俺、ヤンデレ神に殺されたようです⁉︎   作:鉛筆もどき

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前回 過去、現在、未来の夢を見るが、その反動で重症を負う


第79話 瑠瑠色金

「さぞ素晴らしき光景だったろう。遥かなる過去、異質な現在(いま)、数多の可能性を辿る未来。時を駆けた夢の旅は」

 

 顔含む全身を濡れたタオルで拭かれながら告げられたその言葉はあまりにも突拍子もないものだった。

 未だ夢の中の出来事が強烈で整理もつかないのに、最悪の寝起きからこんなこと言われれば誰だって唖然とする。

 

「旅行……って、夢のことかっ……どうしてしってる。しかも未来からの狙撃って──」

 

 乱れた息を整えながら武器商人を睨みつける。

 江戸時代を彷彿とさせる風景、ここ藍幇城で自分を喰べた光景、そして、俺と親しい人たちの悲痛な叫び。

 胸糞悪く今にでも忘れたい夢の内容を、こいつはあたかも知っているように話す。

 

「知っているとも。とても愉快だった!と、愉悦に浸る前に医療班には退いてもらおう。こんな愉快な話は悲壮漂う面持ちの彼女らには似合わない」

 

 テンション高めの武器商人は、パン、と手を鳴らす。すると、俺の周りを取り囲んでいた看護師さんたちは、今にも吐きそうな顔や俺を睨んだりと十人十色な感情を俺に向け、出口の扉へと血に塗れたガーゼや器具を運び出ていった。

 10帖ほどの広さの部屋全体が白色で統一されているにも関わらず、あちこちに血が飛び散っているってことは、相当な出血の仕方をしたんだろうな。武器商人の言う狙撃された瞬間は夢の中にいたから、知る由もないが。

 

「……助かった。だが君は諸葛から京条(コレ)への接近禁止命令が出ていたはずだ。立ち話するのであれば、ほどほどにな」

 

「把握しているとも。女医(ドクター)、君からもごまかしておいてくれたまえ」

 

 最後まで残っていた女医は顔を濡らす血を拭き取りながら武器商人へ面倒くさそうに伝えると、俺を一瞥(いちべつ)し、

 

「こちら側へと脅して引き込んだのは私だが、まったく。はた迷惑な兵器だ」

 

 と、疲労感を言葉に乗せ、部屋から出ていった。ヒルダは女医に明らかな敵視を飛ばしたが、それも無視して。

 

「オマエ、行く先々で死にかけないと気が済まないの?」

 

 その怒りの矛先を今度は俺へ向けた。しかしそれも些細なもので、語気がいつもより弱い気がする。喧嘩したあとでも気にかけてくれるのは、少しうれしい。

 

「……ごめん」

 

「まあまあ落ち込まないでくれたまえ。出血はもうしないし、痛みもじき引いていく。命拾いしたうえに──君の場合は死んでるが、良い経験になったろう。時間旅行は連続して行えるものじゃあないからね」

 

 陽気に笑う武器商人はいつの間にか傍にあったパイプ椅子に腰かけ足を組んだ。その態度はまるで子の成長を観る親そのものだ。

 ころころと俺に対する態度が変わる様に気持ち悪さを感じながらも、俺は再び問いかける。

 

「俺なんかの様態より、なんで俺の見た夢を知ってるんだ。まさか、お前が仕組んだことなのか? 」

 

「まさか。色金に頼み事などするはずないさ。とってもシンプルで簡単なことだよ。──()()()から」

 

「……考えた?」

 

 あまりにも、俺が欲しい答えから遠いものだった。具体的ではないがその口ぶりからして全て知っていそうだが、決してそれを言わない。コイツはそういう奴だ。それでも問いかけたのは、単なる願望。一向に好転しない状況に終止符を打ちたいから。

 

「色金の性質、君の生い立ちを考えれば君が何を見せられ、体験したかは自明の理だ。そこは問題じゃない。重要なのは──」

 

「お前が得体の知れないやつなのは今も昔も変わらない。けど今回ばかりは違う。お前みたいなのがわざわざ藍幇側について、俺みたいな弱いものいじめをして。一体何が目的だ。その力があれば世界をどうにかすることくらい簡単なはずだ」

