俺、ヤンデレ神に殺されたようです⁉︎   作:鉛筆もどき

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第23話 女装とパンツと本

 ​

  キンジ達の元へ向かうと、そこはジャッカル男の巣と呼べるほど大量にそれらがひしめき合っていた。白雪は壁にぐったりと寄りかかり、ピクリとも動いていない。キンジはそんな状態の白雪を助けに行こうともしていなかった───いや、ジャッカル男が白雪を囮にしてるから助けに行こうにも行けないのか!?

 

「キンジ! 」

 

「やっと来たか! コイツらの中身に触れると呪われるぞ! あとコイツらは人間じゃない! 」

 

「それは先に言ってくれよ! 」

 

  トイレの個室でコイツらの一体と戦った時、思いっ切りパンチしちゃったよ! てことは今も右手を覆うようにまとわりついているこの黒い砂は・・・・・呪いかよ!?

  だが今は呪いよりキンジ達の援護だ。

 

「またこういうタイプね? 」

 

 俺が走り出したと同時にアリアもホールに入り、バンザイをするような姿勢で二丁のガバメントで乱れ撃ち、天井に張り付いているジャッカル男達を落としていく。

 

「アリア! 白雪を頼む! 」

 

「わかったわ! 」

 

 アリアは壁に寄り掛かっている白雪に向かう。ジャッカル男は、獲物が来たと目を嬉しそうに細め鋭い犬歯を剥き出しにしながらアリアに襲いかかるが、

 

「ジャッカル共! 相手は俺だ! 」

 

 俺は超能力で作った氷槍(ジャベリン)を射出する。釘状になっているソレは天井から離れた直後で身動き出来ないジャッカル男達に突き刺さり、その勢いのまま壁に打ち付けた。

 

「ありがと! 」

 

「どういたしまして! 」

 

 アリアは白雪を背負うとジャッカル男のいないフロアへ駆け出していった。俺は無防備なアリアに襲いかかろうとするジャッカル男を氷槍(ジャベリン)で次々と殲滅していく。ジャッカル男達は俺を殺す事を最優先に考えたのか、何十体ものジャッカル男が俺へと一斉に向いた。

 

「気持ち悪さなら世界で一番になれるな」

 

 飛びかかってくるジャッカル男共と俺の間に氷壁を作り、すぐさまホルスターからグロックを抜く。大質量の黒い砂がぶつかった事ですぐに氷壁は砕け散ったが、セレクターをフルオートに切り替える時間はたっぷりともらった。

 トリガーを引かれ、グロックから発砲された9mm弾は絶え間なくジャッカル男達をぶち抜いていき​───

 

「朝陽後ろだ! 」

 

 キンジの声に弾かれたように後ろを振り返ると、一匹のジャッカル男が、その手に持つ斧を頭上に上げ​──一気に振り下ろしてきた。

 

「くっ!? 」

 

 咄嗟にバックステップしたことで間一髪の所で避けられたが、ジャッカル男は俺がそれを避けることが分かっていたのか、その隙を突くように鋭い蹴りを繰り出してくる。

 

「うぐッ! 」

 

 車が衝突してきたような衝撃が俺の脇腹を襲いかかり、受け身も出来ぬまま壁へと叩きつけられた。視界がボヤけ吐き気がするが、気力で何とか持ちこたえる。

 小刻みに震える両足に活を入れ、再びジャッカル男に視線を戻すと、俺が吹き飛んだ際に手から離してしまったグロックを斧で​───真っ二つに叩き割っていた。

 

「野郎・・・・・グロックだって高いんだぞ」

 

 俺は雪月花の柄に手をかける。

 ジャッカル男にグロックを叩き割った事を後悔させようと足を踏み出そうとしたが​───直後に鳴り響いた狙撃銃の銃声とジャッカル男が崩れ落ちていくのを見て足に込めていた力を抜いた。このカジノで狙撃銃を持っている仲間は一人しかいない。

 

「ありがとうレキ」

 

