俺、ヤンデレ神に殺されたようです⁉︎   作:鉛筆もどき

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前回 ワトソン(?)との病室内で会話


第63話 運命のイタズラ

 ──起きてすぐのことだ。まず始めに感じたのは、泥のように重い自分の肉体だった。そして肩にのしかかる重圧。胃がキリキリ痛み、目覚めた瞬間から倦怠感に苛まれる。でもこれ以上寝れる気はしない。昨晩からそう時間も経ってないはずなのに、やたらと体のあちこちが固まっている気がする。寝過ぎて逆に体が重くなるアレと同じ感覚だ。

 

 手始めに動かすのにも一苦労だった手足をバタバタさせてみるが、異常な重さは感じられない。至って普通の四肢だ。ただ、右腕の上腕付近の風通しが良い感覚がなければだが。けど反対の腕は大丈夫。相変わらず右目が見えないのがイタイ。人間片目を失えば立体視ができないとされている。距離感もいまいち掴みづらく、前線で戦う武偵には致命的な欠損だ。

 そして体の調子を確かめていくうちに、嫌なことを思い出してしまった。

 

 ・・・・・冷たい。体が、死体のように。

 やはり、という悲嘆。夢であってほしい期待感。あらゆる後悔を思い出す。布団の無機質な暑さを蹴り飛ばし、手の甲を両目にかぶせ。汚れひとつない真っ白な天井を直視しないことにした。

 ズキン、と頭に鈍痛が走る。心臓が脈打つリズムに似たソレは、生きている証だと言わんばかりに頭の中を駆け巡る。

 ──ただの悪あがきに過ぎない。それでも、止まって縮こまった心臓にチクチクとした苦しさが何度も何度もしつこく突く。そのたびに息苦しさが増して、喉の奥に熱さが込み上げる。

 

「なさけない」

 

 それを別の言葉で吐き出した。

 昨晩のように取り乱したりしない。己の情けなさに失望し嘆いたところで何も変わっちゃくれない。自分が弱いことを嫌というほど痛感するだけだ。

 憎い。この体が瑠瑠神であることに虫唾が走る。命をかけて守るとほざいたくせに、自分が脅威の元凶に成るなんて笑えてくる。赤の他人ならバカにしてたほどだ。誰かを守る、なんてのは自分が強くなくてはならない。そう、瑠瑠神の能力を使わなきゃ無力な俺には分不相応だ。

 

 ──けれど。どれだけ辛かろうと、理子の前で弱音を吐くのはダメだ。これ以上理子に負担をかけさせたくない。だから、理子の前ではずっと笑顔でいなくちゃならない。忌々しくもこの体は瑠瑠色金。微かに蘇る記憶の中で、アイツは痛みを一時的に無視して戦ってた。何も出来ない俺が死に物狂いで護ろうとした結果がこのザマであるなら、使うしかあるまい。たとえその()()()()が瑠瑠神の策だとしても。

 

 それは俺が弱くてもできることだ。どれだけ傷ついたって良い。バスカービルのみんなに作り笑いだってバレても良い。何言われたって構わない。後ろ指をさされても。せめて、最期(さいご)の最期まで理子の前だけでは・・・・・いや、もっと簡単な方法があるじゃないか。俺が理子の──

 

「──! 朝陽、起きたのね」

 

 ドアの軋む音に遅れて、続く足音2つ。聞き覚えのある声に慌てて表情を明るくさせる。決意したそばから崩されては堪らない。醜い考えを一旦やめて、いつもの口調で、調子で。自分を落ち着かせる魔法の言葉を心でつぶやく。()()()、と。

 

「・・・・・アリアか、あとは」

 

「朝陽くん! よかった・・・・・! 」

 

 ベッドから起き上がると、白雪はパァっ、と周囲をきらびやかに照らすような笑顔を浮かべた。そして白雪の後ろで俺をじっと見つめるかなめ。ありがたいことに看病してくれてたらしい。

 

「体調はどう? 」

 

「ま、あだいじょ、うぶ・・・・・」

 

 あれ、上手く話せない──どうしてだ? なんか言葉が突っかかる。

 

「あー、後遺症でてるのね。無理もないわ。先生呼んでくるから待ってて」

 

「じゃあ私行ってくるよ! キンちゃんと峰さんも呼んでくるから、2人で待ってて! 」

 

 と、白雪は足早に出ていく。その様子を見て俺は、少しホッとしてしまった。理由はどうであれ敵対してた仲間が目覚めた瞬間、警戒のひとつでもするはず。それがどうだ、仲間がまだ仲間であることを当たり前だと思ってるのだ。白雪が部屋から出てったのも、俺がまだ俺だと信じてくれてるからだ。

