俺、ヤンデレ神に殺されたようです⁉︎   作:鉛筆もどき

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前回 瑠瑠神覚醒後、キンジガスケットへ


第61話 終戦

「妹を傷つけたお前を許さない」

 

 そう言い放ち、キンジは愛銃であるベレッタの照準を瑠瑠神の心臓へ移す。ひと時も狙いをブレさせず瑠瑠神へ歩み寄る姿は、ジーサードと対極に位置する、静寂の中の怒りそのものだ。

 だが瑠瑠神は、キンジが殺す気で発砲することはないと確信していた。朝陽とは友人関係であり。銃を構えること自体が単なる脅し目的であることは充分理解していた。だからといって警戒を怠る愚行はせず。キンジの一挙一動に注目する。勝てないと分かっていて抵抗する(バカ)はいないのだ。

 

「許さない、ねぇ。ふふ、アハハハハハッ! ・・・・・はぁー。よくもまぁアナタが言えたものですね」

 

 やれやれといった感じで少し長めのため息をし、首をすくめた。苛立ちが混ざっているようにもみえる。そして、瞬時に凍てついてしまうような鋭い視線をキンジへおくる。

 

「私だって許せない。どうして朝陽ばかり傷つかなくちゃならないの? 好きな人が誰かに傷つけられるなんていやなの。私だってただ純粋に朝陽を愛したいだけ。キンジ、アナタだってわかるでしょう? アリアを失いたくないのと同じ。アナタたちと価値観が()()()()違うだけでこんな仕打ち。耐えられるわけないじゃない」

 

「いたずらに朝陽を傷つけ、束縛し、関わった女を殺そうとする。一方的な愛だ。ストーカーとさして変わらない。ハッキリいって、お前の愛情は──」

 

「歪んでるって。本当にそう言いたいの? 」

 

「・・・・・なに? 」

 

「愛の形は人それぞれ。だのに、他人が決めつけるのはおかしいよ。いたずらに朝陽を傷つける? バカ言わないで。私がどんな思いで朝陽から血を流させるか知らないくせに。ストーカー? 朝陽公認なの。あんな下劣な行為と一緒にしないで。そういうお前だって、世間一般で見れば歪んだ愛情(のうりょく)を持ってるじゃない」

 

 その返しにアリアたちは首をひねるばかりだが、キンジは眉をピクリと動かした。バラされたくない事実。それを引き合いにだされてしまえば、キンジは何も言えない。

 

「隠したって無駄。一方的な愛はむしろそっちじゃない。あぁかわいそ。アリア(姉さん)たちは、自分がそういう対象として見られてるのに気づかないなんて。どれだけ幻滅されるのでしょうね。それに比べて朝陽はね。私の能力を使ってくれてる。使ってるってことは、私が朝陽のことを好きって思ってるのを認めてくれてること! 好きな人に頼られることがどれだけ嬉しいか。そうね、私強いもの。好きな人と一緒にいて、好きな人に尽くす。誰しもが抱く素敵な愛のカタチじゃない」

 

「・・・・・確かにお前の言う通りだ。ちゃんとした場で謝ろうとも思っている。殴られたって構わない。他のやつらから見れば、確かに俺も歪んでいるかもしれん。なら逆に聞く。お前は、自分が正常だと思ってるのか? 」

 

「当たり前じゃない。一緒にどこかへ行ったり。手を繋いだりぎゅぅーってしたいし。ロマンチックな場所で、ちゅ、()()()とか。あっ、別にボディータッチしたいとかそんなんじゃないから! いや、したいけど、そのー・・・・・恥ずかしいし。話す機会も少ないから、ラブレターいっぱい書いてるんだけどね」

 

 ポっと頬をあかく染めた瑠瑠神とは反対に、キンジの雰囲気はより鋭利な刃物の如く険しくなり──そして、低い声で半ば諦めの視線を投げかける。

 

「なら、朝陽の腕に()()()()()傷は、お前がやったので間違いないな」

 

 その瞬間、キンジと瑠瑠神を除く全員が朝陽の腕に注目し、そして──一人の例外も出さず顔をひきつらせた。

 そこにあったのは、レキによる銃創や剣戟での切り傷ではなく。呪詛のようにビッシリと書き込まれた朝陽への愛の言葉(ラブレター)であり。無数の愛が鋭利なナニカによって直接腕に切り刻まれているのだ。

 この女は異常だ──誰しもが再び納得する。

 

「ええ。だって、私の世界と朝陽の世界は違うもの。私本来の容姿をずっと出すには質量が足りないし。だから、私が朝陽の目に見える形で愛を証明するには、私の体に直接愛を囁くしか方法がないじゃない」

