今年最後のバカ凶です!よろしくお願いします!
第百一問
時は少し遡り、瑞希が明久とおっかなびっくり迷路を進んでいると、突然照明が消えた。明久の指示で瑞希が待つことしばし。
「――え?」
明久の姿が消えた。正確には迷路の壁を作り替えられ、自分も明久の間に
「ど、どうしましょう……!」
チェックポイントは2人でいなければならないともいうのもあるが、何よりも心細い。ただでさえ苦手な肝試しなのに、一人ぼっちにされてしまった。もし今お化けに出くわしたらと思うと……。
「……瑞希」
「――っ!」
突然後ろから声をかけられて、瑞希は飛び上がらんばかりに驚く。咄嗟に口を押さえて悲鳴を上げなかったのは我ながらにファインプレーだと思った。
「……ごめん。驚いた?」
「し、翔子ちゃんでしたか……。い、いえ……。大丈夫です……たぶん……」
悲鳴が上がったら誰かしらが教えてくれるはずだがら、それがないということは大丈夫ということだろう。
「それよりも、翔子ちゃんも一人ですか?」
「……うん。雄二とはぐれた」
「翔子ちゃんもですか……」
どうやら瑞希と明久だけでなく、翔子と雄二も同じ目にあったようだ。
「3年生の作戦でしょうか?」
「……たぶん」
瑞希の予想に翔子も同意した。何を意図したものかは分からないが、3年生の作戦であることは間違いないようだ。
「これからどうしましょうか?」
「……チェックポイントまで進むしかない」
「私たちで、ですか?」
「……うん。戻ろうとしても、たぶんまた迷路を作り替えられて戻れなくさせられる」
「でも、失格するまでこの辺りでぐるぐる回されることはありませんか?」
さっき明久と歩いていた時も、途中から同じような場所をぐるぐると回されていたような気がする。
「……たぶんそれはない。この肝試しは放課後までだし、一応過度の遅延行為は禁止されている」
「あ、そうでしたね」
「……だから、多少回り道はさせられても、チェックポイントにはたどり着ける」
「私たちはそれまで悲鳴を上げなければいいんですね」
「……うん」
今回の肝試しは元々夏期講習と特別補講の総仕上げとして開催されている。そのため時間制限は本来の講習が終わる時刻、放課後までが目安になっている。それまでに2年生が全員失格にならない、あるいは全てチェックポイントを通過できなかった場合は引き分けとなる。翔子たちにとって勝敗は二の次だが、ここまできたら3年生は躍起になって瑞希を驚かしにくるだろう。
因みに、同じ箇所をぐるぐると長時間回り続けさせる行為は学園長判断で禁止となっている(理由は『見ていて面白くないから』)。さっきの明久と瑞希はその制限範囲ギリギリで回されていた。
「では、急いでチェックポイントに行きましょう」
「……それはいいけど、瑞希は大丈夫?」
「え?」
翔子が目の前の道を指さす。そこは、さっきより薄暗くおどろおどろしい道が続いている。
「……翔子ちゃん」
「……なに?」
「……手を握っていてもいいですか?」
「……うん」
それからは、瑞希は翔子の腕にひしっと抱きつき迷路を進んで行った。途中で何度も驚かされ、その度に悲鳴を上げそうになり、泣き叫びそうになるが、それも必死に耐えた。これには3年生も大いに焦り、壁越しに応援していた明久も固唾を飲んだ。
そして――
「……瑞希」
「――あ、はい。なんでしょうか……?」
「……たぶん、チェックポイント」
「え……?」
ついに2人はチェックポイントにたどり着いた。そこに立ち塞がるのは、もはや見慣れるようにてしまった坊主頭とソフトモヒカンの2人組。
「げっ! おい常村! コイツら失格しなかったじゃねえかよ! どうすんだよ!」
「どうするもこうするも……勝負するしかないだろ」
この状況は想定していなかったのだろう。常夏コンビは言い争いを始めた。
「まったく……。吉井と坂本をボコる前にとんだ邪魔が入ったな。誰だよミスったヤツは」
「あのクズ2人よりもこっちの方がしんどそうだな」
「あーあ。2年はバカばっかだから楽勝だって言ったのは誰だよ」
「悪かったよ。訂正する。吉井と坂本と神崎はクズだが、中にはちょっとはマシなヤツもいるから注意が必要だ。これでいいか?」
「今更遅ぇよ。やれやれ……。この2人、掃き溜めに鶴ってやつか? あんなカスどもとつるんでいるなんてとんだ災難だな」
