俺、ヤンデレ神に殺されたようです⁉︎   作:鉛筆もどき

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前回 瑠瑠神との決着。
また朝陽の一人称に変わります


第62話 目覚める魂

 夢を見ている。空を飛んでるだとか、一面に広がる花畑とか、そんな幻想的じゃない。ありふれた都会の真っ只中だ。

 当然人もたくさん通る。サラリーマンが汗だくになった顔をハンカチで拭く姿。買い物に行く半裸の婦人。マフラーと手袋、耳あての完全冬装備の女子高生二人組。麦わら帽子を被り日焼け後がくっきり残る男の子。虫かごを首にかけたサンタさん。かじかんだ指先に白い息をはく半袖半ズボンの──中性的な人。十人十色を表した人々は一様に列を作り、歩道を一糸乱れず歩いている。その中に、俺はただボーッと立っていた。

 

 紅葉や桜、太陽照らす空の元に雪が降ってて混沌極まる光景だが、俺はそれを簡単に受け入れていた。どこか納得してしまう自分がいる。理由は分からないが、多分これでいい。こうじゃなきゃだめ。思い込んでしまう方が、ずっと楽だ。

 

「朝陽。今なら間に合う」

 

「キョーくん。理子の手をとって」

 

 雑多の中から抜け出せず困っていると、ふと前から手を差し伸べられる。雑多の中にいても、その二人の体は透けていて通行の邪魔になっていない。

 顔は黒いペンで塗りつぶされている。おかげでそのふたりが誰なのかはさっぱりだ。

 

「この手をとるかは君次第だ。だけど、どうしてもダメって言うなら、私が救おう」

 

「キョーくんのそばにいる。ずっとずっと、何があっても」

 

 差し伸ばされた手をどうするか悩む。目の前の二人とは初対面だ。いきなりそんなこと言われてもってのが本音だが、不思議と金髪の子の手をとりたいと思ってしまう。でも繋いでしまったらって考えると、やっぱり手を引く。握ってしまえば大切なものが壊れる、そんな気がして。

 

「ねえ。私とひとつになりましょう? 」

 

 耳元で突然囁かれ、振り向く間もなくギューッと抱きつかれる。二つの柔らかいお山が背中を突っつき、心臓が跳ね上がるまでは一瞬だった。雪のように白い腕はお腹のあたりで交差され、誘惑の声が耳をくすぐる。

 

「いつまでも愛してるわ。朝陽」

 

「え、えっと? 愛って、どういう・・・・・」

 

 その意図を汲む前に、意識が暗転していく。結局、俺に声をかけてくれた三人の顔も知らぬまま。

 あの人たちは・・・・・誰なんだろう・・・・・。

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

「ん・・・・・ぅ」

 

 突然砂嵐の中にいるような息苦しさで目が覚める。咳したくても出来ないし、何より胸が痛い。というか、体中に閉塞感がある。こう、何かを巻かれているような気がしなくもない。

 頬を冷たい風が叩く。冷房とかそんな感じではない、優しい涼しさ。でも冷た過ぎないから、火照った体にちょうどいい感じだ。そのおかげか、寝起き直後の息苦しさは風に巻かれてそれ自体嘘のように引いてくれた。

 

 にしてもここはどこだ? 視力は良いはずなのだが、1メートル先の光景から全てが歪んで見える。右目に限ってはまず見えん。背中のふかふかの感触はベッドだと思うから、今見てるのは・・・・・天井か。寝起きでもこんな目の前がボヤけるなんてこと無かったんだが、どんだけ寝てたんだよ俺は。えと、何してたんだっけかな・・・・・

 

「──っ」

 

 とりあえず体を起こすが、これが一苦労。自分と信じられないくらい体全体が重たい。くそっ、ベッドに吸い寄せられてるみたいだ。でも、なんとかできそう──

 

「おや、起き──」

 

「うわっ! 」

 

 心臓が跳ねるとはまさにこのこと。電流が頭を駆け抜け、支えていた腕から力が抜ける。目覚まし時計の悪い例を体感させられた気分だ。一瞬だが呼吸も止まった気がするぞ!

 

「あははははっ! 寝起きそうそうなんて驚き方だよ! 京城、キミは天才か! 」

 

 超ビビった。くそビビった。多分今年一番だ。誰だって暗闇でなんも見えないとこからいきなり話されたらビビるだろ! それをこいつ・・・・・腹抱えて笑いやがって!

