バカと凶刃と召喚獣   作:赤辻康太郎

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夏休み海編のその⑦。明久たちがナンパを決め込む少し前からの秀隆のシーンからです。


夏休み海編⑦

夏休み海編⑦

 

明久たちがナンパをすると決意した少し前、秀隆たちは浜辺に施設されていたコートでビーチバレーをしていた。

 

「それ!」

「いったわよ!」

「はい!」

「やぁっ!」

 

優子&裕香と愛子&リリアの試合。愛子は当然ながら、裕香も運動神経は悪くなく、リリアと優子ではややリリアが劣勢。それでもかなりの接戦で、観戦していた秀隆たちもそれなりに楽しんでいた。自然とカメラマン役になった亜美も満足そうにシャッターを切っている。

 

「工藤は運動部なだけあって動きもいいな」

「一之瀬も結構動けてないか?」

「逆にリリアーヌさんはちょっと苦手よりかな?」

「姉上は……普通じゃな」

「聞こえてるわよ!」

 

外野からの声は聞こえるものの、対戦しながらではそちらに注意を向けることはできない。結果、半ば言われたい放題だ。

 

「しかしまぁ、このままだと工藤とリリアの勝ちか?」

「いや、案外姉上が粘っておるようじゃ」

「勝敗は五分五分かな」

「何かあれば一気に傾きそうだな」

 

因みに男子は秀隆&秀吉とトレイズ&誠で対戦してトレイズたちが勝利した。勝因は秀吉を集中的に狙ったことと誠が要所要所でフェイントを仕掛けたこと。それでも点差はわずかで、こちらも接戦だった。

 

「にしてもまぁ――」

 

秀隆が女性陣のある一点を眺めながら呟く。

 

「局所地震が酷いな」

「随分と思い切ったセクハラじゃな」

 

動くたびに裕香の胸部装甲が揺れる揺れる。浜辺を歩く男どもの視線は裕香に集中していた。

愛子もリリアもないわけでなく、きちんと主張はするのだが、やはり迫力という点ではどうしても後れを取る。

優子は語るまでもない。

 

「けど、これだと女性陣がナンパの的になるのもちょっと頷けちゃうね」

「鳳まで何言ってんだよ」

 

トレイズは呆れるが、誠の気持ちも分からないでない。

今日一緒に来た女性陣は同級生も引率者も含めて粒揃いの美女ばかり。リリアに近づく小バエも追い払うそばから新しいのが寄ってきてキリがない。だが、もしトレイズが彼らの立場なら、リリアに是が非でも近づきたいと思うのは否定できない。

 

「ま、ただでさえ夏は開放的になるって言うしな。そこにきてこの美少女軍団だ。男が靡かねぇわけはねぇわな」

「秀隆もか?」

「俺は除く――と言いたいが、流石にアレは二度見するな」

「珍しいこともあるものじゃな」

「俺は秀吉と違って男だからな」

「ワシも男じゃ!」

 

などと男どもが燥いでる一方で――

 

「ホント男子って……」

「サイッテーね」

「トレイズ……」

「ま、ボクは悪い気しないけどねぇ」

 

地味に評価が下がっていた。

 

「それにしても、優子ってこんなに運動得意だったっけ?」

「最近たまに秀吉に付き合ってランニングしてるのよ」

「へぇ。どういう風の吹き回し?」

「人聞きの悪いように言わないでよ。ただの運動不足解消よ」

「そっか。ボクはてっきり神崎君のためだと思ったよ」

「秀隆? なんでそこで秀隆が出てくるの、よっ」

「だって神崎君体力ありそうじゃん」

「そりゃあるでしょうけ、どっ」

「いったいどういう意味です?」

 

レシーブを返しながら優子とリリアが愛子に尋ねる。裕香は何かを察したのか気まずそうに視線をそらした。

 

「そりゃぁもちろん、『保健体育の実戦』だよ」

「はぁっ!?」

 

