俺、ヤンデレ神に殺されたようです⁉︎   作:鉛筆もどき

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第32話 ずっと一緒だから

「ここに泊まるの? なんか()()()な雰囲気なんだけど」

 

「失礼なこと言うな。入るぞ」

 

 二階建ての、如何にも古風という感じの旅館に入る。地主神社から妙にテンションが高い理子と散歩がてら歩いていたらいつの間にか郊外に出ていて、泊まる所を探していた時にちょうど見つけたのだ。

 引き戸を優しく開けると、正面にカウンターがありそこで美人な女将さんが笑顔で出迎えてくれた。

 

「おいでやす。宿泊ですか? 」

 

「はい」

 

「本日のお客様はお二人だけです。ゆっくりしていってくださいね」

 

「お願いします! 」

 

 案内された部屋は、いかにもという和室だ。部屋の真ん中にテーブルがありそれを囲うように座布団が敷かれている。荷物をおろし、理子と修学旅行の課題をやっていると女将さんが食事を運んできてくれた。魚が中心の豪華な料理だ。それを味わいながら食べる。

 理子は目を輝かせて頬張り──よほど美味しかったらしく、俺の受け皿の料理も盗って食べやがった。

 

 それから料理争奪戦を繰り広げつつ、無事完食。風景を楽しんだりしてくつろいでいると、理子が袖を引っ張ってきた。

 

「ねえねえ、温泉行ってくるね」

 

「ん、じゃあ俺も行こうかな」

 

「・・・・・覗かないでよ」

 

「覗いたら両目がくり抜かれて明日の朝ごはんに出されるからやらないよ」

 

 それぞれ下着と浴衣を持って温泉まで歩く。部屋からあまり遠くない位置にあるから移動が楽だし何回か来れるな。女将さんによれば今日は誰も居ないらしいし。

 

 入口まで着き青の暖簾をくぐり中に入ると、どこにでもある普通の脱衣場が見えた。俺以外誰もいないので、清々しい気持ちで制服を脱ぐ。竹で作られたカゴに脱いだ衣類をぶん投げようと思ったが、その際に盾がカゴを破壊したら目も当てられないので盾だけは外して床に優しく置く。

 

 タオルを持ち、引き戸を勢いよく開けると、立ち上る湯気の中からかろうじて見える満天の夜空が、ここは露天風呂だと教えてくれている。室内風呂は見当たらず簡易的に作られた屋根が脱衣場から少し延びて覆っている。

 

「・・・・・なんだ、最高じゃないかッ! 」

 

 腰にタオルを巻きウキウキした気持ちで足を踏み入れた。

 それにしても───湯気がすごい。これは人がいても分かりにくいな。でも今日は人がいない、故にのびのびとできる!

 だが肝心の洗い場が湯気のせいで見えず、そこら中を歩き回っていると、

 

「きゃ!? 」

 

 胸の前でタオルを下げた()()が湯気の中から出てきて濡れた床に足を滑らせて転んでいた。タオルは転んだ拍子に無残にも落ちていく。

 怪我してないといいが・・・・・

 

「おい理子、こんな所でコケるなよ」

 

「ごめんごめん」

 

 俺も理子も苦笑いしながら互いに手を取り合い──そこで異変に気づく。理子もその異変を察知したのか固まってしまった。それは至極当然なことであり、大多数の男性や女性が一瞬にして気づくだろう。普通だったならば。

 しかし、いつも一緒にいるパートナーならばどうだろうか。一緒にいることが当たり前な二人が一緒に居たって何ら問題もない。それ故に気づかなかった。気づくのが遅れたのだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「な、なななななんでいるの!? 」

 

 イタズラにも晴れてきた湯気が、双丘と()を隠し赤面している理子を露わにしている。

 

「それはこっちのセリフだよ! ここ男湯じゃなかったのか!? 」

 

「理子はちゃんと女湯からはいったよ! 」

 