 

 さも当然のごとく言い放つ。

 瑠瑠神には朝陽に愛を告げる方法は二つある。一つは、脳内に直接語り掛けること。もう一つは、瑠瑠神の体の状態を朝陽に反映させること。これは朝陽が瑠瑠神へと変成しかけている今だからこそできる方法だ。この方法であればどう足掻いたって目に付いてしまう。証明するという点において、これ以上の解答はほぼ無いと言っていいほど姑息なものだ。

 

「・・・・・そうか。わかった。もうお前の愛の形を否定するつもりはない。ただ、俺の女と友達(ダチ)には手を出すな」

 

 銃口はそのままに視線だけアリアへ向ける。

 片時もキンジから目を離さなかった瑠瑠神はその一瞬を逃さず、

 

「──範囲指定・時間超過(リミテッド・タイムバースト)──」

 

 能力を発動させた。ただし効果範囲は瑠瑠神を中心としたキンジとの交戦距離にだけに限定。ドーム状に時間のずれが発生し、万物が静止する無音の空間を作り上げる。

 短時間の使用でも負荷になるため、発動の同タイミングでキンジへ肉薄する。発動時間は雪月花(かたな)の間合いに入る僅か手前まで。瑠瑠神でさえ思わず吐き気を催す痛みに耐え──能力を解除する。

 

「先に手を出したのはそっちじゃない」

 

 負荷の直後であり、視界の歪みが酷く本来の力を発揮できない。だが、それを言い訳にはせず。瑠瑠神は持ちうる力を総動員し、首めがけ横一閃──!

 

「っ──」

 

 殺すための刃。本気で振り抜いた一撃を、真剣白刃取りで止めていた。

 普通はありえないことだが、瑠瑠神はこの人間離れの技をしっかり予測していた。両手での真剣白刃取りをしたキンジに、間髪入れず掴まれた雪月花を軸に横なぎの蹴りをかます。

 威力はやや低めながらも確かに首を捉えた感触が足に伝わる。急所に直撃だ。これでキンジは戦闘不──

 

「・・・・・あれ」

 

 顎を何かが高速で掠めたかと思うと、途端に体がフラつき始める。瑠瑠神の意思ではなく、足から急速に力が抜けていく。

 だが、反対にキンジはどうだ。直撃したはずの攻撃を、まるで無かったように直立している。間違いなく首の骨を折る威力を与えたはず。普通であれば立場が逆なのだ。

 

「朝陽じゃないぶん、動きが単調でわかりやすい」

 

 ズカズカと瑠瑠神にゼロ距離まで詰め寄る。再度能力を使われる危険すら度外視して、握りこぶしを右手に作り。胸元を掴まれ同じ視線の高さまで持ち上げ、

 

「朝陽を通して俺たちを視てたなら、もっと油断せずに対策でもたてとくんだったな! 」

 

「くっ──! 」

 

 瑠瑠神は防ごうにも拳がブレて見えてしまう。神経系をやられ、避けようにも足に力が入らず、胸元をガッシリ掴んだ左手から逃れることも不可能だ。

 

「桜花ッッ! 」

 

 朝陽の体が反射的に頭部を守るよう腕をクロスさせたが、その拳は軌道を変化させ、腹部のみぞおちにあたる部分にヒット。今まで痛みになんの反応も示さなかった瑠瑠神が、ここで初めて苦悶を露わにする。

 

「・・・・・! 」

 

 音速に匹敵する力の奔流が余すとこなく体内を蹂躙する。臓器がすべてグチャグチャになってしまったかと一瞬だけ錯覚してしまう威力を、この男は、平然と友人に放ったのだ。

 その凄まじい威力に吹き飛ばされるが、無数のキューブが瑠瑠神の背中に発生し、これ以上吹き飛ばされないようリングの役割を果たす。距離にして約5メートル。追撃の危険性があるこの行為は無謀ともとれるが、それを承知でやっているのだろう。瑠瑠神は触れられるこのキューブは、かなめを戦闘不能に陥れたものと同一であり、まだその中には弾丸らしき影が無数に浮かんでいて。

 

「こざかしい真似を! 」

 

 同時に展開されたキューブから機関銃掃射の如く凄まじい音を発しながらキンジへ降り注ぐ。いずれも音速を遥かに超える弾。キンジも即座に対応する。ベレッタで全て弾き、あるいは体に掠らせることで全て無力化し、

 

お前(あさひ)には言いたいことがあるんだッ! 」

 

 その場から動けない瑠瑠神の顎を斜め下から反対側へ蹴りあげる。ガードすらとれなかった瑠瑠神の視界からキンジが外れ、同時に円錐水蒸気(ヴェイパー・コーン)を生み出す拳が再度瑠瑠神を殴打する──!

