俺、ヤンデレ神に殺されたようです⁉︎   作:鉛筆もどき

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前回 ヒルダ戦決着


第47話 貴方を食べちゃいたい

 どこまでも続く純白の世界。見回せば自分がどこにいるのかすら分からなくなり、そのうち気が狂ってしまうであろう場所に、瑠瑠神はただ俺だけをじっと見つめていた。

 

「あぁ、待ち遠しかったわ。貴方の傍にいることは出来ても、決して貴方に触れることは出来なかった。でもね、もう我慢する必要は無いの。愛しの貴方が目の前にいるのだから」

 

 瑠瑠神は自分の体を抱き、頬に朱色を宿した。

 優しそうな瞳は狂信的な愛。太すぎず細すぎることも無い──傷跡が痛々しい程に広がった手足。

 一歩ずつこちらに歩み寄る度に人を惹き付ける艶美な魅力が流れて止まない。しかし、男であれば同性愛者だろうと振り向かざるを得ない色香は、俺にとって恐怖の対象でしかなかった。

 

 本能はかつてないほど全力で危険信号を発している。今すぐ背を向けて逃げろと。だが、ここで逃げてしまっては大事な何かが抜けてしまう気がする。

 

「お前とは一生会いたくなかったよ。瑠瑠神」

 

 なんて強がりもいい所だが、雰囲気に負けてはダメだ。コイツに痛めつけられたことはもう忘れろ。

 踏み留まれ。逃げるな・・・・・!

 

「ああもう、()()で良いって言ったじゃない私。まったく、朝陽は照れ屋さんなのね。ふふっ、可愛いわ」

 

 この空間の高さ、奥行き、全てが真っ白で、どのくらい広いのかすら分からない。

 ここで丸裸だったら打つ手なしだが、幸いな事に傷も癒えてるし装備も整ってる。盾だけが無いこと以外ヒルダ戦の前の装備と同じだ。

 

「頭の先からつま先まで。目も口も、手も足も。全部私が独占したい。さぁ、私と一つになりましょう──そしたら、今までのこと全部、水に流してあげるから」

 

 音もなく歩み寄って来た瑠瑠神は俺の頬に傷だらけの右手をのばした。よく見ればそれら全てが俺へのラブレターであるそれは、じょじょに迫って来て。

 乾いた血にまみれた指が、俺の頬に触れる・・・・・その寸前。雪月花を抜刀し、斜め下から掬い上げるように斬り上げた。

 

 刃こぼれは一切なく、曇りのない白刃が瑠瑠神の腕へ吸い込まれていく。しかし皮膚に辿り着く前に、緑色の六角形のバリアと思われるものが刃を弾いた。

 

「ちっ! 」

 

「無駄だよ朝陽。対私用の武器だとしても、私には勝てないの」

 

 それから上段、中段、下段から様々な攻撃を繰り返すが、そのことごとくを弾かれてしまっている。硬い岩盤に思い切り振っている感覚だ。

 刀が弾かれる度に瑠瑠神はうすら笑みを浮かべる姿がさらに不快感を強める。癇癪を起こした子どもを見ている、そんな態度だ。自分を殺そうとする刃に微塵も興味を示していない。

 

「私の目を見て、朝陽」

 

 ずずいっ、と瑠瑠神は迫る刃も構わず俺に肉薄する。千載一遇のチャンスだが、それもバリアに弾かれ──簡単に距離を詰められてしまった。退こうとするも背に腕をまわされてしまい、万力の如き力の前に為す術はなく。首元から感じる熱い視線にただただ曝されるのみだ。

 

「あぁ、貴方の温もりが感じられる・・・・・! 今の貴方の目は私しか見てない! 愛しい──すごく、愛しいわ」

 

「くっ、離せッ! 」

 

「離さないわ。だって、やっと本物と逢えたもの。もう絶対に離したくない」

 

 俺の首に端正な顔を押し付けると──ちょうどヒルダに噛まれた箇所と同じ部分の場所を、かぷっ。

 軽いリップ音を鳴らしながら吸い始めた。別に血液を吸われているわけではない。それなのに・・・・・

 

「なんで、体から力、が───」

 

