────失敗した。
これで何度目の失敗だろうか。数えるのも面倒なほど失敗続き。大量出血で頭がまわらないだとか、とっさの判断ミスだとか。言い訳は無数に浮かび上がるけど、そんなものは自分を守る盾にはならない。
「おーい。下着は自分で着たくせに上を着させようとするなー。いくら重症人だからってまだ体を動かせる気力くらい残っているだろう。君の意向なんだぞ、わがままはそこらでよしたまえ──って、聞く気なしかい? まったく世話がやける」
身を焦がす激痛は少しずつだが引いてきた。あのヤブ医者が俺をこの城まで運ぶ道中で鎮痛薬を──いや、鎮痛薬に似た薬物を投与したからだろう。記憶が曖昧なのはその副作用だと思う。これ以上失うものは無いとヤケクソ気味に了承したのが間違いだった。
「よいしょ・・・・・っ、よいしょっと! ふぅ、君意外に体軽いね。ちゃんと食べてるかい? 年頃なんだからしっかり食べないと──って、そういえば君内臓グチャグチャだったね。内臓がとか大怪我諸々ふくめてそこの吸血鬼に継続して治して貰うがいい。あとは自由だ。動き回れるのならね。ただ城から出ることは許さないよ。と言っても、ここは周りを海に囲まれた立地だからね。傷口にしみて痛いぞぉ〜」
見渡す限りただの飾り気のないビジネスホテルの一室のようだ。ここに着いて意識が回復し始めた時からか頭痛がする。特に
「さて、この一室は防音だ。豪華絢爛が形となったこの城には似合わないと思うだろ? それでもたまに落ち着かないって客人がいるんだ。まあ滅多に現れないけどね。ではこれで失礼するよ。せいぜいおとなしくしていたまえ。
痛み・・・・・痛み、か。
「やっと出てったわね。まったく、お前がヘマしなければ私はここにいないのだけど。今ごろ理子と美味しい食べ物を食べれてたのに、ほんといつまで経っても役立たず」
ただ、瑠瑠神に乗っ取られはしたが暴走はしなかった。それにヒルダに対して敵対行動の一切を見せず、なんなら俺がするよりも丁寧に言葉を交わしてた。そしてヒルダを助けようとする行動・・・・・もう意味がわからない。頭がごちゃごちゃだ。たとえ俺を救うため仕方なく生かす必要はあったとしても優しくする必要なんてない。だったらどうして・・・・・。
「ちょっと聞いてる!? 」
「いッ!? 」
ビッ! っと腕を鋭いもので叩かれ一気に現実へと引き戻される。いつの間にか女医はいないしヒルダは怒ってて意味がわからんが。
「聞いてるかって聞いてるのよ! 」
「あー、聞いてない」
即答したのが気に食わなかったのかもう一発。普通に痛いが、右手はヒルダに治療のため握られてるし左手を動かす気力もないので受け入れるしかない。
「1人でどこまであの武器商人とやれるか見てはいたけど、堕ちたわねお前。私を打倒したあの時のお前はもっと強かった。瑠瑠色金の力を使っていたから、なんて言い訳は聞かないわ。お前はそれでもSランク武偵なの? 聞いて呆れるわ。せいぜいBがいいとこ。戦闘専門じゃない理子にも負けるんじゃない? 」
「・・・・・」
「あの時無理やりにでも逃げた方がまだマシだったかしら。強制的に眷族復刻させて
「・・・・・ごめん」
情けないことに絞り出した言葉がそれだけしか出てこなかった。
ヒルダはヒルダなりに期待してくれてたのに結局はこのザマだ。何一つ上手くいかなかった。それなりの自身と覚悟をもっていたのに・・・・・結局行き着く先はいつもと同じ。何も学ばずこうして傷だけ増やす。もう慣れっこ──
「ねえ」
そんな俺の思考を見透かしたようにヒルダは舌打ちをした。
「なんで謝るの? 私に対しお前も
「なんでって、そりゃ──」
「チッ・・・・・イライラするわね」
凍てつく声音に緊張が走る。ヒルダと殺しあった時と同じ目だ。そしてヒルダは有無を言わさず再び口を開く。
「確かに私はお前を助けた。だけど私も深手を負った。お前がどうあれ、あの場で瑠瑠色金の力を使えば脱出できたのは明白よ。最後の
「な、なんだいきなり。落ち着けよ。何が言いたい。こんなこと言える間柄じゃないけど、お前らしくないぞ」
「加害者
吸血鬼はプライドが高い。それはヒルダやブラドがよく教えてくれた。だから自分のミスを他人が背負うのは許せないんだ。
「そうやってひとりで自己満足して・・・・・幸せなのはお前だけなの。私のような部外者は
