バカと凶刃と召喚獣   作:赤辻康太郎

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今回はオカルト召喚獣を喚び出す手前、鉄人の精神攻撃回です。


第八十八問

第八十八問

 

期末試験も終わり、得も言われぬ達成感と開放感に包まれる7月の終わり。7月も残すところあと数日となったこの時期は、灼けるような日差しが降り注ぐ季節。

海は海水浴客で溢れ、渓流ではバーベキー、森林では子どもたちが虫取りに興じ、花火とともに一夏の恋が燃え上がる。

そう。今は夏という心躍る特別な季節。だから――

 

「(雄二、秀隆。逃げよう。この魂の牢獄から)」

 

吉井明久はこの特別補習(地獄)から逃げ出したかった。

 

「(良いこと言うじゃねぇか明久。俺もこの鉄拳補習フルコースには飽き飽きしてたところだ)」

「(同感。早くどっかの木陰で涼みでもしねぇと干からびて死んじまうぞ)」

 

明久の悪友である坂本雄二と神崎秀隆も、明久の提案に即賛成した。

 

「(だいたい、夏休みに入ってるのに授業があるってのが間違いなんだ。夏休みは休むためにあるものだろ)」

「(しかもこの教室は男がほとんど。勉強どころか息をするのもキツいじゃねぇか)」

「(おまけに授業をやってるのが鉄人だもんね……。冬でも暑苦しいくらいなのに、この環境で鉄人のビジュアルは拷問に等しいよ……)」

 

雄二が野性味ある顔をしかめ、秀隆も顔を苦痛に歪ませる。

教壇に立つのは筋骨隆々の熱血教師、鉄人こと西村教諭。趣味のトライアスロンで鍛えた体力のおかげか、この地獄のような環境でもバテた様子も、汗ひとつかかずに補習授業を進めている。

 

「(よくこんな状況で姫路は真面目にノートを取れるよな……。アイツ化け物か?)」

「(流石は実力Aクラスの優等生――と言いたいところだけど、姫路さん、身体が弱いのに大丈夫かな……。最近は調子が良いみたいだけど、やっぱり心配だよ)」

「(そこは大丈夫だろ。姫路やリリアの席は柱の影で比較的涼しくて風通りも良いしな)」

「(鉄人も見てくれはあんなんだが、相手に応じた気配りをするからな)」

 

いかに体罰上等の西村教諭と言えども鬼ではない。相応の授業態度を取る生徒や、体調の悪い生徒にはきちんとした配慮を示す。

 

「(うん……。確かに人をよく見てはいるよね)」

 

ゆえに明久たち要警戒人物には、日当たり良好、風通し最悪の窓際最後尾ポジションを与えられている。

 

「(それで、どうやって抜け出そうか? 相手はあの鉄人なんだから、見つかったら最悪の事態になるよ)」

「(なんだ明久。お前は人に脱走を提案しておいて何も作戦を考えてないのか)」

「(考えてあったらすぐにに一人で実行してるよ)」

「(それ、俺たちを生け贄にする前提じゃないだろうな?)」

「(ソンナワケナイジャナイカ)」

「(あからさまなカタコトで喋るな。しかし、どうしたもんか……)」

 

3人で小声で相談しながら西村教諭の様子を窺う。明久たちは普段から西村教諭の授業から逃れようとアレコレ画策する内、相手に口が動いてるのを気取られないように話す術を身に着けている。

 

『――ここで元の高さをhとした時、位置エネルギーが全て運動エネルギーに変化されたとすると、この時の速度vは重力加速度gと高さhにのみ依存した式となり――』

 

西村教諭は教科書を読み上げながらも明久たちのほうに鋭い視線を送っている。

明久たちは事あるごとに問題を引き起こしているので 、西村教諭らから目を付けられている。下手な動きを見せたら、即座に捕まることは必至だ。

 

「(おい吉井、坂本、神崎。逃げるのか?)」

「(逃げるなら俺たちにも一枚噛ませろ。こんな地獄には付き合い切れねぇ)」

 

どうしたものかと頭を悩ませていると、近くの席のクラスメイトたちが話しかけきた。もちろん、顔は黒板の方に向けたまま、口は会話しているのが分からないくらい最小限にしか動かしていない。このクラスで西村教諭から警戒されないのは女子3人と、次点で秀吉。女子以外は全員この技術を身に着けている。

