病院で一室での幕は、あの後1時間にも及ぶ説得と愚痴の言い合いで何とか収まった。
白雪のマシンガントークにアリアも加わり、二人を落ち着かせたところでレキが新たに火種をぶち込むので終わりが見えずに途方に暮れていたが、文の手助けで怪我人を出さずに場を収めることができた。
そして俺の装備。サードとフォースの襲撃で叶わなかった、買い物に明日行くことになった。理子とではなく文とだが。約束事は先延ばしにすればいつか忘れてしまうもの。明日も学校だが、一日くらい休んでも平気だろうと考えての計画だ。どこに買いに行くのかは文が決めたらしい。かなりはしゃいでたのは──授業をサボる快感からかな。子供は少しのスリルでもテンションが上がるし子が多いし。
でも計画途中、というか終始ふくれっ面の理子は傍観を決め込むばかりだったのが解せないが───何となく声はかけられなかった。
あいつなりに俺に思うことでもあるのだろう。
人間関係、特に相手が不機嫌な場合。男同士ならば時間が解決してくれる。しかし相手は女だ。何をどうしていいのか、解決するには時間が必要──なのだが。
「電気消すよ」
・・・・・あ、電気消された。
そう、今俺は理子の部屋にいる。こんなことになったのも、本日退院の俺と女子寮で別れる際に、手をひかれて理子の部屋に連れてこられてしまった。そりゃ理子の部屋には頻繁にお邪魔して、お泊まりも幾度となく重ねている。もはや半同棲状態なのだが、それでも今日は帰りたかった。だって今の理子怖いですし。
今もベッドの上で借りてきた猫のように体を縮こませていても仕方ないと思う。本当は理子と反対向きで寝たかったけど、体が石みたいに重たくて身動きひとつ取れないからね。
ギシリとベッドが軋んで、理子と目が合う。
寝るために必要なことだが、しかし何故か心臓が驚くほど跳ねて、まぶたを閉じても寝させてくれない。こころなしか顔も熱くなってきた。
仰向けだから手で顔を隠すしか理子に対して対抗策を生み出せないのがメチャクチャ辛いぞ──!
「もうちょっとこっち寄って」
色っぽい、けど切なさも混じったそれは、より一層体の硬直を強める。口から心臓が出そうというか、息苦しいというか。わけもわからない緊張が原因なのは分かってる。でも、焦燥感から生じる心地悪い緊張ではない。寧ろ逆だ。
「──何固まってるの」
華奢な腕が背中に回され退路は絶たれた。同時に理子も俺に寄って来て──
「ちょ、待っ! 」
むにゅ。
──高校生にしては主張が激しい胸の谷間に・・・・・! 押し付けるな押し付けるなッ。僅かに胸の下ならばまだ抵抗のしようがあったものをっ! 少しでも動けば胸があたって余計に気まづくなる。理子のことだ、何かの罰ゲームとしてこの悪魔的ポジションに俺の顔をうずめさせたのだろう。自らを犠牲にするとは俺も考えつかなかったが、効果
現実逃避のため必死に寝ようとするも、かえって意識してしまって目が覚める一方だ。これはストレスではなく羞恥心で胃に風穴が開く。しかも理子の胸に顔をうずめてるわけだから、否応なしに女の子特有の甘い香りに満たされてしまう。思春期真っ只中の男子高校生がされればパニックどころの騒ぎではない。例に漏れず俺も行き場のない焦りと緊張感で、このままでは
「──ッ」
柔らかく小さな右手が俺の後頭部に優しく置かれた。この状況での理子の行動は停止しつつある思考を追い込むカタチになったが、同時にある事を思い出させてくれた。
──怒ってない、のか?
