46話まで戦闘回なので、飛ばしたい方はこの42話と43話を見てからどうぞ
下の階にいたワトソンにもしもの時のネビュラ──中枢神経刺激薬で常態で打てば集中力が高まり朦朧とした時はラッツォより強力な気付け薬となるらしい──を貰い武藤からパクった車で紅鳴館に向かう。
「その状態で運転なんて大丈夫か? 」
「なんとかな。ただ右手に力が入りすぎてハンドル変な方向にきりそうだ。キンジの方こそ、いつもの
「ああ。これはヒステリアモードの派生系だ。戦いが終わったら詳しく教える・・・・・今は俺のアリアを取り返さないと、どうにかなりそうだ」
キンジも俺の
「紅鳴館まであと少しだ」
車を走らせている間、交わす言葉はあまりない。車体を大雨が叩き雷鳴が轟くだけ。この天気はヒルダにとって最高のコンディションだろう。電気と催眠術、吸血鬼の高い身体能力に三叉の槍。これまで以上に過酷な戦いになるかもしれないが・・・・・俺だって守りたい人がいるんだ。それに大雨はある意味では俺にとっても最高の天気だ。
紅鳴館の入口に乱暴に車を止めて外に出る。周囲を囲む真っ黒な鉄柵と茨の茂み、そして全体が不気味なこの館に入るのは、理子に頼まれて泥棒をした時。そして今日は──理子を助けるためだ。
「行くぞ」
「言われるまでもなく」
両腕に盾を装備し、ギィィ・・・・・と重く身長の何倍もある門を開ける。暗く長い一本道に足を踏み入れた瞬間───ピシュ!
小さな飛来物が側頭部にめがけ飛んできた。それを俺は盾で弾き返す。見れば銀色の小型ナイフがコンクリートの道に転がっていた。
「こんなものでヤられるわけないだろうに」
「同感だ」
キンジが指の間に挟んでいたナイフを投げ捨てた。
「あら、無礼者の気配がしたから来てみれば・・・・・お前たちだったのね」
館の方からコツコツと足音が雨音に混じる。雷鳴と共に照らされたのは、フリフリの傘を差して妖艶な笑みをうかべている・・・・・ヒルダ。三叉の槍は持っていないようだ。
「アリアはどこだ」
「そう急がないで。アリアはちゃんと生きてるわよ。もちろん理子もね」
「変なことしてないだろうな」
「あら朝陽。あなたはもう乗っ取られかけてるじゃない。どうしたの? ここまで来て」
「どうしたも何もねえだろ。理子を取り返しにきただけだ」
疼く。口元が不意に歪んで、心臓が熱湯をかけられたみたいに熱く鼓動する。憎悪が渦巻き何もかもがメチャクチャにされる感覚だけが残る───それを抑えつけて。
「理子とアリアは返してもらうぞ! 」
「やれるものならどうぞ」
その言葉を合図に俺とキンジは駆け出した。ヒルダは肉薄してくる俺に傘の先端を向ける。普通の傘とは違い先端に小さな穴が空いていて・・・・・
「死になさい」
ドン! と大砲の如き轟音が耳を劈いた。音は何発もの小さな鉄球と変わり、顔の前に出していた盾を貪り食っていく。衝撃から察するに傘型のショットガンか。
「そんなんじゃ死なねえよ! 」
雪月花を右手で抜刀し左脇から右肩にかけて力任せに振るうが、ヒルダは背中のコウモリ型の翼を羽ばたかせ上空へと逃げた。だがその隙を逃すキンジではない。
乾いた音が連続で鼓膜を揺らす。ビシビシッ、と翼に風穴を二つずつ開けられたことにより再び地上へと戻ってきたヒルダは眉を顰めた。
「愚民め。私の翼にそんな下衆なものを撃ちよって」
持っていた傘を手放すと、俺たちをジーッと見つめ始めた。撃たれた箇所は煙をあげてもう回復し始めている。こいつもブラドと同様に魔臓の四つを同時に破壊しなきゃダメなのか。
「私のお家に無断で入ってきたバカは今まで何人も居たわ。あなた達みたいにね」
俺たちの瞳を直接覗き込んでくる。引き込まれる──そう思ったが、雪月花を納刀しながら敢えて俺は見続けた。
「そいつらは私やお父様を殺そうと踏み込んできた。でもあなた達は違う、自分の女に手を出されてここに来た」
ヒルダは深紅の目を細めて左手の小指の先をいやらしく咥え始めた。だがその目は俺たちから離していない。
「その復讐に燃える目つき、イイわ! 勝てないと分かっていながらも助けるために自らを犠牲にするその心。とっても美味しそう・・・・・! 」
興奮したのか顔を赤らめて足をモジモジとさせている。この場の雰囲気に不釣り合いなそれが、余計に異質感を際立たせていた。