 

「ああそう! 勝手に墓場で言ってなさい! 」

 

 その直前。一瞬たりともその拳が描く軌道を見ることなく、音速に達した拳を真正面から正確に手のひらで受け止めた。さしもの瑠瑠神とはいえ数段格上のヒステリアモードから打たれた桜花を無傷では止められない。インパクトの瞬間に受け止めた朝陽の左腕から放射状の血の噴水が巻きあがった。

 

 このまま休むことなく追撃できれば有利に戦局を進められる。だが、キンジの目的は朝陽を目覚めさせること。決して瀕死まで追い詰めることじゃない。助ける過程で血を流すことや、瑠瑠神の硬さ、それを利用し能力を使用せずに桜花を受け止めることも充分予測していた。だが、いざ目の前で血飛沫が上がると、途端にささくれのような小さな罪悪感が目を覚まして判断を鈍らせてしまう。

 

 それを見逃す瑠瑠神ではなく。返り血に濡れた顔が悪魔のように歪ませた。

 瞬間、大量に出血している左腕をムチのようにキンジの顔めがけ横薙ぎに振るう。飛び散った血液を目くらましに間髪入れず右脇腹へとローキックをぶち込み、さらに不安定な体勢から無理やり正拳突きを頭へ打ち込んだ。

 構え、体幹、技の流れを一切無視した素人同然の動きをデタラメな破壊力で無理やりカバーする。それが瑠瑠神のやり方だ。

 

 現に骨が削れたと錯覚する鈍音が伝わり、今までが嘘のようにピタリと動きを止めた。瑠瑠神の拳を生温い血液が滴り落ちる。瑠瑠神は岩石を殴ったと思わせるほどの衝突に確かな手応えを感じていた。

 

「・・・・・クソッ。朝陽、今の一発は中々のものだぞ」

 

 が、そんなことお構い無しに、目の前の男は呟く。血にまみれてなお、正義の光を灯す瞳を開いて。

 

「なっ──! 」

 

「だが、そんなものか? 」

 

 突き出したその拳を引くよりも早く、キンジは瑠瑠神の胸ぐらを掴み引き寄せる。とっさの判断でキンジの頭にいち早く頭突きをかますが、考えることは仲間同士同じ。血塗れの頭がぶつかり合い、互いに視線が交わされる。

 

「朝陽は知ってると思うけどな。俺は頭突き(これ)には自信があんだよ! 」

 

「うっさいッ」

 

 そして、2発目──!

 瑠瑠神が少しよろけるが、まだ倒れず。神経系が人間のものとは言い難い耐久力には舌を巻くが、しかし確実にダメージは蓄積されている。何よりも、法化銀弾に直撃したのが痛手となり、瑠瑠神の足をひっぱっているのだ。

 反対に、キンジは耐久の面で玉藻から加護を受けている。大幅な強化とは言えないにしろ、小細工なしの正面戦闘に関してはキンジに()がある。

 

「この・・・・・! 」

 

「最後の一発だ、受け取りやがれッ」

 

 さらに3発目──!

 今までよりも格段上の威力に瑠瑠神は圧倒され、今にも崩れてしまいそうになりながら後退する。鮮緑の瞳は虚ろになり、焦点は合わさっていない。脳震盪をおこしかけている証拠だ。少しだけ早いタイミングで顎を狙った恩恵が、またとないチャンスを生み出した。

 

「ぁ、ぁ・・・・・」

 

 キンジはここぞと拳を握り込む。大きく振りかぶり、狙いを定めて、かつての友へと容赦なく振り抜いて──

 

「『・・・・・たす、けて』」

 

 ハッキリとキンジの耳に届く朝陽の助けが。朝陽を救わんと放たれた拳を鈍らせる。罠だと充分理解しているはずなのに、ボロボロに傷ついた朝陽がフラッシュバックする。

 朝陽は今かろうじて命を取り留めているのだ。今ここで追撃してしまえば、瑠瑠神はきっと倒せる。だがそれは朝陽を殺してしまうことに他ならない。

 一瞬のためらい。それは、瑠瑠神にとっての起死回生の分かれ道。顎を狙った正拳突きは、瑠瑠神がわざと後ろへ倒れることでギリギリ回避され。おかえしにと下から削り上げるようにサマーソルトキックを返した。

