俺、ヤンデレ神に殺されたようです⁉︎   作:鉛筆もどき

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前回: 平賀さんの想いに答える


第69話 修学旅行の幕開け

 

「ここをキャンプ地とする! 」

 

 ででん! とSEがつきそうな渋い口調で言い放った理子は、ふふんと自慢げに部屋の中央で、まるで自分が用意してやったという雰囲気を醸し出していた。

 ──アリア持ちなんだけどな。ここ。

 

 そう思いながら改めて眼下に広がる豪華絢爛な光景を見下ろした。

 ここは香港。ついに修学旅行という名の厄介者送り(俺のみ)が始まったのだ。道中は・・・・・ただ飛行機に乗ってここまで来るだけだったし、キンジと白雪が外国慣れしてなくてアタフタしてたことくらいかな。面白いこと。特に白雪は今も子どもみたいに窓際行って景色をカメラで撮りまくってる。お堅い家出身だからその反動がここに表れてるんだろうな。普通に可愛らしい。

 

「あんた、今はあたし達だけだからいいけど、他ではやめなさいよ。田舎者だと思われるわ」

 

「わ、わかってるよ。でも、でも! せっかくのキンちゃんとの旅行なんだもん! こんなに高い建物ここくらいしかないし・・・・・思い出もいっぱい残しておかなきゃ」

 

 そう。俺たちが拠点とするのは九龍地区にある翡翠色をした超高層ビル、その108階だ。このビル、103階からリッツ・カールトンという超一流ホテルになっているらしく、各国の金持ちもちらほら見かける。アリアいわく最近開業したらしい。まあ、俺もこんな高級ホテルに泊まるなんて前世含めてなかった。庶民は庶民らしい値段のとこに宿泊していたから、かえってここは落ち着かない。楽しさ半分、そわそわ半分だな。

 にしても・・・・・俺らの荷物は?

 

「あたし達は基本ここに集まる。それでいいわね? もたもたしてる暇はないわ、118階までいくわよ」

 

「ん、やけに急だな。何するんだ? 」

 

「決まってるでしょ。作戦会議(ミーティング)よ」

 

 ミーティングならここでやりゃいいのに、と思ったがすぐに考えを改める。超高級ホテルともなれば防音等の基本的にプライバシーに関わる設備はしっかりしてると思うが、所詮はホテル。高性能の盗聴器が仕組まれてる可能性もあるし、何より外を見れる窓がある。小型ドローンで偵察されたなんてマヌケなことはされたくないしな。アリアが決めたならその点は対策できる場所なんだろう。

 

 そう考えつつアリアについて行き、またエレベーターに乗って118階に着くと、今度は『OZONE』という名のバーに着いた。六本木のクラブみたいに派手なその店のVIPルームに入る。ここは派手さとは裏腹に意外にも隠れ家っぽく壁と見分けつかないドアから入る構造と、お忍びでここに来るにはちょうどいい個室だ。

 んで、華麗な装飾が施された円卓のどっかりと座り、偉そうな女社長のように足を組んだ。キレイなウェイトレスさんが運んできたティーセットを受け取った時も会釈のひとつすらしない。まあ・・・・・貴族だからな、そこらへんやっぱ違うのは当たり前か。今更だけど。

 

「ねー、きょーくん。この洋菓子、全部食べたら太っちゃうかな」

 

 と、同じくウェイトレスさんが三段重ねのトレーで運んできた様々な洋菓子をジロジロみている理子。別に俺に聞かんでもいいのに。

 

「カロリー計算は理子のが得意だろ。てか、増えたって1kgくらいどうってことなるよ」

 

「なるの! 」

 

「──まあ大丈夫だろ。1kg増えたぐらい気づきはしないよ」

 

「そ。・・・・・じゃ! りこりんはそこのエッグタルト食べる! あーあと、そこのいちごプリンも予約! あとあと──」

 

 うわ。許可した瞬間すっげえ飛びつくじゃん。腹を空かせた猛獣・・・・・あれで虫歯になってんの見たことも聞いたこともないからすげぇんだよな。健康管理どうなってんだ。

 

「朝陽さん」

 

「うおっ」

 

 な、なんだ。レキか。背後から突然名前を呼ばれたから思わずビックリしたわ。普通に無言で背後立たれてただけで気配すら感じないレベルだな、ほんとに。

 