「ねぇ・・・・・もう一回チャンスをあげるわ。私の臣下にならない? 遠山が望むアリアも、朝陽が望む理子も手に入るわ」
「───くだらん。要はアリアや理子をエサにして引き入れようってか」
キンジは元々鋭敏だった雰囲気をさらに強く。普段とは想像出来ないほどの殺気を周囲に放っていた。
「それじゃアリアは俺のものになっても、俺はお前のものとなる。ダメなんだよそれは。俺が一生涯をかけて従うのは・・・・・アリア、ただ一人だけだ」
「あら残念。朝陽は・・・・・その目は断るって感じね。後悔しなさい、私の誘いを断ったことは万死に値するわ。特に───」
ヒルダはどこからか黒いフリフリの傘を取り出すと俺に突きつけた。
「───朝陽。お前は私の誘いを二度も断った。これは私を侮辱することと同等。楽に殺しはしないわ。首から回った毒があなたを殺す前に苦しんで苦しんで苦しみ抜いてから死んでもらうよ」
「はっ! うるせえよクソビッチのババアが。できるもんならやってみろ」
「なんですって!? 」
「できるもんならやってみろと言ったんだ。自分の性癖全開生活を長々と謳歌していただけのクソビッチが! 」
ああ。ドス黒い感情が泥となって心を覆ってくる。波のように襲って来ては粘着質のように離れないこの感情。
「俺の、俺の私の私の、理子を・・・・・! 」
「朝陽落ち着け! 」
「・・・・・っ。大丈夫だ」
キンジの言葉に泥が剥がれていく。危なかった・・・・・声をかけてくれなきゃ呑まれてた。二人の敵に注意しなきゃいけないんだよな。なんて不利な状況だよクソ。
「こ、この私をよくもビッチなどと侮辱したわね!? いいわ、受けてみなさい私の
再生した翼でまた上空に飛び立つと、ツンと突き出たヒルダの胸の前にピンポン玉サイズの黄金色をした雷球が発生させ始めた。それは一秒を刻むごとに大きく・・・・・バチバチと見た目からして威力も徐々に上がっているようだ。
あれは・・・・・多分ヒルダの必殺技だ。一歩も動かずに充電してるところを見れば、さすがのヒルダも集中力が必要か・・・・・或いは動く必要がないか。
考えを巡らせるうちにさらに雷球は膨れ上がり、今や直径二メートルを優に超えている。あれが人間に直撃したら黒焦げになるだけならまだ運がいいほうだ。俺のロミオの衣装に防弾性はあっても防電性はないだろうから、消し炭の運命は逃れられない。
「これで・・・・・100パーセント! もっとイクわよっ! 」
ヒルダは雷球を自身の頭上まで持っていく。それはさらに大きくなりながら、時々それは歪に形を変えていった。細長い楕円形になることもあれば、横に広がりカボチャみたくなる時もある。球体の中心部が崩れ落ちそうになったりと不安定だ。
「デカイ口叩くくせに制御しきれてないだろ」
「光栄に思いなさい。百パーセントよりも威力を高めるのはあなた達で二回目・・・・・多少歪なりとも正確に落とせるわ」
妖艶な光を灯している顔には自信の色で染まっていた。この場から離れなければ俺とキンジは確実に呑み込まれる。そうなれば理子とアリアを助けるというのは絵空事だ。
「遠山、朝陽。昼と夜の間で迷う弱者に、幻想を語った愚者。あなた達は幻想の中で死になさい。幻想は夢であり夢は現実とは 違うわ。夜に生きぬあなた達人間は──夜に夢を見て夜を汚す罪深き生き物・・・・・」
息を静かに吐き出しながら力む。その瞬間───
「なっ、動けねぇ! 」
悔しそうにキンジが叫んだ。何か手があったようだがヒルダに封じられたらしい。
「ふふっ、お前も学習能力がないのね。その
裏をかけたことに満足したらしく、放電音も高まっていく。
「科学が発展するように魔術も日々発展してきた。自分の身体から消費するだけでは精神力はすぐに底をついてしまう。だから体外から力を得る方法も編み出されたのよ? 私の場合──人間の使う電力をいただくわ。さあ、これで120パーセント! 」
雷球を育て上げたヒルダの肌からは短い雷が宙へと解き放たれていた。キバを見せながらも清楚に微笑んだ。
「私と相見えたことへの感謝と自分たちの女を助けられなかったことへの不甲斐なさに揉まれながら、地獄に落ちなさい」
より大きく、放電音が最高潮に達した時───
「生憎、俺は理子に会うまで死ねないんでね」
右手をヒルダにかざした。何ヶ月ぶりかもう覚えてないがそれでも当てられないことは、ない!
