すとこの後は少しまずかったかなと来夏は思った。
「じゃあ坂井さんは私が迎えに行くね」
「うん、お願い」
「よし、解散じゃー」
元気良く走り出す来夏を追いかけて走る沙羽、それを見ながらゆっくりと歩き出す和奏を見ながら竜司も病院に向かった。
病院に入ると思ったほか早く診察室に入れた。
MRIも終わり、診察室の中でMRIでとった画像を見ながら話を聞いていた。
「うむ、肩も膝も足首も骨には異常が無さそうだね、2、3日もすれば腫れも引くでょう」
「そうですか、ありがとうございました」
医師に軽く頭を下げて診察室から待合室に行き、お金を払い、外に出た。
時間は4時半を回ったくらいだ。シャワーを浴びて行けばちょうどいいなと思いながら、リュックから家の鍵を取ろうとした時だった。
背中にあるはずのリュックがなかった。
焦りながら考えると沙羽に渡した事を思い出した。
「しまった、すっかり忘れてた」
家に帰りたいが帰った所で中に入れない。
先程、来夏からのメールを確認して、沙羽の家に少し早いが向かう事にした。
(寺なのか)
門をくぐりながら心の中で呟いた。
長い階段を進み、驚きをなんとか隠しながら家まで歩いて行く。
するとひとつ上の道から声が聞こえた。
「沙羽のお友達?」
「え、はい、お邪魔します」
茶髪のショートヘアーの女の人がひとつ上の道から声を掛けてきた。
「ゆっくりしてってね」
その言葉にぺこりと頭を下げた。
沙羽のお姉さんかなと思いながらもまた歩き出した。
試合中はアドレナリンや身体があったまっているからか膝や足首の痛みは気にもしていなかったがいざ時間が経ってみると段々痛みが強くなってきている気がした。
痛い身体を動かしながらやっと思いで階段を降り切り、玄関を見つけるとすぐにインターホンを鳴らした。
「いないのか」
連続してインターホンを鳴らすが反応は無い。
「うぇ⁉︎、」
とりあえず辺りを散歩しようと振り返ると、馬が目の前に顔を近付けていた。
「う、う、馬がなんでここに」
動物園から逃げ出したのかとバカな考えをして見たが、長くは続かなかった。むしろじっと見つめてくる馬の視線が怖くなってきた。
「サブレ〜」
ヒヒィン、
サブレという言葉を聞いた途端、馬は旋回し走り出した。
そして声を発した人物に頬を擦り付けていた。
その人物は沙羽であった。
「沙羽!」
「あれ、竜司くん早いね」
「どうして馬が」
「飼ってるの」
飼ってるって、そんな当たり前に言ってるけど、普通はありえないぞ。
「どうしたのこんな早くに」
サブレから離れて竜司の方に近付きながら口を開いた。
「家に帰ろうと思ったけど、リュックがなくて」
「ごめん、帰る時に気付いたんだけど、後で来るからいいかなって思って、私の部屋に置いてあるから後で持ってくるね」
両手を合わせて謝る沙羽に竜司は少し微笑んだ。
そしてゆっくりと玄関の前に腰を降ろした。
「まあ、いいよ、汗臭けど文句言うなよ」
「言いません、けどお風呂入る?」
「いいよ、着替えもないし」
「そう、・・・ねぇ一つ聞いていい?」
「なんだ?」
沙羽はそう言うと竜司の隣に腰を降ろした。
「今日の試合、勝ちたかった気持ちは凄く分かるの、スポーツをやるからには正々堂々とやる事も、でもどうして自分が傷付くと分かってるのにあんな無茶を」
いきなりの質問に心臓の鼓動が早くなった。
確かに後半のの序盤、中盤の行動はおかしいと思う人もいるだろう。いくら終盤の布石を敷く為だとしても故意に傷付くと分かってるのにどうしてあのような行動を選んだのか沙羽は心に疑問を抱いていた。
「ごめんね、医務室の事聞いちゃって」
竜司はしばらく黙り、そして重い口を開けた。
「・・・前にいた高校の顧問の先生がさ、「スポーツにとって勝者は正しく、敗者は認めるしかない」って言われた事があってな」
「うん」
「でもそれは相手のやり方を認めるって事と同じだと思う、でも、その通りだと思う自分もいる、けどそれは間違ってる、だから無理してでもそれを訴えたかったんだ」