 

「(じゃぁさ、この人数なら全員で一斉に逃げる作戦ってのはどうかな?)」

「(人海戦術か。単純だが、確実な作戦だな。……よし、乗った)」

「(この人数なら鉄人も全員を捕らえることは不可能だしな)」

 

明久の作戦に、雄二と秀隆が遠目からはほとんど気づかない程度に小さく頷く。

いかに化け物じみた体力の西村教諭とは言え、クラスのほぼ全員が一斉にバラバラの方向に逃げ出せば、全員を捕まえきるのは不可能に近い。

 

「(皆もそれでいいよね? 誰が捕まっても恨みっこなしで。問題がなければ小さく頷いてくれる?)」

 

明久の確認に、女子3人と秀吉以外のクラスメイトが一斉に小さく頷いた。Fクラスの約9割以上が脱走に参加するとは、明久も提案しておいてクラスメイトの異常性に行く末が若干不安になる。

とは言うものの、人数が多くなれば捕まる確率が減るのも事実。

あとは機を窺うのみ。

 

『――つまり、物体の落下速度というものは、その物体の質量に依存しないということになる。だが、理論とは違って現実には空気抵抗というものがある。綿毛と鉄球が同等の速度で落下しないのはこの空気抵抗に依るものが大きく、式で表すと――』

 

説明も佳境に入り、西村教諭が公式を板書するために黒板に向き直る。

西村教諭が背を向けた今が好機と、明久たちが腰を浮かせたその瞬間、

 

「全員動くなっ!」

「「「―――っ!!」」」

 

西村教諭が鋭い一喝で明久たちの機先を制した。

 

「(バカな!?)」

「(読まれていただと!?)」

 

秀吉を除く男子生徒全員が畳から少し腰を浮かした状態で静止する。気取られる要素などなかったはずなだ。

 

「貴様ら……。脱走を企てるとは良い度胸だな。そんなに俺の授業は退屈か?」

 

西村教諭がゆっくりと振り返り、明久たちを睨みつける。どうやら西村教諭は気配だけで明久たちの脱走を察したようだ。その人外の域に達した感覚と嗅覚に明久たちは戦慄した。

 

「……そうか。そこまでお前らが退屈しているとは気づかなかった。これはつまらない授業をしてしまった俺の落ち度だな」

 

誰が最初に拳骨の餌食になるのかとビクビクしている中、西村教諭はそう言って目を伏せた。

あまりにも意外な行動に、明久たちだけでなく、真面目に授業を受けていた瑞希たちもキョトンとしている。

 

「詫びと言ってはなんだが、ひとつ面白い話をしてやろう」

 

西村教諭は退屈な授業をした詫びに面白い話をしてくれると言う。皆がどんな話かと興味を引かれていた。

 

「その前に……神崎、ポケットの物を出せ」

「……ちっ」

 

睨まれた秀隆が大人ポケットに入れいたものをちゃぶ台の上に取り出す。

 

「耳栓?」

 

秀隆が隠し持っていたのは耳栓だった。西村教諭は秀隆のちゃぶ台に近づき、耳栓をひったくる。

 

「これは没収しておく……覚悟しておくんだな」

 

ドスの効かせた声でそう警告すると、再び教壇に立ち一同を見渡す。

 

「では……姫路、島田、シュトラウスキー、木下は耳を塞げ」

 

今度は瑞希たちに耳を塞ぐよう指示を出す。秀隆の耳栓を没収しておいて、なぜ瑞希たちに耳を塞ぐように言うのだろうか。

瑞希たちも疑問に思いながらも指示通りに両手で耳を塞ぐ。

 

「そう。あれは、10年以上前の夏――」

 

10年以上前と言うと、明久たちがまだ小学生かそれ以下の時だ。そんな時代に、西村教諭の身にいったい何が――

 

「――俺がブラジル人留学生とレスリングをやっていた時の事だ」

『『『ギャぁあアあーっ!!!』』』

 

西村教諭が語りだしたのは――なんとレスリングの話だった。

この灼熱の地獄で西村教諭のレスリング談義は、拷問を通り越して処刑に等しい。既に耐性のない何人かの生徒は精神を崩壊させている。

 