 だとしても──やはり重たい空気が室内に流れる。俺の態度から察しの良いアリアなら勘づいているはず。このまま黙っていればいずれ先生が来るから強制的に話すことになるが、他人の力を借りて謝るなんてのは間違ってる。これは俺が引き起こした問題だ。

 

「ア、リア。ごめん・・・・・」

 

 あまり喋れないから、その一言に感情を詰め込む。

  するとアリアは、ううんと首をふり。

 

「・・・・・あたしに謝ってもしょうがないわよ。詳しい理由は分からないけど、成る瞬間は観てたから。無責任にしか聞こえないと思うけどあえて言うなら・・・・・立派だったわよ。朝陽」

 

「──立派? 」

 

「瑠瑠神に成ってでも理子を守ろうとしたこと。朝陽に近づいた女は全員殺すって言っときながら、不自然なくらい理子に手を上げなかったもの。無意識に守ってあげてたのね」

 

 かなめに目を向けると、同じようにうんうんと首を縦にふった。誇らしげに語るアリアも嘘をついてるとは思えない態度だ。念の為、本当か、とアリアへと視線を交わすが、一切そらさない。アリアはすぐ嘘が顔に出る。だからボロが出ると思ったが、一貫してその態度を崩さない。

 理子を守っていたのは事実。よかった・・・・・と安堵するも、心の内から違う考えが湧き上がる。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()──と。俺が一番共に過ごしている異性は理子だ。俺を手に入れたい瑠瑠神にとってそれは大罪。あまつさえニセモノの恋人という関係を、許すはずがない。無意識の内に守っていた、というより、殺したい(好きな)ものは一番後までとっておく、という答えを信じてしまう。

 

「うらやま、しい。アリ、アは。捉え方、が、ポジ、ティブで」

 

「あったりまえじゃない。無理。疲れた。めんどくさい。あたしが嫌ってる言葉に共通するのは、全部ネガティブな方向に感情が行ってしまうことよ。それで気が沈んで、関係ないことまで全部自分が悪いってなって、一人で抱え込んだまま沼にズブズブ沈んでいく。プライベートにも任務にも支障が出るなんて最悪じゃない」

 

「で、も。おれ、バスカー、ビルのみん、なを。こ、ろそうと」

 

「ばかね。瑠瑠神に成ったからって元がアンタってことは変わりないでしょ。アンタに小細工なしで負けるほどあたし達チームは弱くないの。瑠瑠神はともかく、友達を傷つけるなんて、社会で活躍する武偵にはあることよ。契約者によって対立することくらいざらにある」

 

 だから、と包帯がぐるぐる巻きにされた腕を人差し指でツンと突くと、

 

「今は怪我を治すことに専念しなさい。色金対策はそれからよ。あたしも緋緋色金を宿す身として他人事とは思えないの。だーかーら、今回は貸しよ」

 

 そうか。アリアにも色金がシャーロックによって埋め込まれてるんだ。緋緋神がアリアをどうしたいかによってアリアの人生は大きく変わる。巻き込まれるキンジもそうだ。アリアを失えばキンジはどんな顔をするだろうか。それを見た白雪は。レキは──。でもアリアの自信に満ち溢れた表情と性格から察するに、俺の心配なんか杞憂だ。きっと、緋緋神に憑依されてもハッピーエンドを迎えられる。

 でも俺はもうダメだ。憑依と変成は違う。ワトソンの言葉を信じるなら、俺はもう瑠瑠神に変成したんだ。手遅れもいいとこ、あとは意識がどれだけ持つかの悪あがきにかかってる。だからもし、俺が意識を失う前にアリアが緋緋神に憑依されれば、その時は──

 

「うん。ちゃ、んと覚えと、く」

 

 少しでも手を貸したい・・・・・そう言いたかった。けど、心の中で何かが邪魔をする。言い訳のひとつも出てこない。()()()破ってしまう、というより、()()()破ってしまう、と考える自分が愚かなのは充分承知の上。分かっていて期待させるなんて最低の行為。だとしても、アリアは俺が協力してくれると信じてしまうのだろう。

 その情けなさから目を逸らし、怪我をさせてしまったかなめに声をかける。忘れてはいけないことだ。俺はかなめをもう少しで殺してた、ということを。その過程で、消えないキズをおわせてしまったかもしれない。だから、

 

「かなめ。その、服、背中、まくっ、て」

 

「──朝陽? 」

 