 レキはコクっと頷いた。最後に一体だけポツンとホール内に残ったジャッカル男は、

 

「ォォォォォオ! 」

 

 カジノ全体に響き渡る遠吠えと共に、窓をぶち破って屋外へ逃げていくと同時にちょうどアリアが帰ってきた。アリアは破られた窓を見るとガバメントをホルスターから抜き、マガジンを再装填し始める。

 

「もう! せっかく白雪も客も避難させたのに! ゴレムも逃げたんじゃマズイわよ! 」

 

 アリアの言葉にキンジは首を傾げながら尋ねた。

 

「ゴレム? この砂人間どものことか? 」

 

「あんた分かんないで戦ってたの!? このドベ! 小学生からやり直してきなさい! 」

 

 アリアよ。それは酷いぞ。小学生でゴレムを知っているやつは地球上にいるわけないだろ。

 

「超能力で動く操り人形よ。リモコン操作のモンスターって言えば分かる? 」

 

「ああ。理解した」

 

「あら、今日は素直なのね。それじゃ​──」

 

 キンジに歩み寄ったアリアは余裕ありげに笑い、キンジの脇腹を肘で小突いた。キンジはため息をつきながらベレッタのスライドをコッキングする。

 

「​──やりますか」

 

 カッコいいセリフでキンジ達は一階へと向かった。確か海に繋がるプールに水上バイクがあるから・・・・・それでジャッカル男を追うつもりか。レキは窓からジャッカル男が逃げた方向をずっと見つめている。俺も見てみたが・・・・・ジャッカル男が水面を忍者のように素早く走っていること以外おかしな所は見当たらない。

 

「何を見てるんだ? 」

 

「風が私に警告しています。このままではキンジさんが危ない」

 

 そう言うとレキは窓枠にドラグノフを固定し、片膝をついて石像のように固まってしまった。レキのこの集中状態は何を聞いても返事してくれないだろう。キンジが危ないってことも水上バイクがなく、助ける手段が一つもない俺にはお役御免というわけだ。

 

「そうか。じゃあ俺は白雪を運んでくる」

 

 レキにそう言い残し俺は白雪がいるフロアに向かった。そういえばどこのフロアに白雪を避難させたのかアリアに聞いてなかったな・・・・・

 

「白雪ー? 起きてたら返事してくれー」

 

 大声で白雪を呼ぶ​───だがその声に応じる白雪の声は聞こえなかった。これは自力で探さないとダメか。

 俺は各フロアを走り回る。アリアが白雪を運んでから短時間で戻ってきたからあまり遠くにはいないと思うが・・・・・アリアは男の俺より力があるからな。

 カジノ・ホールから一番遠いフロアに避難させることはアイツにとって朝飯前のことだ。

 

 それから各フロアをまわり、カジノ・ホールから一番遠いフロア​──休憩所のような場所に着くと、白雪は入口から見えにくい位置にあるイスにぐったりと座らされていた。俺はすぐにそばに駆け寄り、その柔らかそうな頬を軽めに叩く。

 

「白雪さーん。起きてますかー? 」

 

 返事はない。でも呼吸はしてるから多分気絶させられたのだろう。ここで待っていても当分起きそうにないな。白雪の両腕を俺の胸の位置まで移動させ、両膝を抱えた。所謂おんぶだ。この体勢は白雪の双丘が背中にモロに当たる。俺の中の煩悩が働くのを素数を数える事によって阻止しながら、ゆっくりとレキのいるカジノ・ホールへ戻る。白雪も目立った外傷はないから、起きた時にお嫁に行けないって騒ぐこともないだろう。

 

 カジノ・ホールの入口に到着すると、レキがドラグノフを抱えたまま立っていた。そして近づいてくる俺を見るや否や、俺に走り寄って来た。そしていつもの無表情でとんでもない事を口にし始める。

 

「アリアさんが狙撃されました。キンジさんは敵と思わしき人物と戦闘後、突然倒れました。気を失ったと推測されます」

 

「​狙撃!? アリアは無事か? キンジは? 」

 