不思議だ。昼間は不機嫌の極みと態度で表れていて、寝るこの瞬間まで一言も話さなかったのに。今では理子は置いた手を上下に・・・・・まるで泣きついた子供をなだめるように、撫でてくれている。
直後はビックリしてそれどころじゃなかったが──体に溜まった疲労が一気に剥がれていくようだ。理子や仲間の前では普段通りを演じてたからバレてるはずないと思った。実際アリアや白雪といったいつものメンバーには何も言われなかったんだ。けど理子は、理子だけには気づかれてしまった。
トクントクンと理子から心音が僅かに聞こえる気がした。服越しでも理子の若干高い体温が伝わって、それもまた冷え切った心に浸透するようだった。
聞きたいことなど山ほどある。
今日の昼に不機嫌だった事とか、今は優しくしてくれる事とか。でもそれは今それを質しても答えてくれない。聞けば、何となくだが、さらに関係が悪化する気がするし──今はずっとこうされてたい。情けない姿極まりないが、今まで休みたいときに休めなくて辛かったんだ。今くらい休んでも
理子の吐息がすぐ近くに。すぅーすぅーと規則的な息遣いが聞こえてくる。人の寝息は眠気を誘う効果があるのだろうか。だんだんと俺も眠くなってきた。最近はあまりこうして安心しながら床に就いてなかったからかな。まぶたが自分でも驚くほど重い。
───今日は、良い夢見れそうだな。
☆☆☆
朝起きて。目の前は枕でも天井でもなく、薄ピンク色の柔らかなクッションだった。腕は何かに挟まれて動けないが、これはちょうど人肌並みの暖かさ。起きてすぐにどいてしまうのは勿体ないと感じ、働かない頭をもっとクッションに押し付けた。
弾力もあって中々の代物だ。しかも良い匂い。俺の部屋に、てか俺こんなの買ったっけ。まぁいいや。もうひと眠りするか──。
「えっち」
・・・・・ん。理子の声がしたな。かなり近くでだ。起こしに来てくれたのか。俺がいつも起こす立場だったのにすっかり逆転したけど、こういうのも良いかも。
「寝顔も可愛いけど、おーきーて。あややとのデートに遅れるよ」
「はぁー・・・・・ん」
おかしいな。このバニラのような甘い香り。間違いなく理子のものだ。耳元で囁かれた声も、頭をさするこの手の感触も。全て同じ彼女のものだ。
・・・・・だとしたら、まさか──!
「スッ! スマン! 」
風に飛ばされた紙のように、ベッドから吹き飛ぶようにして撤退する。急な動作で心臓が大きく波打ってるが、一番の理由はセクハラ行為とも取られる行動。つまり、大胆不敵にも理子の胸に顔を
理子は眠たそうに目をこすってむくりと起き上がった。思わず力んだが、目前の犯罪者には目もくれず、そのままリビングへと歩き出した。
───まさか、また怒らせたか?
「はーやーくー。お腹すいたよー」
「・・・・・え、ああ。わかった」
だがその様子は見当たらない。どうやら一学期や夏休みでの俺の、今ではなんて愚かで恥ずかしい事だと思う行動で馴れたものと考えてくれたらしい。その場でホッと一息ついて、しかし安堵するのも束の間の出来事。
リビングに行ったっきり、ずっと無言なのだ。無言、というのは、朝からアニメやゲームの話しをマシンガンのように繰り出す普段からすれば異常な光景。
耐えかねた俺が話しかけてもそっけない返事ばかり。話す気力が理子に無いというか、会話を早々に終わらせたいようだった。そのくせ朝飯はいつもの二倍は食べてたけど。
朝食を終え、文との買い物を行く身支度をしながらも可能な限り理子が不機嫌な理由を考える。失礼な言動はしてないつもりだし、ヒントも無ければいまいち掴めない。
洗面所で自分の顔とにらめっこしても答えは得られず時間だけが過ぎていく。やがて全ての身支度を済ませてリビングに戻ると、
「もう、行くんだ」
ぶすっとした表情の理子が寝癖がまだついた髪を指先で弄びながら机に肘をついて座っていた。
だらしない──けどその姿もまた
「まだちょっとここでくつろげるが。理子も学校行かないのか? 二限目はとっくに始まってる時間だし寝癖も直さないと皆から笑われるぞ」
「いいよ。こんな姿キョー君にしかみせないから」
うぐ・・・・・。またそんなあざといことを。
不機嫌なくせに心臓に悪いことを言うのはやめてくれませんかねと文句つけようかと思い、それを飲み込む。
ここは話を逸らして──あ、昨日のことを聞こう
「そういえば、なんで昨日怒ってたんだ? 」
「・・・・・えぇ!? まさかまだ分からないなんて・・・・・」
知らないもんは知らないんだからしょうがない。怒らせるようなことはしてないはずだし。
