怪盗の相棒   作:黒雛の赤龍

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唐突の過去編


第十七話 怪盗の相棒はバーテンダーに変装することがある

一年前。

 

 

 

 

 

それは、木葉がまだ怪盗キッドの仲間になる前の事だった。

 

 

 

 

 

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夏休み。

 

学生が一番待ち焦がれていた一ヶ月にも及ぶ大型連休だ。友人と一緒に遊ぶのもよし、家でだらだらするのもよし、部活に励むのもよし。学生が一番自由に選択出来る時間帯なのだ。

 

もちろん木葉もその学生の一人だ。

 

そんな彼女は現在無水が経営している珈琲店のホールで洗浄したコーヒーカップを綺麗に拭いていた。

時刻はもう夕暮れ。この時間帯になると客足も減り、やることが少なくなってくる。

 

昼は珈琲店、夜はバーに様変わりするこの店は珈琲店は六時に閉店し、七時からは改めて開店する。その一時間の間に店の中を早変わりさせるのだが木葉はまだその早変わりとやらを見たことがなかった。

というのも木葉は未成年ということもあって珈琲店が開いている六時までしかバイト出来ない。基本客足も少ないから後片付けも営業中に済ませてしまうので殆ど毎日六時ピッタリに帰っているのだ。木葉自身はあまり興味がなかったので別に見たいとも何とも思っていなかった。もうすぐ閉店の時間になるので木葉は後片付けを始めていた。本来なら後片付けを済ませて店を閉めて、無水に挨拶をして帰る予定なのだ。

 

しかし、今日は違った。

 

不意に店内の扉が無造作に開かれる。そこから焦った様子の無水が珍しく店の中に現れたと思ったらいきなり頭を下げてきたのだ。

 

「すまん木葉ちゃん!!今日の夜も出てくれへんか!?」

「……はい?」

 

突然の願いに、木葉は戸惑ってしまった。

 

「あの、どういうことですか?」

 

訊くと、無水は頭を上げて説明しだす。

 

「実は今日出る予定のやつが風邪ひきよってのぅ……」

「それぐらい残りの人で対応出きるんじゃ……」

「普通の日やったらそれでもいいんじゃが、今日は特別なお客さんが来るんじゃ……」

「特別なお客さん?」

 

首を傾げて無水に訊く。珈琲店に関して知識はあるが関心が一切無い無水が特別なお客さんというのだから相当凄い人なのだろう。総理大臣とか、テレビて頻繁に見る有名人とか。

 

木葉の中には頭の中に何人かの顔が浮かんでいた。その人物は皆日本人なら知らない人はいないだろう人物ばかりだった。

 

しかし、無水から出た人物の名前は、木葉の予想を遙かに上回っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「シャロン。ウィンヤード。アメリカの大女優だよ」

 

 

 

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シャロン・ウィンヤード。

 

知らないわけがない。日本でも有名なアメリカの大女優の名を。

役者の娘として幼少期に役者の経験をしたことがある木葉は彼女の実力とそこに至るまでの血のにじむような努力を知っている。

シャロンは既に両親を病気で亡くしている。才能が大いにあったのに両親を亡くし、ショックでその才能を宝の持ち腐れにした自分とは違い、才能は全くなく努力だけでここまでのし上がり、両親を亡くしてもなお女優として強く生きている彼女を木葉は心の底から尊敬していた。

 

そんな人物と会えるチャンスがまさか来ることになるとは、思ってもみなかった。

 

一生に一度のチャンスを逃すわけにはいかない。木葉は少し興奮気味にはい、と返事をした。

 

「おお、助かるよ……で、付け加えるようで悪いんじゃが」

「何ですか?」

 

歯切れの悪そうな言葉だったが、シャロンと会えるという興奮が無水の戸惑う様子に気づけなかった。

無水は木葉の興奮した様子にさらに申し訳なさそうな顔をする。それは親にひどく怒られて大人しくなったやんちゃ坊主のようだった。

 

