俺、ヤンデレ神に殺されたようです⁉︎   作:鉛筆もどき

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前回 アリアの登場


第60話 Please do not throw me away

 沈む。沈んでいく。

 真っ暗闇の中。上も下も、前も後ろも分からない。

 ただポツンと一人だけ。

 見えない無数の手によって、深く深く沈んでいく。

 

『朝陽!朝陽ッ!』

 

 それでも、自分を呼ぶ声だけが頭を右往左往して止まない。

 もしその声が光となって現れてくれたら。きっと手をのばしていただろう。何とかしてもがいていただろう。

 

 ───いや。ダメだ。

 他人に助けを求めるなと、心の中でこだまする。

 そも忠告されたんだ。孤独で戦えと。理子に迷惑をかけてしまうから。一人になるのは覚悟はできてたはずなのに。

 でも、どうしてこんなに・・・・・胸が痛いんだ・・・・・。

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

「さぁ。全員まとめて殺してあげる! 」

 

 開戦の狼煙が上がったと同時に、

 

「うるせェ! 」

 

 機会を伺っていたサードが攻撃を仕掛ける。常人ならざる脚力で瞬く間に接近し、対瑠瑠色金の金属刀を、彼女が負傷している右腕へ斬りつけ。それを彼女は難なく右手でサードの金属刀をなんなく掴み取った。

 

「くそっ、バケモンがッ! 」

 

「私からすれば朝陽を奪うアナタ達が化物なのだけど」

 

 サードに気が向いた瞬間、アリアがふところへ走り込む。いくら瑠瑠神とて体は朝陽のもの。やたらめったらに撃つ訳にはいかない。その点では狙撃した腕がまだ動くのは想定外な状況だ。故に、狙いは両肩の肩甲骨。

 

「あはっ! 」

 

 瑠瑠神はそれに瞬時に反応。空いた片手をアリアへ向けると、一辺が50センチほどの黒色立方体が空中に出現した。それは鏡写しのように立方体の内部にも相似形の立方体が広がっており、内部へ行くほど暗がりは強くなっている。立方体の影とも形容できようか。その立方体に弾丸はまっすぐに吸い込まれ、キューブ内で影となり静止した。

 アリアも本能的に危険だと察知したのか銃撃を止めると、

 

「白雪! ジャンヌ!」

 

 すかさず二人の超能力(ステルス)が瑠瑠神の視界を遮る。瑠瑠神の視線の先は炎と氷の壁。サードは視線が外れている隙に金属刀から手を放し、迷いなく至近距離から早撃ち(クイックドロー)で頭を狙った。しかし掠る程度に頭を後ろに動かすことで回避され、その弾丸はキューブに収納されていく。

 

「ざぁんねん。勇気振り絞って来たのに」

 

「だまれェッ!」

 

 何発も撃ち込み、ことごとくを最小限の動きで回避される。

 弾が底を尽きスライドが後退するやいなや拳銃を放り投げ、朝陽を死に追いやった瞬発力もかくやと思われる正拳突きを放つ。

 音速付近で現れる円錐水蒸気(ヴェイパー・コーン)がサードの拳を纏い、瑠瑠神の脳を破壊せんと駆け抜ける──!

 

「──」

 

「・・・・・あぁ。これで防げちゃった」

 

 ──あと数センチ。怒りと恐怖に震える拳を隔てるように、宙に浮いた薄緑色の六角形の盾がそれを完璧に防いでいた。

 

「──ぁ?」

 

「さすがに朝陽の体じゃこの色の濃さまでしか強度をあげれないのね。‶私‶の盾の緑はもっと濃くて、もっと堅いのだけど・・・・・じき慣れるね。じゃあ、ご苦労様」

 

 瑠瑠神はキューブを操っていたのとは反対の左手を固く握りしめ、

 

「やぁ! 」

 

 気の抜けたかけ声とは裏腹に、大きく振りかぶった拳はサードの胸へ一直線に伸びていく。瑠瑠神の拳が当たった瞬間身を引いたサードだが、元々が朝陽の肉体であったとは到底思えぬ膂力が繰り出され、

 

「──ゴブッッッ!! 」

 

