前回: ココとこれからのことについて話し合う。
「とにかくお前は部屋にさっさと戻るアル」
ココはふてくされ気味に頬を膨らませ、俺から顔を背けて立ち上がった。
「……もう、二度と自分から死のうとするなヨ。一番醜いアル」
そして、風に吹かれてしまうほど小さく、けれど確かにその言葉は胸に届いた。
「ああ。ちゃんと向き合ってみる」
少し悲観的になりすぎたのかもしれない。これまで何をしてきたかじゃなくて、これから何をするか。
今の俺にいきなり前を向けと言われてもすぐにはできないと思う。けど、少しずつ、少しずつでいいから。前を向いてみよう。
煌びやかな絶景に背を向ける。
「ふん。もう逃げるなアル。仕事増えるだけネ」
「あーそのことなんだがな」
俺は言葉を濁し腹をさする。
「痛くて登れそうにないから手を貸してくれ」
「──」
自分で登れ、とココは目で訴えてくるが、数秒見つめたら手を貸してくれた。
何回か落ちそうになるのを助けてもらい何とか自室に戻ると、ココはもう寝るとそそくさ部屋を出て行ってしまった。
「……当面は、キンジたちへの弁明が課題だな」
腹を庇いながらベッドへとゆっくり転がる。
仲間の一人が眷属に鞍替えしたとなれば全力で取り返しにくるかもしれない。それに公安のこともある。首のチョーカーが爆発してないのが謎だが、ここらへんは明日考えるとしよう。
今日は思い出すだけでもしんどい一日だった。おとなしく寝よう。
☆☆☆
──香ばしい匂いが鼻をくすぐる。起きた直後のダルさに辟易しながらも目をゆっくり開けた。体感としてはただ数秒間目を瞑ったあとのように思える。しかしそうじゃないと言い切れるのは、窓の外から既に陽光が差し込んでおり、それも冬特有の朝の肌寒さはなくポカポカと暖かいからだ。
「おまえらなにしてんの?」
ベッドから上半身を起こしながら、円卓を囲むやつらに問いかける。
全員で6人だ。ココ含め四姉妹、眷属側につく要因になった女医、そして武器商人。見たくもないメンツ勢ぞろいで、ワイワイと何かを焼いている。
「おっ、おきたようだね。昨晩からこんな時間まで惰眠を謳歌するとは、ずいぶん良いご身分だ。まあ色金保持者はそのくらい神経が図太くなきゃやっていられないか」
一番先に気づいたのは、一番遠くの位置に座っている女医だ。相変わらず目の下の隈はとれていない。しかし元気なようで、箸で円卓の中心の何かを四姉妹と取り合っている。
「敵の本拠地で堂々と眠り込む愚者なんて過去の歴史見渡したっていない。予測不可能といえば聞こえはいいがね」
「その敵側に詐欺まがいな手口で俺を引き込んだのはお前らだろうが」
嫌味な口調でこちらを向きもしない武器商人は、トングで皿から赤い何かを円卓中央に移している。未だ眠りに落ちようとする目を擦りよく観察すると、その正体は肉だった。
円状に切られた肉や細かく四角に切り分けられた肉、鮮やかな赤みを持つ肉、ブロック状の肉などなど。様々な部位の肉が豪華な皿に盛り付けられていた。武器商人が今トングで掴んでいるのは、その中のひとつだろう。
つまり、病人の前でこいつらは焼肉をしているというわけで。
「……んでよりによって俺の部屋で焼肉なんだ」
「あ、もしかして欲しいのかい? 君も欲張りさんだな」
女医は苦笑いを浮かべ、奥のテーブルに行き、透明なプラスチック製であろうカバーを外す。その中のものを大きめの取り皿へ移し始めた。
あらかじめ焼いてとってくれてたらしい。だけど、
「一言も欲しいなんていってねえだろ」
余計なお世話というやつだ。人の親切心を無下にするのは俺だって心痛いが、武器商人の言う通りここは敵地の拠点内。俺がその仲間に引き入れられようと、平気で毒物をもってくる可能性はゼロじゃない。
っ、にしてもだめだ。声が張れない。貧血と低血圧のときに似てるな。思うように力がでない。そういえば怪我してから輸血してもらったっけか?