「何か感じませんか? 特に理子さんから」

 

「感じる? ・・・・・いや何を? 」

 

「ならいいです」

 

「あ、おい」

 

 そう言い残し、スタスタとアリアのそばの席まで行ってしまった。

 いつもの無表情だったから伝えようとしてることが良いことか悪いことかの区別もつかん。キンジはなんとなく察せられるとか言ってたからあとで聞いてみるとして──いやわからん。幸せそうにタルトを頬張ってるのから何を察しろと。まだ誕生日だって先だし。

 

 とにもかくにも席につく。この修学旅行は俺にとって瑠瑠神打倒のためのヒントを、そしてバスカービルとしては以前の京都旅行で襲撃してきたココ姉妹が所属する籃幇という組織に乗り込み、緋緋色金の情報を聞き出すためでもある。理子がイ・ウーにいた頃にココにカンフーやら爆弾戦術を教わった弟子らしく、ある程度の知識があるため、ここで共有しようというわけだ。

 

「籃幇は昔からある組織なの。清朝ごろまでは海賊だったからイ・ウーとは協力関係にあった。武器や戦略、装備や備品のメンテとか、たくさん交流してたらしいよ」

 

「じゃあイ・ウーみたく超人集団なのか。やっぱり」

 

 高級そうな洋菓子に俺も手をつける。味覚失ってるからほぼ無意味だが。

 

「そ。超能力だけじゃなくて身体能力が優れてるとか、頭が相当キレる人とかもいてね。各支部で一応分かれてはいるんだけど・・・・・支部によって戦略はバラバラだよ。ちなみに香港支部はココたちが異動してくるまでは敵が攻めてきたところを迎え撃つカウンタースタイルだった」

 

 つまりココたち姉妹が遊撃部員として活躍してるのか。確かに、籃幇という名をココ以外の敵から聞いたことがない。そうそう名乗るアホもアイツらくらいだが、噂にも聞かないあたり理子の言うことは間違いない。

 

「人数は? 結構大きめの組織なんだろ」

 

「んー末端も入れると100万人くらいかな」

 

「ひゃく!? 」

 

 キンジが椅子からずり落ち、俺は食っていたクッキーを喉につまらせた。いや、もう流し込んだけど・・・・・100人、多くて500人の組織はあった。大規模作戦が必要で当然メディックも待機して、やっと崩せたようなものなのに。100万て・・・・・。

 

「ひとり16万人くらい倒せばいけるか? 」

 

「露骨な死亡フラグたてないでキョーくん」

 

「100万人って全員が戦闘要員なの? 」

 

「さすがに全員じゃないよ。企業・財界、教育界、司法、政治家にもいる。会社勤めの人とか理子たちと同じ学生とか。ハッキリ区分されてないから構成員まがいの人もそこらじゅうにいっぱいあるけど、あくまでFEW(極東戦線)中は監視に徹底すると思うよ。あ、()()ね。これ大事」

 

「そう──なら、あたしたちがする作戦はひとつね」

 

 紅茶を一口含んだあと、キリッ。

 

撒き餌作戦(パーリィ)よ」

 

 

 ☆☆☆

 

 

 撒き餌作戦。通称パーリィと呼ばれるソレは、個体(ユニット)に対してのリスクが非常に大きい作戦だ。固まって動くというセオリーを無視し、敵地侵入後、あえて散開する。腹をすかせた猛獣の爪をかわしつつ、仲間が救援に来るまで持ちこたえるのだ。個体(ユニット)の戦力が高く、通信手段が確立しているといった条件さえそろえば効く戦法である。

 

 しかし今回はというと、テレビや雑誌で見知った程度の知識しか持たない地を一人で散策するのは危険ということで二人一組(ツーマンセル)に。超能力に弱く負傷しやすいキンジは白雪と。逃げ足に優れ意表を突ける理子はレキと。おのずと俺はアリアと行動ということになるが・・・・・

 

「どぼじでなんだよおおおォォォ! 」

 

「うっさいわね! 」

 

 スコーン! と頭に筒状の何かがめり込み、

 

「痛っ! 」

 

 目をやれば、なんと中身入りのコーラ。運悪くふちに当たったらしい。・・・・・いやどうでもいいわ。それより、

 

「俺だって観光(おとり)したかったのに! 」

 