「相手は身長195cm、体重120kgの巨漢、ジョルジューニ・グラシェーロ。腕の太さが女性のウェストくらいはありそうな男だった。だが、俺とて負けはしない。身長188cm、体重97kgの鍛えに鍛えた肉体でヤツと真正面からぶつかり合い――」

『やめろっ! やめてくれぇーっ!』

『脳がっ! 脳が痛ぇよっ!!』

『ママァーッ!!』

 

生徒たちが絶叫する中、西村教諭は試合内容はおろか、自他の容姿まで詳細にに語っていく。グラシェーロと西村教諭の肉体を想像してしまったクラスメイトたちが泡を吹いて卒倒する。

 

「――しかし、ヤツはレスリングと柔道を勘違いしていた。腕ひじきをかけてきたんだ。だがこの俺の自慢の上腕二頭筋に勝てるわけもない。汗に塗れ、血管を浮かび上がらせながらも俺は腕を伸ばし切ることなく抵抗し続けた。すると向こうはすかさず俺の頭上に回り、その分厚い大胸筋で俺の顔を圧迫しつつ上四方固めを――」

『ぐぁああああっ! い、嫌だっ! 目を閉じたくない! 最悪のビジュアルが瞼の裏に張り付いて離れない!』

『起きねぇ! 福村が起きねぇよ! おい、しっかりしろよ!』

『空気をっ! 新鮮で涼しいくれっ!!』

『殺せ! いっそ人思いに殺してくれー!!』

 

生徒たちが絶叫し、苦悶し、のたうち回る姿は正に阿鼻叫喚。クラス中から呻き声とともに上がる慈悲を求める声を西村教諭は平然と無視し、試合の回想を続ける。

明久も精神を保つために、どうにかこうにかして瑞希たちを見続ける。

瑞希とリリアは何が起きているのか分からずキョトンとしており、美波は呆れた表情で明久たちを見ていた。

その中で唯一、秀吉だけが何かを察し、同情するような視線を明久や秀隆に向けている。

 

「――そして、制限時間いっぱいまで使った俺たちの寝技の攻防は続き――ん? 何だお前ら。もうダウンか?」

 

西村教諭が今生徒たちの様子に気付いたかのように言う。男子生徒のほぼ全員が、耐え切れずにちゃぶ台に突っ伏して気を失っていた。

 

「やれやれ、仕方ないな。10分だけ休憩を入れるとしよう。脱走なんてくだらないことを考えた自分を反省するように」

 

西村教諭はジェスチャーで瑞希たちに手を話すように伝えると、自分は教員用の椅子に座った。休憩時間は取っても、明久たちの脱走を警戒して教室からはでないつもりのようだ。もっとも、10分そこらで脱走できるほど回復するかも疑問だが。このままだとトイレに行くのにすら許可が要りそうだ。

そんな死屍累々の中、数少ない生存者たちが明久の席に集まる。

 

「あの、明久。何があったんですか? 皆さんとても苦しそうなんですけど……」

「西村先生の面白いお話って何だったんですか?」

 

瑞希がちゃぶ台に突っ伏しているクラスメイトたちを心配そうに見やる。リリアはリリアで西村教諭の話に興味津々だった。

 

「えーっと、内容は詳しくは話せない(話したくない)んだけど……。なんていうか、言葉の体罰というか、精神攻撃を受けたというか……」

 

説明しようとすると、嫌でも例の話を思い返さないといけないので明久も言明は避けた。

 

「そういえば。秀隆は耳栓を持ってたみたいだけど、何で鉄人が精神攻撃(レスリングの話)してくるって分かったの?」

「あん? んなもん鉄人が言葉通りに面白い話をするわけねぇだからだよ」

「それにしては準備が良すぎませんか?」

「昼寝用に持ってたんだよ」

「神崎君。授業中に居眠りすることをお昼寝と言うのはどうかと……」

 

堂々と授業中に寝ると宣言した秀隆に、瑞希たちも苦笑を隠せない。

 

「まったく、アンタたちも懲りないわね。 脱走なんて考えたから、先生だって怒って当然じゃない。神崎なんて耳栓まで用意して」

 

2人の横では美波がため息でも吐きそうな表情で明久を見る。

 

「そうは言うがな、島田。俺たちの席は脱走を考えても仕方がないくらいだぞ。全身から水分が全てなくなっちまいそうなくらいだ」

 

