俺、ヤンデレ神に殺されたようです⁉︎   作:鉛筆もどき

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前回 理子休み続く。学食でワトソンと会話


第41話 その苦痛は誰の為に

 それから数日後の夜、ワトソンがクジで『女子制服(武偵高)』、所謂女装を引き、どんなポーズが一番可愛いかという一種のお祭り騒ぎになっているのを横目に文の工房に足を運んでいる。というのも、ココ姉妹との戦いでかなり損傷した盾を改修し終えたと報告があったからだ。

 ポツポツと雨粒が空の重苦しい雲から落ちて制服を濡らす。今日まで理子の周りに異常は見当たらない。隠しカメラで見てもギャルゲーをしてるか台本読んでるか寝てるか。他のこともしてるが大体はそれだ。不審な動きもないし、今はそっとしておいた方がいいかもしれん。

 

 そうこうしてるうちに装備科に着き文の工房に入る。いつも通り何かの機械がそこら中に散らばっていて踏んでしまいそうだ。そしていつも座っている椅子に文の姿はない。

 

「文ーどこにいるんだ? 」

 

「ここなのだ! 」

 

 と幾つも積み重なっている機械部品の山の中から手が出てきた。そして手招きしてくる。引っ張り出してってことか?

 

「よいしょっと」

 

 手首を掴んで上に引っ張り上げると、頬に機械油をつけた文が元気な声をあげて出てきた。機械部品に埋まるほど熱中していたのか、それとも自ら埋まりに行ったのかどちらかじゃないと埋まらないぞ。この広い部屋で。

 

「朝陽君ようこそ! 盾はちゃんとできてるのだ」

 

「ごめんな、ほぼ全壊だったろ」

 

「そうなのだ。あんな損傷の仕方をするなんて、7.62mm弾でも受けた時しかありえないのだ」

 

 と、少々怒り気味で機械部品の山の一つに手を入れた。

 

「だから今回は従来のジュラルミン装甲に加えて炭化タングステンの超硬合金を窒化チタンでコーティングしたし盾の形状も変えたのだ」

 

 ペラペラと説明しながらも取り出すのは一苦労らしく中々手が届かないようだ。俺は文が手を突っ込んでいる機械部品の山に反対側から手を入れて一緒に探す。すると他の部品より一際大きな塊が指先にあたり、一気に引き抜いて見ると───前の盾より少しだけ丸みを帯びた二つの盾が出てきた。

 

「それなのだ! フラッシュ機能は朝陽君の利き腕の右腕のほうの盾につけておいたのだ。今度は大事に使ってなのだ」

 

「善処はするよ。ありがとね文」

 

 俺の言葉に文は頬をピンク色に染めながら元気いっぱいのニコやか笑顔で返してくれた。どういたしまして、と。

 

「でも装備も増えて全体重量も重くなってるのだ。朝陽君のポジション的に何か減らした方がいいのだ」

 

「そうだよなぁ」

 

 盾を扱う上で機動力は重要だ。機動力が無ければ全身を守る盾じゃないからどこか必ず被弾する。動きが鈍くなれば、ポジション的に前衛だから集中砲火を浴びるわけで───強度が上がったとはいえ一瞬で盾なんて破壊されるぞ。

 

「やっぱりHK45のマガジン数を減らそうかな」

 

「マガジンだけなのだ? 」

 

「減らすって言っても雪月花は手放せないし、拳銃の携帯は義務付けられてるしね。あと軽量化できる場所っていったら・・・・・制服か? 」

 

 前世の制服より断然こちらの方が重い。馴れてしまえば気になることもないのだが、それでも軽くなるのに越したことはない。

 

「制服───預けてくれればできる限りのことはしてみるのだ」

 

「いつもありがとな。ワガママも聞いてくれて」

 

 ボブカットの髪型で可愛い文の頭を撫でる。さらさらとしたきめ細かい髪の毛が指の間を通り抜けていく。

 

「あっ、朝陽君! 子ども扱いしないでなのだ! 」

 

「してないよ」

 

「してるのだ! どうせあややは子どもで可愛くないのだ! 」

 

 プイッ、と頬をリスみたいに膨らませてそっぽを向いてしまった。

 

「してないって。文は充分可愛いよ」

 

 と、両手で文の顔を俺の方に再び向かせると──文はアリアと引けを取らない速さで顔を赤くして一歩後ずさった。

 

「で、でもっ! あややは機械とかそういうのに囲まれてるから、機械油とかそういう臭いがついちゃって───」

 

「俺は好きだぞ? その匂い。てか文は普通にいい匂いだと思うけど」

 