 一瞬にして殺意をこもらせた返答はかなめではなく、アリアから発せられたもの。みるみるうちに顔が紅く染まっていき、鬼のような形相を一瞬にしてつくりあげた。自分が危害を加えたことを忘れたとは言わせないと、強い意思のようなものを感じる。かなめは先日アリアたちと和解したばかり。アリアの逆鱗に触れてしまったの──

 

「アンタ! 復帰早々何言ってんの! 友達の妹のはだっ、は、裸をみっ、みたいわけ!? 」

 

 ──感、じる・・・・・。

 

「えっ、と・・・・・なに? 」

 

「だだだだから! 服の下って! あんた起きた早々! 」

 

 ああ。言葉足らずだ。これじゃ脱げって言ってるようなものだ。かなめに限らず、別に他の女子のを見たって何をする訳でもないが、こんな言い方じゃ誤解も生んでしまう。早く訂正を・・・・・。

 

「アリア。朝陽さんはそんなこと言ってないって」

 

 かなめにも呆れられると身構えたが、真意を分かってくれたようで、はあ、とアリアに大きいため息をついた。それから真剣な表情に戻しゆっくりこちらに歩み寄る。そして、包帯が巻かれた頭を深くさげ──

 

「本当にごめんなさい」

 

 ──と。

 

「・・・・・」

 

 あまりに呆気にとられて言葉が出てこない。

 俺はあの戦闘中、かなめを瀕死に追いやった。キンジの到着があと数秒遅ければ死んでいた。確実にだ。その相手に警戒心や嫌悪どころか、謝るなんて・・・・・。俺が殺すかもしれない。武器隠し持ってるかもしれない。あらゆる可能性があるというのに、どうして。

 

「俺を恨、んでないの、か? 」

 

「サードはともかく、あたしは恨んでなんかないです。むしろ逆です。朝陽さん含めたバスカービルを騙したのはあたし。あたしが呼び出さなきゃ、朝陽さんはこんな怪我させたり、瑠瑠色金にのっとられることもなかった。バスカービル全員を危険に陥れた」

 

 確かに俺たちはかなめの救出のために向かった。ほぼ確実に罠だと知っていても、ジーサードならやりかねなかった。案の定ジーサードに蹂躙されたわけだが、万全の状態を維持できてなかった俺も未熟だ。不慣れな指揮をやろうとして敵側の動きについていけなかった。格上相手に未熟な作戦で乗り切ろうとした俺がバカだったんだ。

 

「かな、めは悪、くない。俺がただヘマした、だけ。ジー、サードも、場合によっちゃ、ホントにかなめを殺した、かもだ、から」

 

「サードはそんなこと・・・・・ ! 」

 

「しない、かもし、れない。それでも飛び込ん、で仲間を、助、けに行くのがバスカービ、ル。・・・・・俺はそ、の一員になれて、るか、疑問が残るけど。そ、れに。あの宣戦布告、がなければ、奇襲で殺、されてたよ。多分」

 

 実際夜にジーサードに強襲されてたら理子もろとも俺は殺された。そして瑠瑠神化し、最後は悲惨な結末を迎える。それをしなかったのは直接聞かなければ知るところなしだ。

 

「でも──! 」

 

「なら、喧嘩両成敗ってことにしましょ」

 

 と、さらにヒートアップしそうなところを、名誉挽回のチャンスだと言わんばかりにアリアが口をはさむ。

 

「あたし達もアンタを許した。朝陽も自分に思うところがあったから許した。そうでしょ? 」

 

「ああ」

 

「お互いが自分が悪いことをしたって思ってる。ならお互い一緒に謝る。これ以上の仲直りする方法はないと思うけど」

 

 アリアの言う通りだ。この状況を打破できる唯一無二の条件。いつまでも俺なんかを気にして、迷惑をかけてられない。全て俺が悪いんだから。

 かなめも承知したようで、アリアに向けていた抗議の視線を反省に変え、俺と目が合うよう今いちど姿勢を正した。

 

「・・・・・これからあたしも、瑠瑠色金について色々調べてサポートします。本当に、ごめんなさい」

 

「俺も、未熟なば、かりに──ごめん」

 

 多くは伝えられないけど、その一言に全てをのせて謝った。

 同時に下げてた頭をあげたが、かなめの表情も幾分か明るくなったように思える。正直なところ、かなめがまさか自分から謝りに来るとは思わなかった。チームとはいえ関わりはほぼゼロ。今後関わるから仕方なく、という雰囲気も感じられない。あのジーサードの妹とは思えん責任感の塊だ。・・・・・ジーサードも、俺が見てない側面ではかなめ同様優しい心の持ち主かもだが。

 

「はい! じゃあこの話は終わり! ややこしい事情は置いといて、また顔を合わせることが大事なの。覚えておきなさい」

 