「
ヒルダは俺たちが自分の暗示術で動けないだろうと思っていた。だから動けない相手に飛び回りながら雷球を作るなど徒労にも等しいことはヒルダは絶対にしない。案の定キンジは引っかかり俺も敢えて、まだ使える右半身を動かさず──ヒルダは俺達が絶対に動けないと確信した。その油断に隙ができる。それに煽ったおかげでヒルダの雷球は120パーセント──制御できるギリギリだ。動いたりなんかしないだろう。暗示術は人間には効くが神には効かなかったようだな。
「あッ! 」
十本もの
「ぉぉおおおお! 」
拘束が一時的に解除されたのを感覚が掴み取り、ヒルダの足元へと駆けた。およそ七メートル。上空にいるヒルダの高度だ。
「キンジ! 」
「おうよ! 」
ベレッタの軽く乾いた音ともう一丁の大砲とも呼べる銃声が背後からヒルダへと襲いかかった。二丁ともフルオートカスタムなのか、ヒルダの翼は次々に風穴が空けられ──重力に従いヒルダは近づいてくる。
「ご対面だなヒルダァ! 」
思いっきり拳を握り締めているのを見たヒルダの顔色は、僅かしか光が届いていないながらもハッキリと青くなるのが確認できた。
ヒルダは俺の拳を防ごうと手をのばすが・・・・・もう手遅れだ。
「おぅらぁ! 」
「ぶっ!? 」
端正な顔に理子を盗られたことや毒を流し込まれたことその他諸々の恨みを思いっきりぶつけた。柔らかな頬がグニャりと内側に歪んで───数メートルほど綺麗な弧を描いて濡れた地面に落ちる。
主を失った雷球はそのまま滞空した後、消え入るように夜空に溶け込んだ。
「首の骨でも折れたか? 」
「どうだろうな。あの吹っ飛び方は折れてても不思議じゃないが」
ヒルダは、むくりと起き上がると両手で首を元の位置に戻して・・・・・歯軋りと拳を握りしめ始めた。端正な顔も激情にかられている。
「ぁぁ・・・・・あああああッッ! よくもよくも私にこんな無様な声をあげさせたわね! 」
キバと明確な殺意をむき出しに、右手を天高くあげると───三叉の槍がバチバチと電気を帯びながら出現した。
「肉片の一つも残さず殺すッ! 」
「こんな最高の天気の日に殺されるわけないだろ」
「・・・・・なんですって? 」
「お前だけがこの天気が最高だと思うなよ? まあ知ってると思うけど、俺の超能力は───」
降りしきる雨と自分で生成した氷とを可能な限り合成し十五センチ程度の小さな槍にする。それが出来た範囲は・・・・・大体自分を中心に半径十メートルの半球体。ドーム状に展開されている。操れる範囲はこんなものか。
「───凍らせること。だからこんなこともできるんだよ」
「くっ! 」
「
ヒルダが飛び退いたと同時に無数の
「小賢しい真似をするな! 」
再生した翼で再び宙に飛ばれ、操れる範囲外となった氷棘はパラパラと塵のように溶けていく。
ヒルダは破れた衣服を見回して───深紅の瞳でギロりと俺たちを睨んだ。また暗示術をかけてくると思ったが、不意にヒルダは自らの爪で左腕をかなり深く引っ掻いた。雨に混ざり鮮血がボタボタと地面に落ちていく。その血は雨と地面に溶け込むことなく、スライム状に固まり出した。
「侮るなよニンゲンども」
「確かにその血液のドロッドロさは侮れねえな。魚食えよビッチ」
「────」
罵倒など気にせずヒルダはルーマニア語でブツブツと唱え始めた。キンジは構わず腕や足、翼などに撃ちまくってるが効果はなし。しかも普段とは違う雰囲気でアリアを傷つける者に容赦ないはずなのに・・・・・無意識に顔を避けてるな。
「キンジ、魔臓の位置分かるか? 」
「両太もも、へその下だ。あと一つは分からん」
「そうか・・・・・それにしても、あれはなんだ? 」
「それも分からんが、多分アイツの手下だろう」
目線の先には地面に広がっているヒルダの血から分裂して次々と産まれてくる───狼の群れ。ただそれは生きる屍のような・・・・・中身のないゴーレムと同じに見える。数にしておよそ二十体。
「私の血から作った可愛い子どもたち。さあ、私の邪魔をする無礼者どもの血肉を啜り骨を貪ってきなさい」
ヒルダの命令に、人間のような断末魔の雄叫びをあげ───なりふり構わず突進してきた。
「キンジ、十体ずつ援護はできる時だけ! 」
「了解だ! 」
迫り来る狼もどきの群れに氷棘をぶち込もうとしたが・・・・・ガツッ! と先陣を切ってきた狼のタックルにより阻止される。以前、レキが飼っているハイマキのタックルを受けたことがあるが──あの時とは威力が段違いだ。
「くそっ」
後続に続く狼もどきも同様に雄叫びをあげながら喰い殺しにくる。
流石に一度でこの量は捌ききれないぞ!