 いやいや、俺はしっかり男湯の暖簾をくぐった。だが理子もしっかり女湯の暖簾をくぐっている。横目で確認していたからな。だが今、俺達は裸で向き合っている。これはつまり・・・・・混浴? え、そんなこと女将さん一言も言ってなかったよね。

 

「ねぇ! 理子の見た!? 」

 

「見てないです。本当に! 」

 

 大事なところは見ていない。というか湯気で見れなかった。だが理子の大事なところ以外は今も目に焼き付いている。

 なだらかな撫で肩、スラッとのびた手足、見てはいけないと思っていても魅入ってしまうほど愛らしい姿。晴れてきた湯気の中、月明かりに照らされている理子はどこかの国の王女様と思わせるほど可愛い。

 理子は右手で双丘を隠し、左手で落ちているタオルを拾い上げ下に持ってくると、羞恥に染まっている目で睨んできた。

 

「本当!? 嘘だったらシュールストレミングを充満させた部屋にぶち込むからね! 」

 

「怖いわ! 臭すぎて死ぬから! 」

 

 湯気が晴れてきたおかげで理子の背後に洗い場を発見。まわりを見渡してもそこしかないので、理子に殴られる覚悟で向かう。

 

「・・・・・へ? ね、ねぇ! 」

 

 理子は俺が近づいてくると同時に後ずさるが、若干俺の方が速い。構わず歩き、理子は俺がそばまで来ると、ギュッと力強く目を閉じてしまった。耳まで真っ赤に染めているし、色々想像しているんだろう。

 ・・・・・ちょっとイタズラでもしてみようか。今日は暴力振るってこないし。

 

 理子の横を通り過ぎる前に、真っ赤になっている耳を人差し指の先でちょこっと触る。

 

「ひゃっ!? 」

 

 ビクッ、と体を震わせ一歩後ずさった。俺はそれに追い打ちをかけるように耳元に顔を寄せ、

 

「───何想像してんの? バカなの? 冗談はお前のツンデレ属性だけにしろよ」

 

 決まったッ! 今世紀最大の理子に対する煽り! 今まではアッパーやタイキックを打ち込まれたが、今日は暴力を振るってきていない! 故に今日は安全日ッ!

 

 誰に見せるわけでもないドヤ顔を浮かべ、幸せな気持ちで洗い場の腰かけに座る。普段は熱いと感じる温度のシャワーが心地いいくらいだ。十分に体全体を濡らしたところで体を隅々まで洗う。それを済ませシャンプーを手に取り、髪をかき乱すようにして泡立たせていく。

 

「ねぇ・・・・・キョー君? 」

 

 ひたひたと俺の方に向かってくる足音が一つ。発せられた声は、火照った体を一気に冷ますほど冷たいものだった。これは───殺られる? いや、今日は暴力を振るわれていないから大丈夫だ。

 俺はシャンプーを洗い流しながら理子に返事をする。

 

「なんだ? 」

 

「ウルぁ! 」

 

 理子のような美女が出してはいけない部類の声を張り上げると同時に、鈍器で殴られるような衝撃が後頭部を駆け巡った。まだ残っていたシャンプーが血飛沫のように目の前の鏡に飛び散る。

 

「なにしやが・・・・・る」

 

 振り向きながら立ち上がるが、後頭部に強い衝撃を受けたせいで視界が歪み───足元が濡れていたのもあって前のめりに滑ってしまった。

 

「うあ!? 」

 

 理子を押し倒してしまうかと思ったが、理子は普段から訓練しているおかげか少し上体をそらすだけで俺を支えていた。その胸にある柔らかいクッションで。

 

「へ、変態! 」

 

 理子は俺を突き放すと理子の長い髪が美しい孤をえがき、直後、理子の細い足が俺の腹をすくい上げるようにして打ち上げた。

 

 そのまま吹き飛ばされたかと思うと、重力に従い温泉に叩きつけられ───

 