 誇らしげに語るアリア。続いて、

 

「にしてもあんた、()()()()()()()()。あんたが倒れたあと、急いで止血しても血はドバドバでるし、急に冷えてくし・・・・・あとから救護に駆けつけたワトソンでさえグロテスクさに吐きかけたのよ? あたし達はアドレナリンとか出てたし色々と集中してて気にしなかったケド、今見たらヤバいかも。それくらい大変だったのよ! ──でも、あれだけの重症を負って生きてるだなんて、さすがしぶといだけあるね」

 

 ──と。

 

「そう、か・・・・・ん? 」

 

 アリア今なんて言った? ()()()()()()()()? いや、知ってたらアリアでも冗談を口にしないはず。・・・・・そうかまだ知らされてないのか。俺の心臓はもう止まってるって。まあ患者の症状を簡単に漏らすほど病院の管理は甘くないか。だとしたら、ここの3人にも。バスカービルにも。真実を伝えなくちゃならない。

 うんうんと腕を組みながら頷いたアリアに、口を開く。

 

「俺さ、実は・・・・・」

 

「京条! 邪魔するぞ! 」

 

 ──が、これから重大な告白の、その瞬間に部屋の扉が大きな音をたてて開けられた。そこに立っていたのは、2メートル近い大柄の女性と、紺スーツに無地のネクタイをした男性2人。穏やかな表情を俺に向ける男性は、襟に秋霜烈日章のバッジがある。検事さんだ。それも、結構偉い方だと思える。

 反対に好戦的な雰囲気を宿した女性の片手には真新しいパチンコ雑誌が丸められ、傷跡が残る手に収まっている。金髪で目つきが悪く。何もかもを破壊しそうなこの感じ・・・・・ええと・・・・・

 

「らん、ぴょ、う先、生」

 

 ズンズンと大股でこちらへ歩み寄る大型獣のような迫力に、アリアとかなめは思わずたじろぎ、といった様子だが、あいにく俺には逃げる(すべ)がない。

 かなりの身長差故に見上げるかたちになり、そしてかなりキツめの形相でその分厚い雑誌を振り上げたかとおもえば、

 

「こぉのドアホ! 」

 

 一切の容赦なく丸めた雑誌をおでこに叩きつけてきた。目玉が飛び出すんじゃないかってくらいの衝撃。痛みはないが、代わりに脳みそが揺れてちょっと気持ち悪い。自業自得とはいえ病人にフルスイングをかますのか、この教師は。死んでる俺だから良かったけど、まっとうな患者に振るえば武偵とはいえもっかい手術が必要になる威力だぞ。

 

「毎度毎度、任務を受けるたびに入院して恥ずかしくないんか! 少しは自分の身を気にせえや! 」

 

「すみ、ません」

 

「すみませんで済むか! あとちょっとでも遅かったら旧0課と武装検事に消されてたで! 報告書と始末書を大量に書かされるこっちの身にもなれや! 」

 

「武装検事・・・・・専、門ので、すか? 」

 

「せや! 運悪きゃアメリカの人工衛星からレーザー兵器で一面焼け野原やったで! まだ()()だからこいつらも対処できるんや! 」

 

 と、アリアとかなめを指さした。

 旧0課、武装検事、アメリカ。自分が思っている以上に深刻なワードがポンポン出てくる。旧0課は武偵の中でも超人奇人が集まる精鋭たちの集まり。専門分野にもよるが、俺はもちろん、アリアやヒステリアモード時のキンジでさえ到底敵わない相手。そして武装検事は、軽々とそれを上回る実力の持ち主が集まる精鋭中の精鋭だ。百戦錬磨、一騎当千を怪物相手に披露する腕前。本気の武装検事に並みの武偵が立ち会ったとして、3秒生き残れたら勲章もの。生き残った英雄として讃えられてもおかしくない。

 

 そんな人たちに囲まれていれば、今ごろ1センチ四方の肉片の塊に成り変わっていたとしても驚くことはない。瑠瑠神という得体のしれないモノが相手ということを鑑みれば、むしろ妥当だ。

 

「まあまあ。落ち着いてください蘭豹さん。彼も未知の存在に苦しんでいるんです。まだ入院中なんですから、手を出すのはやめましょう」

 

「あ、なたは。ぶそ、うけんじ、さんですか? 」

 

 怒りをぶちまける蘭豹に両手を前に出し、どうどうと落ち着けようとする検事さんに問う。検事さんは、一見するとただの優しいおじさん程度の印象しか持てないが、よくよく観察すれば、至る所の筋肉が引き締まり、暴れようとする蘭豹を抑えていても体幹は一切ぶれていない。おそらく、蘭豹との実力差はかなりあると見える。