 

「グァッ!? 」

 

「──ホント甘ちゃんね。まさか2度も引っかかるなんて」

 

 キンジは手足の末端部分から力が入らなくなり尻もちをつく。間髪入れず瑠瑠神は殺しにかかるが、

 

「そうはさせないわ! 」

 

 触れれば万物を削り取る影のようなキューブに囲まれていたはずのアリアが、戦線復帰し、瑠瑠神に立ちはだかる。

 

「邪魔よ緋緋神(姉さん)っ! 」

 

 雪月花(かたな)を真上から無造作に叩きつけ、アリアはそれを一対の刀をクロスさせ受け止めた。驚くことに、アリアは吹き飛ばされまいと踏ん張り続け、瑠瑠神の桁外れの腕力と拮抗している。

 アリアだけの力ならとっくに押しつぶされるところだが、薄く緋色に輝く眼差しが、その謎に応じていた。無意識に緋緋神の力を使っているか、もしくは緋緋神がキンジを助けたのか。どちらにせよ瑠瑠神の目ざわりなことに変わりない。

 

「ああもうじれったい! 」

 

 火花を散らしながら刃先をその双眸めがけ滑らせる。不意打ちのように思えるが、アリアは予めよんでいたように紙一重で躱し、小さな体を内側へ潜り込ませた。そして、

 

「りゃァッ! 」

 

 滅多に出さぬかけ声を張り上げるやいなや、鋭い手刀を気道に繰り出し、続けざまに顎へと乾坤一擲の一撃を放つ──!

 

「──! 」

 

 ガツッッ──! と、再度脳を揺さぶられ、さらに呼吸困難にも陥る。体がニンゲンのものである以上、その影響は計り知れないほどの隙をもたらすはずだが・・・・・彼女はそれでも、空気を求めようと喘ぐことなく両腕をだらんと垂らしたまま立っていた。

 

「っ、しぶといわね! 」

 

「待て! 一旦引けアリア──」

 

 キンジの忠告もアリアがその意味を理解するのには遅すぎた。

 再び意識を刈り取ろうと迫るが、それよりも速く血まみれの片腕がムチのようにアリアの首をとらえ、あっという間にカウンターで首を締め上げられる。アリアが背伸びをしてギリギリ地面につくところで固定すると、雪月花を首筋にピタりと当てまっすぐキンジを見つめた。

 

「愛する人を失う気持ち。傷つけられる気持ち。アナタに理解できるかしら」

 

「・・・・・理解したくないからこそ、命懸けで守るんだ。お前がアリアに手を下す前に、俺はアリアを助ける」

 

 ベレッタとデザートイーグルの弾倉を換え、それぞれセレクターをフルオートに。アリアを人質にされても外見は冷静さを保ってはいるが、グリップを握る手は小刻みに震えている。

 アリアの両手は自由だ。ガバメントにも弾は入っている。が、瑠瑠神に撃っても意味は無い。朝陽を殺すことに拍車をかけるだけだ。

 

「ふーん。試す? 」

 

「ああ、そうだな。能力を重複して使えず弱体化されているお前に勝ち目ならいくらでもある

 

「・・・・・」

 

 そう。アリアに打つ手がないように、瑠瑠神にも同じことが言える。キューブに囲まれていたアリアがキンジの助けに来れたのも、瑠瑠神が時間遅延の能力を使ったからだ。

 事実、瑠瑠神は焦っていた。好調なのは始めの、サードを相手にしている時だけ。憑依先の朝陽が死にかけであり、傷を癒すヒマも与えてくれそうにない。この場にいる全員の掃討であればまだ良かったが、キンジが現れ、法化銀弾を肩に受けてしまった。しかも色金に精通した者の、対色金の術式までご丁寧に組んであるのだ。ここにきて急速に力を失っていくのが体感できてしまう。

 

「時間を止めて、その謎のキューブで俺たちを容易く殺せるはずだ。だが、お前はさっきからわざわざ不得意な肉弾戦で応戦している。法化銀弾と今までのダメージが蓄積して朝陽の体じゃ到底乱発はもうできないだろ。時間を操る能力すらままならないようだしな。今のお前にできることは、せいぜい盾や得体のしれないキューブを作り出すことくらいだろ」

 

「・・・・・ええ、そうね。でも、それがどうしたのかしら。レキは私の能力使用のタイミングで狙撃しないといけない。他は精神力(マナ)切れ。だから邪魔者はいないよ。キンジ、あなたにアリアが守れるかどうか。今ここで──」

 