 

 今までないがしろにしてきた部分を解明しなければ真相に辿り着けない。藁にもすがる思いでの問いかけだ。

 しかし、武器商人は答えない。予想通りとも言うべきか。肝心なことは何一つ答えてくれない。

 

 シン──と沈黙が流れる。

 今まではアクションのひとつでも起こしていたけど、今回は仏像にでもなりきるつもりか。こんな無駄な時間を過ごせる猶予はないってのに……。

 

「──もういい。わかったよ。それはあとで考える。それで、重要なのはなんだ? 」

 

「おや。諦めてくれたか。嬉しいよ」

 

 んんっ、と咳払いをし、続きを話し始めた。

 

「わざわざ嫌がらせで過去の君へ弾丸を撃ち込むことはしないだろう。それに、重要なのはなぜ私が夢の内容を知っているのかではない。このタイミングでなぜその夢を見たのかだ」

 

「タイミングって言っても、夢の内容が今に繋がっているとは思えない。あんな奇怪な夢……というか、旅の夢か。どれも脈絡がなさすぎて検討もつかない」

 

「どれかは心当たりがあるんじゃないか? 例えば、異質な現在(いま)を表す夢は」

 

 異質な現在(いま)を表す夢──俺が、俺を食す夢。蠢く肉塊となった自分を、口では拒否しつつも本能がソレを食べたいとヨダレをたらし、飲み込んだ。思い出しただけで吐き気がする夢の旅だ。

 

「俺にあんな趣味はない。ましてや自分をなんて……」

 

「何も直接的な意味と捉える必要はないと思うよ。ならば、数多の可能性を辿る未来の夢はどうだったかね? 」

 

 数多の可能性を辿る未来の夢──俺が、みんなを裏切った瞬間だ。全員俺と親しい仲だった。怒りも悲しみも、本物に迫るものだった。けれど、

 

「……分からない。あんなの見せられても分かんねえよ。ただ、瑠瑠神に乗っ取られて、みんなを裏切ったんじゃないかって思う」

 

「……なるほど。君にはそう見えるか」

 

「そう見えるって、どういう──」

 

「ねえ。オマエたちだけで話進められても困るのだけど。私にも話してくれないかしら? 」

 

 と、シビレをきらしたヒルダが割って入ってきた。

 喧嘩別れした相手が瀕死になり、回復したと思いきや、今度は瀕死のときに見た夢の内容を話し始める。たしかに、黙って見てられない。

 まだ仲直りのひとつもしないままこんなことを話すのは少し気が引けるけど、

 

「あ、ああ。最初は俺がここ藍幇城で俺自身の肉を食べた夢。次に江戸時代くらいの城下町っぽい雰囲気の場所に立ってたんだ。もう1人の俺と女の人がいて、それを見てる俺がいて。急に女の人が突っ立ってる俺を見て何かわけわかんないこと話してキレて──最後に俺と近しい人が俺に裏切られたか、死んでいくような、とにかく憎悪と失意が俺に向けられた夢だった」

 

 簡潔にヒルダに伝えた。

 思い出すだけで吐き気がする。が、向き合わなきゃ解決の道は拓けない。緋緋神は過去に、瑠瑠神は現在に影響する超能力だ。順当にいけば残りの璃璃神は未来に影響する能力で、夢の内容と辻褄が合う。単に偶然だとは考えられない。

 

「黙って話を聞いてたかぎり、それが現在と過去、未来の3種類の旅の夢。そこの気味悪い仮面男の言う通りなら、最初と最後のはそれぞれ現在と未来を表す夢で間違いないのよね」

 

 明らかに不機嫌なオーラを身にまといつつ、その視線を気味の悪い仮面男こと武器商人に向けた。武器商人はヒルダの態度を意に返さず、短く肯定の意を示す。

 

「追い詰められた人間がたまに見る夢と大差ないのだけど……問題は、あんたが2人と女がいた世界ね。詳しく聞かせなさい」

 

「詳しく、か。わかった」

 