 文は照れてるのか波口になって俯いてる。子ども扱いするなって言われてるけど・・・・・こういうところが子どもっぽいんだよなあ。

 そう思っていると、文は急に顔をあげて、

 

「そういえば理子ちゃんのこと、最近見てないのだ! 朝陽君は連絡来てないのだ? 」

 

 と話題をすり替えてきた。まあこの辺で文を揶揄うのはやめておこう。

 

「そうだな・・・・・電話でも素っ気ない態度だし嫌なことでもあったんじゃないか? あっちから俺に電話かかってこないからいつも俺からだけど」

 

「───心配なのだ。あややも電話してるけど、五回に一回くらいしか出てくれないのだ。嫌われちゃったのかな・・・・・」

 

 五回に一回って、俺が言えたことじゃないが文もどれだけ電話してんだ。それほど心配だってことかな。

 

「理子は文のことは嫌いじゃないさ。好きだと思うぞ? 理由は他にあるだろうから、あんまり心配しなくてもいい」

 

「頼んだのだ。朝陽君がちゃんと理子ちゃんを元気にさせるのだ」

 

「もちろん、あいつの好きな食べ物でも持っていけば嫌なことでも吹き飛ぶだろ」

 

 冗談を交えつつ言ったつもりだが、文の目は切なげな光を宿していた。

俺はついその目を見続けて───話すこともなくなり互いに無言になる。文と視線を交わすだけでそれ以上の言葉は出てこない。ただ静寂だけが耳をくすぐる。もはや何を話していいか分からず、盾を直してくれてありがとう、ともう一回感謝してから帰ろうと思い始めたところで、防弾制服のズボンのポケットに入れていた携帯電話から軽快なメロディが流れてきた。

 

 この着信音は───理子だ。

 

「理子かッ!? 珍しいなどうした」

 

『あいわからず元気だね・・・・・もう夜中の十一時くらいだけど、今から理子の部屋にこれる? 』

 

「ん、行ける」

 

『そっか。じゃあシャワー浴びてから来て』

 

 プツッ、と電話はそこで切れた。

 シャワー浴びてから来い、か。いつものことだったけど声のトーンが低かったな。眠いのだったら俺なんて呼ばないだろうし、話したいことでもあるのか。

 

「文、理子に呼ばれたから行くね」

 

「うん。おやすみなのだ! 」

 

「おやすみ、あと盾! ありがとね! 」

 

 お礼を言ってゆっくりと扉を閉める。それからは──全力ダッシュだ。久々に理子と会えるのに開幕から『キョー君遅い腕立て百回』なんて言われたら本気で泣くぞ。

 ・・・・・でもそんなこと言える状況じゃないよな。

 

 そんなことを考えながら寮までダッシュで戻りシャワーを浴びる。キンジに今日は理子の部屋に行くと伝え、同時に隠しカメラで監視してもらってる情報科の女子二人にも一時的に監視を切るように電話で伝える。荷物を持ち、再び全力ダッシュで女子寮へと向かった。

 

 空にはまだ重苦しい雲が停滞していていつ雨が降り出してもおかしくない。男子寮と女子寮はそんなに遠くないが、今日は早く会いたいという気持ちが先走っているのかいつもより長く感じる。雨が降らないこと祈りつつ、無事に女子寮の理子の部屋の前に着いた。

 

(身だしなみ・・・・・変な臭いはしてないよな)

 

 汗で制服が濡れていないことも確認し、いざ玄関のチャイムを鳴らす。俺の緊張した気持ちなど関係ないと言わんばかりの間延びしたピンポーンという音。少し遅れて中から理子の声が聞こえてきた。

 

「はい──キョー君か。いらっしゃい」

 

 久しぶりに会い、尚且つお風呂上がりなのか仄かに髪が濡れているのも相まってより一層可愛く見える。

 

「できる限り早く来たぞ」

 

「ありがとね。理子のわがままを聞いてくれて」

 

 理子の笑顔にたじろぐ間も無く腕を引っ張られて、寝室へと連れていかれる。見たことある広いベッドとコスプレ衣装の数々。どれも変わりないようだ。

 

「ちょっと待っててね。お風呂入ったばかりだから喉乾いちゃって。水飲んでくるからベッドに座ってて」

 

 バタン、とドアが閉まる。

 一応この寝室にもカメラと盗聴器は仕掛けてあるんだが───無効化しておこう。見られてるかもしれん。

 理子が戻ってくる前に部屋に仕掛けてあるカメラと盗聴器の電源を急いで切りベッドの真ん中に座ると、

 

