沙羽に呼ばわれて竜司は部屋の前に来ていた。
軽くノックをして中に入るとベットでねっころがりながら壁を向いてる来夏にパソコンを見ながら和奏がイスに座り、沙羽はマウスを動かしていた。
「きたきた、竜司くん、これ見たことある?」
部屋にやってきた竜司をパソコンの前に移動させ、沙羽は動画を流した。
「去年の音楽発表会のやつなんだけど」
音楽が聞こえてくる。
歌は今日、来夏と沙羽が歌っていたものだ。
「ほら、ここ来夏、緊張しすぎて歌えなくなっちやって」
確かに表情を見ると顔が引きつっている。
しかも小刻みに震えている。
深呼吸をし、なんとか歌おうと努力している。
だがここで曲が終わった。
「やぁー」
曲が終わったと同時に来夏の声が聞こえた。
「くっ!」
「ブッ!」
「ふふ」
それにパソコンを見ていた3人は小さく笑った。
「ごめん、また笑っちゃった」
ベットで寝ている来夏に沙羽は悪びれた様子なく謝った。
「緊張して声が出せないなら歌ってるフリをして誤魔化す事だって出来たのに」
沙羽はゆっくりとベットに向かい、腰を降ろした。
沙羽を追うように和奏はクルリとイスを180度回転させ、竜司は振り返った。
「最後まで諦めないで、結果的には大失敗だったけど、私は好きだよ・・何回見ても笑えるし」
そう言い終えると沙羽は来夏に視線を向けると来夏は枕を手にして沙羽を叩き始めた。
「ごめん、冗談だって」
笑いながら答える沙羽に来夏はまだ叩き続けた。
それを見て沙羽は枕を取り上げ、引っ張った。
枕を離す事をしなかった来夏はベットから落ちた。
そしてまたベットによじ登り、壁際に寝っ転がった。
「ねぇ坂井さん合唱部に名前だけでも貸してくれない?」
「えっ」
「え」
突然の沙羽の言葉に和奏は声を上げた。
前に誘った来夏はあっさり撃沈をした、それを知ってる筈の沙羽の言葉に来夏も声を上げた。
「これを最後にしたくなくて去年からずっと特訓してきたのに少しでもチャンスがあるなら協力してあげたいから」
沙羽はゆっくりと立ち上がって、パソコンを閉じて和奏の前で手を合わせた。
「部を作るのにどうしても5人いるんだって形だけでもいいから、ダメ?」
沙羽の気持ちを知った和奏の答えは一つだった。
「あんまりひつこくするとまた怒られちゃうんだから」
ぽつりと呟いた来夏。
「名前貸すぐらいなら」
その言葉に来夏はベットから起き上がった。
「ま、まじで?」
「やったー」
驚きを隠せない来夏とガッツポーズをして喜ぶ沙羽に和奏は笑顔を見せた。
「これで4人だね」
「ふぇ?4人?」
沙羽の言葉に来夏は首を傾げた。
「うん、竜司くんも入ったから」
「なっ!」
「そうなんだ、よーし」
「ちょっと待て、俺は」
盛り上がっている2人に待ったをかけた。
「お願い、サッカー部も終わった事だし、最後の高校生活、合唱部に力を貸して」
「くっ!」
沙羽の言葉に竜司は口を閉ざしてしまった。
来夏の為にもと頑張る沙羽に竜司は何も言えなくなってしまった。
「・・・分かった」
「よし、あと1人」
「ほらみんな、8時過ぎてるからそろそろ帰った方がいいわよ」
志保の声が聞こえてきた。
明日は学校がある、明日に備えてと気を使った志保の言葉にみんなは帰る事にした。
沙羽の家での打ち合げも終わり、今は和奏と歩いていた。
来夏は沙羽の家に泊まると言い、夜に女の子1人帰らすわけには行かないと竜司が和奏を送っていく事となった。
帰りながら和奏は違和感を感じていたが思い出せずにいた。
長い坂道を登りながら少し後ろを歩く竜司に和奏は足を止めた。
「身体大丈夫?」
「ああ、大丈夫だよ」
大丈夫と言いながらも竜司の額には汗が滲んでいた。
今は夏だから汗もかくが暑いからではない気がすると和奏は思っていた。
「大丈夫そうには見えないけど」
「良く言われる」
「なにそれ」
竜司の返しに和奏はクスッと笑みを浮かべた。
しばらく歩くと一つのお土産屋が見えてきた。
「着いたよ」
お土産屋の前で止まる。
「坂井の家ってお土産屋なんだ」
「うん」
「じゃあ、帰省する時はここでお土産買うだな」
「帰省?こっちの人じゃないの?」
「ああ、一応、静岡出身だからな」
「そうなんだ、家族の人も寂しがるね」
