俺、ヤンデレ神に殺されたようです⁉︎   作:鉛筆もどき

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前回 作戦会議


第70話 別れと再会

 本格的な撒き餌作戦(パーリィ)は、二人一組である程度散策し一旦集合の後、すぐこのあとだ。連絡を中継するアリアと、端数切り捨ての俺も香港の見知らぬ地を1人で歩くこととなる。香港島に向かう各駅で1人ずつ電車から降り行動開始だ。極東戦線のルール上、香港支部の籃幇の戦闘員全員と相手取ることはなさそうだけど、万が一ということもある。ここからが本当の撒き餌作戦(パーリィ)だ。バックアップはないに等しいだろう。

 負傷すれば追い詰められて終わり。普段よりもキツい任務だからチームの緊張感も──

 

「キンちゃん、お財布持ったよね。あと携帯と地図! もし道に迷ったら電話してね! そしたらアリアを見捨ててでも助けに行くから! 」

 

「なんであたしが襲撃される前提なのよ! 」

 

「キンちゃんをいつも誘惑してるからアリアにはバチが当たるの! 泥棒猫! 」

 

「なによ! 」

 

 いや。がみがみ言い争っている。いつも通り緊張感あるんだかないんだかって感じだ。バス内とはいえ喧騒が激しいからってここで喧嘩すんなよ・・・・・。まあ、取っ組み合いになってないだけまだマシなもんか。アリアと白雪の戦いは銃と刀が当たり前に出てくるし野蛮人もびっくりの跡地になるほど苛烈だしな。常識の範疇で仲良く喧嘩してくれてる。いい事だ。ただ座席は壊さないでおくれよ。

 

 それにしても──この眩しさには慣れないな。東京とはベクトルの違う眩しさというか、まるで祭りでも開催されてるかのような賑わいを魅せてくれている。軟禁生活から解放されたし、うきうき気分で観光したいのだが、一番危ないのは人がごった返している今なんだ。狙撃手からは逃れやすいものの、どさくさに紛れナイフで腹を刺されましたなんて事故は山ほど聞く。

 

「朝陽さん。なにか分かりましたか? 」

 

 そんな物騒な考えから現実へ引き戻す無機質な声に呼ばれる。建ち並ぶビルから視線をずらし、

 

「レキに言われた通り、あとアリアからもヒントっぽいの貰ったんだけど・・・・・正直、まだ分からん。アリアにしばかれてただけでさ。理子に良からぬ何かをしてしまったのだけはなんとか──でもその先がどうしても分からないんだ」

 

 と口にした。俺にとってパーリィも重要な任務ではあるが、理子のことも放っておけない。答えの欠片すら見つかんないし板挟みで胃に穴が開きそうだけど!

 

「鈍感なアリアさんでもわかります」

 

「そこなんだよ! 多分初歩的なミスなんだ。理子にとって嫌な気持ちにさせる言葉を言ってたりとか、歯ブラシを間違えたとか・・・・・。とにかくその類いだ間違いない」

 

「──思いこみはしないでください。特に、理子さんだから、という理由で」

 

「? それはどういう──」

 

「私はここで降ります。では健闘を祈ります」

 

「え・・・・・い、いってらっしゃい・・・・・」

 

 いってらっしゃい! と他のメンバーも口にしていく中、俺は理子の隣の席を横目で確認する。まあそんな運良く空いてるわけもなく、理子は窓の外をキラキラした宝石でも見るかのように眺めている。その横顔も無邪気な子どものようで、つい見蕩れてしまう。近くにいて気づかなかったというより、少し離れて分かること。何をするにも共同で、常に隣に理子がいる。当たり前のことから遠ざかって改めてその()()に手を伸ばしたくなる。ただそれは、死者には似合わぬ望みだ。今だって隣に学生っぽい年齢の女の子座ってるし。──なんならこのバス内、全員俺らと同じくらいの女子しかいないな。

 

 とりあえずパーリィでの目標は、生き残ること。2人で動いていた時よりも格段に危険度は増す。怪我は避けたいけど、特に2年になってから怪我せず帰ってきた任務はないはずだ。まあ1回位あったっけな。そんくらい曖昧で負傷率が高いから、今回はチームに迷惑はかけたくない。