 あとは後ろへと雪月花を引くだけ。キレイな首筋から鮮やかな血液が飛び散るのにそう時間はかからない。グッ、とそのか細い首に力を込め──

 

「──なんで、ここに? 」

 

 ちょうど斬り込む位置に、朝陽が理子へ贈ったミサンガが挟まれていることに初めて気づき、電流が駆け抜けたように体を震わせた。これだけは絶対に切りたくないと体が拒否反応を示している。

 この場で一番脅威であるのはキンジだ。故に他は歯牙にもかけないほどキンジを意識していた。そう、小細工を仕組まれても気付かぬほどに。

 

「キンジ! 」

 

 長いツインテールが潤滑油の役割を果たし、締め上げる力が緩んだ一瞬で脱出。逃げられるくらいならばと真一文字に斬り捨てようと牙をむいた刃は、直後のキンジによる超精密射撃のもとに無力化される。

 一心同体とはキンジとアリアを表す言葉だと信じてしまうほどの連携だ。アリアも、脱出後に一切振り向こうとしなかった。余計なことをしなくともキンジが守ってくれると信じていたからだ。

 

「おい」

 

 息付く間もなく、気を取られていた隙にガラ空きとなった背後から誰かに呼び止められた。覇気を感じられず、死にかけそうになりながら、それでも怒りを孕んだ声が瑠瑠神を引き止められ、

 

「がっ!? 」

 

 仰向けに地面に思いっきり叩きつけられたような感覚と似て非なる痛みが脳を激しく駆け巡った。肺の中の空気は一気に押し出され、体の反射に従った瑠瑠神は酸素を求めるように口を大きく開く。視界は暗転を繰り返し、蓄積された痛みが憑依元の朝陽の限界が押し寄せる中、それでも胃から込み上げる不快感をぐっと堪え、

 

「しつこい、わね! この死に損ない! 」

 

 あれだけ瀕死に追い込んだはずなのにまだ死なないのかと。火山のごとく押し寄せる憤怒に彩られた刃を、振り向きざまに一閃する。

 ジーサードはそれすらも切先を掠らせる程度まで上体をスウェーし、

 

「るせェ、バカ・・・・・が」

 

 バタン、とその場に倒れこんだ。このままサードへとどめをさすのも良いが、背後からの気配がソレを許さない。

 再び振り向きながら刀を振りぬくが、その剣筋は別人が操っているとしか思えないほど弱々しい。

 ついに本格的な弱体化──否。肉体の限界が近いということだろう。元々瀕死の状態で酷使していたのだ。いたるところに傷や孔を残し、出血を厭わず、内臓にもダメージが入っている。むしろ生きているのがおかしいくらいだ。

 そして──

 

「キョーくん・・・・・ごめん、ね」

 

 俯き気味な理子が、朝陽が放り投げていた両腕盾で雪月花を大きく外側へ弾く。そして、弾いた腕とは反対の盾を瑠瑠神の顔へ近づけた。

 盾は本来自らを守るもの。攻撃に転じても、それは殴打をするためであり、サーベルのように突き出すものじゃない。

 盾をどかしてその目を抉る。即座に理子を殺す算段をたて──

 

「うアッ⁉」

 

 途端、目が焼かれるほどの閃光に視界が覆い尽くされる。真正面の至近距離からマトモにくらったのだ。一時的な失明は免れない。瑠瑠神の目の前に広がるのは、ただの真っ白な空間だけ。

 ()()()()()()()()──そのことに気付くのが遅れた瑠瑠神は自分を呪った。なんせ好きな人の装備詳細を完全に忘れていたのだ。精神的なショックもあり、続く第二波の攻撃の余地も見抜けず。

 

星伽候天流(ほとぎそうてんりゅう)緋火虞鎚(ヒノカグツチ)! 」

 

 手を伸ばすことすら憚れる熱波が周囲を取り囲む。周囲の状況を感覚で悟らせず、その場に瑠瑠神を固定するためだ。

 

「あの巫女ッ! 」

 

 歯を食いしばり周囲に集中して──自身を取り囲む炎の壁に穴が開いたのに気づく。キンジからの攻撃に間違いないと判断し、咄嗟に自らの能力で六角形のシールドを作製する。これはジーサードの本気の正拳突きすらとめた瑠瑠神固有の盾。一度は敗れた盾だが、この至近距離では法化銀弾も撃てない。見えなくとも目と鼻の先にいることは分かっている。盾を破壊してから意識を奪うのでは遅すぎるからだ。

 だが、キンジの拳を防ぐはずの盾は、一瞬にして鮮緑の欠片となりその効果を失った。

 