和奏の言葉に竜司は悲しそうな表情を浮かべて一つ息をのんだ。
「・・・家族いないんだ俺」
「えっ?」
今の言葉の意味を理解出来なかった和奏はとっさに聞き返してしまった。
「両親とも俺が中3の時に交通事故で亡くなったんだ」
竜司の言葉に和奏は言葉を失ってしまった。
「悪りぃ悪りぃ、暗い話になっちゃったな、帰省する時はここで買うからサービス頼むよ」
「うん、言ってみる」
「じゃあ俺は行くよ、今日はありがとな」
「お疲れ様」
軽く手を上げて家路に着こうとする竜司の背中を見ながら和奏は違和感の正体に気がついた。
「佐原くん!」
「ん?どうした坂井?」
「リュックは⁉︎」
「え・・・忘れた!!!」
違和感の正体はリュックを背負ってなかったことだった。
沙羽が持っていた事は知っていたがすっかり忘れてしまっていた。
「沙羽の家だ」
外で騒いでいるとお土産屋の隣の扉が開いた。
「外が騒がしいと思ったら、何を騒いでいるんだ?」
「お父さん」
どうやら和奏のお父さんだった。
「こんばんわ」
「こんばんわ」
「お父さん、車出して上げて」
「どうしたんだ急に?」
いきなり和奏に車を出してと言われて首を傾げた。
「佐原くん、友達の家に荷物を忘れてきたからそこまで送ってあげて」
「ああ、なるほど、分かったよ」
「いや、でも」
「いいから、怪我してて辛いんでしょう」
和奏の言う通り、ここまで来るのも結構しんどかった。
でもさすがに車まで出してもらうのは悪い気がした。
「大丈夫だよ竜司くん、和奏は留守番な」
「じゃあね」
「ああ、色々とありがとな」
和奏は竜司に声をかけて家の中に戻っていった。
車に乗り、沙羽の家に向かった。
車の中では沈黙が走っていた。
あまり喋った事のない友達の父親としかも2人きりの状況なのだから。
でも気になった事が一つだけあった。
「坂井さん、どうして俺の名前を知ってるんですか?」
気になったのは自分の名前を知っていた事だ。
和奏は佐原としか言っていない。それなのに圭介は竜司と名前を呼んでいた。
「ははは、気付いていたか」
軽く笑みを浮かべ、信号が赤に変わり、車が止まった。
「湘南海星高校、期待の新人佐原竜司、君の事は湘南海星高校OBの中では有名なんだよ」
「OB?もしかして坂井さんも?」
「ああ、俺も一応湘南海星高校バレー部だ、その言い方からすると正一が湘南海星高校だった事は知ってるんだね」
「沙羽のお父さんですよね」
「そう、俺が3年で正一は当時1年生、期待の新人何て言われていたよ、君と同じように」
信号が青に変わり、車は発進した。
「当時俺達は湘南海星高校歴代最強と言われていたが、君が入学してから、僕らの時よりも強いんじゃないかと言われていたよ、だからみんなで決勝も観に行った」
「すいません」
「いや、君を責めている訳じゃないんだ、ただもうバレーをやらないのかなって思ってさ」
「・・・」
「怪我の事は知ってる、転校してサッカー部に入っている事も」
どうしてその事を知っているんだろう、この事は誰にも喋ったりしていない。むしろ、誰かに聞かれても答えないだろう。
「岩崎先生から聞いたんだよ、彼も元は俺らと同じ湘南海星高校のバレー部だ」
「えええ、どうりでバレーに詳しいと思った」
「一応、俺らの代のセッターだ」
「そうだったんですか」
いろんな偶然が重なるもんだなと竜司は思っていた。
「それでバレーはもうやらないのかい?」
「・・・正直、迷ってます」
2年前に起きた出来事、スポーツできる身体じゃないと言われた。転校してきてまたバレーをやろうと思う気持ちもあったがサッカー部を選んだ。
バレーが怖くなったと言われたら怖くないと答えるだろう、だが正直考える時間が欲しかった。
「そっか、これだけは言っとくよバレーは君の敵じゃない、バレーは君の味方だ、今は考えて考えて迷えばいい、そうすれば道は開けてくる、何気ないきっかけが君の答えになるさ」
「はい」
竜司は圭介の言われた事を心に抱きながら沙羽の家まで送ってもらった。
翌日の昼休み、食堂に行くと来夏が1人で何かを配っていた。
「合唱部です、お願いします」
「ふーん、入部募集のチラシか」
後ろから覗きこむ形で竜司は呟いた。
「うわ⁉︎」