「アリアさんは何者かに連れ去られて行きました。キンジさんは敵と思わしき人物が水上バイクで今コチラに送ってくれています。戦闘になった場合、私だけでは不利ですので朝陽さんも一緒に来てください」

 

「​・・・・・分かった」

 

 俺とレキは一階の海と繋がっているプールを左右から挟み込むようにして陣取り、白雪はカウンターの裏にバレないように隠した。レキはもう弾は残っていないのか、狙撃銃の長い銃身に銃剣を装着させ、槍として使うつもりらしい。そうしているうちに、水上バイクのエンジン音がどんどん大きく聞こえ始めた。俺は海への出入口から死角になっている場所に氷槍(ジャベリン)をセットする。いつ攻撃されても反撃出来るようにだ。

 

「朝陽さん。私が殺されたら​​迷わず撤退してください」

 

「アホか。武偵憲章一条、仲間を信じ仲間を助けよ。見捨てるわけにはいかないな」

 

 そして​​、水上バイクがプールに入ってきたと同時に

 氷槍(ジャベリン)を射出しようとしたが​──水上バイクの運転席に座っている人物が手をかざし、『やめろ』というポーズをとった。

 

「レキ! 攻撃するな! 」

 

 今にも飛びかかろうとしていたレキに指示をだすと、運転席から俺をじっと見ている人物がにっこりと微笑んだ。その人は俳優やタレントが裸足で逃げ出すほどの美形だ。そして​──俺が知り合いでそんな人は一人しか知らない。

 

「キンイチさん。俺はもう霊感はないはずなんだけど」

 

「俺は幽霊じゃない。元気にしてたか? 」

 

「毎日が不幸の連続ですけど、楽しい日々ですよ」

 

 去年の海難事故に巻き込まれて死んだはずの遠山キンイチさんが、今、目の前にいる。キンイチさんは後部座席で気を失っているキンジ​をお姫様抱っこで持ち上げ​ると​───あろうことか俺に放り投げてきた!

 

「キンイチさん! 重いですって! 」

 

「キンジを頼むぞ。俺は・・・・・もう戻ってやらねばならぬことがあるからな」

 

「キンイチさん・・・・・今はカナさんじゃないんですね」

 

 カナという名前を聞くと、キンイチさんはその端正な顔を一瞬で真っ赤に染め上げた。遠山の一族であるキンイチさんは当然ヒステリアモードになることが出来る。キンジの場合は性的興奮でなるが、キンイチさんの場合は女装することだ。女装すると男でも女でも振り向く絶世の美女になり​​──女装したキンイチさんがカナさん、ということだ。だがキンイチさんは女装してヒステリアモードになる事は黒歴史レベルで恥ずかしいことらしく、『カナ』という名前を聞くだけで顔が真っ赤になるのだ。

 

「・・・・・朝陽! 覚えておけよ! 」

 

 怒りと恥ずかしさで肩を震わせつつ水上バイクをUターンさせ、大きい水飛沫をあげながらプールから出ていってしまった。キンイチさんの乗った水上バイクが豆つぶほどの大きさに見えるまでずっと、その背中を見続けていると・・・・・いつの間にか横にいたレキが、袖を引っ張ってきた。

 

「間もなく警察と車輌科が来ます。白雪さんとキンジさんを運びましょう」

 

「そう・・・・・だな。しかしこの右手の黒い砂とアリアはどうするか」

 

 白雪とキンジを『ピラミディオン台場』の入口に運び、車輌科が来るまでの間、俺は右手に張り付いている黒い砂をじっと見続け、この呪いを解く方法とアリアの救出作戦を頭の中で模索し続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 消毒液のにおいがほんのりと漂う武偵校の保健室。

 キンジは車輌科の休憩室で武藤に、第二保健室で俺はベッドでまだ気を失っている白雪の隣のパイプ椅子に座り看病している。看病といってもただ横に座っているだけだ。衛生科Eランクの俺に適切な治療は出来ない。俺に出来ることは、心臓が止まっている仲間の胸に『Razzo(ラッツォ)』​──気付け薬と鎮痛剤を兼ねた復活薬​──をぶっ刺すことくらい。

