一人でいることに慣れたのはいつからだっただろうか。
朝、カバンの中に今日使う教科書を入れながらそんなことを思っていた。
今彼女は小さなアパートに住んでいる。ここには他に大学生が数人住んでいるだけの味気ないアパート。同時に現役の女子高校生が住むのには少しばかり不自然な場所。
だが彼女には保護者となってくれる人物はいない。正確には遠い田舎に住んでいる祖父母がそうなのだがこの東京にはいない。近くに甘えることも頼りにすることも出来る人物などいなかった。
そんなのとっくに理解したつもりだった。だが頭の中に浮かんでくるのは血塗られた悲しい光景。
彼女は家に置いてある仏壇の前で手を合わせ、小さく呟く。
「行ってきます。お父さん、お母さん」
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学校に友達なんていなかった。
一人でいることに慣れたせいか高校に入っても誰かに積極的に話しかけようとする気が起きず、休み時間も友達と和気あいあいと会話をすることなく一人椅子に座りながらぼーっとしている。
決して会話が苦手というわけではないのだが、高校生デビューに失敗してしまった彼女は今もこうして一人窓の外の景色を眺めながら何をすることなくそこに佇んでいる。
「こら快斗待ちなさい!」
「青子に捕まえられるほど俺は甘くねーよ!」
「なんですって!!」
今日の教室もいつもながら騒がしかった。
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家に帰っても、迎えてくれる家族はもうここにはいない。
最後にただいま、と言ったのはいつだろう。
「……夕飯つくるかな」
スーパーで買ってきた食材をキッチンに荒々しく置いてテレビのリモコンの電源ボタンを押した。夕方六時。ドラマの再放送も終わりニュースが番組の大半を占めている時間帯だ。
いつもなら政治の話や最近起こった犯罪や芸能情報、スポーツなど様々な話題が飛び交っているはずだが、今日は違った。どのニュース番組を見ても話題は一点に絞られていた。
『ただいま怪盗キッドから予告状が届きました!今日の23時54分、小野銀行の月の瞳をいただく――』
その時、何故か彼女は怪盗キッドのニュースに釘付けになってしまった。
十八年前に活動を始めた怪盗キッド。予告状をだしながらも華麗な手口で警察を翻弄し、十年間も捕まらず、それはまるで手品のようだと言われていた。だがその十年後、怪盗キッドは突然姿を消した。理由は分からぬまま八年という月日が経った。死亡説を唱える者も多くなっていく中、今日、怪盗キッドが復活したのだ。
「……へぇ、キザな泥棒もいるんだね」
だが、それ以上の興味を持てなかった。
テレビから視線を離し、彼女は夕飯作りを再開した。
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数日後。
怪盗キッドの事で世間が話題になっている中、彼女はある場所に来ていた。
ここは毎年行われる隅田川の花火がとても絶景と家族で話題の場所。廃ビルの屋上なのだが、そこは非常階段についている扉の鍵がぼろくて誰でも入れるようになっている。
昔はよく家族と一緒に隅田川の花火を見に来たものだ。両親が亡くなってからは、思い出の場所としてよく来ている。
十年経っても縋ってしまうのだ。家族との思い出の場所に。
「……」
ここから見る景色は個人的にとても好きだ。嫌なことがあれば、必ずこの景色に会いに来る。
彼女の、唯一の心の拠り所。
「……」
静かに吹く風が彼女の髪を優しく撫でる。その風はまるでお前はもう帰るべきだと訴えているようだった。
「……帰るかな」
と、その時だった。
スタッ、という音と共に誰かがこの廃ビルに降り立った。
廃ビルの中から屋上の続くドアと壁に阻まれている上に降り立った人物が見えないということは、その人物は彼女とは反対側にいるのだろう。
「ふぅ……今回も楽勝だったなー。警部も毎度毎度あんなトリックに引っかかるなんて」
他人を嘲笑うかの口調で話す人がそこにいた。
壁から少し顔を出してその人物を見ると、シルクハットを被り、白いマントに白を基調としたスーツ。後ろ姿なので顔までは分からないが、間違いなく今話題の怪盗キッドだ。
こちらの存在に気づいていないのか、彼は何の躊躇いもなく一人話し始める。
「怪盗キッドってのも意外と楽しいもんだな。あのスリルはたまんねぇぜ!」
その声を聞いて、彼女は疑問に思った。