雄二の言う通り、明久たちの席は日当たり良好を通り越して過剰ともいえる。学校によくある白のカーテンでどれだけマシになるかは分からないが、少なくともないよりは遥かにいい。改めてカーテンの重要性が分かる状況だ。

 

「そうなの? ウチの席はそこまで暑くないからよく分からないけど」

「私も風が入ってきてくれるので結構大丈夫です」

「私も柱の影があるので思ったより暑くはなかったですね」

「俺たちの席は日当たり最高で風通し最低のワーストポジションだからな。本当に酷いもんだ」

「どのくらい酷いの?」

「明久の成績くらいだな」

「人間が耐えられるレベルじゃないわね」

 

秀隆の例えとそれに納得する美波に明久が「失礼な!」と抗議する。

 

「でも、確かにこの席は雄二と秀隆の性格の悪さを足して2でかけたくらいには酷いもんだよ。さっきペンのアルミの部分に触ったら軽く火傷しちゃったしね」

 

猛暑の日には車のボンネットって目玉焼きが焼けるなどのジョークがあるが、明久の席は正にそんな環境だ。

 

「火傷したの? どれどれ?」

「あ、いや。そこまで大したものじゃないんだけど」

 

自然な流れで美波が明久の手を取る。明久の言う通り、火傷と言っても触った部分が少し赤く変色したくらいで実際大したことはない。それでも心配なのか、美波は明久の手をグニグニと入念に触る。

停学明けのDクラス戦以降、美波はこうして明久に優しく接することが増え、明久も攻撃的な時とのギャップの激しさに戸惑ってしまう。

 

「何だ、島田。お前明久にやけに優しいじゃねぇか」

「そうです。美波ちゃんは明久君に近すぎますっ」

 

秀隆はそんな2人を茶化し、瑞希は頬を膨らませて少し怒ったふうに言った。

 

「べ、別にアキに優しいってわけじゃ……! ただ、怪我をしてたらウチが殴る時に手加減しなくちゃいけないからってだけで……!」

「いや、怪我してるなら殴らないで欲しいんだけど……」

 

何もなくても殴られるのに、怪我をしてまで殴られるのは勘弁してもらいたい。

 

「それに、僕も美波は優しいと思うよ」

「ふぇっ!? あ、アキまで何を言い出すのよ!」

「面倒見がいいし、細かいところにも気がつくし、妹思いだし。それに、動物にも愛情を注げられるし――異性として」

 

いい感じに美波を褒めていたのに、最後にボソッと爆弾を投下した。

 

「アンタまだそれ誤解していたの!?」

 

明久は以前美波の部屋にオランウータンの写真が飾ってあるのを偶然見かけて、美波は類人猿に恋をしていると勘違いしていた。一度信じたら疑わない明久の性格も相まって、その誤解は一向に解けていない。

 

「聞きなさいアキ! ウチはオランウータンになんか全然興味はなくて、本当にウチが好きなのは――」

「「「好きなのは?」」」

 

好きな人という高校生活においてトップレベルの話題に、倒れている生徒含め複数の視線が美波に集まる。

 

「…………チンパンジーなのよ」

 

美波の想い人がオランウータンからチンパンジーにアップグレード(?)された。

 

「そ、そうだったんだ……。それは、その……誤解してて、ごめんね……」

 

明久は美波の突然の告白に驚きこそすれ、当然のようにそのこと自体を疑うことはなかった。

「う……。そ、そよう……。ウチは別にオランウータンが好きってわけじゃないんだから……」

 

美波は弱々しく呟きながら明久に背を向け、体育座りをして一言。

 

「ウチ、もうお嫁にいけない……」

「島田といい姫路といい。なんでこの手の話になると言動が明久並みになるんだよ」

「「うぐぅ……っ」」

 

ガックリと項垂れる美波の背中に秀隆が追い討ちをかける。

 

「そう言ってやるな。島田も苦労してるんだ」

「坂本……。ウチのことを可哀想と思うなら、アキの誤解を解いておいて……」

「無理だな」

「自分で解け」

 

果たして解ける日は来るのだろうか。

 

「じゃがまぁ、確かにこの席は暑いのう。お主らが脱走を企てるのも無理はないかもしれん」

 

秀吉の言葉にどれどれ、と瑞希たちも明久のちゃぶ台に手を置いてみる。

 