 

「うるせえ! 誰でもビビるだろうが! 」

 

「でもっ、開口一番それって」

 

 どれだけ面白かったのかまだカラカラと笑ってやがる。声からして年齢が近いと思うが、同い年以下だったら顔面ぶん殴ってたとこだぞ。

 その恨み節をのせて傍らにいるシルエットを睨みつける。どこかで聞いたことある声なんだが、パッと名前が思い浮かばん。

 

「はぁ。で、誰ですか。もう起きたので、部屋明るくしても大丈夫ですよ」

 

 腕が動かせないならせめてと背筋をグッと上にのばす。ポキポキと小気味よい音がなり、一種の気持ちよさを堪能する。結構な期間寝てたと思ってしまうくらい重たい体だが・・・・・理子の部屋ではなさそうだ。てことは、ここはどこだ?

 

「覚えて、ないのか? 」

 

「え。いや、覚えてないというか、寝起きみたいで頭が働かなくて。友達の部屋ではないことは確かですが。ひとつ思い出せば順々にいけると思います」

 

「・・・・・そうか。これも予想のうちだったが、交流がまだ深くないとはいえ友人としては心が痛いな。峰理子がいなくて本当によかった」

 

「あ、理子は覚えてますよ! 今の友達ってのは理子のことです」

 

 理子は思い出せる。というか思い出せないとはり倒される。あとは、まぁ直近のこととあまり交流が少なかった人は無理だ。キッカケさえあれば全部頭に浮かぶんだが、

 

「ワトソン。僕はワトソンだ。アリアの婚約者として日本に来て、キンジに返り討ちにされた男だ」

 

「──ああ。あのワトソンか。おかげで全員思い出したわ。サンキュ」

 

「それで覚えてたのかいキミは! 」

 

 眩しっ──!

 突然俺が寝てる横に光が灯り、優しいオレンジ色の光がシルエット(ワトソン)を鮮明に映し出した。多少目に刺激があったのが幸を奏したのか、みるみるうちに視力は回復していく。光源はホテルのベッド横にあるテーブルランプだ。至って普通のもの。でも右目は真っ暗闇。眼帯でもつけてんのかってくらい見えん。

 

「もういい! はぁ、キミは本当にデリカシーに欠けるね。峰理子の苦労が伺い知れるよ」

 

「男同士なんだし、別にいいだろ」

 

 あ、睨まないでください。どうして怒るんですか。何もしてないのにこの仕打ちは酷いぞ。身動きひとつとれないから受け身すらできねえのに、腹パンとかやめてくださいよ。頼みますから・・・・・って、そういえばこいつ、理子のことこんな回りくどい言い方で呼んでたか?

 

「体調はどうだい。頭が痛いとか、腕が痛いとか、気持ち悪いとか。なにかある? 」

 

 眉をひそめながらも、一画面の携帯のようなものを取り出し俺に聞いてきた。今俺が寝てるのは病院のベッドの上みたいだし、目が覚めた俺の症状でも書いているのだろう。どこかでまーた怪我したのか。・・・・・また、ってなんだ?

 

「あー、寝起き直後の息苦しさ。車酔いと似た気持ち悪さと頭痛。これらは治った。今は右目が見えない。体が信じられんくらい重い。特に腕だな。動かせるには動かせるんだが、なぁ、俺の体どうなってんの? 」

 

 ワトソンは、ふむ、とだけ答えるとカチカチとその機械を操作する。俺の質問よりそれが優先事項みたいだが、こいつなりに急いでるのだろう。なんたって、カーテンの隙間から見えるのは暗闇。月明かりすら申し分程度にしか入ってこない。院内の廊下からも光が漏れてないし、少なくとも夜の9時以降ということになる。つまり面会時間どころか消灯時間すら越えてここにいるのだ。

 

「キミの体の状態は最後に説明しよう。さて、今からいくつか質問させてもらう。僕への質問もしてもいいが、そう長くは付き合ってられないよ」

 

 ワトソンは携帯から俺へと視線を移し、真剣な雰囲気を漂わせた。

 

「質問・・・・・? 俺を看病してくれてたんじゃないのか」

 

「ああ。では早速、キミはいつまでのことを覚えてる? 」

 

 いつまでの、ってのはここに入院する前のことか。

 えっと・・・・・つい最近体育祭をやった気がする。気分悪くなって、理子に膝枕で介抱してもらった。そのあと理子親衛隊の隊長と話し合って。その翌日は──あれ? 覚えてないな。なんかしたっけかな。