──嫉妬、という感情が唐突に思いついた。だが、我ながら愚かな解答だと一蹴する。理子が嫉妬するなんて、女嫌いのキンジが自ら女装するくらいありえないことだ。そう、絶対に。
「じゃあ問題。理子を怒らせた原因となった感情の名前はなんでしょーか」
「はぁ⁉ 」
理子は椅子から立って俺の前──玄関へ通じる道に立ちふさがった。答えないと行かせてくれないらしい。にしても、
(原因、だと)
まさに聞きたかったことを質問してくるとはなんと鬼畜。応用問題を基礎もできていないのに突きつけられた学生のような気持ちだ。
もちろん答えに辿り着くはずもなく黙っていると、
「キー君並だよその鈍感さ。んーでも、半年前ならすぐ思いついてたはずだし・・・・・いきなり鈍感になるはずもない。じゃあ気づいてないフリでもしてるか、出てきた答えにありえないって自分で蓋をしてるかだ」
ビシッと人差し指を俺の顔の前に突き出してきた。
「なんでそこまでよめるんだ──! 」
「一つヒントをあげる。理子はまだ怒ってるよ」
理子はジト目で俺に近づく。悪い予感が全身を駆け巡り、堪らず後ずさり。理子の場合いっつもぷんぷんガオーとか冗談で言ってくるから、
「後ろに下がっても答えは出ないよー」
「待って、待ってくれ」
「んーん。またなーい」
この部屋はさほど広くない。すぐにかかとが壁についてしまい、逃げ道はなくなってしまった。蛇に睨まれたカエル状態だ。
「ほら、言ってみて。あややが来るまであと少ししか時間ないよー? 」
「わかったから顔を近づけるな! 」
不機嫌でも整ったソレが間近にあると、思うように考えつかない。
にしても、今の理子の原因である感情は何だ。単純なものほどより複雑に見えるだとかなんとかシャーロックが言ってた気もするが、まさにその通り。
今だけあの人の頭脳を借りたいところだがな・・・・・第一、理子を怒らせたって覚えが──
「・・・・・あれか? 」
──あった。理子がジュースを買いにいった後、アリアと白雪からツッコミをいれられたな。ロリ神からもだ。つまり、その前に
「ええっと、その感情と文と話してたことは関係があるのでしょうか? 」
「ぶっぶー。全然関係ありませーん。話してるくらいで怒ってたら胃が足りないよ」
じゃ、じゃあなんだ。俺は文と話して、不安を取り去るために頭を撫でただけだが。
──頭を撫でたこと? まっまさか。理子の前で文の頭を撫でるなんて何回もしたことがあるはずだ。それを今さら・・・・・いや、昔からのが積もり積もってかもしれない。でもそれなら今日ではなくもっと早い時期に言ってきたはずだ。
ならもっと別の。嫉妬に近いような感情。考えろ京条朝陽。近いサンプルが身の回りにいるはずだ。カップルのような関係の誰かが・・・・・ってキンジとアリアじゃねえか。
あのピンクはキンジが他の女子とイチャイチャしてたと判明した瞬間に暴力を振るいに行くだろう。そしてアリアは毎度の如く、こう言うんだ。あたしの奴隷を返せ! と。
理由など考えなくても分かる、嫉妬から──と結論づけるには早い。もちろん嫉妬からもあるかもだが、あたしの奴隷なんて発言してるあたり別の感情も存在するはず。なれば、その名前は───
「独占欲、か? 」
自然と口から零れたその単語に、自分自身すら納得した。
そうだ。とある本で読んだことがあるが、人間は異性と長期間、家族同然の距離で共に過ごすと独占欲なるものが形成されるらしい。親友以上恋人以下の微妙な関係だが、互いが他の異性と絡むことをあまり望まず、かと言って付き合ってはないので口には出せない。
人によって程度は異なるが、アリアはキンジと死線をくぐり抜け、俺と理子もなんだかんだ死にかけた。家に入り浸ってるのも考慮すれば、理子が不機嫌だった理由も、独占欲ならば説明できる。
──が。なぜ俺は口走った。俺の勝手な憶測と思い込みで独占欲と決めつけて、違うなんて返答してこようものなら、衝動的に東京湾へ飛び込むだろう。
そも相手は理子だぞ。俺が生きてる間ずっといじられるのは確定的に明らか。あ、ダメだ。想像するだけで顔が熱くなってきた。
「・・・・・くふっ」
理子の結んだ口元が不意に緩んで、いつも通りの柔らかな笑い声が零れた。
その笑い声さえも怖い。戦闘中でもないのに変な汗が手に滲んできた。ああやめろ、
さらに距離が縮まる。親友以上、恋人以下の距離に。理子の口が開き、そして──
──ピンポーンと、
これは、正解か否かを知ることなくこの場を切り抜ける唯一無二の
「来たみたいだし、かっ、帰ったらな」