「
薄い氷の壁を何重にも生成し一旦狼もどきと距離をとる。狼という見た目に反して知能は低いようで回り込むという作戦は頭に存在しておらず、ただ氷の壁に牙をたてるだけ。
「ふぅ、ふぅ・・・・・キンジは」
見れば二丁拳銃で同時に十匹もの狼を捌いているようだが、長くは持たなそうだぞ。しかも銃弾を受けて倒れたと思った狼もどきもすぐに傷口が再生している。これじゃ最後まで弾が持つか分からんぞ。
「───ッッ! 」
突然体の内側から刃物で切り裂かれる痛みが電撃の如く駆け抜けた。頭は万力で圧迫され、耳の中はムカデが這いずり、眼球をフォークで刺される感覚。どれも形容し難い激痛だ。
「ぁぁぁあああ・・・・・」
これがチョーカーが破裂して首に流れた毒、気が狂う痛みの前兆か。徐々に痛みを伴うって話じゃなかったのかあのクソコウモリ女。文句の代わりに雪月花で斬り裂いて───ってどこに行きやがったあのクソビッチ。空にもどこにもいないぞ。
『世界は、夜を中心に廻る』
艶かしい声が、不意に地面から聞こえた。間違いなくヒルダの声だ。俺は反射的に雪月花を抜刀し、地面に突き立てる。だが手に伝わってくる感触は固い地面そのもので・・・・・
「がっ!? 」
直後、脳天を貫く痛みが背中から伝わってきた。三叉の槍がロミオの衣装を破った───だがそれほど傷は深くない!
「そこかァ! 」
一度離しかけた雪月花の柄を逆手で掴み、地面から引き抜きながら体を回転させ横に振るう。脳を走る痛みに力が入らず切先は下を向くが、それが功を奏した。上半身だけ地面から生えていたヒルダの胸を横一線に斬りつけられたのだ。
「ちっ」
再びヒルダは地面の中へ姿を消す。同じタイミングで
首をのばせば、血生臭い口臭の中に頭がすっぽりと入る距離。ゆらりと糸を引く唾液が赤色に染まる未来が垣間見え───ドン!
狼もどきの顔面を何かが吹き飛ばした。ドロドロの血を首から撒き散らしながら寄りかかられる。この発砲音と威力は・・・・・デザートイーグルの.50AE弾。てことは、キンジが援護してくれたってわけだ。そのキンジを見ると、俺の援護をしたせいで背後がガラ空きになっている。まずい、キンジが殺られる!