よほど虫の居所が悪いのか、常夏コンビは好き勝手に罵倒し始めた。
そもそもこの作戦を思いついたのは常夏コンビな上、指示も『吉井と坂本のペアを分断し霧島翔子を失格にさせろ』という大雑把なもの。驚かせ役はその指示に従い、明久と雄二の相方を入れ替えて2人の望み通りの状況を作り出したにすぎない。瑞希と翔子が失格にならなかったのは、
そしてモニター越しにこの会話を聞いていた2年生や3年生のほぼ全員が思っただろう。『お前らには言われたくない』と。
「そもそも、あんなクズどもがこの学校にいるかは俺たちは――」
「……雄二たちは、クズじゃない」
聞くに耐えかねた翔子が夏川に反論する。
「――あ?」
「……雄二たちはクズじゃない」
「そうは言っても事実は事実だろ。すぐに問題は起こすし、教師には目をつけられてるし、部活で功績をあげているわけでもなければ成績だって底辺だ。アレをクズと呼ばずになんと呼ぶんだ?」
「オマケに吉井と神崎は学園始まって以来初の観察処分者だし、その上神崎と坂本は中学の時は名の知れた不良だったらしいじゃねえか。擁護する理由がねぇよ」
常夏コンビの見解は、残念なことを概ね事実だ。2年生、特にFクラスは成績も生活態度も底辺クラス。第三者から見れば落伍者のレッテルを貼られてもおかしくはない。特に過去現在と不名誉な称号を持つものが3人もいる。いくら翔子たちが彼らを擁護しても、他者からは受け入れられにくいのもまた事実。
もっとも、常夏コンビの放った言葉は、大半がそのまま彼らにも跳ね返ってくるのだが、それを彼らが自覚することはない。
「……アナタたちと話していても時間の無駄。早く終わらせて雄二と合流する。――
「そうですね。早く明久君たちと合流しましょう――
翔子と瑞希は即座に召喚獣を喚び出す。瑞希の召喚獣はサキュバス。翔子の召喚獣は着物姿で額から2本の鋭い角がちょこんと生えていた。やはり角以外は翔子と見分けがつかない。程なくして召喚獣の頭上に点数が表示される。
Aクラス 霧島翔子 & Aクラス 姫路瑞希
物理 438点 & 物理 416点
点数は常夏コンビと同等。この点数なら、仮に勝てなかったとしても、削れるだけ削れって明久と雄二に託すこともできるだろう。
「ったく。なんであんなクズどもの肩を持つのか理解できねぇな」
「まったくだな。アイツら本当に学校の面汚しなんだ。人に迷惑をかけることしかできないんなら、大人しくゴミ溜めにでも埋まってろっての」
常夏コンビは吐き捨てるように言い放ち、キーワードを口にしようとしたその時、
「どうしてそんな酷いことを言うんですかっ!!!!」
「「「!?!?!?」」」
とうとう堪えきれなくなった瑞希が、Aクラス中に響き渡るような大きな声で叫んだ。誰も予想していなかった行動に、常夏コンビだけでなく翔子や木村教諭まで驚いていた。
「んだテメェ……! 文句でもあんのか……!?」
「文句しかありません!」
「んだとっ!?」
「確かにあなた方の言うように、明久君と坂本君の成績はあまり良くないかもしれませんし、神崎君も素行が悪いのかもしれません。色々と問題も起こしちゃったかもしれません……! だからって、どうしてそこまで酷いことを言われなければいけないんですか!」
「どうしてもこうしてもねぇだろ! 今のテメェの台詞を反芻してみろ! 擁護できることろなんて
「俺たちは事実を述べただけだ!」
「だからと言って、謂れのない非難を浴びる理由にはなりません! 何も知らないクセに……! 明久君たちが、本当はどれだけ優しくて、どうして問題になるようなことをやっていたのかも知らないクセに!」
「っせぇな! お前こそアイツらがどれだけ頭が悪いのか知らねぇんじゃねぇのか!? ちょっと点数を調べれば分かるだろ!」
「どうして成績とか、そんな数字の上でしか人を見られないんですか! 点数に出てこない部分にだって、大事なことはたくさんあるのに……!」
「じゃぁ言わせてもらうけどよぉ! だいたい、理由があるからって問題を起こしていいってことにはならねぇだろ! 問題を起こさなきゃ解決できねぇってことは、アイツらが無能なカスである何よりの証拠じゃねぇか!」
「それに、アイツらはしょっちゅう鉄人からの指導を受けてるだろ! アイツらが学校一の問題児であることには変わりねぇんだよ!」
瑞希が今までに見たことのない勢いで激昂する。目に涙を浮かべ、あらん限りの力で叫ぶ。