愛子の台詞に、優子はアタックをすかしてボールが砂浜に埋もれる。

 

「い、いきなり何言い出すのよ!」

「あれ? 違った?」

「違うわよ!」

「なんだ。ボクはてっきり」

「工藤さん。女の子なんですからそんなはしたない……」

「えー? 別にそこに男女は関係なくない?」

「それはそうかもしれないけど……」

 

あけすけ、と言えば聞こえはいいが、愛子のもストレートなセクハラである。

 

「ったく工藤のやつ……」

「相変わらずだね。工藤さんは」

「なんでアレでAクラスに入れたんだ?」

「成績と性格は別物の典型例じゃな」

 

未だに愛子がAクラスなのを疑問に思うことも少なくない。

 

「そんなことより、さっきのでボクたちが一歩リードだね」

「愛子、アンタまさか」

「さ、頑張ろうかリリアちゃん」

 

怒りのオーラを放ちながら睨む優子を無視しして、愛子がサーブの構えを取る。

 

「それじゃ行くよー! せーの」

「さっき土屋君が逆ナンされてたわよ(ボソッ)」

「え?」

 

サーブが空振りしてボールがポテッと落ちる。

 

「はい。1点ね」

「ひ、卑怯だよ優子!」

「お互い様でしょ」

「むー!」

「ほら、むくれてないで、ボールをよこしなさい」

 

優子の卑怯な手に愛子は頬を膨らませるが、優子はお返しだと言ってどこ吹く風だ。

 

「姉上……」

「おー怖っ」

「工藤も1本取られたな」

「工藤先輩は土屋先輩が気になるみたいですね」

「だね」

 

女の争いに各々が戦況としていると、

 

「やあ。調子はどうだい?」

 

竜史が様子を見にやってきた。

 

「優子と工藤が女の醜い争い始めたとこだよ」

「? ビーチバレーなのに?」

 

説明を受けた竜史が疑問符を浮かべる。

 

「それより、今日は日差しが強いからそろそろ休憩しようか」

「そうだな」

「熱中症で倒れたら元も子もないからの」

「私もそろそろカメラのバッテリーを充電しないと」

「それじゃ、戻ろうか」

「そうするか。 お前ら、その辺でお開きにしようぜ」

 

秀隆の合図に4人が集まってくる。

 

「愛子。覚えておきなさいよ」

「優子こそ」

 

優子と愛子の争いはまだ続いていた。

 

「「「ただいまー」」」

 

秀隆たちが戻ると、荷物番をしていた瑞希たちがこちらを向く。

 

「おかえりなさい」

「結果はどうだったの?」

「男子は誠とトレイズの勝ち」

「女子は喧嘩分かれ」

「? ……ビーチバレーで?」

 

3人が竜史と同じリアクションを取る。

 

「まぁそれは置いといて、吉井君たちは?」

「さっきまでいたんですけど」

「九条たちとどっかに行ったみたいなのよ」

「聡と?」

 

嫌な予感がした秀隆が顔を顰める。

 

「ああ。ナンパがどうこう言ってたな」

 

寝転びながらビールを飲んでいた雅子が他人事のように呟いた。

 

「ナンパってまさか」

「そのまさかだろうね」

 

悪い予感があたり、秀隆が肩を落とす。

 

「ったくあのバカどもは……」

「まぁアレだけ煽られたからねぇ」

 

その煽った1人が雅子なのだが、本人にその自覚はない。

 

「大方マサ姉が煽っだんだろ」

「失礼な。私は現実を見ろって言ったんだよ」

「同じことだよ酔っぱらい」

 

つい秀隆の口が悪くなる。

 

「お前らも煽ったんだろ?」

「私たちは吉井君と坂本君にナンパは無理だって言ったんです」

「女心の分からないアキたちにナンパなんてできっこないわよ」

「……雄二にそんな度胸はない」

 

瑞希たちは少し余裕ぶってみせたが、

 

「それはどうかな〜」

 

と愛子が飄々と言う。

 