目を逸らして部屋の奥を見る。
知ってる。知ってるさ、自分がヘタレだと。ラブコメにいたら間違いなくヘイトを買う奴だと。だが正解を知るのはまだ早いと思うんだ。
しかし。横を通り過ぎた瞬間、待てと言わんばかりにネクタイを掴まれた。引っ張られる形で後ろに下がってしまう。その手から逃げるより早く背伸びした理子が耳元に口を寄せてきて、
「せーかいだよ。だから信じてるね」
頬に当たった柔らかい感触。ちゅっ、という微かな水音が耳をくすぐった。それが何だったのか完全に理解するまで硬直してしまい──頭の中が真っ白になって喋ろうにもうめき声に似た何かを発することしか出来ない。何度か理子がした事を
「おまっ! 理子今なんで・・・・・! 」
「ほーら行った行った。あややが待ってるよ」
玄関まで背中をグイグイと押される。俺も抵抗するが、するたびに頭に今さっきのことがよぎって、半分の力も出せず結局は押し負けたまま。せめて振り向こうとしても、指で頬を突かれて絶対に向かせないつもりだ。
「行ってらっしゃいっ」
ドン! と最後の一押しで玄関──鍵がかかっていなかったのか、その外まで飛ばされた。玄関外に居た文はすんでのとこで横に回避。文句をつける頃には玄関の扉は堅く閉ざされていた。
「朝陽くん。お、おはよなのだ」
「あ、ああ。おはよ」
「えっと・・・・・なんで朝陽くん耳赤いのだ? 首まで広がってるよなのだ。それに理子ちゃんまで同じ感じだったのだ」
「えと──あ、なんでもない。早く買い物いこうな」
理子のやつ。なんで出かける前にあんな事を・・・・・って、考えてたらまた熱くなってきた。
くそっ! なんなんだよもう───。
それからしばらく歩いて、目的地である東京武偵高についた。そう、東京武偵高校である。もっとほら、秋葉原とか新宿とかさ。新宿はさすがに本物の銃は置いてないだろうけど、文はそれでいいのかとツッコミしても笑顔で返されるだけだし。多分、銃関係を済ませてから島の外に行くのだろう。
まあ行き先のプランは本人が楽しければいいんだけど。それでも、
「いつもの工房とはたまげたなぁ」
「嫌なのだ? 」
「嫌じゃないけど、学園島の外に出なくてよかったのか? 」
「ここが落ち着くのだ。それにあややの服は子供っぽいのばかりだし、バカにされるのがオチなのだ。今日休んだ仲良い子はいないし服選びは自信ないから、学校で皆の授業終わりに決めてもらうのだ」
ふーむ。文の身長は大体アリアと同じくらいだ。あのピンクでも休日は着こなしてるようだし、もっと自信持っても良いと思うんだけど。文は無邪気な性格からそう見られてるのかもな。
にしても服を決めてもらわなきゃいけないほど子供っぽいとか逆に見てみたいよ。
「あややのことは良いのだ。朝陽くんの自分の銃、
と休日気分から仕事中の雰囲気へガラリと変化すると、小さな
もちろん決まってるさ。悩んで長く待たせたくはないと思って入院中ずっと考えてた。
「
「装弾数じゃなくて安全性──朝陽くんらしいのだ」
そう。
「ほら、M1887はレバーアクションで、今から練習してもできっこないし。銃自体あまり精度も整備次第だとは思うが連戦に向かないからな。てことで
「お買い上げありがとうなのだっ。お値段は、バレルとストックの切り詰め──ソードオフカスタムを施して、あとは装薬の種類とか諸々ふくめて20万円なのだ」
「うっ、高いな」
「ゴム弾より安全な岩塩弾もいっぱい仕入れたし、専用弾込みでこの値段にしたあややを褒めて欲しいくらいなのだ。通常はこの1.5倍はくだらない金額になるのだ」
机の引き出しから何発か緑色のショットシェル──
「さんきゅ。で、頼んだはいいがいつごろ届く?
「そうなのだ。悩んで悩んで、交渉の末に勝ち取ったのがこの二つ、なのだ」
と、天真爛漫な表情で机の一番下の大きい引き出しから取り出したのは、
「ええっ⁉ なんであるんだ⁉ 」
全長が50センチあるかないかの上下二連散弾銃。見るからに改造品だ。それとA4サイズの紙。
「えっへん鼻高々なのだ! この通り銃検も通したのだ」
銃検というのは銃器検査登録の略であり、公安委員会が発行する登録証のことも指す。偽装かと文の持つ紙に穴が開きそうなほど目を凝らすが、正式なハンコが正式な紙面に押されている。これは本物だ。
「すげえ。てか俺が選ぶ方がよく分かったな」
「なんとなく・・・・・朝陽くんならこれかなって思ったのだ」
何その職人の勘的なやつ。理子にも俺が思ってることを当てられるけど。そんなに心が読めるのか、それとも俺が顔にでやすいのか。──両方か?