「まあまあ。若人はつべこべ言わず肉を食いたまえ。これでも1級品を揃えてある。ガッカリはさせないよ」
猫背の背中からは想像もつかない自信に満ちた声だ。
よくもまあ昨日の今日で俺がおまえから貰ったものを食うと思ったなと目で訴えるが、振り向いて俺の視線に気づいてもニコニコするだけ。
きもちわるい。
「新鮮だからさ、食べた方がいいと思うよ? 」
ベッド横から簡易テーブルのようなものを展開され取り皿が置かれる。
いらない、と口にするが、嗅ぎなれた臭いに目線を皿に落とした。
「──これは、藍幇式の歓迎会なら普通なことか? 」
取り皿に載っているのは、ミディアムでもレアでもない肉。脂が焼けた匂いも、熱気から伝わる肉本来の匂いもない。ただの生肉だ。しかも、肉からは血が滴っており、皿の底に血溜まりができている。
まさに肉塊と呼ぶにふさわしき物体だ。ヒトを下等生物呼ばわりするヒルダだってまだマトモな食事をだす。
この女医がイカれてるのは元より、ココや武器商人は依然として焼肉の争奪戦をしてこっちを気にもとめない。
「内臓がぐちゃぐちゃなヒトの身体がそんなの受け付けると思ってんのか」
「思ってないさ。ただ、君はもうヒトではない。君はそこの商人の複製体と戦って随分と肉を失ったじゃないか。だから、さ」
「失った肉をよく分からん肉を食って修復しろと? 」
「まあいいじゃないか。どうせ君は死なないんだ。もしかしたら、新しい能力に目覚めるかもしれないよ? 他を喰らい自分の糧とする。君に取り込まれるということは色金になること。色金は粒子状態だから、その粒子が傷口に集まってあっという間に治す、とかね」
「机上の空論を語って楽しいか? 」
「空論かどうかは君次第さ。それに君、食べる気満々じゃないか」
グググッ、と俺に顔を近づけ、自分の口端を指でトントンと指した。
意味不明な所作、そして得意げに語る女医を前に反論する──そのまえに、自分の口端から唾液がたれていくことに気づく。そして、お腹の元々胃があった部分が収縮するような感覚が──。
「あなたも私も、私たちも。みんな同類よ」
円卓に座っていた全員がこちらを振り向いた。焼肉を貪っていた時と変わらぬ雰囲気。変わらぬ服装。それでも隠しきれない異常が、彼女らの顔に現れる。黒い瞳は紅く光を放ち、口端からは小さくも存在感を放つ犬歯を覗かせる。
「なっ、おまえら──! 」
言葉につまる。ココたちの後ろに、総毛立つ何かを見てしまったから。
『みるな』
俺の口が勝手に動く。それでも視線は釘づけだ。その見知っている何かと共に、嗅ぎなれた匂いもする。
血の匂いだ。むせ返るほど
ぐぅ、と腹の虫が鳴く。どうやら生でも構わないらしい。
『やめろ』
何度も何度も、呪詛のようにやめろとつぶやくが、その願いが叶うことなく。
私はその生肉を掴み、口元へ──。
ふと、部屋の奥に目がうつる。そこには、血にまみれた何かがあった。
呼吸が荒くなる。心臓が高鳴る。汗が全身から吹き出す。認めようものならきっと自分を保てない。
にもかかわらず、ソレから目が離せない。
……それが、口を開いた。
『けてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけ』
☆☆☆
「ひゅっ──っ! 」
瞬間、目の前の光景が一瞬にして切り替わる。グロテスクな肉塊も、口に運んだ生肉もない。そして、建物の中でもなかった。
あまりの出来事に呆然と立ち尽くすばかりだが、転移ならばすぐに状況を把握しなければならない。
急いで辺りを見渡すと、俺が今立っているのは、喧噪が飛び交い人々がひしめく大きな
そしてすぐに違和感に気づいた。商店を営む人々のみならず、道行く人々すべてが半透明。そしてその人々が来ている服装が、あまりにも時代劇じみているからだ。
武士の正装とされる裃を着こなし、二振りの刀を帯刀している人。布を何枚も重ね着し腰の帯で結んでいる人々。優雅な着物を着ている人々。その誰しもが、俺をいぶかしそうにジロジロ見ながら通り過ぎていく。
現実と片付けるにはあまりにも滑稽で突拍子もない光景。しかし、肌を滑る風の感触や染物屋の藍液の匂い、深呼吸すると肺に入ってくる空気の暖かさなど、到底夢では片付けられない。
「────が前にお願いしたこともしっかり守ってね」
俺の前で誰かの声が聞こえた。喧噪の中でもハッキリと耳に残る声。