 焦燥感は時間を早める。とにかく思い詰めていると、アリアが降り、白雪、キンジも続いて降りていく。次は理子の番だが、当の本人は横に座っている女の子と何か会話してる。どっちも笑顔で楽しそうだ。

 

 さて。俺もそろそろ準備しなきゃな。

 万が一に備えて対狙撃用の帽子も被らないといけないが、今回は被らないらしい。この季節、帽子を被ってる方が目立つ。人混みの多い区を通る時は無い方がカモフラージュになるだろうとのことだ。香港に支部を置いてるだけあって、街中で平気でぶっぱなすわけないが・・・・・もしもの場合がある。その場合まず助からない。まあ苦しまずに死ねると思えば──

 

「・・・・・」

 

 俺はもう死んでるんだったな。心臓が動いてないんだから。なら仮に、頭を撃ち抜かれたらどうなる。魂と脳、左目は辛うじてまだ俺のもの。それ以外は瑠瑠色金だ。ただどうして臓器としての機能が果たされているのかは不明な点ではあるが・・・・・。まあ最悪、目はどうなってもいい。瑠瑠神に汚染されようが外界が見えればそれで事足りる。

 肝心なのは脳みそだ。脳みそを壊されれば、京城朝陽はそこで消える。立ち上がるものがあるとしたら、それは瑠瑠色金だ。アイツが本格的に動き始めたら理子やアリアをはじめとする俺と関わった女子すべて殺されるかもしれない。そうだ──脳だけは守らなくては。

 

「若い方。隣いいかね? 」

 

 ・・・・・と。いつの間にか杖をついた初老のおじいさんが横に立っていた。英語でいきなり話しかけられたからちょっと反応に遅れた。こんなとこで長考するんじゃないな。

 

「ああはい。どうぞ。すみません気がつかなくて」

 

 おじいさんは、よっこいしょと腰を下ろし、腰を空いた片手でトントン叩いている。どこにでもいる物腰柔らかそうなおじいちゃんだ。服もこの季節にピッタリの、オシャレにも気をつかってるようだ。

 

「──もし、若いの。もしかして日本人かの」

 

「うぇ!? 」

 

 あまりにも流暢な日本語で話しかけられるもんだから変な声出ちゃったよ・・・・・って、それよりもだ。日中韓とかアジアに長く住んでいるとそれぞれの顔の細かな特徴でどの国かおおよその見当がついたりするからな。俺のことを中国人ですか、ではなく日本人ですかと聞いてくるなら相当アジア人と関わりがあるってこと。もしくは現地人ってとこだが、

 

「出身はアジアですか? もしかして日本人です? 」

 

「ははっ、違うよ。私は遠い国からの旅行者だ。日本語を話せるのは、こうして旅をしているうちに色々な言語を学んでね。老人の嗜みのひとつじゃよ」

 

「すごいですね・・・・・。僕なんて英語と日本語だけですよ。あとは友人のおかげでフランス語は自己紹介くらいはできますけど──ちなみに何ヶ国語話せるんです? 」

 

「30じゃよ」

 

「30!? 」

 

 ア、アリアが確かに20前後話せるっつってたよな。もう10超えたくらいで超人なのに、30て。そんだけ覚えればまず旅先で困らないし、知見を広められたりできる。友人を作るなんて朝飯前だ。何より観光地に行くのが楽しくなりそうだ。俺も長生きできたら10言語くらいは話せるかな。

 

「凄い通り越して超人ですよそれ。──そういえば旅っおっしゃってましたよね。僕も学校の旅行で来てるんですよ。今は、はぐれちゃってますけど。おじいさんはどなたかと一緒に旅をなされてるのですか? 」

 

「いやいや。私は一人だよ」

 

「一人! 危ないですよ一人は! 言語は流暢な日本語を今も話されてますし、他の言語も同じくらいなら観光客狙いのぼったくりには引っかからないと思いますけど・・・・・暴漢に出会ったら身ぐるみ剥がされて路頭に迷うことになってしまいますよ! 」

 

