売られた喧嘩は全て買うのが怪盗キッドのポリシーだ。
例えそれが目当ての宝石で無くても、どんなに厳重な警備態勢であっても、怪盗キッドは一度喧嘩を売られればどんな時だって現れる。
今回も同じだった。
美術館の方から挑戦状を渡してきたので怪盗キッドは華麗に参上し、今は宝石を盗み終えてお得意のハンググライダーで空を飛んでいる。
「よーし、一番機二番機三番機終追え!奴を逃すな!!」
白を基調としたスーツを身に纏い、お宝の高価な剣を口にくわえてハンググライダーで逃げる怪盗キッド。それを追う三台のヘリコプター。
「(さて三匹のカラス、どう調理するか……)」
後ろをチラッと確認して怪盗キッドは思考する。正直この程度の相手ならこのまま飛び続けても逃げ切れることは可能だ。
ビルが多い都会では必然的にビルが高くなる。そのためビル風という、その名の通り強い風が吹き付けるもの。高くなれば高くなるほどビル風の圧力が強くなり、その結果高層ビルの足下で強風が吹いてしまうのだ。これを防ぐため、一部のビルではあえてビルの真ん中に空洞を作ってビル風を通して足下の強風を避けるようにしているところも多い。
空洞は建物にもよるが、そこまで大きくなくヘリが通るには少し小さいところが多い。要はそのために作られた空洞を使ったりして警察を翻弄することが出来るということだ。
しかし、今日は厄介なゲストが来ていたようだ。
「とんだアマチュアだな」
怪盗キッドの横を平行して飛ぶ謎の人物がいた。全身を黒い装甲で覆い、顔にはガスマスクのような物を付けて声を変えて怪盗キッドと似て異なるパラグライダーで飛んでいた。
キッドが白ならこの人は黒のイメージが強い。
「日本で一番の怪盗と聞いていたが見かけ倒しも甚だしい……失望したよ」
「(何ッ!?)」
「大体なんだね、君の非合理的な見つけてくださいと言わんばかりの派手な格好は……我が国が誇る怪盗アルセーヌ・ルパンのつもりかね?」
確かに怪盗キッドの格好は昼でも夜でも目立つ白を基調としたスーツだ。おまけに素顔を隠すのは白いハットとモノクルだけ。これなら半分自分の素顔をさらしていますと言ってるようなものだ。
「確かにあの警戒厳重な美術館からその宝剣を盗み出したのは見事だったが私なら君の半分の時間があれば十分だったよ」
「(じゃあこいつも泥棒!?)」
どこから見ていたのだろうか。素顔は完全に隠されているので分からないが、もしかしたらこの人物は警官に変装して侵入していたのかもしれない。
「隠しているつもりかもしれないが、今この瞬間も君の仲間と連絡を取り合っているのだろう?」
「(こいつ、相棒のことも見抜いてやがる……)」
今ここにいない上に自分は宝剣を口にくわえて飛んでいるので直接話すことが出来ない。だからボロを出すことはないと思っていたが全く関係なかったようだ。木葉はどのルートを通ればいいかイヤホン越しに教えてくれているが、まさかその連絡していることがバレているとは思ってもみなかった。
「君の仲間にも伝えたまえ。私の名前は
「あ、おい!」
言うだけ言って黒猫はどこかへ去って行った。その時、声を掛けようとした際に口を開いてしまい、お宝を落としてしまった。
だが、今の怪盗キッドにはそんなものは関係なかった。
対決。
喧嘩を売られたからには怪盗キッドも黙っているわけにはいかない。
日本一の大怪盗の名を背負って怪盗キッドは黒猫の勝負を受けることにした。
まだ黒猫がどんな人物でどんな手法を使って宝石を盗むのか分からないが負けるわけにはいかない。
自分のためにも、相棒のためにも。
「(また面倒なことになったなぁ……)」
イヤホン越しで先ほどの会話を聞いていた木葉は疲れたようにため息をついた。
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翌日の新聞で一面を飾ったのは『フランスの
標的となったのはマリー・アンワネットの紅差し指を飾った『ゴールデン・アイ』
アンワネットが魔除けのために集めていた7つのアクセサリーの一つであり、今褐色の中に一筋の光がある黄金の
今回黒猫がこれを狙う理由は未だに分かっていないが、既に猫目石の内の6つは奪われていて、これが最後の宝石になるのだ。
これをわざわざフランスではなく日本に設置したのは黒猫を捕まえるため。
猫目石を守るだけならば厳重な警備によって管理されている金庫の中にでも入れれば良いだけ。でも奪われるリスクを犯してまで日本の警察に頼ってきたということはそれだけ大切な物なのだろう。
「でも、こちらとしても負けるわけにはいかないのよね」
木葉は自宅で新聞を広げながら小さく微笑んだ。