意を決して、と言わんばかりの勢いで、というかほぼ勢い任せで無水は木葉に言った。

 

 

 

 

「君の素顔でバーに立たせるわけにはいかんのじゃ!だから変装してくれないか!」

 

「……」

 

 

 

 

つまり、シャロンの前で素顔をさらせない、と。

 

あからさまに落胆した木葉は、それでもどこか分かっていたような口ぶりで一度休憩室へと姿を消した。

 

 

 

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十二時まで働くという条件で木葉は落胆しながらも無水に返事をした。

鏡を見ながらバーでの制服を身に纏い、変装用のマスクを見つめる。

十年前に母が舞台裏で変装マスクを作っているのを見て興味を持ったのが始まりだった。

あのときは仮面ライダーのように変身する(ように見えた)当時の木葉は母にせがんで変装技術を教えてもらったのだ。あの時の好奇心がこんなところで役立つとは思わなかった。でもさすがに十年も前に教えてもらったことだからイマイチ自身がない。今日風邪を引いて出られなくなった人と身長はさほど変わらないから多分バレないだろう、と無水は言っていたが本当だろうか。それにカクテルの名前も作り方も全く知らないというのにどうして突然自分に任せようと思ったのだろうか。つい条件反射で了承してしまったがよくよく考えればおかしい。

 

「……しーらない」

 

まあ、何かあったら全て無水に責任を押しつければいいだけの話だ。

あくまで楽観的に考えて、変装用のマスクを被る。

 

「……じゃあ、行きますか」

 

いつもの声とは違い中年のおじさまのような声に変えた木葉は、一度大きく深呼吸して、休憩室をあとにした。

 

 

 

――――

―――

――

 

 

 

珈琲店の時に置かれていたコーヒーカップはグラスに、焙煎した豆を保管していたところは酒に、そして店内全体が明るいベージュ色から落ち着いた紺色へと変わっていた。

無駄に高度な技術に驚きを隠せなかった。その技術を他に生かすことは出来なかったのか、と追求したくなったが既にバーは開店していてお客さんもちらほらと見えていてそれも叶わなかった。無水は客の注文に的確に答えていく。適度な量の酒をメジャーカップで測りシェイカーを使って素早くシェイクする。出来たものをカクテルグラスに注ぎ込めば出来上がり。

 

「おまたせしました。オレンジブロッサムです」

 

カウンター席に座っている金のサングラスに金の時計に金のジャケットと何から何まで金ぴかにしている金持ちそうな中年男性にカクテルグラスを差し出す。……無水がまともに仕事をしているところを初めて見た気がする。いつもはだらしない顔をしているのに今は表情も引き締まっており、何十年もこの店を支えてきたようなベテランオーラがにじみ出ている。

 

「(いつもあれぐらいしっかりしてたら珈琲の時も人気出ると思うんだけどなぁ……)」

 

同時にそんな事を言っても聞く耳を持ってくれないだろうな、と思いながら木葉は何か特別なことをすることもなく時間は過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

テーブルの拭いたりグラスを片付けたり色々することはあるが、これれは全て誰でも出来ることである。だから自分がわざわざ出る必要性があまり感じられなかった。

 

「(特に忙しくなかったしね)」

 

もうすぐ十時になろうとしているが未だに忙しくなる兆しが見えない。確かに珈琲店の時よりは客数は多いが、それでも自分が手伝うほどでもない。

 

まさかこれから忙しくなるのだろうか。

 

あまり想像できないことにうーんと唸っている。珈琲店の時のことを考えれば全くもってありえないことだった。

 

と木葉が考えている時、一人の女性が来店した。

 

スラッとした体型にショートにしている金髪、サングラスは掛けていたがその体つき、格好、雰囲気からその人物が誰か一瞬で分かった。

 

「(シャロン・ウィンヤード……本物だ!!)」

 

自分の目の前に彼女が座ったことによりさらに興奮する。

 

「ホワイト・レディ頂戴」

「かしこまりました」

 