「吉井君たちも男の子だからねぇ。モテないって言われてプライドが傷ついたんじゃない?」

「だからってナンパなんかする?」

「だからナンパするんだよ。ボクらを見返してやろうって」

「「「……」」」

 

そこまで考えが及んでいなかったのか、瑞希たちの瞳からハイライトが薄くなる。

 

「いやですね工藤さん。冗談はよしてくださいよ」

「そうよ。アキたちがナンパなんて」

「……愛子。笑えない冗談はよくない」

「どうかな〜?」

 

今更焦り出す瑞希たち。本人からしてみれば、ちょっとしたイタズラ、イジワルのつもりだったのだろう。しかし明久たちとて健全な男子高校生。恋愛云々は置いとくとしても『向いてない』、『モテない』とまで言われて動かないわけがない。

 

「美波ちゃん。翔子ちゃん。玲さん」

「そうね。急ぎましょうか」

「……早く雄二を探さないと」

「皆さん、アキくんたちが間違いを犯す前に」

 

ムクリと立ち上がると、瑞希たちはビーチを駆け出した。

 

「アイツらも学習しねぇな」

「恋愛となると知能指数が下がるのは皆同じのようじゃな」

「秀吉。なんで私の方を向いてあるのかしら?」

「吉井たちも、よくナンパなんて行けたな」

「聡は相変わらずだけどね」

 

皆が明久や瑞希たちに呆れていると、

 

「じゃ、私も行ってくるわ」

 

と、裕香が目の笑っていない『爽やかな』笑顔で手を挙げた。

 

「ん? ああ。気をつけてな」

「大丈夫よ」

 

秀隆が釘を刺すと、裕香は颯爽とビーチを歩いて行った。

 

「ちょっと秀隆。一之瀬ひとりで行かせて大丈夫なの?」

「そうですよトレイズ。女の子ひとりでビーチなんて」

「いや、俺にそんな事言われても……」

 

トレイズがリリアと裕香の向かった方向を交互に見やる。気にかける前に行ってしまったし、追いかけようにも歩くペースが速かったせいで既に人混みに紛れている。

 

「んまぁ、一之瀬は大丈夫だろ。あんな『オーラ』出してれば下手なヤツは近づかねぇだろ」

「今の彼女なら並みの男なら歯が立たないしね」

「では気をつけてというのは?」

「『やり過ぎないように』」

「お前らの男女関係はどうなってんだ?」

「時任以外は武闘派揃いじゃからな」

「秀吉〜。それはどう言う意味かしら〜?」

「あ、姉上っ! そこの間接はそっちには曲がらないっ」

「そういうとこだぞ」

 

木下姉弟がじゃれ合っていると、

 

「そう言えば、土屋先輩の姿も見えませんね」

「本当ですね」

 

康太もそろそろ戻ってきてもおかしくない時間帯だが、その姿が見えない。

 

「土屋ならさっきどっかの女子大生に写真たのまれてたぞ」

「え?」

 

雅子の言葉に真っ先に愛子が反応した。

 

「康太がか。まぁ写真の腕はピカイチだからなくはないか」

「いや、アレは逆ナンとみたね」

 

雅子がまた他人事のように言い、ビールを呷る。

 

「ええっ!? ムッツリーニ君が!?」

「驚くことはないだろう。土屋は趣味はあんなんだが、見た目は大人しめで人畜無害そう、というか無垢そうだからな。『ソッチ系』の趣味の女が声をかけてもおかしくないだろ」

「そ、それは……」

 

雅子の言葉に愛子が青ざめる。

 

「ちょっとマサさん。愛子を不安にさせるようなことを言わないでください」

「そうだよ雅子。ただ写真を頼まれただけかもしれないだろ」

「そうですね。ムッツリーニ君は写真得意だし」

「だったら同じヤツに2度も頼むか? ワザワザ探し出してまで」

「…………」

 

愛子の表情が不安で陰る。

 