 威力を殺しきれず、ボールのように地面と水平に吹き飛んでいく。地面に衝突する寸前に、かなめを守っていた磁気推進繊盾(P・ファイバー)がクッションとなったが、吐き出された鮮血の量がその凄まじい威力を物語っていた。

 

「あー、朝陽ってどうやって戦ってたのかな。今のも多分避けられちゃったよね。これまでボーッと見てただけだし──教えてよ。『理子』」

 

 振り向きざまに発せられた()()の声。それが、手の届く所まで静かに迫っていた理子の剣筋を僅かに鈍らせ、空いた左手でそのナイフを掴んだ。痛覚が機能していないことを利用し、わざと強く握りナイフを引かせない。無理矢理にでも瑠瑠神の手から逃れようとすれば、血に濡れた刃は必ず朝陽の指を斬り落とす。刃先から零れ落ちる血を見る度に、理子は苦悶を傷つけた刃に宿らせた。

 

「アハハハハハッ! やっぱりアナタ! 朝陽のことがだぁい好きなのね! 『理子』! 」

 

「っ、お前がその声であたしを呼ぶなァ! 」

 

 鮮やかな金髪が生命を与えられたように躍動し、仕込みのワルサーP99二丁が唸りをあげる。が、そのいずれもキューブに収納、無効化され。意図せず理子から舌打ちがもれた。

 自分では手詰まりと判断し、阿吽の呼吸で白雪とチェンジする。炎を纏い煌々と両者を照らすイロカネアヤメの刀身は、既に人体を容易く切り裂けるだろう。まさに、殺すための刃を朝陽へ突き立てようとしているのだ。

 これには瑠瑠神も、へぇ、と感心し、

 

「あなた達容赦ないのね。これ朝陽の体なのよ? 良心がないのかしら」

 

 つばぜり合いになり、激しく炎を撒き散らす。触れているといっても過言ではない近さではあるが、瑠瑠神はお構いなしだとさらに力を込める。朝陽には氷系統の超能力(ステルス)が与えられてはいる。それを使わないということは、やはり彼女たちに仲間を傷つける罪悪感を負わせるためであろうか。

 

「あるからっ、助けたいから振るってるの! 」

 

 対する白雪は額に珠のような汗を浮かべ、ギリッと歯を鳴らす。超能力(ステルス)を断続的に使いながらの肉弾戦は消耗が激しい。それ故に、

 

「さっさと出ていきなさい! 」

 

 瑠瑠神の背後からアリアがすぐさま援護へ。双剣双銃(カドラ)の二つ名の如く怒涛な勢いで撃ち込むが、やはり瑠瑠神の周囲を自在に飛び回るキューブに吸い込まれ無力化される。

 キューブの体積を考えると、吸収された弾丸は既に飽和していてもおかしくないほど撃ち込んでいるはず。おかしいのはそれだけでなく、おそろしいほど正確に、瑠瑠神に当たる弾だけを吸収する。厄介なことこの上ない代物だ。

 ──触れたら死。直観というより警告に近い胸騒ぎがアリアの行動を援護射撃だけに限定させる。

 

「むだむだ。深層意識に落ちた朝陽には届かない。アリア(姉さん)を束縛するアナタならわかるでしょう? ねぇ、緋巫女(しらゆき)。その刀は朝陽を傷つけはしろ私を傷つける事は叶わないわ。緋緋とは性質が違うもの」

 

「わかっ、てます! 」

 

「なおさらね。朝陽を本当に助けたいと思って・・・・・んんっ! 朝陽を私から殺してでも奪うつもりなのね。それか、救出にかこつけたイジメかな」

 

 邪悪に歪ませた微笑みの中に怒りが混じる。

 相対する白雪には、実の所まだ火力を増強させる余力が残されている。だが、乱発できないとはいえ、いつ瑠瑠神の超能力を発動させられるか分からず。加減を間違えれば朝陽を本当に殺めてしまうかもしれない危険性も含んでいた。白雪がすべき事は、朝陽の足止めだけ。

 

「まだこの体に馴染まないけど、アナタくらいならいけるかな」

 

 ハッと気づいた時には遅く。拮抗していた力を瑠瑠神がわざと緩ませた。灼熱の刃が朝陽の体に触れかけ、白雪はほぼ反射的に手首を上にあげた。

 その隙を見逃さず、切先を色白い首筋めがけ一閃する──!