「お待たせ」

 

 ちょうど帰ってきた。よし、間に合ってよかった。

 

「理子、長く休んじゃってるね。演劇の方はどう? 」

 

「そうだなー・・・・・舞台装置とかはまだだけど、概ね完成してるぞ。あとは俺と理子のセリフ合わせだけだ」

 

「そっか。やっぱそうだよね」

 

 理子はベッドの上に乗ると、俺の首に腕をしなだれさせてゆっくりと横になった。連られて俺も横になる。いつものパターンだ。

 

「そうだ! 理子ね、休んでる間キョー君がいつもやってるゲームのタイムアタック記録、抜かしたよ」

 

「はっ!? 何やってんだお前! 」

 

「だって暇なんだもーん」

 

「台本覚えるとかあるだろうが! 」

 

「キョー君と違って全部覚えたし」

 

 ふふん、とドヤ顔を向けられて腹が立ったが──同時に安心感も湧き始めた。いつもの理子との会話、会っていない期間が数日だけとはいえキツかったな。至近距離で見つめてくるこの愛くるしい顔も、何もかも───

 

「理子のことそんな見つめて、どうしたの? 」

 

「・・・・・っ。見てない」

 

「嘘はバレるんだよ? 」

 

「嘘じゃない! 」

 

 ニヤニヤしている理子をこれ以上見れない。俺は理子とは反対の方向を向く。理子は今がチャンスだと言わんばかりに抱きついてきた。

 

「久しぶりにキョー君来てくれたんだし、イチャイチャしよ? 」

 

「何を言って───」

 

 と、不審がる間も与えてくれず、腕と胴の間に手を入れてさらにギューッと抱きついてきた。足も絡めて、今までで一番くっついている姿勢だ。

 

「お、おい! どうしたんだ」

 

「どうしたも、理子がこうしたいからしてるだけだよ」

 

「したいからって・・・・・」

 

 おかしい。理子は普段こんなことをするわけがない。

 

「とにかく、少し力を弱めてくれ」

 

「いーやーだ」

 

 尚も抱きしめてくる腕の力は弱まらない。俺は理性のこともあり、腕をはずそうとすると───

 

「お願い・・・・・そばにいて・・・・・」

 

 消え入りそうな声の理子は───そのまま黙ってしまった。代わりに俺を再び自分の方に向かせ、胸に顔を埋めてくる。カチッ、カチッ、と時計の針が進む音だけがこの部屋に鳴り、夜の静けさによく似合っていた。

 

「キョー君・・・・・理子に・・・・・忘れさせて」

 

 急に理子はシリアスな声で、そう言ってきた。肩も声と同じく震えている。

 ────泣いているのか?

 

「全部忘れたいの・・・・・昔のこと。アイツが襲撃してきたあの日から、毎晩毎晩思い出して・・・・・もうイヤだよ・・・・・」

 

 理子の言う昔は──ルーマニアでブラドに監禁されていた時のことだろう。ブラドの娘であるヒルダも理子を虐めていたはずだ。親子揃って過激なやり口で何度も何度も。そのトラウマがヒルダを見たことで甦ってきたんだ。

 

「理子」

 

 そっと理子の頭を抱く。強く、何をされても離さないように。

 

「アイツに監禁されて、機嫌が悪い時は何回も殴られて・・・・・ろくなご飯も食べられないのに血ばかり吸われて、毎日吐き気が続くの」

 

 次第に大きくなっていく声には涙が入り混じっていた。それでも顔を胸に押し付けて必死に涙を堪えている。

 

「泥水と汚い服にまみれて、死のうと思ってもアイツがそれを許さない・・・・・」

 

 とめどなく溢れる苦痛。理子の、俺を腕を掴む手は恐怖のあまり爪を突き立てていた。腕の痛みは少しずつ激しさを増す。だが───

 

「二度あの檻の中に戻りたくないよ・・・・・! 」

 

 この程度の痛み、理子が受けた苦しみと屈辱に比べたら痛みなど無いに等しい。

 俺は理子の頭を優しく撫で、

 

「一人で背負う必要はないんだ。俺がいる。俺も一緒に戦う」

 

 と言い聞かせる。理子は嗚咽交じりに続けた。

 

「アイツは強いよ。理子たちだけじゃきっと───」

 

「倒せるさ。アリアだってキンジだっている。昔と違って一人じゃないんだ。絶対に倒す。だから今は俺を信じてくれ」

 

 その言葉を聞くと理子は、それまで堪えていた感情が決壊したのか、

 