 

(それにしても・・・・・白雪ってホント美人だな)

 

 大和撫子という言葉が良く似合う。つやつやの黒髪で、目つきはおっとりと優しげ、まつ毛も長い。こんな美人さんがキンジに毎日のようにアタックしているのだ。

 だが・・・・・アイツのスキルである鈍感が発動して、そのアタックはことごとく失敗している。白雪の為にもうちょっと分かりやすいアプローチでもないかとそのキレイな顔を見ながら考えていると、

 

「キンちゃん! 」

 

 突如、気を失っていたはずの白雪の目が、カッ! と開かれ、そばにいた俺にいきなり抱きついてきた。

 

(痛い苦しい! 首がしまる! )

 

「しら・・・・・ゆき! 俺はキン・・・・・ジじゃ」

 

「​​─​─ッ!? ごめんなさい! 」

 

 人違いだと気づいた白雪によって俺の両肩が強く押され、パイプ椅子ごと俺は後ろに倒れてしまい・・・・・後頭部を強く床に打ちつけてしまった。

 

 痛みで反射的に目を瞑ってしまい、次に目を開け見た光景は、カビ一つ生えていない清潔感のある白い天井​──ではなく、ピンク色の布に可愛い苺のドット絵が幾つも描かれているパンツ。そこから細く柔らかそうな両足が俺の頭の両脇まで伸びている。

 

「変態・・・・・死ね! 」

 

 怒声と共に俺の腹に三発の銃弾が飛んできた。

 ​──バスバスバスッ! とバットで殴られたような痛みに腹を抱える。何だよ! 何で撃たれなきゃいけないんだよ!

  俺は涙目になりながらもその人物を見ると、耳まで真っ赤に染め上げたナース姿の理子​​​​​​──何故か右目に眼帯をつけている​──が二丁拳銃を俺に向けていた。

 

「ま、待て! 不可抗力だ! 」

 

「何が不可抗力だって? 」

 

「わ、私が朝陽君を押したからです! 」

 

「そうだ! 白雪も言ってるだろう! 」

 

 それでも理子はパンツを見たことに怒りが収まらないらしい。というか​──

 

「別にいいだろパンツくらい! 俺はあんな柄で興奮しないし、パンモロなんて興味ない! 」

 

「その発言も問題あるよ! 」

 

「本当の正義はッ! パン​チラに───」

 

「ふざけるなあ! 」

 

 理子は俺の頭をグリップで思いっ切り叩いてきた。

 頭蓋骨が割れるような痛みに転げ回りながら、もう一度追撃が加えられないように両手で頭を抱える。

 そんなに俺をいじめて楽しいか!? 楽しくないなら止めてください。楽しくても止めてください。

 

「朝陽君! その右手どうしたの!? 」

 

 頭を抱えている右手を見たのか、白雪は血相を変えて俺の傍までにじり寄ってきた。白雪はその白く小さい手で、未だに黒い砂が張り付いている俺の右手を包み込むようにして握ると・・・・・微かに俺の右手が青く光った。

 

「痛ッ!? 痛い痛い! 白雪様止めてくださいお願いします! 何でもしますから! 」

 

「じゃあ我慢してて! 」

 

「ええ!? 」

 

 右手全体を一気に針で刺されたような痛みが襲ってくる。青い光は直視できないほどにまで強く光ると・・・・・途端にその光は霧のように消えてしまった。白雪はそれを見るとホッとため息をつき、俺の手を握ったまま真正面から見つめてきた。

 

「あのジャッカル男の()()に触った・・・・・よね? 」

 

「中身というか、アイツの腹に拳を叩き込んだらそうなった」

 

「あれの中身に触れると、その人は呪われるの。不幸になる呪い」

 

「不幸になるだけ? それだけなら別に問題なしだな」

 