 

「どいて! 」

 

 瑠瑠神の死角、アリアの射線に被らぬ位置から、理子は半ば強引に白雪にタックルをしかけた。白雪も転倒はしないものの、大きくその場を離れ。

 

「そのままジャンヌのそばへ! 」

 

 低い姿勢を保ったまま、瑠瑠神に見事な足払いを決める。

 

「うぁっ」

 

 短い悲鳴がこぼれ呆気なく瑠瑠神は地に伏した。

 瑠瑠神がまだ朝陽と完全に馴染めていない故に決まった技であり、

 

「ジャンヌ今だよッ」

 

「わかっている! ──オルレアンの氷花(Fleurs de glace d'Orléans)

 

 ジャンヌが保有する精神力すべてを注ぎ込み、夕焼けの空を塗りつぶす吹雪が瞬く間に生成される。初めてジャンヌと邂逅した時のよりも遥かに凌ぐそれは、まさに自然災害と見まごうほどの威力。

 

「銀氷となって眠れ、瑠瑠神! 」

 

 青白い光の奔流が瑠瑠神を飲み込み、反撃の隙を与えることなく地面に縫いつけた。理子が急ぎ飛び退くと、さらに吹雪の範囲を拡大させていく。

 さながら別世界に塗り変わっていくような、神秘的な光景だ。瞬く間に展開された極寒の世界は、しかし唐突に終わりを告げ──広大な範囲に散らばった結晶は収束していき、幻想的な睡蓮花を咲かせた。

 

「──ぐっ。私はもう限界だ。今ので精神力を使い果たした。せいぜい・・・・・歩くのがやっと、だな」

 

 ぐらりと倒れそうになるところを白雪が肩をかす。薄ピンク色だった唇が変色し、今にも気を失う寸前だろう。

 超能力(ステルス)を使うものにとって精神力の枯渇は直接死に関わる。にも関わらず限界寸前まで使用したのは──

 

「ヤツはまだ朝陽の体に馴染めてるわけじゃない。さきのジーサードを殴り飛ばした時に確信した。しかも、明確な殺意はあれどなぜか殺せる時に私たちを殺さない。今ならまだ、ぎりぎり対処できる」

 

「そうでしょうね。・・・・・って、ジャンヌ、あんた賭けにですぎよ。あれじゃ朝陽まで本当に死んじゃうじゃない! 」

 

「いや、あの男は一度私たちの前で確実に心臓を貫かれている。それでも生きてるんだから、私の力ごときで死ぬはずがない。時間停止──遅延か? 使われないのも不思議だが、ヤツの言葉通りならゼウスとやらに力を抑制されている今が好機だ。・・・・・すまないな、理子」

 

 理子はまっすぐ氷の花を見据えて、首を横に振った。

 

「いい。心臓をコレで撃てば瑠瑠神の意識は弱体化する。あとは言いつて通り玉藻(タマモ)に引き渡すだけ。──キョーくんは帰ってくる。アリア、お願い」

 

 アリアは頷きながらガバメントに一発の弾丸を込める。──法化銀弾。人ならざる者にとって天敵の部類に入る魔除けのもの。数も限られており、この戦いにおいても片手で数えられるほどしか持参できていない。

 瑠瑠神はうつ伏せの状態で、狙うにはアリアの身長的にも無理がある。故に近づかなければいけないが──アリアの直感が、歩く足を鈍らせる。

 

 ジャンヌの放ったソレは瑠瑠神を拘束するものであり、捨て身の一撃として放ったもの。いくら瑠瑠神であろうと身動き一つとれなければ破壊もままならない。だから──自身の背筋を伝う正体不明の冷や汗が不気味に感じられる。()()()()()終わるはずがないと心のうちで誰かが叫ぶのだ。

 

「──落ち着いて。あたしなら大丈夫。あたしより理子の方がずっと辛いんだから」

 

 胸に手を当て大きく息を吸う。

 瑠瑠神との距離約5メートル。どうしようもなく不安な気持ちを抑え、銃口を瑠瑠神の心臓に合わせた。法化銀弾を人体の急所に撃つなど殺せと同義だが、玉藻の言葉を信じるしかない。

