俺、ヤンデレ神に殺されたようです⁉︎   作:鉛筆もどき

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前回 デートで文の工房に行った朝陽と文。しかしそこに思わぬ乱入者が・・・・・。


第55話 孤立

「京条。お願いだから動かないでくれよぉ。手元狂って頭に穴があくかもしれんからなー」

 

 綴先生は気怠そうに俺を睨みながらも、蘭豹先生と共に一つしかない工房の出口の脇を挟むよう陣取った。

 俺は震える手つきで俺の制服のすそを握った文の手を自らの手で被せて、

 

「──文。悪いが先生の言う通りにしてくれ。万が一の場合がある」

 

 端的に伝える。わざわざ巻き込ませるようなことはしたくない。

 

「そんな・・・・・っ。わかった、のだ・・・・・」

 

 俺の考えを読み取ってくれたらしい。狼狽の色を一瞬だけチラつかせながらも部屋から静かに出ていってくれた。あの様子じゃ発砲音の一つでもあればすぐに駆け込んで来そうな雰囲気だが。それよりも───

 

「綴先生。俺なんも悪いことしてませんよ。蘭豹先生も物騒な銃しまってください。どちらか一人でも俺が勝てる見込み無いのに、ましてや二人。今抵抗する気はゼロです」

 

「そうやな。強襲科Sランク()()のお前には万に一つも負けへんわ。だがなぁ、今日はお前の超々能力(ハイパーステルス)に用があってきたんや。国とバチカンからの命令だ、大人しく質問に答えさえすれば殺したりせぇへん」

 

 距離にして五メートルほど。椅子には腰かけず立ち位置を扉から変えないつもりだ。当然っちゃ当然だが、悲しいことにこの密室から逃げる算段は見当たらない。・・・・・にしても。

 

超々能力(ハイパーステルス)──ついに学校にもバレたか)

 

 まず色金という物質が個人で扱っていいものじゃないことは重々承知だ。普通の超能力(ステルス)、つまり白雪やジャンヌが使う類いのものは、言うなれば対人能力。超能力(ステルス)グレードによって異なるが、対処は出来る。

 対して超々能力(ハイパーステルス)は対国能力。個で複数の国を容易に滅ぼすことができる、ヒトには与えていけない禁忌の力だ。

 

 そんなものを俺は体内に二つも持ってしまっている。一つはレキに撃ち込まれた弾丸として。もう一つは知らぬ間に埋め込まれた欠片として。警戒どころかいつ暗殺されてもおかしくないのだ。

 

「お前、任務で頻繁に怪我して入院するやろ。精密検査でな、色金っちゅー危ない金属がお前の体ん中にあるのは教務科全員知ってるんや。あたしらはお前を信用して他国には情報が漏れへんよう注意しとったけど──使いすぎやアホ。米軍の人工衛星でよく観察されとった。二年の始め頃に付けられた変態(ワールドエネミー)なんて二つ名も、あながち間違ってないんや」

 

「意志を持ってるだか時間を止めるだかなんだか知らないけどさぁー、その力があれば世界を滅ぼせるってこと分かってんのかぁ? そんな超重要危険人物(おまえ)を国が今まで放置してたのは、お前が所有するもう一つの色金の力が未知数だから。下手に手を出して殺されたら元も子もない。だのに、同じ学校だからとアタシらを送り込むのもどうかねぇー」

 

 はぁーあ。と大きなため息と、タバコを吹かす姿はいつも通り。蘭豹先生も荒い言動やつり上がった目と変わらない様子だ。違うとすれば、向けられる瞳に獰猛な獣の如き殺意が宿っていることくらい。でも、なぜだろうか・・・・・恐怖は感じられなかった。

 

 ともかく、この二人は用があって来たんだ。教師としてでは無く国からの使者となって。幸いにも綴先生の発言から、正確に瑠瑠神の能力を捉えているわけじゃないらしい。時間関係については黙っていた方が良さそうだ。

 

「色金について知りたいことでも? 」

 

「そうだ。敵対意思の有無と能力の詳細な情報。色金自体が宿主にもたらす副作用。体内への侵食率。これらだけでいいからさぁー、教えてくれないか? お前は諜報科だから知ってると思うけど・・・・・アタシに嘘は通じないからな? 」

