前回 瑠瑠神、降臨。
三人称です。
「
彼女を中心として半径10メートルの空間にある全てが止まる。球体状に展開されたその空間内には、朝陽の脳を破壊せんとしていた弾丸が3つ。そして理子のみ。時の流れが外側の世界と異なる境界線は、不可思議なことに陽炎のごとく揺らめいている。
「あ、逃げられちゃった。もう少しだったんだけどなぁ。ざーぁんねん」
あーあ、と嘆息をもらす。まるでお目当ての虫を取り逃してしまった少年のような面持ちだ。
「やっぱり計画って私が望むとうまくいかないものね。邪魔者ばかりでウンザリ」
邪魔だと両腕に装備された盾を
「
この上ない達成感を存分に味わっている傍ら、サードとフォースは既に臨戦態勢をとっていた。だがそれは一瞬で瓦解する脆い盾に過ぎない。形勢を立て直す他生きて帰ることは不可能だ。能力の範囲制限を知らないサード達にとって最悪の状況下。奇襲を仕掛けようとしても
「──クソッ! 」
サードは悪態をつき、なおも竦む心を奮い立たせる。愛する人を殺された憎悪が、愛する人を目の前で穢されてしまった自らの非力さが。寝ても覚めても消えることのない怨讐に身を焦がすサードが。それでも踏みとどまっているのは、
「さて。そろそろ片付けましょう。朝陽に関係する全ての虫を駆除すれば、私と朝陽は誰にも邪魔されない」
「キョー、くん? 」
理子は幻でも見ているかのように
「生き、てる? 」
「・・・・・」
希望の光が灯った問いに答えもせず、手を振り払って無言のままサードへゆっくりと歩を進めた。待ってと声をかけるが無視、追いすがることも下半身に麻痺が残って動けないでいる。
「朝陽は優しいから間引きなんて出来ないよね。うん、私がやってあげるから」
状況を整理する間もなく、彼女の指がトリガーに触れた。手にしているのは近距離戦に特化したショットガンであり、取り回しを重視し
暴力的なまでの戦力差による蹂躙が開始されようとした時。
「おい貴様。京条、ではないな。名を名乗れ」
凛とした張りのある響きが戦場を駆け抜けた。その声の主は、細身のデュランダルを杖代わりにし、未だ衰えることない闘志をコバルトブルーの瞳に宿した白騎士。
「・・・・・自己紹介なんていらないでしょう? これから殺されるだけのアナタたちにしても、無駄だと思うのだけど」
「その通りだとしてもな。名乗った方がいいぞ? 」
もちろんジャンヌは今の朝陽の状態を把握している。その異質な存在の名も。自分たちが束になろうと所詮は烏合の衆。無様に死に体を晒すことを充分わかっている。それでも挑発するのは──
「その男──お前が乗っ取っている者は極東戦線に身を置いている。その関係でな、正体不明の貴様が参戦、即ち私たちに手を下そうものなら、憑依系の
「──ほんと?」
「ほんとなの? 」
重ねての問いかけにジャンヌは、ああ、と答える。ここで時間をかけさせれば、もう一人の色金の所有者であるアリアが来る。どれほど通用するかは未知数だが・・・・・今の
だからこそ、瑠瑠神が戸惑った今を有用に活用せねばなるまい。バスカービルの面々は瑠瑠神と朝陽の関係を知っていた。瑠瑠神が朝陽を病的なまでに愛し、それに苦しんでいると。であれば、彼が傷つくことは彼女にとっても避けたいはずだ。
「曰く、病気の一種だそうだ。初日は体の節々が引っ張られている感覚を覚える。気にするほどの痛みでも何でもないが、日を重ねていくうちにどんどん痛みは加速していく。体中を何かが這いずり回る幻覚とそれに伴う痛みに支配され、最後は発狂して死ぬのだ。その男が生きているかどうかは知らんが──もし生きていれば、その可能性を潰すことになるぞ」
もちろん今のはハッタリだ。バレれば即座に殺される。だが貫き通さなければ生き残る道はないのだ。それはサードやフォースにも伝わっているようで余計な口出しは一切ない。
そして──そう、と瑠瑠神は何度かジャンヌの言葉を飲み込み、
「それは・・・・・とっても素敵だわ」
満足そうに頷いた。
「きっ、貴様! 京条がどうなってもいいのか!? 」
「ええ。痛みに悶え苦しもうと、腕を引きちぎられ足を潰されようと、脳をグチャグチャに掻き回されようと別にいいわ。等しく死ですもの。ああでも、痛みに悶えてる姿もちょっとゾクゾクする・・・・・あっ、ダメ。はしたないわ! 淑女の考えていいことじゃないの! 」