 

「そうだよ。私は武装検事。規約上名前は名乗れないからそこは勘弁してもらうよ」

 

 と俺に手を差し伸べた。

 ・・・・・本当に気の優しそうなおじさんだ。だけど、このおじさんから発せられるピリピリとした空気は、今まで向けられた敵意や殺意といったソレに近い。まだまだ、武偵高で日常茶飯事に向けられるレベルだ。確かに、得体の知れないモノを警戒するのは武装検事でも武偵でも変わらない。だから無視して──? アリアがかなめを守るように腕を横にのばしてる。二人とも一気に顔色を悪くして・・・・・隣の蘭豹も、これまで見たことない引きつった顔だ。3人とも──それを()()()()()()()()

 

「反応なし、か。衰えたはずないんだけどなぁ」

 

「えと、はい? 」

 

 ニコニコ。ニコニコ。武装検事の気持ち悪いくらいの微笑みが俺をのぞき込む。

 他3人がこの武装検事に対し異様な反応をしているのは、俺に何かしているんだ。ただ、その意図が読めない。処分しに来たのなら俺は目覚めてないかもだし、起きたとしても別の施設──俺を良いように使う研究所行きだろう。わざわざ天下の武装検事様が出向くはずがない。じゃあこの笑顔はいったい・・・・・?

 

「ちょっと! あたしの仲間に手を出さないでよ! 」

 

 かなめの前に守るよう陣取り、敵意むき出しの目を武装検事に向ける。

 ・・・・・強がりだ。腰が引けてる。猛獣に立ち向かう子鹿のような絵面。蘭豹も無言で、携帯するM500(リボルバー)のグリップを完全に握りしめてる。少しでも動きがあれば、ためらわず撃つという気迫が凄まじい。

 

「しょっぱなから怪しいとは思っとったけど、やっぱり京条を殺すつもりだったんか。いつから国のお偉いさんはここまで成り下がったんや」

 

「怪しいならなぜ連れて来たのです? 」

 

「これでもコイツの教師や。教師が生徒守るのは当たり前やろうが。いま京条は得体の知れんもんと戦っとる。ウチらでも勝てへん相手や。それを救う言うから連れてきたのに、話が違うやないか。救ってやりたいとは思わんのか? 」

 

「国を救うか個人を救うか。天秤にかけてどちらが重いかは、蘭豹先生もおわかりでしょう」

 

 なんなんだ。俺にはただ、アリアと蘭豹先生がいきなり敵意をむき出しにしたとしか思えない。俺には見えない何かで脅迫してるのか・・・・・?

 物騒なワードが飛び交う中、蘭豹先生は完全にM500を抜き、武装検事の頭に押し当てる。絶対的優位に立ちながらも、未だ緊張は途絶えない。

 

「それはコイツが完全に変成したらの話やろ。まだコイツには可能性があるんや」

 

「変成してからでは遅いんですよ。この子が能力を扱いきれるようになれば、核爆弾をも楽に凌ぐ兵器となる。アメリカが提出したあの映像を見て、蘭豹先生含め我々は勝てるとお思いですか? 」

 

 その異様な光景と会話から一つ疑問が浮かび上がる。──ここまで警戒されるか、と。

 瑠瑠神は確かに驚異的な存在だ。超々能力(ハイパーステルス)の名を冠する通り、時間の流れを操作するチート技。他にもおぼろげな記憶だが、盾のようなもので強力な打撃を防ぎ、黒い影のようなキューブが弾丸を飲み込み、そして放出する。

 Sランク級の集まりとはいえ武装検事よりも遥かに劣る戦闘力で制したのだ。法化銀弾を当ててからは物理攻撃が驚くほど効く。この人たちも十分理解してるはずなのに。

 

「神崎。コイツ抱えて逃げえや。とてもお前らで勝てる相手やないぞ」

 

「っ、あたしも! 」

 

「邪魔や! 足ガタガタ震わせて戦力なる思うとんのか! 」

 

 本気だ。蘭豹先生は時たま怒って怒鳴り散らすこともあるが、今回は同じ鬼のような険しい表情とはわけが違う。強敵と出会った嬉しさ故の笑みも零れていない。初めて見る焦り。

 

「ええ。学生チームが勝てる色金になぜ国をあげて警戒せねばならないのか。と京条くんは思っていることでしょう。そうですよね? 」

 

 しかし、まるで何事もないように武装検事は淡々と話を進める。武偵高の、しかも強襲科担当の教師から銃を頭に突きつけられてるんだ。強がりで押し通しているとしても、何らかの緊張が出るはず。出ないとおかしいんだ。