 

 緊迫した空気が工房内に満たされていく。二人からは違う色の鳥肌が立つほどの殺気が放たれ。もはや生徒に接する時の態度ではない。仕事として依頼され、目標人物(ターゲット)と相見えた雰囲気だ。

 

「敵対するつもりは今のとこありません。侵食率は右半身全てといったところです。アハハ、本当は一年以上持つはずなんですが力及ばず、自分が自分でいられるのは三年に進級するあたりですかね。いやもっとはやいかな」

 

「・・・・・他は」

 

「すみません。これ以上はもう」

 

「京条! お前教師に反抗するんか! 」

 

 額に青筋を浮かばせた蘭豹は俺が逃げる暇も与えてくれず肉薄し、胸倉を両手で掴んだ。さらに掴んだ部分を左右にクロスさせ気道を塞ぐ実戦的なやり方で。

 

「蘭。やめとけ。理由くらい吐かせてやれ」

 

「──チッ」

 

 乱暴に突き飛ばされるが壁に激突する前に堪える。脳筋の蘭豹先生を抑えてくれるのはありがたい。なんせ1度暴れると学園島がぶっ壊れるかもしれないからな。

 

「先生も(いち)教師である前にプロです。危険だと判断した場合、一人の生徒を消すか、世界中の人々を救うか。決断の時間など先生には不要でしょう」

 

「待て。あたしは別にお前を殺すために聞いたんじゃ──」

 

「同じことです綴先生。俺が能力の特性や副作用を話すのは()()()()()に不利でしかない。先生方にそのつもりはなくとも、バチカンは殺す気だと──俺はそう思います。このことは絶対に譲れません。たとえ尋問されても、です」

 

 蘭豹や綴だけでない。今まで先生方は多くを尽くしてくれた。生徒のことを本気で鍛えようとする熱意も分かる。素っ気ないことも横暴な態度な時もあるが、こと専門知識においては的確なアドバイスをくれる。

 だから教えられない。万が一にでも先生方と敵対することになれば、弱点をみせるなど言語道断。ほぼゼロに等しい可能性の未来のことを心配するのは杞憂だが、確実にゼロという訳では無いのだ。

 

 綴は大きなため息をつくと、やっぱり教えないよなぁと小さく零し、蘭豹に声をかけた。綴に尋問されるのは地獄でしかないが、その気は無いようだ。

 蘭豹は自分の頭を乱暴にかくと、扉に向かって、

 

「ケレン。入れ」

 

 と声をかけた。その苛立ちが見える口調にハイハイと答え入室して来たのは、ハーフ特有の中性的な顔立ちをした女性。黒髪ショートで左目を前髪で隠しており、右目だけが見える状態だが、かなりの美人だと一目でわかった。目つきが悪いのが惜しい。そのクールな雰囲気は顔だけでなく、一見細い四肢にも引き締まった筋肉がつき、現役の武偵──もしくはそれに準ずる職業と全身から溢れ出るエリートが滲み出てる。一部の男からは好かれそうではあるが、俺は苦手だ。

 

「色金に憑かれてるのはこの子ですか」

 

 この人も色金について知っている? てことはバチカンやアメリカの関係者って感じか。

 

「副作用と能力については拒否されてなぁ。京条、今から心のカウンセリングを受けてもらう。ひとりの教師としてお前が心配でな。かと言って何ヶ月もかけれないから、コイツに頼んだ。アメリカのちょっと言えない部署所属で・・・・・あたしの友人だ。秘密裏に動いてもらってるからバレることはないし、アメリカやバチカンにバラす心配もない」

 

 と、親指でケレンさんとやらを指した。

 信じてくれ、という目だが・・・・・困ったな。綴先生は信じられるが、ケレンさんはまだ怪しい。なんたって初対面だし。

 

「良いなら、直接お前の感情(こころ)()るが──構わないよな? ケレンは対象の承認が得られれば、深層心理まで()ることが出来る。ここの三年に似たような能力のやついるだろ。アイツは脳波からだが、ケレンは憑依に似たものらしい」