竜司の言葉に沙羽は息を呑んだ。
「後は相手を信じてたのかもしれない」
「信じてた?」
「ああ、サッカーを始めてた頃はきっと楽しくて仕方がなかった筈だ、相手を怪我させて勝ったって痛むのは自分の心、きっと心のどこかで悔やんでるんじゃないかって、それを証明したかったのかもしれない」
竜司は言い終え、沙羽の言葉を待った。
沙羽の瞳から頬を伝って雫が落ちていく。
「・・優しいんだね、でも竜司くんが怪我を負ってまでする事じゃないと思うし、もうそんな事はしないで欲しい」
声が震えているのが分かった。
「・・・沙羽」
「竜司くんが良くても、観てる私達の心が痛いの、だからもう止めてね」
「ああ、約束する」
「うん」
本気で心配してくれている。
自分の為に涙まで流して。
竜司は心に固く誓った。
「さて、夕飯の支度をしてくるからサブレをお願いね」
「ああ」
そう言うと沙羽は家の中に入っていった。
サブレは竜司の方に近付き、頭を擦りつけて来た。
「サブレ、俺を乗せてくれないか?」
ヒィヒィン
竜司はゆっくりと立ち上がり、サブレに跨った。
「よし行け」
サブレは竜司の声に反応して強く地面を蹴り、駆け出した。
「おお、サブレ、いっぱい食べて大きくなれよ」
沙羽に言われた通りにサブレの面倒を見た後は馬小屋にしまい、餌を上げていた。
すると来夏と和奏がやって来て、来夏が声をかけた。ちなみに和奏は驚いた様子で固まっていた。
「お前もな」
「ええっ」
来夏の言葉に合わせて竜司が鼻をつまんで答えた。
「あ、みんな来てたんだ、上がって上がって」
馬小屋に竜司を呼びに来たのだいつの間にか全員集まっていた。
「なんで馬が」
「飼ってるの」
和奏の問いにサラッと沙羽が口を開いた。
それを聞いていた竜司は当たり前のように言うなよと心の中で呟いた。
「いらっしゃい」
「志保さん〜」
「ゆっくりしてってね」
笑顔を見せる若い女性。
「お姉さん?」
和奏が疑問を口にした。
「ううん、お母さん」
「えっ、若いね」
驚いた和奏の隣で竜司も驚きを隠せずにいた。
最初見た時は和奏の言った通りにお姉さんかと思っていたからだ。
「一杯食べてね」
志保はキッチンから海老フライ、唐揚げなど豪華な食事を持ってきた。
豪華すぎるレパートリーにゴクリと唾を飲み込んだ。
みんなに飲み物が行き渡った所で来夏が立ち上がり。
「それじゃあ、乾杯!」
「「「乾杯!!!」」」
みんなでコップを当て、食事にありついた。
みんなで存分に話をし、呑み食いを楽しんだ。
こんなに笑ったのは久しぶりと思うほど楽しかった。
女子3人組は沙羽の部屋に行った。
竜司は志保の片付けを手伝っていた。
「これで全部です」
「ありがとう」
食べ終わった皿を洗い場に運び、大きく欠伸をした。
「疲れたでしょう」
「はい」
「そう言えばどうしてサッカー部なの?」
志保の質問に意味が分からなかった。
「バレーやらないの?」
心臓の音が聞こえた。
1番聞かれたくない質問を聞かれてしまった。それ以前になぜ、バレーをやっていた事を知っているのか疑問であった。
「どうして自分がバレーやってた事を知ってるんですか?」
低い声を竜司は呟いた。
「私の旦那、元湘南海星高校のバレー部なの、だから見に行ったのよ、2年前の決勝も」
「・・・そうだったんですか」
「竜司君は1年生ながらも唯一のレギュラー、うちの旦那なんてすっかり惚れ込んでたのよ」
「でも、決勝では負けました」
「・・・怪我の方はもういいの?」
深刻な顔をして口を開いた志保に竜司は首を横に振った。
「生活には支障がないですが、スポーツをやれる身体じゃないそうです、またいつ爆発するかも知れない」
真剣な眼差しで答える竜司に志保もいつしか真剣な表情を浮かべていた。
すると2階から沙羽が呼ぶ声が聞こえた。
竜司は志保に軽く頭を下げて2階に上がろうとした。
「バレーやめんなよ」
竜司の背中に呟いた。
歩む足を止めたが振り返る事もせず、また足を動かした。
ありがとうございます