しかし、常夏コンビも負けてはいない。瑞希が彼らの間違いを叫ぶように、彼らも瑞希の間違いを高らかに叫ぶ。
「……確かに、問題を解決するのに、また別の問題を起こしてしまっては意味がない」
と、ここで翔子がこの水掛け論に一石を投じた。
「なんだ。話の分かるヤツもいるじゃねぇか」
「流石は学年首席だ。ちゃんと立場を考えてものを言うじゃないか」
「翔子ちゃん……」
翔子の言葉は常夏コンビを肯定するもの。瑞希ほ不安そうに翔子の顔を覗き込むが、翔子は優しく瑞希に微笑む。
「……けど、私はそれが間違ってるとは思わない」
「「はぁ!?」」
「……問題を解決するために別の問題を起こす。普通はあり得ない。けど、それが最善の手段の時もある」
「最善だと?」
「……そう。そしてもしその時がきたら、私はきっと躊躇する」
「そりゃそうだろ。それで別の問題起こして責任とらされたら溜まったもんじゃねぇ」
「……普通は皆そう考える。けど、雄二たちはそうじゃない」
「なんだと?」
「……仮にそれで自分たちが傷ついても、悪者になったとしても、雄二たちはそれを選ぶ。それが、大切なモノを守るために必要なことなら」
「冗談だろ? あのカスどもが自分から泥を被るってか?」
「それこそあり得ねぇな」
「……なんとでも言うといい。けど、私の述べたことはただの事実」
「はい。私もそう思います」
翔子と瑞希は真っ直ぐに常夏コンビを睨む。彼女たちが信じた、大切なモノを守るために。
「……だから私は何度でも言う。雄二たちはカスじゃない!」
「そうです! 訂正してください! 明久君たちはあなた方の思うような人間ではありません!」
「あーもううっせぇな! ギャンギャン喚くな! あんなカスどもの事情なんて知ったことかよ!」
「明久君たちはカスなんかじゃありません!」
「いいから出て行け! なぁ常村! コイツらいまの大声で失格だよな! 俺たちはまだ召喚してねぇもんな!」
「あ、ああ。そういやそうだな。こりゃラッキーだな」
「ってことだ。さっさと失せろ!」
夏川の言う通り、肝試しで大声を出していいのはチェックポイント勝負が
ほとんど屁理屈や難癖のようなものだが、夏川は勝ち誇ったかのように卑しい笑みを浮かべ、をシッシッと手を振って瑞希たちを追い返した。
「……言われるまでもない。その顔、いつまでも見れたものじゃない。行こう瑞希」
指摘する気も失せたのか、はたまた言葉通りに常夏コンビに嫌気が差しただけなのか、翔子は瑞希の肩に手を添えて帰るように促す。
「………………はい」
瑞希も翔子に大人しく従い、常夏コンビに背を向ける。
一歩踏み出したところで、翔子が常夏コンビに振り向いた。
「……ひとつ、忠告」
「ああ? まだ何かあんのか?」
「……あまり雄二たちを舐めない方がいい」
「はっ! バカに足元をすくわれるってか? んなこと、天地がひっくり返ってもあり得ねぇよ」
「……そう。なら一生そう思っておけばいい」
翔子はそれだけ言い残すと、常夏コンビの元から去っていった。侮蔑に満ちた冷たい視線を2人に残して。
「ったく。気分悪ぃな」
「まぁ問題ないだろ。一番の脅威が自ら去ってくれたんだ」
「それもそうだな。この苛立ちは吉井と坂本をボコして発散するか」
「そうだな」
Aクラスに常夏コンビの下卑た笑いが響く。木村教諭は何かを言いかけて、諦めたようにため息を吐いた。
この時、常夏コンビはまだ気づいていなかった。瑞希の魂の叫びに影響された者が少なくとも2人いることを。
『ここからは本気だクソ野郎』
一人は最底辺の学力を持ち、自らをクズだと自嘲しながらも、大切な友だちのために怒り、本気になれる心優しき性根を持った少年。もう一人は――
「い、今の声は?」
「恐らく、姫路瑞希だろう。残っている女子の中で吉井と一番接点のあるのはソイツだからな」
「そうか、彼女が……。悔しかっただろうな……」
「ふん。悔しいのなら、戦って勝てば良かったのだ」
「お前なぁ……!」
「これは勝負だ。どれだけ崇高な考えだろうと勝たねば相手には響かん。ましてや、夏川たちのようなやつらにはな」
「それは、そうだけどよ……」
「まぁ、ヤツらに反論できただけ幾分かマシだろうな。――お前もそう思うだろう? 神崎?」
「…………」
大友の挑発するような質問には答えず、秀隆は黙って剣を振るう。