 

「体育祭直後。そこが限界だ。その前はジーサードが襲撃してきたりな。かなりの強敵だったんだけど、なんとかして凌ぎ切ったんだよ」

 

「ジーサードか。その件については僕も耳にしている。じゃあどうやって撃退したか覚えてる? 」

 

「どうやったって、そりゃあ」

 

 ・・・・・言葉につまる。確かに俺は理子と協力してジーサードと戦った。最先端技術を駆使した装備と人間離れの身体能力に圧倒されかなりの劣勢だった。何度かピンチに追い込まれ、殺されかける場面すらあったが、そのことごとくをやり過ごせた。でも、肝心の方法が分からない。最悪の状況を打開するために手は打ったんだが・・・・・。

 

「覚えてないか。じゃあ任務の話からは一旦離れよう。次の質問だ。アリア、白雪、キンジ、レキ、平賀、僕、不知火、武藤。この人たちについてどう思う? 」

 

「どうって、意味が曖昧過ぎないか」

 

 俺の問いにワトソンは、ふむ、と首を少し傾け人差し指をピンとたてた。

 

「そうだね。例え話をしようか。例にあげた誰かが、単身で銀行強盗に立ち向かったとしよう。強襲専門じゃないとかは気にしないでくれ。それで、銀行の中には計10人の犯人達が、キミの友人ひとりを包囲した。強盗一人の戦闘力は低くその状況を打破するのは簡単だ。・・・・・だが、不幸なことに足を撃たれてしまい、出血多量。動けなくなってしまった。そんな時キミは銀行の外にいる。さて、助けに行くか行かないか。君はどっちだ? 」

 

 なんか、変な質問だな。でも雰囲気的にマジっぽいしおちゃらけたら逆に怒られる気がする。にしても、俺がまるで見捨てる可能性があると言わんばかりだ。んなわけないだろ。友達が困ってたら助ける。武偵憲章いぜんに当たり前のこと。

 

「助けに行く。武偵としても人としても、見捨てる選択肢はない」

 

「そうか。では峰理子が止めたら? 」

 

 ──理子? どうして理子がそこで出てくる。一番仲が良いって思われてるからか?

 

「どうして理子なんだ。そもそもアイツが止めるはずないだろ? 」

 

「京城、仮の話だ。たのむ」

 

「──たす、ける。友達なら、見捨てるわけにはいかない」

 

 俺の目をみて相槌をうつと、また携帯を操作する。

 俺がなにかやらかしたのだろうか。やらかしたのなら、内容からして仲間を裏切る行為だとかの類をしてしまった事になる。そうでもなければこんな事聞く必要が無い。

 

「よし。じゃあ次──」

 

「なあ。俺は、誰かを傷つけたのか? 」

 

 ワトソンの表情が一瞬だけ(こわ)ばる。だが、気のせいだと思ってしまうほどそれは一瞬のこと。

 そうだ、見間違いだと俺は思い込む。自分に強制するように言い聞かせる。

 

「次。キミにとって大切な人をひとりだけ教えて欲しい」

 

「大切な人──? 」

 

 そう言われて最初に思い浮かんだのが理子だ。次に・・・・・次に、だれ、だろう。名前は確実に思い出せる。仲間の顔が、思い出が、屈託な笑顔と共に脳裏にしっかり映し出される。けれどそのどれも、等しく暗い影が差し込んでいるのだ。影というのは思い出自体にではなく、仲間の顔が暗くなっているという意味合いに近い。そうなると、鮮明に映るのは理子一人になるわけで・・・・・。

 理子。そう自覚すると恥ずかしさが遅れて押し寄せてくる。

 

「理子、かな」

 

「愛してる? 」

 

「愛!? 」

 

 唐突すぎて混乱する。あっ、あー・・・・・。理子にも同じような質問何回もされてるからそのうち考えとこって思ってたけど・・・・・肝心な時に答えが出てこない。てか考えてなったし。愛とは違うんだけど、好きかって聞かれると、困るというかなんというか。

 

「返答に困る」

 

「好きっていうの認めたくないから? 」

 

「いやそうじゃない! 」

 

 若干浮ついた声にキレ気味で応戦すると、残念そうに肩をすくめた。大事な聞き取り調査っぽい途中なのに私情を挟むな私情を。キリッとして始まったこの会話を自分から雰囲気崩してんじゃねえか。

 

「分からないんだ。どうしても整理がつかん」

 

