神出鬼没、大胆不敵、世間を賑わす大怪盗――その名は怪盗キッド。
今日本では怪盗キッドは犯罪者ながらアイドル並の人気を誇っており、新聞やニュースでは怪盗キッドが予告を出せばそれをトップニュースにする。しかし、今怪盗キッドは別の意味で世間を賑わせていた。
「『怪盗キッド、ついに引退か』ってか。こりゃあまた派手に書いたもんだ」
実は最近の怪盗キッドはここ三ヶ月の間全く姿を見せなかったのだ。もちろん木葉はその理由を知っているのだが、世間の人はそれを知るよしもない。
「(ま、私がしばらく怪盗キッドはお休みって言ったからね)」
快斗の少しの油断で睡眠ガスを食らい、警察に仲間という存在を知られることとなり、快斗の熱血のせいで紅子に自分達の正体がバレたのだ。
その一連のこともあり怪斗にお説教、そして反省させた。
ニュースでは体調不良や怪我、体力の衰えなど色々な理由があげられているが、この三ヶ月はただの反省期間だ。実際今から予告状を出して宝石を盗むことも可能だ。でも、木葉はそんなことさせない。互いの親を殺した犯人を捕まえるためには、まず快斗にきっちり反省してもらわないと困る。今の状態ではもし犯人を突き止めることは出来ても捕まえることはできないだろう。むしろ返り討ちにあってしまうのがオチだ。
だから……怪盗キッドが夜空を飛び回るのはもう少し先になりそうだ。
と、木葉はコーヒーカップをふきんで拭きながら思い出していた。
「マスター、いつまでも新聞読んでないで少しは働いてくださいよー」
「いいじゃないか。どうせ客なんていないんだからよ」
「もー……」
今木葉は大通りから外れた小道に構える小さな珈琲店で働いていた。
高校生になってから始めたこのバイト。マスターと呼ばれたこの店の店長――無水孝道(むすい たかみち)は祖父の古くからの友人だ。祖父は木葉が東京に行くと言い出した時に真っ先に思い浮かんだのが東京で珈琲店を営んでいる無水だった。そこで無水と相談し、この珈琲店で働くことになった。
祖父母が言うには、経験と頼れる人を作っておきたかったらしい。
そんな過程があって今に至るわけだが……なんというか、この店は本当に繁盛しているのだろうか。今日は土曜日なので朝から働いているのだが、朝7時に開店して今の11時になるまでの客はわずか13人だ。
これは酷い。
だが店長は焦る様子は無く、むしろ繁盛しては困ると言わんばかりの態度で新聞を読んでいる。そんな店長の様子にため息をつきながらも木葉はマグカップを拭いていた。
「(それにしてもこの店って狭いよね。前に大通りの珈琲店に行ったけど、ここの三倍の広さはあったなぁ……)」
この店はカウンター席が六つと四つの椅子に一つのテーブルのセットが三つあるだけ。その分席と席の間はかなり広めになっているが、いくら何でも少なすぎだろう。だが木葉はこの店の雰囲気は嫌いじゃない。ベージュ色の壁に明るめに設定されたライト、木製の床に壁には見たことのない絵が飾られている。そして落ち着いた雰囲気を出すためにクラシックが絶えず流れている。大きさにして十畳にも満たないであろうぐらいの狭さだが、一部の人には隠れた名店として気に入られている。
新聞を絶えず読んでいた無水が何か思い出したような素振りを見せると、木葉の方を向いた。
「木葉ちゃん、少し店番頼むわ」
「……いいですけど、また競馬ですか?」
確かこの時間帯は天凰杯が行われていたはずだ。確か無水が応援している馬も出ていたはずだが。
「む。まあいいではないか。どうせ客もいないんだし」
店長としてその態度はいかがなものか、と木葉は思ったが、それを言っても聞かない人だということはもう分かっていた。無水は木葉に店番を任せると店の奥へと入っていった。
はぁ、とため息をついて木葉は店の中にある椅子に座った。
「(……いや、これじゃあ私もマスターとあんまり変わらないか)」
アルバイトとはいえ、従業員が業務中に客から見える位置で椅子に座るなどあってはならないことだ(もちろんバイト内容にもよるが)
木葉はもう一度ため息をついて足を伸ばした。
今日もずっと暇かなーなどと考えてもう一度立ち上がった。やはりお客様が来た時に格好悪い姿を見せられないからだ。
と、それを見計らったようなタイミングでカランカランとドアに付いているベルが鳴った。
「いらっしゃいませー」
その客は木葉も見知った顔だった。それは学校指定の制服を着た高校生。一年ぐらい前からこの店に来るようになり、今ではすっかり常連さんだ。来る客も少ないため彼がいつも頼むコーヒーも木葉は分かっている。
「いつものやつで」
「かしこまりました!」
この店の知名度は絶望的なまでに無いのに何故常連客が出来るのか。
その一つの理由にコーヒーの美味しさだった。
木葉はあまりコーヒーに詳しくないのでよく分からないのだが、常連さん曰く「ここの作るコーヒーは材料、量、作り方を全く同じなのに他とは一風変わった味になる」らしい。
それが一部の方々に人気のようだ。
木葉は店長である無水に教わった作り方をマネしているだけな上に、焙煎やブレンドは全て店長に任せている。まあ教わっていないだけなのだが。「いずれ教える」と無水は言っていたが本当なのだろうか?などと考えている間に挽けたようだ。少し前までは手動のミルで挽いていたのだが、最新の業務用ミルを買ってからは電動になったので、豆の量を調節する以外はただボタンを押す作業となってしまった。