 白雪は片手を口にあて驚いた表情を見せた。だって俺この世界で一番不幸ですし。不幸値カンストしてますから。カンストしてるものにいくら積んでも変わらないからオーケーだ。

 

「でも、まだ呪いは完全に解けてないの。呪いの解除は張本人に解除してもらうしか方法がないから・・・・・」

 

 白雪は俺の右手から手を離した。確かに、まだ俺の右手には砂が張り付いているが、その砂の色は灰色だった。さっきまでは黒だったから白雪が治療してくれたおかげだな。

 その時、第二保健室の扉が慌ただしく開いた。

 

「白雪さん! キンジさんが目覚めましたよ! 」

 

 車輌科の一年が額に汗を浮かべながら保健室に響き渡る声で言った。白雪はその事を聞くと、ウサギもビックリするような垂直跳びをその場で披露し、

 

「キンちゃん様! 今行きます! 」

 

 と言い残し、保健室から脱兎のごとく車輌科へと駆け出した。車輌科の一年は保健室の扉を乱暴に閉め、そんな白雪を追いかけるようにして走り去ってしまった。

 まだ呪いの事で聞きたいことがあったんだけど・・・・・

 

「ダーリン? その呪いは解除しないと、死んじゃうよ? 」

 

「何を言ってるんだハニー。俺の不幸は今に始まったことじゃないだろ? 」

 

「そうじゃなくて・・・・・その呪いは怪我や病気になる確率が格段に上がるの。理子の右目もそれでやられた。ジャンヌも呪いにかかって足を折ったよ」

 

「・・・・・ジャンヌが骨折で理子は​───眼疾か? 」

 

 理子は、そうだよ、と首を縦に振って答えた。ジャンヌや理子で重い怪我をしているってことは・・・・・俺の場合は事故死になる可能性が高いな。短い期間で俺を殺すとしたらそれしか考えられないし。

 ​

「はあ。まだやりたい事いっぱいあるし、死ぬわけにはいかないな」

 

「ダーリン・・・・・行くの? 」

 

「もちろん。白雪なら今どこにその呪いの主を知ってるだろ。アリアも取り返さなきゃいけないからな」

 

 まだ少し痛む頭をさすりながら立ち上がり、浮かない顔で俺を見つめている理子の横を通り扉に手をかけた。

 

「無事に戻ってきてよね。その呪いの主は、イ・ウーのナンバー2の実力の持ち主だから」

 

「予想はしてたけど、またイ・ウーですか・・・・・本当にあの推理オタクは部下の指揮もマトモにとれないのか? まったく​・・・・・まあいつも通り、やってくるよ」

 

 俺は少し前にこの保健室に来た車輌科の一年に負けないくらいの強さで扉を開け、前に一歩踏み出したが​───

 

 

 

 

「貴方の行くべき場所はイ・ウーではありません。私と一緒に来てください。拒否権はありません」

 

 まるで機械が台本を読んでいるような言い方とドラグノフに装着した銃剣が俺に突き出された。

 

「これは・・・・・どういうことだ? レキ」

 

 保健室の扉を出てすぐ横にレキがいる。ガラス細工のような瞳で俺を睨み、少しでも動くと刺すと言わんばかりに首元に銃剣を当ててきた。こうなったらもう動けない。だが、レキは武偵だ。武偵は人を​──

 

「私は人を殺せます。私は一発の銃弾、この身がどうなろうと私は構いません」

 

 ​​──俺の思っていることが筒抜けだったな。仮に超能力を発動しても、その瞬間にレキはドラグノフを前に突き出す。首元を刺されたらどう足掻いてもオワリだ。

 

「何が望みだ? 」

 

「『風』が貴方を呼んでいる。私は貴方を『風』の元まで案内しなければならない。たとえ貴方がここで死んでも私は貴方の死体をもって、『風』の元まで行きます」

 

 レキの目はこれまで見た以上に真剣なものとなっていた。風、つまりは璃璃神のことか。璃璃神が俺に用があるってことは瑠瑠神関係だ。神弾でまだ瑠瑠神を抑えてるってのに何の用だ?

