怪盗の相棒   作:黒雛の赤龍

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第十九話 一つの可能性

雲一つなく晴れ渡る大空に人を焼き尽くすと言わんばかりの灼熱地獄がこの成田空港にも襲来していて、空港内に入ってくる殆ど人の頬には真新しい水滴がついていた。

 

空港内にはチェックインカウンターでチェックインをするために並んだり、お土産店で財布の中身と格闘しながら品物を選んでいる人もいたり、これから搭乗する人との別れを惜しんでいる人など様々いる。

 

シャロンは既にチェックインを済ませたので、後は搭乗ゲートが開くのを待つだけだ。その間、数通のメールが来ていたので手際よく返信していく。

 

一人はマネージャーから。一つは友人から。そして、『あの方』からのメールも届いていた。

 

周りが自分の姿を見て少し騒いでいる様子だったがあまり気にしないことにした。ここでむやみに姿を隠そうとするならばそれこそ自分が本物のシャロン・ウィンヤードですと言っているようなものだ。だから周りの事は無視した。

 

……本当は無視したかったのだが。

 

「あ、シャロンさん……」

 

と自分に話しかけてくる女の子がいた。携帯を弄っていたので下を向いていたせいかその女の子の顔が最初は見えなかった。だからこそこんなことを言ったのだろう。

 

「あら人違いじゃありませんか?私はシャロン・ウィンヤードじゃ――」

 

見上げて、ようやくそこで彼女が誰だか気づいた。

 

「……ん?ああ木葉ちゃんじゃない」

 

夕中木葉。

 

夕中日暮と白金海の一人娘で役者としての才能を持ち合わせた女の子。昨日まで稽古をつけていたのだがその成長ぶりには驚かされたばかりだ。

 

「わざわざ見送りに来てくれたの?」

「はい、お礼を言いたくて」

 

と言うと木葉は頭を下げてくる。

 

「……まず私に稽古をつけてくださってありがとうございました。まだ両親との死のショックを受け入れ切れてませんが、それでも向き合うキッカケになれたと思います」

 

木葉は自分に対して感謝の意を述べてきた。が、実際はそんなつもりで稽古をつけたわけではないのだ。ただ彼女の才能を引き出せれば、という考えでシャロンは木葉に稽古をつけたのだ。

 

だが実際稽古をつけてみると彼女のトラウマは相当なもので、それはまともに練習にならないほどだった。だからまずはトラウマを克服させるために色々試行錯誤したのだが……どうやら変な誤解を招いてしまったようだ。

 

でも彼女が嬉しそうなのでよしとしよう。後継者は他にも数人いるわけだし、今は無理に役者のことについて責めるべきではない。

 

「前にも言ったけど私は君の演技が見たいっていう自己満足でやったのよ。君に感謝される筋合いなんてないわ」

「それでも、です」

「……そう。じゃあこのお礼は次の舞台で、ってことでいいかしら?」

 

え、と木葉が苦笑いを浮かべながら呆気に取られたのが印象に残った。多分まだそこまで考えていなかったのだろう。僅かに焦りがあったのも見て取れた。

 

「ふふ、冗談よ。でもいつか君の演技が見れることを楽しみにしているわ」

 

そう言ってシャロンは悪戯っ子のような笑みを浮かべた。

 

しかし木葉を見ると、どこか浮かない様子だった。それはプレゼントを貰ったけどあまり欲しくないものだったが他人の好意を仇で返すマネは出来ない真面目な女の子のようだった。

 

木葉の言葉を待っていたが一向に何も話そうとしない。時間だけが無情にも過ぎていき、さすがのシャロンも首を傾げた。

 

彼女が言わんとしていることをこの耳で聞きたかったが、どうやら飛行機の離陸時間まであと少しになってしまったようだ。ロサンゼルス行きの飛行機に乗る方へ案内放送が流れている。

 

「じゃあね木葉ちゃん。いつかロサンゼルスにいらっしゃい」

 

と、置いていた荷物を手にとって立ち上がり、木葉の横を通り過ぎていく。何か自分に聞きたいことがあるのは間違いないだろう。だが躊躇いが生じるほどの事だろうか。

もちろん質問の内容にもよるだろうが彼女がそんなデリケートな質問をしてくるような子には見えない。一週間という短い時間しか対話出来なかったから彼女の本質までは分からないが直感でそう告げていたのだ。

 

役者としての才能をその身に余るほど持ち合わせながら、それでいて普通の女の子。

 