「マサ姉。見てたんなら止めろよ。何のための引率者だよ」

「そうだよ雅子。僕らがちゃんとしないと」

「分かってるよ……」

 

2人に咎めれて、雅子がバツの悪そうに目を逸らし、口を尖らせる。2人の言う通り、雅子は引率者としての役目もあるのだから、こういう事態にも対処しないといけなかった。

 

「はぁ……。取り敢えず、俺は土屋君を探しに行くよ」

「ぼ、ボクも行きます!」

「でも、危ないよ」

「大丈夫です! 早くムッツリーニ君を助けないと!」

「いや、まだ(命が)危険と決まったわけじゃ」

「たぶん(鼻血的な命の)危機です!」

 

愛子の言う危機と竜史の言う危機に少しすれ違いはあるが、ともかく2人は康太を探すことになった。

 

「とりあえず皆はここに居て。トイレとかに行く時も、ひとりで出歩かないように」

「「「はーい」」」

「雅子はしばらく飲酒禁止」

「えー……」

「返事は?」

「……はい」

 

割りと真面目に怒られて、雅子がシュンとなる。

 

「じゃぁ、急ごう!」

「ちょっと工藤さん! あまり離れないで!」

 

愛子が猛ダッシュで駆けていき、竜史も慌てて追いかけた。

 

「まったく、愛子も忙しないわね」

「仕方ないですよ。土屋君ですもの」

「康太も案外チョロいからなぁ」

「それ、君が言うんだ」

「トレイズは大丈夫だよね?」

「あ、当たり前じゃないか!」

「こっちもこっちで大概じゃな」

 

結局、離反組、探索組、待機組の3組に分かれることになってしまった。

 

「んで、どうするよ」

「どうするもこうするも、この辺で大人しくするしかないでしょ」

「折角の海なのにのう……」

「アイツらには後で文句言わないとな」

「とりあえず、また交代で遊びますか?」

「そうですね。なるべく近くで遊びましょう」

 

幸い波打ち際に比較的近い場所に陣取っていたので、ここからでも海で遊んでいる姿は目視できる。何かあれば直ぐに駆けつけることも可能だ。

 

「そうじゃの。……監視員も見てることじゃしの」

「? そりゃ海水浴場だからそうだろ」

「そうなんじゃがの……」

 

秀吉のニュアンスは少し違うようだ。

 

「ごめん。私ちょっとトイレに行ってくるわ」

 

優子がトイレに立つと手を挙げる。

 

「ん。なら俺も行くか」

「あら珍しい。ボディーガードでもしてくれるの?」

「そんなんじゃねぇよ。ついでに飲みもんとか食いもん買ってくるだけだ」

「素直じゃないのう」

「何か言ったか?」

「なんでもないのじゃ」

 

秀吉が下手な口笛で誤魔化す。

 

「秀隆。ついでにビール頼む」

「さっきリュウ兄に怒られたばかりだろうが」

「というか未成年にお酒買わせるのはアウトでは?」

「んじゃタバコ」

「ダメに決まってんだろ!」

 

さっきまで反省していたはずなのにもうこれである。愛子なんかよりよっぽどたちが悪い。

 

「冗談だよ。ラムネ買ってきてくれ」

「ったく。最初からそうしてくれよ」

「僕らのも頼める?」

「あいよ」

 

秀隆と優子は誰だって歩いていく。

 

「何だかんだ、秀隆も木下が心配なんだな」

「本当に、神崎君も素直じゃないですね」

「いつものことだけどね」

 

トレイズたちは生温かい目で秀隆を見送った。

 

「んじゃ、後でここに集合な」

「オーケー」

 

と言ってトイレの前で別れてから10分足らず。

女性のトイレは長いとふんで食べ物や頼まれた飲み物を買って戻ると、

 

『やっほ〜。また会ったね』

『今度こそ付き合ってもらうよ〜』

「またかよ……」

 

優子がさっきの二人組にまた絡まれていた。

 