「ふふ、貴方の中には私はいるのよ。こうやって貴方のオイシイ首をちゅーって吸っちゃえば、貴方の力を弱める位はできるの。貴方は私の意のままに、ね」

 

 雪月花すら握れなくなり、この空間の地面らしき場所に音もなく落としてしまった。立つこともままならぬ状況で、尚も倒れまいと抗っていたが、

 

「えいっ」

 

 両肩をトン、と押され雪月花と同じ道を辿って地面に仰向けの状態で倒されてしまった。純白の空間の床とも地面とも思しきものは、衝撃で肺の空気が吐き出されるほど固くもなく、トランポリンのように体を跳ね返す柔らかさもない。そんなことより重要なのは瑠瑠神は俺の上に覆い被さって来たことだ。

 

「今、この空間には貴方と私しか居ないの。元々貴方は私と結ばれる運命だったのに───」

 

 瑠瑠神の雰囲気がガラリと変わった。極寒の極地のように冷たく鋭利なものへと。時同じくして、傷だらけの両手が首を包み込みこんだ。

グッ──このまま首を絞められても抵抗どころか腕を動かす力もない。口動かすことくらいしか出来ねえ……!

 

「あの金髪女もロリ女も、クソッタレの神すら私の朝陽を奪おうとしてる・・・・・! なんで、なんでなんでなんでっ! なんで朝陽はアイツらに構うの!? 」

 

「俺はただ普通の生活を送りたいだけだ! 俺が誰に構おうと勝手だろうがッ! 」

 

「違う! 」

 

 恐怖に蓋をしていたはずなのに、たった三文字の怒声で簡単に外れてしまった。

気道が圧迫され、ムカデが這い上がってくるように恐怖は押し寄せ止まる事はない。必死に耐えることしかできない!

 

「あの日あの時、貴方は私と約束した! 私以外とは話さないって! 」

 

「いつの、ことだ! 俺はそんな約束なんぞした覚えはない。お前と初めて出会ったのも元の世界で幼馴染みに憑依して俺を殺した時だろ! よりによって関係ないアイツまで殺しやがって・・・・・! 」

 

「・・・・・あら、私、朝陽にオシオキしたことは覚えてるけど、知らない間に一人殺してしまったのね。でも殺した女を一々覚えてるほど私は器用じゃないから。だってそんな邪魔な存在は覚えていても得なんてないでしょう」

 

 ──その言葉は、理子を傷つけられた時とは違う、本能的な恐怖すら塗り潰すドス黒い感情を生み出した。何の躊躇いもなく家族同然の者を当然の如く殺し、だが記憶にも留めず邪魔だと言い張る。そんなこいつに、

 

「お前は、あの日俺の顔に包丁を振り下ろしたことは覚えてるのか……? 」

 

 怒りに震える声で問いただす。

 瑠瑠神は、ええ、と短く答えた。

 

「好きな人にオシオキって本当はしたくないの。でも仕方ないよ、私以外の他の女と仲良く喋っていたのだもの。でもあのオシオキはあまり酷くやってないよ。あの一回だけで分かってくれるって信じてたから」

 

 体中を刺しておいて、()()()()()()()()()()()()? コイツの思考回路はどうなってやがんだ・・・・・!

 

「でも朝陽は懲りずに他の女に──ねぇ、私のどこがイケナイの? 私と同じ()()の貴方なら相性はいいはずなのだけど。貴方は私だけを愛して、私は貴方だけを愛する。すぐ別れてしまうような脆く汚い関係なんて捨てて、一点の曇りもない素敵な愛の形になりましょう? 」

 

「俺とお前を一緒にするな! 俺はお前のことなんこれっぽちも想ってなんかない。いい加減諦めろ! 」

 

 それでも瑠瑠神は聞き入れない。自分にとって都合の悪い事は聞こえてないみたいに。

 

「私は朝陽の望むどんな姿にでもなれる。髪を短くしろと言われれば短くするし、性格を変えろと言われれば勿論言う通りにするわ。私の腕が邪魔だと言うなら喜んで斬ってあげる。でも、その願いを聞くのは、貴方が私を受け入れてくれた時なのだけど」

 

「誰が、お前を受け入れたりなんか───ッ!? 」

 

