第九十四問
翌日。新校舎3階を覗いた明久たちは、その変わりように驚いていた。
「うわぁ……。なんか、凄いことになったね……」
「そうじゃな……。ここまでやるとなれば、学祭側もかなり の投資が必要じゃったろうに……」
「ここまでやる金があるならもう少し旧校舎の設備をどうにかして欲しいよな……」
流石に本家のお化け屋敷並とまではいかないものの、薄暗い雰囲気といい、学園祭の模擬店と比べるとクオリティはかなり高い。下手をすれば商業施設でイベントを開けるレベルだ。明久たちも、3年生がここまで凝ったものを作るとは思ってもみなかった。
「こりゃ3年側も結構本気だな。連中も講習最終日くらいはハメを外したかったってところか?」
「そうみたいね」
流石の雄二も、援助した学園側や設営を仕切った3年生がここまでやってくるとは思わなかったようで、素直に感嘆の声を上げた。
「こ、ここまで頑張ってくれなくても良かったんですけど……」
「そ、そうよね。頑張り過ぎよね」
「ま、まったくだな……」
雰囲気満点な造りになっている装飾を見て、瑞希と美波、それにトレイズが顔に縦線を入れ、笑顔を引き攣らせている。この手の演出が苦手な人にとっては、中に入るまでもないのだろう。
「雄二。僕らは旧校舎に集合だったよね?」
「ああ。3年は新校舎3階、俺たちは旧校舎3階でそれぞれ準備。開始時刻になったら一組目のメンバーから順次新校舎に入っていくって寸法だ」
「待ち遠しいですね!」
新校舎と旧校舎を繋ぐ渡り廊下には防火シャッターが下ろされていて、雰囲気は伝わってくるものの中の様子は窺えない。新校舎では常夏コンビを始めとした3年生たちが舌なめずりしながら2年生を脅かそうと準備をしているに違いない。対するこちらも、リリアを始めとした幾人かの2年生が今か今かと眼を輝かせている。
「…………カメラも準備できている」
と、康太が大きな鞄を掲げてみせる。鞄の中には数台のカメラが入っていて、明久たち2年生はそのカメラを持ってお化け屋敷を攻略していく。不正チェックに通過の証拠、それと宣伝映像の撮影などカメラを使用する場面は多い。
「俺たちはカメラとモニターの準備。それと組み合わせ決めだな」
「ああそっか。組み合わせはまだ決めてなかったよね」
肝試しのルールでは二人一組での通過が必須。これは秀隆や優子のように、この手のアトラクションを怖がらない人がいても肝試しが盛り上がるようにという配慮からきているらしい。結果的にPVを撮ることにもなったのでこの判断は正しかったようだ。
「そう言えば、チェックポイントの追加ってどうなったの?」
「詳しくは分からん。一応昨日あの大友とかいうセンパイの言った通り、Aクラスに一つ追加。追加科目は英語で決まったが、どの科目をどのクラスに配置するかは向こうが決めるからな」
チェックポイントは最初は四箇所の予定だったが、3-Aの大友の提案で五箇所に変更。科目も英語に決まった。既に決まっていた現国と化学を除き、残り二科目をそれぞれ一つずく選ぶことになっている。それも昨日の放課後時刻には決定し、3年生が教師を手配した。
「それとルールに一つ追加がある」
秀隆が補足するように説明する。
「ルールの追加? また何か要望があったの?」
「んにゃ。抜け穴防止だ。『チェックポイント通過のための勝負の間は声量の制限をなくす』ってルールを追加した」
「声量の制限って、悲鳴が一定ライン越えたらアウトってやつだよね?」
「何故それを戦闘中に限り無効にする必要があったのじゃ?」
「戦闘中にまで驚かされて、悲鳴を上げてアウトになったらグダるだろ」
「ああ。たしかに」