「しつこいわね。断ったはずよ。というか、連れ合いがいたの知ってるでしょ」

『でもまたこうやって待たされてるんでしょ?』

『そんな薄情なヤツ放っておいてさ〜』

「悪かったな薄情で」

 

流石に見るに堪えなかったので、秀隆はそうそうに割って入った。

 

『げっ!』

『またかよ!』

「こっちの台詞だっての。アンタらも飽きないな。他にも狙い目はそこら中にいるだろ」

 

少し失礼なフォローだが、優子は黙って聞くことにした。

 

「それをよりにも寄ってコイツなんて――アンタらロリコンか?」

「誰がロリよ!」

 

優子の裏拳が秀隆の顔面を掠める。

 

『別に俺らはロリコンじゃねぇよ』

『アニキがこの子に夢中なんだよ』

「コイツに夢中? 誰だよその見る目がない奴は」

「失礼ね!」

 

明久たちがいたら特大ブーメランだと揶揄する発言だが、当たり前のように秀隆が気にする様子はない。

 

『おうおうおう。お前か? 俺の天使を誑かすヤツは?』

 

秀隆がナンパ男たち(と優子)と睨み合っていると、少し離れたところから人混みをかき分けてひとりの男が近づいて来た。

縄文顔の輪郭にケツ顎とごまヒゲ。ブリーチして白くなったロン毛に厳ついサングラス。筋肉質ではあるがビール腹気味の体躯を揺らし、肩を怒らせながらいかにも『輩』な男が歩いてくる。

 

「あん?」

『アニキ、コイツです!』

 

ナンパ男がアニキと呼ぶ男は、秀隆たちの前に立つと芝居がかった仕草でサングラスを外す。威嚇するように逆ハの字に歪んだ眉と、カラコンをはめた赤い瞳が2人を見据えた。

 

「テメェか。俺の可愛い舎弟と天使に手を出した不届きものだ」

「舎弟ってのはそこの2人か?」

「当たり前だ。他に誰がいる?」

「知らねぇよ。初対面の輩の関係なんて。ってか舎弟はともかく天使って誰だよ?」

「彼女の他に誰がいる?」

 

男は優子の前に跪くと、仰々しい仕草で右手を差し出した。

 

「お迎えに上がりました。麗しのマイエンジェル」

「えぇ……」

 

ニカリと欠けた歯を光らせて微笑む男に、流石の優子もドン引きである。

 

「アンタか。例の見る目のないバカは」

「見る目のない? はん。それは自己紹介か?」

「んだと?」

 

鼻で嗤う男に、秀隆が嫌悪感を露わにする。

 

「彼女の素晴らしさが分からんとは、つまらん奴だ」

「素晴らしさ?」

「そうだ。このキリっとした勝ち気な顔立ち。艷やかな髪。白磁のように滑らかな肌。夕凪の水平線の如く真っ平らな胸腕がねじ切れるように痛い!」

「誰の胸が水平線ですって!」

 

ナンパで苛立っていたのか、優子が初対面でもあるに関わらず男の腕をねじり上げる。

 

『あ、アニキ!』

『テメェ、アニキになんてことしやがる!』

「よせお前ら! これも彼女なりの愛情表現だ」

 

脂汗を浮かべないといけない愛情表現はあまり受けたくない。

 

「優子止めとけ。バイ菌が伝染るかもしれないぞ」

「そうね」

 

パッと優子が腕を離すと、支えがなくなった男の身体は砂に沈んだ。

 

「これで分かったろ。コイツは天使なんてガラじゃねぇよ」

「アンタも食らいたいの?」

 

秀隆のフォローに優子が眉を顰める。

 

『あ、アニキ。やっぱり止めときましょうよ』

『そうですよ。他にも女はたくさんいるんだから』

 

舎弟の2人は優子の様子にすっかり及び腰だが、男は笑顔を崩さず立ち上がる。

 

「大丈夫だ。彼女は恥ずかしがっているだけなのだからな」

「アレを照れ隠しと思える根性はすげぇよ」

 

