バカと凶刃と召喚獣   作:赤辻康太郎

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今回は肝試し編のDクラス攻略からCクラス突入までです。

はたして2人は恐怖のゴスロリ夏川トラップにどう挑むのか!?


第九十七問

第九十七問

 

「皆! もうすぐあの衝撃映像が来るよ! 女子は全員目を瞑るんだ!」

 

康太と愛子の持つカメラが例の場所に近づいていく。来ると分かっていても耐え難い恐怖。画面越しでも叫びたくなるほどのプレッシャーが伝わってくる。

 

「つ、土屋君たちがダメだったら、こちらも対抗して明久君がフリフリの可愛い服を着て行くしかありませんね」

「そ、そうね。それしか手段がないものね」

「2人とも。そのおかしな提案は恐怖で気が動転しているせいだよね? 本当に僕にそんな格好をさせるつもりじゃないよね?」

「「…………」」」

 

衝撃映像に備えるために目と耳を塞いでいるせいか、2人からの返答はなかった。

 

「ワシもそれしかないと思うぞい」

「秀吉!? 何で君までそんな世迷い言を!?」

「別に常日頃女子扱いされておる恨みを込めているわけではないぞい」

「めちゃめちゃ私怨がこもってるじゃないか!?」

「私も別にそれで構わないわよ?」

「優子。お前は少し黙ってろ」

 

『ムッツリーニ君。あの先だっけ? さっきの面白い人が待っているのって』

『…………準備はできている』

 

待ち受ける恐怖映像に皆が戦々恐々としている教室とは対照的に、目的地へと向かう2人は比較的落ち着いているようだ。

カメラは愛子が持っているようで、画面には時折康太の姿が映る。康太は別の何かを抱えて歩いていた。例の夏川対策だろうか。

しばらくして、2人が例の開けた空間に足を踏み入れた。

 

「やっぱりまた真っ暗になってるね」

「突然現れる方が効果があるだろうからな。タイミングを見計らってスポットライトを入れるんだろうな」

 

先ほどは連鎖的に被害者が続出したが、今回のように少し時間をおいて突入するなら一度暗くした方が効果的なのは間違いない。居ると分かっていても、いつ来るかが分からなければふとした油断をつくことができる。

そして、カメラが暗闇の中にボンヤリとした人影を捉えた。

 

「そろそろ来るぞ」

「うん……っ!」

 

雄二の言葉に、女子生徒は目を瞑りモニターから顔を背け、男子生徒は下っ腹に力を入れて衝撃に備える。

そして待つこと数十秒――

 

 バンッ!(スポットライトが点灯する音)

 

 ドンッ!(康太が大きな全身鏡を置く音)

 

 ケポケポケポッ(夏川が盛嘔吐する音)

 

「あーあ。あの服高そうなのに汚しちまって。クリーニング代高くつくぞ」

「心配するとこそこなんだ?」

 

『て、テメェっ! なんてものを見せやがる! 思わず吐いちまったじゃねぇか!』

『…………吐いたことは恥じゃない。それは人として当然の反応』

『くそっ。想像を絶する気持ち悪さに自分でも驚いたぜ……。どうりで着付けをやった連中が頑なに鏡を見せてくれねぇワケだ……』

 

「なんでこの学園はこんなに女装をさせたがる人が多いんだろう?」

「1学期に根本にさせたワシらが言えた立場ではないがの」

「アレは戦後処理の一環だ。まぁ、Bクラスの連中もノリノリだったけどな」

「それに鏡で自分の姿を見たかったのなら便所とか適当な理由つければいくらでも見に行けただろうに」

「俺は逆に怖くて見たくないけどな」

 