戦闘中に直接手出しはできないが、フィールドの『外』で相手を驚かすこと自体は演出のひとつなので禁止されていない。常夏コンビにその抜け穴を利用される可能性は十分にある。特に瑞希や美波のような怖がりは戦闘中だろうと退場させらる危険性が高い。そうならないように先に潰しておいたのだという。
「けど、よく3年生が認めたね」
「ほとんど大友センパイの独断即決だけどな」
「常夏コンビと違って、あの先輩はその手の作戦は嫌いそうじゃしな」
昨日もそうだったが、ひと睨みで3年生を黙らせるのは流石の『圧』だった。
「ふ〜ん」
皆が納得する中、優子だけが秀隆に疑いの目を向ける。
「んだよ? 間違ってないだろ」
「ええそうね。それだけならね――本音は?」
「戦闘中に技名叫んで失格とか洒落になんねえ」
「やっぱり……」
優子が呆れてため息を吐く。結果的に向こうの盤外戦術を封じただたけで、本音は自分が楽しみたいだけなのだ。
「秀隆ってそういうとこあるよね」
「……うっせ」
「秀隆の厨二病はどうでもいいだろ」
「厨二病言うな!」
「それより組み合わせだが……ま、折角だから極力男女のペアになるようにするか。その方が盛り上がるし、映像も映えるだろ」
「え? 雄二、いいの?」
3年生との勝負となった今、勝負に拘る雄二が勝率の下がりそうな男女ペアを提案するのは意外だった。
「別に良いだろ。俺は鉄人の地獄の補習フルコースをサボりたかっただけだからな。肝試しの準備も3年がやってくれたんだ。体育祭の準備や片付けくらいは大した問題じゃないだろ」
「じゃが雄二と明久は常夏コンビと個人的な勝負の約束をしておるではないか」
「あんなもんあの場でアイツらを焚き付けるための方便だ。面倒な設営作業を押し付けることに成功した今となっては、そんな約束を律儀に守る必要もない」
「酷いわねぇ」
「流石は雄二って感じだね」
「ほっとけ。それにアイツらが恨んでいるのは秀隆だからな。勝負はコイツに押し付ければいい」
「面倒事を押し付けんじゃねぇよ」
やはり雄二の目的は補習を潰すことだった。それが達成された今、肝試しにも勝敗にも拘る必要はない。適当にやり過ごすことに決めたようだ。
「ふ〜ん。なるほどね〜。だから男女ペアってことにしたのか〜」
雄二のもっともらしい説明に、明久は納得したかのように頷いてみせる。
「で、本音は?」
「翔子に強制的にペアを組めと脅された腹いせに、全員巻き込んでやろうと思った」
「うん。だいたい予想通りだ」
でもないと雄二自ら男女ペアにするなんて言うはずもない。
「ま、良いんじゃない? 肝試しって男女ペアが定番だし」
「そうだね。僕も雄二や秀隆みたいなムサい男よりも、女の子と一緒の方が嬉しいし」
「その言葉、そっくりそのままお返しするぞ」
「……雄二、浮気は許さない」
「し、翔子!? 今のは違うぞ! アレは売り言葉に買い言葉であって――アダダダっ! ず、頭蓋骨が砕けるっ!?」
翔子からお仕置きを受ける雄二を放っておいて、明久は誰とペアを組むか悩んだ。
女子と組みたいと言ったが、他のクラスの女子生徒とは殆ど交流がないので候補に上がるのはFクラスの女子生徒。その中のリリアはトレイズと組むだろうから除外して、残るは瑞希、美波、秀吉だ。
思い切って高嶺の花である瑞希を誘うのは十分アリだとは思う。しかし、明久は自分が雄二や秀隆と違って少し頼りないと感じてしまう。お化けが苦手で既にここまで怖がっている瑞希を誘うのは、逆に酷なのではないだろうか。
では美波はどうだろう。美波も瑞希と同じくらい怖がりだが、美波なら自分の頼りなさを悲観する必要はあまりないような気がする。それに、明久自身が美波といると一種の気楽さを感じる。身体的接触の意味も含めて。ただし、問題は――