無水が答えてカクテルを作り出す。木葉は邪魔にならないようにテーブルの台ふきをし始める。恐らく無水も彼女がシャロンだということに気づいているのだろう。いつもより作る手がぎこちない気がする。

どうしてこんなところにアメリカの大女優が現れたのか、そして無水はどうしてそれを知っていたのか。疑問はつきないが彼女から発せられるオーラに惹かれそうになってそれどころではなかった。

 

座る時の姿勢、グラスの取り方、カクテルを飲む姿、一つ一つの動作が気品で美しくカッコいい。

 

「(……やっぱ憧れるなぁ)」

 

役者の道から外れたとはいえ役者としての血が流れている木葉は無意識にそういうことに憧れを抱いていた。でもまじまじと見つめるわけにもいかないので、それでも仕事をしながらも時々チラッと見つめる。他の客はそういうことにあまり関心がないのか彼女がシャロンだということに気づいていない様子だ。いや、気づいているけどそれを表に出していないだけかもしれないが。

時間が経つにつれて客も減っていく。一時間もしない内にとうとう客はシャロンだけになった。

 

無水が一度ホールから離れて店の中へと消えていく。そして店内はグラスを綺麗に拭いている木葉と携帯を弄っているシャロンだけとなった。

 

憧れの人物と二人きりになったことにより心臓の鼓動が早くなる。今までに無いことにどうすればいいか分からなくなった。

 

と、木葉が興奮で軽いパニックに陥っている時、ふとシャロンが呟いた。

 

「どこの世界にもいるものね。ニセモノって」

「え……?」

「そうでしょ?」

 

一瞬自分のことなのか木葉は思わず声を上げると、シャロンの目は確かに自分の方へと向いていた。

 

まるで自分の正体を見破っているかのように。

 

一体どこでバレたのだろうか。確かに何回も彼女のことを見つめていた。だがそれはなるべくバレないように行ったし、例えそれがバレていたとしてもただのファンだという可能性もあるはずだ。

 

それなのに、何故?

「どうして、って言いたそうな顔ね」

 

自分の心を読んでいるのだろうか。まさに自分の思っていたことをずばりと言い当ててきた。そんな木葉の様子を見たシャロンは悪戯っ子のような笑みを浮かべて探偵のように説明し出す。

 

「あなた、何回か無意識に髪をかきあげていたわよ。そんなことするのは髪の長い女の子だけ。殆どの男には必要のない仕草なのよ?」

 

無意識にしている仕草とは意外と気づかないものだ。木葉も振り返ってみて、自分が無意識にしていたことを認識する。それにシャロンの言い方も気になった。男性のことは男と言っていたのに対して女性のことは女の子と言っている。まるで自分のことを何から何まで見透かしているような……。

 

「そうでしょ?夕中木葉ちゃん」

 

いや、完全にバレてた。

木葉は諦めたように息を吐いて変装していたマスクをビリッと破る。セミロングの髪を振り払うような仕草をしてシャロンの方を見た。

 

「……どうして私の名前を知っていたのですか?」

「ここのマスターとは顔見知りでね。前に一緒にディナーをしたときに話してたのよ。役者としての才能を持ち合わせた子が働いてるってね」

 

マスター何者ですか。

 

「まさか夕中夫妻の娘だとは思わなかったけどね」

 

サングラスをくいっと上げて木葉ことを見つめる。誘惑するような上目遣いをされて虜にならない男性はいないだろう。シャロンは木葉のことに関して興味があるのか全身を見回している。

 

「ふーん。才能はあるといってもまだ青いわね」

「はぁ……」

「……ふふ、調教しがいがあるわ」

「え?」

 

今聞いてはいけないワードを聞いた気がするのだが気のせいだろうか。でもまさかあの大女優に限ってそんなことがあるわけ――この人すっごい悪そうな笑みしてるんですけど何でだろう?どうしてこんなにも嫌な予感がするのだろうか。

 

だが。

 

ここまで情報が与えられて、分からない木葉ではない。

 