「──そうか。では質問を変えよう。もし峰理子が他の男とイチャイチャしてたら、キミはどう思う? 」

 

「そりゃあまあ。そいつを好きになったら、俺は潔く身を引くしかないだろ」

 

 ズキン。

 薄ら笑いで言い放った言葉に、何故か心が痛くなる。脳裏には、理子がこのニセモノの関係に愛想が尽き他の男とイチャイチャしてる場面がぷかぷかと湧いてきた。いつも組んでる腕が、小悪魔っぽくも俺を見上げるその笑顔が、誰かのモノになるんだとしたら・・・・・氷の槍に貫かれたような痛みを覚えてしまう。つまるところ、前々から危惧してる独占欲というやつだ。多分。

 

「ほーう? 僕には嫉妬心まるだしの思春期男子にしか見えないケドね」

 

「嫉妬!? まさか、俺がそんな」

 

「女性にだらしないキミが本気で恋したんじゃないか? 聞くとこによると、装備科の平賀文と一線越えそうになったって話あるし。キミの変態呼ばわりも、どうせ他の女子生徒に同じことをしようとしたんじゃない? 」

 

 ・・・・・んん? まって。今とんでもないこと口走らなかったかこいつ。聞き間違い。聞き間違いであってほしい! ・・・・・なわけねえよな!

 

「待て。本気で恋したとかそういうのはともかく、文のことどこで聞いた!? 」

 

「僕は諜報員だ。キミがいつ誰と接触したかなんてお見通しだよ」

 

 ふふんと鼻にかける姿を尻目に俺はただ祈るしかなかった。

 ──アリアと理子以外にこのこと知られてませんように! と。

 あれは文に酒というかアルコールが入ってたから俺に襲いかかってきたわけで、俺から手を出したわけじゃない。いくらでも弁明はできるが、一線を越えそうになったのは紛れもない事実。学校にでも広まってみろ、浮気変態最低男のレッテルが貼られる・・・・・!

 

「あの──皆には黙ってて頂けると嬉しいです・・・・・。あ、あと、他の女子にはそういうことは一切してませんので・・・・・はい・・・・・」

 

「元々言いふらす気はないよ。不幸を呼ぶのはキミの分野、これ以上の不幸は味わいたくないはずだからね」

 

 うぅ、ワトソンには頭が上がる気がしない。俺が釘を刺さなくともワトソンは言いふらさなかったと思うけど、これからの学校生活に関わる話なんだ。特に蘭豹先生にでも知られれば──うっ、これ以上は想像したくねえ。

 

「話が脱線したね。とにかくキミは、峰理子が他の男とイチャイチャしてた場合、嫉妬が生まれるっと」

 

「ちょ! まだそうと決まったわけじゃ! 」

 

「はいはい。次いくよ」

 

 声高に俺の言い分を切り上げると、手に持った携帯に目を落とした。

 本当に分かってくれてるといいんだが、まあワトソンなら大丈夫かな。なんだかんだ信用はできる。バスカービルと良くしてくれてるからな。さて、次の質問は、と。

 

「もし峰理子が襲われたら・・・・・ああ、これじゃ広義的すぎか。()()()()()()としたら、キミは──」

 

「──! 」

 

 ドス黒い殺意が蠢く。激怒なぞ生ぬるい。"殺す"、ただそれだけが心を支配していた。どことも知らぬ汚い野郎が理子を穢す。想像しただけで止めどない殺意が際限なしに溢れる。

 その汚い手で触れるな。近づくな。見ることさえ許さない。お前らが指一本でも触れようものなら殺す。手足を1センチずつ切り刻んで、その汚い性器をミンチにしたあと、オマエらの喉に直接詰め込んで、それで──

 

「朝陽! ・・・・・大丈夫か? 」

 

「・・・・・ん」

 

 名前を呼ばれてハッとする。なにか、とてつもなくヤバいこと考えてた予感がする。胸のモヤモヤと、不自然に強く噛み締められた歯が少し痛む。謎の息切れも起こして、一体何が・・・・・。

 

「今キミが僕に何したか、覚えてるかい? 」

 

 ワトソンが紅潮した顔をしかめて俺を睨む。どうやら首をさすっているようだが、俺からしてみれば、質問された瞬間ワトソンが顔を赤らめたとしか言い様がない。注視してみれば、首に若干絞め痕があるが・・・・・最初からあったか? よく見てないから思い出せん。

 

「いや、それよりその首の痕はどうしたんだ? 」

 