(やっぱりいつも通りの理子がいいかな・・・・・)

 

 死体のようにぷかりと浮いた俺は満天の夜空を見ながらそう呟く。

 物思いにふけりながらそのまま浮いていると、お湯に静かに入る音が慎ましやかに聞こえてきた。目だけを動かして見ると、頬をぷくっと膨らませた理子だ。今話しかけても何も答えてくれないだろう。

 

 しばらく俺と理子の間に会話は無かった。聞こえてくるのはスズムシの声と少しばかりの風の音。都会では味わえない自然の素晴らしさが、音となって俺たちを包み込んでいく。俺は体を起こし理子から見えない位置まで行き、天を仰いだ状態で目を閉じる。

 

 自分以外に音をたてる人物は誰も居ない。ただ一人だけの世界のように思える。瑠瑠神の世界のような孤独感ではなく、心の底から安心できる空間。体中の全ての力がゆっくりと抜けていくのが分かる。まるで無重力空間に放り出されたような感覚だ。お湯の熱さと、少しばかりの涼しい風がまた気持ちがいい。

 それから目を閉じたまま色々と考えていると、だんだんと眠くなってきた。睡魔が夢の世界へ引きずりこもうとする。

 だが、

 

「先、あがる」

 

 いつの間にか理子が近くに来ていたようで俺にその事を告げると脱衣場へ戻って行ってしまった。

 俺も理子があがった数分後に温泉から上がり、用意されてあった浴衣を着てのぼせた体に鞭を打ち部屋まで戻ると、ご丁寧に布団が敷かれていた。

 ───一つだけ。

 

「あれ、なんで一つだけなんだ? 」

 

「知らない。部屋に戻ってきたときからこうなってた」

 

 理子はまだ機嫌を損ねているのか素っ気ない返事を返してきた。

 そろそろ機嫌直してもらわないとメンタル的にアウトになりそうだが・・・・・どうしよう。ピンクの花柄の浴衣似合ってるよ、とでも言おうか。

 

「とりあえず寝よ。今日は色々ありすぎて疲れちゃった」

 

「そう、だな。寝るか」

 

 だが言う前に明かりを消されてしまった。

 理子は一つだけ敷かれている布団に潜り、俺も窓から差し込む月明かりを頼りに布団に潜る。

 

(──謝るのは明日でいいか)

 

 先延ばしにするのは悪い癖だが、こればかりは仕方が無いだろう。

 俺も理子と反対側を向いて目を閉じる。風呂場での眠気がまた波のように押し寄せてきた。これなら早く寝れそうだ───

 

「キョー君、明日、アリアも連れて色んなところ行こうね」

 

 布団がもぞもぞと動き・・・・・せっ、背中に理子の・・・・・胸が当たってッ!?

 

「ど、どどどどうした」

 

「ううん、ただこうしていたいだけ」

 

 心臓が一際大きく鼓動した。自分の顔が熱くなってくるのが分かる。

 

「お前、それは襲われてもしかたないぞ? 」

 

「うん。でもキョー君は童貞だから。ヘタレだし」

 

「二言余計だッ! 」

 

「くふっ。おやすみ」

 

 こ、こんな状態で寝れるのか?

 色々な妄想が頭の中をメリーゴーランドのように回っていく。仕方が無い、男子高校生なのだから。

 だがそれは杞憂に終わり・・・・・自然に、気付かぬうちに俺は目を閉じ、夢の世界へ旅立っていく。

 

 

 ───いつもの眠気と違うことを気付かずに。

 

 

 

 

『ねぇ。結婚してからだいぶ経つね』

 

 江戸時代の時代劇のような古い町並みが視界いっぱいに広がっている。道行く人の着ている服も昔のものだ。俺の前にいる一組の男女以外、道行く人が皆半透明なことがこの不思議な光景に拍車をかけている。中には、まわりの人はごく自然に俺を突き抜けて進む人もいた。どうやら俺のことは見えないし、すり抜けることも出来るようだ。まるで俺が幽霊にでもなったかのように。