いつの間にか、俺と同じ実体がある女性が横を向いて立っていた。純黒の長髪が背中全体を覆う長さに対し、前髪は眉の上で切り揃えられている。目立たない鼻、艶のある唇。藍色の袖振から延びる雪のように白い肌と小柄な姿に華奢な手足。会ったことはないが、だれかの面影がある顔だ。
そして、少し茶色がかっている大きな瞳が訴えている先に俺も視線を移す。
「あれ、は……
武偵高制服に身をつつみ、こちらを見つめている俺がいる。顔に傷はなく露出している肌部分にも瑠瑠神が残した呪詛は見当たらない。そして、生気すらも抜けたように動いていない。まるで中身がない人形のようだ。
絶句のあまり固まってしまったが、これで確信した。ここは夢の中だ。修学旅行の日、理子と泊った旅館で見たものの続き。過去の俺が見たものだ。
「さて。どうしてここにいるんだい?」
今度は
「君はここで自我を持ってはいけない。ここで思考してはならない。ここは夢でなければならない。いったい今の君は、だれなんだ?」
女が大きく瞼を開け、鼻と鼻がぶつかり合う距離まで急接近される。見えないものに縛られているかのように動けず、女の
醜い自分が映る。相変わらずのやつれた顔だ。右目中心から顔全体へ蜘蛛の巣状に広がる亀裂のせいもあって、ますますヒト離れが目立つ──
(
金属と相違ない硬さでありピクリともしなかった右目の
1ミリにも満たない小さな光が2つあった。
「なんだ、君か。よくもこんなとこまで来たものだ。愛とは怖いものだね。守ってあげてた甲斐があったというものだ」
女はやれやれと俺から顔を離す。そして次なる言葉を紡ごうとして、ピタリと動きが止まった。
「おかしい。どうしてお前がそこにいる!」
次に聞こえてきたのは、外見からは想像もつかないほどの咆哮。天を仰いで嫌忌をぶちまけるその姿は、荒れ狂う獣そのものだ。
「どうしてそこにいるんだ! ボクの計画がどこで……っ、どこで間違えたッ! このボクが間違えるなどッ、いやそんなことはどうでもいい! 今から修正は無理だ。だとすればさらに戻るか!? ──だめだっ、これも時間がない! ~~~ッッッ! 貴様ごとき劣等種が! よくもボクの『──』を!」
女の小さな手に顔をわしづかみされる。その細腕からは想像すらつかない力で、頭蓋骨がきしむ音が脳内を駆け回る。
「返せ! 返せ返せ返せ返せっ、返せぇぇぇェッッ!!」
般若のごとき形相に、全身に鳥肌が立ち嫌な冷や汗が背中を伝う。呼吸を忘れ、血の臭いが鼻をくすぐり、視線は固定され、目の前は白く────
☆☆☆
「きょー、君っ!」
懐かしい声で、懐かしい呼び方で、目を覚ます。
今までの狂気や混沌、混乱を招くような風景はそこにはなく。蕩然たる純白の空間に佇んでいた。
「なんのためにッ! なんのためにここまで戦ってきたの! 諦めないでよっ!」
喉がはちきれんばかりの痛々しい叫び。理子の声ではあるのだが、変声器でも使ったみたいに声が歪む。
もう悲しませないと交わした約束を、見えない誰かが破っている。破ったから、こんな胸を抉られる思いを吐露しているのだ。
いてもたってもいられない。白以外は何も見えない苛立ちに拳を握りしめようとした刹那、ザザッ、ザザッ、と雑音が混ざる。
「離して!りこが可愛いからって妄想はひとりでやってよ!」
これまで数回しか聞いたことが無い、理子の本気の怒鳴り声。
ザザッ、ザザッ、と雑音が混ざる。
「~~っ!よくも……よくもアタシのキンジをっ!」
感情的になることはあれど、これまで聞いたことが無い『──』の涙交じりの憤怒。
ザザッ、ザザッ、と雑音が混ざる。
「殺します。もうそれ以上、なにも喋らないでください」
平坦でどこか機械的でありながら、明確な殺意を持つ『──』の静かなる殺意。
ザザッ、ザザッ、と雑音が混ざる。
「たす……けて、キンちゃ、ん……」
凛々しい面影はなくなり、ぐったりと、訪れる死を拒絶する『──』の未練がましい溜息。
「やだぁ、やだやだやだなのだ!もう痛いのはやだなの、ひっ、ぁ──!」
灯火のように、何かに怯え泣いている『──』の最期の嘆き。
ザザッ、ザザッ、と雑音が混ざる。
そして。
「もう、おわりにしよう。理子。おれはおまえのことが──だいっきらいだ」
☆☆☆
「──ァァァァぁぁぁあああああああッッッ!?」
気がつけば、上半身を跳ね上げるように起こしていた。
全身汗まみれで、10キロ全力ダッシュでもしたみたいに疲労感が身体を支配していた。必要ない空気を取り込もうと必死に呼吸しているせいか、息をするだけで痛いほど喉がカラカラに乾いている。
「ぅぅ、ぐ、いっ──!」