「貴方が違う世界にいるから、私自身は触れることすら叶わなかった。けどあなたはこっちの世界に来てくれた! 見えているのにずっと朝陽に触ることも出来なかった。世界が違くて干渉すら出来なかった。だけどこの世界に来てくれたおかげで、やっと触れられるの! 」

 

 首を締める力が強くなった。視界が暗転するかしないかの瀬戸際で力加減をコントロールしてる辺り、簡単には意識を落としてくれないようだ。

 

「・・・・・本当に洗脳されてしまったのね。あのクソロリ神、爪を一枚ずつ剥がして腕を切り刻んで、臓物を掻き乱すくらいしないと気が収まらないわ。もっとも、収めるつもりは毛頭ないのだけど」

 

 瑠瑠神の爪が深く首に食い込み、より一層息苦しさに拍車がかかる。同時に脳内に流れてきた──異常なまでの瑠瑠神の囁き。右目の奥が熱く滾るように膨れ激しい痛みを訴えた。ダメだ、思考が、侵されるッ・・・・・!

 

「いいわ、もうこの話はヤメにしましょ。これ以上貴方という存在を肌で感じていたら理性が持たなくなってしまう。私は貴方に全てを奪われたの。貴方なしでは生きていけないの。もちろん朝陽の中に私はいるのだけど、力が足りないのと質量が小さすぎるから私の体感では()()()状態なの。殺したい女がいても貴方に抑え込まれてしまう。嫉妬で狂うにも貴方が隙を見せた時だけしか無理───だから、私と一つになりましょう」

 

 これが瑠瑠神の思考なのだと考えなくとも分かる。理性が抑えきれないというのも本当の事だ。

 そもそもこの異常なまでの愛の水流は止むことを知らない。際限のない水源のように次々と溢れ出し、消えはせずに今にも氾濫しそうな勢いだ。口では今にも理性が破裂しそうだと言っているが、コイツの心はとっくに壊れてる───!

 

(私以外の女と喋るのも触れ合うことすら全てを許容してきた。許容せざるを得なかった・・・・・けど、もうダメ。我慢の限界だわ。愛を伝えるのだって私が初めだった。でも本当の貴方からの愛をまだ聞き入れられてない。今は愛する貴方が私の両手の中にあるけど・・・・・この手を離してしまったら、貴方の心は私以外の誰かに行ってしまうかもしれない。

 ───嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だッ!

 このまま貴方と私の世界で一生、世界という概念が滅んでも一緒に居続けたい! もし一瞬でも貴方の心が他の誰かに行ってしまったら、きっと私は壊れてしまう。

 もう、手遅れかもしれない・・・・・ううん、それでいい。だって私が壊れるほど貴方のことが好き。好きよ。愛してる───愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してるッ!

 ───いっそこのまま私の魂に取り込んでしまうって言うのも手だよね。上書きされちゃって私の心が貴方に囚われてしまうかもだけど・・・・・それもアリ。だって、永久に貴方と一緒に居られるもの! )

 

 絶えず溢れさらに愛を重ねて、瑠瑠神は一言だけ耳元で囁いた。

 

「・・・・・ずぅっと(そば)にいるからね。朝陽」

 

 その短い言葉にこの世の全てのモノより重い愛が鉛の如くのしかかる。瑠瑠神の言葉に共鳴したのか、色金が埋め込まれた右半身と、璃璃色金が埋まった心臓がやたらに熱い。火で炙られる感覚とは違う──内側から発生する何か。それは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「お前、瑠瑠神──ルル、愛して、違う! 」

 

 突然湧き出た瑠瑠神への愛。意思に反して口は勝手に動き、

 

「あら、まだ抗っているの? 」

 

「好きだ・・・・・なんかじゃな、ねぇ! 俺はお前のことが好き、嫌いだ! 」

 

 少しずつ意識が遠のく。コイツに対する否定と肯定がグチャグチャに脳内を掻き乱し何も考えられなくなってしまう。

 理子が待っているというのに、こんなところで俺は・・・・・終わるわけには、いかない、のに!