『あはは。ムッツリーニ君。この先輩、ちょっと面白いね。来世では人としてなら出会ってあげてもいいなってほんの少しだけ思えるよ』

『ちょっと待てお前! 俺の現世――どころじゃねぇな!? 来世まで全否定しやがったな! しかも生まれ変わっても人なら出会ってやってもいいってどういうことだコラ!』

『あ、すみません。あんまり黒歴史をほじくり返さるの好きじゃないんで』

『俺との出会いを黒歴史とか言うんじゃねぇっ!』

『誤解しないでください。あまり悪気はないつもりなんですゲロ先輩』

『純粋な悪意しか感じねえよ! そもそも()()()って言っる時点で悪意しかねぇだろ!』

『0.73くらいは抑えてます』

『抑えるってプロ野球の防御率じゃねぇんだぞ! って待てやコラ! テメェなに人のこんな姿を撮ろうとしてやがるんだ! 』

『……海外の本物サイトにアップロードする』

『じょ、冗談じゃねぇ! 覚えてろぉおおっ!!』

 

夏川は涙を流しながらその場からダッシュして逃げ去っていった。これでDクラス最大の脅威は取り除けたと言ってもいいだろう。

 

「それにしても、工藤さんって意外と厳しいこと言うんだね。坊主先輩も涙目になってたよ」

「いや、アレは厳しいっていうレベルなのか?」

「……普段の愛子なら、ああいうことは言わない」

「そうね。愛子は人をおちょくったりはするけど、あんな風に罵倒したりしないわ」

「だとしたら、誰かの入れ知恵とかでしょうか?」

「となれば――」

 

全員の視線が秀隆に集まる。

 

「あん? お前ら、その目はなんだよ? まるで俺が工藤を唆したみたいじゃねぇか」

「みたい、じゃなくて唆したんでしょ」

「人聞きの悪いことを言うな。俺はどんな事を言えば坊主野郎を退散させられるか相談されたから答えたまでだ」

「やっぱり秀隆の入れ知恵じゃないか」

「それならば、あの罵倒も納得じゃの」

「むしろ手ぬるいくらいだな」

 

鏡で自分の衝撃的ビフォーアフターを見せつけられ、その直後に秀隆直伝の罵倒。常人ならトラウマになってもおかしくないコンビネーションだ。

 

『…………先に進む』

『たぶん、チェックポイントまで後ちょっとだよね』

 

夏川は走って行った方向に進む2人。パーテーションで仕切られた通路を少し歩くと、その先に3年生らしき2人が待ち構えていた。予想通り、夏川トラップにスペースを取りすぎたようで、チェックポイントはすぐ傍だった。

 

「あれ? ここのチェックポイントは坊主先輩じゃないんだね。てっきりあの人が出てくるのかと思った」

「別にそういう決まりってわけじゃないからな」

「それにさっき工藤に罵声を浴びせられたばかりだし、その後でいきなり召喚獣勝負は精神的にもキツいんじゃないか?」

「走り去ったのも、着替えやメイクを落とすためでしょうね」

「じゃが、出てこないということはないじゃろうな」

「後のCクラスかAクラスにいるのでしょうか?」

「……たぶん、Aクラス」

「そうだな。自己顕示欲の強い常夏コンビのことだ。最終関門で待ち受けるつもりだろうな」

「出てきてくれないと困る。そのためにわざわざ挑発したんだからな」

 

Aクラスと言えど、今までの点数を観る限り、常夏コンビの点数はそこまで突き抜けたものじゃない。何より、常夏コンビは一度秀隆に敗北しているのだ。その点も踏まえて、他の生徒よりは戦いやすいと考えて雄二はあの2人を焚きつけたのだ。

 

「懸念点はやはり大友だな。あの先輩の実力が分からない以上油断はできない」

「そうじゃな。じゃが、まぁ、後のことは後のことじゃ。今は目先のことじゃな」

「そうだね」

 

常夏コンビがチェックポイントに出てくるのは後のことだとして、今は目の前のチェックポイントが突破できなければ意味がない。明久たちはDクラスの行末を見守るべく画面に視線を戻す。

 

『『『試獣召喚(サモン)っ』』』

 

皆がモニターに視線を戻すと、ちょうど4人が召喚獣を喚び出すところだった。

別の固定カメラで召喚獣を確認すると、康太の召喚獣は前に見た通りの吸血鬼で、愛子の召喚獣はのっぺらぼうだった。後ろ(愛子のカメラ)から見ると、どちらも普通の人間にしか見えない。

 