 今一度グリップを強く握り、トリガーに力を込めて。

 

「待て」

 

「・・・・・! 」

 

 ほとんど勘に頼った回避で、頭を貫く軌道の弾を避けた。おかげで頭皮を軽くかする程度で出血もほんの僅かだが。それでも、アリアは吠えた。

 

「なんでアンタが邪魔するのよ! ジーサード! 」

 

 仲間を助けるチャンスを無下にされたことに怒りをあらわにする。

 

「お前らはそいつをどうしたいんだよ」

 

 アリア達が戦っている間に少し回復したような振る舞いだが、その実、サードはもう限界に等しいほど消耗していた。それでもサード自らが復讐したいと願った相手を生かすことだけは、たとえ死んでも許さないと。

 

「やめてサード! これ以上は活動限界(ライフリミット)が・・・・・!」

 

「黙れフォース! 返答次第でこいつらも一緒に始末する。お前にも話していただろうが! 」

 

 と、委縮しきったフォースにさらに追い打ちをかけた。

 至る所から血を流し、それでも溢れ出る殺気をアリアへ向ける姿は、まさに修羅の鬼。きっと、朝陽を救うと答えたならば、三つ巴の乱戦になる。誰がどう考えても自明の理だ。それでもアリアは答えた。

 

「武偵憲章一条。仲間を信じ、仲間を助けよ。これがバスカービル総員の返答よ」

 

「そうか。そうだろなァ! 」

 

 地面を蹴飛ばしサードは獣のごとき敏捷さでアリアへ肉薄する。

 アリアも瞬時にサードへと目標を切り替えたが、

 

「させない! 星伽候天流(ほとぎそうてんりゅう)緋炫毘(ヒノカガビ)っ」

 

 白雪は緋色に燃えさかる刀を振るい、巨大な炎のカーテンをサードの進路を阻むように出現させる。

 その熱量は離れた位置にいるアリアでさえ目を細めるほどだ。

 ・・・・・だが、サードは自身が灼けることも厭わず突進していき、

 

「それがどうしたァ! 」

 

「なっ! 」

 

 炎をかき分け強引にアリアへ刀を叩きつけた。反射的にガバメントと刀を切り替えることでかろうじて受け止めたが、ビシビシと根元にひびが広がっていく。もってあと数秒だ。

 

「あん、た。邪魔しないでっ」

 

「そりゃこっちのセリフだ! 俺の復讐の邪魔をすルなッッ! 」

 

 徐々に均衡は崩れる。アリアがいくら怪力であろうと、復讐に燃えるサードとの純粋な力勝負では分が悪い。

 

「そいつは悪魔だ。平然と人を(なぶ)り殺しておいて! 罪悪感なぞ一切ない! アレは京条朝陽の為なら何でもする──瑠瑠神に汚染されたヤツが何をしでかすかくらいわかるだろうが! 」

 

「・・・・・それでも助ける。仲間を見捨てるなんて最っ低の行為よ! 」

 

「寝言いってんじゃねェ! 」

 

 ──ガキンッ!

 アリアを護っていた刀がついに砕け散る。即座に折れた刀からガバメントに手を伸ばすが、返し刀でアリアの首を狙うサードが圧倒的なまでに速く──!

 

「そうよ。まだ仲間なんて言ってられるなんて驚きだわ」

 

 アリアの背後──すました様子で、しかしその顔は不気味な笑顔を張り付けた瑠瑠神が、サードよりも素早く雪月花(かたな)を振りかぶっていた。

 

「ッ、どけっ! 」

 

「きゃ! 」

 

 アリアを蹴飛ばし返し刀をそのまま雪月花(かたな)にぶつける。朝陽を追い詰めた耳障りな音がたちまち充満するが、瑠瑠神はピクリとも眉一つ動かさない。それどころか、この状況を楽しんでいるようでさえ見える。

 

「テメェ、いったい何をした⁉」

 

「驚かないでよ。有視界内瞬間移動(イマジナリ・ジャンプ)、緋緋色金だって使うわ。そこの氷女が作ったお花の中で休ませてもらったの。確かに不完全な今は人間ベースの神経系を使わせてもらってる中、痛みももちろんあるのだけど・・・・・ダメだよ、(わたし)を完全に()()()()()で発動しないと、私は止められない」