 

『──ボク・・・・・じゃなくて、私も貴方も近所ではおしどり夫婦なんて言われているんだよ? ふふっ』

 

 女の後ろ姿は綺麗であり、顔を見なくても美人だと分かる。いや、何故か分かってしまった。

 男の方は分からない。ただ道行く人と同じような服を着ている。

 

『──え? 私じゃなくて、ボクのままでいいの? だっておかしいでしょ? 女なのにボクって』

 

『──その方が可愛い!? 恥ずかしいからやめてよ! 』

 

 女は男の肩を軽く小突いた。男は笑っているのか肩を震わせながらも女の攻撃を受けている。

 

『でも、──がそう言うならボクでいいかな。その代わり・・・・・ボクにこうやってお願いしたんだから、ボクが前にお願いしたこともしっかり守ってね』

 

 女は男の前に立ち、男の顔・・・・・ではなく、見えていないはずの俺の目をハイライトの消えた目でしっかり見て、凝望して、凝視して、睨んで、注視して、見つめて、見入って、口を開いた。

 

『ずっと・・・・・一緒にいるって』

 

 

 

 

 

 

「うわッ!? 」

 

 反射的に布団をはねのけ上半身だけを早く起こした。過呼吸気味になっていて、全身汗びっしょりだ。

 窓からは太陽の光が僅かに差し込んでいる。

 

(なんなんだよ・・・・・あの夢)

 

 いつだったかに見た夢と同じだ。あの女の顔も、表情も、目も同じだった。しかもまわりの人達は俺のことが見えていなかったのに、あの女はハッキリと俺のことを見ていた。

 

「おはよ、キョー君。どうしたの? 」

 

「いや、ちょっと悪夢を見てな」

 

 俺のことを知っていて、なおかつ俺のことが異常なまでに好きなやつなんて一人しかいない。だが・・・・・瑠瑠神だとしたら一人称がおかしい。瑠瑠神は『ボク』なんて言わないはずだ。だったらあの女は誰だ? 後ろ姿は見覚えがあったようななかったようなだが───それと、あの女の横で一緒に歩いていた男のことも気になる。

 

「どんな夢? 」

 

 眠たそうに目を擦りながら尋ねてきた。

 理子に話すことを一瞬だけ躊躇ったが・・・・・ここで黙っていてもしょうがない。俺は夢の中で起こっていた異常なことを理子に全て話した。終始理子は黙って聞いていたが、俺が話し終わると、うんと頷いた。

 

「前世の記憶だよッ! それ」

 

「はぁ? バカなの? 」

 

「大真面目だよ。殺すよ? 」

 

 前世の記憶は覚えているが──と言ってもあれを前世と言っていいのか分からんが──前前世の記憶は無いぞ。そもそも人間が輪廻転生しているのかすら分からん。時代背景が江戸時代っぽかったし。ロリ神(ゼウス)にそんな特典ももらっていない。瑠瑠神だとしたらが俺に干渉し始めるのだって早すぎる。いったい誰が・・・・・

 

「とりあえず温泉行ってくれば? 汗だくじゃん」

 

「そう、だな。行ってくる」

 

 着替えを持って温泉に行く。

 

 まだあの女の瞳が脳裏に焼き付いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 窓から見える自然の風景。それらを堪能する暇もなく次々に風景が移り変わっていく。それは・・・・・まるで俺の貯金残高のようにッ!