それでも瑠瑠神の妄想は止まらない。今まで抑えられてきたぶんの反動、といったところか。必死に抑えても顔はほころんでしまう。完全に恋する乙女のそれだ。
「この世界では朝陽が私になっても平穏な暮らしは望めないもの。今だって
誰もが目を疑った。確かにそこに京条朝陽は存在する。しかし、その輪郭は不規則にぼやけ始めたのだ。まるで半透明の何かが朝陽と重なっているような。誰もがその感覚を覚える。幻のような存在だが、確実にそこにいる。口調が変わっていることなど気付かぬまま、ただ異質な存在が出来上がっていくのを眺める。
「んんっ! ・・・・・いけない。また妄想にふけってしまったわ。とにかく、そこの・・・・・黒いメガネ? をかけたアナタには感謝しているの。今までで一番惜しかったから。やっぱり殺すのは最後にしてあげる」
と、サードに構えていた銃口をさげた。サードにとって殺害対象に獲物に手加減されるなど屈辱の極みでしかない。それでもなお、足は地面と一体化したように動かない。
代わりに瑠瑠神の矛先は名前を問うたジャンヌへと向く。
「・・・・・貴様、寧ろ殺してくれた方がいいと。確かに言ったな。であれば、今すぐ死ねば良いだろう。ちょうど手にイイモノがあるじゃないか。なにも私たちを巻き込むことは無いはずだ」
いつでも交戦出来るようデュランダルを構えるが、その手は小刻みに震えている。しかし応答するものがジャンヌしかいない以上、逃げ出す訳にはいかない。
「本当はね。この、しょっとがん? て武器で今すぐにでも死にたいのだけど・・・・・これも
「京条はお前の所有物でもなければペットですらない。そも話すなだの友人になるなだのと随分無茶じゃないか? 」
「ふふっ。わかってないのね。愛があれば私しか見れないの。当然でしょう? ──もういいわ、少し喋り過ぎてしまったようね。とにかく私たちのことに口を出さないで頂戴。・・・・・まあその口も、今から意味をなさないものに変わるのですけど」
「っ! 」
ジャンヌを見据えるその瞳に底知れぬ闇と嫉妬に濡れた殺意が満たされていく。確実な死への宣告。ジャンヌだけでない。白雪やフォースにとっても──理子ですらその対象だ。
「もう気が済んだでしょ。じゃ、死ん────!? 」
──薄ら笑いで余裕綽々だった瑠瑠神が、弾かれたように空の彼方を見上げた。刻々と色を濃くしていく夕焼けと、ポツリと佇むまばらな雲。ごくありふれた空の景色だ。瑠瑠神はその日常の風景に大穴を開けるが如く号砲を轟かせ。目元を吊り上げギリギリと歯ぎしりを鳴らした。まるで親でも殺されたかのような雰囲気だ。
「倫理観の次は理性まで吹き飛んだのか・・・・・? 」
ジャンヌの小言すら聞き入れず、続いてもう一発。般若のごとき表情は晴れず、ただ、仕留め損なった、と小さく漏らしただけだった。
一体何を──そう思った直後、誰もが目を疑った。赤黄色の空、遥か遠方から迫る一条の流れ星。ピンク色のツインテールをなびかせ、爆炎と黒煙を撒き散らす。ゆうに時速200キロは超えているソレに、
「自ら死へ向かってくるなんて殊勝な心がけだわ」
瑠瑠神は抜き身の
様々な恐怖耐性を備えたSランク武偵ですら装備を躊躇う代物だ。あんな速度で地面に激突すれば死、海に突っ込めば死、一帯の建物に当たっても死。何かミスをすれば死に直結する速度なのだ。そんなものに命を預けるピンクツインテなぞ、この世に1人しか存在しない。
(・・・・・無駄なこと)
ついほくそ笑んでしまうのを瑠瑠神は必死に堪えていた。時間を速くも遅くもできる瑠瑠神の前ではいくら速かろうと無意味。だのにアリアはスピード勝負、しかもあろうことか真正面から来る。
緋緋神の能力を使うならまだしも、ただ依り代の頑丈さに甘えた特攻。朝陽のように能力を乱発してないからまだ覚醒できてない故の愚考に過ぎない。
瑠瑠神は手のひらをゆっくりとアリアに向けた。
その行動が何を意味するか──瞬時に白雪とジャンヌは理解したと同時に仲間を失う恐怖が彼女らを駆り立てる。戦力差がなんだ。このまま殺されるよりはマシだと。
そして自ら瑠瑠神の
(
裏切り者への復讐心は消え去り。姉に対する侮蔑と哀れみを孕んだ別れを告げる 。