「工藤さんの召喚獣がのっぺらぼうなのはどうしてなんだろつね?」

「さぁな。顔がない、つまり素顔を見せないところに何かあるのかもしれないな」

 

のっぺらぼうは妖怪の中ではメジャーな方だが、愛子のイメージには合わないような気がする。

 

「そこんとこどうなの?」

「だから何で俺に聞くんだ?」

「散々人の召喚獣を考察しておったからの」

「ただの想像だっての」

 

と言いつつ、秀隆は顎に手を当てて考える。

 

「ま。素顔を見せない、見せたくないってところは関係しているのかもしれないな。誰だって、隠し事の一つや二つはあるだろ」

「そうだな。隠しておきたかった母親とかな」

「そうだね。隠しておきたかった姉とかね」

「お主らのは特殊ケースじゃろ」

 

秀吉が呆れたようにため息を吐く。

 

「愛子にもあるって言うの?」

「ないとは言い切れないだろ。あの飄々とした態度やセクハラ発言もそういった本質、本性を隠すためなのかもな」

 

秀隆は愛子の奔放な性格は、隠し事の裏返しではないかと推察した。

 

「愛子の隠したいことって何かしら?」

「それは分からん。今の事かもしれないし、過去の事かもしれない」

「昔イジメにあっていたのでしょうか?」

「それか、家庭環境に問題でもあったのかしら?」

 

皆が愛子に暗い一面があるのではと危惧していると、

 

「ま、のっぺらぼうに限って言えばそうでもないかもな」

 

と秀隆はそれまでの考えを否定するような台詞を言う。

 

「? どういうこと?」

「お前らのっぺらぼうの話って知ってるか?」

「たしか、蹲ってる人の顔を見たら目と鼻と口がなかった、だったか?」

「蕎麦の屋台じゃなかった?」

「……花魁だったと思う」

 

皆が口々に自分が知っているのっぺらぼうの逸話を語る。

 

「多少の差異はあるが、だいたいそんなもんだ。そしてのっぺらぼうの説話にはある共通点がある」

「共通点?」

「全部自分から顔を曝してるんだよ。最初に顔を見せたのっぺらぼうから連鎖して、最後まで自分から顔を見せにいってるんだ」

「言われてみればそうね」

「でも、なんだかさっきの話と釣り合わないね」

「隠し事があるからのっぺらぼうになっているのに、のっぺらぼうはその素顔を自ら曝しているのは少し矛盾してますね」

「まぁ、この変なシステムも曖昧なところが多いからその辺もテキトーなんじゃないか?」

 

雄二の狼男はデュラハンの頭で変身したし、美波のぬりかべは伝承と漫画のイメージが混ざっている。愛子ののっぺらぼうも、そんな二律背反したものを内包していてもおかしくなはい。

 

「そういえば、ワシは前に演劇の題目として怪談話を調べておったのじゃが、その中に『のっぺらぼうの尻目』というのがあったの」

「尻目?」

「うむ。そののっぺらぼうはなんでも、人前で全裸になるそうじゃ」

「絶対にそれでしょ」

 

優子が画面の向こうの愛子を睨む。

 

「たぶん秀吉の言う怪談話は、ぬっぽり坊主が曲解されたやつだな」

「ぬっぽり坊主?」

「与謝蕪村って人が描いた妖怪絵巻に出てくるのっぺらぼうの亜種だよ。尻目って名でも知られているが、そっちは例の妖怪漫画家が一目で分かるよう名前を変えたやつだ」

「へぇ。どんな特徴なの?」

「顔はのっぺらぼうだが、唯一尻に目がある」

「ナニそれ?」

「ナニと言われても、そういう妖怪だとしか言えねぇよ」

「全裸になるっていうのは?」

「たしか、ぬっぽり坊主は辻道に潜んでいて、夜に人が通りかかると尻を割って目を見せつけるんだ」

「……少し愛子みたい」

「工藤が見せつけてくるのはスパッツだけどな」

 

つまり、愛子の召喚獣はのっぺらぼうではなく尻目、ぬっぽり坊主ということになる。本質は『悪戯っ子』あるいは『見せたがり』だろうか。

 