「しょうがないでしょ。三人一組なら撒き餌作戦《パーリィ》としての機能が失われるわ。片方だけ3にしても、それならと2の方が狙われやすくなる。 3人だと役割が被る分逃げ遅れた時にバックアップが辛くなる。二人分のバックアップと自分の身を守る行動をとってたら、3人無事で逃げ切れるのは難しいわ。あの子たちなら死なないにしても、大怪我は覚悟しておいた方がいいわよ」

 

「・・・・・つまり、ふたりなら自分の役割に専念できると」

 

「そーゆーことよ。あんた、強襲科の授業ねてたの? 」

 

 観光行きたかった、と即答し二缶目のコーラが頭にぶつかったところで、肩を落とした。

 アリアの言う通りだ。俺と理子がいかに仲がよかろうが、それは日常生活でのこと。戦闘面では好き勝手動いて負傷する俺に合わせてサポートにまわってくれていたが、今回はその逆。理子の逃走術を知らない俺はお荷物だ。

 

「行きたい気持ちも分かるけど我慢する事ね。あたしだって我慢してるのよ。さて、朝陽。エスプレッソ・ルンゴ・ドッピオ、砂糖はカンナ。まさか作れないなんて言わないわよね」

 

 とアリアがさも当然のことと言い放つ。

 

「なんだその呪文みてえな・・・・・あぁ、アレか。4月にお前が押しかけてきた時に注文してたの」

 

「あら。よく覚えてたわね。じゃあ作りなさい」

 

 と、先ほどまで囲っていたテーブルに大胆に焼きたてホヤホヤのマシュマロ串を溶けたチョコが流れるタワーに突っ込みながら。

 桃マン好きだから甘党なんだろうけど珍しいな。まあ、キンジが見たらホッとするような笑顔してんだけどな。俺からしたら服を着た理不尽なんだけど。

 

「やだよ」

 

「つくって」

 

「やだ」

 

「・・・・・勝負よ。あたしが勝負で買ったら作りなさい」

 

「ねぇ! 無理って言ってんじゃん! 」

 

 そうね、と俺をニヤニヤと見ながら勝負内容を決めている。まるで聞いてる様子がないじゃないか。拒否権ないの? 耳ついてないの? 貴族様は庶民の話を聞いてくださいよぉ!

 

「あんた運悪いでしょ。それも相当」

 

「まさかあみだくじとか言わねえだろうな」

 

「それは可哀想じゃない。だからジャンケンよ。ジャンケンで10回連続あたしが勝ったら勝ち。一回でもあんたが勝ったらこの勝負はあたしの負け。しょうがないから自分で作るわ」

 

「その勝負のったぞ。やっぱ降りるとかないからな」

 

 ふっふっふ。確かに運の悪さは世界一の俺でも、最初から勝負を捨てることはしない。なにせくじ引きのような完全運試しじゃないからだ。ジャンケン連戦で勝負するということは、前後の戦略的行動や発言も含まれている。今回は10回連続だ。3(ぶん)の1の確率で負けるゲームを10回連続だ。俺が負けるにはそりゃもう恐ろしい確率でしかありえない。アリアも腕ぶんぶん振り回して準備してるし、生意気な幼女には制裁を加えねばな!

 

「じゃあいくぞ。じゃーんけーんぽん」

 

 やってやるぞ、と意気込んだせいか、俺はグーをだし──アリアはパーだ。まあ、一回くらいは勝ちをくれてやる。勝負は後半、5回目をすぎてからだからな!

 

「2回目ぇ! じゃーんけーんぽん! 」

 

 俺チョキ。アリアはグー。まだ想定内。おいアリア、たった2勝くらいで勝ち誇った顔で煽るんじゃない。

 そうだ。勝負はこれから。まだ時間的猶予はある。

 

 ──負け。

 

 まだ余裕。

 

 ──負け。

 

 ──負け。

 

 負け続けながらも前の手とは重ならないように。そう思わせてからの同じ手で攻める。あいこの場合も様々な方法で撹乱し、アリアの表情や仕草、部屋の中に一箇所だけ存在する小さな窓に向かって「あ! 桃まんUFO! 」などと気をひかせたものの・・・・・

 

「なぜ勝てぬ! 」

 

 10回目の手──手のひらを貫通せんとばかりに握りしめた拳(グー)を両手のつくり床にはいつくばって、自らの勝負運の無さを呪った。

 だっておかしいじゃないか! こんな確率でさえ俺は当てさせて貰えないのか!? もはや見えない手が俺の手を操作してるって言われてもなんも違和感ないよ!