「私を裏切ったこと──後悔しながら消えなさい」
超速で飛来するアリアが瑠瑠神に激突する──その瞬間に、
唯一うごける瑠瑠神は、炎と氷が生み出す華やかな壁に目もくれずアリアを見据えた。目と鼻の先。ほんの少しでも時を遅らせていなければ、2人とも激突はまず免れなかった。
(・・・・・あ、ちょっとは
というのも、アリアの身体を緋色の半透明の膜が覆っているのだ。無意識に使ってるのか、そうでないか。どちらにせよ、超高速飛行による風圧の影響はなかったと思える。目もぱっちり開けられてたようだから、まっすぐ瑠瑠神にぶち当たることも可能なのだ。
「残念。でもね、姉さんがいけないのよ。朝陽に暴力ふるったし。私の恋路の邪魔をする方が悪いんだから」
まるで
「さようなら。まずは一人、アナタのことは忘れないわ」
この場にいる者では絶対にアリアの死を覆せない。いくら緋緋神が優れていようと、身動きも出来なければ過去への干渉も不可能。
故に、この場にいる者ではアリアを救うことは不可能である。
「解徐──」
万物が静寂を貫くその空間内に、二つの音が響いた。一つは、地面のコンクリートを抉る小気味良い音。もう一つは、湿った肉をグチャグチャに粉砕する水音。
「──! 」
アリアは瑠瑠神の横を通り過ぎると空高く上昇し──爆炎の噴射をとめて、自身のツインテールを翼のように広げた。パラシュートの役割を果たしているそれにもやはり緋緋色金の力が宿っている。
「・・・・・っ、どうしてッ」
今ならば的に過ぎないアリアを簡単に仕留めることが出来る。だが瑠瑠神は再び能力を使用する訳でもなく、目を見開いて立ち尽くしていた。
(私以外に動けるものがいる? ・・・・・いるはずない。私しか動けないはず! ダンガンすら止まるのに! あの空間内で私に気づかせない速さで動こうとしたら、それは光速と同等の速さ! ありえないっ! )
「Hello朝陽。今は瑠瑠神、と呼んだ方が良いかしら。見事な牽制射撃だったわね」
アリアのスカートのような飛行機構が派手な音をたてて外れていく。中には中央部分に穴が空き黒煙をあげているものまで。それは瑠瑠神が遥か遠くのアリアに発砲したショットガンの口径と全く同じサイズの穴であり──従来の射程距離と威力を大幅に上回るものだ。しかしアリアは、ショットガンによる狙撃という暴挙を難なく見切っていた。
「
地上に降り立ったアリアは、姉さんという言葉に首をかしげながらも、
「あたしも動けないわよ。あの空間は正真正銘、あんたしか動けない」
「ならどうやって私の腕を撃ち抜いたの? 」
苛立ち混じりの疑問。驚くのも無理はない。おびただしい量の鮮血がボタボタと零れ落ちているからだ。制服とその下にある腕にポッカリと大穴があき、向こう側の景色を一望できる。切断されるのを皮膚一枚で辛うじて繋ぎ止めている痛々しい光景だが、瑠瑠神に痛覚は存在していないのか、絶叫することも無くアリアを睨みつけていた。
「アリア、無事だったか。無茶だぞあんな特攻は。私も肝が冷えた」
「平気よジャンヌ。策もなく特攻するわけないじゃない。あの子がやってくれるって信じてたから。白雪とジャンヌもナイスアシストだったわ」
不敵な笑みを浮かべたアリアが
「──ふざけないでっ! そんな脆くて弱っちい友情なんかで私の時間操作を攻略できるわけない! 」
初めて激情を口にした。瑠瑠神のソレは自身の能力が破られた事ではなく、自分と朝陽しか動けない空間に得体の知れない何かが侵入してきたこと。2人だけの世界を無遠慮に荒らすことは、即ち生娘が陵辱されるに等しい屈辱を味わうことになる。
しかし同時に警戒もした。時間停止ではなく時間遅延だと見破られたのもあるが、朝陽の人格を乗っ取っての能力発動にはリスクが伴う。復讐に駆られここで再度発動してしまえば、また誰かに撃ち抜かれてしまう可能性もある。復讐心に身を任せる寸前で、瑠瑠神は理性を保っていた。
「そうね。確かに友情だけでは攻略できない。冷静になれば分かっちゃうし、ネタばらししておくわ。
"一にして全、全にして一"ってのをね。あんたを見る限り色金はそれぞれ能力が違うみたいだけど・・・・・そこだけは同じ」
「それがどうしたっていうの? 」