こちらで調べた限りでは、怪盗キッドのように華麗手口で宝石を盗み、証拠一つ残さないのが彼女のやり方であり、キッドと同じくフランスでは国内一番の泥棒と聞いている。予告状も怪盗キッドと同じように出すことから似ている部分はそこそこ多いと考えられる。
だがキッドと違う部分も少なからず存在する。
例えば服装。
白を基調にし、マントとシルクハットにモノクルという必要最低限にも達していないような格好の怪盗キッドに対して、黒猫は黒を基調にした甲冑のような格好にヘルメット、中にはゴーグルを掛けて意地でもバレないようにしている。動きにくそうといえばそうだが、泥棒という職種を考えれば素顔がバレる危険がある格好はしてはいけない行為であり、その点においては怪盗キッドの方が邪道だ。
例えば手口。
怪盗キッドが手品を使って大胆に華麗に盗むのに対して黒猫はコソコソ動いて夜中にこっそり宝石を奪うやり方だ。怪盗キッドと比較したから黒猫が地味に見えるかもしれないが、実際泥棒という職種を考えればこれが普通なのだ。怪盗キッドが邪道であり、黒猫は泥棒として当たり前のことをしているだけにすぎない。
そして、プライド。
怪盗キッドは人を傷つけないことを重視しており、人の命を奪うなんてものは言語道断。例え宝石は目の前にあろうとも自分のせいで人の命が危ぶまれれば宝石を投げ捨ててまでもその人を助けるだろう。だが黒猫は人のことなど全く気にしない。髪飾りに目当ての宝石があるのならば髪を切り取ってまでして奪うし、指輪に目当ての宝石があるなら指を切り取ってまでしても宝石を奪おうとする。
似て異なる二人の対決は、日本フランス内でかなりの大騒ぎとなっていた。
「じゃあ、行きますか」
木葉は立ち上がり、玄関へと向かう。
恐らく自分は活躍しないだろう。二人のガチンコバトルであるのも理由の一つだが、今回の舞台は今までで一番やりにくい場所となっていた。
そんなところに二人も怪盗が現れるのだ。脱出する際自分の存在はとても邪魔になるだろう。
だから、木葉は違った形で仕事をしよう。
今夜もまた、ひと味違ったマジックショーになりそうだ。
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とあるホテルでは、大勢の警官とヘリコプターが覆い被さるようにうごめいていた。ここは東京と千葉の県境にある少し田舎である場所。そんなところにホテルを建てるのも大概だとは思うが、今回はそういう話ではなかった。
「今回は日本の盗賊も指輪を狙っているということでしたので」
そう呟いたのはフランスの警備会社主任、アラン・カルティエだった。
ここは猫目石の所有者ダン三石氏が建てたホテルであり、今回の舞台もそこになっている。理由は先ほども言ったが奪われた猫目石を取り戻すこと、日本の警察に黒猫を捕まえてほしいこと。
「で、ホテル内の様子は?」
「多少アマチュアなところもありますが、問題ないかと」
ダン三石の言葉にアランは警備している警官を見渡しながら答えた。
今回は黒猫だけでなく怪盗キッドも現れるということでいつも以上に緊迫した空気が流れている。
しかし長い間怪盗キッドを追っている中森警部はアランに対して不快な気持ちを抱いていた。
「さてはあんただな、ウチの警備システムにいちゃもんをつけた外国人というのは……」
「ええ。私は我々の警備システム以外信用していませんし、怪盗キッドというコソドロ一人捕まえられないあなた方警察を信用しろと言う方が無理な話で……」
「テメェ……言わせておけばッ!!」
中森警部がアランの胸ぐらを掴み、今にも殴りかかりそうになっていた。
そんな時、背後から聞こえた言葉に身体をビクッと震わせた。
「おとーさん!お弁当持ってきたよ!!」
振り返るとそこには二人の若い少年少女の姿があった。
「あの方々は?」
「あ、あぁ。娘の青子と同級生の黒羽快斗君だよ」
「ふっ、まあいいでしょう。あなた方の甘い警備態勢も私の計算に内ですから」
「なに!?」
そう言われて中森警部は少し怒りの感情をあらわにしたが否定出来ないのも事実だった。普通に考えれば自分の身内を現場に入れるなどありえないからだ。
アランは嘲笑うかのように中森警部の横を通り過ぎ、閉ざされていたカーテンを開けた。
「ご覧なさい!このはめ込み式の分厚いガラスを!しかもチタン合金の針金入りで十トンの衝撃にも耐えられる!」
言われて見ると、確かにガラスには見て分かるほど分厚い針金があることが分かった。これでは怪盗キッドや黒猫が得意としている窓ガラスを割ってハンググライダー等で逃げるという手段は使えないだろう。