「なっ⁉」

 

 遅れて耳に届く、タァンという破裂音。穿ったのは大口径の狙撃弾であり、弾道からみて間違いなく、()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

「クソっ! 」

 

 範囲指定・時間超過(リミテッド・タイムバースト)も発動時間はもとよりそれだけの力すら残されておらず、もはや成す(すべ)はなし。

 ひとつ許されるのであれば、影のキューブを極微小ながらも発動させ、強制的に攻撃を中断させること。しかし、

 

「朝陽っ、言うこと聞いて! お願い! いま、いまアナタを手に入れないとッ。わたしが、いいえ! アナタが救われない! なん、で。なんでこんなこと・・・・・! わたしっ、まだアナタになにもできてないっ! おねがい、わたしを信じて! 」

 

 瑠瑠神の力が弱体化されたことで徐々に取り戻しつつある自我がそれを許すはずがない。混ざりもの、と言ったところか。鮮緑に輝く双眸に影がうっすらと現れ始める。

 キンジは少しだけ口元を緩め、そして。

 

「歯ァ食いしばれ! 瑠瑠神! 」

 

 キツく握りしめられた拳からアッパーカットが放たれる──!

 ガードされることなく、寸分の狂いもなしに直撃し、瑠瑠神の足は地面から離れ吹き飛ばされた。瞬間、駆け抜ける衝撃には、痛みよりもただ喪失感だけが怒涛に押し寄せ。瑠瑠神は意識を何とか奮い立たせるが、それでも意識は急速に現実から離れていく。

 こんな威力、それも数多の裂傷や損傷を背負っていれば、たとえジーサードでもまともに受ければまず死ぬ。または生きていたとしても、顎や首の骨が折れる可能性すらある。それでもキンジは、朝陽は必ず戻ってくると信じて打ち抜いたのだ。

 そして、硬い地面へと受身も取れず叩きつけられる。人がアッパーを受けて宙に浮く威力だ。これでなお立ち上がるのならば、キンジ達にとってあとは殺すことしか出来なくなる。

 

「ぁ、ぁぁ・・・・・きえ、る」

 

 体が言うことを聞かない。呼吸もできない。心臓の鼓動も感じ取れない。ただ暗闇に沈んでいく感覚が身を包んでいく。

 このままでは──そう思った瑠瑠神は、唯一動く首をキンジへ傾け、()()の双眸をみせた。

 

「やだやだ、きえたく・・・・・わた、し。た、すけ、て・・・・・」

 

「──っ」

 

 かくっ、と首から力が抜け、しずかに瞳が閉じられる。

 全員が瑠瑠神の不意打ちに警戒したが、ピクリとも動く気配はない。

 アリアに一声かけ、キンジは慎重に近寄り、朝陽の首元に指をあて・・・・・本当にごく僅かだが、まだトクンと生きている証が伝わり、バスカービルのメンバー全員に目配せする。

 

「完全に気絶してる。脈はまだあるが、ここままじゃヤバい。アリア! すぐさま救護科へ連絡してくれ。白雪はそこのジーサードとかなめを頼む。できればジャンヌもだ! 理子は──」

 

「キョーくんの治療。分かってる。ぜんぶぜんぶ、こんな方法でしか助けれなかった理子の責任だから」

 

 いち早く朝陽の傍らにかがみ、ハニーゴールドの下着や制服の柔らかい箇所をビリビリに破く。朝陽の体に刻み込まれた無数の裂傷からドクドクと血を流し続ける痛ましい姿を直視し、それでも目を背けることなく布を巻き続ける。唇をキツく噛んで、涙を堪えながら。

 

「・・・・・理子、すまん」

 

 結果としてこうして無力化できたが、瑠瑠神を鎮める過程で信じられないほどの重症を負わせた。自我を取り戻しても戦線に復帰させられるか──いや、もしかしたら普通の生活さえままならなくなるかもしれない。こうして落ち着いた状態で理子をみて、キンジの口からは自然とその言葉が零れていた。

 理子はそれを聞くやいなや、

 

「謝るな! 理子だって同罪だ! 理子がもっと強ければ朝陽を苦しませることもなかった。傷つけることだって認めるはずがない! もっと別の方法で立ち向かうことだって出来た! でも・・・・・あれしか助けられる方法がないから理子は、あたしはっ! ・・・・・受け入れるしかないんだよ」

 