人と接するのが少し苦手なようだったが気の抜けたように笑う彼女の笑顔はとても強く印象に残っていて、その笑顔を見る度にあの白金海を連想させた。

日本だけでなく、アメリカにも影響を与えたあの白金海を。

 

「あ、あの――」

 

 

だからこそ、その質問は予想を遙かに上回るものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――シャロンさん。あなた、何者なんですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

思わず目を見開く。

 

予想外の質問に、一瞬ベルモットとしての仮面が外れたような気がした。

 

それは役者としての発言なのか、それとも自分の裏の顔を見破った上での質問なのか。

 

一体何を思って彼女がこういう質問をしたのかは予想出来ない。だが仮に自分の裏の顔を見破っていたとすれば、ここで下手に話し合いになれば自分の本性が出ないとも限らない。

 

一週間という短い期間であそこまで出来たのは才能はもちろん、彼女は自分の性格や特性を把握し、分析し、その上で適切な判断を下して練習に望んでいたからだ。

 

そのどこで培ったのか分からない分析力と観察力は、組織の中で言えば恐らくジンといい勝負だろう。もしかしたら彼女の方が上かもしれない。

 

そう思わせるモノが彼女の中には存在していた。

 

 

 

そういえば。

 

夕中夫妻が殺された原因は確かある組織の秘密を知ってしまったから、と新聞に書かれていたのを思い出した。詳しい内容までは書かれていなかったが、あの二人はどうやってか組織の秘密を知ってしまったのだ。

 

 

 

秘密というのは、隠すから秘密なのだ。

 

 

 

誰もが他人には言えない秘密を持っているのだ。そしてその秘密を隠すために人は無意識に、あるいは意識的に隠そうと少なからず努力する生き物だ。

 

それを見破るのは容易なことではない。それが組織単位となればますます難しいだろう。並外れた推理力、観察力、分析力、洞察力が求められるその行為は簡単に出来ることではない。それを夕中夫妻はやってみせた。どちらか片一方がそれを持ち合わせていた可能性もあるがそれでも、だ。

 

そう、木葉が受け継いだのは役者としての才能だけではない。

 

「(……本当に嫉妬しちゃうわ。君がそんなに出来る子だなんてね)」

 

だから、シャロンは木葉に対してある言葉を掛けたのだ。

 

それは自分が一番気に入っている言葉であり、それはこの状況を脱するためでもあったと思う。

 

でもそれだけではなく、シャロンは恐らく、木葉に対して無意識に期待をしていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「A secret makes a woman woman……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつか自分の仮面を破り、その上でまた話しかけてくれるんじゃないか、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――

―――

――

 

 

 

 

 

 

 

シャロンが亡くなったと報じられたのは、あの日から半年後のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

――――

―――

――

 

 

目の前にいる男が口にした『シャロン・ウィンヤード』という名前。

 

木葉の人生に大きく影響を与えた人物の一人だ。

 

シャロンは自分に演技の基本を教えてくれたり、トラウマを克服させるために色々努力してくれたり。自分に欠けていたモノを思い出させてくれた。感謝しても感謝しきれない。

 

シャロンはもう亡くなってしまったが、今でもシャロンの教えは自分に良い影響を及ぼしている。

 

怪盗キッドの仲間になったのも彼女が自分のトラウマを克服してくれたから、彼に協力するようになったし、急な願いだったが、舞台の上に立って演技することが出来た。もし彼女との出会いがなければあの舞台には立てなかっただろうし、そもそも怪盗キッドの仲間にすらなっていなかったかもしれない。

 

そう、木葉にとってシャロンはとても大切な存在なのだ。

だが目の前の男はまるでその事を知っているかのように話しかけてきた。

 

 

 

『シャロン・ウィンヤードという人物をご存じですか』と。

 

 

 

「もちろん知っています。アメリカの大女優ですから」

「ええ、普通の人ならそう答えるでしょうね」

「まるで私が普通じゃないと言っているように聞こえますが」

「気分を害されたのであれば謝罪いたします。ですが決して不快な意味を含んで申し上げたのではありません」

「……どういう意味ですか?」

 

何を聞き出したいのかは知らないが今自分は怪盗キッドの仲間なのだ。もしここでボロを出すようなマネをしたら自分の事を特定されかねない。慎重に、木葉は男との会話を進める。

 

「……回りくどいことは辞めて単刀直入に申し上げますが、貴方はシャロン・ウィンヤードと会ったことがありますよね?」

 