『殺します……。お姉さまとペアを組む豚野郎は誰であれ殺します……!』
もれなく
となると、残るは秀吉なのだが――
「なんじゃ明久。ワシの顔に何かついとるのかの?」
演目に怪談でも多いのか、秀吉は怯えた様子もない。それはそれで残念な気もするが、何より秀吉と密着できるチャンスだ。ここはやはり秀吉に頼ろうか。
『須川会長。木下にペアを申し出ようとする異端者を発見しました』
『連れて行け』
『は。調理方法はいかほどに?』
『生爪フルコースだ』
『かしこまりました』
爪がなくなると生活が不便極まりない。下手をすればそのまま姉からの全介護という地獄を味わいそうだ。
明久は「仕方ないな」と頭を振ると、ある人に近づく。
「あのさ、ムッツリーニ」
「…………?」
「肝試しだけど、僕と一緒に行かない?」
「…………っ!?(ブンブンブン)」
明久が康太に呼びかけると、康太は凄い勢いで後ろに飛び退って全力で拒否を表明した。
「あ、明久!? どうしてこの中からよりにもよって土屋君を選ぶんですか!?」
「そうよアキっ! 木下はともかく、アンタついに土屋にまで興味を持ち出したの!?」
「吉井君と土屋君、ね……」
「優子。ややこしくなるから少し黙ってろ」
「え? だって、雄二や秀隆をさそったら霧島さんや木下さんに悪いじゃないか」
「待て明久。この面子でお前の選択肢は俺と秀隆とムッツリーニしかないのか!?」
「…………明久……。気持ちだけでも十分迷惑……」
「相変わらずお主の考えていることは全く読めん……」
「読めるわけねぇだろこんなん……」
明久からしたら、相手に色々気を使ったり自分の生命の安全を第一に考えた選択だったのだが、裏目に出るどころのレベルではない反応を返された。
「お姉さまっ! 肝試しのペアなら美春が立候補します!」
明久が康太を誘ったことに安堵したのか、構えていた沢山の文房具を物陰に隠してから清水が美波に飛びついてきた。
もし明久が美波を誘っていたら、あの銀色に煌めく文房具たちが明久の身体に突き刺さり現代アートを造り出していただろう。
「み、美春!? 待ちなさい! さっき坂本が言っていたでしょう!? 男女のペアだって。ウチとアンタじゃダメなのよ!」
「大丈夫です! お姉さまのこの長閑な湖の水面を思わせるお胸があれば、性別の壁なんてあってなきが如しです!」
「美春。それ以上言ったら本気で怒るから」
明久がその台詞を言っていたら肋骨の2、3本は覚悟しなければならかっただろう。怒るで済む清水を明久は少しだけ羨ましく思った。
「こら! 離れなさい美春――ってどこ触ってんのよ!?」
「美春はお姉さまが美春と組むまで離れません!」
「……仕方ないなわね。『組め』ばいいのね?」
「「「!!!」」」
テコでも動かない態度を示す清水に、美波が観念したかのようにため息を吐く。美波のまさかの返答に、明久たちは大いに驚いた。
「そ、それじゃぁ……っ!」
「美春。このままだと組みにくいから離れなさい」
「はい!」
美波と組めると知った清水が嬉しそうに一度美波から離れる。
「ほら美春。腕を出しなさい」
「はい!」
清水が差し出した腕に、美波は自分の腕を絡ませ、
「はい終わり」
すぐに離した。
「…………へ?」
「『腕を』組んで上げたわよ」
「ずるいです!」
まさかの裏切りに清水も、見ていた明久たちも驚きを隠せない。
「美春とペアを組んでくれるのではないのですかっ!」
「ウチはアンタと組む気なんてないの! それに――」
美波は唖然として棒立ちだった明久の腕を組む。明久も突然のことで判断が遅れた。
「え?」
「実は、ウチはアキと組むことになってるの。悪いわね美春。またの機会にしてもらえる?」