咄嗟にHK45を左手で抜き、背後の狼もどきの眉間を狙い撃つ。苦し紛れだがしっかり当たってくれたようで、ドサりとキンジの肩に寄りかかり血しぶきをぶちまけた。だが脳天を破壊しても煙をあげて再生し、ゾンビよりも醜悪な姿となって再び地に足をつける。
このままじゃジリ貧になるな・・・・・ヒルダも自分の体を影に溶け込ませることができるし、どこから襲ってくるか分からん。
『ああ、朝陽の血、ホントにおいしいわ』
また声がする。背中を刺された傷からドクドクと血が流れて止まらない。それでも、そんなことはつゆ知らずと狼もどきは集団で本能のまま喰い殺しにやってくる。
盾で捌いてはキバが火花を散らして醜い顔を照らし出す。雨は全身を濡らし、痛みは脳を焦がす。それでも敵の本丸は影の中から出てこない。キンジの方は未だにうまく捌いているようだが、俺はこのまま狼もどきを相手にしている体力はねえぞ。
「朝陽」
キンジは狼もどきから距離をとると、こちらに一直線に走り抜けてきた。あとから狼もどき全員が雄叫びをあげて追いかける。
(何をして・・・・・ってこっちに来たらぶつかるだろ──ッ! そうか! )
キンジの意図が分かり、俺もキンジに向けて走り出す。お互いの距離はグングンと近づきつつあり、このままでは合計二十匹の狼もどきに押し潰されて圧死だ。しかもタチの悪いことに地獄の果てまで追いかけてきそうだ。てか、キンジも俺に超能力使えって中々鬼畜な事言ってんなあおい。
「タイミング合わせろよ」
「心配するな」
地獄の果てまで追いかけてくる・・・・・これは俺たちが死ぬまであとを追いかけるということ。絶対に離されず、ピッタリと食いついてくることだ。つまり──
「今だッ! 」
張り詰めた大声に素早く反応し、狼もどきが飛びかかってくる直前にそれぞれ横に身を投げてキバを回避する。獲物を失った狼もどきは真正面から突っ込んでくる同族に当たり、ほんの一瞬だけ動きが止まった。
「
超能力を発動し地面から夜空へと突き刺すように形成されたそれは、狼もどき達全てを蹂躙し天高く吊り上げた。地獄にある剣山を連想させる。飛び退くのが遅れていたら今頃惨たらしい姿で転生の間送りだったな。
「はぁ・・・・・ふぅ・・・・・ナイスだ朝陽。精神力はまだもつか? 」
「はっ! 今のでだいぶ使ったわ。使えるとしたらあと一回か二回程度だろう。それにしてもよくこんな作戦思いついたな」
「普通だろ。だが戦闘中の様子を見る限り今の朝陽は激痛やら瑠瑠神とやらで苦しんでそれどころじゃなからな。痛みはどうだ? 」
「少し引いたが、頭痛と吐き気と胸糞悪い思考は健在だ」
キンジと俺が同じ場所にいれば、バラバラに俺たちを翻弄していた狼もどきは一箇所に集まる。そこで一網打尽にできるというわけだが・・・・・実際氷壁で防いでアレをやっても逃げられてたかもしれないな。万が一ということもあったし、一回で戦闘不能にできたのはいいことだ。
「ヒルダは? 」
「こそこそと足元にいるんじゃねえか? 」
「───ここよ」
今度は足元からではなく、紅鳴館の玄関から透き通った声が聞こえた。バッとそちらを向くと玄関の明かりを肌に浴びたヒルダが、瞳の色と同じ深紅で、俺の身長を上回るデカさのハルバードを器用に回していた。そのまま柄をカツンと鳴らすと、
「感謝するわ、朝陽。あなたの血がこれほど私に力をくれるとは思わなかった」
「───なんだと」
ハルバードの刺先──人を刺すことが可能な部分──に、赤黒い球体ができ始めた。
「ああ、久しぶりにイキ狂いそうだわ・・・・・! アは、アハハハハハッッ! 」
天を仰ぎ、狂い、高らかに嗤う。明らかにおかしい姿に──少しだけ恐怖を憶えた。アレはマズイ、と。
しかも見開かれた目は、少しずつ・・・・・少しずつ鮮緑に染まり始めている。
「まさかっ」
「ううん、操られてないわ。現に瑠瑠神の声も聞こえないもの。ちょっとだけしか吸ってないからね。だから能力こそ使えないけど・・・・・力を最大限引き出すことはできるのよ。さしずめ、これは『狂化』と言った方がいいかしら」
吸う・・・・・? 俺から何かを吸収したって、血液のことか!?
ヒルダを見据えたまま後ろ手で三叉の槍に刺された部分を触ると、まだドクドクと流血している。それは地面を伝って、ヤツのハルバードの先に───
「おいおい嘘だろ」
「嘘じゃないわ。あなたの肉体と同化している瑠瑠色金よ? 血液だってその部分を通過してるの。まだちょっとだけしか犯されてないみたいだけど、でも確実に瑠瑠色金を含んでる。極微量だけでこの力・・・・・ああ! あなたの死体だけでもやっぱり手に入れるわ! 」
身の丈をはるかに超えるハルバードを軽々と持ち上げると、
「だからね・・・・・死んで」
降り注ぐ雨よりも冷たく、凍えさせる声音。
ヒルダの姿は一瞬にして消える。キンジは何かに気づいたようで首を逸らしていたが、俺は間に合わない。なぜなら───
(死ん・・・・・だ? )
もう避けられない。盾で受けろと脳が腕に命令しても、腕が追いつかない。こんなところで俺は死ぬのか?
まだ理子を助けてない。あの理子の笑顔をもう一度見たい。ずっと笑い合いながら話をしていたい。またあの楽しかった日々に戻りたい。あいつが涙に頬を濡らすなんて・・・・・もう二度と絶対にさせたくない!
死を目前にしたまま、強く願う。その願いの答えは、言葉となって示された。
「──