バカと凶刃と召喚獣   作:赤辻康太郎

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今回から原作第6巻オカルト肝試し編になります。

今回は原作でいうところの冒頭部分なので短めです。


第六章 オカルト召喚獣肝試し編
第八十七問


第八十七問

 

「だー……くっそ……暑ぃ……」

「本っ当に……まだ7月よ?」

「去年より暑い気がするのじゃ……」

 

うだるような暑さの中、神崎秀隆、木下優子、木下秀吉の3人は、額に汗を溜めながら文月学園に続く坂道を歩いていた。

昨夜は今年初めての熱帯夜となり、朝になっても気温は下がることなく、湿度とともに猛威を奮っている。

 

「んだってこんな日に補習なんて……」

「仕方ないでしょ。アンタたちは試召戦争のせいで通常授業が遅れ気味なんだから」

「しかしのぅ……」

 

秀隆と秀吉の所属する2-Fクラスは、新学期早々にD、B、Aクラスに対し立て続けに3度の試召戦争を挑み、さらに強化合宿後の停学明けにはDクラスとの2度目の試召戦争を戦った。そのおかげで、本来ならば通常授業で修了しているはずのカリキュラムがまだ残っており、その補填のため夏休みの1週間を使って特別補習を受けなくてはならなくなった。

 

「どうせなら、宿題倍増の方がまだマシだ」

「嘘おっしゃい。どうせ同じような文句(こと)言うに決まってるわ」

「ワシとしてはどっちも勘弁してほしいのじゃ」

 

秀吉は演劇部に所属しており、夏休み中も劇の稽古がある。補講にしろ宿題にしろ、部活に支障をきたすペナルティは好ましくない。

 

「真面目に授業受けとけばこんな事にはならなかったのよ」

「真面目にしてたらFクラスじゃねぇっつうの」

 

Fクラスは多種多様な生徒が通う文月学園でも、飛び抜けて成績も素行も悪い生徒が揃っている。一部に諸事情により本来の実力を出せなかった姫路瑞希やリリアーヌ・シュトラウスキーのようなクラスメイトはいるが、勉強に対する態度は、皆ほとんど似通ったようなものだ。

ゆえに、他クラスではどんなに成績が悪くとも、教師から注意を受けようとも『Fクラスよりはマシ』という共通認識が生まれている。

 

「しかし、夏休みじゃというのに、この暑さの中毎日学校に通うのは辛いのじゃ」

「まったくだ。てかよ、優子は何で毎日学校に行ってんだよ? Aクラス(お前ら)は補習なんてないだろ」

「私は夏期講習よ」

 

夏期講習という単語に、秀隆が「うへぇ」と心底嫌そうな、面倒くさそうな顔をする。

 

「夏期講習って希望者のみだろアレだろ? お前あんなのに手を上げたのか」

「あんなのって言うんじゃないわよ。私たち来年には受験生なのよ? 今から対策しておいても遅くはないわよ」

「へいへい。流石は木下優子さん。正に優等生が服を着て歩いていらっしゃるようで」

「……アンタ、私のことバカにしてるでしょ?」

「いいや? 物好きもいるもんだなぁとは思ってる」

「なんですってっ!?」

「あ?」

「止めるのじゃ2人とも。余計に暑苦しくなるわい」

 

秀吉が制服の1番上のボタンを外し、パタパタと手を振って風を送る。この暑い中で喧嘩でもされようものなら、その熱気がこっちまで漂ってきそうだ。

 

「……そうだな」

「……そうね」

「まったく……。それに、姉上はそれだけではなかろうに(ボソッ)」

「秀吉? 何か言ったかしら?」

「何でもないのじゃ」

 

猛暑だからから、額からは滝のような冷や汗が流れ、その放射冷却で背筋が凍る思いがした。

 

「ま、私としてはアンタたちに強くなって貰わないといけないから、特別補習は願ったりね」

「嫌味かよおい」

 

優子の挑発するような台詞に、秀隆は不機嫌そうに反論するが、実際のところ、FクラスとAクラスの戦力差は子ども力士と幕内力士ぐらいの差があるので強くは言い返せない。

 

「うむ? 姉上としては、Fクラスの戦力増強はあまりよろしくないのではないのかの?」

 

Fクラスに強くなって欲しいという優子に、秀吉は違和感を覚える。新学期の試召戦争で、Fクラスの厄介さは優子も実感しているはず。あの時ですらAクラス生徒の中にはFクラスに戦慄を覚える者もいたし、清涼祭では上位クラスや上級生を打ち破り、決勝戦はFクラスコンビ同士の戦いとなった。それらを考慮すれば、Fクラスの強化はAクラスにとって脅威となるのは容易に想像できる。

 

「だって、アンタたち2学期になったらまたAクラスに試召戦争を仕掛けるんでしょ?」

「まぁ、そうじゃの」

「それが目的だからな」

 