「それはそうと、向こうも向こうで分かりやすいお化けだね」

「そうだな。おかげで敵の行動も予測しやすそうだ」

 

一方、対する3年生の召喚獣はミイラ男とフランケンシュタイン。どちらもモンスターとしてはメジャーどころだから一目で分かる。本質も『ケガをしやすい』や『根は優しい』と言ったところだろう。

ミイラ男もフランケンシュタインも動きが鈍いイメージがあるが、はたして召喚獣にも反映されているのだろうか。

 

  Aクラス 前原両次郎 & Aクラス 名波健一

  保健体育  303点  & 保健体育  301点

 

肝心の点数は300点オーバー。保健体育は受験に関係ない科目だが、真面目なAクラスらしくしっかりと好成績を叩き出している。もしこの保健体育のチェックポイントがBクラスだったなら、2年生は苦戦しただろう。

 

『ムッツリーニ君。あの先輩たちの召喚獣、なんだか強そうだね。召喚獣の操作だって僕らより1年も長くやってるし、結構危ないかな?』

『…………確かに、強い』

 

続いて愛子と康太の点数が表示される。

 

  Aクラス 工藤愛子 & Fクラス 土屋康太

  保健体育 479点  & 保健体育 557点

 

『…………だが、俺と工藤の敵じゃない』

『たしかに、ね』

 

瞬きすら許さない刹那の一瞬の後、ミイラ男とフランケンシュタインは一度も敵と組合うことなく地に伏した。あまりにも圧倒的な戦力差。保健体育という科目である以上、この2人が組めば教師ですら敵わない。

 

「ねえ2人とも。今の勝負、何が起きたか分かった?」

「ああ。はっきりと見えたわけじゃないが……ヴァンパイアの方は、一瞬で狼に変身してフランケンシュタインを切り裂いて、また人型に戻っていた」

 

おそらく康太の召喚獣の腕輪能力『加速』が反映されているのだろう。動体視力の良い雄二ですら視認できるのがやっとのほどの、超スピードだった。

 

「それで、のっぺらぼう(尻目)の方は?」

「ああ。はっきりと見えたわけじゃねぇが……一瞬で全裸になってミイラ男にヒップアタックをかましてボコボコにして、また服を着ていた」

 

ヒップアタックはまだいいとして、何故全裸になる必要があるのか。

 

「あと、康太はその一瞬で出血・止血・輸血を終わらせていたな」

「どうやったらあの一瞬でそんな反応と行動ができるんだ?」

 

流石は学園一の助平心の持ち主と言わざるを得ない。

 

「……雄二。浮気の現行犯」

「な!? ち、ちが……っ!? 工藤の召喚獣は見ようとしたわけじゃないから不可抗りょぎゃぁあああっ!」

「……浮気は許さない」

 

明久の隣で繰り広げられるリアル肝試し。Fクラス男子がお化けになれている理由がここにある。

 

『じゃぁ、Dクラスもクリアってことで。次はどこに行けばいいんだっけ?』

『…………Cクラス』

『はーい。了解。……ところでムッツリーニ君。どうして鼻にティッシュを詰めているのかな?』

『…………花粉症』

『へぇ〜。ふ〜ん。花粉症ねぇ〜』

 

康太の鼻血の原因が思い当たるのか、愛子は終始挑発ニヤニヤしながら康太を眺めている。

明久はモニター越しにその様子を歯噛みしながら眺めていた。

 

「あの、明久君。なんだかいやらしいことを考えてないですか?」

「ううん。ちっとも」

「本音は?」

「後でムッツリーニに今の対決をスロー再生してもらおうと思ってる」

「たしかこれが土屋君の記録用ハードディスクでしたよね」

「あぁぁっ! 返して姫路さん! それは持ってっちゃダメだよ! えっと、その、そうだ! 不正監視用に使うかもしれないから!」

「大丈夫です。これだけの人数が証人として見てますから」

 

そう言いながら瑞希はハイライトのない瞳でハードディスクからコードを引き抜いていく。

 

「ああっ!? ダメだって姫路さん! 美波も止めてよ」

「いや、女子である島田に仲裁を頼んでも」

「そ、そっか。アキは小さくても興味あるんだ……」

「島田もこの状況で何を言っとるんじゃ……」

 