 しばらく敬語使ってなかったからたどたどしい感じだけど、俺言ったことそのまま自分に帰ってきてないか? 帰ってきてるよな。1人で来てるってのはもしものことがあるから良しとして。

 と、内心慌てる俺におじいさんは穏やかに笑い、

 

「大丈夫だよお若い方。私はこれでも腕っぷしに自信がある。若いの一人二人はこのとおりじゃ! 」

 

 と杖の持ってない手で、右に左にと握りしめた拳で目の前の座席を殴打する。と言っても、振動すら伝わってこなさそうな弱々しいものだ。現に前の席の人は自分の座っている座席が殴られていることに気づいてない。はしゃぎまくってるからなおさらだ。

 

 俺は仕草にちぐはぐな何かを感じながらも、ホルスターにしまってある上下二連散弾銃(ショットガン)安全装置(セーフティ)を解除する。観光客を装っている可能性が捨てきれない以上、最大限の警戒をしなくちゃいけない。

 俺の持つショットガンはストックを切り詰めた、いわゆる全長が短い(ソードオフ)ショットガン。しかも銃身も削って短くした隠匿用で、装弾数も名前の通り2発だけ。ショットガンの弾は簡単に言えば発射と同時に中に入った鉄球等々が拡散していくもの。今回はスラッグ弾というデカい弾一つで拡散しないものを装填してあるが、このじいさんに向けて撃つとなるとやはりこんな超至近距離じゃヤバい。非殺傷弾でも通常弾より殺しにくいだけで、老体の骨を折る威力は充分ある。でも──そんなこと口にしてるうちに気づいたら三途の川なんてまっぴらごめんだ。

 

「でも充分気をつけてくださいね。僕が悪い人だったら去り際に財布とかスっちゃいますよ」

 

 ガオー、という理子直伝の小悪党ポーズでおじいさんを威嚇する。すると、

 

「お、顔に似合わず()()()()()もオモロいこと言うなぁ! 」

 

 あっはっは! と、さっきの落ち着いた雰囲気とは打って変わって豪快に笑い飛ばした。さっきから話し方とか所々出る性格が変わってるよな。世界中を旅してたら多様な人とも出会うし、そんなものか。いや関西弁は・・・・・大阪方面にでも滞在したか。それとも罠? にしては露骨すぎる。

 

「飾り気ない眼帯つけておるが、その目は優しいお人そのものだわい! 私は無粋な男ではないのでな。怪我した理由は聞かぬが、若いのこそ怪我には気をつけるんだよ」

 

「あはは・・・・・確かにそうですね・・・・・」

 

 そうだ。俺眼帯つけてんだ。視界が狭いってことも加味しないと。

 まてよ? 眼帯で傷だらけって、ガラ悪いな! ヤクザかここだったらマフィアにしか思われねえぞ。くっそ目立つじゃん。

 と、おじいさんと話している内にまたあっという間に次のバス停についた。このバス停で降りるのは──

 

Have a nice day(良き一日を)! 」

 

 鈴のように明るい声に意図せず肩が震え、反射的にその方向を向く。どうやら仲良くなった女学生とバイバイしてるようで、理子は満面の笑みでその子に手を振り降りていく。

 

「理子! 」

 

 咄嗟だった。自分でもよく分からない突発的なもの。しかも運の悪いことに、あれだけうるさかったバス内が静まり返り、視線がいっせいに俺に集まる。理子も俺の方を見て、少し呆然としたあと──

 

「頑張って。キョーくんなら出来るよ」

 

 同じように手を振って、ルンルンと外へ出ていった。

 

 ──。

 

 ────。

 

「終わっ、た・・・・・」

 

 全身から力が抜け、倒れ気味に椅子にもたれた。

 

「なんや兄ちゃん! 女連れかぁ!? にしてはそういう雰囲気でもなさそうだけどなあ。失礼なことでも言ったのかい? 」

 

 あ。俺も一人旅ってことにしてたのに自分から嘘をバラしちゃったら意味ないじゃん。なんでこんな口緩くなってんだ。脊髄反射で会話してるようじゃ諜報科失格だ。たとえEランクでもこんなミスはしないのに・・・・・。

 