「ちなみに遠くの的を狙いたい時は専用の弾を使うといいのだ。ソードオフカスタムだからほとんど意味ないと思うけど、一応なのだ」
「まあ頭の片隅にでも置いとくよ」
ショットガンだから前ほどの精密射撃は不可能。しかし戦術は遠距離が対応できるかで大きく変わるから、ほんとに助かるな。うん、ここまでしてくれる鍛治職人は文だけ。大切にしなければ。
「金はいつもの口座に振り込んでおく。弾は理子の部屋に着払いで送っといてくれ」
乱雑に置かれたペンと適当な紙に部屋番号を書く。
「わかったのだ。──朝陽くんは、理子ちゃんの部屋にずっと住んでるのだ? 」
「ずっとではないが・・・・・まぁそこそこ。泊まりも慣れたよ」
おや、伏し目になって何か呟いたな。身長差もあるが、髪の影が文の顔全体を暗く覆ってるように見える。雰囲気の暗さに拍車をかけた感じだ。
「ど、どこまで
「どこまでって、それはどういう───」
「・・・・・キスとかなのだ」
なっ、いきなりの不意打ちだと・・・・・! まさか文からそういう系統の話題を振るとは思わなんだ。ニセモノの関係であれ事情を知らないヒトから見れば俺と理子は恋人同士。とはいえ文には俺たちが
「えっと、その質問には答えられないーなんてのはダメか? 」
コクリと小さく頷いた。
文の目は外見的な可愛さとは裏腹に強い意志を持っていた。それこそ、聞き出すまで帰さないと言わんばかり。正直ヒトに理子とどこまで進んだかなんて話したことは無い。仲のいい男友達や茶化しに来る女子どもにも。
「っ、これは恥ずかしいから誰にも言ってないんだ」
「教えてなのだ」
うっ。こんなに恋愛の真似事に食いつく性格だったか? 文も女子であり恋愛には
ここでも言葉を濁して切り抜けようかと思ったが、ここで一つの名案が頭をよぎった。
──相談役になってもらうのはどうだろうかと。
例えばプレゼントだとか、デートで喜びそうなとことか。女子目線での意見は欲しかったしちょうどいいんじゃないかな。させてもらおう。
「えと、誰にも言うなよ」
その為には赤裸々に答えなければならないのが辛いが、これからのためだ。感情を押し殺せ・・・・・!
「うんなのだ」
「──キスまで」
紅鳴館で不意打ちにも理子にしたソレ。説得と共に交わしたものだけど・・・・・うわ、思い出すだけで顔から火が出そうだ。しかもなんで俺はキスごときで慌ててんだ⁉ 昔はこんな
「あ、あはは。初めて言ったもんだけど、恥ずかしすぎるなこれ・・・・・」
「キッ、キスって! ・・・・・どっちからしたのだ? 」
妙に神妙な面持ちで聞いてきた。しかも先程よりも食い気味。身を乗り出し俺に少しずつ近づきながらだ。
キスした経緯は何となく話したくなかったから、俺からだと伝えると、
「二人はニセモノの関係じゃなかったのだ? 」
「まぁ。色々あったんだ」
「──そっかなのだ。朝陽くん、どうして理子ちゃんをそんな体にまでなって守ろうとするのだ? 」
と。俺の右目の目尻から側頭部にかけて延びている生々しい傷跡を柔らかな指がなぞっていく。
理由なんて俺も教えてほしいくらいだ。いつから理子に固執するようになったのかと。ただ本能に盲目的に従って、ある意味依存とも言えるこの行動に意味などあるのかって。
・・・・・あるさ。何を戯けたことを。
「多分、今のこの関係を気に入ってるんだ。
「・・・・・朝陽くん? 」
「うん。理子が
最後まで喋り終えた俺に文が何か話しかけようとした瞬間、突然工房の扉が開いた。
普段の生活でも気を張り巡らせて急襲だけは避けられるよう意識してたつもりだが、まったくと言っていいほど気配がしなかった。つまり、今この工房に入ろうとしている奴は相当の手練れ──!
「おー。いたいた。ここにいなかったら電話しようと思ったけど、ヤマが当たって良かったぞぉ。今夜は蘭の奢りだ」
「カーッ、ここにいとったか。まぁええ、手間が省けたし万一のことがあっても目撃者は一人やしな」
口にタバコとは似つかぬものを咥えた女性と、でかいポニーテールを下げた大女がズカズカと侵入してきた。
敵かと思って素早く新品の
「綴先生と蘭豹先生──どうしてここに」
「どうしてって、お前に用があって来たんや」
と愛銃である
「京条。その場から動くな。平賀は少しこの工房から離れていろ。場合によっては人の脳みそをみることになるからなぁ」
──ッ! 死刑宣告は予想外だぞ・・・・・!
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