 

 ──ああ。憑依か。止めた方がイイと思うんだけど、今後のためだ。一々干渉されちゃ困るから、言わないでおこう。ちょっと心が痛むけど仕方ない。

 

「分かりました。カウンセリングと称して瑠瑠神の思考を読む、なんてことはしないで下さいね。まぁ視て後悔するのはケレンさんですけど・・・・・。にしてもデタラメな能力、綴先生の知り合いってことは同じ尋問科ですか。いいですよ。先生達の質問には二つ答えませんでしたし」

 

 牽制の意味を込めた発言に蘭豹はまた眉をつり上げた。

 初対面の人で身元も明かしてない人を信じろって方が厳しい。そのことを蘭豹も把握してるのか、怒りをぶちまける寸前。噴火寸前の火山と形容できる、鬼になりかけの形相だ。

 

「お前が何を言っているのか、私には分からんのだが」

 

 と、こちらは真面目な発言のくせに人差し指を口の端に当て首を傾げる姿。無表情なのも相まってあざとさを引き出せてないのが何ともシュールだが、この人(ケレン)は怖く思ってないんだ。様々な人の感情(こころ)を視て馴れっこ。数々の凶悪犯に比べれば小僧一人たいしたことない──と。

 

「では失礼しよう。私も君に興味あるんだ。君のような狂人(ひと)は初めてでね」

 

 身長の低いケレンさんはゆっくりとした足取りで近づき、見上げる形で俺と目を合わせた。そして両手でがっちり後頭部を掴まれる。おそらくこの行為だけで相手の気持ちを汲み取れるんだから便利なものだ。

 ──でも、この人や綴、蘭豹は知らない。半分が瑠瑠神という本当の意味を。そして憑依されているものに対して憑依するのは危険すぎる行為であると。

 

「では、始める」

 

 ケレンさんの超能力(ステルス)解除と共に頭に(もや)がかかり、フッと自分の体に沿うように一枚薄い膜が貼られているような感覚を覚えた。動きたくても動けないもどかしさに、瑠瑠神に憑依された時と似た感じを思い出す。そして・・・・・たった数秒も経たぬうちに、他人事のようだが、自分の中の()()()と思わしき何かがケレンさんに向かって叫んだ。

 

 ──私と朝陽だけの空間に入るな、と。

 

「・・・・・ッッッァア!? 」

 

 それは一瞬の出来事だった。どんな光景を視たか知らないが、ケレンさんの顔から一気に血の気が引いた。キツい目つきには怯えの色が混ざり、俺を掴んでいる両手は、見なくとも分かるほど震えている。もはや他人を寄せつけないクールな彼女ではなく、森の中で獣に遭遇したか弱い少女そのものだった。

 

「ケレンさん」

 

 両手を頭から離させる。いつまでも見せてはかわいそうだし。余計なことをされては困る。

 いや・・・・・少しだけ、まだ頭に靄がかかったようにハッキリしない。寝起きの朝のボーッとした感じだ。まあ憑依された後の副作用かな。

 

「うわっ、あ。なんで───わたし、生きて、え? 」

 

 ケレンさんは涙でぐちゃぐちゃになった顔を両手でぺたぺたと触り、次に自分の体の節々を見回し始める。瑠瑠神に何かされたのだろう。

 当然だ。俺の感情(こころ)を覗くことは半ば()()()()である彼女のをも見るのと同義。瑠瑠神の感情(かんがえ)は既に狂気の渦そのもの。マトモに視るもんじゃない。

 

 そして彼女の能力は時間遅延であり時間停止ではないこと。それが残酷の極みともとれる。感情(こころ)を視た"一瞬"を何倍にも引き延ばし、女へ酷い仕打ちを与えるなど造作もないからだ。

 

「ケレンさん。見ましたか? これが(わたし)です。瑠瑠神はこの瞬間にも俺の体を蝕んで、いずれは支配されるでしょう。武偵の言葉にもあります。好奇心は猫をも殺す、と。あとアメリカ軍上層部から聞かされてるとは思いますが、色金は意志を持った金属だということを忘れないでくださいね」

 