「手厳しいな・・・・・。確かに、その通りだよ。俺には俺の考えがある。お前がどう思おうたって、今回は俺が悪いんだ」
だからごめん、と再び謝ろうとした直後、バキンッ! と何かの切断音に中断させられる。どれだけ大怪我をしようと、目の前のヒルダから発せられた音なのは理解できるが、
「理子のためを思って私は言ってるのよ! 」
──その真意は理解できなかった。ヒルダのプライドを傷つける言葉なのは充分承知の上。最低な男だと罵られても仕方のないこと。だがヒルダが口にしたのはこの場にいない理子のことだ。
「あの子が日に日に傷ついていくお前を見て何とも思わないとでも思ってるの!? お前がジーサードに殺され瑠瑠神に変化した時も、鎮めるためとはいえお前の体に一生物の傷を負わすことを容認した。どれだけの覚悟をもってやったのかお前にわかるの!? 」
殺気はある。ただそれが邪悪かと問われれば、首を縦に振ることはできない。身をもって感じるのは、理子を案じ生まれた俺に対する純粋な怒りだ。
──分からない。分かろうとしても、頭がそれを拒む。
「なんでいきなりその話になるんだ。話が飛躍しすぎだぞ。ともかく、理子からもそれは聞かされたし余計なお世話だ。俺だって理子に負担をかけないように努力してる。実らない努力だとは自覚してるが、命を軽々しく差し出す真似は少なくともしてない。だから無様な姿になっても抵抗し続けたんだ。命を無くすよりも擦り減らす方が得策だって分かってる。ただその件と今回の大怪我は別々だ」
「同じよ! そうやって自分ひとりで抱え込んで気持ち悪い笑顔だけよこして! 一番重症のおまえの隣で小さな傷を幾つも作ってる理子は何も言えないじゃない! 辛くて、苦しくて、でも自分の痛みを無視しなきゃ好きな人を救ってあげられない。地獄のような葛藤に今も悩んでるの! もっと──」
そこでヒルダは何かを言いかけ、唇をぐっと噛み締めた。諦めたというわけではない。握られている手の骨が軋み、関節が悲鳴をあげ、なお少しずつ圧迫されていく。殺気こそ霧散したものの、まさに鬼のような怒気となって再び肩にのしかかる。
つまり・・・・・お前がもっとがんばれよ、とかなんとか言いたいんだろうか。でも言えない。簡単だ。なぜなら、
「──俺は天才じゃない。ただの凡人だって自覚してるさ。陳腐な作戦を身に余る能力で無理やりこなして、その結果が現状のありさまだ。ここに至る過程でお前も繰り返し見ただろ。『結局こいつはこうするのか』って。凡人が天才を上回るのはそれ相応の努力が必要だ。・・・・・その努力を怠って、でも瑠瑠神の力はなるべく使いたくなくて、じゃあ残った選択肢はなんなんだって」
それ以上言うなという警告を無視し、言葉を続ける。
「天才が捧げられないもの。天才を上回る凡人でも手が出せないもの。・・・・・幾度の致命傷を許容できる身体だよ」
亀裂がはいる。明確に何が、とは口にできない何か。
「内蔵をぐちゃぐちゃにされても生きてる身体。心臓が止まっているのに動く身体。大穴が空いた左腕。クモの巣状にひび割れた右目とその周辺。何より・・・・・身体中に刻まれた愛の
諦めたのか、と問われれば俺は頷くしかない。弱いと言われようとなんと言われようと、もう手遅れだ。それでも、『■■』な理子を守れるなら、それで──。
「──、理子が、かわいそう」
「あ? 」
ソレは突然心の中に現れた。前触れもなく、似た感情すらも無かった。なのに、全ての感情を押し退け、代わりに心を埋め尽くさんばかりに溢れだす。いつもなら受け流せる程度の戯言だ。だけど──怒りが。どうしようもない怒りが、動かない体に染み渡っていく。
「なんにも分かってない。あの子の気持ちの1ミリたりとも分かってない! 命を擦り減らすのが得策ですって? 私とお前が初めて会ったあの時の方がまだ人間らしかったわ! 薄汚い眼光、こざかしい言動、友情だの絆だの愛だのとたった数十年で終わる幻想を掲げていたあの頃のお前の方がまだ人間らしかった! お前自身が矛盾してるってことにまだ気づかないの!? 」
怒りに任せ見据えたヒルダの真紅の瞳に、いつの間にか鮮緑色が混ざりはじめる。混ざるというより、上書きか────いや、そんなことは
「口では理子を期待させといて、お前はもうどこかで死んでもいいやって諦めてるじゃないっ。理子には先がある、まだ仲間がいるって! ・・・・・お前しかいないの。死ぬまで