「うわぁあ・・・・・ああ・・・・・! 」

 

 くぐもった泣き声をあげた。

 普段は明るく元気な理子でも、アイツがいることで理子の楽しさが奪われてしまう。そんなことは絶対にさせない。理子には───ずっと笑顔でいてほしいんだ。

 

「もう、奴隷扱いされるのはやだ・・・・・! 」

 

「ああ、理子がこれからずっとアイツのことで苦しまずに済むように───守るから」

 

 頭を撫で続けて少しでも安心させる。理子はさっきよりも大声で泣いて、涙で胸を濡らしていた。普段は強がってる理子がこんなに泣くなんて、よほどヒルダとブラドという存在が怖くて憎かっただろう。

 しばらく胸の中で泣いている理子を慰めていると、少しずつだが泣き声は聞こえなくなっていきた。泣き疲れて寝たのかと思ったが、涙のあとを目の周りに残した顔を俺に向け、

 

「キョー君は理子のこと・・・・・信じてくれてた? 」

 

 切なげな声で尋ねてきた。

 いつも理子と一緒に行動していて、危険な時はお互い助け合ってる。そんなパートナーを信じれないわけがない。

 

「もちろん信じてるよ。これからもね」

 

 傷ついた時に誰かが傍に居てくれたらどれだけ心強いか。想像するのはそう難くない。

 理子はその言葉を聞くと、また涙を流し始めた。本当に苦しそうに。

 俺は理子が泣いて泣いて、泣き止んで眠るまでずっと理子を抱きしめていた。

 

 

 

 

 

 

 翌日の放課後の夕方、通常授業や学科授業の終わった後に多目的室に集まって演劇の練習をしている。まだできていないセット作りや脇役のセリフ覚えなど皆楽しみながらやっていた。その関係でロミオ(男)役の衣装を着ているわけだが───肝心のジュリエットは今日も来ていない。

 そのジュリエットは今朝、今日も学校休むと言っていた。だが気持ちの整理もついたって言ってたし、そのうち学校にひょっこり顔を出すだろう。

 

「僕は船乗りじゃない。だけど、たとえ貴女が最果ての海の彼方の岸辺にいようが、貴女という宝物を手に入れるためなら危険を冒しても海に出ます」

 

 危険を冒しても海に出る──俺にそれができるだろうか。理子のために自分の命を投げ出すことが。ジュリエットを愛するロミオのように。

 

「朝陽くーん。理子ちゃん今日も来てない? 」

 

 突然声をかけられ頭をあげてみれば、理子の監視を頼んだ情報科の女子が台本を丸めて俺に向けてきた。記者かお前は。

 

「昨日行ってみたけど元気そうだったし、そのうち来るだろ」

 

「ふーん、昨日の夜から朝方にかけてカメラと盗聴器が止まってたってことは───ナニかしたのね!? 」

 

「ナニもしてねえよ! 」

 

 きゃー、と頬を赤らめてもじもじし始めた。俺も不思議なもんだが、理子の部屋に泊まっても何もないのだ。思春期の男女が二人きりなのに、だ。今聞いてきた女子みたいに夜何をやってるのかとか聞かれるが、大体は何もしていないと答える。中々信じてもらえないようだが───それも馴れてしまった。

 

「俺のことよりさっさとセリフ覚えろ」

 

「はいはーい」

 

 記者は腕を頭の後ろで組んで女子が何人か集まっているグループに歩み寄った。暗記する気ゼロだろあいつ。

 さて・・・・・演劇まで日にちもないし、集中するか。

 台本に目を向け書いてあるセリフを何度も何度も往復してはブツブツと唱える。全体の流れは覚えてきたがまだうろ覚えの部分が何箇所かあるんだ。本番は緊張するからジュリエットのセリフに対応するセリフを最低でも一秒以内に完璧に言えるようにしておかないと。

 

 そんなことをしていると、時間はとっくに過ぎていき───今は夜の十時。辺りもすっかり暗くなっていた。

 

「ふわぁ・・・・・もうこんな時間か。帰って寝ないと」

 

 と、ロミオ(男)の衣装を脱ぐため上着に手をかけた時、携帯のバイブレーションが服を通って手に振動を伝えてきた。かけてきた相手は──理子だ。

 

「理子か? どうしたこんな遅くに」

 

『・・・・・』

 

 沈黙が走る。時折聞こえてくる風の音が不思議だが、ベランダにでも出ているのだろうか。

 

「理子・・・・・? 」

 

『ふふっ、久しぶりね。私のペット』

 

「なっ!? 」

 