 

「まーた、別の女の事を考えて、オシオキが足りないのね。まぁ、それは貴方を手に入れてからにしましょう。私の愛を受け止めて・・・・・朝陽」

 

 恍惚の表情と鼻にかかる吐息が抵抗する気持ちすら奪っていく。誰よりも憎くて、誰よりもその強さと恐怖を知っているはずなのに・・・・・それすらどうでも良くなってきた。決して逆らえない力に埋もれていく、その事実すらどうでも良くなって。

 

 あぁ、俺は理子(るるがみ)を守ると誓ったのに──。

 

 

 

 

 

「おい、朝陽に触るなクソ女が」

 

「あ? 」

 

 ルルの真っ赤な花弁のように美しい口唇が触れ合う、その時。

 ルルの首に光の首輪が出現し高速で天へと吊り上げた。瞬く間に俺たちの距離は離れていく。次いで、俺の背後から幼さの残る声・・・・・しかし宿る殺気はルルの比ではない。息をする事を忘れ、心臓が鼓動を放棄してしまうほど。全身に鳥肌がたち、向けられたものが俺でなくとも、余波だけでヒルダすら上回っている。

 

「お前のせいで朝陽が汚れてしまった。どうしてくれる」

 

「───ちっ」

 

 その女の子はショートの黒髪をたなびかせて、俺の傍に守るように位置どった。本来柔らかそうな目つきはつり上がって、とてもじゃないが直視する事は不可能。

 

「また眠ってろ。あわよくば永遠の孤独に発狂して死ね、クソ女」

 

 ルルに向かってその女の子は右手をかざすと、首輪と共にルルは小さな欠片へと変化していく。どこからともなく吹いてくる風によって、足から光の粒子へと。

 ルルは目の前の少女をじっと睨み、そして、

 

「悔しいわ。悔しい・・・・・でも、また会いましょう。私と貴方(あさひ)は赤い糸で結ばれてる。絶対にこれっきりという事はないのだから」

 

 様々な感情を裏に隠し、穏やかな笑顔のまま静かに───消えてしまった。

 

「よかった、君がまだ完全に取り込まれずに済んだよ。いやー危なかったね」

 

「ルルが・・・・・ルルが、居なくなって・・・・・」

 

「もう、正気に戻って! 」

 

 ルルを消した目の前の少女はふくれっ面で俺の額に小さな手をあてた。

 だが今はそんなこと、どうでもいい。頭の中はルルのことでいっぱいだ。好きという感情ではなくただルルの事だけしか考えられなくて───

 

「───あれ? 」

 

「うん、君、正気に戻ったようだね」

 

 目の前の少女──ゼウス(ロリ神)は満足そうに頷いた。純黒の瞳は先刻の殺気を出した人物とは思えない無邪気さが見える。

 前に会ってから随分日が経ってるけど・・・・・アレだ。ちょっと成長してる。それでも小学三年生から小学六年生になったレベルだが。

 

「俺なにしてた? 」

 

「うーん。あのクソビッチ女になりかけてたって言った方がいいかな? 危ないじゃないか。もうちょっとで手遅れだったよ」

 

「──そっか。ありがとな、助けてくれて」

 

「体とか精神とか、大丈夫かい? 」

 

「多分な。ちょっと気分を落ち着かせる時間をくれ」

 

 立ち上がりながら乱れた呼吸を整えて冷や汗を拭う。

 頭の中が強制的に塗り替えられていく感覚は今までとは段違いに強かった。自分を見失う、とでも言えば良いか。あのまま何も考えられず瑠瑠神にキスされてたら・・・・・コイツ(ロリ神)の言ってた通りの悲劇になって、それからは考えるのもおぞましい。

 と、アゴに手を当て色々と考えてるとゼウスはいきなり話を切り出してきた。

 

「んー・・・・・少し言いたいんだけど、君はバカなのかい?『バカで結構』って口説き文句で峰理子に言ってたようだけど、それじゃ困るんだよね」

 

「おい! なんでその事知って───」

 

「いいかい!? 」

 

 ビシッ! と強く突きつけられた指に思わず口を噤んでしまう。

 

「あのクソビッチの能力を使えば、それだけ瑠瑠神に乗っ取られる──いや、あれはもう自分に上書きしようとしてるな。とにかく! 君は能力を使えば少しずつ瑠瑠神になるの! そこのとこ覚えてるわけ!? 」

 

