もしかしたらのお話。
もう既に黒猫がこの中に紛れ込んでいるとしたら。
「(恐らくは……)」
「(多分あの人が黒猫だろうな……)」
快斗と木葉が推測でありながらどこか確信した様子である人物を見つめる。
そう思ったのは、今から数時間前。
怪盗キッドと黒猫が現れる時間からまだまだ猶予があるお昼休みの時の話だった。
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時刻は12時を少し回った時間になり、九時間後の決戦の時を前の一番リラックス出来る時間帯となった。
各警備員は交代でお昼を食べに行き、今日
中森警部も本来なら同行するとまでは行かなくても、外の飲食店で軽く食事を済ませていただろう。
しかし、今日は珍しく娘の青子が弁当を持ってきてくれたのでホテル内で食べることにした。
「クソッ、あの野郎人ごとだと思いやがって……本当にこんな作戦でいけるのか?」
「もー、さっきは名案だって言ってたじゃない!」
中森警部の愚痴に青子が口を挟む。ルビィが言っていた黒猫は指を切ってしてまで猫目石を奪っていく可能性があるという言葉に若干怯えているようにも見えた。今まで怪盗キッドがそういうことを一切しなかったから免疫がないのだろう。だからこそこの作戦が心配になってきたのだ。昼ご飯を食べていると突然ズリッ、という音がした。見るとスーツの腕のボタンに発信器を内蔵したネクタイピンが引っかかっていた。
「あークソッ!!」
鬱陶しそうにボタンに引っかかったネクタイピンを解き、答えが出せない問題を出された子供のようにネクタイを後ろに持って行った。
「こんな役引き受けなければ良かった」
肩に掛かるように投げられたネクタイピン付きのネクタイを見て、快斗は
「ネクタイピンをボタンに引っかけないからプラーンってなっちゃうんですよ」
「お、おお。すまんな快斗君」
快斗が中森警部の
「しっかし三石にカルティエにルビィ……みんなチャラチャラした名前だな」
「ちょっと、青子の名前もサファイヤのブルーから取ったんでしょ?」
そういえば、と青子は一度区切って。
「あのルビィって人も誕生石から名前を付けてもらったって言ってたよ!『誕生日が近いから仲良くしましょ』って!でもその話をしていた時にカルティエさんが割って入ってきて『なら君の友人の誕生日は12月かい?』なんて聞いてくるのよ」
「ホー……」
「でも快斗の誕生日は6月だし、三石さんに聞いても首を傾げていたよ。『カイト』なんていう宝石あったかなぁ?」
「フン、どうせ何かの勘違いだろ」
「……」
青子が不思議そうに話し、中森警部が興味なさそうに話を切り捨て、快斗は何か考えるような仕草をした。
中森警部が弁当を食べ終えて展示室へと戻っていった。それを見送った後、青子にトイレに行ってくると言って一度その場から離れた。
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「うーん……」
トイレの中で快斗は
「(けど、勝ちは勝ちだよな)」
そう割り切り手際良く作業を進めていく快斗。そんな時、マナーモードにしていた携帯がポケットの中で震えだした。見ると、携帯の画面は海外からだった。
「もしもし?」
『やあ、久しぶりだね。生きていたかい?』
「白馬!!?」
電話の相手は怪盗キッドの厄介な敵であり、高校生探偵でもある白馬探だった。確か今は休暇を取ってフランスにいると聞いていたが、突然どうしたというのだろうか。
『パリじゃ評判になっているよ。君と黒猫が対決するとね』
「だーかーら!俺は怪盗キッドじゃねぇって言ってるだろ!」
『フッ、まあいい。僕がこちらで入手した情報だけでも教えてあげるよ』
「(情報……?)」
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女子トイレの中で白馬と快斗の会話をイヤホン超しに聞いていた木葉はニヤッと笑った。黒猫が誰なのか、何の目的でこんな犯行をしているのか。そして、どうして今日怪盗キッドと対決することになったのかも全て。
「(そういうことね)」
イヤホンを外して木葉はトイレを出る。男性が殆どのこの空間の中で女子トイレを使うのは
警備員が等間隔でホテルの壁沿いに並んでいるのを横目で見ながら猫目石が展示されている展示室に出た。
そこには中森警部を初めとした怪盗キッドと黒猫を捕まえるために派遣された外国の方々が真剣な面持ちで展示室を再確認していた。念入りに何回も何回も。
しかし――黒猫がどういった方法で盗み出すのかは知らないが――怪盗キッドの作戦は
それに気づいている者は誰もいない。
「じゃあ
「お、そうか。気をつけて帰るんじゃぞ」
「はーい!」
そう。
「そうだ
「どういたしまして!」
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中森警部への挨拶も済ませた青子はこの場を離れるためホテルのエレベーターがある場所へと向かっていった。その時、ある警備員が自分に話しかけてきた。
「あ、君さっき一緒にいた男の子いたよね?」
「快斗のことですか?」
「そうそう。その子帰る時に小銭入れを忘れちゃったみたいでさ。届けてくれない?」
「えー!?先に帰っちゃったの!?もう信じられない!」
青子がぷくっと顔を膨らませて、機嫌が悪そうに小銭入れを受け取った。
「じゃ、
「……はあい」
白々しい会話だとは自分でも思った。
自然のようでとても不自然な会話。しかし周りで警備していた警官達はその違和感に誰も気づいていない。
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普通に考えれば分かったはずなのだ。
自分が帰るためにこの道を通ったように、あの展示室からエレベーターがある場所までは一本道で他の道は存在しない。つまりあの展示室から出ようと思えば否が応でもあの道を通らなければならないのだ。
つまり快斗が本当に帰ったのならこの道だって絶対通っているはず。
だが快斗はさっき警備員に変装して展示室へと戻っていった。つまり快斗の顔でこの道を通っていない。
「(それに気づかない警察は、まだまだ甘いね)」
エレベーターに乗り込み、一階のボタンを押す。
本来ならこれで仕事が終わりなのだが、彼女にはまだすべきことが残っていた。
チン、という音と共にエレベーターのドアが開かれる。エレベーターを降りてまっすぐホテルの入り口の方へと向かい、そのままホテルを後にした。
人目の付かないところへと避難し、マスクを破り取る。
「ごめんね青子ちゃん、顔借りちゃって」
破ったマスクを鞄の中にしまって青子の私服から自分の私服へと早き替えした。一応青子が実際に来ていた服を注文して今日来たのだが、この服は木葉があまり好んで着る服ではなかった。
もちろん青子が着ていた服と同じ格好の人物がホテル付近に現れたとなれば、近くを警戒している警官に顔バレする可能性があるのでそれを避けるためでもあったのだが……。
「(やっぱ青子ちゃんと私じゃ服のチョイスが合わないなぁ……)」
この服も嫌いではないのだが着るのには少し抵抗がある。デザインは可愛いのだが如何せん露出が多い。どうして世の女性はこんな服を好むのだろうか。
「……まあどっちでもいっか」
路地裏を出て、木葉はある場所へとゆっくり向かっていった。
少し短めですが区切りがいいのでここで終了。