 ワトソンは俺の問いに目を見開くと、そうか、と落胆した素振りをみせた。俺にとっちゃ何が俺の落ち度だったのか教えて欲しいんだが、そんな雰囲気でもなさそうな感じではある。

 そういえば、いつ動かしたのか分からんが右腕がワトソンの方向へなぜか向いている。両腕がクソみたいに重たいから動かしてないはずなんだけど・・・・・もしかして俺が首絞めた? いやいや。記憶にないし。俺じゃないだろう。

 

「で、次の質問はなんだ? 理子がーの続きから聞こえてなくて」

 

「・・・・・」

 

 ワトソンはだんまりとうつむき加減で携帯の画面を見据えている。人が変わったかのように、今までとは打って変わった様子だ。ほんの一瞬前まではあれだけ話していたのに、今では触れがたい雰囲気──むしろ敵意すら感じ取れる。

 一瞬の間に何があったんだと思わず俺から問おうとすると、ワトソンは咳払いでそれを遮り、もう一度俺に真剣な眼差しをおくった。

 

「なんでもない。ではこれで最後だ。キミは────自分を人間だと思っているかい? 」

 

 ・・・・・は?

 あまりにも突拍子のないことで、そのワトソンの言葉を理解するのに、少し間が開いてしまう。理子に関してのことだと身構えていたのだから尚更だ。

 人間として生まれてきたんだ、当たり前だろう。と、ため息混じりに口を開くが、どうもその言葉が喉から出てこない。代わりに出てきたのは、

 

「は、はぁ? 」

 

 という間の抜けた返事だけ。

 

「人は体内血液の約30~35%以上失うと生命の危険がある。これは衛生科Eランクのキミですら知ってることだ。そして、出血量が50%を上回った場合、助かる見込みはまず無いと言っていい」

 

「・・・・・」

 

「ただ、動脈などを損傷し短時間で大量の出血をした場合、出血性ショックに陥り死に至ることもある」

 

「何が言いたい」

 

 ふぅ、とワトソンは軽めのため息をついた。

 どうして突拍子もない人体のことを話すのか。今の俺の怪我に関係あるのか・・・・・? 胸がざわつく。意味のわからない冷や汗が背中を伝う。意識してない自分の何かが、それ以上聞いちゃいけないと警告している。

 

「ハッキリ言おう。友人としてではなく、ひとつの組織に属しキミを監視する者として。()()()()()()()()()()()

 

 そう告げるワトソンの目には嘘ぶる様子は一切見られない。

 人じゃない──唐突にカミングアウトされたそれは到底信じられないものだ。鼻で笑うとはまさにこのことを言うのだ。

 笑って否定すれば良いものを、心の何かが、ワトソンのたわいごとを必死に否定する。

 

「うそだ。ちがう。まだ俺は人だよ。どうせこの怪我のこと言ってんだろ? 怪我なんていっつもしてるんだよ。言わば俺は病院の常連客ってところだ。主治医の先生には呆れられるくらい通ってる。今回もそうだろ? 包帯ぐるぐる巻きだから大袈裟に見えるだけなんだ。ほら」

 

 岩のように重い両腕を持ち上げワトソンに手を振ってみせる。それから五本の指を交互に動かしたりと、自分でも滑稽な姿を演じてみた。そうでもしないと、胸のざわつきが収まってくれない。

 ワトソンは俺の腕を交互に見ても、表情を和らげてくれない。これじゃダメってことか。手を動かすだけじゃ誰でもできるもんな。あはは。

 

「包帯取れたらさ、射撃場に連れてってくれよ。組手でもいい。銃の扱いとか徒手格闘とかなまってるからさ。リハビリ必要になることになっても、絶対元の状態に戻すから。だからそんなこと、言わないで──」

 

「現場に付着した血液を調べたんだ。もちろん僕も助手として参加した。どの組織よりもいち早く友人の異常を否定するためにね。・・・・・結果は違ったよ。キミの血液量は計算して約5L。そのうち約80%──4Lがキミの体から流れ出したことが判明した」

 

「話聞けって! ・・・・・あ、80%? ──ああなるほどな。分かったぞ。ビックリさせんなって! ワトソン、さてはドッキリでも仕掛けてるな? でも肝心なところでボロ出しちゃダメじゃないか」

 

