「さて、どうするよ」
口周りの血を拭い、体の不調を確認する。
左腕はおそらく骨折、肺には穴があき、胃か腸は損傷、あとは裂傷が数え切れぬほどか。ヒルダも見た目からして大差無いな。
「・・・・・この氷壁どのくらいもちそうなの? 」
「あの馬鹿力じゃもう少しで割られる」
「そう。まあ所詮氷だものね。──なら使えないの? 」
ヒルダは正座を崩した状態で俺に問いかける。何を? ──と聞く前に、俺の右目を指差し、
「お前の右目。本当は見えるのでしょう? 」
無遠慮にはずそうと眼帯に手をかけた。振り払おうとも腕が動かないので、
「見えてたらとっくにはずしてる。厨二病じゃあるまいし・・・・・って、おい」
首を横にふるが無意味に終わり、痛々しい傷跡が晒される。ヒルダは驚きもせず遠慮なしに触ってくるが、いちいち傷に響くというか・・・・・触られるたびにチクチクとした痛みが表面に現れる。
「瑠瑠色金がここまで・・・・・。ねぇ、無理を承知で言うわ。超々能力使ってアイツを倒せない? 」
「無理だ」
即答する。それだけは無理だ。俺に残された人としての部分は脳と、左目。あとは魂と
「ほんの一瞬だけ。しかも範囲を決められるとしたら? 」
「範囲? ・・・・・なんのことだ」
「お前の
真剣な眼差しで俺を見つめている。何かを確信しているような口ぶりに、それがデタラメとは思えない。
「仮にできたとして、なんになる」
「アイツは、月が2度登るまで話し合おうと言っていたわ。それと、お前の──いいえ、瑠瑠色金のもう1つの能力を使えれば、
「っ!? ・・・・・まじなのか、それ」
「冗談言えるほど体力残ってないわ。それより、私の作戦にのるか乗らないのか、ここでハッキリしなさい」
ここでヒルダ共々リンチされ野垂れ死ぬか。瑠瑠神に犯されながらもこの場を凌ぐか。そんなの、後者の方が良いに決まってる。死んでは理子を守れないのだから。だが、不明な点はまだある。
「この空間から絶対に逃げられないんだったらな・・・・・。コイツらの瞬間移動さえなければもう少し楽だったのに」
「瞬間移動──? あぁ、違うわよそれ」
体の節々の具合を確かめつつヒルダは夜空を見上げた。
「結界・・・・・ううん、それ以上の代物ね。大げさに言うなら空間隔離というとこかしら」
「空間──隔離? 」
「元いた世界と透明な壁で切り離されてるの。極めて限定的な平行世界といったとこかしら。お前がぼこぼこにされてるとき脱出しようとしたけど無理だったわ。肉体どころか電気さえ通らなかった。おそらく、この空間から出ようとすれば問答無用でアイツの目の前まで強制転移される」
っ、俺が武器商人から一度逃げ出した時に、なんの脈絡もなく突然アイツの元に瞬間移動させられた。あの時武器商人は俺の位置をも確認せずにどうやって・・・・・と悩まされたが、これでようやく合点がいった。デタラメなチート能力がいつの間にか展開されてたんだな。あとは、
「他に気づいたことはあるか? 」
「私たちはこの空間は半径50mの球体よ。上にも下にも行けなかった。50m先に見える建物とか星空は多分アイツの作り出す幻影。さすがに人は再現できなかったみたいだけど」
「星空も? ・・・・・確証はあるのか? 」
「確証もなにも、電気飛ばしてたんだもの。私たちは外の偽りの風景を拝むことしか出来ず、外の人間は私たちを知覚することは不可能。外界との繋がりは何もかも全てシャットアウトされてるし、その先に何かがうつるのはおかしな話じゃない。それに、よく見てみなさい」
俺たちのちょうど真上にある月を指さし、ヒルダはさらに続けた。
「
そうか! 俺と武器商人、そしてヒルダが戦っていた時間はそう短くない。夜の住人であるヒルダだからこそ確証たりえるが、問題はこの空間からの脱出方法だ。徒歩、ヒルダの影の中を移動するのも、境界線に触れればアウト。超能力もダメとなれば、いよいよ危うくなってきたな。何か、何かヒントは──
「っ、来るわよ! 」
ヒルダは俺の首根っこを鷲掴みにし、地面へと押し付けた。視界の端で氷の壁が黒色の物体に侵食される様を捉えたが、すぐに背中越しに伝わるアスファルトがスライムのように柔らかくなり、地面へと引きずりこまれる。
中は当然ながら暗闇で、呼吸も出来ない。命綱は俺の首を掴んでる細腕のみ。
「ドレイらしく私に身を委ねてなさい」
ヒルダの声がかろうじて聞こえる。
これがいわゆる、地面の中か。どういう原理か知らんがとにかく、窮地に一生を得た。とはいえ戻ったらまた窮地に追い込まれるわけだが、どうする。このまま潜っていれば俺が窒息するし、武器商人が地面へと攻撃する手段を持ち得てないとは限らん。どのみち防戦一方だ・・・・・!