 

 そう、瑠瑠神は未だ朝陽を完全に『瑠瑠神』に変成できていない。殺すつもりで戦いを挑まれれば、色金の能力が制限されている今勝つことは困難を極める。現に色金の力を使えるのは、あと二回か三回程度。しかし彼女らは朝陽を救おうとしている。故に攻撃もおのずと殺さないギリギリのものだ。

 この場で瑠瑠神を殺そうと足掻く者、それは──

 

「不思議ね。私は何もしてないケド。ゼウス(クソ神)が作ったこれと、アナタ達が作り上げたその刀。共鳴してるようだけど、『私』には効かないわ。ちょっと耳障り程度、といいたとこかしらね」

 

「んだとッ・・・・・っ」

 

 目の前にいる復讐鬼ただ一人だけだ。

 だがその実力には雲泥の差が顕著に表れていた。歯が欠けるほど強く食いしばり、なお瑠瑠神は顔色一つ変えずニマニマと愉悦に浸る表情を崩さない。

 

「ま、私のことはどうだっていいのよ。朝陽がいてくれたらそれでいい。それよりも・・・・・アナタ、とってもかわいそうだわ」

 

「──あ? テメェ、この期に及んでまだとぼけたことをっ」

 

「だって。朝陽のことを本気で殺そうだなんて思ってないでしょう? 」

 

 ドクン、とサードの心臓が一際大きく跳ねる。両眼は見開かれ、瑠瑠神を殺さんとする刃は、その輝きに曇りが差し込む。

 何をいわれてるのか分からないと、言葉にしなくても感じ取れるほどの動揺が走り抜けた。

 

「ふざけるな・・・・・! 俺はアイツが憎かった。だから殺したんだ! それをテメェが台無しに──」

 

「じゃあ、なんでお腹と心臓だけしか刺さなかったの? 憎たらしくて仕方ない朝陽を最小限の傷だけで誰かの手に渡すの? なんで──わざわざサラ博士(あの女)が殺される瞬間を朝陽にみせたの? 」

 

 なぜ、その問いにサードは言い返せない。

 答えに詰まるというより、答え自体が思いつかない。

 

「それはね。サラ博士(あの女)を殺したのは、朝陽に憑依していない本当は瑠瑠色金(わたし)だってわかってたから」

 

「・・・・・うるせぇ」

 

「朝陽を一目見たときにアナタは気づいてしまった。サラ博士を殺したのは‶私‶で、‶私‶が愛するなーんも知らない朝陽は、ただその姿かたちを利用されただけだと」

 

「だまれ! 」

 

「大質量の色金に対抗する技術力はまだ足りない。でも心に燻る復讐心がそれを許さなかった。どうしてサラ博士は殺されたのか。色金がヒトに化けれるなら、瑠瑠色金(わたし)がかたどっていたあの男は誰か。ふふ、そうして朝陽にたどり着いた」

 

そしてついに、核心に触れる。

 

「私はいつも女の姿でアナタ達の前に現れてたから、あの男に化けたのはきっと理由がある。どうして、どうしてって。私が朝陽の名前を出さないにしても、多分私が朝陽のことを、その、・・・・・す、すきっ、ってことは顔に出ちゃってたと思うし。それで思い出したよね。‶ああ、コイツがいなければサラ博士は殺されなかったかもしれない‶って、考えついたのはそう長くないと思うのだけど? 」

 

 根拠のない戯言だと切り捨てればどれだけ楽か知っている。

 このまま否定し続ければ逃げることもできる。

 しかし、サードの口は動かなかった。

 

「そうして朝陽を、最愛の人を殺した殺人鬼に仕立て上げた。朝陽に出会う度に殺すと言っていたのは、罪悪感から逃げるための自己暗示。私がサラ博士を殺した動画を見せたのが極めつけね。ずぅっと復讐を誓っていた相手に最小限の傷しかつけないのは、アナタの中にまだ正義の心が残ってたから。目の前で最愛の人が無惨に殺されちゃったもの。一度住み着いた復讐心はニセモノであろうと簡単に拭えはしないわ」

 