 しかも嘘つくの下手なアリアに負けた・・・・・!? こんなギャンブル同然の勝負で!? ブラフ込みの勝負であのアリアに!?

 

「ほんと運が絡むと弱いわね。10連続ジャンケンで負けるのあんた以外存在しないでしょ」

 

「ぐっ! 」

 

 ・・・・・完敗だ。もう負けだ。

 そう諦め俺は静かにアリアのもとへ行き、ドヤ顔満点で俺を煽り散らしているアリアのマグカップに手を伸ばす。そしてアリアがその手を離す瞬間、

 

「そういやここのお菓子。()()()()()()

 

 とさりげなく煽る。負け越した腹いせに、女子ならば気にするであろう一言をボソリと。アリアはよく食べるほうだと思うが、モデル体型を常に維持する努力は並大抵のものじゃないだろう。

 しかし俺はその努力に喧嘩を売るようなことを口からこぼし──ガシィッ! とマグカップの取手が割れるんじゃないかと焦るくらいの力が加えられ、足をとめた。これは・・・・・煽りにのってくれたか?

 

「どうしたアリア。飲むんじゃないのか? バクバクお菓子食ってたし、そろそろ喉も渇いてきたろ。俺の負けだから作ってくるって」

 

「ええそうね。でも一言余計よ? 」

 

 気にしてるつもりはないと装っているつもりらしいが、ピクピク眉間が動いてるのが隠しきれてない。間違いなく気にしてる。自分でも女々しいと思うがお構い無しだ。からかえるときにからかっとくのが楽しいからな。

 

「ああでも、エスプレッソはカロリー少ないしな大丈夫だと思う。あ、そういやさっき食ってたマシュマロとチョコ、さすが高級ホテルなのか値段も張るぶん糖分すごいらしいな。せっかくカロリー控えてたのに台無しかなー? あ、別に他意はないよ。いれてくるねー」

 

「ふぅん・・・・・ならあたしの前で言う必要ないわよね? 」

 

 おっと。チョコもマシュマロも高級ホテルだから良いもん買ってるだろって思い込みでカマかけてみたが、当たりだったな。しょーもない腹いせにしてはアリアに八つ当たりできてるぞ・・・・・!

 

「そうだなー。あ、他意はないんだがキンジがオトしてる女の子って全員モデル体型だよなー。どっかの高校に潜入捜査してたらしいけど、そこでもきっとオトしたんだろうなー。モデル体型の子を。どこがとは言わないけど大きめのさ」

 

「──いい度胸ねェ朝陽」

 

 ん、名前で俺のこと呼ぶなんてめずらし──ヒッ! 般若のお顔になられておられる! いつの間にか席から立ってるし! キンジがいっつも震えながら話してたのってこれのことか! さすがSランク武偵二つ名持ちだ、迫力が違う・・・・・! あ、俺も一応持ってるか。

 

「そうね。カロリーもだいぶとったし、ここで消費しておこうかしらね」

 

 と、小さなおててからバキボキと似合わぬ異音で威嚇し、さらに何らかの構えを俺にとった。おそらくバリツだろうけど、キンジほど長くアリアといない俺にとっちゃ未知の技。たびたびキンジに技がかけられて、その度に鈍い音と痛ましい唸り声がするから俺だってうけたくないんだ。ただ、今回は俺が旅行いけない腹いせに挑発したから、その手前、引くことはできん。

 

「徒手格闘か。そういや久々だな。アリアと一騎討ちなんて」

 

「そうね。ちなみにあたしはまだ覚えてるから。あんたが氷系の能力者だってのを利用して騙したのを」

 

「──よく覚えてんな」

 

「当然よ。さ、おしゃべりはここまで。はいスタート! 」

 

 え、と言うまでもなく握りしめたマグカップが強引にもぎとられ、そのまま腕の回転によって勢い殺さず振り下ろされ──

 

「っっ──! 」

 

 とっさに重心を落とし後ろへと倒れ、そのままバク転へと転じさせる。が、俺はアリアのように身軽じゃない。むりやりバク転で避ければ次の動作が遅れる。そもそも俺はバク転で攻撃をこの時まで一回も避けたことがない。無駄だからだ。だから──