「踊るバイオリスト熊谷哲二ねぇ」
チラシを見ながら竜司は呟いた。
それにしても面白いチラシだなと思っていた。
「もう、やめてよ」
「悪い悪い、てかいつの間にこんなのを?」
「昨日、志保さんにお願いしたの」
「志保さん?〜ああ、沙羽のお母さんか」
少し考えたが昨日の事を思い出したら直ぐに誰だかわかった。
すると来夏と同じくらいの身長をした茶髪に眼鏡をかけた男が現れた。
「ほら」
と言いながら入部希望の紙を渡した。
「good job!」
不敵な笑みを浮かべる来夏と嫌そうな表情を浮かべる男、何処となく似てる気がした。
「弟か?」
「よく分かったね」
「なんとなくな、よろしくなえっと」
「誠です、宮本誠です、よろしくお願いします」
「ああよろしく、誠君」
頭をぺこりと下げてそそくさと走り去ってしまった。
どうした?という表情を見せたが来夏も首を傾げた。
「でもこれで部員が5人を超えたね、校長室に乗り込むぞ〜」
「ちょっと待て、手を離せ」
入部希望者が5人を超えた事で後は校長先生から許可が下りれば部として認められるだろう。
1人で行くのが嫌だったのか竜司の手を取り走り出した。
来夏の選択は間違ってなかった、一緒に行こうと言っても竜司には断られるに違いなかったので強制連行したのだ。
校長室を二回ほどノックをすると中から声が聞こえてきた。
ドアノブに手をかけて中に入った。
椅子に座っている校長先生の前に新規部活動申請書を提出した。
合唱部と書かれた申請書に目を通してくるり椅子を回転させて窓の外に体を向けた。
「声楽部じゃダメなのかね」
合唱部と声楽部は簡単に言えば同じ部活動だ。
その事は竜司も理解していた。
「いえ、ですからあそこじゃ歌わせてもらえないんです、部員もちゃんと集まってますし、声楽部とは違った新しいコンセプトで合同発表会に出る事できっと新しい刺激を」
くるりと回って来夏に向かって片手を広げて発言を抑制した。
「教頭先生にも考えがあってのことだろう、寄せ集めのメンバーで合同発表会に出るなど・・・」
校長先生は入部希望者の紙を見ながら口が止まった。
「まあまあ校長先生、声楽部じゃあ歌は楽しめないんです、合唱部は音を楽しむ事をコンセプトにやりますから」
「面白いかも知れんな」
「えっ⁉︎」
(嘘だろ、通じた)
いきなりの言葉に驚く来夏と竜司。
校長先生は筆を手に取り、サインを書き始めた。
「よし、出なさい、我が校のトップバッターとして音楽科の生徒達に大いなるインセンティブを、顧問は私でいいかね?」
いきなりの急展開に来夏の理解が遅くなっている。
「・・・はい」
「常に君達生徒達の若さと可能性を信じ続ける、それが私と言う男だ」
喋りながら校長印にハンコを押した。
「ありがとうございます」
書類を受け取り、校長室の扉を閉めたところで来夏がバンザイをして大きく喜んだ。
「やったー」
書類に熱い口付けを何回かした後、笑顔で両手を広げて廊下を走って行った。
何か腑に落ちないが竜司の考えも午後の授業が始まるチャイムの音に消された。
夏休みまで後わずか、今日も短縮授業で14時過ぎには終わっていた。
音楽科から転科してきた和奏はウィーンと一緒に単位を取るため補習授業を受けていた、今日の授業は英語、オーストリアから転校してきたウィーンなら得意だと思っていたが、日本の授業内容とは少し異なっているようだった。
その為、和奏は退屈な時間を過ごしていた。
補習授業が終わるチャイムが鳴り、掛けていたいたメガネをしまい、教室を後にした。
ウィーンは熱心に質問をしまだ勉強する気のようだった。
階段を降りようとした時、ピアノの音が聞こえてきた。
聞こえてきた教室の扉を開けるとピアノに頭をうずめていた。
「・・宮本さんどうしたの?」
心配そうに声をかけると、驚いた様子で立ち上がった。
「部活動としては許可はもらったんだけど」
「そっか、良かったね」
和奏の言葉に嬉しそうに頷く来夏は楽譜が置いてある棚から楽譜を新たに探し始めた。
和奏は荷物を置き、ピアノの前の椅子に座った。
「でね、曲を決めたいんだけど楽譜だけじゃイメージ湧かなくて、私が知ってても他の人が知らないと駄目だし明日みんな集まった時にすぐ曲を決めて、練習に入りたかったんだけど・・・え?」