美波は美波で別の方向で安心していた。

 

「姫路。それは普通に宣伝映像の録画用に使ってるんだからやめてくれ」

「こんなシーン使えるわけないでしょ」

「どうせ今のシーンはカットされるだろ。どの場面を使うか選ぶのはババアと鉄人だろうし」

「まぁ、それもそうね」

 

肝試し自体は1日かけたイベントなので、当然全ての映像を使うわけではない。生徒側の仕事は補習と補講の出来栄えを見せることと、宣伝用に良い映像を撮ることだ。その後の作業は学園に委ねられる。

 

「……ところで、見たの?」

「何をだ?」

「愛子の裸」

「召喚獣だろうが」

「今の召喚獣の見た目はほとんど本人じゃない」

「だとしても、俺が取り乱すとでも思うか?」

「まぁ……そうね……」

 

秀隆は合宿の時も覗きに消極的だったから、明久と違いこんなことで興奮したりはしないようだ。優子はそうと理解しつつも、少し釈然としないものを感じた。

 

「それにサラシとフンドシだったしな」

「やっぱり見てるんじゃない!」

「いや、だからアレは不可抗力――って待てその関節はそっちには曲がら――っ!」

「……やっぱり、こうなるんじゃな……」

 

肝試しよりも混沌とした状況に、秀吉のため息は止まらなかった。

 

『あれ? この後頭部にも口のある女の人ってなんのお化けだっけ?』

『…………二口女』

『じゃあ、あっちの身体が伸びている女の人は?』

『…………高女』

『そっちの白くて毛深い男の人は?』

『…………どうでもいい』

 

Dクラスをクリアした康太と愛子が次に挑むのはCクラス。Bクラスよりも狭く、Dクラスの倍はある教室を2人はスタスタと歩いていく。

 

「土屋君も結構お化けに詳しいみたいですね」

「女のお化けだけってのが土屋やしいわね」

 

愛子の質問に康太が淡々と答えていく。夏川のトラップを難なく突破するような2人だから、今更普通のお化けに臆することはない。まるで観光客のように、愛子は楽しそうに歩いている。

 

「愛子も何だか楽しそうね」

「そうだな。後でイジリ甲斐がありそうだ」

「……お泊りで聞けなかったところも聞けるかも」

 

まさか帰還してより恐ろしい目に合うとは愛子も思ってもいまい。

 

「順調だね雄二。この調子だと、あの2人で全部突破できるんじゃない?」

 

最難関と思われる夏川を突破したことで、明久は少し余裕を持っていた。

 

「そう簡単に事が運べば楽なんだがな」

「そうだな。だが、そう簡単にはいかないだろうな」

「え? どうして?」

「さっきの保健体育の点数を見て、向こうもムッツリーニの正体に気づいただろうからな。そろそろ対策を打ってくるはずだ」

「どういうことじゃ? ムッツリーニの正体を知る者は、ワシら2年でもそう多くあるまい」

 

仮にムッツリ商会という怪しげな商人を知っていても、それを営んでいるムッツリーニという人物が康太であるというのは、2年の中でもFクラスと限られた一部の生徒しかしらない。面識すらほとんどない3年生が知るはずもないはずなのだが。

 

「ムッツリーニって名前は知らなくても『2年に保健体育の点数が異様に高いスケベなヤツがいる』って噂くらいは知っていてもおかしくはないだろ」

「そうなると、弱点もバレている可能性が高い」

「弱点? 弱点って言っても、ムッツリーニは鼻血を噴いて倒れるだけでしょ?」

「ムッツリーニに悲鳴を上げるほど怖いものがないとも思えんしの」

「ああ。悲鳴は上がらないかもしれないな」

「そうだな。悲鳴は、な」

 

雄二と秀隆が揃って引っかかる言い方をする。こういった時は、2人して嫌な予想をしている時だ。

 

