小夜鳴先生はニヤッと残酷な笑みを浮かべ腰からクジール・モデル74──社会主義時代のルーマニアで生産されていたオートマチック拳銃──を俺たちを牽制するように構えた。だが構え方は素人に毛が生えた程度、やろうと思えば
「動かない方がいいですよ? 朝陽君も
「よく飼い慣らしてるな。保健室を襲わせたのも芝居だった───そういうことか」
キンジは確かめるように少し大きめの声で小夜鳴先生に問いかけた。
「紅鳴館での3人の演技・・・・・特に朝陽さんの演技よりはマシだと思うんですけどねぇ。あ、すみません
とっくにバレバレだったというわけか。黒歴史の拡散はここらで抑えておかないとまずい。というか、小夜鳴先生の言い方めちゃくちゃ腹立つ!
「アンタ、そういえばなんでリュパンって名前知ってるのよ! まさか・・・・・アンタがブラドなの!? 」
「彼はもうすぐ来ますよ。狼たちもそれを喜んでいます」
銀狼たちは天に向かって遠吠えをし始めた。アリアは自分の推理が即間違いだと気づき若干顔を赤く染めたが、そのツリ目にはまだ小夜鳴先生に対する警戒心が残っている。
「でもアンタ、前に会ったことないって言ってたじゃない! よくも騙してくれたわね」
「騙したわけではないんですよ? 本当に会えないんです。どんな手を使ってもね」
どんな手を使っても? ・・・・・小夜鳴先生はブラドと連絡をとっているはずなのに会ったことがない。しかも絶対に会えないだと? ・・・・・二重人格ってことか?
「1つ皆さんに授業をしてあげましょう」
小夜鳴先生は理子のそばまで近づき、テーザーガンでやられた痺れに抗っている理子の綺麗な金髪を鷲掴むと無理やり俺たちのほうに向かせた。その小夜鳴の手つきに心の底からドス黒い感情が湧き上がってくる。
─────その手を離せ。
「遺伝子とは気まぐれなものでね、父と母、それぞれの長所が遺伝することもあればそれぞれの短所が遺伝することもある。このリュパン4世はその後者と言えます」
小夜鳴は理子の頭を片手で掴むと・・・・・地面に思いっきり叩きつけ───ゴスッという鈍い音と理子の嗚咽が不協和音となって聞こえてくる。小夜鳴はその嗚咽を聞いた瞬間ニヤリとさらに頬を緩めた。
─────理子を傷つけるな。
「それ以上・・・・・言う、な・・・・・アイツら、は関係な・・・・・い・・・・・」
「リュパン4世には優秀な能力が全く遺伝してなかったんです。極めて稀なケースですが、この子は世間一般でいう『無能』なんです」
必死の懇願も小夜鳴に届かず、聞かれたくないことを言われた理子は・・・・・自ら地面に額を押しつけた。まるで俺たちから顔を背けるように。ライバルに泣いている姿を見られたくないように。
──────やめろ。それ以上理子を傷つけるな。
「まあ無能はどう足掻いても無能なんです。人間は遺伝子で決まりますから」
小夜鳴は胸ポケットからニセモノのロザリオを取り出すと身動きできない理子の胸元から強引に本物のロザリオを奪った。代わりにニセモノのロザリオを理子の口に押し込んだ。
──────今すぐその手を引っ込めろ。
理子は声にならない悲鳴をあげ、痺れてあまり動かない身体で必死に抵抗する。だがそれは無意味だと言いたげに嘲け罵りながら理子のキレイな身体に暴力を振るう。
──────理子に触るな。
「彼を呼ぶためには絶望が必要なんです。ほら、もっと泣き叫べ! 無能は無能らしくその声を聞かせろ! 」
小夜鳴が理子の腹を蹴る度に理子は苦痛と惨めさに顔を歪ませる。小夜鳴は恍惚な顔で俺たちを見ると、満足そうに呟いた。
「さあ・・・・・彼が、きたぞ! 」
小夜鳴の服がいとも簡単に破け、細かった手足には異常なまでの筋肉がつき始めた。顔は狼のように変化し、獣のように毛むくじゃらで身体の三箇所に白い目玉模様が浮かび上がる。身長も2mを軽く超えている。一言で言えば・・・・・バケモノだ。
「こっちでは初めましてだな。いつも頭の中で小夜鳴とやり取りするんでな。お前達のことは充分すぎるくらい聞いている」
「お前は・・・・・優良な遺伝子を取り込むために小夜鳴に化けて人間社会に潜入してたのか」
「まあそんな感じだ。小夜鳴は人格として俺の中にいるけどな」