 ──と、心の底からの悲痛な嘆きがこだまする。

 そう、理子も同じことを考え、それ以上に責任を感じていた。

 朝陽に何ひとつ傷つけることなく無力化できる力が自分にあれば、今のような状況に至っていない。それがどれだけ手を伸ばしても叶わない願いだと、誰よりも朝陽の近くにいた理子が痛感している。

 だからこそ、まさしく身を削るような延命作業が続けられる。尋常でない量の出血と傷痕を見ても、朝陽は生きていると信じて理子は必死に命を紡ぐ。無駄を無駄だと諦めず、いつまた覚醒して殺されるか分からない状況でも怯まずに治す。

 今の彼女にとって、自分が今殺される恐怖より、朝陽をここで失ってしまう恐怖の方が何倍も勝っているのだ。

 キンジも首を振って朝陽の延命作業に取りかかる。ヒステリアモードで出来る限りの知識を総動員し、今必要な作業を完璧に脳にトレースしていく。同時により多くの情報を手にするため、気道を確保し、脈拍のリズムや強さの再確認、瞳孔の開き具合を──

 

「あ、さひ? 」

 

 朝陽は気を失った時、確かに両目を閉じていた。キンジの見間違いはない。ヒステリアモードの頭にしっかり記憶されている。

 しかし今はどうだ。両目がしっかりと空を捉えている──否。そこには黒く、鮮緑に、そして深緑にすら彩られていない真っ白な眼球が瞼の下から覗かせているだけであり──。

 

「・・・・・ぁあ、ああアアっ! アアアアァァァァッッッ──!! 」

 

 朝陽と瑠瑠神の声が混ざり合い、この世の者とは思えぬ絶叫が轟く。徐々に冷たくなり始めているその身体にむち打つように、激しく痙攣し再び鮮緑のオーラが収束し始め。

 

「キョーくんだめっ! 」

 

 ──完全に意識を刈り取った手応えはあった。事実、もう朝陽は白目をむいている。それでも抗うのは、瑠瑠神の断末魔──すなわち、愛するヒトを盗られてしまうことへの反逆。鎮められまいとする、文字通り最後の抵抗だ。

 あやつり人形のように腕も使わず背中から起き上がる不自然な光景を目の当たりにし、それでも、理子は朝陽の腰にしがみつき、離さない。

 

「朝陽! しっかりしろ! 」

 

 キンジも必死に呼び止めるが、何かの斥力が朝陽とキンジを無理やり引きはがしにかかる。暴風という言葉すら生ぬるい力の奔流。巨大な壁に押し込まれているかのような圧迫感。何よりも、ヒステリアモードの血が全力で逃げろと騒いでいるのだ。

 

「キンちゃん! 朝陽くんはもう! 」

 

「白雪ッ、諦めるな・・・・・! 」

 

「でもッ! 」

 

 桜花を使った接近術すら寄せ付けぬパワーにジリジリと距離を離されていく。しかし理子だけはその影響を受けておらず。逆にその力に呼応して理子のロザリオ──形見が強く光を灯す。

 しかしその意味を知ることなく、瑠瑠神は覚醒した。

 

「これ、で! 不完全じゃない、私本来の力を・・・・・! アはッ、ここで、死ね! 」

 

「ッ──! まだ発動できる力が残ってるのか! マズイっ、みんな! 」

 

 朝陽の体を纏う鮮緑の光が、さらに色濃くまばゆき始める。同時に(ひたい)から実体のない角がみるみるうちに形成されていく。長さで言えば十五センチ。緩やかなL字型を描くその二本の角は、同じ鮮緑へと急速に染まり始めた。

 残り最後の力を以て、ヒトあらざるモノへと変成する。現実離れしたこの光景に反撃する精神は誰も持ち合わせておらず。満を持して、瑠瑠神は喝采をあげるかの如く両手を力いっぱい空へ広げた。

 

極大範囲・時間超過(リミテッド・タイムバースト)!」

 

 瑠瑠神を中心とする、半径2100メートルの球体上の空間が瞬時に展開される。瑠瑠神を──いや、朝陽を離すまいと懸命に抱き着く理子も、咄嗟にアリアを庇おうとするキンジも、レキからの狙撃も。全て、すべてすべてすべて──止まっている。

 発動させただけでも奇跡に等しいが、どこにいるか把握できていないレキをも巻き込むためには、レキの絶対半径(キリングレンジ)を超えなければ確実な勝利は見込めない。

 瑠瑠神の愛するヒトを想う気持ちの強さだろう。しかし、とうに限界を迎えているのだ。一気に拡大した球体上の空間は、すぐに縮んでいく。・・・・・それでも。目下の浮気相手(りこ)を殺すには十分すぎる時間だ。

 