 やっと聞こえてきた声は理子ではなく・・・・・ヒルダ。俺の首にはずれないチョーカーをつけた趣味の悪い女吸血鬼だ。

 

『理子は私のすぐそばにいるわ。理子は友人だから鬼払結界のギリギリまで迎えに行ってあげたけど、あなたは私のペットなんだから、スカイツリーの建設現場まで自分で来なさい』

 

「ふざけるなッ! 」

 

『そんな大声出さないで。じゃあ待ってるわ』

 

「おい、待て! 」

 

 プツッ、と無情にも電話は切れてしまった。

 理子が鬼払結界のすぐそばまで行ったって言うことは・・・・・自分から部屋から出たのか!? いやそれよりも、

 

「おい、理子の部屋に理子はいるのか!? 」

 

 突然大声を出して俺に目線が集まる中、依頼していた情報科の女子に尋ねる。

 

「何急に、ちゃんといるよ。ほら」

 

 と最新型のスマートフォンに映し出された部屋にいるはずの理子は・・・・・いなかった。

 

「いないだろ! よく見ろ」

 

「いるじゃんほら! ソファに座ってテレビ見てるよ」

 

 言われて見るが、理子は映っていない。テレビもただ暗闇を映すだけだ。まるでそう信じ込まされているような───

 

「まさかッ!? 」

 

 ヒルダの催眠術で操られたのか! でもどうやって・・・・・いや、今はそれよりも理子を助けに行くのが先だ。

 

「悪い! この衣装防弾か? 」

 

「え、一応そうだけど」

 

「ビリビリに破けるかもしれないけどそん時は怒らないでくれ! 」

 

 自分の制服からレッグホルスターと盾、雪月花と武偵手帳を持って教室を飛び出す。制服に着替えてる時間すら今ではもったいない。自分を呼ぶ声を背中に受けながら車輌科に向かい、一台車を拝借する。

 行き先は、前世では完成していたスカイツリー。アクセル全開でスカイツリーへと車を走らせた。

 

『おい朝陽! それ俺の車だぞ! 』

 

 車内に響いた男の声。どこかに発信機でもついてるのか。

 

「武藤か、今は緊急事態だ。それに武偵高の車庫だからって鍵をかけなかったお前が悪い。とにかく壊さねえから安心しろ! 」

 

『緊急事態・・・・・お前はいつも──』

 

 そこで急に武藤との連絡が途絶えた。道を照らす街灯も消えていく。

 信号機を失った一般車が右往左往する中を縫うように抜けていき、やっとスカイツリーの近くの駐車場に着いた。周囲には、誰のか分からない黒のポルシェが駐車されている。

 

(なんでこんな所なんだ! )

 

 焦りに心を惑わされながらも金網をよじ登って越え、先に入ったであろう誰か二人分の足跡を追っていく。何も無い空間に鉄板を踏みしめる足音だけが響き、周囲に敵が潜んでいるかもしれないという警戒は一切しない。その時間すらも惜しいから。

 

「ここか」

 

 奥に進むと、目の前には作業用エレベーターがあった。

 乗っている最中に壊れるなんてことはしないでくれよ、そんな気持ちで何度かエレベーターを乗り継ぐ。白く太い鉄骨の間の上、空に手をのばせば飛行機に当たりそうな高さまで吊り上げられていく。第一展望台を抜け、第二展望台へ。ここまで来るといかにも建設中といった造りの甘さだ。鉄骨は剥き出しで安全柵も金網とワイヤーで作った適当なもの。こんなところに理子は連れ去られたのか・・・・・

 

「ああ、不愉快だ」

 

 心の底からそう思う。怒りを足に込めてエレベーター前の階段を上へ上へと駆け上がっていく。真上は夜空で、星は分厚い雲によって遮られている。この数日間この雲が引くことは一度もなかった。

まるで・・・・・雲の形をした何者かが知られたくない事実を必死に隠す姿で──

 

「キョー君」

 

「・・・・・っ」

 

 ───階段を全て駆け上がったところで、第二展望台の真ん中に立ち金髪ブロンドの髪を風になびかせている少女がいた。

 

「理子、か? 」

 

「そうだよ、理子だよ」

 

 理子はどんな男をも虜にする妖艶な表情を見せた。その顔は、理子がアリアと屋上で喧嘩した時の表情そっくりだ。

 周りには建設用の機材の他に、鮮やかな真紅のバラで飾り付けられた棺桶がある。

 

「演劇のロミオの衣装で来ちゃって、寒いでしょ」

 

「それを言うなら制服姿のお前だって・・・・・ってそんなことはどうでもいい。ヒルダはどこだ」

 