「(瑞希は凄いな……)」
絶望の淵に立たされ俯いたまま、優子は瑞希の叫びを聞いていた。
「(あんなに酷いことを言われても、最後まで吉井君を信じて……)」
前に瑞希と明久は小学校が同じ、幼馴染だと聞いた。中学から瑞希がFクラスに入るまでは疎遠だったことも。
それでも、瑞希があんなに常夏コンビの言葉に怒り、反論したのは、
「(それに比べて、私は……)」
瑞希に比べて自分のなんと情けないことか、多少の違いはあれど、同じような境遇なのに、瑞希のように、秀隆のことを信じきれていなかった。大友に言われたことに言い返すのが精一杯で、反論すらできなかった。否定したくてもできなかった。
それは優子自身も、心のどこかで大友と似たようなことを考えていたからだ。そうならないように繋ぎ止めておこうとしていたのに、大友にその鎖を簡単に引き千切られてしまった。
「(本当に情けない……。何が手を『握っているだけでいい』よ。引っ張り上げる度胸も、
引きずり降ろされるなら、一緒に堕ちればよかった。それができなかった。再び堕ち行く彼を黙って見るしかできなかった。
「(どうしてこんな……)」
何度も繰り返した思考。なぜ瑞希にはできて自分にはできなかったのか。
「(変わっちゃったから……かしら……)」
瑞希の思い出の中の明久と、今の明久では
『今も昔も俺は俺だ』
大友と対峙した時の彼の言葉がリフレインする。
「(嘘ばっかり……今と昔……じゃ……?)」
優子の中にある疑問が浮かんだ。
「(昔って……
昔も。大友は中学時代と解釈し、話の流れから優子もそう思った。
「(もし……アイツの言う昔が、それよりも
仮にそうだとしたら、どれだけ良かったか。虫の良い話だとしても。
「(……そんなわけ……)」
優子は思い返す。本当にそんなことあり得るのだろうかと。本当は都合の良い妄想なのではないかと。
「(…………あ)」
そうして思い至る。彼のこれまでの言動、その意味を。
期末試験前の勉強会、強化合宿、清涼祭、試召戦争、1年生のあの時。そして――中学生の頃。
「(なぁんだ……そう言うこと……)」
思わず口角が上がっていくのを手で覆って隠す。思い返して見れば、彼の行動は
「(結局、私も先輩と同じ穴の
過去の幻影を追い求めるあまり、現実を直視していなかったのは自分も同じだった。彼は彼のままなのに、いつの間にか『今の彼』を否定していた。
「(本っ当に滑稽ね。これじゃ美波に顔向けできないじゃない)」
先日悩みを打ち明けてくれた友人にしたアドバイスは、そのまま自分へ言い聞かせるために言った言葉だった。時間は解決してくれない。ドンドン壁はできていく。それでもやっぱり……。選んだつもりが選べてなかった。夕暮れの色は、見慣れてしまった違う色のままだった。
「(まったく……。これじゃ道化じゃない……)」
けど、全部が全部そうじゃなかった。時間は2人に考える機会を与え、越えられないと思っていた壁はいつの間にか小さくなっていた。違って見えた夕暮れは、いつも変わらずそこにいた。
彼からしたら、優子が1人で一喜一憂していただけ。独り相撲を取る優子を、遠くから眺めていただけ。まさに地獄から人間界を覗き見ている怠惰の悪魔のように。
「(……ふざけるんじゃ、ないわよ……!)」
そう考えると――段々と腹が立ってきた。
トラウマを想起させた大友に。勝手な思い込みで今の彼を見ていなかった自分に。そして、その事に一言の言及もなく、平然としている横の男に。なぜ自分がこんな目にあい、こんな思いをしなければならないのか。腹の底から怒りが込み上げてくる。
「ん?」
大友と秀隆のチャンバラをぼーっと眺めていた島津は、異様な気配を察してそちらを見る。そこには、ワナワナと髪を逆立てる堕天使の姿。
「な、何だ?」
「――絶対に」
堕天使の足元で、大きな魔法陣が煌々と輝く。
「はっ?」
「い、いったい何が……?」
「これは……」
島津に布施教諭、大友までもが、堕天使の変容に驚きの声を上げる。
そんな中で、ニタリを嗤う悪魔が2匹。
「――一発ぶん殴る!」
ここかは始まるのは肝試しでも、召喚獣勝負でもない。ただの――八つ当たりだ。
ご感想などお待ちしております。
今年1年バカ凶を読んで頂きまありがとうございました!
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