 ひた隠しにしてきた本心を目の前で語られることに羞恥よりも喪失感がふつふつと湧き出す。

 暴かれたくなかった一種の呪いともとれる矛盾思考によって積み上げられた恩讐を糧としてサードは戦っていたのだ。それが暴かれた今、朝陽への復讐心が揺らぐ。

 だが──サラ博士を殺された恨みは未だ健全であり、

 

「ああ! 行き違いの復讐心だとはよく理解してるさ! だがそれでも! テメェを殺すには京条朝陽を殺さねえとダメだろうがっ! 」

 

 負けじと瑠瑠神の刀を外側へ受け流し、頭部へ鋭い突きを繰り出す。

 瑠瑠神であれば容易く見切れる速度だが、あえて左手を盾代わりに顔の前へ持っていき、わざと貫通させることで軌道を逸らす。痛みなど全く顔に出さず、神経系を共有しているとは到底思えないすまし顔で、

 

「ふふ、ありがと。アナタはとっても優しいのね」

 

「っ! 」

 

「サード、どいて!」

 

 追撃しようとする刹那、瑠瑠神の死角からフォースが飛び込んできた。ちょうどスイッチのように入れ替わり、既に抜刀していた光の刃が彼女の首筋に届く。

 

「動かないで。この剣は簡単に斬れる。だから、ちょっとでも動いたら──」

 

「殺しちゃうんだ。バスカービルの一員である(おれ)を」

 

 ずずいっとフォースに顔を近づける。フォースが反射的に電弧環刃(アーク・エッジ)を引いたから首が落ちなかったものを、少しでもタイミングを間違えれば依り代である朝陽を完全に殺していた。それでもなお、首と接触するギリギリを保って牽制する。

 

「バスカービルであろうと、今あなたは瑠瑠色金! 朝陽さんじゃない! 」

 

「ふふ、アハハハハハ! 殺す? 殺しちゃう? 朝陽を殺す? 私だけの朝陽を殺すんだ! あハっ! 」

 

 軽快な高笑いがさらに異常性を増していく。先程までの瑠瑠神とはうってかわって、朝陽を殺すことに敏感な態度であり。

 壊れたピエロのように際限なく高らかな笑いが続くと思えば、

 

「・・・・・ねェ。オマエは朝陽の何なの? 」

 

 それが嘘のように鎮まり、見開かれた双眸がかなめを凝視する。

 今までが信じられないぐらい、何かに成り変わっているその姿。外見は朝陽であれど、内面は瑠瑠神と同等な異質なもの。朝陽と混ざりあっているからこそ会話が成立していたものの、本来のこの狂気に満ちた瞳を見せる者こそが瑠瑠神なのかもしれないと。かなめは知る前に、その狂気に吸い込まれる。

 完全な優位性をとっていてなお、かなめはこの瞬間に敗北を悟った。暗く底尽きぬ目がかなめを釘付けにし、石像にされたかのように動けない。

 

「ぁ、あっ・・・・・」

 

「フォース! 今すぐ離れ──」

 

「──ても遅いの」

 

 端を固定された布にこぶし大のボールをぶつけたら、きっと鳴るだろう重々しい響きがかなめの背中を叩き、

 

「がはっ──! 」

 

 肺の中の空気が血と共に吐き出され、朝陽の制服をさらに汚す。グラッ、とその小さな体が前のめりに、つまり頭を瑠瑠神の腹部へ押し付ける形に揺れた。

 

「それがマーキングのつもり? そこかしこにする犬よりも意地汚いわ」

 

 かなめは肩を軽く押されただけで、いとも簡単に倒れ伏す。手足が痺れ、虚ろな瞳は息苦しさに悶え、口元から紅い雫が静かに落ちる。──間に合わない。サードは、瑠瑠神がキューブをかなめの背後に展開した時点で悟ってしまった。全快のサードであれば防ぐのは容易なことだ。

 左の義手を盗られ、真正面から瑠瑠神の鋭い一撃をもらい、白雪の超能力(ステルス)による火傷の箇所は数知れず。ボロボロの状態がゆえに、一歩遅れてしまった。

 

「アナタ達が悪いのよ。だーいぶイライラしちゃって、キューブに溜まってた弾を少しプレゼントしたの。でもこの制服って硬いのね。ちょっと苦しませることしかできなかったわ」