 俺は見たままのことをヒルダに話した。話した内容から、表情の移り変わりもすべて。ヒルダも真剣に聞いてくれているようで、少しばかり嬉しい気持ちが芽生える。

 夢の内容はそこまで長くなく、話終えるとヒルダは、訝しげに、最後の場面をひとり繰り返すように口にした。

 

「鼻と鼻がくっつくくらいまで近寄られて、閉じているはずの右目がその女の瞳の反射で開いていることに気づいた。同時に、オマエの瞳の中に青と黄色の光が漂ってているのを女が見て、『計画が違う。私の「──」を返せ』って叫んで終わった。────謎ね」

 

 いったい誰を返せなのか、そもそもあの女は誰なのか。ヒルダの言う通り、謎が謎をよぶ状況だが、ヒルダは少し黙って考えた後、ポツリと呟いた。

 

「そのオマエの右目の光って、具体的にどういう色か分かる? 」

 

 色──? なんで色だと疑問がのこるが、少し考えたあと、記憶の底から色の名前を引き出す。

 

「あー、青がターコイズブルーで黄色がくちなし色っぽかったな。色の明確な違いの名前なんて知らないから大体で受け取ってもらってほしいけど、色の種類聞いて意味あるか? 」

 

「狙撃に使われた弾が緋緋色金と璃璃色金の合金よ。同じ位置ならその2つが光の正体として間違いないのだけど、璃璃色金はともかく緋緋色金は緋色。間違っても黄色に近い色ではないわ」

 

「色に関しては、それぞれが混ざった色だと考えれば良い。赤と緑で黄色、青と緑でシアンだ。大雑把ではあるがね」

 

 武器商人のその言葉に、ヒルダは続けて言葉を紡ぐ。

 

「そう。オマエの右目に宿った色は、瑠瑠色金なしには成立しない色なの。そもそもなのだけど、色金って混ざるものなの? 」

 

 っ、そうか。いま、俺の体には2種類の色金が混ざってる。瑠瑠色金と璃璃色金だ。璃璃色金は、半年以上前──ブラドとの戦闘で瑠瑠神に呑まれかけ、制御不能になった俺をレキが狙撃し鎮圧した。その時の弾丸に微量の璃璃色金が含まれてて、体内にまだ残っている。このふたつが今どうなってるか、ということだろう。

 

「強い方が弱い方を上書きするってのは知ってるが、混ざるってのは──」

 

 上書きされるとはおそらく、自身が色金に汚染されることだ。その特性を活かして時間超過・遅延(タイムバースト・ディレイ)を攻略したと、アリアから聞かされた。確かに、上書きの理屈は理解出来る。瑠瑠神にとって邪魔だからだ。だけど混ざるってのは、それは──。

 

「……ありえない」

 

 瑠瑠色金は緋緋色金と璃璃色金と敵対している。二神の対応から見てそれは明らかだ。なら、今回の()()()()()という現象はありえないはず。それこそ、瑠瑠神が協力でもしなければだが。

 

「この身体の色金の比率は圧倒的に瑠瑠色金が多い。外から2つの色金の合金弾がやってこようと瞬時に飲み込まれるだけだ」

 

「上書きが拒絶なら、混ざるとは許容ってわけね。自己を否定せず相手を許容する──今さら他の色金と協力し合う何かができたってことかしら」

 

「瑠瑠神にいたってそれはない。俺に関わった女は全て殺すと宣言してるし、気が変わったならとっくに俺は解放されていいはずだ」

 

 などと言いつつ、武器商人のゴーレムに殺されかけたところで瑠瑠神に意識を乗っ取られた時のことを思い出す。能力の連続使用で瑠瑠神に乗っ取られた。その状態で好き勝手されると覚悟したが、全くの逆だった。その言葉づかいや振る舞いは、狂人のソレではなく、あろうことかヒルダにを助け、自ら乗っ取りを解除した。

 痛みに慣れ、頭も働き始める。おかげで少しずつ鮮明になっていく記憶を辿っていく。

 

 ──緋緋神の能力、次次元六面(テトラディメンシオ)

 ──信じてという言葉。

 

 次次元六面(テトラディメンシオ)が緋緋神の能力ならば、いつ混ざったかはともかく、なぜ瑠瑠神は受け入れたのか。

 