 

「あまいわね朝陽! 」

 

 一閃。硬直しがら空きになった腹部へ小さなおててが駆け抜け、

 

「うッ⁉」

 

 息が止まる。直後に吐き気。視界は暗く明るく点滅し、喉には我先にとこみ上げるものがある。

 それら全てを我慢し、アリアを見据えたところで・・・・・やっと、自分が()()()吹き飛ばされていることに気付く。

 

 あわや壁まで飛んでいくかと鈍る思考で受け身の態勢をとるが、一人がけのソファに当たり、床へと転がりながら不時着(ふじちゃく)する。

 まだ10秒も経ってないがこのダメージだ。不意打ちなのは因果応報か──っ、来る!

 

 やや前かがみだが立ち上がる。アリアが再び加速し俺に向かってきたのはソレとほぼ同時。

 一歩床を蹴るたびに加速するアリアに対して有効なのは、

 

氷止(フリーズ)

 

 ご自慢の敏捷(アジリティ)を潰すこと。アリアの足元から俺に対して一直線上に床を凍らせる。既に片足乗っていたアリアはその氷のリンクを逆に利用し、スライディングをすることで減速を最小限に、低い角度ですばやく間を詰めてくる。

 それを、待っていた・・・・・!

 

「アリア! 今日のパンツはちょっと派手めだな! 」

 

 見えてないけど、4月の俺なら当たり前の発言をあえてする。仮に見えたとしても、俺はもう他人のパンツなんか見ても何とも思わないが、女子であるアリアなら間違いなく動揺する。気が取られないなんてことはない。女子なのだから!

 

 そして──やはり反応が一歩遅れてる! その滑る床は動揺して震えた足じゃあ体勢を立て直すことは出来まい!

 

「このッ! バカ変態! 」

 

 っと、かろうじて飛びかかって来たようだが、無駄だぞ。その手はよめていたからな。

 俺はイメージ通りアリアの細腕を掴み・・・・・流石に床に叩きつけるのは気が引け、力の限り思いっきり壁側へぶん投げる。背負い投げのフォームを少し真似たから、見事な縦回転──待て、ヤバイ! アリアが飛んでく先、ちょうどアリアサイズの窓ガラスじゃねえか!

 

「アっ、アリア! 」

 

 遅れて俺も駆け出す。せめて、窓ガラスが割れ放り投げだされたとしてもギリギリで手を掴めるように──!

 

「フン! 」

 

 ダン! と硬い床でも踏みしめるような音が鳴り響く。ガラスが割れた音では無い。もっと甲高いからだ。ならなんだと、アリアの置かれている状況をしっかり見る。そして──

 

「・・・・・はは」

 

 人間じぶんが想像すら出来ない恐怖・絶望・緊張に出くわしたとき、思わず笑みがこぼれてしまうという。魔法じみた攻撃でも、神に出会った時ですら俺は一度も経験がない。アレらは元々人間じゃないか、もしくはそういうアイテムを持ってたから飲み込めた。しかしこれはどうだ。いくら超人じみた身体能力を持っているとしても、窓ガラスという垂直なものに斜めの角度から激突──もとい着地しているのだ。体幹もいっさいブレていない。さらにいえば、片手をグーで思いっきし後ろへ振りかぶっている。

 アリアからは緋緋神の気配は感じ取れない。瞳もいつも通りの色だ。つまり──ただの身体能力で、成しえているというわけだ。

 

 脳がそれを正常なことと判断する前に、再び、ダン! と。ピンク色の悪魔が垂直の窓ガラスを土台にし、文字通りロケットが如きスピードで瞬く間に俺の目の前まで迫り、

 

「バカ朝陽ィィッッ!! 」

 

 振り抜かれた拳が、見事俺の顔面へクリーンヒット。

 首がねじ切れるかも──そんな割と深刻な問題を最後に、意識はそこで途切れた。

 

 

 ☆☆☆

 

 

「ほんと最低よ。8月位からちょっとは大人しくなったと思ったらこれ。なに? あんたは自分の能力を使うとヘンタイになる体質なの? 」

 

「作戦だったんです。許してください。アリアのパンツなんて見てません。まあクマさん柄のはいてたら流石に俺でも引くけど」

 