 腰が引けて今にも倒れそうなケレンさんを近くの椅子に座らせて再度警告する。

 

「こうなることを伝えなくて本当にすみません。でも万が一、というのがあって仕方ない事なんです。落ち着いたら綴先生や蘭豹先生に話してあげてください。では、俺は文と出かけるので」

 

「待て。ケレンに何をした! 」

 

 と、話し終えたとこで、普段怒鳴らない綴が珍しく険しい表情で俺を睨んだ。一度たりとも見せなかった、ハッキリと怒りを示すそれを──怖いとは思わなかった。

 

「俺は何もしてませんよ。彼女(るるがみ)はヒドい仕打ちをしたようですが・・・・・。とにかく、今後(おれ)感情(こころ)を視ようとすれば、ケレンさんのようになることをお忘れなく。勘ですが、次は多分命をとられます」

 

 質問には全て答えた。今日は二人で出かける約束なんだし、ここで予定を潰されれば台無しだ──と、二人の間を抜けて静かに工房から出た。

 蘭豹の舌打ちが聞こえた気がしたが、俺を引き止めないってことは問題沙汰にもならない。つまりは自由だ。生きて出られたことに感謝感謝。しばらくは手を出してこないはずだ。

 

「あっ! 朝陽くん! 」

 

 ──こっちなのだ、と。工房から少し離れた場所に文はいた。両手を広げてジャンプという中々珍しいものをすると、トテトテと駆け寄ってきて、

 

「やっぱり生きて帰ってきたのだ! 」

 

 眩しいくらい元気に抱きついて。

 本当に子どもみたいだなと内心クスりとしつつ、心配かけたろうし不安にさせてごめんな、と言いかけた、その時。

 

「だから言ったろう、アレは死なぬと。余計な心配だ」

 

 さらに一人。一歩後に続いてくる10歳ぐらいに見える体躯を大きめの古めかしい軍服で包んだ少女と目が合った。目深に被った海軍帽には見たことない帽章。ツインテールはアリアと同じ長さで、レキのような薄い青のような色だ。少女の顔はよく見えないがこの学校で見かけたことは一度もない。文の知り合い、かな。

 

「大事な出掛ける日に呼び出しされて時間くっちまったな、すまん」

 

「ううん。いいのだ。それより」

 

 俺から離れると、先程までのとびきりの笑顔とは反転し、急に目を伏せてしまった。小さなおててをギュッと握りしめて。

 

「大事な用が出来てしまったのだ。詳しくは言えないけど──今日これ以上遊びに行けないのだ」

 

「そう、なのか」

 

 天真爛漫な文の今まで見たことないくらい落ち込んだ顔で、そう告げてきた。小さな唇を噛んで、何かを我慢して。そこまで悔しいことが俺のいない間にあったらしい。

 また遊ぼう、とか相談のるよ、とか気の利いた返事を返す間もなく装備科棟の奥へと踵を返してしまった。ばいばい、とこれも悲痛な顔で。道中あれだけ楽しみにしてたと言っていたのに、余程のことがあったらしい。・・・・・仕方ない。今日は帰って後日誘おう。俺ばかり得して申し訳ないな。

 

「お前が京条朝陽か」

 

 俺も帰ろう──そう思っていた時。

 歳不相応に見えるはずの服装が妙に似合った幼女に静かに、しかし威厳ある声で呼び止められ、

 

「なんだ」

 

 と、無愛想に返事してしまった。だが気にもとめないようで、俺の事をジロジロと舐めまわすように凝視し始める。悪い気はしないが良い気もしない。さっさと帰りたいんだが。見たところ外部の人だし。幼女にしては堂々としすぎて、失礼だが何だか気味が悪いな。

 

「──フッ。やはり興味深いなお前は。特に()()()()()()()()()が良い。組織に招きたいものだが、未だ機は熟さずか。私の気が向いて、同志朝陽が生きていれば再び勧誘しに来るとしよう」

 

 同志朝陽って、まるで俺がオーケーしてる言い草だ。それに、俺は目の前の幼女によると、非対称な目つきのようだ。鏡みてもどっちも変わらんと思うが、子どもには違って見えるらしい。もっとも、企業への勧誘を持ちかけてくる時点で只者じゃないってのは確かだが。