「───キョー君」

 

 理子は俺にゆっくりと近づき、強く抱きしめてきた。そして、一言。

 

 

 

 

 

「ごめん・・・・・ね」

 

「え? 」

 

 理子の言葉に理解ができないまま───みぞおちに理子の膝蹴りが飛んできた。

 

「かはっ!? 」

 

 一瞬の怯み。理子はその隙に右手にもった鋭く細い何かを俺の首にぶっ刺してきた。反射的に手を払い除け、その何かも首から抜く。

 

「理子、何を・・・・・! 」

 

「ふふっ、やっぱり引っかかったじゃない。所詮は棺の横で動けないでいる遠山と同程度の男なのよ」

 

 どこからか聞こえた声の主は、理子の横の地面から生えてくるように現れた。

 すぐにそれがヒルダと分かり、襲撃しようと踏み出そうとしたが・・・・・足が震えて動かない。立っているのがやっとな状態だ。

 

「でもまだ立っていられるってことは薬を少しだけしか入れられなかったのね。まあいいわ」

 

 ヒルダは理子の髪の毛に手をのばした。対する理子は一切抵抗せずに触られ続けている。

 

「理子! 操られてるのか!? 」

 

「違うよキョー君。理子は自分の意思でヒルダに従ったの」

 

 自分の意思で・・・・・だと?

 

「理子は元々怪盗の一族。キョー君たちとは違う、闇に生きるブラドやヒルダ側の人間だったの。だけどいつの間にかキョー君たちの側についてた。理子は人としてブレてたんだよ」

 

「そう。私たちは友達であり、互いに貴族同士。理子とは何回か会って交渉したのよ。ちょっと邪魔な監視がいたけど、私の目で全部忘れさせたわ」

 

 三年の諜報科の先輩から異変が伝えられなかったのは、理子が外に出なかったからじゃなく・・・・・忘れさせられていたから。でもそうだとしたらおかしいぞ。

 体中から少しずつ力が抜けていく中、必死に言葉を紡ぐ。

 

「鬼払結界があった、はずだ。お前が結界内に入ったらすぐに玉藻が反応する」

 

「そいつらの居場所くらい分かるわよ。それを理子に教えて、私の催眠術を撮った動画を理子に頼んで見させたの」

 

 ───なんでだよ。なんで理子がそんなことをするんだよ。そんなことしたって、理子に得なんて何一つないじゃないか!

 

「交渉した時のヒルダの態度はとても丁寧だったよ。理子が『眷属』と同盟する条件を出してもいいとまで言ってきてくれた。その後外堀通りで戦ってからまた話した──その時はこのイヤリングのせいで従うことしかできなかったけど、その時理子は『組むなら四世と呼ぶな』って言ったんだ。そしたらヒルダは『四世』とは呼ばなくなった」

 

 と理子は右耳のイヤリングを触りながら言ってきた。

 

「ペットのあなたには言ってなかったけど、そのイヤリングは私の正式な臣下の証。私が一つ念じればそのイヤリングは弾け飛ぶ。あなたの首につけているチョーカーは違うけどね。そうなれば、中に封じられた毒蛇の腺液が傷口から侵入して10分で死に至る。裏切り者を再度取り立てる時、浄罪のために付ける決まりになっているの」

 

 ヒルダは倒れそうになっている俺に近づき、手を差し出してきた。腕は見た目の年相応に細く、病的に白い。俺にとっては悪魔の手だ。

 

「あなたも私のペットとして死ぬまで可愛がってあげるわ。さあ、手をとりなさい」

 

 俺はその手を───

 

「・・・・・っ」

 

 ───パン! と音が響くくらいにヒルダの手を払い除けた。そしてヒルダの瞳を睨む。お前のオモチャにはならない、と。

 

「くっ、ペットの分際でッ! 」

 

「笑わせんな。仮に俺がお前のペットだとして、躾られてないお前は飼い主失格だな」

 

「──ッ! 今すぐ殺してやる! 」

 

 ヒルダは殺意に染まった目を俺に向けながら右手を空に掲げた。呼応するかの如くその手に現れたのは、先が三叉に分かれている深紅の槍。夜の暗闇の中少しだけ紅色の輝きを周囲に放っていた。

 

「死ねッ! 」

 

「ヒルダ、待って! 」

 

 華奢な体からは想像出来ない刺突が繰り出され俺の体を貫くはずだった槍は、衣装の手前でピタリと止まった。

 

「・・・・・理子。なぜ止めたの? 」

 

「約束が違う。その槍を収めて」

 