「わっ。本当ですね」

「サウナみたいです!」

「これは……想像以上ね」

「ね、酷いでしょ?」

 

明久たちの苦行を知った瑞希たちも頷く。

 

「そんなわけで、俺たちがこの灼熱地獄から逃れるためには脱走しかなかったってわけだ」

「そういえば、秀吉は大人しくしてたよね。脱走の話は聞こえてなかったの?」

「いや、聞こえてはおったが……ワシの席はお主らよりいくぶんか涼しいからのぅ。微睡んでおったら誘いに乗り遅れたのじゃ」

 

いくら涼しいとはいえ、西村教諭の前で居眠りができるとは、秀吉も見かけによらず剛胆である。

 

「そんな秀隆じゃないんだかろ」

「よせよ。褒めても何もでねぇぞ」

「たぶん褒めてはないと思いますけど……」

 

授業中の居眠りなど褒められたものではない。

 

「ワシが脱走に乗らんかったのはマズかったかの?」

「いや、マズくはないよ。ただ、いつも一緒につるんでバカしてる仲間としては、いないと寂しいなって思って」

 

こういったバカげたことに瑞希たちは誘いにくい。その点秀吉は1年生の頃からのバカ仲間なので気兼ねなく悪巧みに誘える。

 

「そうじゃったか……」

「? 秀吉、何だか嬉しそうだね?」

「うむ。最近のお主はワシのことを女だと思っておるようじゃったからの。バカ仲間とは言え、きちんと仲間と思ってくれて正直嬉しいぞい」

 

秀吉は外見が姉の優子に似ていることをコンプレックスにしている。明久が自分をちゃんと同性と見てくれていて嬉しくなっていた。

 

「秀吉もおかしなこと気にしているね」

「いや、最近のワシの扱いを鑑みれば決しておかしくないと思うのじゃが……」

「気にしすぎなんだよ」

「そうだよ。確かに秀吉は可愛いと思うけどさ、それだけでこうやって一緒にいるわけじゃないからね。一緒に勉強したり、遊んだりして、秀吉の中身の良いところを一杯知ってるから、こうして一緒にいるんだよ」

「…………っ!!」

 

明久の台詞に秀吉は怯んだように腕で口元を隠す。

 

「ん? どうしたの秀吉?」

「こっちを見るでない!」

 

秀吉はそう叫ぶと明久に背中を向けた。

その頬が少し朱に染まっているのを明久以外は見逃さなかった。

 

「瑞希……。木下ってズルいわよね……。女子扱いするなって言うクセに、こう言う時だけあんな風に浮ついた台詞言って貰えるんだもの……」

「ですよね……。私、頑張ってるのが虚しくなっちゃいます……」

「瑞希はまだいい方よ。ウチなんて、頑張った結果がチンパンジー好きの女子高生なんだから……」

「お前らがヘタれた結果だろうが」

 

瑞希と美波が嫉妬のこもった眼で秀吉と明久を睨み、その様子に秀隆は呆れていた。

 

「んむ……? ところで明久よ。ワシを女だと思っておることが否定されなかった気がするのじゃが?」

「あはは。秀吉もおかしなこと気にしているね。別にそんなこと口にしなくても」

「何故に明言を避けるのじゃ!? ええい! お主はワシを異性と思っているのか、はっきりと『はい』か『いいえ』で答えるのじゃ!」

「はエス」

「むぅ……。2つが混ざってどちらか分からんような返事――ではないぞい!? さてはお主、『はい』と『イエス』を混ぜおったな!?」

 

明久にして巧妙な手口である。

 

「お主やはりワシを女と思っておるじゃろ!」

「ところで雄二。ムッツリーニがかなり危険な状態なように見えるんだけど」

「答えるまでもないと言わんばかりにスルーされておる!?」

 

明久にとって秀吉の性別は『秀吉』なのだ。

一方康太はというと、ちゃぶ台に突っ伏したままピクリとも動きを見せない。

 

「ムッツリーニは想像力が凄まじいからな。さっきの怖ろしい話を聞いただけで、鉄人とブラジル人の暑苦しいレスリングが脳内で鮮明な映像になって流れたんだろう」

「……それはひとたまりもないないね」

 

明久ですら瑞希たちがいなかったらどうなっていたことか。康太の想像力を考えれば、この結果も妥当なものということか。

 

