武器商人が去ったあと長い沈黙が流れる。
今から立ち向かうには遅すぎる目標に、しかしそれでも、と自身を奮い立たせなきゃいけない。やることが多いけど、今までサボってきた罰として受け入れるしかない。けれどまずは、
「……その、昨日はごめん。俺も
ヒルダ、と声をかけ、昨夜の──今が翌日かは分からないが──喧嘩のことを謝る。
今回の件や武器商人との戦闘で判明したが、俺はどうやら理子に関することになると、どうしても頭に血が上りやすい性質に変化してる。瑠瑠色金の性格が受け継がれていると考えるのが妥当だ。けど、だとしても。あれは言い過ぎだ。
「奴隷の言葉なんていちいち気にしてないわよ」
ヒルダは、何のことかと眉をよせたが、すぐに思い出したようだった。
気にしてない、というのは今の俺の状態をはばかってついた嘘なのは明白だろうが、ここまで気を使われると逆に辛い。本心をぶちまけてくれた方が何倍もマシだ。
「ごめん。本当に──迷惑かけた」
真紅の瞳が俺を睨む。構わず俺は言葉を続ける
「自分が弱いってのは自分がよく知ってる。最悪なこの状況を何とか打破できないかって
ヒルダとの口論を思い出す。
理子がかわいそう、と言われ俺は怒りを覚えた。お前に理子をかわいそうなんて言う資格があるのかと。
少なくともその時の自分はそう考えていた。だけど違う。
「ヒルダの言う通りだ。俺も同じ、理子を傷つけている加害者だ。なのに、あんな偉そうに──」
パンッ! と乾いた音が響く。
ジクジクと少しずつ増す頬の痛みにあっけにとられ、それがどういう意味か考え付く間もなく、
「オマエごときが私の感情を決めつけないで」
──と。
「お前と私はあくまで敵同士。理子がいなかったら当然殺し合う仲。それは今でも覚えているわよね。なら口喧嘩なんて殺し合いに比べればおもちゃの刀でチャンバラごっこしてるようなものよ。だから謝罪なんてみっともないことしないで」
その有無を言わさぬ迫力に口を閉じざるを得ない。
理子がいるから死にかけの俺を助けてくれたのだろうし、本来ならばという点では間違いない。
それでも、恩人に対しての態度じゃなかったのは事実だ。
「……気にしてない、っていうのは本当のことよ。オマエが私のことをどう思っていようと興味ないの。ただ、理子を守るために自分から犠牲になろうとするなんて言ってほしくなかっただけ」
「それは、どういう意味なんだ? 」
「────私も好きなの。理子のこと」
「…………は? 」
あまりにも唐突な告白。思わずヒルダの方に向き直る。
こいつ今なんて言った? なんて聞き返そうとも言葉が出てこない。
頭が真っ白になるとはこういうことなのだろう。
「もちろん最初はペットのつもりだった。ううん、それ以下ね。叩けば泣いてくれるストレス発散のオモチャ。万が一の時の血液パック。その程度の認識だった」
ゆっくりと語り続けるヒルダは、信じられないほど純粋な少女のような優しい目つきになっている。
一人の想い人のことを考える1人の少女としてのヒルダだ。
「きっかけはわからないのだけど、いつのまにか彼女のことが好きになったの。私も最初はヒトの、しかも女の子に恋をするなんて思わなかった。心に潜むこの想いは正しい加虐心の表れで、人間の子に恋するような醜い考えは気の迷いだって。そう思い込んでた。けど、理子と時間を共にしていくうちにこの気持ちは嘘じゃないって、私自身が認めてしまったの」
でも、と続ける。
「──それが間違いだって気づいた時には、もう遅かったわ。私が優しく話しかけようとしても、小さいあの子は細い腕で自分の体を抱いたまま怯えてた。触ろうものなら、彼女の冷たさと震えが充分過ぎるほど伝わってきてね。そんな目で見ないでって言っても、精神にまで植え付けられた恐怖を幼い彼女が律するのは不可能なこと。そんな現実を受け入れたくなくて、調教みたいなことをしてしまったわ」
ヒルダから血を分けられ眷属になったからか、淡々と告げる言葉の裏から溢れる後悔の念が心の中に押し寄せてくる。
しでかした罪を自覚したときの絶望も、焦りも、追体験しているかのように俺の中に流れてきて。
「それでもやっぱり諦めきれなくて。そんなとき理子が一番頼りにしてる
「……」