 ・・・・・何とも言えぬ緊張がジワジワと体の内側から外へ広がっていく。この武装検事さんを前にしたら、蘭豹先生のリボルバーなんかオモチャのようにしか感じられない。

 

「は、はい」

 

「それはですね。京条くんが、一度本物に成ったからなんです」

 

「ほんも、の? 」

 

「そうです。具体的には・・・・・まあこれは後日でいいでしょう。起きてすぐ色々な情報や責任を押し付けてしまうと、精神的なダメージも多くなってしまう。明日か明後日、封筒に入れて一部始終を撮影したビデオを送るから見といて下さいね。君の覚悟も大きく変化するかもしれないので」

 

 本物とは何を指しているのか。瑠瑠神化した自分が、これ以上何に変化したのか。瑠瑠神化した時の記憶はキンジにトドメをさされたところで止まってる。目覚めたらベッドの上だ。その間に、ここまで警戒させるほど重要な事件が起こったらしい。蘭豹先生に目くばせしたが、返答は舌打ち。手がかりひとつない。

 

「時間は稼がせてもらうで。たかだか教師となめとったら──」

 

「ああ、もう大丈夫ですよ。危害は加えません。今回は、あくまで監視と注意喚起に来たのですから」

 

 ぱんぱん、と武装検事は緊張を霧散させるように手を叩いた。その瞬間、アリアは膝から崩れ落ちる。(ひたい)にドッと汗をかき、激しく肩を上下させ、よほどの緊張状態に追い込まれたようだ。未熟者の俺には感じとれない、緊張以上の何かから必死に耐えてたんだ。かなめもアリア同様、完全に萎縮しきっている。

 

「ァ? 並みの武偵なら呼吸困難か気絶もんの()()漂わせてよう言うわ」

 

 ・・・・・殺気? 殺気なんて感じなかった。蘭豹でさえ勝てないと思わせるほどの殺気を、真正面から食らえばいくら鈍感でも分かる。怠けてたってレベルの問題じゃない。武偵として致命傷レベルだ。何がどうなって・・・・・。

 

「検査ですよ。結果については話すよ。その前に」

 

 スーツとネクタイの乱れを直し、再度俺に向き直る。さらに、混乱してる俺に追い打ちをかけるように、

 

「まずは数々のご無礼を許していただきたい。京条朝陽くん」

 

 と、かなめ同様頭を下げた。

 

「えっと・・・・・」

 

「私が警戒されたのも無理はない。私は君に殺気を向けた。全力でね。なにか感じたかい? 」

 

 優しく子どもに語りかけるように。アリアや蘭豹先生よりも格上だと知らしめたその実力を瞬時に閉じ込めたのか、またどこにでもいる普通の人という印象に戻った──いや、変化した。

 

「緊張は伝、わった。で、もど、うして? 」

 

 危害を加える気はない、と言ったが一応の警戒心をもって応答する。

 

「言った通り検査だよ。国からのお達しでね。朝陽くんも体感してるかと思うが、君はもう真っ当な人間ではない。生きた瑠瑠色金だ」

 

「検査・・・・・瑠瑠、神って、か、くにんする? 」

 

「まあ、正解だ。瑠瑠神となれば私たち人間は手出しができない。色金が憑依するのと変成するのでは意味が異なることは承知の上だろうし、君自身も、峰理子も不幸になる」

 

 もう不幸ですよと、ニヒルな笑いを浮かべ──含みのある言い方に違和感を覚えた。

 

「あの・・・・・瑠瑠神となれば、って、どう、いう意味」

 

「私は生きた瑠瑠色金と言ったが、厳密には君の脳と左目以外は瑠瑠色金なんだ。つまり、君の左目と脳はまだ人間ということだね」

 

 ──っ。限定的すぎるが、俺にとっては朗報でしかない。まだ、まだ俺は完全な瑠瑠神じゃあない。まだ一緒に戦える。逆に痛みをある程度無視できるこの体なら、盾役として有効だ。まだ必要とされる。役に立てるんだ・・・・・!