木葉はシャロンに断りを入れて一度店の中へと入り休憩室へと直行する。そこには録画を見ながら休日のお父さんのようなだらしない格好をしている無水がいた。

 

「お、おお?どうしたんだ木葉ちゃん?」

 

急に木葉が来たせいで驚いたのかテレビを消し、寝転がっていた身体を起こして木葉の方を向く。正座をしながら。

 

「……マスター、全部仕組んでいましたね?シャロンさんがここに来たのも、私を役者の世界に戻すために」

「む……」

 

と口を引き締めて唸る無水。どうやら木葉の思っていた通りだ。

 

よくよく考えればこの店に誰かが来るかどうか分かる方法なんて二種類しかない。

 

毎回決まった時間帯に来る常連さんか、事前に来ることを知らされていたか。

 

前者はないだろう。アメリカを拠点にしているシャロンが日本の小さなバーに定期的に来ているとはとても考えにくい。

 

ならば残る選択肢は一つのみ。

 

無水とシャロンがどこかで繋がっていて、今日ここに来ることを事前に知らされていたとすれば。

 

先ほどのシャロンの話を聞いて彼女がここに訪れた理由も分かる。しかしまだ色々理解出来ない点も多い。

 

「……マスターとシャロンさんはどういったご関係で?」

「昔の友人の教え子でな。その時ちょっと話しただけの関係じゃよ。まさかあの時の小娘があそこまで成長するとは思わんかったがな」

 

聞いて、木葉は不満そうな顔をする。

 

「どうして私を役者の世界に戻そうと?」

「だって……そんな才能を持て余すのはもったいないじゃろ?だから今日本に来ているシャロンちゃんに君の事を話したら興味を持ってくれてな……」

 

そう言った言葉に、木葉はさらに不服そうな顔をする。

 

 

 

 

 

無水は思うのだ。

 

木葉には夕中夫妻から受け継いだ役者としての滲み出る才能を持ち合わせているのに、両親の死を受けて明らかにあの世界から離れようとしていることがとても勿体ないと。

彼女の気持ちも分からなくはない。このもうすぐ80歳になろうとしている自分の両親は既に他界している。もちろん死因は年だからなのだが、それでも大切な人の死というのは想像以上にくるものがある。

 

それを彼女は6歳の時の味わったのだ。その時のショックは自分が味わったものとは比べものにならないだろう。

でも、無水には両親の死を超えて、役者として活躍してほしいと思うのだ。

 

彼女なら絶対成功する。素人の目から見てもそう感じ取れるのだ。やはり彼女の才能は計り知れないものがある。

今回内緒でシャロンを呼んだのもそれが理由だ。大女優を目の前にすれば少しは役者の世界に目を向けてくれると思っていたのに。

 

それなのに。

 

「……前に言ったと思いますが、私は役者の世界に戻る気はありません」

 

彼女は、戻る気が一切ないのだ。木葉の決心というのは予想以上に固く、揺るぎないものだった。

 

こればかりは無水も押し切られてしまう。

 

大女優の力を借りて木葉を役者の世界に戻そうとしたのは流石に都合が良すぎたか。

 

そう無水が考えていると、休憩室から別の女性の言葉の声が聞こえた。

 

「あら、それは残念ね」

 

声のする方へと顔を向ける。モデルのような歩き方でこちらへと歩み寄ってきたのはシャロンだった。

 

「……一応ここ立ち入り禁止なんですけど」

「客を長時間放っていたあなたに言われたくないわ。それより――」

 

と言って一度言葉を句切る。シャロンの顔から笑みが消えたことにより木葉の顔から怒りという感情も消えていった。

 

そして、シャロンから発せられた言葉に、木葉は頭をハンマーで叩かれたような衝撃を受けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「木葉ちゃん。君がよければ私の後継者になってくれる?」

 

 

 

そう言ったシャロンの目は、死を悟ったような悲しそうな目をしていた。

 

 

 




だが一話完結ではない

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