 ・・・・・そして。

 

 

 

「──もし、そこにいるのが神崎アリアや遠山キンジであれば、私は止めやしない」

 

 ふいに、鈴の音のような可愛らしさと凛々しさを備えた中性的な声が、瑠瑠神の耳に届く。万物が静止する空間。人であろうと物であろうと関係なく、不変の事実。自分以外がまだ動けるなぞ不可能だ。

 

「だけど峰理子なら話は別だ。君が理子を殺してしまうと、朝陽が廃人になってしまう。今の君は朝陽と同じ生命体だからね。憎らしいことに・・・・・ホンっトーに憎らしいことだけど。だから今回だけ人に手をかそう。私はこの星に何回も顕現できない。質量が段違いだからね。長居どころか顕現した瞬間から次元が綻び始めてしまう。早々に倒させてもらうよ」

 

 声の発生源は瑠瑠神の背後、すぐそばだ。この正体に気づかぬ瑠瑠神では無い。振り向くとそこには、

 

「・・・・・っ、()()()──! また貴様かァ! 」

 

 純黒の少しくせっ毛な髪を肩までのばし、柔らかな印象をもつ大きな瞳。中性的な雰囲気を醸し出してはいるが、見た目の年相応の膨らみや華奢さが節々に目立っている。どう見ても美少年や美少女、その類いだろう。

 

「憑依先の朝陽が瀕死で、瑠瑠神()の大元を私が抑えている。人で例えればまだ赤ちゃんレベルだ。だというのにこの被害。朝陽を取り巻くこのパーティが不安だよ。本来の力を十全に発揮出来たら、どうなっていたことか・・・・・まっ、金属とはいえ神の座に位置する者を打ち倒したのだから、それだけでも評価すべきだね」

 

「どうして私から朝陽を奪う! お前さえいなければ私たちは自由なんだ! 」

 

 瑠瑠神は吠える。全てを奪ったゼウスに対して、絶対に敵わないと知りえながらも。この領域で動ける時点で同じ、もしくはそれ以上の力を保有しているのだ。ゼウスに与えられた全知全能の二つ名は決して偽りではない。

 

「・・・・・君は本当によく喋る。眠れ。朝陽を君なんかに渡しはしない」

 

 手のひらを瑠瑠神へ向けて目を閉じる。どういう原理かは文字通り神のみぞ知ることだが、天を指す2本のツノや、朝陽が纏っていた鮮緑のオーラは時間が巻きもどるように体の内側へ収束されていく。

 瑠瑠神も歯を食いしばり抵抗する。絶対に渡すまいと、必死に"瑠瑠神"を保とうと力を纏わせるが──無意味、無価値、無意義。あまりにも強大すぎる存在が、すべて嘲笑うかの如く"朝陽"を取り戻す。

 唇を噛み締め、何もかも無駄な抵抗だと悟った瑠瑠神は、血の涙を流しながらありったけの怨念と激墳をぶつける。

 

「貴様は絶対に私たちの刃で殺す! この愛が引き裂かれようと! お前達が言う歪んだものに成り果てようと! かなら、ず! わた、しは──」

 

 鮮緑色のオーラは消え去り。存在が許されない瑠瑠神は急速に収まっていく。そして遂には──その姿を朝陽の中へくらませた。

 今度こそ、瑠瑠神を撃退したと言えよう。だがゼウスの安堵もつかの間の出来事。瑠瑠神を失い、引き延ばしていた時間の領域は爆発的な速さで崩壊していく。

 

「君。乗っ取られるの早すぎだろう。まったく・・・・・()()()()()()()()()()()()。能力の過度な使用は厳禁だと何度いえばわかるんだい? 愛する人のために傷つくなんて、幸福とは呼べないんだよ。──待ってるよ。私の空間で。まぁあそこじゃ充分には──というか、話せるかわからないけど。説教コースだぞ、ほんとに」

 

 その中でやれやれとゼウスは首をすくめ、朝陽の唇に触れる。すると、あやつり人形の糸が切れたかのように、その場にストンとへたりこんでしまった。瞳も鮮緑から黒色へと徐々に戻ってはいるが、損傷がひどい。特に右目に関しては顔を顰めるほどだ。

 

「・・・・・待ってるよ」

 

 そう言い残したゼウスは、空間に溶け込むように消えてしまう。ひとつの痕跡すら残さず。まるで初めからいなかったように。

 時間の流れから解放されたキンジ達は、何が起こったか知る由もなかった。そしてゼウスも、一人の少女の後悔を後押しするとは思いもしていなかった──。

 

 

 

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