 

「殺気で確認したのは、君が完全な瑠瑠神へと変成していた場合、私に対して何も感じていないはずなんだ。人間がそこらにいる(あり)に脅威を感じないのと同じ、時間すら操る神が人間を恐れるはずがない。私に対して緊張めいた何かを感じ取ってくれたのなら、君の命に猶予はある。灯火程度の猶予がね」

 

「それでもう、れしい。です。ありがとうご、ざいます」

 

「そうか。でも浮かれるのはまだ早いよ。第1段階、髪の毛や瞳が色金特有の色に変化する。第2段階、性格や好みに変化が生じる。第3段階、心移り──すなわち神からの乗っ取りが始まる」

 

「お、れは、第3・・・・・? 」

 

「いいや。憑依と変成は似て非なるもの。段階付けをするとなれば、4かな。憑依は文字通りだよ。全ての神経や器官を操り、人格をすり替える。そして元の人格は心の奥底に押しやられてしまう。

 対して変成は、規格外の神の五感を人間の規格に無理やり押し込むこと、だそうだ。知り合いから聞きかじった程度だが、思想や人格は乗っ取られないらしい。ただ価値観がまるっと変わるがね。あれだ、お人形さんか首輪をはめられたペットかの違いだよ」

 

 乗っ取りは意識が保てず、変成は意識を保ったまま価値観だけ変わる、か。

 ──ちょうどいい。瑠瑠神は多分、俺を早く手中に収めたいから乗っ取りという方法をとったんだ。ただ完全な瑠瑠神化までは時間がある。あとは、処理方法だが・・・・・

 

「気づいているとは思うが、君の首にオシャレなチョーカーをつけさせてもらった。ただ、オシャレなのは外見だけじゃない。スイッチを押せば、内部に仕込まれた針が君の首を四方八方から串刺しにし、頭部をまるごと爆発させる優れ物だよ」

 

 首を触ると、確かにチョーカーらしきものに当たる。ゴツゴツした感触もあるし、擬態効果もある。これなら──と思い、口元をゆるませ、

 

「──どこが優れものよ! 」

 

 病室内を駆け巡った、半ば叫ぶような声に俺は肩を震わせた。

 

「こんなの首輪と変わらないじゃない! スイッチ一つで殺せる? 優れもの? 冗っ談じゃないわ! あたしの仲間をなんだと思ってるのよ! 」

 

 へたり込んでしまっていたアリアが、小さな拳を握りしめ武装検事に食い下がっていた。つり上がった目からふつふつと怒りが湧き、全身を支配していた恐怖に打ち砕かんと睨みつけている。うさぎが獅子に威嚇するような無謀な行為。それでもアリアからは充分な迫力が伝わったはずだが、武装検事は淡々と答えた。

 

「なにって、犯罪のない世界を志す者だ。そこに偽りはないよ」

 

「だったらどうして! 」

 

「首輪と最も近しい者による監視。我々が死力を尽くして譲歩してもらった結果がそのチョーカーだ。本来は即刻死刑だったんだよ」

 

 死刑──首吊りや銃殺なんて生易しいのじゃない。もっと確実に、圧殺した上で宇宙空間に放り出すとか。地球の平和のためなら残酷な方法をとるに決まってる。心臓を刺して死ななかったんなら、首を落としても生き返るかもしれない、と。

 まあ、妥当な考えだ。むしろ俺が今生きてることが異常なんだ。人類に反抗するかもしれない危険因子を生かしておくメリットがない。ここは生かしてくれることに感謝すべきだ。

 

「でも首輪まですることないじゃない! あたし達が全員で監視すればいいだけの事よ! 」

 

 それでもアリアは反論する。アリアも心の内ではきっと分かってるはずだ。俺に()()()()と。仲間であっても見捨てる選択を選ぶべきだ。それでも助けようと足掻くのは、アリアにとって仲間と呼べる存在がどれほど大きいかを物語っている。

 武装検事も分かっているようで、興奮状態のアリアの肩にぽんと手を乗せ、今まで以上に優しく語りかけた。

 

「神崎アリア。君は素晴らしい仲間に出会った。数々の難事件と巡り会うのは簡単なことじゃない。共に死線をくぐり抜け、共に苦しみを分かち合う。その過程で、バスカービルは良き信頼関係を築き上げた。・・・・・だけど。その友情も時として枷になる」

 

「ア、アンタに何が分かるっての! 」

 

「分かるとも。犯罪に手を染め、闇落ちした仲間に最後の最後まで引き金を引けず、命を落とした武偵は数多く存在する。私の友も、そのせいで殉職した。死なせなくていい民間人を犠牲にした。・・・・・覚えておきたまえ。友情とはナイフだ。扱いを間違えれば自分や他人にも危害が及ぶ。情けで世界を滅ぼしたくはないだろう? それとも、ずるずると延命させ苦しむ姿を見たいのかい? 」

 

 ぎりぎり、ぎりぎりと今にも刃が欠けそうな歯ぎしりが聞こえる。言い返さないのは、武装検事の言い分も的を射ているからだ。弱音なんて吐きたかないが、次に乗っ取られれば永遠に戻れない。これは確信だ。()()()()()()()。俺と関わりをもった全ての人間を瑠瑠神は殺す。アリアも理解しているからこそ、認めたくはないんだ。