「なんで偉そうにしてんのよ! 」

 

 と、まだ少し脳に浮遊感(?)が残るというのに、後頭部をまたぶん殴られる。

 ふん、と鼻息をならし、またコーヒーカップを手に取った。──俺の背中に座りながら。

 

「充分反省したので降りてくださると(わたくし)大変喜びます。それに男が四つんばいして背中に幼女が座るなんて、見る人によっては中々センシティブな光景ですよ。お嬢様」

 

「けっこう! パンツを見た罪は重いわ」

 

「そうか・・・・・あれハッタリなんだけどな。クマさんパンツじゃないってのは分かった」

 

「なに。今更いいわけ? 」

 

 俺の脇腹をつねる力が強くなっている。これは引きちぎられてもおかしくないな。

 

「ほんとほんと。キンジに申し訳ないしな。適当に言ったら引っかかってくれるだろ。アリアは特に」

 

「なによそれ! 」

 

「当たり前だ。両片思いっぽい男女がいて、そこに割り込む男または女がろくでもないのは世の常。あ、割り込むってのは痴漢やアリアの言う変態なことをしてくるやつってこと。勘違いしないでね。たとえ叶わぬ恋でも、っていう第三者の想いは儚くも美し──おっと、話がそれた。まあ、要は邪魔したくないからアリアに対してそんなことはしないよってことだ」

 

「怪しいわね。あと、別にあたしとキンジはそんなんじゃないから! 」

 

「じゃあ俺がキンジとっていいのか? 」

 

「・・・・・」

 

 え、ちょっと冗談ですよ。無言でこっち見て納得したような複雑な関係を訝しむような目しないでって。頼むから。

 

「真剣な話、キンジとは最近どうなんだ? 」

 

「どうって・・・・・なによ」

 

「んー・・・・・白雪とかレキがキンジとイチャイチャしてたらどう思う? 」

 

「風穴よッ! 」

 

 ふむ。地団駄ふんで俺に八つ当たり。プラス風穴発言は嫉妬と見て間違いない。友達──いや、親友以上恋人以下ってとこか? 甘酸っぱい時期を過ごしてる真っ最中だな。喧嘩を繰り返しても仲直りしてちゃんとパートナーとしてやって来てるんだから、すごいよなあ。

 4月──アリアと出会って最初の頃は、男なんていらないとか言ってたらしいが、今じゃ立派な乙女だ。喧嘩するほど仲が良いを地で行ってるんだしハッキリ自覚するのは時間の問題かな。

 

「まーもう少し優しくしてあげなよ。キンジだってアリアのパートナーである前に1人の人間だ。理不尽にバカスコ殴ってたらふてくされちまうよ」

 

「あたしのパートナーなのよ! 他の女子に手をだすアイツが悪いの! 」

 

「確かにキンジが明らかにオとしにかかってる時もあるけどさ・・・・・まあ、あれだ。ちょっとは話を聞いてやってくれ。キンジを助けてくれた恩人がたまたま女子だったりするだろうし。キンジはそういう運命のもと生まれてきただろうから。あ、今までの経験上から見て、だけど」

 

「──考えとくわ。でも、アイツから手を出したってわかったら容赦しないから」

 

 ムスッとした横顔から、それでもキンジを思う気持ちが見え隠れしている。アイツは鈍感だからアリアの気持ちに気づいてるか怪しいけどな。

 

「あんたは逆にどうなのよ。明らかにおかしかったけど」

 

「・・・・・おかしいって、なんのこと? 」

 

「はぁ!? 理子のことよ! 」

 

 理子・・・・・? ハイテンションで菓子にがっつくいつもの理子だった気がするけど。レキにも指摘されたけどなんだ。女子はデフォルトで目に見えない何かを感じ取る力でも備わってんのか。

 悲しい思いをさせてるか──? 最近は怪我もしてないし、いつもみたく話してるだけだけど。うーん・・・・・。

 

「即答できないなら、いくら首をそんなに(かし)げても無駄よ」

 

「え。答え教えてくれないのか」

 

「あたしから答えを教えるなんて無粋なまねはしないわ。せいぜい悩み抜きなさい」

 

 ──待って。俺悪いことしたか? 俺が悪いか!? 何か変なこと口走ってたりしてないよな! 一言一句気をつけながら喋ってんだ、万が一にでも失言なんてありえない! となると嫌がることしたか? 衣食住共にすれば嫌なことひとつくらいでても、理子ならズバッと俺に言うはずだ。言えないほど酷い? ・・・・・寝言か? 寝相(ねぞう)が悪いのか!? 寝相だったら理子も悪いぞ!