怒り、怒り、怒り、怒り。ヒルダの口から理子の名前が出る度に醜く狂い沸き立つ。これは・・・・・瑠瑠神に操られているわけではない。少なくとも
──ああ、もうダメだ。
「あの子を騙し続けて、またひとりぼっちにさせるなんて、そんなの──」
「お前に理子の何が分かるってんだよッッ! 」
たった一言。漏れてしまった気持ちにもう蓋はできない。
「偉そうな口きいてるがお前はその理子をどうしようとしてたんだ! 俺が助けに行かなきゃ今ごろお前のペットで砂粒ほどの幸せもないお先真っ暗な人生だったじゃねえかよ! 顔が良くて血液型が一緒ってだけで食料にしようとしたお前が! よくも
「それはっ、あのときは──」
「今でもよく覚えてるさ! 理子に毒入イヤリングをつけさせたことも! 俺を殺す計画に加担させたことも! お前というトラウマと自分の気持ちに板挟みになりながらどれだけの苦悩があって裏切ってたかってことも! 全て理子の口から聞いたよ! 」
その言葉を聞いた瞬間から、ヒルダの顔色は目に見えて変わっていく。
ヒルダにとってタブーな話題だ。ふたりが和解したって、ふたりを一生付いて回る茨の棘だ。それを知ってて、俺は続ける。
「お前は理子の本当の気持ちを聞いたことないよな。当然だ、そんときお前は閃光くらってまともに目が見えず暴れ回ってたんだからな。あの涙を流すまで理子はずっと囚われ続けたんだ。小さい頃から名前に縛られ、屈辱に苛まれ、どれだけの尊い時間を奪われようと必死に笑顔取り繕って。やっとの思いで自分を取り戻したんだよ! その気持ちがお前に分かんのかよ! 」
「っ、私はっ、それをお前に──っ」
「俺の事なんてどうでもいい! もうすぐ死ぬんだほっといてくれ! それにどれだけ傷つこうとこの体はもう俺のじゃねえ、他人のだ! 瑠瑠神のもんなんだよ! 骨が折れようが内臓が飛び出そうがどうだっていい! ボロ雑巾みたくなりながら少しずつ死ぬより首のチョーカーが作動してポックリ
「それじゃ過去に理子がお前にしでかしたことと同じじゃない! 」
「そんなのはもうわかってるんだ! ・・・・・でも仕方ないだろ? 守るためには知られちゃまずいこともある。騙す必要がある。これが俺にとっての最善なんだ。これ以外に方法はないんだって、お前ならわかってくれるはずだ」
理子の飛行機ハイジャックから学校の文化祭の時期までの思い出がフラッシュバックする。嘘の仮面を被って、理子が俺を騙そうとしていた頃。ヒルダがこの期間ずっと理子を監視していたとすれば、その企みと内に秘めた想いは分かるはずだ。
「だから協力してくれよ。理子をこのクソ神から遠ざけられるように。そうすれば、理子の命だけは守れるかもしれないんだ。お前だって本望だろ。だから、俺と──」
「私のようになるなって言ってんのよッッ! 」
シン──とそれきり沈黙が続く。心の底から叫んだのは言葉からヒシヒシと感じた。肩で息をして、視線だけで人を殺しそうなほど鋭く睨み、何かをこらえているような様子で。
「大切な人を──お前はっ・・・・・! 」
──あ。
「・・・・・っ。こんな感情的になるなんて。お前と
そう言い残すやいなや、俺の手を払いのけ部屋の扉に手をかける。その後ろ姿に気品は備わっておらず、むしろ、
「・・・・・頭、冷やしてくるわ」
ヒルダらしからぬ粗暴な振る舞いで部屋を出ていった。あとには気持ち悪い静けさと罪悪感だけが残る。
ヒルダが叫んだ瞬間、やってしまったと自覚した。1番言ってはいけないことを、感情に任せてありのまま言い放ってしまった。どうみたって
「は、ははっ・・・・・最低だな。俺って」
乾いた笑いが込み上げる。でかい口叩いた情けない俺になのか、他人の傷口をえぐって悲しませた行為そのものにか・・・・・。考えるまでもなく両方だって分かってる。それにヒルダは、頭を冷やしてくると言っていた。あのヒルダが、だ。貴族でありプライドが高く誇りを持った彼女が、自分から折れたんだ。
「ついに自分自身のコントロールもできなくなったのか。恩人のトラウマを掘り出して楽しかったのか? さぞやスッキリしたんだろうな。お前とはそういうやつだ」
誰もいない部屋で、俺は俺自身を罵倒する。こんなヒトモドキに心配してくれる数少ない仲間に向かって暴言とは、いったい俺は何様のつもりだ。いつからそんな人間になったんだ?