 

「武偵憲章1条! 仲間を信じ仲間を助けよ! あたしは絶対に見殺しなんかしないから! 」

 

「・・・・・好きにしたまえ。次に出会うのは、()()をする時かな。願わくば、二度と会えないことを期待するよ。では蘭豹先生、私たちも行きましょう。書類整理の途中でしたから」

 

 もう二度と会えないと良いですね、と素で言ってるのか皮肉で言ってんのか迷う挨拶を最後に、蘭豹先生を引き連れて病室を出ていく。先生はなんとも形容し難い表情を浮かべていたが、武装検事への警戒をといてないのは確かだ。

 それと・・・・・蘭豹先生がまさか俺をかばったのが意外だ。前に会った時は敵対心丸出しで俺の方から構うなと言ってるようなもんだった。やり方は乱暴だが生徒想い、とどこかで聞いた噂は本当らしい。

 

「なんなのよあの武装検事! 」

 

「別、にいいよ。次に、また乗っ取ら、れて迷惑かけ、たくな、い」

 

 怒り心頭のアリアを収めるため、自分でも気味の悪い笑みを浮かべた。が、

 

「だめよ! 」

 

 すぐに否定され、俺の肩を力強く掴んだ。

 

「あたしはね。まだ生きれる可能性がちょっとでもあるなら、全力で助ける。たとえ0.1%でも望みがあるなら絶対に見捨てない」

 

 と、さも当然のように言い放つ。

 ──ただ励ますためについた嘘じゃない。双剣双銃(カドラ)のアリアとして絶対の自信をもって言ったのだと。溢れんばかりの頼もしげな瞳がまっすぐ俺を覗いていて。

 

「ありが、と。それ、は──キンジじゃな、くて、も? 」

 

「キ、キンジ!? ばッ、ばばばッ! ばばかじゃないの!? どうしてキンジがそこででてくるのよ! 」

 

 こんな情けない俺が直視するには眩しすぎて、からかって目線を逸らさせる。

 アリアは間違いなく俺を助けだそうとしてくれる。自分も色金という存在を背負って、さらにアリアのお母さんに下された不当判決を覆さなければならない。そうだ、アリアも呑気に人助けをしてる場合じゃない。じゃないのに・・・・・俺とまったくの反対だ。俺が瑠瑠神化(こうなる)前に何をしていたか。

 まさに怠惰の権化だ。今から取り戻そう? もう遅い。どう足掻いても結末は変えられん。残された道はひとつ。誰にも迷惑をかけず、そっと消え──

 

「キョーくん! 」

 

 ──バァンッ! と引き戸を粉砕するような勢いで扉が開いた。アリアもかなめもビクリと体を浮かせたが、俺は驚きよりも突然現れたその人に、一瞬にして目を奪われてしまう。

 ピンク色のリボンに束ねられた金髪がほつれ、息が上がり紅潮した頬が、より可憐さを際立たせている。怪我を隠すための絆創膏(ばんそうこう)や包帯には可愛い動物たちが描かれ、自分にとってマイナスでしかないポイントをプラスに、普段とはまた違った雰囲気を醸し出している。

 守りたい人。でもダメで、ならばせめて、と誓った人。

 

「キョーくん」

 

 ──っ。心臓が小さく、だけど確かに跳ねた気がする。・・・・・今は動いていないというのに。たった一声かけられてこのザマだ。大切な人に名前を呼ばれるだけで、胸が張り裂けそうなくらい幸せが溢れる。

 それと同時に、とめどない罪悪感が再び全身に浸透していく。非力な自分のせいで怪我をさせた。いらぬ心配をかけさせた。その事実がじわじわと心を外側から侵食する。

 

「理子──っ、ごめ、ん」

 

 自分の立場を思い出して、もう理子と話すことすらおこがましいと思ったけど、一言も謝らないってのは違う。ごめんと言ったところで理子は許してくれるだろうか。・・・・・いいや。許す許さないに限らず、俺はこのまま理子のそばにいて、幸せにさせてあげられるだろうか・・・・・? 答えはきっとNOだ。いつ俺が完全な瑠瑠神化するか──それ以前に、死体と生活を共にしてた、なんてバレたら理子の人生をめちゃくちゃにしてしまう。この関係を終わらすチャンスはこれが最後かもしれない。

 ズキズキと痛む心を無視して、俺は理子から目をそらした。

 

「・・・・・俺、理子の近くにいない方がいいよな」

 

 ──と、話を切り出して──。

 

 

 

 




矛盾点ありますが、仕様です。

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