怪盗の相棒   作:黒雛の赤龍

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第十三話 主役は交代するものである

控え室では先ほどの名演技の後とは思えないほどぴりぴりしていた。

 

「あなた!どういうつもりなの!?」

 

王女役の今泉が木葉に向かって叫ぶように怒鳴っていた。

 

「今泉さんがアドリブ入れたからアドリブで返しただけなのに何をそんなに怒っているの?」

「ふざけないで!!この舞台に泥を塗るつもり!?」

「その泥を持ってきたのがあなたでしょ。何言ってるの」

 

木葉は怒られているのが不思議なようで首を傾げてる。確かにアドリブを最初に言ったのは今泉なので木葉が正しいのだが、今泉の怒りは収まらないようだ。

 

「フン。昨日しゃりしゃり出てきた分際で生意気ね。夕中夫妻の娘だか何だか知らないけど私の前から消えてくれる?」

「生意気なのはそっちじゃない?」

 

しかし、木葉も今泉の言葉に動じることなく木葉は的確に言葉を返す。

「くっ……この女ッ!!」

 

流石にこれには頭に来たのか今泉は拳を振り上げてこちらに迫ってくる。その顔は優雅な気品をイメージさせるお嬢様とはかけ離れたものだ。

 

「あっ!」

 

誰かが発した言葉だったのだろうか。木葉の身が危ないと感じたのか、一瞬誰かが止めに入ろうとした。しかし、今泉の拳は振り下ろされることはなかった。どちらかといえば振り下ろそうとしてそれをピタリと止めた感じだ。まるで金縛りにあったかのように彼女の動きが止まってしまった。その顔は先ほどまでの綺麗な顔立ちとは思えないほど絶望した顔。いけないものを見てしまったような、そんな感じだった。 対して木葉は一切動くことなかった。後ろ姿しか見えないので一体どんな顔をして今泉の前に立っているのか少し気になるが、役者達はそれを無理にでも見に行こうとはしなかった。

 

何故なら。

 

 

 

自分達も身体が動かなかったから。

 

 

 

「……へぇ。今の役者って暴力ありなんだ。ふぅん」

 

たった一言。その言葉を聞いただけで背筋が凍りつきそうな感覚に襲われた。誰も言葉を発することが出来ないような、そんなプレッシャーが。どれぐらい経っただろうか。数秒だったか、もしかしたら数分経っていたのかもしれない。

 

そんな凍り付いた空気を溶かしてくれたのは一人の裏方の人だった。

 

「今泉さん、出番です」

 

ドアを開けて今泉に一声掛けて、部屋に入ることなく出て行った。その言葉にハッとなった今泉はすぐさまドアの方へと向かい、そのまま舞台の方へと向かう。

今回の元凶がいなくなったことで疲れたように息を吐いてホッとする役者達。その光景に木葉は不思議そうに首を傾げていた。

 

「あれ?皆どうしたの?」

「どうしたのじゃないよ木葉!」

 

と木葉に迫ってきたのはメイドA役の恵だ。なにやら焦りに加えて自分の事を心配するような微妙な顔をしていたが、木葉にはそんな心配される意味が分からなかった。

 

「今泉さんにあんな言わなくても……」

「あんなって、私は暴言一つも吐いてないよ?ただ彼女の質問に答えただけ」

 

なんという度胸だ、と思った役者は少なからずいるだろう。

しかし、彼女はこれまでも勝手にアドリブや難癖をつけて周りの皆の空気をことごとく悪くしていた。確かに彼女の演技自体は悪くない。だが独りよがりの演技になってしまっているので総合的に見ればあまりよろしくない。

 

だから、誰も木葉の言葉を否定をしようとしなかった。

 

「じゃ、私たちもそろそろ出番だから行こう」

 

ニコッと笑って、木葉は言ってくる。

 

「……うん!」

 

多分こうして笑っていられるのは、自分の中に抱えていたストレスやプレッシャーからほんの少し解放されたからだと思う。まだ劇は終わっていない上に――セリフがないとはいえ――この後ダンスが控えているので油断出来ない。

 

でも今回は大丈夫な気がした。失敗せず、台本通りに進んで、幕が閉じられる。

 

 

 

 

 

 

 

そう、思っていた。

 

 

 

――――

―――

――

 

 

 

舞台は最後のシーンを迎えていた。

 

后選びの舞踏会。色々な男女の二人組が手を合わせて踊る中、王子は后となり人物を探して歩き回っていた。

ちなみに木葉も男性役者と一緒になって踊っている。昨日急に踊りを覚えさせられたのでどうもぎこちないのだが……まあ仕方ないだろう。

 