武器商人と戦ってからか? 瑠瑠神に乗っ取られた時か? ジーサードに殺されたから? 文化祭から? 理子とニセモノの恋人関係になったあの日か? 武偵になってから? それとも──
「──はっ。そんなの、決まってるよ」
今なお続く思考を妨げる痛みを我慢しながら無理やり身体を起こす。普通ありえないことに常識はずれなことを身体に強いているためか、腹の中の血液が逆流し、
「うぶっ、ぉぁえっ・・・・・! 」
高級そうな床、そしてベッドにドス黒い染みを拡げていく。
当然といえば当然。だけど、それを
けれど、気持ちが身体を動かす。はやる気持ちを足に集中させて、1歩ずつ。そして着いたバルコニーへ続く扉を開け──
「うわっ!? 」
やはり感覚が無いというのは恐ろしい。ちょっとした段差に対応できず、思いのほか幅が狭いバルコニーの手すりに全体重をかけたまま倒れてしまい。
慣性に抗えず、気づけば宙へ放り出されていた。下は一面海が広がっている。
このまま落ちてしまえば──
「いでっ! 」
と、そんなことを考える暇もなくすぐ下の屋根に背中から激突した。安心するのも
「思わず掴まっちまったなぁ・・・・・」
誰に向かうでもない文句を垂れつつ一息つく。
冬の肌寒い風が縫い針のように新鮮な傷口をチクチクと刺してくるが、かえってそれが心地よい。依然として重症患者に変わりないのだけど、室内の一種の息苦しさから解放された。良い意味でも悪い意味でも、スッキリしたというわけだ。落ちれば溺死──死んでいるのに溺死とは不思議なものだがとにかく、京城朝陽はそこで死ぬ。
「必要、なのかなあ」
冷たくなってきた身体を起こす。見下ろした先には夜空よりも暗い海が広がっている。位置的には100万ドルの夜景でも影になるような、1人でただ呆然とするにピッタリの場所。見張り役として周辺の海上を船で巡視している藍幇の部下たちからも、死角となる位置だ。飛び降りたのが音でバレたとしてもこの暗さじゃあ見つかりっこない。
「ねえ、どう思う? 」
誰か悲しんでくれるかな。理子は多分泣くだろうけど、強いから立ち直れる。誰かの助けはもういらないくらいには成長してる。もし仮に必要になったとしても、バスカービルがついてる。俺がいなくてもなんら問題はない。むしろ、
「ここが本当の潮時かな・・・・・。アイツらとも、もうお別れだ」
目が覚めた時にはバスカービル皆殺しでした、なんてことが現実味を帯びてきてる。それなら藍幇で匿ってもらった方が遥かにマシだ。ある意味都合が良かったのかもしれない。アリアと交わした約束も守れず、大切な仲間を泣かせるヤツがいても邪魔なだけ。足を引っ張るくらいなら、いっそのこと──
「っ、ぐっ、いっ・・・・・ッ! 痛ッ、いた、い・・・・・! 」
そんなネガティブな発想を打ち消す激痛が頭に走った。
歯を食いしばって、激痛が走る腹に力を込め、藁をもすがる思いで骨折した左腕を掴む。最低限の固定すらしていない腕は痛みの分散くらいには役に立つかと思ったが、痛む箇所が増えただけだった。
「くぞっ、っっくぐうぅぁ、くそっ、クソっ! 」
止まっているはずの心臓が今はありえないほど高鳴っている。走ってもないのに息切れして、手足の末端から少しずつ痺れていく。何もないのに嘔吐感だけはますます強く、そのくせ意識だけは一丁前に鮮明で。冷たい風すらも暖かいと感じてしまうほど身体が冷えていく。
そして色んな景色が、情報が、感情が頭に入ってくる。世界中に巻かれている瑠瑠神の色金粒子のせいだ。処理が追いつかない。だけども頭は強制的に働かされる。そして、理解できない4次元の世界・・・・・ジーサード戦で使ったとされる
「あ、あああっ、あああああああアあぁ!? 」
説明できない。理かいでき、ない。わかるのは、このからだを、しはい、しようとしている。こと。それだけ、それだけ、は・・・・・!
「何してるアル」
「──ぁ」
コン、金属特有の軽快な音が鳴る。中途半端に身体を起こしているから後ろは見えないけど、冷たい板みたいなので額を軽く叩かれたようだ。
忌々しい発作も嘘のように鎮まった。ここの住人から見れば、滝のような汗を流しながら呼吸が荒い脱走人だ。そして、脱走人たる俺を咎める声が、続いた。
「自殺はやめとけアル」
振り向けば、憐れみを含む視線を俺に向けたココが、部屋着姿で立っている。一切の装飾が施されていない直刀の面部分を俺の頭の上に載せながら、
「話、するネ」
──と。
色々あって書けませんでした。再開します。
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