「なによ。考え込んじゃって。……もしかして、あのときの瑠瑠神の態度が気になったの? 」

 

「ああ。今までの狂人ぶりはなんだったんだって」

 

「それは私も同感よ。私が理子の影でオマエの醜態を観てた時とか、オマエの血が身体に流れてる時の様子とは大違い。『私を愛して、私を助けて』って。人が変わったようだった。どこかの誰かと同じ、多重人格なのかしら」

 

 ヒルダは嫌味ったらしく武器商人を睨みつけると、武器商人は嬉しそうに声音を弾ませながら、答える。

 

「自らの権能や能力を分割することで、分割前よりも弱体化はすれど、人格を作り活動させることは可能だよ。けれど、瑠瑠色金のような()()の神では不可能だ。ひとつひとつの能力が、彼女たちを形成するピースとして大きすぎる」

 

「つまり? 」

 

「人格を分離した途端に彼女たちは崩壊し、神として死ぬことになる」

 

 あたかも、それが常識だと言わんばかりに答えた。突拍子もない説明だ。だが、嘘偽りを述べているとも思えない。妙な説得力がその言葉に乗っている。

 それに、コイツは俺が難題にぶち当たるたびに嬉しそうに現れる。きっとこれも、その難題を乗り越えるのに必要な情報なんだ。──今さら、全部嘘でした、なんて言われても引き返す時間なんてないしな。

 

「……でも。それでもだ。瑠瑠神は確かに2()()()()()。たった2回だけだけど、狂気に染まっていない──正気の瑠瑠神がいた。現れたのは、おそらくヒルダだけに聞こえた瑠瑠神の助けを呼ぶ声と、お前のゴーレムと戦った時の2回だ。この場合、多重人格ではないということ鵜呑みにするのなら」

 

「「誰かに操られている」」

 

 ヒルダと俺の声が重なる。

 消去法だけど、この結論が最有力だ。

 今までの情報を総合すると、何者かが俺を貶めるために瑠瑠神を操っている。それを伝えるために、2回だけヒルダや俺の前に本当の姿を晒した、ということなんだけど……。

 

「……そこまで恨みをかった覚えないよ。瑠瑠神の演技じゃないか? 」

 

「は? ──あのね。自分で言ってて悲しくないの? 演技だったらなんで私たちの前だけで演技するのかしら」

 

 だよなぁ。演技するなら、その残忍性をみんなの前では隠すとか、もっとやりようはある。

 

「あと、オマエは自分への恨みはないとか言ってるけど、あるでしょ。たくさんの女子に変態的な言動をしてたらしいじゃない。この不潔」

 

「してない! 誤解だわ! てか懐かしいなおい! 」

 

「冗談はそこまでとして。この結論が正しいと仮定して、誰が操ったかなのだけど……オマエの過去の夢に出てきた女が怪しいわ」

 

 ヒルダが冗談を言うのか、と変な感心を抱きつつ、夢に出てきた女を思い出す。……強襲科のSランク時代に捕まえてきた犯罪者だって、それなりの理由があって捕まえてきた。逆恨みはあれど神を操る程の力を持つ者や、そういった情報は一切耳にしなかった。もちろん夢に出てきた女のことも知らない。知らない──といより、見えなかったという方が正しいか?

 

「顔は見なかったの? 」

 

「見た。確かに見たんだけど……こう、思い出せないというか、靄がかかってるというか……。黒い瞳だったってのは覚えてる」

 

「瑠瑠神では、ないのよね? 」

 

「ああ。雰囲気も見た目も全然違う」

 

「ふーん……なら、そいつは瑠瑠神よりも強い神か、何らかの方法で瑠瑠神を制御できる技術を持ったやつってことね。ねえ、なにか情報ないの? 黙って見られてて不快なのだけど」

 

 その険しい視線の先では、武器商人が頬杖をして俺を見ていた。仮面越しでもニヤニヤしてるのがわかってしまうほどご機嫌なのが伺える。頭の後ろに花でも舞ってるかのようだ。

 

「ノーチラス、という組織があってね。通称"N"と呼ばれているんだが、そこにネモという超々能力者(ハイパーステルス)がいる」

 