「「……え?」」
さらに呆気にとられる明久と清水。もっとも、その『またの機会』がいつ訪れるかも不明である。
明久と美波は一見ただ腕を組んでいるだけのようだが、見えない所で明久の肘関節は締め上げられているので、明久は断って片腕を失ったオブジェになるか、受け入れて文房具の刺さった現代アートになるかの二択を迫られている。
「ですがお姉さま! そんな豚野郎と一緒ではお姉さまの操が!」
「それはアンタと一緒の方が危険よ」
「ですがっ!」
「それに美春。アンタはウチが約束を破るのが大嫌いだってこと、知っているでしょう? それなのに、まだそんなことを言うのかしら?」
美波がそう言うと、清水は悔しそうに唇を噛み締めた。美波かま約束を破るのも破られるのも大嫌いなのは事実だが、問題は今はその『約束』が捏造されたものであることなのだが、ショックを受けた清水がそれに気づくことはなかった。
「……分かりました、お姉さま。そういうことなら、この場は引きます」
「うん。分かってくれて嬉しいわ、美春」
「ですが、万一そこの豚野郎が『不慮の事故』などで参加できなくなったら、その時は美春と」
「ごめんね美春。その時はウチお腹が痛くなってる予定なの」
「お姉さまは冷たいですーっ!」
美波に笑顔で言われて、清水は涙を流しながら走り去った。腹痛になる予定があるのなら肝試しも休めたのではという疑問は野暮だろうか。
「島田のヤツ。案外やりやがるな」
「どっかの誰かさんの悪影響ね」
「おい雄二。言われてるぞ」
「どう考えてもお前だろうが」
「そ、そういうワケだから、アキ。よろしくね?」
美波が改めて明久をペアに誘う。よろしくも何も、腕を人質に取られて明久に拒否権などない。
「でも美波、僕が相手でいいの?」
「そ、そんなに遠慮しなくても、ウチにはアキで十分よ。ちょっと頼りないけど、ウチはあんな作り物なんて全然怖くないし。それにアンタだって最初に土屋を誘うくらいだから、どうせ他にパートナーのアテなんて――」
「本当にいいの美波? 僕、人間だよ?」
「……その誤解。絶対に今日中に解いてみせるんだから」
むしろ肝試しよりもそちらがメインだと言っていいまである。
『吉井明久……! お姉さまとあんなに近づいて腕まで組んで……! 殺します! すぐ殺します! 今殺します! 死んでも殺します! コロコロコロコロ……!』
どこからともなく地獄からのメッセージが明久の耳に届く。明久は朝日が拝めるか不安にかられた。
『待つんだ清水さん。まずは様子をみよう』
『――あなたは……Aクラスの久保利光君、でしたね。美春に何か用ですか?』
『僕と手を組もう清水さん。おそらく、僕らの利害は一致しているはずだよ』
『……美春にとっても、悪い話ではないようですね』
突如襲ってきた悪寒に明久は身震いした。
「み、美波ちゃんずるいですっ! わ、私だって明久君と」
ドサクサに紛れて明久とペアを組むことを決めた美波に、瑞希が抗議の声を上げる。
「う……ごめんね、瑞希……。でも、アキといっしょにチェックポイントであの召喚獣をアキの前に曝さないといけないわよ?」
「はぅ……っ! そ、それは……。けど、美波ちゃんももし変身したら……!」
「瑞希。ウチの召喚獣は変身しなければ見た目以外は普通の召喚獣なの。だから……平気……よ?」
瑞希は凄く困ったような顔をしながら反論を試みたが、あっさりと跳ね返されてしまう。美波は美波で自傷ダメージを受けていたが。
「そう言えば、美波の召喚獣ってなんで変身するんたろ?」
明久が少し今更な疑問を聞いた。
「どういうこと?」
「だって美波の召喚獣がぬりかべなら、そのまま絶ぺ――」