 さっきからよく分からん質問だと思っていたが、仲間に対してどう思ってるかーなんて入っていれば、答えはひとつ。好感度調査を兼ねたドッキリだ。首謀者は武藤か理子だな? 武藤だったら轢く。・・・・・聞かれちまったじゃねえかよ。理子のこと。あーあ、またからかわれる。

 ──ドッキリかぁ。ここは引っかかったふりをするのが吉だったか。失敗したな。内容はなんにせよ壊しちまった。

 

「・・・・・京城。疑問に思わなかったのか? 」

 

「ん、なにをだ? 」

 

「キミの血液が正確に把握出来たか、だ。キミのは他の誰の血液とも混ざらないんだ。まるで血液の一粒一粒が他人を拒絶してるように、水と油のように弾きあう。だからおおよその量は測れた。あとは識別方法だけど──金属探知機に反応するんだよ。キミの血液」

 

 ドッキリとわかった以上話し半分に聞いていたが、それでもぶっ飛んだ理論があのワトソンの口から出てきて、

 

「・・・・・はぁ? 」

 

 思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。

 金属探知機? 弾きあう? んなバカな。

 

「よく分からんのだが──突飛な設定なこって。もうドッキリは終わりだぞー。俺はロボットかってんだ。かっこいいけど自分がなるのはごめんだぞ」

 

「初めに疑ったのは、峰理子を助けるために救出へ向かった紅鳴館での戦闘後のことだ」

 

 それでもワトソンは無視して続ける。おい、と声をかけようとするも、その冷えきった瞳を見て自然と言葉を飲み込んでしまう。

 

「現場を見に行ったが、何者かがかなり出血していた痕跡が半焼した館内のそこかしこに残されていたよ。それらはほぼ全部じゃないにしろ、大半がひとりの生徒から零れ落ちたモノだと判明した。色々と話を聞く限り、あの場にいた誰よりもキミは重症を負っていたはずだ。なのに回復速度が尋常じゃない。歴史上類を見ない、人を逸脱した速さだ」

 

「あ、ああ。まあドッキリかどうかはともかく。個人差によるだろそんなこと」

 

「専門的な治療を受ける前に断裂した筋肉や神経が、一週間も経たぬうちに完全に治った状態まで回復したなら話は別だ。体の奥深く、最大の急所の一つである心臓に刃を突き立てられても、病院に担ぎ込まれた時にはキミ自らの力でどんどん傷が癒えていくのが直接観察できた。僕は医療には少し携わってる身でね。キミの手術にも立ち会えたんだが、あの回復力は超能力(ステルス)の枠を超えた領域だ」

 

「どういう意味だよ。俺そんな大怪我したのか? それに心臓だって? ハハッ、ワトソンにしてはぶっ飛んだ発想だな。初ドッキリで緊張しすぎて三徹明けですってなら納得できるが、もうやめよう。ごめんな付き合い悪くて。直近の記憶を取り戻すのが先決だからさ」

 

 苦笑いを浮かべながら手を胸に当てる。あまりにもワトソンが真剣だから、こうして確かめないとバツが悪いというかなんというか。

 感触的に全身に包帯グルグル巻きだし、しっかり胸に手を押し付ける。

 まあ本当に心臓に刃物が突き刺さったんなら肝心のソレは止まっているはず。てかその状態で俺生きてない・・・・・し、な?

 

「あ、あれ? 」

 

 あの暖かな鼓動が手の平に伝わってこない。包帯越しでもちょっとは感じるはずなのに。あ、ああ。たぶん巻きすぎたのかな先生。

 僅かに震える手を首──頸動脈に動かす。幸か不幸か首には細長いチョーカーのようなものしか付けられておらず、脈を測るのに邪魔なものはない。これならまぁ、だいじょう、ぶ・・・・・

 

「────は」

 

 わけがわからない。いくら探っても指先に伝わってこない。俺だって衛生科(メディカ)の端くれ。基礎中の基礎だが、高天原先生の教えはきっちり頭に刻み込んでる。正しい位置で測れてるはずだ。なのに・・・・・なのにっ、なんで!