キンジの推理にブラドは少し訂正しながらも認めた。すると鎌のように鋭い指で理子の頭を掴みブラド自身の目線の高さまで持ってくると、
「檻に戻れ4世、放し飼いもここまでだ」
「なんで・・・・・オルメスの末裔を倒せば、あたしを、解放する・・・・・約束───」
「お前は犬とした約束を守るのか? 」
ブラドの下衆な笑い声が辺りにうるさいくらい響き渡る。
───もう無理だ。
その時、ビルの上に微かな風を感じ、その風とともに理子の弱々しい声がしっかりと聞こえた。
「キー君、アリア、キョー君・・・・・助けて・・・・・」
その瞬間──俺の中でナニカが俺を塗りつぶしていく感覚と共に男達に誘拐された時に見た夢の中のあの『人』と───
『朝陽・・・・・』
───まったく同じ声が脳に響き渡った・・・・・
「「言うのが遅い! 」」
キンジとアリアが流星のようにブラドに突っ走って行くのが見える。
キンジはベレッタの三点バーストで狼達を無力化し、アリアは隙をみせたブラドに.45ACP弾の雨を浴びせていた。キンジはブラドの側面から理子を握っている手の筋肉を斬りつけ、一時的に握力を失ったブラドの手から理子を救い出し遠くへ避難させている。
俺はその光景をただ突っ立って傍観していた。すると自分の心臓がひときわ大きく鼓動し始め、ドクッ・・・・・ドクッ・・・・・と強い鼓動と一緒に湧き上がってきたものが徐々に自分を覆い尽くしてきた。これは──嫉妬だ。
理子を傷つけた、理子を檻に閉じ込めた、吸血鬼ごときが俺の理子を・・・・・不愉快だ。理子を傷つけていいのは俺だけだ。理子を檻に閉じ込めていいのは俺だけだ。キンジは理子を助けてくれた、だから理子に触ったのも許す。だけどお前だけは許さない。
俺は雪月花を鞘から抜刀する。普段の雪月花とは違う妖しさを持ち合わせているソレは、狂おしく身をよじるように脈動しているようで──何よりいつも以上に手に馴染む。これなら自分の身体の一部のように扱えるし簡単に首が削げるなぁ。
「おいブラド、俺の理子をよくも傷つけてくれたな・・・・・俺の愛する理子が傷つく姿はもう見たくない。目障りだ。だから・・・・・ここでコロス」
「ゲゥゥアババババババ! おい京条! あんな雑種ごときを愛しているだと? 笑わせるのも───」
ズシャッ! と十分に血を吸った筋肉から鮮血が飛び出る音。そしてそれを斬る心地よい感触の後に、ブラドの支えるものがなくなった首から大量の鮮血を撒き散らし始めた。刀身に付着した血は綺麗な軌跡を描き、生暖かい血の雨が俺の身体全体を濡らしていく。ブラドの頭はクルクルと宙を舞い、俺の足元に、ズチャっと私と目が合うように落ちた。
『信じられない』
限界まで開かれた目からその言葉がよく伝わった。でも仕方ないよね、だって私の愛する理子を傷つけたんだから。それに、さっきのキンジとアリアより少し速いスピードに反応できなかったから殺されても文句は言えないよね。
「ア、アンタ・・・・・武偵法9条破り───」
「違うよアリア。9条は『殺人禁止』だから、こいつは人じゃない」
「どう・・・・・しちゃったの? 目もなんで青く輝いて・・・・・」
「どうって、俺は変わってないよ? 」
ブラドの身体がゆっくりと倒れ、辺りに血だまりができる。アリアは・・・・・俺がしたことに若干怯えているような気がする。
「おいアリア、朝陽! 助けに・・・・・」
おっと、どうやらキンジが戻ってきたらしい。アリアと同じ、この現場を見て絶句してるけど。
「あれ? 俺の可愛い理子はどこにやったの? 」
キンジに俺の理子の場所聞かなくちゃ。
「いや・・・・・なんでブラドが───」
「キンジ、質問に答えて」
「・・・・・ここから反対側のアンテナの裏だ」
「ありがとう」
ちょうどビルの反対側だし、キンジも良いところに避難させてくれた。これなら襲われることもないし大丈夫だろう・・・・・
「「───朝陽後ろ‼︎ 」」
突如、キンジとアリアの鬼気迫った声が聞こえた。後ろを見なくてもなんとなく状況がつかめたよ。
「