「アキ。言葉に気おつけなさい」
「吉井君。それ以上は命の保証はできないわ」
「イエス、マム。何でもないであります!」
美波と優子の圧に明久はあっさりと屈した。
「何でって、それがぬりかべって妖怪だからな」
「え? ぬりかべって変身するの?」
明久たちのイメージでは、ぬりかべは一枚の石壁の妖怪だ。
「漫画の影響で石壁の姿のイメージが強いが、伝承にあるぬりかべの姿はでっかい獅子とか犬みたいな姿なんだ。夜道を歩く人の前に突然『見えない壁』となって現れて移動の邪魔をするのが本来のぬりかべだ」
「へぇ。それは知らなかったよ」
「なるほどのぅ。その伝承とワシらのよく知るぬりかべのイメージが合わさったのが島田の召喚獣、というわけじゃな」
とある漫画のキャラクターが印象深いが、ぬりかべは書物などでは3つの目を持つ犬だったり狸のような姿で描かれていたりする。伝承も地域によって様々だが、基本的には見えない壁になるのは変わらないらしい。
「つまり、見えない壁を作る。本心を素直に表に出せないってもの島田の特徴だな」
「なっ!?」
「『素直になれない』。中々乙女な本質ね」
明久が以外の面々が、美波と明久を交互に見やる。
「ち、違うわよ! べ、別にそんなんじゃ……」
「ああ。確かに美波の好みがチンパンジーだなんて誰にも言えないもんね」
「アンタはいい加減その認識を改めなさい!」
事情を知らない優子や翔子はキョトンとしている。
「あっ。美波ちゃんの召喚獣の本質がそういう側面もあるのなら、私の召喚獣にも」
「どうだろうな。サキュバス、夢魔は精神世界では最強だが、現実世界だと弱いって印象もあるしなぁ」
「それは、つまり……」
「ヘタレ」
「せめて奥手って言いなさいよ」
「うわぁーんっ! あんまりですーっ!」
総合すると、瑞希の本質はヘタレでムッツリという大変不名誉なものになったしまう。
「ま、夢魔に襲われたヤツは幸せな夢を見せるらしいし。それでもいいんじゃないか?」
「良くないです! それだと夢の中でしかお付き合いできないじゃないですかっ」
「え? 姫路さん好きな人がいるの?」
明久は瑞希が誰かにラブレターを書いていたことを思い出した。
「えっ!? あ、えっと……」
「そこでヘタるからだろ」
「今回の召喚獣は、地味に召喚者の嫌な面を引き出してくるのぅ」
妖怪だからか、召喚獣は召喚者の負の面に引っ張られるようだ。
「そうなると。秀隆の悪魔はやはり適任だったと言えるな」
「黙れ狼男。『野性』と『男は狼』を体現したようなヤツに言われたくねぇよ」
「2人ともそのくらいにしときなさい」
放って置くと、開始時刻になっても殴り合いを続けそうだ。
「それよりも……。秀隆。アンタ大友先輩に何したのよ?」
「あん? どういう意味だよ?」
「言葉通りよ。大友先輩、明らかにアンタに闘争心むき出しだったじゃない」
優子は昨日大友が秀隆に視線を送っていたことに気づいていた。
「別に何にもしてねぇって。てか昨日が初対面だぞ? 何をするもなにも、そもそもの関わりがねぇよ」
「どうだか。アンタのことだから、中学の時に喧嘩でもふっかけたんじゃない?」
「あんなゴツいやつと
「俺も知らないな。少なくとも、中学の時に絡んだことはなかったはずだ」
雄二と秀隆は中学時代に『悪鬼羅刹』、『月華凶刃』として名の知れた不良だった。喧嘩も日常茶飯事だったが、少なくとも大友と喧嘩をした記憶はない。
「ま、秀隆のことだからな。知らない内に因縁つけられててもおかしくはないな」
「それはテメェもだろうが」
「はいはい止めなさい。まぁ、会って確認すれば分かるでしょ」
「そういうことだ。んじゃ、ボチボチ時間だし、Fクラスに行くか」