「いや、覚えてますけれども」

 

 だったらねぇ、と小さなアンヨ()で俺の足の甲を思い切り踏みつけた。

 痛いですよ、神様。お願いですから離してくれ頼むから。

 

「何であの吸血鬼如きに能力を三回も使ったのかな。私としては多くても一回だけだと思ってたのに、これじゃ自分から瑠瑠神になりにいってるじゃないか。でもまあ、取り敢えずは無事で何よりだよ」

 

「そうか・・・・・瑠瑠神はどこに」

 

「また『絶無世界』に戻ってもらった。正確には別の、かな」

 

 絶無世界、コイツが瑠瑠神に使ったらしい能力。文字通り何も無い世界に閉じ込めるらしいんだが、聞きたいことが山ほど出てきたな。

 

「まず、ここはどこだ」

 

「ここは最初に瑠瑠神を閉じこめた絶無世界。まさかほんの一瞬だけ君を取り込んでここに連れてくるとは思わなかったよ。色金の()()()()()()()()()()っていう特性がやっぱりネックだね。これが私が苦戦してる一つの理由でもあるんだけど」

 

「取り込んだって、まさか俺が瑠瑠神になったのか!? 」

 

「落ち着いて。取り込んだのは君の魂で、一瞬だけ。特性を利用して本来干渉不可能のこの世界まで君を連れてきたけど、まだ力が戻っていない故の不完全な状態だったからかな。ここに来た時はまだ君は自我を保っていられた。魂ってのは君の存在そのもの。例えるなら真っ白なキャンパス。故に何色にも染まってしまうんだ。瑠瑠神色にも、勿論私色にもね! 」

 

 この非常事態にくだらないコイツのキラキラ笑顔はスルーだ。

 ため息を吐けば幸福も一緒に逃げてしまうと聞いたことがあるが、これはつかざるを得ない。

 魂云々のよく分からん話は白雪辺りに聞けば教えてくれそうだが。今回は瑠瑠神が不完全な状態だったから助かったってことだな。

 

「二つ目。今瑠瑠神にどれくらい侵食されてるか分かるか? 」

 

「当然、見ればね。薄汚い小娘の血と気配が伝わってくる」

 

「・・・・・酷い言い様だな。あとどのくらい持ちそうだ? 」

 

「持って半年。早くて年内だね。君が能力を使えばその分瑠瑠神は君に干渉する。今のとこ侵食範囲は右半身だけで留まってるけど、そのうち全部持ってかれるよ」

 

 覚悟はしてたが、いざ面と向かって言われると心にクる。絶対的な力を持つ瑠瑠神に今のままで勝てるとはお世辞にも言えない。何の対抗策も思いつかず半年過ぎてしまえば、そこでゲームオーバー。早くて年内ってのは俺が瑠瑠神の能力を使った時だろう。

 

「ま、君が峰理子を口説いてる時には一切の干渉を君が封じてたから峰理子にも手を出さずに済んだから、それはそれでよかったんじゃない? 」

 

 痛い痛い! つま先でグリグリやるんじゃねえ!

 しかもジト目を向けてくるな。なぜ俺が踏まれなきゃいけないんだよ。自分じゃよく分からんけど封じられてたんだからいいじゃねえか!

 

「分かった分かった! 」

 

「ふん! やれ守るだの、やれ恋人だの。君は節操のないダメ男だね。君一人じゃあの下等生物にも勝てそうになかったのに」

 

「・・・・・んなこと分かってる」

 

 俺が理子を助けられたのは皆が居てくれたおかげだ。文がいなければ盾なんて無かったし、キンジ、アリアがいなきゃ今頃俺の体は紅鳴館の門に串刺しになってるか血を全て抜かれて干からびてるか──まあロクな死体じゃない。

 

 だがこうして俺は理子を助けられた。今死んでも後悔はない・・・・・とは絶対に言いきれないが、理子を縛る鎖は全部断ち切った。満身創痍の体に叶うならば、もう少しだけアイツの隣に居たい。笑ってる姿、子どもみたいにはしゃぐ姿、ちょっと照れてる可愛い顔、哀しみに暮れた顔はあまり見たくないけど、誰かに見られるくらいであれば俺が──

 