 

「分かったかい? ()()()()()()()()()()()()()ってことが」

 

 ・・・・・頭の中が真っ白になる。素直に受け止めきれない。だって今もこうしてワトソンと話を交えてるんだ。体調は万全とは言いきれないけど、意識はハッキリしてるし空腹感もある。生きてる証拠なら沢山あるんだ。

 

 じゃあどうして心臓が止まってるのか。理解しようとすると、途端に脳の内側から無数の針で刺されたような苦痛が走り抜ける。黒板に爪をたてた時のと似た不快音が体の内側から鳴り響き、体の奥底から氷が積まれていくが如く冷え始める。思い出すなと警告してるつもりか、おれ。

 唐突に身体を蝕み始めた()()に眉をしかめるが、ワトソンは顔色ひとつ変えずただ俺をじっと見て携帯を操作するだけだ。それは友人に向ける目ではなく、実験対象の行動をただただ観察するに等しい無機質なものに感じられる。

 

「・・・・・はっ、なんだ、俺がゾンビだとでも? 」

 

 震える声音を必死に抑えて冗談交じりに返答する。だが、現実は甘くなかった。

 

「キミが僕を食べたいって言うならそうかもしれないね。包帯の下は腐った肉塊かも」

 

「ワトソン! ふざけないで答えろ! 」

 

 内に秘めていた怒りを爆発させる。いや、怒りと呼ぶにはおこがましいもっと醜いナニカ。自分でも認めたくない。認めたくないから、頭にその文字が浮かんでこない。これをぶつけられたワトソンが理不尽と思うのは百も承知だ。でも、怒鳴りでもしなければ、いわゆる人外だと認める気がしてならなかった。

 

 痛いほどの静寂に包まれる。同時に内外の圧が身体を風化させていく。冷たい。体の芯から凍る。さっきまであったはずの体温のぬくもりを宿した布団が、逆に熱いと感じてしまうほど。だが寒いとは感じない。まるでこれが平熱だとでも身体が錯覚してるのか。気持ち悪い。きもちわるい。息苦しい。吐き出してしまいそうだ。

 

「キミは先程僕に手を振っただろう。あれも人間なら不可能なんだ」

 

 長い長い静寂をやぶり、ワトソンは唐突に話を切り出した。

 

「キミは、ライフル弾に被弾し文字通り()で繋がっている状態の腕で、トーヤマが打ち込んだマッハ1前後の拳を真正面から受け止め、神経や筋繊維がズタズタになった腕で、僕に()()()()だと伝えた。どちらも切断してもおかしくない・・・・・むしろ切断されるべき重症で」

 

「──なんなんだよ。意味わかんねえよ。嘘も大概にしてくれ」

 

「僕だって初めてみた。あんなグロテスクなのは到底見せられない。海兵隊ですら目を覆いたくなる重症だ。特にキミと親しかった峰理子には大きなストレスだったろう。戦闘中は割り切っていたが、緊張が解けた途端取り乱した様子だったから。峰理子はブラド及びヒルダとの関係でも強いトラウマを抱えていた。それを解決してくれたキミがあんな姿にでもなれば無理もない。ただ峰理子は強いからね。立ち直る強さは持ってるはずさ」

 

 嘘だうそうそうそ・・・・・。全部作り話だ。そうに決まってる。心臓もからくりがあるはずだ。首で脈が測れなかったのも、装着されてるチョーカーのせいに違いない。

 

「ああ、包帯はまだとれないよ。ガッチリ固定されてて僕も外せない。だから今キミに両腕がズタボロになったって言ってもきっと信じてくれないだろ。だけどそれでは話が進まない。そうだね・・・・・キミ対バスカービルとジーサード及びジーフォースとの死闘が繰り広げられたこと、キミの右目の眼帯をとって証明としよう」

 

 大丈夫だ。俺はなんでもない。そんな大怪我してない。理子にも迷惑なんてかけてない。だから、眼帯はずないで。お願い──。

 だが心の中の情けない懇願とは裏腹に、ワトソンは身をのりだし俺の耳にかかったヒモをスルリとはずした。

 

 眼帯のせいで周りが見えなかった──そんな幻想は音をたてて崩れ去る。どう足掻こうと、重たい腕を無理やり動かしまぶたをこじ開けようとしても、ピクリとも動かせない。()()のように右目周辺の皮膚が硬化し、もう一度周りの風景を映すのは不可能だった。

 

「ほら。キミの目は今こうなってるよ」

 

 見たくない。見たくない。しかし、そのあわれな思いを簡単に打ち砕かんと無機質な月光が俺とワトソンの持った鏡を照らし出す。

 そこに映し出されたのは────硬く閉じられたまぶたの中心から()()()()()()()()()()()のような傷跡だ。半径2センチほどのソレは、傷と言うにはあまりにも(いびつ)。通常戦闘で出来たモノじゃないと一目で判断できる。こんなの、誰かが意図的につけたとしか思えない。

 