 

「はあ・・・・・」

 

「86GTだっけ? もう車は諦めなよ」

 

「コイツの胃袋はどうなってんだよ」

 

 指を震わせながらも目の前にいるピンクの悪魔を指差す。当の本人は袋ではなく箱単位で置いてある、『桃まんin八つ橋』なるものを幸せそうな顔で食っている。いくらあまり人気がない『桃まんin八つ橋』だからって各店舗のそれを買い占めることはないだろ。しかもそれ以外にもやけ食いしてくれたおかげで貯金残高が二桁減ったからな。悪魔祓いでもしてもらいたいものだ。

 

「なによ。別にいいじゃない。それより相談があるんだけど」

 

「なんだ。食いすぎて体重が増えた話か? 」

 

「違うわよ! 」

 

 アリアの拳による叩きつけが太ももにめり込み、涙目ながら悶絶しているとキンジが前の車両から歩いてきていた。助けを求めようとしたが、キンジの袖を一列前の誰かが掴み強引に座らせてしまった。一列前の席は──不知火か?

 

「えっとね、これはあたしの友達に相談された話で───」

 

 それから長ったらしいアリアの相談を聞き流す。こういうことはわからないからな。

 

 

 それからしばらくしてアリアの顔から恥ずかしさからか湯気が出始めたところで、電車が前に引っ張られるように少し揺れた。

 

「な、なんだ? 」

 

 窓から外を見ると、名古屋駅のホームを通過している。

 ここで一回止まるはずじゃなかったか? 前から不思議そうな顔をしている家族連れがいるし。数人が立ち上がり運転席がある車両へ動き出そうとした時、車内アナウンスが流れた。

 

『当列車は名古屋に停車する予定でしたが、不慮の事故により停車いたしません。名古屋でお降りのご予定でしたお客様は、事故が解決次第・・・・・最寄り駅から臨時列車で名古屋までお送りいたします。事故の詳細は現在調査中です』

 

 車掌の声は僅かに震えている。

 事故で駅を飛ばすなんて聞いたことがないぞ。しかもあの時の電車のぐらつきは───加速している?

 

「どういうことだ!? 」

 

「仕事キャンセルになってまう・・・・・」

 

「もっと詳しい説明はないんか!? 」

 

 怒り、不安、様々な感情を露わにした乗客が席を立っていく。俺は前の座席にいた不知火と協力して乗客を落ち着かせていると、再び車内アナウンスが流れ始めた。

 

『列車は三分おきに十キロずつ加速しないといけません。さもないと・・・・・ドッカーン!! 大爆発しやがります! 我が紅龍ノ血眼(ブラッドアイ)も、発動しやがります! キャハハハハ! 』

 

 人口音声の笑い声が乗客の不安をさらに煽り、車内中から悲鳴が上がった。

 この中二病は・・・・・ココだ。ココしかいない。

 

「キンジ! 」

 

「遠山君! 」

 

 不知火と共に急いでキンジの元に駆けつけると、横にいた武藤が深刻そうな顔で口を開いた。

 

「今計算したんだが・・・・・さっきのアナウンスがマジなら、このペースで加速し続けたら19時40分。その時刻にこの新幹線は東京に着くぞ」

 

 着くということはつまり・・・・・列車が東京駅に突っ込んで大爆発ということか。

 

「この新幹線はN700系。東海道区間の営業最高速度は時速270キロ。四十分後にそれを超える。安全運転はできねえし車体やレールにムリがかかる。設計限界速度は350から360って言われてるんだが、本当の限界はJRも公表していない。試験車両じゃ397まで出したって聞いたんだが、最後の三分──そこで410出さなければならない。未知の領域だぞ」

 

 東京まで帰れないという可能性が大きいな。途中で脱線してみんな死亡というニュースをあの世で見たくないぞ。

 

「朝陽、武藤、不知火。この列車に乗っている武偵校の生徒を集めて爆弾を探そう。見つけたら爆弾の解除を頼む」

 

「そんな事言ったって・・・・・もう夕暮れだぞ。車両の下に爆弾がついていたら解除できっこない」

 

「けど──やらないよりマシだろ」

 