「病室で目が覚めて、全てが間違いだと気づいたわ。もう理子の心も体も、私の手の届かない場所に行ってしまったって。天地がひっくり返ったって、あの子の1番には絶対になれない。1番を目指す資格すら、私にはもうない。だからもう、理子のことは諦めた。……諦めたのに、今度は理子が好きになった男が私と同じことを繰り返してたのよ。私が渇望していた感情をどれだけ向けられても、それを足蹴にして──そんなの、耐えられなかった。私がどれだけわがままなんだって言われてもいい。ただ、あの子が絶望する姿はもう見たくないの」
「…………」
「オマエが立ち向かうべき相手が強大なのも、時間がないことも理解してるわ。これからもっと痛い思いも辛い思いも重ねて、理子を守るたびにもっと血を流すかもしれない。朝陽と私の力だけじゃどうしようもなくて、結果的に命を投げ出してしまう行為と変わらないかもしれない……。それでも理子を想う気持ちがあるのなら──」
縋るような想いが言葉にのっている。
怒り、後悔、妬み。
かつて想いを寄せた人のために負の感情を押し殺し、ヒルダは今一度俺に頼み込んだ。
「これからも理子を──守ってあげて」
(……もちろん、だけど/……もちろん)
(おれだって、□□□になってても□□□□□□□/まだ、まだ足りない。死体となってても守り続けられるなら)
(すこしだけ□□みたい/一秒たりとも休んでる暇なんてない)
(たいだな□□□にはそんなのぞみはゆるされないけど/怠惰なわたしにはそんな望みはいらない)
(いちばんたいへんなのは/一番辛い思いをしているのは)
(まぎれもなく理子なのだから/まぎれもなく□□なのだから
「────守るよ」
時間がないことは十分承知の上。目の前に積み重なった問題は山ほどある。けど目的がハッキリしたからかな、思考がクリアになっていく。
やるべきことはわかった。あとは自分の頑張りだけだ。かつての宿敵が頑張ってるんだから、わたしも頑張らなきゃ。
「──瑠瑠神が黒幕か否かはともかく、もしまた瑠瑠神が狂乱状態になれば大量虐殺は免れない。だったら人知れず海の底にでも落ちて死ぬか、木っ端微塵に吹き飛ぶほうがマシだって思ってた。俺だけが希望を捨てれば、迷惑はかからないだろうって」
今もその思いは変わらないよ。だって一番つらいのは理子だ。
「でも、もうちょっと頑張ろうって思った。まだ理子と一緒にいたいし、なによりまだ自分のすべてを出し切ってない。この身体が瑠瑠神であるならば──そうだ、できるさ。まだ
俺はヒルダに手をのばした。ひとつは仲直りの意味。もうひとつは、
「
武器商人と戦ったときに分かったが、俺とヒルダはおそらく相性が良い。
死体となったこの身体なら常人が死ぬレベルの電圧にも耐えられるし、吸血鬼の誓約だかも一時的には受け入れられる。
それに
だからこれはある意味、俺とヒルダの休戦協定の証のようなものだ。
ヒルダも差し伸べた手の意味を理解したようで、覚悟を決めた俺の手をとった。
「……感謝するわ。ありがと」
そこに負の感情は残っておらず、ヒルダらしからぬ笑みを浮かべていた。
「おっとぉ! 言い忘れてたね! 」
突如空間内に陽気な声が鳴り響く。あまりの大音量に俺もヒルダも一瞬肩を震わせたが、すぐにボリュームが調節された。
この声、間違いなく武器商人のものだ。反響していてどこから流れてるのかは見当もつかないが。
「この映像を見たまえ! 」
と、俺の正面の真白の壁にノイズが走り、続いて映像が映し出される。
どうやら外の映像──しかも角度的に街灯につけられてる監視カメラのようだが……。
「京城朝陽、君への客人がいるんだ。はやく身支度しないと戦争になるから、穏便に済ませたいなら早くすることをオススメするよ。まあ、済まないだろうがね」
「どういう……って、キンジ!? とアリアに──あぁなるほど。そりゃ戦争になるかもだな。武偵高所属の国家機密が拉致された挙句、裏切ってますますなんて知られたら」
そこには、キンジ、アリア、レキ。そして理子が、今まさにこの藍幇城へ乗り込もうとしているところだった。
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