 

「あー、悪い企業じゃなければ喜んで受けるよ。なにしろ武偵は明日の命が保証されてないんでね」

 

「ああ。()()()()()()()()()()()()()()()()()。この際私の名前も教えておこう。ディス──いや、この名はまだ早い。そうだな、Nとでも呼べ。色々と被ってしまうが些細な問題だ」

 

「N? ・・・・・服装も相まってナポレオンらしく見えるな」

 

 冗談で言ったつもりだが、幼女は怪訝そうに眉を歪めたあと口を開いた──がしかし。何も言わずに文が走り去った道をなぞるように戻ってしまった。後ろ姿も堂々としてるし、本当に年頃の少女とは思えない威厳だ。

 あの幼女も文と同じ天才ぶりを発揮して、その道のプロとして活躍してるのかもな。

 俺は装備科棟に背を向けて、寮への道へと歩を進めた。後遺症と思わしき頭の(もや)を残したまま──。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 数日後。目まぐるしく変化する日常はあっという間に過ぎていき、今日は東京武偵高体育祭。昼過ぎの太陽がぎらつくもとで、競技真っ最中である。脳筋率が一般校より高いから生徒も大盛り上がり──という幻想は一年の時に砕かれた。グダグダでやってられんというオーラが滲み出てるのが一目でわかってしまう。

 

 それもそのはず。かつての体育祭は、古代ローマの剣闘士も裸足で逃げ出すような過激競技ばかりだったらしい。脳筋どもはそれが普通であり、満足いくものだったが、お偉いさんがそれを聞いてブチギレ。東京都教育委員会が視察という名の監視に来る始末になってしまったのだ。

 という事で、第一部では我慢して無邪気な高校生を笑顔で演じろとの命令が下り、競技も一般校と大して変わらぬ普通のものとなった。

 

 つまらない、と思うが欠席者は任務中の生徒を除けばほぼ全員となっている。というのも本番は第二部。男子は実弾サバゲー、女子は水中騎馬戦を行うからで。

 内容は読んで字のごとく、恐ろしきかな武偵校。ケガ人でまくりのプチ戦争じゃないか。マトモなのは探偵科教諭の高天原先生ひとりだけだと思うね。

 

 正直、こんな狂った学園祭をするのなら寮で寝てたい気分だよ。原因不明の頭痛と熱、加えてケレンさんとの一件以来靄が晴れない。ナーバスな気分の日に戦争ごっこをやらなきゃいけないとは・・・・・激しい戦闘は普段の生活で充分だ。

 

「京条くん。大丈夫かい? 」

 

 うつむいた俺を隣の不知火が覗くように見上げてきた。心配してくれるのはありがたいが距離が近いぞ。さすが容姿端麗で博識、性格も問題なしのイケメンだ、距離の詰め方がうまい。女子ならイチコロだが俺は男子なんでね。適当にあしらうと、

 

「でも具合悪そうだよ。天気が良いぶん日差しも強い。ここは日陰になってるけど、熱中症にかかるリスクだって少なくないからね。ほら、京条くんは絶望的に運ないから。もしかしてって思って。ドリンクいるかい? 」

 

「そらどーも。大丈夫だから心配すんな。お前が出場する種目を適当かつ楽しんでる風に見えるようイメージトレーニングでもしとけ」

 

「僕は第一部も楽しみだよ。京条くんはどっちも楽しみじゃなさそうだけど・・・・・。実弾サバゲーより女子の水中騎馬戦のセコンドを申し込めば元気出るかな? 」

 

 爽やかな雰囲気を醸し出して何を言うかと思えば、不知火らしくないこと言うもんだから、ビビって数秒だけ固まってしまった。

 セコンドとは、各チームから徴兵される軍師のようなもの。つまりは水着姿の女子共を見ながら指示しなきゃならんのだ。

 結果は目に見えてるだろ、そう思って鼻で笑い、

 