「(……怪盗キッドって18年前から活動し始めたんでしょ?20歳から始めたとしても38歳……そこそこのおじさんになっているはずなのに……)」
だが先ほど聞いた声はとても若い男のそれだった。それにスリルとはどういうことだろうか。その口ぶりはまるで初めてスポーツをやった時の感想のようだった。
「(それにこの声、どこかで……)」
何故か既視感を覚える。
彼女は交友関係が小さい人なので自分が声を聞く人物なんてかなり限られてくるが……
「……にしても今回も目当ての宝石じゃなかったな。一体どこにあるんだ?」
「(ん?キッドは特定の宝石を狙っている?)」
彼女はキッドの言葉に思わず首を傾げた。
怪盗キッドは18年も活動していながら一度も捕まっていない上に素性が男ということ以外全くバレていないという大泥棒なのだ。その上予告状を出し、白という暗闇の中でも目立つ格好をしながら、手品を使うという魅せる犯行をしているのだ。
それまでして捕まらない泥棒だ。ならば少しぐらい欲張っても支障はないはずなのに怪盗キッドはある特定の宝石を狙っていた。
一体彼の目的は何なのだろうか。
その答え合わせをするかのように、怪盗キッドは言葉を漏らす。
「ビックジュエルさえ手に入れば、親父を殺した奴をおびき出せるかもしれねぇのによー……」
先ほどまでの口調とは違い、声のトーンも低くなり真剣だった。
だが、彼女はそれどころでは無かった。
「(ビッグジュエル!?それって確か……!)」
その時、自分の過去が頭の中を過ぎる。
あの時もその言葉を耳にしたのを今でも覚えている。
それは、確か――
「……ま、気長にやるか。そろそろ黒羽快斗の戻るとしますかね」
「…………え?黒羽君?」
思い出す直前、キッドが漏らした言葉に意識を取られてしまった。
そしてこちらも、見つからないように気をつけていたが過去のことを思い出している時にその注意が怠った。そのせいか、思わず声に出してしまった。
その声が聞こえたのか、身体の向きを変えてこちらに振り向いた。
「ッ!!?誰だそこにいるのは!?」
「(しまったッ!!)」
怪盗キッドは拳銃らしきものをこちらにむけて構える。一応壁が視角になって直接は狙えないだろうがそれも時間の問題だ。いつかこちらに来て……秘密を知られたからと殺されるだろう。
ならばせめて怪盗キッドの素顔を見せてもらおう。
彼女は壁の視角から出て怪盗キッドと対峙するように前に出た。
「……こうして話すのは初めてだね、黒羽君」
「お前……確か俺のクラスでひとりぼっちの……」
的確な言葉に否定できない自分がいることに彼女は不快感を覚えた。
「ひとりぼっちって酷いなぁ……もっと言い方無いの?」
「事実だろーがよ。他になんて言えばいいんだよ」
「一匹オオカミ、カッコ女バージョンみたいな?」
「……いや、こっちに聞かれても……あとお前そんなキャラだったのか?」
「へへへ……」
こうして男の人と話すのは何年ぶりだろう。そういう雰囲気じゃなかったはずなのにどうしてか心地よく感じられた。
「……お前、どこまで聞いた?」
それでも彼は拳銃を下ろさなかった。まだこちらのことを警戒しているのだろう。
「最初から」
「マジかよ……」
「マジだよ?」
「まさか、俺がここに降り立つことを予想して……」
「偶然だよ。ここは思い出の場所だから」
「思い出の場所……?」
「そ。亡くなった両親とのね」
同時に両親の最後の顔が彼女の頭の中をよぎった。もう二度と会うことが出来ない、大切な家族の顔が。
苦笑いして誤魔化したつもりだったが怪盗キッドにはそれは全く通用しなかった。
彼女の顔は、酷く切ない顔をしていた。
「……悪い」
「何で君が謝るのさ。普通私が謝るべきでしょ。君のこと勝手に聞いちゃったんだから」
本来なら彼女自身も謝る必要もない。相手は犯罪者。不可抗力とはいえ怪盗キッドの情報を得たからにはいち早く警察に教え、素性をバラしてもらわなければならない。
しかし、彼女の頭には
「……だったらこのことは黙っててくれ。怪盗キッドが黒羽快斗だってことも、ビッグジュエルを狙っていることも」
「……」
それは両親を血の色に染め上げた復讐の言葉であり、彼女の人生を最も狂わせた忌むべき言葉。
二度と聞きたくはなかった言葉。それを聞くだけで、思い出したくない映像が、頭の中で無意識に再生する。
消えかけていた復讐の炎が僅かに強く灯る。
殺したいとまで願った、あの時の炎が。
彼女は、考えていた。
「(キッドは、私と似てる……)」
さっきの話を信じるなら、怪盗キッドの父親も何者かによって殺されたのだろう。自分の両親が殺された時と同じように、彼も犯人に復讐したいと思っているのだろう。