 普段の行いじゃないとしたら、やはりなにかの記念日か? 記念日を過ぎても俺が何もプレゼントしなかったからいけないのか!? 記念日関連だったらその日の食事はきっと豪華だったはずだけど・・・・・あ、いつも豪華じゃん。だったらなに!?

 

「あの、アリアさん。なにかヒントをくだ──」

 

「ダメよ。武偵なら自分で考えなさい。もし分かっても、謝るならあたしに頼むんじゃなくて直接言いなさい」

 

「え! 」

 

 謝るって、やっぱり俺悪いことしたのか・・・・・。

 ずん、と心が重く締め付けられる。嫌われるかもしれないという不安からではない。俺が気づかぬ内に理子を怒らせてしまった、というのが重要なんだ。どうして一番近くいるはずなのに気づけないんだよ俺!

 

「そもそも、あんたは理子のこと好きなの? 」

 

「そ、そりゃ今関係ないだろ。だいたい──」

 

「好きなの? 」

 

「うぐっ」

 

 途端に理子の笑ってる顔を思い出す。単純な問いだ。答えが分からないはずもなければ、迷う必要もない。たった一言、たった2文字。口に出そうとすれば、顔全体に広がる熱に押しとどめられる。勢いつけて言おうとも、その2文字は絶対に出まいと、躊躇(ためら)いという手網に必死にしがみついている。どうしてこう、他人に聞かれただけでもこうなってしまうのか自分でも分からない。分からないくらい・・・・・『■■』なんだ。

 

「あんた、諜報科向いてないんじゃない? 理子の名前ひとつでわかりやすすぎよ」

 

「お、おまえに言われたかねえよ! 」

 

「理子のどこが好きなの? 」

 

「・・・・・ぜんぶ」

 

 ぶふっ! とアリアがエスプレッソを盛大にふく。続いて俺から顔をそむけて肩を震わせて──

 

「まさ、まさかあんたの口からそんな・・・・・」

 

 あはははは! と結局堪えきれず俺の背中の上で腹を抱えた。てか、そんな暴れられるとエスプレッソかかるんですけど。

 あと──恥ずかしいけど、『■■』って言葉は出ないのにどこが『■■』なのかは言えるんだな。本人の前じゃそれすら怪しいが・・・・・。

 そしてひとしきり部屋に笑い声を響かせると、

 

「だいたいいつから理子のこと好きなのよ。昨日今日の事じゃないんでしょ? あんたの方が理子のことあたしより詳しいはずだけど? 」

 

「・・・・・理子も、怪盗だけあって隠すのがうまいんだ」

 

「は? バレバレだったわよ。キンジとあんた以外には」

 

「えぇ」

 

「あ、でも、そうね──あんたは近くにいすぎて逆に見えなくなったのかも。ならいい機会じゃない。どうして理子の事好きになったとか、見直すいい機会よ。それで、あとはあんた次第ね。頑張りなさい。あんたの気持ちを素直に伝えればあの子も話してくれるはずよ」

 

 原点回帰か・・・・・。思えば1年の時はアニメの話で盛り上がった程度。本格的に一緒に活動を始めたのは今年のハイジャック事件のあとからだ。先生を煽っただかなんかしたら全校メールに付き合ってるって嘘の情報を流されて。バレたら痛い目あうから、最初はダーリンハニーなんてあざとい呼び方をしてた。そっから色んな事件にあって、理子のトラウマとも向き合って、それで・・・・・気づいたら、理子に対してそういう感情を抱いていた。惹かれるのは簡単だった。だって、理子は──

 

 

 

 どこに──?

 

 

 

 どこに惹かれた? 俺は理子のどこを始めに『■■』になった?

 優しさか? 容姿? 性格? 理子が歩んだ人生? 境遇? 傷ついた体? トラウマに怯える顔? ──違う。ちがうちがうちがうどれもちがう。俺はどこに惹かれた? どうして『■■』になった?

 

 

 

 

 

 

 

 ──あれ? なんで理子を好きになったんだっけ。

 

 

 

 

 

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