シャーロック戦で使った技、雪月花全体をより鋭くコーティングするように氷を張り巡らせる。ただシャーロック戦の時のように槍にするのではなく、より綺麗に切断できるように鋭くコーティングし、後ろから俺をご自慢の爪で引き裂こうとしているブラドの片腕を後ろに振り向きながら横に薙ぐように振るう。
「ウグアアァァァァァ⁉︎ 」
ヒュッと軽い音で切断されたブラドの腕はボトリとその場で落ち、ブラドは大気を揺らすような図太い悲鳴をあげた。肘から先はなくなり、再生しようにも切断面が凍らされているから氷が溶けるまで再生できないはずだ。
「なんでアナタ生きてるの? 首刎ね飛ばしたはずだけど」
「頭だろうが俺には関係ないんだよ! 無限再生能力がある限りな! 」
残った片腕で俺を引き裂こうととびかかるが、横から飛び出てきたアリアが二刀流でそれを受けた。ガチィィ! と金属と硬いものがぶつかる音が響きアリアが吹っ飛ばされる。ブラドはアリアを潰そうと駆け出したが、キンジが身体中に浮き上がっている目玉模様を集中して撃ち続け、ブラドの気がアリアから一瞬逸れた。
アリアはその隙を見逃さずブラドから距離を取り、再びいつでも交戦出来るよう構える。するとキンジが少し離れている俺にも聞こえるよう大きめの声でブラドの弱点を話し始めた。
「ブラドには魔臓と呼ばれる4つの臓器がある! それが無限回復力の正体であり弱点だ! 同時攻撃で魔臓を破壊すれば吸血鬼の弱点となるものがすべて効く! 」
「分かったよ。でも3つしか見当たらないんだけど? 」
おそらく魔臓というものはブラドの右肩、左肩、右脇腹にある目玉模様の中心にあるのだろう。
「4つ目は分からない。だから理子に聞いてきてくれ! 」
「そっかぁ、もし分からなかったら全て斬り刻めばイイけど」
「俺様をナメるなぁ! 」
ブラドは俺に近づこうとするもキンジとアリアの怒涛の攻撃によって中断せざる終えなくなる。雨のように降り注ぐ9mmパラベラム弾と二刀流の二重奏でブラドを圧倒していく。俺はその2人に心の中で感謝し、愛する理子の元へと向かう。高くそびえ立つアンテナの裏側に回ると理子はガタガタと肩を震わせ膝を抱えこむように座っていた。
「理子・・・・・ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
理子は俺の声を聞くとこわごわと俺と目を合わせた。理子は驚きに目を見開いている。
「キョー君! 血が・・・・・ 」
「ブラドを斬った時の返り血だよ 」
「・・・・・キョー君一緒に逃げよ? ブラドになんか勝てっこないよ。キンジもアリアも強いから大丈夫だよ! だから───」
「理子、俺はここに残るよ」
「なんで・・・・・なんでそんな事してまで・・・・・」
ポロポロと理子の可愛い目から涙が零れ落ち俺の胸に顔を押しつけて子供のように泣きじゃくっている。アぁ、こんな姿の理子も可愛いなァ。
「それはね、俺が理子を愛してるから」
「愛し・・・・・え? 」
「理子は俺の恋人だ。だから理子の笑顔を奪う奴は許さない。理子は俺のものだ。だから理子を悲しませる奴は許さない。理子は誰にも渡したくない。だから理子を監禁したアイツを殺す・・・・・アイツの4つ目の弱点知ってるか? 」
理子は零れてくる涙を腕でぬぐい、それでも目に涙を溜めながら俺に訴えかけた。
「最後の弱点は・・・・・舌だよ」
「分かった。行ってくるよ」
「──ッ⁉︎ 待って! 」
理子が背を向けた俺の腕を掴む。理子は俺の腕を掴みながら弱々しく立った。そして何かを決意したのか、俺の腕を掴む力が強くなっていくのが制服越しに伝わってくる。
「最後の弱点は理子に・・・・・撃たせて」
「なんで? 俺に任せてくれればイイんだよ? 」
「アイツにこれまで傷つけられたその屈辱を晴らしたいの・・・・・」
「理子、俺は理子を愛している。だから理子の頼みは聞くよ。だけど危なくなったらまた避難してもらうから」
俺は理子にハッキリと伝え理子も頬を赤く染めながらもコクコクと頷いてくれた。俺は理子の小さい手をギュッと握り、アンテナの裏から出てキンジ達の元へ走る。遠目で確認するとキンジとアリアの防弾制服は所々破れており、2人とも疲労困憊。対してブラドはその強靭な筋肉と体力によりまだ素早い動きでキンジとアリアを翻弄していた。
「ゲェバババババ! お前らまとめて死ねぇ! 」