そうでなければ、わざわざ犯罪にまで手を染めて父親を殺した犯人をおびき出そうとはしない。
しかし、怪盗キッドと彼女では、決定的に違う部分があった。
「(でも、私は何もしようとしていない……)」
両親が殺された時、彼女は何度も何度も犯人を殺したいと決意していた。それこそ自分の命を引き換えにしてまでも殺したいと思うまで。
だが具体的な案は結局出ないまま成長し、友人や祖父母と暮らしている内にその復讐心はいつの間にか消えてしまった。
それとは対照的にキッドは前に進もうとしていた。やり方は少し問題があるが、それでも彼女にとっては彼の背中がとても大きく感じられた。同じ境遇なのに、どうしてここまで違うんだろう。
「……強いね君は」
「あん?」
「……私の両親はね、役者だったの」
「……」
「地元では結構有名な役者だったらしくて両親がダブル主演をつとめる時もあった」
どうしてこんなことを話しているのだろうか。似たものどうしは惹かれあうというが――それでも理解できない。
「……それと今のことと何の関係が――」
「でもある舞台の日、私の両親は講演中に拳銃で発砲されて殺された」
「……ッ!?」
さすがの彼でもこればかりは驚くだろう。
「犯人はそのまま逃走。犯人の目星も目的も分からないまま迷宮入り。でもね、両親を発砲する直前の犯人を見たって人がいたの」
「……じゃあ何で捕まらなかったんだ?」
「コートや帽子で顔が分からなかったからだそうよ。体格からして男だろうとは言ってたんだけどね。で、ここからが本題。その犯人は私の両親を殺す直前にこんなことを言ってたそうよ」
「こんなこと?」
「『我々の秘密を……ビッグジュエルの秘密を知られたからには生かしてはおけん……』ってね」
「……ビ、ビッグジュエルだと!?」
少し退屈そうに聞いていた彼だったが『ビッグジュエル』の名を口にした途端、顔色を変えた。眼を見開いてこちらに歩みより、そのまま彼女の肩をガシッと掴んだ。
「他に何かないのか!?その男に関する手がかりは……」
「残念ながら。あと肩痛い」
「……悪い」
「いいよ。……君の話を聞く限りだと、君のお父さんを殺した犯人を見つけたいんだよね」
「あ、あぁ」
「推測でしかないけど、私の両親と君のお父さんを殺した犯人は同じ……もしくは同じ組織の人間」
「……お前、まさか」
流石怪盗キッド。察しがいい。
そして、彼女はその言葉を口にした。
「私もその犯人を追いたいの。だから怪盗キッドの力になりたい」
まっすぐな瞳で、彼女はそう言った。それには揺るぎない決心が芽生えたような、そんな感じがした。
そして、怪盗キッド――黒羽快斗は迷っていた。
確かに同じ境遇をした者として彼女が犯人を追いたい気持ちは痛いほどわかる。
だが自分の行っていることは理由はどうあれ犯罪だ。一つの油断やミスで警察の監獄に入れられかねない修羅場。そんな世界に彼女を安易に連れ込めるわけがない。
だが……
「もう、逃げたくないの」
同じ境遇だからこそ、彼女の頼みを直ぐに断り切れなかった。
確かに今は彼の父……黒羽快斗の父の黒羽盗一の付き人だった寺井が仲間として身体を張って頑張ってくれている。
だが寺井もかなり年だ。いつ限界が来るか分からない。
かといって一人で続けるのも無理がある。
それに……
「断ったらキミが怪盗キッドだってことをバラすから」
盛大に弱みを握られているので断ればこうなるのは目に見えている。
だから。
黒羽快斗は諦めるようにため息を吐いた。
「分かったよ。お前を仲間にする。その代わり俺の足を引っ張るんじゃねーぞ」
「大丈夫だよ。これでも役者の娘。演技や変装は得意だから」
「ふーん。まあこれからよろしくな。えーっと……」
と、黒羽快斗は考えるような仕草をした。彼女の方は「ん?」と無意識に呟きながら可愛らしく首を傾げている。
数秒の間があって、彼は意を決して口を開いた。
「お前の名前、なんだっけ……?」
刹那、ピキッ……という音が聞こえた気がした。
「……怒るよ?」
「まぁまぁ落ち着けって……な?」
焦りながらも何とか言葉を紡ぐ。少ししかめっ面になったが、あまり怒ってなさそうだ。
「まぁいいけどね。どうせ私はボッチで空気の薄い女だったし」
そして、彼女は自らの名を口にした。
「
こうして。
怪盗キッドの仲間――後に相棒と呼ばれる存在が誕生したのであった。
この設定は意外と適当です。仲間になった理由だけ作っとけみたいな感じで書きましたハイ本当にすいません(?)
ま、まあ過去編は結構重要なんですけど(ボソッ
次話から本編開始です。