「たぶん、言ってしまったんだと思います。失礼なこと。それより、はぐれたなんて嘘をついてしまい申し訳ありませんでした・・・・・」

 

「良いんだよお若いの。女にそっぽ向かせた恥は誰だって隠したいものだよ。若い時は経験が一番! なぁに、恥ずかしがることは無いさ。わしだってそりゃ若い頃はヤンチャしたもんでなあ。連れの女とよく喧嘩したが、今となっちゃぁ良き思い出だった──と、もうすぐ降りなきゃ行けん。さっきの嬢ちゃんと私が降りるとこは近くての。すまんの、たったこれぐらいの距離でも横に座っちまって」

 

 そう指し示す次の停車場所は、目前に迫っていた。俺もここで降りる予定ではあるが、やけに人だかりができてる。夜を知らぬ街にさらに華やかな装飾を施しており、何かの祭日のような催しが行われていた。しかも高層建築が立ち並ぶというのに、花火もどきが打ち上がってる。実物花火と違って音は控えめだが。それに火薬の匂いはしないからどこかに音響装置がついてるのかな。ここに修学旅行に来るにあたりある程度の知識は入れといたんだが、流石に祭日までは勉強不足だ。しっかしこれは──降りない方が吉だ。

 

「いえいえ、こちらこそ! ありがとうございました」

 

 愛想笑いを浮かべつつ、通る予定だったルートを頭の中で再構築する。

 とりあえず乗車続行だ。仕方の無い。バス内が喧騒で包まれてるとはいえ、ここまで擬似花火の存在と音に気づかなかったのは不覚。ここはあの音が比較的小さくなるまで乗ってないと、本当にどさくさに紛れてヤられるかもしれん。さっそくアリアに連絡しないと。ついでに警告もだ。銃声すら聞き分けづらくなる。

 急いで携帯を取り出し暗号化を含んだメールをうちこみ──気づいた。

 

「圏外!? 」

 

「ちょ、ちょっとお嬢ちゃん。どいてく──」

 

「このバス内では携帯電話とスマートフォンは禁止ネ。次の停車場所は籃幇城直通船乗り場前ネ」

 

 挑戦的な幼げな声。そして、自らが敵であることを知らしめる声。刃を交えた時間はごく短くとも、忘れるはずがない。

 西部劇のガンマンもかくやという速さで上下二連散弾銃(ショットガン)を腰の専用ホルスターから抜き、構える。

 

「おい。おじいさんから今すぐ離れろ。民間人だぞ」

 

「仕方ないネ。お前が奥に座ってるカラいけないんだ。あと、変な気は起こさない方が良いアル。お前はモウ逃げられないネ」

 

 そう挑戦的な笑みをこぼした少女(ココ)──そしてバスに乗っていた同じくらいの年齢の少女全員が、俺に向けて銃を構えていた。

 

「おいおい。極東戦線のルールを忘れたか? 雑兵は使うなっての思いっきし破ってるぞ、お前」

 

「ルールは破られるためアル」

 

 無茶苦茶だな、と思わず苦笑いがこぼれる。

 ココは、それから、と言葉を続けた。

 

「お前とは銃撃戦をしに来たわけじゃないアル。弾無駄ネ。話し合いに来ただけヨ。話し合い、断るなら殺すネ」

 

「・・・・・断る余地ねえじゃん」

 

 指をトリガーから離し、しかし万が一の場合即座に撃てる位置に。ココはおじいさんを俺の方へ突き飛ばしたが、俺が受け止め座席の奥に座らせる。もしもの時、絶対におじいさんには被弾させないように。

 

「おいこのガキぃ! 年寄りを舐めるでないぞ! 」

 

「黙れアル」

 

 ココがおじいさんに向かって睨みを効かすが、それでも負けじと罵詈雑言の限りを吐いている。銃を持った相手によく言えるよな。俺もその勇気を貰いたいくらいだ。

 

「なんだ。バスカービルから引き抜きってのは叶わねえぞ」

 

「違うネ」

 

「じゃあ・・・・・あれか。お前と夏の修学旅行で電車の上で戦った時のプロポーズか。婿に来ないかだかなんだか。あれも──」

 

「違うネ! 」

 

 明らかに不機嫌になった。今でも発泡してきそうなくらいに。なぜだ。

 

「オマエ、もう瑠瑠神なってるネ。強大な力を前にして奪わない手ナイ」

 

 っ、籃幇にまでバレてたか。いや、もう極東戦線に参戦してるやつら全員が周知の事実だなこりゃ。するとこいつらが俺を連れ去りたい理由は・・・・・実験か? 生物兵器として利用するため? 残念だが俺の自我がまだ存在してる限りコイツらに協力は絶対しない。そもそも兵器として利用するなら俺より瑠瑠神(アレ)の方が厄介だ。それを承知の上か?