ブラドはそばにあった避雷針をもぎ取った。あれでキンジとアリアを薙ぎ払ってビルの上から落下させるつもりだろう。いくら強敵と言えど所詮は人間、この高さから落ちたら確実に死だ。だから──そんなことはさせない。
ブラドの振り上げている右腕を避雷針ごと
鈍い打撃音と共にブラドの凍っている右腕に全弾命中し、ビシビシっと音をたて右腕が崩壊し始めた。ブラドは痛みに顔を歪ませながらも追撃を仕掛けるアリアの超人並みの剣さばきを左腕一本──その爪で抑えている。
「小娘が! なぶり殺してやろうかぁ⁉︎ 」
ブラドは再生した右腕・・・・・もはや鎌と言えるような爪がアリアに突き出されるが、アリアは自身の刀を二本とも身体の前に構え、上に受け流すようにして回避する。ガラ空きになった胴体に潜り込み、
「うるァ! 」
と、美少女が出してはいけない部類の声を張り上げブラドの顎を天に向かってカチ上げる。 その一瞬の隙にアリアとキンジは右肩と一つずつ魔臓を撃ち抜いた。
「ガアアアアアアァァァァァァァァ──ッ‼︎ 」
ついに激昂したブラドは、天に向かって大気を揺るがすほどの大音量で叫んだ。その咆哮は雨雲の一部すら砕き、音で制服がバタバタと揺れるほどだ。だが、
「うるせえよ雑種がァ! 」
俺は走る。鼓膜に穴が開くことも厭わない。理子のためなら喜んで捧げよう。理子が最後のトドメを刺すから・・・・・ここで止まるわけにはいかない。
「
今度は『突き刺す』為に槍のように先端を鋭く、傷口が広がるように円錐状に氷でコーティングする。ズシリとした重みを感じながらも、電光石火ともいえる速さでブラドに肉薄し、右脇腹の目玉模様めがけ突き立てるように深々と刺す。そして───位置が分かっている魔臓3つを全て凍らせ、機能を一時停止させる。パキパキと魔臓の凍る音が鳴りブラドは顔を引きつらせた。
だが凍らせたところですぐ回復するだろう。持って3秒ってところだ。
「最初に貴様を殺してやる! 」
その巨体からは想像できない速さの拳が突き出された。それを上体を反らすことで紙一重で躱し、喉元に手刀を叩き込む。
「グォッ!? 」
俺はブラドの息を詰まらせた声を気にも留めず、下を向いたブラドにサマーソルトキックを食らわせ、再び空を仰ぎ見た。
そして──俺の愛しい理子がブラドの膝をジャンプ台として踏みつけ、ブラドが見ている空を遮るように頭上に躍り出る。理子は胸元からデリンジャーを取り出すと、いつもの理子のおちゃらけた笑顔を見せ、
「ぶわぁーか」
───パァン!!
デリンジャーが乾いた発砲音をあげた。そのままクルッと体操選手のように空中で綺麗に一回転し、綺麗に着地した。
ブラドは鬼の形相で舌をだらしなく垂らし、仰向きに倒れた。手足を凍らせ、抵抗できないようにし・・・・・理子が膝から崩れ落ちた。
「──ッ!? 理子! 」
「大丈夫だよ・・・・・ちょっと力が入らないだけ」
理子の手足はガクガクと震えている。極度の緊張のなか闘ってくれて・・・・・ありがとう、理子。これでやっと理子を傷つけたコイツをコロセル。
俺はブラドに近づき、力を失った金色の瞳にグロックを向ける。
「あ、朝陽!? アンタ何やってんの!? 」
「何って、俺の愛している理子を傷つけたコイツを殺すだけだ」
「──ッ!? そいつはママの裁判で証言してもらうんだから! 殺さないで! 」
「ゴメンなアリア。無理だ」
警察のヘリがこっちに向かってきているのが見えた。コイツを逮捕するのか・・・・・アイツらが来る前に殺さないと。コイツを殺したら武偵なんかやめて理子と一緒に逃げればいい。
俺はブラドにグロックを向け──次の瞬間、それを反射的にヘリの方に向けた。ヘリの方から恐ろしい殺気を感じたからだ。そこにはうつ伏せでドラグノフを構えているレキがいた。あれは・・・・・俺を殺そうとしている? 嫌な予感が全身を駆け巡り───
俺が氷壁を作ったと同時にレキのドラグノフの銃口がパッと明るく輝いた・・・・・
お気に入り300人&400人突破しました。ありがとうございます!
まさか日刊に載るとは思いませんでした。1つ目標達成できたので嬉しい限りです。
やっぱりあかりの「ヴェアアアアア」が・・・・・