視界は暗く狭まっており、金属バットで殴打され続けるのと同等の激痛が頭の内部を蹂躙する。
極めつけは、胃の奥に詰まった異物を手を突っ込んで取り除こうとするような凄まじい嘔吐感だ。当然のごとく何も出てこないが、腹の筋肉が収縮し何かを吐かせようとする。生き地獄といっても過言ではない。
「っ、このタイミングで目覚めるのか君は! つくづく運のない男だ!」
周りにいる赤衣を着た人が俺をベッドへ押さえつけた。
俺の右目らへんに必死にガーゼを当てている。
胸が苦しい。肋骨が軋む。なのに胸に何か被せやがる。
「拘束具装着しました! ですがこの出血量ではもう──」
「コレを人間と同じにするなと言ったろう! ガーゼもっともってきて! 意識がなくなったらいつ暴走するかわからないからね! この
「
手足が痺れ始める。力がうまくはいらない。寒気がする。
……この寒気には覚えがある。ジーサードに腹を裂かれ、最後は心臓を穿たれた時の
薄れゆく意識に必死に手を延ばす。
「手術の準備整いました!」
「この部屋から色金保有者を出すのは危険極まりないが、放置しても結局たどる運命は同じかっ……! チッ、異物は緋色の弾丸と断定! 脳までは到達していないが早急に──」
「……ほう。
生きたいと思い、仲間を思い、理子を想い、そんな思いを手助けする声が聞こえる。
ソイツは横から俺を覗き込むと、嬉しそうに声を弾ませた。
「
「武器商人、今は君のおしゃべりに付き合っている暇はない! 頼むから今度にしてくれ!」
「この子の中の緋弾は既に輝きを失って同化したよ。手術したってこの子の眼の中から弾丸は出てこない。それに、金属にメスは刃が欠けるだけだよ」
武器商人は俺の右目部分に手を当てた。直後、緋色、鮮緑、薄水色と順にまばゆい光と灼熱が放射される。
「あッ──! ぁぁああああアアアアアッッ!!」
熱い、というよりむしろ無数の針を突き刺される痛みに近い。肌が焼かれる臭いを機敏に嗅ぎ取り、さらに吐き気が倍増する。
これまでの激痛に加え、さらに襲い来る痛みに意識はむしろハッキリしていく。いっそこのまま楽になりたいと、その考えすら灼熱に焦がされ消えていく。
「通常のヒトはショック死するくらいだが、痛覚が鈍感になってる君なら耐えられるさ。ほら、これで──」
灼熱が脅威を増し、自分の中で音を立てて引きちぎれる音が……、
…………
…………………
…………………………
「──────がッ、かはっ!」
途切れた意識を必死に
自分を追い込んでいた激痛苦痛は、まだ多少の痛みはひいているが、それが嘘だったかのように消えている。
呼吸を整えて俺を取り囲んでいる奴らを見上げた。
皆一様に白衣ならぬ赤衣を着ているのかと思ったが、特に俺を脅してきた女医は髪の毛や顔までドス黒い紅く染まっていた。
なにをした、と聞く前に、口に液体が侵入してくる。
(これは……俺の血、か)
思えば顔が所々冷たい。服にも染みてきている。なら、周りの人が被ったのは俺の血か。
中には青白い顔して今にも吐きそうみたいな人もいるし、どうなってんだ……。くそ、まだ頭がボンヤリする。
「ぁ、ぁ……ここは……?」
「対特殊凶悪者専用の牢屋だよ。君のような危険物が寝静まったらベッドごと輸送されて収容される。最初からここに案内されても怒ってこの建物ごと破壊されたら困るからね。そのための仕掛けさ」
ペラペラと武器商人が口を動かす。仮面の下は見えないが、きっと満面の笑みを浮かべてるに違いない。
「おれは、どうなって……」
「端的に言うと、狙撃された」
「そ、げき?」
見えてる範囲だが天井に孔らしきものはない。牢屋だっていうなら外に続く窓なんて……。
「そう、今の君にとっては
「どういう、ことだ」
頭が混乱する。意味が分からない。けれど、武器商人はまた楽しそうに呟いた。
「さて。死ぬ思いまでして
※最初に食べようとした肉塊は自分自身です。原作緋弾のアリアに登場するキャラクターではございません。また、表現がR18Gに該当しないようできる限り配慮しました。
また、セリフ切り替え部分計5人については配慮のため隠しています。正体は活動報告に載っているので、気になった方はぜひ。
投稿頻度について
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5000〜10000字で2〜3週間以内
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10000〜15000字で4〜6週間以内