 理子の言葉にヒルダは考える素振りを見せて──槍は虚空に消えた。俺を殺せる機会でありそれを邪魔されたはずなのにヒルダは妖しげな表情を魅せる。

 

「確かに貴女との約束は守らないとね。だけど理子、私との約束はまだ果たしてもらってない」

 

「約束・・・・・でもそれはッ! 」

 

「果たしてもらわないと、あなたと私はまだ友達じゃないわ。さあ、早くペットに言いなさい。私が外堀通りであなたと約束したあの事を」

 

 理子は唇を噛み締めて両手に拳をつくった。今にも泣きそうな顔で、それでも懸命に涙を堪えている。

 俺はまだフラフラする足にムチをうって歩いていく。ヒルダの隣を横切って、理子のもとへ。そんな辛い表情は見たくないから。

 

「キョー君」

 

 俯いた理子は俺と同じ速さで歩いて、俺の真正面で立ち止まった。そして、ダランと垂らした手を俺の胸に向けて────

 

 

 

「理子と・・・・・別れて」

 

 

 

 

 ───拒絶するように、人差し指で俺の胸を押した。

 レキに神弾を撃ち込まれた時より、瑠瑠神に包丁で刺された時よりも深く・・・・・心に突き刺さった。首に打たれた変な薬でも倒れなかったのに、たった一言で力が抜け、コンクリートの床に尻もちをついてしまう。効力がその言葉に詰まっていた。

 

「なん・・・・・で。なんでだよ! 昨日の夜に言ってただろ! もうヒルダの奴隷になんかなりたくないって! 」

 

「奴隷じゃない。ヒルダは理子と友達として接してくれる。虐待してたのはブラドの手前、仕方なかったって言ってた。だからキョー君と理子が別れればヒルダと友達になれるの! 」

 

「そんなの・・・・・本当かどうか分からないだろ。しかもお前がヒルダ側につく理由だって、あとから取って付けたような感じじゃねえか! 」

 

 強い口調に理子は後ずさる。詰め寄ろうとするが、まだ足に力が入らない。

 

「他に理由があるんだろ? ヒルダに逆らえない理由が! 」

 

「・・・・・ないよ」

 

「だったらなんで───」

 

「ないって言ってるじゃん! 」

 

 二度目の拒絶。深く刺さった杭をさらに奥深く打ち付けられる。

 

「理子は本当にキョー君と・・・・・」

 

 風が吹いて俺たちの服がバタバタと音をたてながら揺れる。様々な音が入り乱れる中、理子の声だけが直接響いて聞こえた。

 

「別れ・・・・・たい・・・・・」

 

 三度目の拒絶。頭の中が一気に真っ白になって何も考えられなくなる。ただ『別れたい』という言葉だけが壊れたラジオのように繰り返された。俯いている理子の姿を見れば見るほど、心臓をギュッと掴まれる感覚に襲われる。自分の意思とは関係なく視線を冷たいコンクリートに移してしまい───頭をあげることはできなくなった。

 

「よく言ったわね、理子。私の約束は守ってもらったし、同時に理子の約束も守られた。だから・・・・・」

 

 パチン! と指を鳴らした軽快な音。

 同時に首のチョーカーが砕け、生暖かい血が衣装を濡らす。

 

「───ッ!? ヒルダ、約束が違う! 」

 

「違くないわよ。私が貴女とした約束は、私と貴女が友達になるまで。そこに友達になったあとは含まれていないわよ」

 

「そ、そんなっ」

 

「あら、理子。私と貴女は友達じゃないの? 」

 

 コツコツと高い足音が近づいてくる。それは俺を通り過ぎ、理子の横に並ぶまで鳴らし続けた。

 

「・・・・・友達、だよ」

 

「ふふっ、そうだよね。私たち、友達ですものね」

 

 ヒルダと理子は、互いに抱きつけるほどの距離。

 

「さようなら、京条朝陽。貴様は私に逆らった時点でもうペットではない。そのチョーカーが砕けた時点でお前に待っているのは死の運命だけ。冥土の土産に教えてやるわ。そのチョーカーの毒は徐々に体を痛みを与える。今はなんともないだろうけど・・・・・少しずつ、少しずつ痛みは襲ってくる。最後は気が狂うほど全身に激痛が走るわよ。そこの遠山に情けない姿を見せたくなかったら拳銃で自殺でもしなさい。あと──遠山。アリアは貰っていくわ」

 