出来たコーヒーをカップに移し替え、それをコトッとテーブルの上に置く。
「おまたせしました」
「どうも」
貰った時は少しはにかんで答えてくれたが視線を戻すと彼は厳しい表情になった。
どうやら何かの資料をみているようだ。少し気になるが、流石にのぞき見するようなマネはしない。これはアルバイト云々の前に人としての常識だ。そんな当たり前のことは誰だって分かる。
と、昔の木葉ならそう言って今の木葉に言い聞かせただろう。
「それで、今日は何見てるんですか?」
と、客がいないことをいいことに思いっきり覗き見しようとする。
それを見て彼は呆れた表情を浮かべながら彼女に言った。
「オメェ、それが客に対する態度か?」
「だったら公共の場で殺人事件の資料とか写真を出さないでくれます?工藤君」
工藤と呼ばれた高校生は「ヘイヘイ」と適当に返事しながらも資料をしまってくれた。
彼の名前は『工藤新一』。今怪盗キッドに並んで有名になっている高校生探偵だ。怪盗キッドが世間から離れている今、新聞やニュースでは彼の話題が常に飛び交っている。その実力は東都県警も認めていて、捜査に行き詰まった時には彼に相談している程にまで信頼されている。彼が一度捜査に参加した事件は一つも迷宮入りすることなく事件解決になるという……言うなら平成のホームズだ。恐らく先ほどの資料も東都県警に頼まれた殺人事件のことだろう。東都県警ともあろう方々がこんな高校生に易々と殺人事件の協力を依頼してもいいのかね、と思ったが自分は高校生ながら犯罪を犯している身なので人のことはとやかく言えないのだ。
いや、彼は警察を助けている。むしろとやかく言われなければならないのは警察を困らせる自分だ。今はマスターにも彼にも正体がバレていないからいいものの、いつこの平凡な日々に終止符が打たれるか分からない。
「(あまりボロを出さないようにしないとね)」
一度気を引き締めて木葉はミルの点検をし始めた。
「うーん……」
と、工藤は珍しくうなっている。今回はよほど難事件なんだろうか。
「どうしたの?」
「いや、今回の事件はかなり手の込んだ殺人でよ」
「ふーん。どんな事件なの?」
「……お前、公共の場で資料は出すなって言ってたのにペラペラ話すのはいいのかよ」
「まあまあ、いいじゃない。どうせ客もいないんだし」
と笑顔で言う木葉に対して工藤はため息をついた。本当にそれでいいのだろうか、と工藤は思ったが諦めて話すことにした。
「殺害されたのはある屋敷のご主人。部屋は密室で凶器は見つかっていない。しかも奥さんや息子、使用人さんには皆アリバイがあった」
「へー……不思議な事件だねー」
「あん?何が不思議なんだよ」
「だって密室を作り上げて自分のアリバイも完璧にしたんでしょ?だったら凶器を死体の側に置いとけば自殺と判断されて自分が疑われる危険は無くなるのに……」
木葉の言葉を聞いて納得した様子を見せながらカップを口元のもっていき喉を潤す。カップをテーブルの上に置いて腕を組み、木葉の言葉に答えた。
「俺もそこは気づいたよ。多分誰かに罪をなすりつけようとして失敗したか――」
「それとも、凶器を持ち去らないと密室が作れなかったか」
と木葉が的確なことを言ってくるので工藤は内心驚いていた。確かに工藤もそこまでは行き着いたがそれは資料や写真を一度文字としてみたからこそ辿り着いたのだ。経った十数秒事件の事を伝えただけでここまで推理出来るのは一般人であるが故に凄い。
「……夕中って推理力あるよな」
「推理力っていうより想像力だと思うけど?」
それでもだ、と工藤は言いたかったが言わなかった。彼女は謙遜という言葉を知らないので褒められたらそれを素直に受け取る。変なところで天狗にさせるのも何か気にくわない。
「ま、いいけど。とにかくそれで行き詰まってるんだよ。とっかかりが見つからなくてよ……」
「……って私に言われてもねー」
「だよなー」
推理力があるとはいえ、ただのバイトの彼女に相談するのは間違っていることは分かっているのだが、何故か彼女の前では話してしまうのだ。まるでまだいないワトソンを彼女に置き換えているように。
「何か痕跡とかあるんじゃないの?」
「痕跡な……あったらここまで苦労しねーよ」
「そうなの?たとえば、金属が擦れた後とか、窓に小さな穴が空いてたとか」
「窓に、穴……?」
木葉は「ま、適当だけどねー」とへらっと笑って言っていたが工藤は何かに気づいたように鞄にしまっていた資料を取り出した。
その中から窓ガラスが写っている写真を見つけ、それをよーく見る。
「……そうか、そういう事か!」
「へ?」
落ち着いた雰囲気が売りのこの珈琲店で大声を出すとは何事か、と注意しそうになったがそれよりも早く工藤が声を発した。
「サンキュー夕中!おかげで謎が解けたぜ!!」
言いながら資料を鞄にしまい、残っていたコーヒーを一気飲みして五百円玉を置いて駆け足で店を出て行った。
「……せめてお釣りぐらい貰ってよね」
彼も快斗と同じで一度物事に集中すると周りが見えなくなる熱血タイプだよなー、と思いながらテーブルの上の皿を取った。
次回からはこんなことにならないように気をつけます。