「それでもまだ、思い出せないかい? 」

 

 ワトソンの言葉で頭痛に拍車がかかる。同時に、誰かが「聞くな」と喚き散らし始める。ワトソンの声を遠のけようとする阿鼻叫喚にも似た叫び声。どうしてこんなにも体が拒否反応を起こすのか。・・・・・知りたい。何を忘れているのか。大切なものを失っているのか。

 最後まで思い出せなかったか、と捜査していた携帯らしきものを傍の机に置いた。そして、俺の瞳をジッと見つめ、口を開く。

 

 

 

「キミは瑠瑠色金(るるがみ)となった」

 

 

 

「・・・・・る、るがみ・・・・・ぁぁ、あああアアアアッッ!! 」

 

 欠けた記憶が頭に押し込まれる。今までと比べ物にならない耳鳴りと頭痛で目の前がゆがむ。痛みで意識が遠のき、さらなる痛みが無理やり意識を覚醒させる。目の前が真っ赤に染まり、自分の喉から発せられる絶叫がハンマーとなり容赦なく自分の頭へ振り下ろされる。唇の端を噛み痛みに堪えようとするも、一瞬のうちに噛み切り、沸騰しているかのような熱量の血液がポタポタ垂れ墜ちる。

 

 どこにも現実から目を背ける手段はない。

 そうだ。(おれ)は自分を信じてくれる人に平気で刃を向けた。躊躇なんてなかった! 俺がジーサードに殺されたからそれに乗じて、なんて言い訳にならない。どれだけ言い訳を探そうと、その答えの前に、この体はもう半分以上瑠瑠色金に成ってしまっているという事実が立ちはだかる。──俺がやったのと何ら変わりない。この世で一番憎くて、殺したくて、消えてほしくて、『──』たくて、そんなモノに気付けば自分が成っていた。

 

「イタ、イっ! 痛い痛ィ! 」

 

 傷つけた。瑠瑠神だった自分が何をしでかしたか。傷つけた。あんな平然と、冷酷に。傷つけた。アリアもキンジも白雪もジャンヌも、皆と仲良くしてくれてたかなめも。大切な理子ですら・・・・・!全員傷つけた! あれだけ瑠瑠神には屈しないと誓ったはずなのに! 命を賭して救おうとしてくれた皆を殺しかけた! 全員殺しかけた!

 

「割れっ、ぇる・・・・・! 」

 

 途方もない罪悪感と激痛に脳が灼け焦げる。幻覚か生肉が焦げたような臭いすら感じ取れる。内側から熱せられた頭が溶け出す──味わったことのない不快感。これが幻覚だとしたら、なんでこんなに苦しまなくちゃいけないのか。俺一人がどうしてこんな痛みに耐えなくちゃいけないんだ。気持ち悪い。ただただ自分が気持ち悪い。こんな仕打ちは望んでな──

 

 ──あ、ちがう。

 

 俺が弱いから今も苦しいんだ。謝って許してもうらうなんて都合が良いにもほどがある。これは罰だ。俺が弱いから、瑠瑠神の能力を乱用して理子を救ったように気取ってた、愚かで醜い自分への罰だ。

 

 そう自覚した瞬間、ドロドロと痺れる不快感が手足の末端部に現れた。瞬く間にそれは全身へと流れ出す。どうにもできないまま吐き気をおぼえ、しかし胃から込み上げるものを受け止められず、そのまま純白の布団にぶちまけた。何も食べてないが故に胃液だけを吐き出して──

 

「ぁ、れ? 」

 

 僅かに濡れた白い病衣に小さな糸のような束が固まっている。鮮緑に彩られた、糸。

 ──違う。これ、は・・・・・髪の毛?

 

 ・・・・・ぁあ、あああア! ちがう、ちがうちがうちがう! 俺はお前のものじゃない! 俺はもう()()()傷つけたりしない! ゼウスの言った通り俺は一人で戦わなくちゃいけないんだ! 理子一人くらい守れる! もう二度とっ、二度とお前なんかに・・・・・!

 

 

 

 あと何回俺は、「理子を傷つけない」といえば、良いんだ?

 

 

 

 ・・・・・ぁ。

 意識は底抜けの暗闇に落ちて、堕ちて、墜ちて──

 

「今はゆっくり休むと良い。同志朝陽──いや、瑠瑠神よ」

 

 ドロドロと崩れるワトソンの顔を最後に、意識が、おちた。

 

 

 ────ぱきっ。

 

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