 

「──」

 

 かなめを傷つけられたのを目の当たりに、サードの右腕は勝手に動いていた。

 拳銃という不確かな武器を捨て、ノーモーションからの正拳突き。狙いは、確実に殺すための頭部。サードの位置取りは完璧な死角ではあるが、速度はやや劣り、

 

「危ないわね」

 

 目の前で妹を傷つけられた憤怒の如き一撃は、薄緑色の六角形の盾により余裕の微笑に届くことはなく。

 

「わかる? これが、目の前で愛するヒトをなぶられる屈辱だ。お前が俺の理子の首を絞めたよう──あれ、私は何を・・・・・」

 

 一転して困惑の色を見せ始め、サードの拳を受け止めている瑠瑠神の盾の中央に亀裂が走るのはほぼ同時であり。

 

「さて。アナタもそろそろ退場してね」

 

 左手に貫通している刀を引き抜き、バリア越しにサードの肩を深く貫いた。それでもサードは、より深く突き刺さる刀を無視し、再度拳を限界まで引く。亀裂が入った盾にもう一度打ち込めば、またとない復讐のチャンスが訪れると信じて。

 だが、最後の力を振り絞って振りぬいた拳よりもはやく、瑠瑠神のボディブローが炸裂し──

 

「ガッ、あ! 」

 

 瑠瑠神の殺傷範囲(キリングレンジ)から大きく吹き飛ばされる。受け身すらとれず乱暴に体をすり減らし。ぐったりと空を仰ぐ姿に恩讐の塊のような覇気は感じられない。力任せの一撃。速度、膂力ともに瑠瑠神に軍配が上がるだろう。

 

「あらかた片付いたかな? あとは・・・・・姉さん(アリア)巫女(しらゆき)金髪(りこ)だけね。さっきの二人にとどめを刺すのはあとにするとして、先に二人には黙っていてもらいましょう。話をするのに邪魔でしかないもの」

 

 次の矛先はアリアと白雪。二人は互いに目配せし、同時に動き出したが、

 

「逃げるな」

 

 それもつかのま。二人の周りにキューブが展開される。少しでも動けば触れてしまいそうであり、

 

「動いたら削れるわよ。文字通どーりにね」

 

「うっ、卑怯よアンタ! 」

 

 さらに目をつりあがらせたアリアだが、実際のところ動けず身動きひとつとれない。緋緋神の力がまだ覚醒してない以上、この状況を打破するのは不可能といえる。

 

「さぁて。泥棒猫さん。おはなし、しましょうか」

 

 と、唯一自由の身である理子にせまる。対して理子も、サードさえ倒した瑠瑠神に歩み寄る。

 

「話? 朝陽を返してくれることかな」

 

 挑戦的な煽りに瑠瑠神は唇を噛むが、まだ手を出さない。手をのばせば届く。朝陽と共に過ごした理子が好きな距離。今にでも刺し殺されかねないが、理子はジッと朝陽を見つめていて。

 

「アナタは朝陽のどこが好きなのか。教えてくれる? そこだけ知りたいの。今後役に経つかもしれないから」

 

「そっちが答えたら答えるよ。おさきにどーぞ」

 

 と、手をひらひらさせて促される。瑠瑠神はじれったい気持ちを覚えるが、そんなことは溢れ出る朝陽への愛ですぐ塗りつぶされてしまった。

 

「すべてよ。朝陽のすべてが愛おしい。気配りは完璧。浮気はしない。ただアナタに操られてるだけで、本当の朝陽は私だけしか見ないの。あっ、あとは、傷だらけになって戦う姿もかっこいいし、こっそりみた寝顔も最高に可愛いの! 」

 

「へぇ。一緒に暮らしたことあるの? 」

 

「愚かね。あるから言ってるんじゃない」

 

 勝ち誇った様子の瑠瑠神から、とめどなく朝陽への愛が零れる。理子は全て聞き漏らさず、それらを妄想や幻想と侮ることもしない。全てを語り終え一息つくと、理子にスッと切先を向ける。

 

「愛してる。私は朝陽を幸せにする。それに比べてアナタはどうかしら。アナタと関わるたびに傷がどんどん増えてく朝陽をみて何も思わないの? 」

 

「・・・・・」

 