「もちろんここだけではありません。客室を除いた20階~30階までに存在する全ての窓はそうなっています。そして予告時間の今夜九時、その五分前にエレベーターの最上階で全停止。もちろん階段も全閉鎖される。これがどういう事かおわかりかなムッシュ中森?」
エレベーターは使えない。階段逃げることも阻まれ、窓は全て針金入りの分厚い窓ガラス。
つまり。
「21時以降の脱出は不可能!」
行きは簡単。帰ることは不可能だと。
この罠に掛かってしまえばいくら怪盗キッドや黒猫とはいえ脱出することは不可能だろう。
「しかし、肝心の指輪をどうするかだ。こんなちっちゃなガラスケースだと……」
長年怪盗キッドを追いかけていただけあってその辺の重要さは分かっている中森警部。いつもなら鍵を掛けたりケースの周りに罠を仕掛けたり色々して、何とか怪盗キッドを捕まえようと試行錯誤をしていた。だが今回はそれがない。例え袋のネズミに追い込もうとしても宝石自体を何らかの方法で隠し、この場を乗り切った後で、日を改めてこの場に現れて宝石を回収するという可能性もゼロではない。
特に怪盗キッドは変装の達人だ。それぐらいのことならやってみせるだろう。
しかし、アランはその質問も予想済みだったようで。
「私があなたがこの世で最も信頼出来る警報装置に守ってもらおうと思います」
「フン、そんなものどこにある?」
中森警部は辺りを見回した。もちろん見渡す限り警備している警官が大勢いるだけで変わった様子は何も見られない。
それもそのはず。アランは最初から
「それはムッシュ中森、貴方ですよ」
「は?」
「貴方自らゴールデン・アイを指にはめてこのケースの上で待ち構えるのですよ。その間指輪をはめた手を強く握っていれば盗まれる心配はない……」
「(おいおいマジかよ……)」
その作戦を聞いて快斗は思わず冷や汗をかいた。そえもそのはず、自分が狙う宝石が中森警部の指にはめられているのだ。
パッと思いついた限りでは、中森警部を眠らせて強引に指を開かせるか、中森警部ごと連れ去って後で指輪を奪うかだが……。
「当然その場合はガスマスクと発信器を内蔵させたこのネクタイピンをつけてもらいます。眠らされた隙に指輪も持っていったり、あなたの身柄ごと連れて行かれないとも限りません」
「そいつは名案だ!指輪を盗るにはワシの指をちょん切るしかないんだからな!」
当然の如く、対策をされた。
分かってはいたがこうなると手段がなくなってくる。まさか中森警部の指をちょん切るわけにはいかないだろうし。
「(おいおいどーすんだこれ……)」
早速、行き詰まってしまった。
今までここまで完璧な対策をされたことがあっただろうか。中森警部が甘かったのか今回条件が色々揃った結果たまたま完璧な警備システムになったのかは知らないが、これ以上やりにくい仕事はなかった。
「でも本当にちょん切られたらどうするの?」
青子がコンビニに行くような気軽な声で問う。
「ば、バカいえ……キッドがそんな野蛮なこと……!」
「でも彼ならやりかねないわよ。あの黒猫ならね」
と口を挟んだのは眼鏡を掛けたやり手ウーマンのような色黒外国人だった。
「な、なんだあんた!?」
「アメリカの保険会社の調査員のルビィ・ジョーンズさんです!」
答えたのは、鼻のあたりが紅く腫れていた警官だった。
「保険会社!?」
「はい。三石さんが所有する宝石の盗難保険を一手に引き受けられているそうで……それでキッドが変装の達人だと話たら……」
「顔のチェックをされたわけだな……」
「これがアメリカで育った私のやり方よ。悪く思わないでね」
そう言ったルビィ調査員はダン三石に視線を合わせる。
「私がここに来たのは毎度毎度あまりにも手際よく盗まれるので会社が疑いを持ったから……それに『ゴールデン・アイ』まで盗まれたら会社は大損害。なんとしても死守するように派遣されたってわけ!」
「だからそれは我々警察が……」
「黒猫を甘く見ると痛い目みるわよ。彼は平気で人の心を操る悪党……」
実際に、猫目石が埋め込まれた髪飾りを付けた夫人の髪をばっさり切って奪っていったという話があるほどだ。怪盗キッドはともかく黒猫なら中森警部の指ごと切る可能性もゼロではない。
「では指輪をはめる際に手袋を付けてみてはいかがですか?気休め程度にはなりますよ」
「ハハハ……」
それを聞いて、眉をひそめる人物が三人。
まだ時刻はお昼どき。黒猫と怪盗キッドが来る時間まで9時間もある。快斗は青子と中森警部と一緒に昼食にするために一度この展示室を後にした。
ダン三石
アラン・カルティエ
ルビィ・ジョーンズ
見事に三人の外国人。名探偵コナンの方でもそうですが、疑わしき人は毎回三人になっていますね。