 

「引き抜きと変わらねえだろ、それじゃ」

 

「仲間になる必要ないネ。ヘンタイ脳みそも弄りたくナイヨ」

 

 じゃあなんだ? それ以外使いようなんてないだろ。

 

「ココ達が欲しいのは、アサヒ、お前の体ネ」

 

 ・・・・・か、からだ? 体って、俺の!? 俺の体目当て!?

 

「さいってー! 」

 

「ウザい女の真似は止めるアル! 」

 

 おじいさんを突き飛ばして空いた片手でもう一丁銃を抜き、スライド部分を握ったかと思うと、

 

「・・・・・っ! 」

 

 ガスッ! と鈍い音と共に重たい痛みがジンと広がっていく。しかも、やられたとこから生暖かい液体が滴り落ちてきた。

 このやろう、俺に躊躇(ちゅうちょ)なく振り下ろしてきやがって。拳銃のグリップはムカついた野郎の頭をかち割るもんじゃねえと叫びたいが──反撃はできん。おじいさんが撃たれるからだ。まあ幸い流血は、見えてる左目を避けてくれてる。自分の血で目がくらむことも無い。

 

「おいおい。体目的なのに傷つけちゃダメだろ? あと痛いんだよ普通に」

 

「関係ないネ。上半身は顔以外いくら傷ついても大丈夫って言われたヨ。言うこと聞かなかったら拷問するアル」

 

「上半身? 籃幇は俺に何をさせる気だ」

 

 俺の問いかけにココは中国語で部下の女子に何かの指示を出し、即座に1枚の写真を俺に見せつけてきた。写ってるのは、女児だ。ケモ耳と尻尾が生えてる以外は普通の。玉藻の前と似てるような気もするぞ。

 そして自信満々に口を開き、

 

「アサヒ、この方と交尾するネ」

 

「・・・・・さいってー! 」

 

 ──ガッ!

 痛っだ! コイツまた同じとこ殴りやがった! また傷深くなったじゃねえか!

 負傷せず仲間の元に戻る目標そうそうに早々に断念しなきゃいけなくなったじゃねえか!

 このやろう、と睨みココを睨みながらその衝撃発言の意図を聞く。

 

「お・・・・・お前、交尾って、分かって言ってんのか」

 

 年頃の女子でも交尾といえば恥ずかしくないのか? ・・・・・いや、後ろの女の子達すごい動揺してるっぽいけど。堂々言えるあたりすげえよココ(おまえ)。そもそも日本語分かるのかこの子達。てか相手も相手だ。獣耳っ娘でしかも幼女っぽい。地面につきそうな黒髪に、着てるのは名古屋武偵女子高の服だ。

 

「ココ。いくら俺が日本人だからってな。全然関係ない名古屋武偵女子高(ナゴジョ)んとこの生徒を拉致るのは違えんじゃねえか?」

 

「服はオークションで買ったネ!拉致してナイ!」

 

「ああそうかい」

 

 この反応は本当っぽいな。しかし──修学旅行に来てまで犯罪したくねえよ。理子を裏切るとかそうじゃないとか以前の問題だ。絶対に手は出さねえが──

 

「ココ。女子のお前に直球で聞くのもアレなんだが、交尾の意味知ってんのか?」

 

「? もちろん知ってるアル。減るものじゃないネ、さっさと連行されてするヨ」

 

「減るも何も失うんだよなあ」

 

 流石に幼女で卒業は死んでも()だぞ。

 

「失うわけないネ! ココ達小さいころシてたアル! 」

 