Fクラスは新学期早々から打倒Aクラスを掲げ試召戦争を仕掛けてきた。

対Aクラス戦では奇しくも敗北し、3ヶ月間は試召戦争仕掛けらないというペナルティを負ったが、2学期になればそれも解除される。FクラスがまたAクラスに向けてい試召戦争を挑もうとするのる明白だ。

 

「少しは強くなって貰わないと、弱いものいじめしてるみたいでいやじゃない」

「相変わらず嫌味ったらしいな」

「アンタほどじゃないわよ」

 

先述の通り、いくら脅威と成り得ると言っても、FクラスとAクラスの戦力差は歴戦。真正面から戦り合おうとしようものなら、まさに赤子の手をひねるがごとく蹂躙されてしまう。

それゆえに、Fクラス代表の坂本雄二はAクラスに勝つための策を練るのだが、雄二の幼馴染で自称『雄二の嫁』である霧島翔子も雄二の策略を看過し圧倒的な力を見せつける。

最後が力勝負となった場合、Fクラスが敗北を期すのは自明のことだ。少しでも勝利を上げるため、Fクラスは戦力、つまりテストの成績を上げなければならない。皮肉にも、この特別補習はそういった意味でもFクラスにプラスに働いていた。

 

「それに、秀隆には約束を果たして貰わないといけないし……」

「約束じゃと?」

「こっちの話だ」

 

耳ざとく聞きつけた秀吉が尋ねるが、秀隆はそれには明言せずお茶を濁す。言及したところで2人が素直に話すはずもないので、秀吉もそれ以上は聞かなかった。

 

「そういやぁよ。優子って大学で何をするつもりなんだ?」

 

今度は秀隆が優子に疑問を投げかけた。

 

「どう言う意味よ?」

「そのまんまだよ。大学行って何を勉強すんのかって聞いたんだよ」

 

優子は夏期講習に参加するのは受験のためだと言った。と言うことは、優子には既に将来の目標があるということではないのか。

 

「そうね。一応理系の大学には進むつもりよ」

「ほ〜ん。お前が理系ねぇ。研究者にでもなるつもりか?」

「そんなところよ。ていうか、何で意外そうな顔をするのよ」

 

優子はAクラスなので成績は文系理系ともに申し分ないほどに高い。どちらに進んでもおかしくはない。その上で、将来的に就職に有利と言われている理系学部に進学するというのは当然の選択肢だ。

 

「いや。お前のことだから文系進んで作家にでもなるのかと思ってな」

「あらそう? そっちの方が意外だと思うけど?」

 

優子は特に文学少女というわけでもない。仮に文系に進むことにしたとして、将来作家になるというわけでもないのだが……

 

「いや、BL本を読むのに飽き足らず、自分で書くようになるだろうなって思っただけだ」

「確かに言えとるのぅ」

 

はっはっはっ、と秀隆と秀吉は2人して笑合う。

周囲には秘密にしているが、優子の愛読書はBL本。毎月お気に入りの雑誌や作家の新刊が出れば必ず購入し、イベントにも足繁く通う熱の入りようだ。最近はFクラスと交流を深めているせいか、徐々にその本性が露見しつつあるが、本人はまだこの2人以外にはバレていないつもりでいる。

 

「へぇ〜。アンタたち、私のことをそういう風に思ってたのね」

 

優子の声がワントーン低くなる。

 

「だってよぅ。事あるごとに俺や明久をくっつけて妄想してんじゃねぇか。その余りある妄想力を形にしてもおかしくねぇだろ」

「まったくじゃ。ワシもよく題材にされとるしの。そう思われるのも姉上の自業自得じゃろうて」

 

それに気づかない2人は、優子の日頃の行いのせいだと言う。

 

「そう。なら――」

 

優子が俯いたまま2人の肩をガっと掴む。

 

「「?」」

「アンタらを題材に――BLホラー小説を書くのもアリよね?」

「「ぎゃーあぁぁっ!!」」

 

貼り付けたような優子の笑顔に、少し早めの肝試しを体験するハメになった。

 

「…………おはよう……」

「…………おはようなのじゃ……」

「おはよう。秀隆、秀吉――って、何で2人ともボロボロなの?」

「それはそっくりそのままテメェに返すぞ明久」

 

2-Fクラスの教室に入った2人を出迎えたのは、Fクラスで、文月学園開校以来最強のバカとの呼び声が高い吉井明久。明久は朝からボロボロになっている2人に違和感を覚えたが、ボロボロになっているのは明久も同じだった。

 

「明久君、朝から何があったんですか?」

 

明久を心配そうに尋ねるのは瑞希だ。ふわふわとしたピンクの髪と幼さが残る顔には似つかわしくないほどに『一部』が成長しているFクラスの高嶺の花である彼女は、密かに明久の事を想っている。

 

「大丈夫だよ姫路さん。ちょっと…………絶望してるのがバレて折檻を…………」

「よく分かんないけど、アンタも大変ね」

 

明久の理由に呆れているのは数少ないFクラスの女子生徒2人目、島田美波。後ろ髪をポニーテールに結わえ、クリっとした吊り目が特徴的な彼女も、密かに明久の事を想っている。