そんな時、王子はとても美しい女性を見つけてしまったのだ。

 

「おお、美しい人よ。願わくば我の妻に……」

 

一目惚れまでは分かるのだが妻になるのはいきなりすぎない?と思ったのだが今はおいておこう。

 

「いけませんは王子、私たちは会ってはいけない間柄……」

 

送り出した本人が言うのもアレだが自分から会いに来て何を言っているんだろう、と木葉はひっそりと思った。

 

「どうしてもと言われるのであればおみせ願いましょう。この美しい私への愛の証を……」

「おお、そなたが望むのなら差し上げよう」

 

そして、2回目のご登場。

「我が王家に伝わる『グリーンドリーム』を!!」

 

指輪を入れるような箱から眩い光と共に登場した今回怪盗キッドが狙う『グリーンドリーム』その輝きは何度見ても美しく人々の眼を虜にしていた。

しかし、警官達はそれどころでは無かった。一体どこから怪盗キッドが現れるのか、周りを見渡しながら警戒していた。

 

「(さあどこから来る怪盗キッド!?今回は闇に紛れることは出来んぞ!)」

 

しかし、怪盗キッドはそのさらに上を行く。

 

「(あまいな警部、姿を消すのは闇だけとは限らないぜ)」

 

快斗が胸ポケットからスイッチのようなものを取り出してそれを押す。すると、舞台の真ん中から十数個のライトが一列に並ぶように下から出てきた。

 

「し、しまった!!」

 

中森警部が叫ぶももう遅い。眼を失明させそうな勢いで発せられた光は会場全体を覆い尽くし、僅か数秒たらずだったが皆の視界を遮った。

 

「クソッ!!」

 

光が消え、中森警部は舌打ちをして宝石の方を見ようと身を乗り出した。

 

「ほ、宝石は!?」

 

王子役の三谷が舞台のことなど忘れて宝石の有無を確認する。しかしそこにあったのは『グリーンドリーム』ではなく一枚の白いカード。そう。「エメラルドはいただいた。怪盗キッド」と書かれたカードが。

 

「急いで出入り口を固めろ!奴はまだ劇場の中だ!!」

 

中森警部が走りながら部下に指示を出した。

 

「け、警部!電気室の者は……」

「構わん!全員集合だ!!」

 

舞台の2階席で怪盗キッドの捜査に来ていた警官は皆慌ただしく出て行った。舞台は怪盗キッドの登場ということもあってかなりざわついていた。役者達もどうしたらいいのか分からず焦るように辺りを見ている。もちろんこんなことは初めての経験なので誰も何をしていいのか分からなかった。

しかし、木葉だけは違った。

 

「(……快斗君なら必ず何かしてくるに違いない。自分で舞台を無茶苦茶にしておいて、何もせず帰るはずがない)」

 

木葉も快斗の性格は把握していた。彼はそういう男だから何かしらのアクションを起こしてくるだろう、と。

 

そして。

 

 

 

何も言わずとも、その期待に答えてくれるのが相棒なのだ。

 

 

 

ガン!という音と共に、この会場の全ての照明が落とされた。

 

突然の出来事にさらに会場はざわつく。これでは流石の役者達もどうしようもない。流石に舞台を照らしていたライトまで落とされてしまっては役者達も演技しようがないからだ。この先のことも大事だが舞台を続けるには照明が必要不可欠だ。しばらくすれば照明が復活するだろう。

 

そう、誰もが思っていた時だった。

 

「夜の帳が落ち、月が傾き始めた頃……舞踏会に出払って誰もいなくなった城に……王子に想いを寄せる一人の少女がいた……その少女の名は、メイドA」

 

そして、スポットライトがメイドA役の恵に当てられた。

 

「え?」

 

暗闇の中、いきなり光が灯れば人はどういう行動を取るだろうか。

答えは簡単、そちらに向いてしまうのだ。暗闇の中、恵だけにスポットライトが当てられて視線の全てはそちらに集中していた。

その恵はいきなりスポットライトが当てられて混乱していた。なぜ自分が、どうして……色々なことが頭の中を駆け巡り、パニックに陥っていた。

 

しかし、その間にも謎の声は台本を読むかのように続いていく。

 

「毎日のように意地悪な王女にいじめられ、誰にも自分の想いを伝えられず……」

「なっ!?」

 

いきなり自分がディスられ声を上げた今泉。まさかこんな観衆の前でヒロインである自分がそんなシーンがないのにも関わらずディスられるとは思っていなかったのだろう。

 

「その小鳥のような小さな胸を痛め続けていた可憐な少女……」

「こ、このキザなセリフは……!」

 