 

「分かった分かった! ついて行くから、もう銃剣は下げてくれ。地味に刺さって痛いんだよ」

 

「分かりました。では、ついてきてください」

 

 イ・ウーに行くと張り切っていたのに恥ずかしいじゃないか! いつもタイミングが悪い。少しはカッコつけさせてくれてもいいだろ!

 俺がレキの後についていこうとすると、それまで黙っていた理子が不意にレキに声をかけた。

 

「レキュ! 理子も・・・・・いい? 」

 

「・・・・・分かりました。ですが、里のルールは破らないでください」

 

 理子は嬉しかったのか俺に見えないように小さくガッツポーズをした。いやバレバレですけれども。しかも何で喜んでるの? レキも、瑠瑠神と璃璃神って結構秘密事項だと思うんだけど、普通だったら連れていかないだろ。レキは​──いや、璃璃神は何を考えてるんだ?

 

「危ないからお前はついてくるな」

 

「いつも危ない目にあって心配かけさせているのは誰? 」

 

 理子の挑戦的な笑みに腹が立ったが、その事については何も言えない。

 レキは理子の喜んでいる姿を一瞥すると、俺の袖を引っ張りながらまた歩き出した。俺に逃げられないようにする為なのか知らないけど、ちょこっと摘んでいる感じが少し可愛い。​そうやって歩いていると、腰のホルスターがいつもより軽く感じられた。グロックは・・・・・そういえば! 破壊されたんだった!

 

「レキ、ジャッカル男との一戦で銃が破壊されて、今自分の銃がない。文の所に寄らせてもらっていいか? 」

 

「分かりました」

 

 淡々とした口調で答えると、装備科棟へ歩き出した。袖を摘まれてるからレキの後ろについて歩くように見えるけど・・・・・某RPGを連想させられるな。すると、突然レキに摘まれている袖とは反対方向の袖をギュッと握られた。見なくとも分かる。理子だ。

 

「理子さんよ。歩きづらいんだが? 」

 

「黙って歩く! 」

 

 ここで理子に逆らったら尻に蹴りではなく銃弾が飛んできそうなので素直に従うことにした。いつからこんなツンとデレが激しいハニーになったのだと真剣に考えながら進んでいると・・・・・急にレキが止まった。

 

「着きましたよ」

 

「え・・・・・ああ! 」

 

 いつの間にか文の部屋の目の前に来ていたらしい。

 この前、文の工場に訪ねた時はノックの音が聞こえてなかったし、今回は少し強めに叩くか。

 

 ​───コンコン!

 だが、返事が返ってこない。また何かヘッドホンで聞きながら調べ物でもしてるのか?

 レキと理子を工場の外で待たせ、俺は装備科特有の重いドアを開けると​──椅子に前かがみになりながらも座っている文がいた。頭にヘッドホンをつけて何か読んでいるらしい。

 

「文ー? 」

 

 すると文は、ギャアアアアという悲鳴をあげながら前に倒れ込んだ。パソコンがある机の下に潜り込むような、見事なダイビングヘッド。

 そして手に持っている薄っぺらい雑誌のようなものを机の一番下の棚へ押し込むと、その棚を守るようにして座り込んだ。文の顔は沸騰したように真っ赤になっている。そんなに見られたくないものだったか?

 

「文? あの薄っぺらい雑誌は​──」

 

「薄い本じゃないのだ!! 」

 

「・・・・・そうか。分かった」

 

 全力で否定された。薄い本って聞くと()()()()()にしか聞こえない俺を許してくれ。でも文のことだ、そういう本じゃなくて、子供向けの絵本でも見てたのだろう。一般的な絵本はページ数も少ないのだから、薄っぺらいに決まっている。雑誌に見えたのはページがめくれたから。真っ赤になって隠したのは高校生にもなって絵本を読んでいるのを見つかりたくなかったからに違いない。別に高校生だって読む人は読むし馬鹿にしないが・・・・・

 

「それで! 今日は何のようなのだ!? 」

 

「えっと・・・・・グロック壊しちゃって。今すぐ任務に行きたいから代わりの銃がないかなって探しに来たんだよ」

 

「あれを壊したのだ!? ・・・・・もう、分かったのだ」

 

 そういって机の下から二番目の引き出しを開けた。中から出てきたのは・・・・・ベレッタM93Rだった。そんな物騒な拳銃を引き出しに閉まっておいて大丈夫か?