 俺、不知火、武藤は後ろの車両に急ぐ。加速し続ける以外に起動する条件があればそれを見つけなければならない。効率重視で三人とも一両ずつ違う車両を担当する。俺は一番後ろの車両の扉を開け、車両全体に聞こえるよう大声で伝える。

 

「皆さん! 座席の下、または座席の背もたれに不審物がないか確認してください! あった場合はその場を動かず俺を呼んでください! 」

 

 乗客はざわざわとしながらも座席の下を探し始めた。時間もあまり立たぬうちにあちこちから、「無い」と声が聞こえてくる。だがその中で武偵校の女子生徒が、車両の入口からでも分かるほど震えながら手をあげた。

 近づいていくと、その女子生徒は顔面蒼白。まるでこの世の終わりのような顔をしている。

 

「どうした、あったか? 」

 

「いや、違うんです・・・・・」

 

 違う? どういうことだ?

 眉をひそめ、どういうことだと問いただそうとすると、不意に女子生徒の両側に座っている幼女二人──双子なのか顔がそっくり───が笑い声をあげた。

 

「逃げてください! 」

 

「もう遅いネ! 」

 

 奥の席に座っている幼女は慣れた手つきでライフル銃を取り出し、銃口を俺の顔に押し付けてきた。

 

「───ッ!? 」

 

 急いで顔を横に逸らすと同時にその銃口が太陽のように眩く光った。左目が焼かれたように熱くなり、血が飛び散ったのが生々しい音で分かる。だが──それでも左目の視力は失われていない。多分左目の横を掠めるようにして抜けていったんだ。

 

「逃がさないネ! 」

 

 手前にいた幼女が大きい袖から金属棒を取り出しそれを流れるような速さで組み立てると、俺の腹を貫くように突いてきた。

 

「があッ!? 」

 

 棒に突かれた瞬間、全身が弾けるような電流が流され、そのまま入口まで吹っ飛ばされた。

 幼女は通路に出て電光石火の如き速さで俺の方に向かってくると、その金属棒を槍投げのようにしてぶん投げる。

 顔面に迫ってくるそれをかろうじて避け、腕を背中にまわし盾を両腕に装着する。そして────

 

「皆さん! 前の車両に逃げてください! はやく! 」

 

 目の前の光景に呆然としていた乗客を大声で醒ませ、それが火種となったのか一斉に入口へ乗客が流れ込んできた。

 俺は乗客への被害をなくすため、入口を守るように立ち回る。

 

「さすが、変態とはいえSランク武偵ネ。反吐が出そうになるけどちょっとは関心するヨ」

 

「何が変態だ! お前らどうしてここにいる! ──ココ! 」

 

「どうしてもなにも、お前に受けた屈辱を晴らすためネ」

 

「忘れないヨ。あの屈辱、死を以て償うアル! 」

 

 青竜刀を手にしたココは一本しかない通路をジグザグに進んでくると、足を刈り取るために小太刀を突き立てくる。

 俺はその進路上に盾を滑り込ませ防ぎながら一歩ココに踏み出す。

 

「ラぁ! 」

 

「甘いネ! 」

 

 シールドバッシュをココに当てようとするがバックステップで簡単に避けられた。それを待っていたかのように通路の一番後ろに伏せてM700を構えているココ二号が妖しく笑い───車両内に乾いた発砲音と甲高い金属音が耳を劈く。

 右腕の盾に着弾し、若干の痺れが腕に伝わってきた。あれは・・・・・厄介だぞ。前で近接戦闘が得意なココ一号、後ろでココ二号がM700を使った狙撃支援。これじゃ防戦一方になりそうだ。

 

「まだまだ行くネ! 」

 

 ココ一号は空になった座席を器用に使い三次元に動いてくる。だがそればかりに気を取られていたらココ二号の狙撃が命を盗っていくことになるな。

 

「変態死ねアル! 」

 