「それってどういう意味さ」

「悲鳴は上がらなくても、大きな音を出させることは可能だってことだ」

「例えば、鼻血の噴出音とか、な」

「あ、あはは……。何を言ってるのさ雄二。まさか3年生がそんなことを」

「それに、いくらなんでも鼻血の噴出音で失格にするのは無理があるのではないか?」

「まぁ、見てれば分かるさ」

「だな。……そろそろ来るぞ」

 

明久がモニターに視線を戻すと、カメラは2人の進行方向に、薄灯りの下に佇む女性の姿を捉えていた。その女性が雄二の言う『康太対策』なのだろうか。

 

『…………っ!(くわっ)』

『む、ムッツリーニ君? 何をそんな真剣な顔を――って、なるほどね……』

 

愛子の呆れたような台詞とともに、徐々にその輪郭が露わになっていく。

その女性は髪をアップスタイルに結い上げた切れ長の目の綺麗な美人で――艶やかなに着物を着崩していた。

 

『『『眼福じゃあーっ!』』』

 

教室中から歓喜の雄叫びが上がる。クールな表情や長い手足。タイプでいえば翔子と同じ日本人形のような純和風美人。そんな女性が色っぽく着物を着崩して立っているのだから、健全な男子高校が叫ぶのも無理はない。

 

「ったく。なに着物程度ではしゃいでんだか」

「仕方ないだろ! あんな美人があんなに色っぽく立ってんだぞ!」

「聡。お前もかよ……」

「聡君? ちょーとあっちでお話しよっか?」

「あ、まって祐香さ――秀隆助k」

「自業自得だバカ」

 

ドナドナと連行されて行く聡を、秀隆は冷ややかな目で見送った。

 

「けど、九条君の気持ちも分かるよ。僕だって姫路さんたちの前じゃなきゃ叫んでたもん」

「よく耐えきったもんじゃな。お主こそ真っ先に叫びそうじゃが」

「あはは。何を言ってるのさ秀吉」

 

明久は秀吉に笑い返す。

 

「アキ。少しでもおかしな事をしてみなさい」

「明久君? もし変な事を考えていたら、どうなるか分かってますよね?」

「僕だって――命には代えられないさ」

「そんなことじゃろうと思ったわい」

 

明久の生殺与奪の権利は瑞希たちが握っている。

 

「……雄二」

「み、見てない! 俺は全然見てないぞ!」

「……私だって、着物を着ればあんな感じになる」

 

珍しく翔子がムッとなってふくれている。同じタイプの人間に雄二の目がいっていたから対抗意識を燃やしたのだろう。画面の向こうの女性を警戒するように、翔子が雄二の腕を取る。

 

「ええい。ドサクサに紛れて腕を掴むな! それに、別に俺はお前に着物を着て欲しいとは言ってないんだが」

「……ちょうど良かった。結婚式にどちらを着るか迷っていたから」

「ん? ドレスと着物か? まぁ、誰と結婚するかは置いておいて、悩むくらいなら両方着るって選択肢も――」

「……じゃあ、着物と猫耳メイド服の両方着る」

「なんだその選択肢!? 出席する両親も色んな意味で涙が止まらないだろ!?」

「……この前、雄二のお義母さんが『最近の雄二の好みは猫耳メイド』って言っていた」

「あんのクソ母親(ババア)がぁーっ!!」

 

雄二のプライバシー(性癖)が知らぬ間に開示されていた。

 

『…………この……程度……で……この俺……が……っ!』

『……ムッツリーニ君。足にきてるみたいだケド?』

『………(ブンブンブン)』

 

モニターに視線を戻すと、康太がはだけた着物に意識を持っていかれてグロッキー寸前になっていた。愛子の言葉にも少しトゲが生えたように聞こえる。

 

「すごい! あのムッツリーニがここまでの色気を相手に鼻血を我慢するなんて! この勝負は勝ったも同然だよ!」

 

画面越しでも歓声が上がるほどの艶姿だというのに、それわ、直視して耐えているとは今までの康太では考えられない。明久だけでなく、秀吉やFクラス生徒も勝ちを確信していた。

 

「いや待て! まだ何かある!」

「え?」

 

雄二の言葉で我に返る明久たち。

モニターでは着物の女性が、艶ほくろを携えた口元を弓なりに上げ、不敵に笑っていた。

 




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