「ちっちゃいころシてたの!? お前ら姉妹で!? マセ過ぎだろ! どんな教育されてたんだまったく」

 

「マセてないアル! 顔にするだけネ! 」

 

「顔!? 」

 

 おいおい──英才教育は戦闘面だけにしておいてくれよ。しかも包み隠さず言うって、後ろの女の子たち顔真っ赤じゃん。その集中が切れた状態で撃ったら何発か頭にぶち当てられるぞ。

 

「はっはっは! 嬢ちゃんさては勘違いしておるの! 」

 

 と、後ろに座らさせられていたおじいさんが突然高らかに笑いだした。これでもかってくらい膝を叩いてる。さっきまで闘犬のように吠えてたのに。

 

「嬢ちゃん。さては、交尾をキスのことだと思っておるな? 」

 

「そうアル。そう教えられたネ」

 

 と、また高笑いをひとつ。あまりの豪快な笑いっぷりに、流石に俺もさっき俺が話してたおじいさんとは別人じゃないかって本気で疑うレベルだ。だが、今はそんなこと気にしてられん。今は、だんだんと冷血な瞳にすり変わっていくココからどうやっておじいさんを守るかが重要だ。

 

「おじいさん。ちょっと黙ってください。死んじゃいますよ」

 

「若いのもわかっとるやろ! 未だにこんな間違いしとるのがおるなんてなあ! 」

 

「ちょっとおじいさん! 」

 

「・・・・・死ネ」

 

 っ、コイツまじで引き金引く気だ! クソ! こうなったら頭だけでも守って被弾覚悟で全力逃走しか生き残れる道はねえ! バス内でこんな敵が密集してるんだ、外も絶対に包囲されてる。だけど、それでも・・・・・!

 トリガーが徐々に引かれていく。俺はココの視界を塞ぐように、なおかつ一発も被弾させないようおじいさんへの射線を切る。そして、俺も窓に上下二連散弾銃(ショットガン)を向け──

 

「いいか! 交尾っちゅうのはな、男のバナナが女のアワビに入るっちゅーことや! 」

 

 これが遺言といわんばかりの迫力で、自らの股間とココの股の間を指さした。

 そして、鳴り響くはずの銃声は、ピタ────、と静まり返っている。おじいさんが言い放ったことを考えてるのか。動きを止めて、おじいさんの指の先と自らの股を交互に見つめ。どの程度の性教育を受けてたのかは分からんが、隠語だけでそんな──

 

「ナッ、ナナあああああああアアアァァァ!? 」

 

 あっ、完全に理解したな今。歳相応の甲高い悲鳴を上げて顔面真っ赤にしてやがる。拳銃も落っことしそうなくらい震えてる・・・・・! よし!

 

 右手を背中に回し防弾制服の内側にセットしてある両腕盾──そのひとつに手を伸ばす。(あや)にメンテナンスをしてもらわないと充填できない、計2回きりの逃げの必殺技。早速その一回目ではあるが人の命がかかってんだ。出し惜しみはない!

 

 盾の裏側の衝撃吸収材に腕を通し、盾をがっちりホールドするために取り付けられた取手(とって)──その親指部分に設置されたボタンを、力強く押す。

 瞬間・・・・・小さな破裂音と共に、様々な色彩が飛び交うこの街並みが、白光に全て塗りつぶされる。太陽が如き輝きは、前方で銃を構えているココや女の子たちに覆い被さるだけでは飽き足らず、バス外にも派手に漏れだした。

 

「逃げるよおじいさん! 」

 

 まともに閃光を食らったココ達はしばらく動けない。見えない状態で乱射すれば仲間に当たる可能性だってあるから気軽に引き金は引けん。

 窓ガラスに向けてショットガンを2発ぶっぱなし、おじいさんにタックルする勢いでだき抱え、降りかかる破片がおじいさんにかからぬような体勢で外へと飛び出したが──

 

(逃げるつったって見当もつかねえな──! )

 