ほぼ確信がついているような自身を持った言葉に木葉は思わず口をつぐんだ。

 

こんな質問を自分にしてきたという事は既に自分が夕中木葉だとバレている可能性がある。もしかしたらそれに加えて怪盗キッドの仲間だということも踏まえて話してるのかもしれない。

 

そうなれば、狙いは怪盗キッドなのだろうか。

 

「……ありませんよ。まあ変装していたシャロンさんに気づかないで接していたという可能性もなきにしもあらずですけど、私が認識している限りでは会ったことはありません」

まだ木葉のことが完全にバレていない可能性が残っている以上、こちらの素顔を晒すわけにはいかなかった。あまり嘘をつきたくないのだが、ここはちゃんと否定しておく。

 

男は少し考えるような仕草をした。今までの情報だけ聞けばその辺にいる一般人だと思うのが普通だが、相手がそんな単純な思考回路をしているとも思えなかった。それこそ、シャロンの名前を木葉に出してきた時点で、だ。

 

男はシャロン・ウィンヤードに関しての何らかの情報が欲しいのだろうか?それでどうして木葉に話しかけてきたのかは不明だ。それに存命していたのならともかく亡くなった人物に対して一体何を聞きたいというのだろうか。

 

よく理解出来ない。

 

この男の考えていること、言動そのものが理解出来なかった。

 

「お時間を取らせてしまい申し訳ありませんでした。では私はこれで失礼します」

 

そう言って男は立ち去った。

 

結局何がしたかったのかさっぱり分からなかった。木葉自身のことについて知りたかったのか、シャロンのことについて知りたかったのかそれすら分からないままになってしまった。

 

百人に聞けば半数以上の人が同じ答えを出しそうな応答から何か得られたというのか。それとも何も得られないと考えて退散したのか。

 

後者であるならそれに超したことはないのだが、前者だった場合――何を得たかにもよるが――男は相当な切れ者だと想像出来る。

 

木葉は拭いきれない疑問を抱えたまま帰路につく形になってしまった。

 

 

 

――――

―――

――

 

 

 

「夕中木葉……やはり貴方はシャロン・ウィンヤードと繋がりがあるようですね」

 

男は暗闇の中で一人呟いた。先ほどまで少女がいた場所にはもう誰も存在せず、これだけ見れば独り言を喋っているただの変人と思われるだろう。

 

男は携帯を取り出してある人物へと電話を掛ける。

 

「僕の思った通りでした。彼女はシャロン・ウィンヤードと繋がりがあります」

『ではどうなさいますか?早速色々聞き出した方が――』

「いえ、もう少し様子を見ましょう。まだ彼女が組織の存在を認識していない可能性もあります」

『張り込みますか?』

「現段階では必要ないでしょう。先ほど会話しただけでも彼女は中々の切れ者でした。恐らく張り込めば直ぐにバレて警察沙汰になります。そうなった場合僕たちの立場も危うくなるでしょう」

『……ではどうなさいますか?』

「現時点では情報が少なすぎます。まずは彼女に関するデータを集めてください」

『了解しました!』

 

と言って電話を切られた。恐らく自分の部下は汗水垂らしながら彼女のことについてデータを集めることだろう。だがそれは真に求めているものではないことぐらい把握していた。

 

真に求めているのは彼女の頭の中に眠っている。これを引きだそうと思えばそれはとても困難だろう。そのためには色々通過しなければならない問題が浮上していた。

 

しかしここまでは想定内。

 

そのための策は、もう練っている。

 

「怪盗キッドの仲間であり、シャロン・ウィンヤードと繋がりがある少女……とても興味深い」

 

怪盗キッドの仲間だと分かったのは今しがたのことだったのでこれに関しては思わぬ収穫だったと言えよう。これを上手く使えば彼女を利用出来ることだって容易だ。

 

だがそのためには欠けているモノがいくつかある。まるで計算結果は分かっているのに途中式が分からない問題を出された時のような感じだ。彼女を利用するにはピースが足りない。

 

「彼女は役に立つ……絶対渡しませんよ。組織にも、FBIにも」

 

それはまるで絶対的な自信があるように。

 

それはまるで無邪気な子供のように。

 

それはまるで復讐心に燃えるように。

 

 

 

改めて、男は宣言する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「夕中木葉、貴方を絶対守ってみせますよ――この安室透がね」

 

 

 

 

 

 




まさかのあの男が登場。この辺怪盗キッド関係なくね?とかツッコミは無しの方向で。
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