「きーみ」

 

 トン、と人差し指で額を軽く押された。

 

「──すまん。なんか考え事してた」

 

「はぁ・・・・・あの話も本当のことか。滅入っちゃうね」

 

「あの話って、どういう話だ? 」

 

「君はまだ知らなくていい。それよりさっきの話の続き。これからは君にちょくちょく干渉していこうと思う」

 

 はい? 干渉って瑠瑠神みたいに人格ごと乗っ取られるとかは嫌だぞ。いつ感じても他人が自分を汚染していくのは気持ちが悪いものだ。二度と侵入させないってのは無理だけどなるべく回数は減らしたい。

 

「干渉と言っても君との連絡だけさ。ほぼ皆無だった連絡を積極的にしよってこと。(報告)(連絡)(相談)があのクソビッチを殺す上で大事だからね」

 

「そういうことか。なら異議はないな。お前の力は使えないのか? 」

 

「使ってもいいけど、その場合君と私は契約しなきゃいけない。契約したところで君が私の能力を使えばその体は耐えきれずに爆発するけどね」

 

 そっ、そんなキラキラした目で爆発とか物騒なこと言わないでくれよ。毎日武偵校で死ねだのゴミだの罵詈雑言が飛び交う中でも体が飛び散るだけは聞かないレベルだぞ。

 

「だったらサポート役に徹してくれ。そっちは瑠瑠神のことでも忙しそうだから無理せずにな」

 

「うん。でも無理してでも全力で君をサポートするよ。クソビッチの力を弱めるくらいしかできないと思うけど・・・・・がんばるね」

 

 見た目幼女のくせに大人びた雰囲気と笑顔を見せてくれた。コイツは成長しきると体がリセットされるから、外見は幼女でも中身は大人の女性。そのアンバランスさが魅力だ──って思ってそうだけど、俺からすれば、ただ背伸びしてるだけの幼女にしか見えないんだよな。

 何というか、(平賀)と似てる。主人に懐いてる犬みたいだ。

 

「ねぇ君。なんで私の頭撫でてるの? 」

 

「あ、すまん。なんか撫でたくなった」

 

 艶やかな黒髪が指をすり抜けていく。肩肩甲骨辺りまで伸びているそれは、どことなく夜を思い出させた。単なる暗闇ではなく、月明かりに照らされた優雅な背景が浮かび上がる夜──こう比喩した方が正解に近い。

 

「もう、君! 誤解させるのは本当に得意なんだね! あとそういうことは他の女の子に言わない方がいいよ! 」

 

「そ、そうか」

 

 なら仕方ない。後で面倒な事になりかねない事態は極力避けたいしな。いつまで経ってもポロッと思ったことを口走るのは良くない癖だが、それも治していかないと。

 

「とにかく。瑠瑠神はこの瞬間でさえ君を自分に上書きしようと試みてる。無意識下で拮抗してるけど、徐々に意識しないと抵抗できなくなってしまうよ」

 

「待て。その()()()ってなんだ? 」

 

「言葉通り、君の魂を自分の魂に上書きすることだよ。一から説明しないといけないけど・・・・・まず緋緋神、璃璃神、瑠瑠神は元々地球の外からやってきた上位の存在。三体が地球に隕石となって落ちたのは人々がまだ文明を築いていない時だ」

 

 文明って、旧石器時代とかそれ以前の話か。

 てか地球に堕ちたって、あいつら宇宙にいたのかよ。

 

「それから彼女達は永い時を地球で過ごした。そして人が生まれ、文明を築き始めたと同時にとある疑問を覚えた。自分たちの言葉や感情を理解できる者はいるのか? ってね。想像してみて。君が異世界に飛ばされて、自分たちと外見や考え方、感情、その他諸々がまったく違う生物が周りに居た時のことを。君はどう接すれば良いか分からないだろう? 」

 

「あ、ああ。確かに違う世界に行ったら価値観とか言語すら分からないな」

 

「そう。そこで彼女達は、現地で栄えた文明の人々の中から、自分とよく似た波長──同一と言っても良いソレを持つ人間を見つけ、その人の魂を自分の魂に上書きした。人間の魂を自分に上書きすれば、彼らと同じ考え方が出来るからね。勿論、自分の魂に上書きしてしまったら多少なりとも、その人間の性格や趣味嗜好が反映されてしまうけど・・・・・乗っ取られる程じゃない」