「──のー、ちらす? 」

 

 自分のではない心臓の鼓動が内側で強く主張する。

 その言葉に、どこか聴き覚えがある気がした。会ったことはないし聞いたことも無い。けど、なぜか、ネモという名前の響きは知っている。

 

「神崎アリアや君と同じ、色金の力を扱う者。そして彼女が扱う色金は、君と同じ、瑠瑠色金だ」

 

 朝陽が抱いた疑問とは裏腹に、私は胸が踊る。

 力が抜けていく感覚は前々から感じていた。私の力を吸い取れる者を知っている──なら、この望みが叶うかもしれない。

 

「まじ、か! そいつは今どこに! 」

 

 男はその食いつきように嫌な笑みを浮かべた。

 いつもわたしが知りたいことに限って残す最悪の(かお)。続く言葉はいつだって決まっている。

 

「それは()()()()()()()だ。君が過去への旅の夢で会った人物が彼女であるかどうかは、君自身が確認するといい」

 

 帰ってきた答えは、僅かな希望の光をかき消す無情の言葉であった。

 

「──っ、なんでだよ! 」

 

 心の中で潜めていた怒気が、少しずつ溢れるのを感じる。

 いつもそうだ。肝心なときに限って答えをだし渋る。意味深な言葉だけを残す。その目的すら知らされず、ずっと()()()()されている!

 焦燥感に駆られる()()の気持ちなんて武器商人は、つゆ知らずと言葉を続けた。

 

「会ったところで君は彼女には勝てないよ。彼女は、色金の力を一方的に借りて能力を使う技術を会得している。今もその力が発揮されるのであれば、代償を払う君とそうでない彼女とでは勝負の行方は決まっているからね」

 

 考えるよりも先に身体が動いた。

 鉛のように重たい身体を起き上がらせ、武器商人の胸ぐらを右腕で掴みあげる。

 

「勝負云々の話じゃない! ()はどこにいるかと聞いてるんだ! そのネモというやつが俺の夢に出てきたかどうかはともかく、会って確かめたいんだ!□□□□□□□□□□□ってことを! 」

 

「朝陽! 」

 

 バチッ! という短くも眩い閃光が俺の視界を遮る。一瞬のことだけど、それがヒルダから発せられたものだと分かった。それに、臨戦態勢で俺を睨みつけているということも。

 

「……すまん。ちょっと取り乱した」

 

 武器商人の胸ぐらから右手を離すと、腕自体が巨石のように重くなっており、落下する勢いで、横たわっているベッドの骨組みに当たり小気味よい金属を響かせた。腕に感覚がないのか、肩から先が無くなっているように思える。

 それに、急に動いたことで、引きかけていた頭痛が再度痛みを増していく。

 

「そうね。落ち着きなさい。わけ分からないこと口走らないで。──お前も、なんでそんなに話すことをもったいぶってるのかしら」

 

 俺の代わりに、ヒルダが問いかける。

 返す言葉は問いかけたヒルダではなく、俺を見て。スーツの乱れを片手間に直しながら、

 

「君に注目しているからだよ。ただそれだけだ」

 

 と、当然のように言い放った。その言葉が本心であるかどうかは図りかねる。

 世界を手玉に取れる強大な力をもって、何を俺に期待するものがあるのか。きっとコイツはそれすら教えてくれないだろう。あるいは、哀れだから、珍しいからだとはぐらかされるに決まっている。

 

 グッと拳を握りしめ、悔しさを再び内に閉じ込めた。

 こうなったのは自分の責任だ。他人にぶつけちゃいけない。

 幾度か深呼吸し、感情を整える。

 

「──落ち着いた? 」

 

「っ、ああ。大丈夫。ありがとう」

 

「ならいいわ。ネモという女が瑠瑠色金の能力を使う。その情報だけで充分よ」

 

 これ以上は情報を引き出せない──そう悟ったのはヒルダも同じなようだった。

 続けて、気がかりなのは──、とため息をつき、

 

「ネモが夢に出てきた女である可能性は極めて低いということ」

 