 予定地のみならずその周辺の地図も携帯で検索して記憶したけど、ココが正体を現してから別ルートで進んだみたいだ。運転手すら蘭幇の手先だったわけだが、さらに不幸なことに目印になる特徴的な建物もないし、何より人が多すぎる。現に──バスから出たら手下数百人が取り囲んでるって最悪のシナリオは回避出来たが、外は悲鳴と怒号が入り交じるカオスな世界になっていた。バカでかい銃声鳴らしたんだからそりゃそうだが・・・・・

 

「おじいさん! この辺の地理わかります!? 」

 

 とりあえずネオンきらめくビルの間を駆け抜けていく。アイツらの視力が回復すればすぐに追ってくるだろう。しかも逃走された時に備えて車両もどこかに隠してあるはずだ。極めつけはこの土地だ。あいつらのホームグラウンドで逃げ切るのは不可能に近い。

 

「若いの! 青看板の左に細道があるでの! そこじゃ! 」

 

「了解です! 」

 

 ビルの二階らへんに取り付けられた勧誘看板の下に、ちょうど人ふたりが通れる道がある。そこへと走り込み、狭いながらも全力で走る。

 

「そこ右じゃ! 先に潰れた店がある! 中を突っ切ったあとは左じゃ! 」

 

 人をかき分け、時にはぶつかりながらも必死に走る。こんな時にココやアリアならその小ささを活かしてもっと素早く逃げ切れるだろうし、理子なら逃走の痕跡を残さず、むしろ跡を利用してカウンタートラップも即席で作るんだろうが、今だけはその才能が喉から手が出るほど欲しい!

 

「店ん中な! 入っていいんですコレ!? 」

 

「気にせん! アイツらから逃げるんなら不法侵入くらい目ェ潰った方がええ! 」

 

「ごもっともですね! 」

 

 元はスーパーマーケットなのか所々棚が鎮座し、文字からして特売を知らせるポール的なものもある。中は完全に暗く隠れるにはもってこいの場所だ。が、止めようとする足を急かすように、

 

「ほれ、ライトつけて反対側の入口までダッシュじゃ! 」

 

「っ、分かりましたよ! しっかり掴まっててくださいね! 」

 

 携帯を取り出しライトをつける。すると、まだ果物や雑貨などがあちこちに散乱していて、まさについ最近急いで撤去されたかのような雰囲気を醸している。それを横目におじいさんの言う通り売り場を抜けホールを抜け、スーパーマーケットらしき建物から出る。ほんの1、2分だったがどっと疲れた。携帯で足下や角、その他注意せねばならない箇所全てに気を張って走ってたからな。

 

 スーパーマーケット内での待ち伏せによる危険は過ぎ去ったにしろ、油断大敵だ。ただの曲がり角で不意打ちされたら俺はともかく、おじいさんは死ぬかもしれない。理子に言われたんだ。命大事にって。だから最悪の場合、見捨てるしかない。武偵にあるまじき行為なのは知ってる。人として間違っていることも。

 

「曲がったぞおじいさん! 次はどっち! 」

 

「2個目の角右じゃ! 」

 

 協力してる、なんて良い響きじゃない。利用してるだけだ。そしたら──武偵高は退学だろうなあ。良くて中退か。学校側も厄介者を切り捨てる良い機会になるが・・・・・っと、こんなこと考えるな。

 そのあともおじいさんの指示通り進む。ココ達とグルなんじゃないかと思ったが、それはないと一瞬で切り捨てる。グルならバスの中でいくらでもチャンスはあったんだ。今は信じるほかない。と、

 

「わしの記憶だとその先は低所得層が溜まる集会所じゃ! 若いの! ここなら光も少ない、物陰ならいくらでも見つかろう」

 

 おじいさんを抱えたまましばらく走り、ついた場所は──さっきまで繁華街とそう遠くないと言われても到底信じれないような荒地だった。が、好都合だ。

 物陰といわれ、荒い息を零しながら周りを見渡す。この賑やかさなんて言葉すら疎むような雰囲気は隠れ蓑にはちょうどいい。森や林がベストだが、街はずれなら今にも崩れそうな家屋に隠れるのが1番だ。割と広めならなおさら。

 

「若いの、複雑な事情があるようじゃな。私には想像つかないほどの」

 