 

 じゃあ今の瑠瑠神の性格は元人格に影響されてって可能性もあるのか。いや、随分と昔の人でもこんな重すぎる愛を囁いてくるのか・・・・・。でも昔ってまだ外敵がウンザリするほど居たからな。自分を守ってくれる人を常に傍に置きたいという女性の本能があったから──って考えると分からなくもない。分かりたくもないんだが。

 

「そうして特定の姿や形は存在しない彼女達は、仮初(かりそめ)の姿と人格を手に入れた。彼女達は自分の外見を幾らでも変化させられるから、仮初の姿は副産物。別にいらないものだね」

 

「じゃあアイツが俺の前に現れるお姉さんは瑠瑠神の仮初の姿──もしくは俺と深い関係を持っていた人か? 」

 

「ま、限定するならどちらかだよね」

 

 それが本当だとすると、後者の方は前世でもこの世界でもあの顔の女性は見たことがない。ストーカーとかも無かった・・・・・はずだ。だから前者の仮初の姿ってのが今のとこ濃厚か。

 

「人格と仮初の姿を手に入れた彼女達は次に彼らに求めた。『私達を宇宙に還すことはできるか? 』と。現代はともかく、やっと道具を使い始めた人間に何t単位の金属を宇宙に還す能力も技術なんてあるわけが無い。そこで彼女達はどうしたと思う? 」

 

「・・・・・現代まで待っていたのか? 」

 

「いいや、諦めた。勿論いつかは還れると信じていたけど遠い先のことだ。神とはいえ何千年も過ごすのはさすがに気が滅入る。だから最初に緋緋神が──って話が脱線してしまったね」

 

 と、一旦俺から離れた。

 踏まれていた部分はまだ小さなアンヨの感触が残っていて微笑ましく思える。

 

「私が言いたいのは、間違えても上書きしたりされたりしないこと。上書きは魂が混ざり合うんだ。してしまったが最後、未来永劫君と瑠瑠神は離れることが出来ない」

 

「それだけは嫌だな。了解したよ」

 

 上書きされる感覚は乗っ取られる感覚とほぼ同じと考えてもいい。手足が動かず、体の自由が効かなくなり、最後は思考を盗られてしまう。その状態ならば誰を傷つけたって俺には分からないし、分かりたくもない。理子や文だけじゃなく、親しい女友達にも手をかける。確信を持って言えることだ。

 対抗策は今のとこなし。瑠瑠神を守った緑色のバリアも元から備わっている能力だろうけど、あれを使える頃には多分俺は俺でなく瑠瑠神になってるな。

 

「あ、君。今日はもうお別れのようだ。早いようで短いな、時が過ぎてしまうのは」

 

「迎え、か」

 

 振り向くと、紫色の無数の手がゆっくりと俺の肩に伸びていた。決して抗う事の出来ない力。だけど今回は俺の肩を掴むと後ろに引っ張らず、手をかけた状態で止まっていた。

 よし、ゼウスに聞いておけるうちに。

 

アイツ(瑠瑠神)への対抗策は思いついたか? 」

 

「期待に添えなくて残念だけど、まだ私も頭を悩ませてるよ。でも閃いたらすぐ実行に移したいから、私からの連絡は絶対に応答してね」

 

「ああ。取り敢えず現世に戻って落ち着いたら連絡する」

 

 グイッ。

 肩に乗っていた紫色の手に力が加わり、暗闇へと引っ張られる。

 話が終わるまでわざわざ待っていてくれたのが外見と似合わずシュールで不覚にも笑ってしまった。

 と、ゼウスは思い出したように俺の名前を呼んだ。

 

「月は姿を変える。二人で変わることのない愛を育てよう。そしてこの恋のつぼみは美しく咲くだろう。僕たちの愛の恵みを受けて・・・・・ロミオとジュリエットのセリフ、覚えておくといいよ」

 

 ありがとな、と返事をする間もなく、俺は暗闇に吸い込まれていく。

 ゼウスは黒く澄んだ双眸をいつまでも俺に向けていた。

 

 

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