「よく似た姉妹だってことよ。独占欲が強いアンタは、胸に埋まっている璃璃色金が許せない。レキから聞いたのだけど、今は埋まってる璃璃色金より
「・・・・・だって、あの駄妹ったら私と朝陽の領域にずかずかと土足で入り込んだの。だから、アレの人格も能力もぜーんぶ奪っちゃえばいいって考えたのよ。幸いなことにアレの使い人がわざわざアレを含んだ弾を撃ってくれたし。その点
軽い口調だが、宿す殺気は全てアリアへ集中させていた。だが、それをものともせず、やれやれとよくアリアがするジェスチャーをすると、
「だからよ。あんたが精神汚染をすれば、璃璃色金は瑠瑠色金に変貌していく。レキが
「・・・・・ッ! まさかあの女ッ! 」
「そ。あんたを狙撃した僅かな間だけ
璃璃色金の方で結構リスクも大きいらしいから、弾数も限られてくるけど」
そんなバカな、と瑠瑠神は否定した。否定したかった。"一にして全、全にして一"。微粒子レベルであれば問題はないだろうが、弾丸サイズともなると能力にも精神にも影響を与える。自己犠牲なんて考えられない。だいたい人間嫌いの璃璃神が2度もヒトに手をかすなど信じられなかった。
『これ以上
そう
「前々からプラン建てといて正解だったわ。もしもの時のために、朝陽が居ないとこであたし達も準備してたの。それに、あんたを見てると心臓が熱くなるというか・・・・・無性にイラつくのよね。やっぱり色金同士なにかあるみたいね」
「・・・・・ホント憎いわ。
「そ。どこの誰かさんか分からないけど・・・・・ん、覚えてる? 嫌な感じ・・・・・まあいいわ。制限されてることには変わりないのね。つまり、付け入る隙はまだあるってことよ」
と、アリアは獰猛な虎の如き笑みで瑠瑠神を挑発する。かつて仲間だった者に刃を向ける。他も瑠瑠色金との対峙と割り切ってはいるが、この場でまだ迷いが生じているのは、ただ一人。
自分を助け殺されてしまったはずの想い人が、別人に人格を支配され敵対する──混乱しないはずがない。しかし、少女は希望を胸に立ち上がった。
「あら。認めるのもほんっとーに癪なのだけど、朝陽はあなた達の仲間ではなくて? 死にかけの朝陽の肉体をイジめるのが好きなの? モテるのも困ったもの──」
「言っとくけど! キョーくんは理子の恋人だ! お前なんかに渡すもんか! 」
両手に自身の銃を握り、傷ついた金髪ブロンドを超能力で操って二振りの刀を掴む。
──
「──ふふっ。あはハ、アハハハハハハハハッッ! ニセモノの分際で何を言ってるの? 知り合って一年もたってないくせに」
「そうだ。ニセモノだよ。お前が言う通り、まだキョーくんから告白の返事はもらってない。けど、キョーくんが理子を絶望の淵から救い出してくれたように、理子もキョーくんを救う! それがアタシにできる恩返しだ! 」
僅かな可能性に賭けた愚かな行動を、瑠瑠神は無意味だと吐き捨てた。
最初に理子が縋ってきた時に始末しておけば目障りになることもなかったが、瑠瑠神はただの一度も見向きもしなかった。本来の瑠瑠神ならば、ニセモノとはいえ恋人関係を築いていたその狼藉を見逃すはずがない。
「・・・・・朝陽がずうぅぅっとお前みたいなのと一緒にいるから、一緒にいることが当たり前すぎて気づかなかったみたい。朝陽と私の思考は双方に影響する。気をつけなくちゃね」
右腕からボタボタと垂れ落ちる血を視て、大きくため息をついた。呆れというよりむしろ、油断しきった気持ちを入れ替える意図に近い。
「そうね。さっさと殺して朝陽の魂まで私と同化させるつもりだったけど──気が変わったわ。じっくりなぶり殺してあげる。きっと朝陽と関わったことを後悔するわよ? 」
両手を広げ──瞬間、瑠瑠神を中心に大気が震えていく。散らばったコンクリート片は浮き始め、極寒の吹雪すら生ぬるい冷気に満たされた錯覚が襲う。まるで、あたり一帯が別世界に変化したように。鮮緑に彩られた双眸には純粋な殺意と狂愛で満ち。負傷を恐れず、犠牲を厭わず。己が欲望のため、殺戮に特化した──人あらざる者へ回帰した神。即ち狂神が、醜悪な笑顔を張り付け高らかに嗤った。
「さぁ、全員まとめて殺してあげる! 」
解釈強引だったけど許して・・・・・。
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