警備に向かっていた中森警部が足を止めてその声を聞く。声、口調共間違いなく奴そのものだった。中森警部は出入り口への警備へと向かっていた身を翻して会場へと戻っていった。

 

その間にも、謎の声は続く。

 

「そんな彼女の元に怪しげな一人の魔法使いが降り立った……」

 

そして、舞台の元に白を基調としたスーツに白いマント、白いハットに右目にモノクルを付けた誰もが一度はテレビや新聞で目にしたことがある人物がいた。

 

「か、怪盗キッド!!?」

 

誰の声か分からない叫び声を気にする素振りを見せることもなく怪盗キッドは恵の方へと歩み寄る。

 

「キ、キッド!?」

「いえ、私は怪盗キッドではありません」

 

言いながら恵の身体を隠すようにマントを覆った。

 

「私は貴方を変えるためにやってきた魔法使い!」

 

ポンという小さい爆発がして恵の姿が様変わりした。オレンジ色のドレスに頭はお団子のようにくくられていて、舞踏会にふさわしい格好になった。キッドは奪った『グリーンドリーム』をかざしてそれを眺めていた。しかしそれも直ぐにやめて恵の方を向く。

 

「……どうやら『グリーンドリーム』は私が求めていた宝石ではなかったので、これは貴方にお返しします」

 

言ってキッドは恵の左手の薬指に『グリーンドリーム』を通す。

 

「では、王子の元へ……」

 

そして、キッドは片足の膝をついて王子の元へと手を差し出した。それに合わせるように王子の元にはスポットライトが当てられる。しかし恵はその足を踏み出そうとしない。その姿はどこか怯えているような、そんな雰囲気を醸し出していた。

 

彼女の視線は自分を見つめる観客の方を向いていて、固まっていた。

 

「(ダメ……私には出来ない!!)」

 

昨日は快斗に、今日が木葉にアドバイスを貰ったというのにやはりこういう時になると何も出来なかった。皆が自分を見ているという恐怖が支配して身体が動かなくなった。

初めての大舞台、初めてのセリフのある役を貰って、最初は本当に嬉しかった。立っているだけの役じゃないので必死に練習した。少ないセリフだったけど恥ずかしくないように、皆に迷惑かけないように、そして誇れるような……そんな演技がしたかった。

だが現実は厳しかった。今泉には毎回のように怒られ、ダメだしをされ、アドリブにも対応出来なかった。

 

快斗は客をカボチャだと思えと言っていた。

 

木葉は自信を持てと言ってくれた。

 

その時は身体が軽くなり、今日の演技だって何とかなると思っていたのだ。

 

でもダメだった。今回は特別な事故かもしれないがアドリブに対応は出てないし、今この状況もどうすればいいのか分からない。

 

もうダメだ、演技なんて自分に向いていなかったんだ。

 

そう諦めようとしていた時だった。

 

「カボチャですよ」

 

突然怪盗キッドの口から、そんな言葉が出てきた。

 

「観客をカボチャと思えばどうということはありませんよ」

 

そのアドバイスは昨日、快斗という少年から受けたアドバイスと全く同じだった。確かによく見てみれば顔立ち、声がかなり似ているような……

 

「貴方、まさか……」

「では失礼!」

 

正体がバレそうになったからか、警察の方々がこの会場に戻ってきたからかは知らないが、怪盗キッドはポンという音と同時に消え去った。

チラッと木葉の方を見る。その視線に気づいた木葉はウィンクして返事をしてくれた。

また身体が軽くなった気がする。今なら自分の演技が出来そうな、そんな感じがした。

意を決して彼女は舞台の真ん中に移動する。シン……とした会場に、昔の自分なら気絶していたかもしれない。

 

でも、今なら……!

 

「ラララ……」

 

美しい声と共に、彼女の歌が始まった。それはとても華やかで、心の芯までが暖かくなるような、そんな歌だった。

 

「おお、心が浄化されていく。その声の御方は……なんて美しい女性なんだ」

「マルサ王子……」

「動かないで……この魔法が解けてしまわないように……」

 

舞台は恵と三谷のアドリブに他の役者が合わせるように演技をしていった。

 

そのまま本来のヒロインである今泉の出る幕が無いまま、舞台は無事に終わった。

 

 

 

――――

―――

――

 

 

 

会場の上段では黒服の大男が電話越しに誰かと会話をしていた。

 

「どうやら『グリーンドリーム』は『ビッグジュエル』ではなかったようです」

『ならそこに用はない、撤収しろ』

「ハッ!」

 