「でも私は違う。私が充分強いもの。私たちの生活にアナタ達(おんな)は必要ない。わかる? さ、アナタのも聞かせて? 語った分だけ切り刻んであげるから」

 

「・・・・・うん。わかった。それに、今あたらしく見つけたんだ。キョーくんの良いとこ。瑠瑠神(おまえ)が知らない、好きなとこ」

 

 臆せず理子は一歩を踏み出す。既に間合いの中。危険を承知でゼロの距離まで。

 恐れていないのか。瑠瑠神を殺す作戦があるのか。果ては、自暴自棄か。いずれも確信を持った答えが出せないまま瑠瑠神は接近を許す。

 

 ──まあいいや答えないなら殺そう。

 そう決断する、ほんの一瞬前。理子はおもむろに、瑠瑠神のだらんと垂れた左腕を豊満な谷間へうずめさせた。

 

「どんな状況になっても、理子を傷つけない優しさだよっ」

 

 さらに血に濡れた左腕をぎゅぅと抱きしめる。

 予想外の行動。恋敵にあるまじき行為。瑠瑠神は目を大きく見開き、弾かれたように腕を天高く上げた。

 なぜ拒否したのかわからない。掴まれたのであれば、はらわたに手を突き刺せばよかったのに。無意識のうちに、朝陽の体の方が反応した。してしまったのだ。

 

「いまッ! 」

 

 合図が上がった瞬間、少し離れたコンテナ群から二つの弾が飛来する。一発目は左肩に着弾し、瑠瑠神は大きくのけぞった。同時に理子は瑠瑠神(あさひ)の右手首からミサンガをかすめ取り、その場から離脱。

 鮮緑の瞳にはこちらへ銃口を向けた男と、もう一つの弾丸が映っており。マッハ2にでも到達しうるサードの正拳突きを止めた盾を展開する。僅かにひび割れているとはいえ、銃弾如きが打ち破れる推進力は持ち合わせていない。

 

「・・・・・あ? 」

 

 少なくとも瑠瑠神は、そう確信していた。

 薄緑の盾はバラバラに粉砕され、重要器官である心臓をなぞるよう正確に穿つ。

 

「ごぼっ・・・・・! 」

 

 それはただの弾ではなく。異常な量の血を地面に吐き出し耐え難い倦怠感にたまらず膝をついてしまった。

 ここまで絶対的な優位に立っていた瑠瑠神を初めて同じ舞台まで引きずり落とす。朝陽を通して垣間見た世界の情報が正しければ、そんなことが出来るのは、あの男以外ありえない──!

 

「邪魔をするか、遠山ァ! 」

 

「───遠山、か。ずいぶん他人行儀になったな。朝陽。いや、今は瑠瑠神と呼んだ方がいいか? どちらにせよ、一回ぶん殴らせてもらうぞ」

 

 ジーサードのように己が復讐心に全てを支配されず。キンジは湧き出る怒りを冷静さで押し込めている。

 

「来るのが遅い! バカキンジ! 」

 

「ごめんよ。タイミングを見計らっててね。かなめを傷つけられた時は、思わず飛び出しそうになったけど」

 

 と、瑠瑠神に鋭い視線をおくった。ヒステリアモード時よりも格段に目つきが鋭いのは、もう一つ上の段階のソレになったからでろう。瑠瑠神は警戒する。自身にダメージを与えた事ではなく、盾を撃ち抜かれたことに対してだ。一発目は、ごく一般的な9ミリパラべラム。だが二発目は、瑠瑠神の能力をも打ち破り、強烈な不快感と不規則な動悸を残す特殊弾だ。

 

「法化銀弾! 加えて、どことも知らぬ女神(おんな)の加護まで・・・・・! 」

 

瑠瑠神(あさひ)。お前とは今まで一度も喧嘩したことなかったな。多少の食い違いはあれ、うまくやれてたと思う」

 

 瑠瑠神にハッキリ見せつけるよう銀色の弾丸を一発、ふところのマガジンに装填し、小型ポーチに戻す。

 そして、かつての友人に明確な敵意を向け、言葉を続けた。

 

「歯食いしばれ瑠瑠神(あさひ)。妹を傷つけたお前を俺は許さない」

 

 

 




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