 

「はいなのだ! 」

 

 と、机の一番下の棚にへばりついて手を伸ばした。顔は真っ赤なままだ。絵本のことは誰にも言わないから安心していいよ文さん・・・・・

 俺は文の一歩手前まで歩き、M93Rをその小さい手から受け取った。文は俺にM93Rを渡すや否や、俺をグイグイと部屋の出口まで押し始めた。

 

「な、何してるの? 」

 

「さあさあ! もう用は済んだから帰るのだ! 」

 

 文に押され部屋の外に出ると、その小さく非力な体から想像出来ないほどのスピードでドアを閉めようとした。俺は文にお礼を言っていなかった事を思い出し、閉まる直前でつま先を引っ掛ける。

 

「文! いつもありがとな! お礼は​──」

 

「い、いらないのだ! 」

 

「そうしたら俺の気が済まないから・・・・・そうだ! 任務が終わって帰ってきたらあの本の読み聞かせしてあげるから! 」

 

 文はあの本という言葉に反応し、ビクッと身体を震わせた。今ではもう顔どころか首まで真っ赤になっている。

 

「あ、あの本って? 」

 

「文が俺達が来るまで読んでた本だけど」

 

 文はもう噴火寸前の活火山のような状態だ。これ以上いたら泣くかもしれん。俺はつま先を引っ込めると、文は下を俯き​──何か小さな声で喋りかけてきた。

 

「​──とって​─​─」

 

「なに? 」

 

 文の口元まで耳をもってくると、消え入りそうな声でこう言った。

 

「責任・・・・・とってなのだ」

 

 それだけ言うと、バタンとドアが閉まった。責任? 絵本を読むのに責任なんているのか? ・・・・・ああ。約束は守れってことだな。

 

「待たせて悪いな。行こうか」

 

 レキはコクっと頷くと、また俺の袖を引っ張りながら歩いていく。それにしても誰か忘れているような・・・・・

 

「ギャアアアアアなのだ! 」

 

 外の廊下にも聞こえるくらいの悲鳴が聞こえ​──文の部屋から満面の笑みを浮かべている理子が飛び出してきた。

 

「くふっ! あややっていつからエ​─​─ 」

 

「わああああああ!! 」

 

 文は涙目で必死になって理子の口を塞ごうと跳ねていた。かわいそうだな・・・・・

 

「理子? 冷やかすのはそこまでにしておけ」

 

「うー! ラジャー! 」

 

 足を揃え見事な敬礼をすると、小走りでまた俺の袖を掴んできた。

 

「理子ちゃん! このことは内緒なのだ! 」

 

「わかってるよー! 」

 

 上機嫌そうに口笛まで吹き始めた。さては、俺に文が気をとられている隙にこっそり中に侵入してたか。

 そこで文が必死に隠していた()()を見つけて・・・・・という具合だな。上機嫌そうなのは絵本を読む友達が増えたからだな。理子も演技なのかどうか知らんが、授業の休み時間に偶に読んでるし。

 

「絵本友達出来てよかったじゃないか」

 

「絵本? ・・・・・あー、あれは確かに()()だね」

 

 理子は何か含みを持たせた言い方をすると、妖しく笑い始めた。​・・・・・不安しかないのだが。

 

 

 その後、俺はキンジに事情を話し、俺の右手にかかっている呪いの解除とアリアのことを任せた

 そして、俺たちは璃璃神がいる場所へ向かった。

 

 

 

 

 ​──ウルス族の元へと。

 

 

 

 

 




薄い本・・・・・

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