「地上に出るわよ! 」
首を掴む力が強くなり、凄まじい力で上へ引っ張りあげられる。膜のようなものを背中から突き破ると、俺たちが元いた場所とはかなり離れた場所に出た。しかし、安心する余裕はない。俺たちが出るであろう場所めがけて武器商人達がいっせいに黒弾を撃ち込まんとしているからだ。
「ヒルダ! 」
「分かってるわよ! 」
再び地面の中に潜る。体感だが今度はもっと地中深く、さらに速いスピードで移動している。ヒルダに頼りきりで何も出来ないってのがさらにもどかしい。これじゃ
「悲観になるのはやめて」
「武器商人どもは俺らの移動する先が見えてる! 俺の
「精神力のムダよ! 」
「だったら──」
「っ、朝陽! 体丸めなさい! 」
もはや絶叫に近い忠告に、全身の毛が逆立つ悪寒が背中を伝い、出来うる限りヒルダの命令に従う。直後、黒弾が雨のように地中へ降り注いできた。いや、落ちてくる雨粒が見えるだけマシというもの。地中という暗闇でもハッキリとした"黒"に、絶対に触れてはならないという本能的な恐怖が足先を掠めていく。
当たったら今度こそ致命傷だ。たとえヒルダと
また、何も出来ないのか。無駄に迷惑をかけるのか。助けてもらってばかりのくせに、俺は──
「くだらない劣等感は捨てなさい! 」
「っ!? 」
全身が雷でうたれたかのように痺れる。ただ怒鳴られただけでなく、心の底からヒルダの声が体全体に響き渡るような感じに、ネガティブな思考は急速に溶けていく。
「瑠瑠神に侵食されてるからって情緒不安定すぎよ! お前は
・・・・・っ。確かに、今までのことがトラウマになりかけてつい悲観的になっちまった。そうだ・・・・・ヒルダに信じろと言われるのであれば、従わざるを得ない。俺に対する嫌悪感は未だヒシヒシと伝わってくるが、それでも信頼を置いてくれたことは分かる。──俺がバカだったな。地中で俺が下手に抵抗することこそが
ふぅ、と焦燥感を吐き出す空気にのせる。黒弾は当たらないと信じて。
少なくとも、何とかして脱出はできるはずだ。0パーセントじゃない。武器商人が俺にヒントをくれた意味が無くなるからだ。他にアイツはなんと言っていた? 思い出せ。まだあるはずだ。
クリアになっていく思考を張り巡らせ、今一度武器商人の言葉を一つ一つ思い出していく。別にアイツは俺を真に殺したいわけじゃなく、生き方に難癖をつけているだけだ。だったらこの空間の脱出は必須。ごく簡単なもので──
「・・・・・」
これ、か? 雰囲気にのせられて見落としそうだったが、武器商人がこの戦闘のことを
だったらどうする。方法は分かっても手段がなけりゃ一生ここから出られない。単純に触れられないのであれば、能力でこじ開けるか、あるいは──
「
それしかない。普通こういった空間を支配する、なんて能力は見たことないが、
そしてもう1つ。空間を隔離するものを破壊したあとの
「・・・・・ヒルダ、分かったぞ。このクソッタレな隔離空間から脱出する方法が」
「それは私も分かる! 全員ぶっ倒せばいいんでしょ! それよりも、この空間から脱出したあとのことを──」
「それについてもたぶん大丈夫だ。話を盗み聞いてたなら思い出せると思うが、アイツは最初俺にこう言ったんだ。『月が2度空に登るまで話し合おう』ってな。今俺たちが見上げている幻影の月が一度目だとすれば、二度目の月はこの空間を作り出している壁を破壊して拝める本物の月。無事拝めたら・・・・・こいつらは多分、無力化される」
「単に48時間の死闘を繰り広げたいって訳じゃなくて? 」
「そういう解釈で言ってたんなら詰みだ。アドレナリンで動いてるようなボロボロな体で動けるのは精々ワンアクション。失敗すりゃ仲良く地獄行きだ」
言うは
「お前に頼らなきゃいけないこの瞬間も既に地獄というのも覚えておくことね。それで、決心はついたの? 」
「当たり前だ」
「なら外へ出るわよ。ドレイらしく、汗水流して私に貢献しなさい」
2度目の急速浮上で再び地上へと引き戻される。相変わらずこっちを追走してきているが、この逃走劇もここで終幕だ。
「
俺たちを覆うように氷の壁を張り、さらにその場から後退する。
「お前は色金の影響ないようだけど、私はあと2回だけしか
「武器商人を一掃する方法だよな。頼む」
「聞き分けが良いドレイで助かったわ」
ニヤリとヒルダは笑みを浮かべるが、俺は逆に気を引きしめる。
数えきれぬ負傷を抱えたまま迎える背水の陣ならぬ背壁の陣。空間の領域外ギリギリのところで足を止め、続々と集まる
それぞれ黒弾を手中に作り出すヤツと、黒光をブレード状に腕に纏わせ突っ込んでくるヤツに分かれる。ここからが本番だ。
・・・・・瑠瑠神の能力は使わない。そう決めたはずなのに、こうして今も使おうとしている。
「ふたつ注意よ。どの範囲で発動するかを鮮明にイメージ化しなさい。あとは自分を見失わないこと。分かった? 」
「ああ、任せろ。もしもの時は・・・・・頭をプレスすれば、多分死ぬ」
「言われなくとも全身プレスよ」
──必要が、必要であるがゆえに。たとえ憎悪の対象だとしてもこの力が必要とならば。己への罰としてこれを発動する。
「
瞬間──半透明の波が空間全体に広がっていくとともに、視界に入る全てが静止していく。それと共に頭が少しずつ重くなっていく感覚に犯されるが、許容範囲内だ。
「
咄嗟に口にした言葉を胸に、またひとつ言葉を紡いだ。
「
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