 ……確かに。考えてみれば、ヒルダの言う通りだ。

 時代背景から考えれば200年も昔のこと。普通の人間なら生きられない長さだ。

 

「ネモが人外か、"ネモ"という名を代々受け継いだ世襲制でやってきたか、長生きした人間か。俺の始末が目的なら、神を操れる実力があれば直接おれに手を下した方が早い。瑠瑠神を使って、瑠瑠神(わたし)に愛していると言わせる意味がないんだ」

 

 過去の夢で、最初にあの女の隣にいたのは紛れもなく俺だった。転生してきた身としては、この世界の過去に俺がいたなんて矛盾も甚だしい。そう幻影を見せられていたのか。幻影を見せる必要があったのか。

 ……考えれば考えるほど頭が痛くなる。瑠瑠神という存在も、瑠瑠神が操られているとして、それを実行している犯人のことも。前世でどういう大罪を犯せば、こんな仕打ちをするんだと。

 

「はぁ、ほんとうに心当たりないの? オマエの話の限り、ずっと昔からオマエのこと知ってそうな女なのだけど」

 

 いったい誰が────。

 

「過去に飛んだといえど、所詮は夢よ。顔が遺伝子レベルで似てたやつを自分と思い込んで、武偵の服を投影しちゃったんじゃない? 」

 

 こんなややこしいことに──。

 

「けどそいつも中々の一途な女ね。こんなのを好きだなんて」

 

私をこんなふうに歪めて──。

 

 ……。

 

 …………。

 

 ……………………。

 

「────────────────ぁ」

 

「ちょっと! 私の話聞いてる? 」

 

「あ、ああ! 聞いてるよ」

 

 脳裏に浮かんだその顔を、その名前を、当てはめる前に遮られる。

 自分でも馬鹿だなと思う。だって、恩を仇で返すようなことだ。動機だってないし、理由すら見つからない。たまたま条件に当てはまるのがいたからって、無差別にも程があるだろ。

 

 ぱんっ、と武器商人が手を叩いた。

 

「ともかく。この時点での君に緋緋色金と璃璃色金の合金弾丸が届いたということは、今この瞬間が君か、君に近しい人の分岐点ということだ。あるいは出力不足でここまでしか過去の道を拓けなかったかだが──どちらにせよ、完全に瑠瑠神に侵食されるまで限られた時間しか残っていない。その時間を有効に活用するか、無駄だと捨てるかは君次第だ」

 

 高級そうな時計を見つつ、武器商人は椅子から立ち上がった。

 

「──ヒントではないが、ひとつだけ君を褒めてあげよう。色金は1()()()()()()()()()()1()。そもそも右目が見えないということが不自然なのだ。アレらにヒトのような感覚器官は存在しない。全て金属だ。色金粒子の全てが目であり、口であり、手であり、足であり、心臓だ。この星に不時着した際に模したのが人型であっただけで、アレらに形など無意味なのだよ」

 

 その言葉の意味を理解する間もなく、続けて、

 

「君は既に瑠瑠色金に成っている。だというのに、見かけは人そのものだ。斬られれば赤い血液が噴き出し、身体に刻まれた無数の傷はいつまでも治らず。激痛に身を捻り、意識を暗転させまいと足掻く。感情はねじ曲がり、思考は犯され、しかし唯一残った人間らしいものとして、君は痛覚を選んだ。金属に神経はないにも関わらずね。その特異な性質を持ち合わせて演技とは思えないほどに君は弱い人間を()()()()()。その弱さこそが、君の強さだ」

 

 背を向け、出口へと歩いていく。ヒルダも俺も、武器商人を止めはしない。

 望む答えは返ってこないのだから。

 

「ヒトがその身を削りどこまで至るか、私に見せてほしい。それが、君を眷属(グレナダ)へ──いや、藍幇へ引き込んだ理由だ。では、また会おう」

 

「──おまえは、本当に何者なんだ」

 

 その言葉は届かず。純白の空間にただ虚しく響く。

 残り僅かな時間。最大の謎に答えが出せず、巨石のように重くなっていた右腕が元に戻ったことさえ気づかぬまま、俺はただ己の無力さを痛感した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────ぱきっ。

 

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