 もう下ろしてくれて構わない、と続けて。

 一瞬話すのが躊躇(ためら)われたが、ココとの話し合いである程度はバレてる。適当な嘘でもでっちあげればいいか。

 ──最低だな、と自傷気味に口元をゆるませ、良い人感が滲み出た瞳を目を合わせる。

 

「・・・・・そうですね。これが最期の旅行です。個人的にはこの旅行を楽しかった思い出として遺しておきたかったんですけどね・・・・・。僕、特殊体質らしくてですね。どこがとは言えないんですけど……どうやら素直に逝かせてくれないらしいです」

 

「難儀なものじゃの」

 

「こちとらいい迷惑ですよ・・・・・。ともかく、ありがとうございました。ここは初めて来る場所なので地理とか全然分からなくて。おじいさんがいなかったら今ごろ捕らえられてましたよ」

 

 乱れる息を整えながら、ショットガンに弾を込めなおす。

 チーム内でのタンク──つまり、率先して敵の攻撃を真正面から受けに行く役割である以上重要なのは銃よりも自身の身を守る盾だ。緊急時用として威力の高いショットガンを採用した訳だが、ここに来て裏目に出ている。この付近は見たところ一応古びた建物や崩壊寸前の建物、鉄筋や支柱その他廃棄物が散乱しているが、一部中から灯りが漏れている。人が住んでるってことだ。俺がこの場所でもし発見されたら戦闘は避けられないし、かと言って散弾を使用するショットガンは使えない。

 

「若いの。わしはどうすればいいんじゃ」

 

「とりあえず一緒にいてください。格闘技やってても銃弾の前では無力です。おじいさんがこのまま離れてもし捕らえられたら、拷問された後、自白剤を飲まされます。最善策はこのまま一夜明けて、おじいさんは空港へ向かってください。現地の武偵とは協力しますので国外への脱出は容易でしょう。──すみません。こんな個人的なことに巻き込んでしまって」

 

「いいんじゃよ! それに久々にワクワクしたわい! おっ、そこの倒れた家屋いいんじゃないか? 」

 

 と、ニッコリと笑い、おじいさんは、自分とは反対方向にある潰れた家屋──それも隠れるには最適な場所目指し、足早に向かっていく。

 

 

 ────ああ、そうか。

 

 

 ショットガンをホルスターに収めようとしていた手を、()()()()()()()()()()()()()()。やることはただ一つ。()()()()()()()()()

 そこに迷いはなく、頭に狙いを定め、そして──

 

「やれやれ。さすがに今のはわざとらしすぎたね。まあ、腐ってもSランクだし当然かな? 」

 

 2つの爆音を轟かせ、善人面の()()を後ろから吹き飛ばす散弾は、まるで時間でも止められたように当たる直前で()()()()()()

 完全に背後を取っても勘づくのか・・・・・。敵意すら感じさせないように自分でも即決しての行動だったんだがな。

 

「空中で殺傷能力を持つほどの小さな鉄球を止めるなんて、テレビでマジシャンとして活躍した方がいいんじゃないか? 」

 

「京城朝陽くん。君こそ自分が発砲しないとか思ってたのに、1分経たずにそれを破るなんて。君には詐欺師が向いてるんじゃないか? 」

 

 と、おじいさんは──おじいさんだった者は、その骨格から大きな変貌を遂げていく。各部が肥大化し、黒く変色していく髪の毛を覆い隠すようにどこからともなくシルクハットが空から降りてくる。高級そうな燕尾服もいつの間にかそいつの手元にあり、優雅に袖を通し──純白の手袋をはめた。ついさっきまでの温和な声音はない。記憶にこびりつくような、低くて透き通る声。そして、俺が一番会いたかった者の声だ。

 

「使えないとは思ったが使わないとは一言も言ってない。いや思ってないぞ。なんで他人の心が読めるのか含めお前が直接会いに来た理由を説明してもらおうか。武器商人! 」

 

 シルクハットの(つば)をクイッと下げこちらに振り向く。

 ──ただでは帰さない。

 そう強く告げるように、耳まで裂けた仮面の商人は、悦楽を載せた言葉で返事をした。

 

「ええ。ゆっくり話しましょう。月が2度空に登るまで、ゆっくりと」

 

 

 

 




終章前です。

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