「不知火、お前はイケメンだからセコンドとして行っても黄色い歓声が大半だ。咎める女子もいやしない。活躍を見て欲しいって、より奮闘すること間違いなしだ。だけどなぁ! 俺が行けば悲鳴が響くことになんだよ! 主に俺の。だからやらない」

 

 ・・・・・本当は女子がセコンドをやるのだが、うちの脳筋ヤンデレ電波オタク女子どもはやらないと駄々をこねたせいで俺かキンジがやらなければならない。もっとも、俺がやると風紀が乱れるという理由でキンジになったわけだ。

 

「でも、京条くんも変わったよね。昔と見違えるくらいだよ。半年前はセコンドやりたがってたのに、夏あたりから京条くんの変態話聞かないから。改心したのかなーって思って」

 

「変態は余計だ! 興味が無くなったし理子に殴られるからやってない。そもやる気も起きなくなった」

 

 へぇー、と不知火が口角を上げて見つめてくる。

 

「僕には、京条くんが峰さんのことを好きだから、他の女の子に手を出してないように見えるけど」

 

 パァン! と、目の前でスタート合図を鳴らした雷管が、まるで頭の中で鳴ったように響いた。不知火の言ってる意味が分からないと思考がぐちゃぐちゃになる。

 否定しようも声が出ない。ええい、すぐに否定すれば誤解されないものを! 『ちがう』とたった三文字喋ることを拒否するのか俺の口はッ!

 

「図星だよね、京条くん」

 

「バッカ! お前にも以前伝えただろ! 」

 

「ニセモノ──か。峰さんも京条くんも、果たしてそういう関係で収まりきれるのかな」

 

 競技があるから行くね、と立ち去った不知火はどこか上機嫌そうだった。夏の修学旅行で起きた新幹線ジャック以来まともに会えてなかったから、久しぶりに話せて嬉しかったんだが・・・・・なにもからかうことはないだろう。ああくそ、余計暑くなった気がするぞ。

 

 でもからかいに来たのが不知火ひとりだけで良かった。こういう時、武藤が一緒に居るはずなんだけど。競技中かな──。

 

「よぉ朝陽! 」

 

 そう思ったのもつかの間、その距離で俺を呼ぶには充分すぎる大声を背中に感じた。

 ──やっぱりいるじゃないか。しかも汗だくで。

 

「元気だな」

 

 おう! と汗を拭いながら俺の横に腰かけた。第一部でもそれなりに楽しんでるらしい。

 

「そういうお前はシケた面して、峰にフラれたか!? 」

 

 うわ、なんだそのいつも以上にキラキラした顔は。確かに最近昼にも夜にも会ってないし、寝るときだって帰ってきてないこともしばしばだ。ジャンヌの友人の部屋にいる、とは聞いているが。それでも、

 

「フラれてないし。頭痛がするからそう見えるだけだ。で、用件は」

 

「素っ気ないなおい! まあいい。たしかお前、『手つなぎハチマキ盗り』に出場するんだったよな」

 

「ああ。面倒だから代わりに出てくれ。報酬一万」

 

 手つなぎハチマキ盗りとはその名の通り、チーム全員で手を繋ぎ、連携して相手チーム中の一人の頭に巻かれたハチマキを奪い合う競技だ。一組2~5人の全20チームで行う。手つなぎ鬼の派生形だと教師どもは言ってはいたが、どう考えても適当に一瞬で思いついた種目だ。手抜きっぷりには心底驚かされる。

 

 そんなふざけた種目もシャレにならんくらい今は気分悪いわ天気が良いわで最悪の極み。絶好の体育祭日和で気温も今日だけ高いそうだ。強襲科Sランクが熱中症で倒れるわけもいかんが、気分が悪い状態で出場すれば最悪のケースになりうるかもしれん。公衆の前で吐いたりなんかしてみろ、死ぬまで笑いものだ。いずれにしろ何とか避けたいのだが・・・・・。

 

「わりいな。お前らの組の一人が怪我したらしくてよ、俺が代わりに出ることになった」

 

 そうも上手くいかないのが俺という運の悪さ。死なない程度で嫌がらせしてくるもんだから、タチの悪い呪いに大きなため息をついて、祈るように眩しい空を見上げた。

 ───少しでも運勢良くなりますように。

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