 ココ一号は一際大きく飛ぶと、腕を大きく振るい袖の中からキラリと光るものが飛び出してきた。

 それは盾を襲うわけでもなく、再び首元に襲いかかってくる。

 

「マズッ!? 」

 

 防ぎきれず首に細いワイヤーのようなものが巻き付けられた。それを見たココ一号は座席の上に立つと腕を思いっきり引っ張り、俺は気道と頸動脈を絞られる。ワイヤーを雪月花で切断しようと手を伸ばすが、座席の狭さでうまく抜刀できない。

 ダメだ・・・・・力もうまく入らないっ! 超能力(ステルス)も発動できねぇ!

 

「きひひっ。変態は死ぬべきアル! 地獄で泣き喚ケ! 」

 

 意識が、遠のき始める。

 脳に血が回らなくなり、視神経が機能しなくなる感覚を最後に失神しかけ───ヤケに静かにココ一号の声が聞こえてきた。

 

「これで理子を始末すれば『武器商人』から小遣いが貰えるネ。もっとも、何もしなくてもあのまま居ればいずれ死ぬアル」

 

 

 ───理子を、殺す?

 ふざけるな。お前らは俺だけじゃ飽き足らず、理子にまで手を出すのか。そんなの許すわけない。

 意識が落ちるまで()()()()()()()()()()()。だが・・・・・そレがどうした。アイツを助けるのに、理子を、最愛ノ理子を助けるのに()()など取るに足ラないものだろ。

 理子を盗られる不安が、嫉妬が、憤怒が、力となって心臓から全身へと熱い熱湯のように回っていく。

 その一部は言葉となり、狂うように叫んだ。

 

「ふざけるな……俺の理子を奪うなぁ! 」

 

 

 

 瞬間──────時間の進みが遅くなった。

 

 ココ二号が撃ったであろう弾丸がゆっくりと眉間に迫ってくる。音速を超えるそれは今はハエも止まる速さだ。

 ココ一号はピクリとも動かない。それはまるで石像のように。一秒が何百倍もの時間に引き延ばされたように遅くなっている。だが、ただこの世界で俺一人だけが元の時間通り動ける。しかしワイヤーに込められている力は変わらない。だから失神する前にワイヤーを強く自分の方に引っ張る。頭は迫り来る弾丸が当たらないようにギリギリまで横に逸らした。

 

 そして─────時間の進みは元に戻った。

 

「────なッ!? 」

 

 ココ一号が急に俺の方に引っ張られ、締め付けられていたワイヤーが少しだけ緩んだのを確認。即座にワイヤーと首の間に指を入れ、ワイヤーの輪を首から外した。

 

「何したネ!? あと一瞬鮮緑に光ったその目! 」

 

「がはっ! ごほッ、ごほッ・・・・・俺も知らねえよ・・・・・」

 

 驚いているココ一号と二号を尻目に座席にもたれ、大きく肩を揺らしながら呼吸を元に戻す。

 失神する間際に出た感情とあの()()は自分でも何が起こったのか分からない。だが──底知れぬ憤怒だけがまだ俺の中で渦巻いている。

 

 苦虫を噛み潰した顔をしているココ一号は、座席の上から俺の方に飛び、小太刀を横に一閃したが、俺はそれを左腕の盾で体の外側に受け流す。そのまま掌底を顎に当てようとしたが、それはまた飛んで避けられ──伏せて待ち構えていたココ二号がレミントンM700のトリガーを引くのを遠目で確認。急いで体を丸めて両腕の盾を前に突き出した。

 

 直後、風切り音と共に高い金属音が鳴り響き、凄まじいほどの衝撃が左腕を痺らせていく。

 ───貫通はしていない。

 

「その盾どれだけ硬いネ!? まぁ良いアル。もうすぐ我の7.62mm弾が貴様の(アギト)を喰らい尽くすネ」

 

「やってみろ・・・・・全てこの盾で守りきってやる」

 

 

 

 


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