和奏に話をしている途中にピアノの音色が聞こえてきた。
振り返ってみてみるとピアノを弾いている和奏の姿があった。
「坂井さんピアノ弾けるの??」
「音楽科はピアノ必修だからピアノ専行みたに上手くないけど」
来夏は早足で和奏に近づいた。
「坂井さん、名前だけって約束だけど今日と明日、曲決めるまで手伝ってくれない?お願い、ケーキ奢るから」
椅子に手をついて頭を下げる来夏に和奏は驚いていた。
「ケーキ2つ!!」
返事が返ってこない事に不安を感じた来夏は新たに条件を提示してきた。
それに和奏は微笑みながら。
「一つでいいよ」
「ふぁ、ありがとう!!」
協力してくれる事に来夏は嬉しくなってしまい、棚から何十冊の楽譜を持ち出してきた。
「これ順番に弾いてみて」
その量の多さに少し顔が引きつってしまった。
「さわりだけでいいよね?」
さすがに全部の曲を頭から終わりまで弾くのは疲れるし、時間がかかってしまう。
和奏の言葉に頷きながら来夏は一つ楽譜を取りだした。
「はい、まずこれ、ちょっと変でしょ、落書きされてるし、聴いたことのない歌だし、手書きの楽譜だし」
来夏から受け取った楽譜には心の旋律と書かれていた。
楽譜を開きピアノを弾き始めた。
心が落ち着くメロディ―を奏でている。
ピアノの音を聴きながら和奏は昔、母が鼻歌で歌っていたのと同じ曲だと感じ、無意識のうちに手を止めてしまっていた。
「この曲好き、ちょっとコンドルクイーンズに似ている、知ってる?昔のバンドなんだけど今度CD貸してあげよっか?」
「うん」
「もっかい!今度は頭から弾いてみて」
「うん」
来夏の言葉が入ってこなかった。
ただ昔の母との記憶を思い出しているからだ。
次の日の昼休み、合唱部のメンバー竜司以外が音楽準備室に集まっていた。
そこで「心の旋律」を和奏が演奏した。
この曲を聴いていると母の事を思い出し、手が止まってしまい、最後まで弾けなかった。
来夏は一瞬不思議に思ったが気に止めなかった。
「異論がなければ発表会はこの曲でいきたいと思います」
その言葉に全員が拍手をし、曲が決まった。
「うぃーす」
「こら、遅いよ竜司くん」
昼休みもあと僅かと言うところで竜司の登場だ。
遅れてきた竜司に紗羽は軽く叱った。
だがそれとは対照的に後輩達は固唾をのんで硬直した。
「悪い、悪い、ちょっと厄介事にな、それより、坂井、ピアノの音全体的に低くないか?」
「え?」
いきなりの言葉に和奏は一瞬戸惑ったが、音を2,3回鳴らして確信した。
「うん、音が低いね、調律がうまくいってないんじゃないかな」
「しょうがないか」
「良く気づいたね」
言われるまで気付かなかった和奏だったが1回しか聴いていない竜司が気付いたことに少し驚いた。
でもすぐに和奏はもしかしたらと思い口を開いた。
「佐原君、絶対音感持ってるの?」
「ああ、持ってるぞ、あと竜司でいいよ、おれも和奏って呼ぶから」
「えっ、あ、うん」
質問に対する答えと別の言葉に少し頬を赤く染めながら頷いた。
「絶対音感ってある音を聞いた瞬間にその音名がわかることだよね?」
「うん、例えば」
紗羽の説明に合槌をうち、竜司に視線を向けた。
絶対音感というものを知ってもらう為にみんなの前で試してみることにした。
和奏の視線を受け、頷きながらゆっくりと瞳を閉じた。
和奏はピアノを一つ鳴らした。
「E5、ミ、」
続けて二つの音を同時に鳴らした。
「B3とF5のシとファ」
「正解」
歓声が上がったあとに沙羽と来夏から拍手が起こった。
「なんで竜司絶対音感を持っているの?」
「言ってなかったけ?俺、前の学校では合唱科だったんだよ」
「そうなの⁉︎」
「ああ、だから一通りの楽器は出来るんだよ」
ぽかーんと空いた口が塞がらなかった。
意外な才能の持ち主がこんな所にいたとは来夏は嬉しくて竜司の腕に抱きついた。
「やったー!」
思わぬ戦力に来夏はもう周りが見えていなかった。
むっと顔を顰めた和奏は椅子から立ち上がった。
「宮本さん、私はこれで」
「あ、うん、ありがと坂井さん」
和奏が準備室を後にしようとした時だった、ちょうど教頭先生が中に入って来た。
それに来夏は固まった。
ありがとうございます