 

「アンタのことだから、どうせお姉さんに変なこと言って怒られたんでしょ」

「う……」

 

明久を厳しい目で睨む美波。身体のある『一部』同様、おっとりとした瑞希とは正反対の勝ち気な性格な彼女は、小学生の妹を持つ姉でもあるため、こういったことには人一倍鋭い。

 

「お前も相変わらずだな」

「む。そう言う秀隆たちはどうしてボロボロなのさ」

 

呆れる秀隆に明久がムッとした表情で尋ねる。

秀隆と秀吉はフッと遠くを見るような目になると、

 

「ワシらも……ちとな……」

「ああ……ちょっと……一足先に肝試しをしただけだ……」

「?」

 

と呟くように言った。

よく分からない説明に明久や瑞希が疑問符を浮かべていると、

 

「どうせ木下姉を怒らせただけだろ」

 

と呆れきって言うのは我らがF代表の坂本雄二。野性味溢れる顔に玉のような汗を浮かべ、制服の第三ボタンまで開けてパタパタと下敷きを団扇代わりにして扇いでいる。

 

「アンタたちも懲りないわね」

「ダメですよ2人とも。優子ちゃんを困らせたら」

 

雄二の指摘に同じように呆れる美波に対し、姉のように秀隆と秀吉を諭すのはFクラス最後の女子生徒、リリアーヌ・シュトラウスキー。オーストリア出身の彼女も日本の夏は堪えるようで、しきりにタオルで首元の汗を拭っている。

 

「アンタたちも、どうせ優子に変なこと言ったんでしょ」

「別に変なことは言ってねぇよ」

「じゃぁ、何を言ったんです?」

「事実に基づいた優子の将来設計を話しただけだ」

「「「?」」」

 

秀隆の説明に余計にわけが分からなくなる。瑞希たちは秀吉にも説明を求めるよう視線を送るが、秀吉は苦笑いを浮かべてはぐらかすばかり。

 

「そんなことより、この教室暑すぎねぇか?」

 

秀隆も制服のボタンを緩めて襟で汗を拭き取る。文月学園はクラスのランクで設備が優遇される。最低ランクのFクラスは畳にちゃぶ台という現代社会の学校では中々にお目にかかることのない設備で、空調のくの字はおろか、建付けが悪くて窓すらろくに開閉できない。それにしても、室内だというのに暑さが屋外と大差ないように感じる。

 

「そりゃ、カーテンすらないからな」

 

Fクラスの窓にはカーテンがないため、灼熱の太陽光が直に教室に降り注ぐ。これではいかに屋内であろうと、室温が下がるわけがない。屋外に放置された車に乗っているのと同じだ。下敷きの扇子も、ほとんど焼け石に水だった。

 

「ったく。さっきから汗が止まんねぇよ」

「そうだね。僕もハンカチが汗でビシャビシャになっちゃったよ」

「私もです。夏は汗が溜まりやすくて」

「そうね。ウチも脇とかすぐ汗かいちゃうわ」

「私も……この時期は特に酷くて」

「……瑞希、今の間は何かしら?」

「な、何でもないですよ?」

 

美波が恨めしそうに瑞希のアセが溜まるであろうある1点を睨む。

 

「まぁ……分かっちゃいたが、流石に辛いな」

「まったくじゃ。こんな日にも補習とは、もはや拷問じゃな」

「学園からしたら懲罰の意味も多少はあるんだろうよ。いやなら勉強しなってよ」

「酷いよね。ちょっと成績が悪かっただけでこんな仕打ちなんて」

「アキは()()()()どころじゃないでしょうが」

 

皆してFクラスの境遇を嘆いていると、

 

「ん? そういや、康太の声が聞こえないが」

「そういえばそうじゃな。ムッツリーニはまだ登校しておらんのかの?」

「いや。もう来てはいるぞ」

「どこに?」

 

雄二が口で答える代わりに指をさす。その指先の示す方向には、自分のちゃぶ台にぐったりと突っ伏している康太の姿があった。伏せた顔の下には、汗が水溜りを作っている。

 

「おいおい康太。お前大丈夫かよ?」

「…………暑い……」

「生きてはおるようじゃな」

 

康太もこの暑さには耐えきれなかったのか、返事をする声に覇気がない。

 

「こりゃぁ、その内死人がでるな」

「変なこと言わないでよ……とは言い切れないね」

 

熱中症対策など毛ほども考えられていない教室だ。いつ誰が脱水症状で倒れてもおかしくない。

 

「何か、補習を潰して涼しいことができればいいんだけど……」

「そうだな……何か良い手があればいいんだが……」

 

どうにか地獄の補習から逃れられないか策を考えていると、

 

「待たせたなお前ら。補習を始めるから自分の席に着け」

 

西村教諭が教室に入ってきてしまったため中断を余儀なくされた。

これからが、本当の地獄の始まりだった。




ご感想などお待ちしております。

あと今回で地味に累計100話目になります。

1話分の長さは?

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