雄二が腕時計で時間を確認する。そろそろ待機場所であるFクラスに移動する時間だ。
「あ、うん。本部はFクラスだったよね?」
「ああ。一応Eクラスも待機場所として用意しているがな」
「流石に2年全員はFクラスに入り切られねぇからな」
参加する2年生は夏季補習を受けるFクラス全員と任意で夏季補講に参加している生徒たち。人数は2年生の総数の約半数となる。狭いFクラスにそこまでの収容能力はない。
「ムッツリーニ。モニターの準備は?」
「…………問題ない。Aクラスの設備のディスプレイを運び込んでいる」
康太のおかけで、カメラとモニターの準備も万端だ。
「結局、組み合わせは決まらずじゃの」
「まぁ、組み合わせはだいたい決めておいて、細かい部分はあとからでもいいだろ」
「そうだな。どうせ組み合わせも変わるだろうし」
「え? そんなにコロコロ変わるものなの?」
ルールでは叫び声の音量が一定値を越えたら2人とも失格なので、あまり変わらないと思う。
「コロコロとまではいかねぇけど、チェックポイント勝負で相方がやられて突破する時もあるだろ」
「あ、そっか。叫んだら両方失格だけど、勝負片方がやられても、生き残った方は失格じゃないのか」
「そういうことだ。ま、その場合次のチェックポイント勝負の権利はないから、どの道引き返すことになるけどな」
「その時はまだ失格になっていない人とペアを組み直せばいいんだよね」
「ああ。それで問題ない」
Fクラスへの移動中にルールを確認する。肝試しは補習・補講の総仕上げも兼ねているのでチェックポイントの勝負で相方が戦死する可能性は大いにある。その度に両方失格にしていたら、あっという間に終わってしまう。それでは盛り上がりも何もない。
「順番は……まぁ適当でいいだろ。先ずは他の参加者を楽しませないとな」
「? どうしたの雄二? 他の人を優先するだなんて、らしくないじゃないか」
「俺たちは一応肝試しを企画した側だからな。自分たちが楽しむのは後回しだ。先ずは皆をもてなすのが筋ってもんだろ?」
「それにPR用の映像も撮るしな。なるべく多く参加させた方がいいだろ」
「本音は?」
「翔子とペアになった以上、他の連中にクリアさせて俺は参加しないように仕向けたい」
「折角の補習が潰れたんだからとことんだらけていたい」
「うん。単純明快な理由だ」
どこまでも自分本位な2人なのである。
「そんじゃ、夏の風物詩を気軽に楽しむとするか」
「そうだね。今回は酷い罰もないし、楽しむとしようぜ」
「うむ。体育祭の片付け程度なら、今までに比べたら楽なものじゃ」
「今までが酷すぎたんだけどな。ま、楽しめるなら何でもいいか」
「折角だし。私も楽しませてもらうわ」
「……雄二と一緒なら何でも良い」
「わ、私はあんまり楽しめないかもです……」
「俺もできれば遠慮したいなぁ、なんて……」
「ウチはまぁ、最悪アキを盾にできるから少しだけ楽しみね」
「早く入りたいです!」
「…………色々と良いショットを期待している」
俄に活気つき始めた校舎の中を、明久たちは降って湧いたお祭り騒ぎに、それぞれの思いを抱きながら歩いていた。
ご感想などお待ちしております。
1話分の長さは?
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5000字程度(約5分)が良い
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10000字程度(約20分)は欲しい
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区切りが良ければ何文字でも構わない