電話の相手の指示を受けて大男は電話を切った。しかし大男はその場を離れる様子はない。大歓声が上がる中、舞台では役者たちが来てくれた観客達に礼をしているところだった。恐らく観客のほぼ全員が今日の主役、メイドA役だった女性がトラブルが発生しながらもアドリブの演技をした彼女に拍手を送っていることだろう。しかし、大男はそちらには一切の関心を持っていなかった。

 

「あの女……」

 

大男が注目していたのはメイドB役の女性。確か今日配られた舞台のパンフレットにはメイドB役には『田中』と書かれていたはずだ。

 

だがあの顔、忘れるはずがない。

 

「(似ている……あの女にッ!)」

 

以前自分が殺害した女に、とても似ていた。同一人物ではないだろうが……少し気になってしまったのだ。

しばらくして大男はフンと鼻であしらって踵を返した。

 

「(……所詮似ているだけか)」

 

この世には自分と似ている人は少なからず存在する。恐らく彼女もその一人に過ぎなかったのだろう。それに本当に先ほどの『田中』という女性と自分が勘違いしていたあの女と同一人物ならたちまちニュースになっているだろうし、そもそもあの女が脇役を演じるはずがない。

 

 

 

そう――自分が殺した『白金海』が。

 

 

 

大男はそこまで考えて、東都文化ホールを後にした。

 

 

 

――――

―――

――

 

 

 

次の日、快斗と木葉はあるバーに来ていた。

未成年が入れるわけないだろ、と思うだろうが、ここは快斗の父、盗一の元付き人の寺井が経営する店なのだ。今は真昼なので店はしまっている状態なので二人は入ることを許されていた。

そしてここはある意味怪盗キッドの秘密基地でもある。

 

「あー疲れた……」

「お疲れ木葉。急な話だったのによくやったよな」

「ほんとにね。あの今泉って人大した経歴もないくせにアドリブがんがん入れてくるくせにアドリブ返したら黙っちゃうんだもん。それで逆ギレ……二度とあの人と演技したくない……」

 

滅多に愚痴をこぼさない木葉にここまで言わせる今泉という女は……あ、思い出した。恵を怒鳴っていた人か。なるほど、確かに面倒くさそうな人だなアレは。

 

「お疲れ様です木葉様。今回も快斗お坊ちゃまが迷惑をかけたようで……」

「今回は俺じゃねーよ」

 

寺井の言葉に快斗が口をとがらせながらグラスを手にとって水を口に含んだ。そのグラスを置いて今日買ってきた雑誌を読み始める。

 

「(そういえば昨日の打ち上げで恵さんが『木葉には絶対負けないから!』って言っていたけど、アレって役者として負けないって意味だよね?私役者の世界から消えているのに、何であんなこと言ったんだろう?)」

「快斗お坊ちゃま。その表紙にいるのは……」

「あぁ、昨日の舞台の主役の恵さんだよ。ちょっと気になってな」

「(ま、確かに突然現れた素人が様になる演技したらそう思うのも無理ないか)」

「お、恵さんのこと載ってるぞ。来月のドラマで主役やるみたいだぜ」

「ほ、ほんとですかお坊ちゃま!」

 

快斗が嬉しそうに声を上げて、寺井も驚いたように言葉を発した。寺井に雑誌を渡して木葉に話しかける。

 

「すげーよな恵さん。もう主役抜擢だぜ」

「元々才能はあったしね。本番で上がる性格を克服すれば普通にすごい役者だから」

 

さすが、役者の子供の言うことは違った。

 

雑誌を受け取った寺井の方に視線を戻すと、寺井の様子が少しおかしかった。

 

「どうしたんだじーちゃん」

「か、快斗お坊ちゃまは恵様に何をなされたんですか!?」

「と、突然どうしたんだよ?」

 

快斗が彼女にしたことなどあまり無いはずだ。確かに多少のアドバイスはしたが、それ以外の関わりはない。だから寺井の言っていることが分からなかった。そんな快斗の様子を見て察したのか、寺井は雑誌のあるページを開いてそのある項目のところに指を指した。

 

「理想の男性のところに怪盗キッドと書かれているんですよ!!」

「へ?」

「改めてお聞きします!!快斗お坊ちゃま、恵さんに何をしたんですか!?」

「ちょっ、何にもしてねーって!!」

 

と、快斗と寺井が激しい攻防を始めた。

 

そんな二人を見ながら木葉は昨日の言葉を思い出していた。

 

 

 

『木葉には絶対負けないから!』

 

 

 

「まさか、あの言葉の意味って……」

「ん、どうしたんだ木葉?」

「……なんでもない」

 

 

そういう木葉の顔は苦笑いだったが、どこか不機嫌にも見えるような曖昧な表情にも見えた。

 

 

 

 

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