「……にしても暑ぃな。さっきから汗が止まんねぇよ」

「そうだよね……。こんな環境だと勉強なんて全然出てこないよね……」

 

畳やちゃぶ台は熱を吸いやすく暑苦しさを倍増させている。いくら夏は暑いのが当然といっても限界がある。

 

「なによアキ。アンタ、期末テストの時は随分とやる気があったみたいなのに、もう普段通りに戻っちゃったの?」

「あの時は姉さんを撃退するためだったから例外だよ。元々勉強はあまり好きじゃないし」

「その期末テストも一番気合いの入れた世界史でコケたせいで失敗に終わったけどな」

 

その結果、明久の姉の吉井玲は家に居座り続ける権利を得た。今は引っ越しの準備のため再び向こうに戻っているが、すぐにまた帰ってくるそうだ。

 

「はぁ……。今のうちに夏休みを満喫したかったのに、補習だなんて……」

「普段から勉強してないからそうなるんでしょ」

 

同じ姉だからか、美波からも玲のような台詞を言われてしまう。その通りだから反論できないのが悔しいところ。

 

「それに、この前の試験はもう一つ目的があったからな」

 

明久と同じく勉強をする気に翳りを見せている雄二がそう言った。

 

「もう一つの目的って、試験召喚獣の装備のリセットというお話ですか?」

「ああ。俺と明久はFクラスといえど装備が貧弱すぎるからな。ここらでせめてまともな鎧や剣を握りたいもんだが」

「明久はその大事な試験で名前の記入ミスをやらかしたからな。どうせまた学ランと木刀だろ」

「うぅ……。せめて金属製の武器が欲しいよ……」

 

他のクラスメイトの装備は大半がボロい鎧と剣な中、明久と雄二の装備は学ランに木刀とメリケンサックというその辺の不良スタイル。明久と同じ観察処分者の秀隆でさえ変形式の2丁銃剣なのだから、かなり扱いが酷い。せめて木刀から日本刀とまではいかなくても、金属バットか鉄パイプくらいには強化していてほしい。

 

「まぁ、あの結果では明久の装備は変わらんじゃろうが、雄二はかなり強化されておるのではないのかの? お主は去年の振り分け試験からかなり点数が向上しておるようじゃし」

「ん? そういやそうだな。周りの連中の点数ばかり気にしてあまり自分の点数や装備を気にしてなかったな」

 

雄二は代表として指揮を執る立場なので、自身よりも周りが強化される方が勝負しやくすなる。雄二が戦闘に参加するのは、それ程までに追い詰められたか、よっぽどの理由がある時くらいだ。

 

「ワシも結構出来が良ったからの。もしかしたら良い装備になっておるかもしれん」

「ウチも振り分け試験よりは問題が読めたから、ちょっと強くなってるかも」

 

秀吉と美波も期末試験の結果には自信があるようで、装備の強化に期待していた。

 

「すみません。私はあまり変わっていなかったみたいで……」

「私も少ししか伸びてませんでした」

「右に同じく思ったより上がってなかった。もう少しやれたと思ったんだけどなぁ」

 

反対に瑞希、リリア、秀隆の3人はあまり伸びが良くなかったらしく申し訳なさそうにしている。

 

「いやいや、3人の成績でこれ以上伸びたら凄すぎるよ」

「姫路や秀隆が強化されたはもはやチートじゃしな」

 

瑞希は点数、秀隆は召喚獣の操作性で抜きん出ており、2人とも特定の科目では強力な腕輪能力も有している。これで装備まで強化されたら、並の生徒どころか上位クラスでさえ刃が立たないだろう。

 

「あ。でしたら、一度召喚獣を喚び出してみませんか?」

「そうだな。皆がどんな装備になってるか気になるしな」

「戦力の把握は試召戦争に必要不可欠だしな。幸いにも鉄人もいることだし、召喚許可貰って確認しようぜ」

 

リリアの提案に皆が賛同する。振れ幅はあれど、皆成績は上がっているのだから、何らかの変更はあるはず。期待するなと言う方が無理がある。

 

「そうだね。すいませーん、西村せんせーい」

 

黒板近くに置いてあるパイプに座っている西村教諭に明久が呼びかける。

明久たちはまだ知らない。この判断が、また2年生全体を巻き込む大騒動になるということを。




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