 そう言い残すと、ヒルダと理子の気配は完全に無くなった。寂しく広がるコンクリートの大地に居るのは俺とキンジだけ。認めたくない現実が、突然降ってきた雨と共に心に染み込んでくる。これは現実だ、と。

 

「ふざけるなぁぁぁッッ! 」

 

 無力化されていたキンジは空に怒声を放つ。だが虚しく雨に吸い込まれていくだけ。普段とは全く違う雰囲気を纏ったキンジは、俺の前までフラフラしながらも歩み寄ってくると、

 

「おい、俺はアリアを助けにいく。お前はどうする」

 

 鋭い口調で投げかけてきた。

 

「俺は・・・・・」

 

「理子を奪われたんだぞ」

 

 理子を───奪われた。また、危険に晒してしまっている。昨日の夜に言った約束さえ守れなかった。簡単に守ると口にしておきながら、何一つ守れてないじゃないか。何が、理子を守るだ。ここで俺は何もできなかっただろ。逆にヒルダの槍で殺されかけたのを理子が止めてくれた・・・・・守られたのは俺のほうだ。

 

 こんな自分に腹が立ってくる。なぜそばにいれなかったのか。ヒルダの能力が分かっていながらそれを監視役に伝えなかったのか。そもそも───俺が頼らなければ防げたことじゃないか。

 

『あなたは、どうするの? 』

 

 頭の中で声がする。透き通った──俺が一番聞きたくない声。そして心の底から湧き上がってくるかりそめの憤怒が、脳を塗りつぶしていく。

 

『あんな女のためにわざわざ朝陽が身を以て助けに行くこともないの。貴方は私のためだけに・・・・・』

 

「黙れ」

 

『浮気ばかりして、でもそんな貴方のことも愛してる。殺したいほど愛してるの』

 

「黙れッ! 」

 

 キンジは異変を感じ取ったのか、俺から少し距離を取った。

 

『どうせあの女は死ぬ。そういう運命なの。貴方もクソコウモリ女のせいで苦しみながら死んでしまう。だったら私に体を預けた方が楽だよ。さあ、朝陽。私に体を預けて』

 

 意識は白く霏がかかり、感情の半分がもう支配されそうになっている。だが、お前の言うことには絶対に従わないぞ。

 

「いいか、この体は俺のもんだ。お前のものじゃねえ、絶対に渡さねえぞ! 理子のこともお前がとやかく言うことじゃねえ。助けに行くかどうかは俺が決める! 」

 

『・・・・・貴方のそういう浮気性、嫌いだよ』

 

 ドクン! と心臓が一際大きく波打ち、肺が締め付けられる。それでも絶対に屈しない。ここで諦めたら理子を取り返すチャンスは二度とやってこない。

 ────それだけは嫌だ。守ると決めて、途中でその望みが途切れたとしても紡いでみせる。まだ、完全に負けたわけじゃない!

 

『私の力だけ使って肝心の私には触れてこない・・・・・ああ、嫉妬しちゃうよ。君の身の回りのあの子みたいにね』

 

「・・・・・」

 

 もう惑わされない。お前がどれだけ精神を犯してきても自我を保ってみせる。

 

「朝陽、その片目は・・・・・」

 

「ちょっと瑠瑠神と戦ってた。それよりもなんでここにいるんだ」

 

「下の階層にいるワトソンにアリアを連れ去られてな。追ってきてワトソンと戦闘になってギリギリのとこで勝ったが───アリアの姿に化けた理子に一本取られた。朝陽はどうしてここに」

 

「俺はヒルダから直接連絡が来た」

 

 俺はキンジが差し出してきた手を掴み自分の体を持ち上げる。若干の吐き気と目眩、今にも暴走しようとする瑠瑠神。コンディションは最悪の極みだ。首の傷口から侵入した毒もそのうち効力を発揮してくるころだろう。

 

「キンジ、ヒルダの行き先は知ってるか? 」

 

「ああ。アリアを攫う時、理子に紅鳴館でお茶をしましょうって呑気なこと言ってやがった。朝陽は一緒に助けにいくか? ───って野暮なこと聞いたな」

 

「そうだ。行って理子と解毒剤があるかどうかは知らんが奪って生き延びるか、とどまって激痛と精神を犯されて無念のまま死ぬか。答えは決まってる」

 

 呼吸を整えて体の不調を少しでも回復させ、

 

「迎えに行こう。キンジはアリアを、俺は理子を。必ず取り戻す」

 

 来た道を再び戻る。

 そこかしこに出現した水溜まりには、右目にだけ鮮緑の色を宿し、口元は半分だけ笑っている不気味で醜い自分の姿が映っていた。

 

 

 

 


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