秀隆が呆れていると、男は今度は秀隆に向き合った。

 

「貴様が彼女を謀るからこうなったんだ」

「何わけの分からんことを」

「大人しく身を引くなら今のうちだぞ。貴様も痛い目は見たくあるまい?」

「いや、痛い目見てたのはアンタだろ」

 

秀隆がジト目で睨むが、男はやたら自信があるとかどこ吹く風のようだ。

 

「貴様。さては俺が誰だか知らんようだな?」

「だから初対面のヤツなんて知らねぇって」

『お前この辺りにいてアニキを知らねぇとは』

『さてはモグリだな!』

「いやだから俺たちここが地元じゃねぇし」

 

モグリとは認可なく商売をすることや、集団の中に勝手に入り込みその一員であるかのようなふりをする俗称のことだ。しかし秀隆も優子も最初からこの辺りの人間として振る舞ってはいないので、完全な誤用である。

 

『お前ら、月華凶刃って知ってるか?』

「「…………」」

 

秀隆と優子が互いに顔を見合わせる。

なぜこの流れでその名が出てきたのか。答えはひとつ。

 

『知らざあ言って聞かせやしょう!』

『このお方こそ、数々の不良を薙ぎ倒し! 数多の組織を壊滅させた、泣く子も黙る悪の中の悪!』

『『月華凶刃その人だ!!』』

 

舎弟2人の口上にふんぞり返る『自称』月華凶刃。秀隆は苦虫を噛み潰したような顔になり、優子は笑いを堪えるのに必死になっている。

 

「ふっ。どうやら、貴様らも俺の凄さ、怖さが分かったようだな」

 

だが偽月華凶刃がそんな事に気づくことはなく、2人が恐怖で固まっていると勘違いしていた。

 

『テメェら。痛い目を見たくなかったら大人しく言うことを聞くんだな!』

『アニキは怒らすと本当に怖いからな!』

 

そりゃこんな強面がキレたら怖いだろうよ、と秀隆は心の中ででため息を吐く。

 

「ふふふっ。俺の怖さが分かったか? 分かったのなら」

「はあぁ〜……」

 

が、秀隆は耐えきれずにへたり込み大きなため息を吐く。それにつられて、堪えきれなくなった優子も笑い出した。

 

「な、なんだぁ貴様ら……っ」

『いきなり笑い出しやがって!』

『アニキの怖さが分かんねぇってのか!?』

 

当然、偽月華凶刃たちは困惑する。恐怖に怯えていたと思っていたのに、いきなり落胆したり笑い出したりしたのだから無理もない。

 

「いや。怖さは十分伝わったよ」

「?」

「ったく。無知の恥ってのはこの事か」

「いったい何の話」

「月華凶刃は金髪碧眼だぞ」

「へ?」

 

男たちがまた困惑する。

 

「そ、そんなバカな! 確かに」

「嘘だよ」

「嘘かよ! 驚かすんじゃねぇ!」

『あ、アニキ』

『その台詞は』

 

秀隆の嘘に偽月華凶刃が怒鳴り散らす。舎弟が慌てて口を挟むがもう遅い。

 

「あのな。嘘を一瞬でも信じたら、お前が偽物だって認めたようなもんだぞ」

「なに?」

 

秀隆の言葉の意味を理解することなく、偽月華凶刃が訝しがる。

 

「というかお前ら、月華凶刃の話聞いておいて、目の前のヤツの顔も見れてないのか?」

「あん?」

 

言われてマジマジと秀隆の顔を見る。

白銀の髪に紅い瞳。それはまるで――

 

「お、お前まさか」

「やっと気づいたのか」

 

秀隆がのそりと立ち上がる。

 

「月華――」

「裂蹴撃!」

「ぐげっ!」

 

偽月華凶刃の顎を秀隆の回し蹴りが捉える。

 

「天月旋!」

「ぎゃっ!」

 

そのままサマーソルトキックに繋ぎ、

 

「空破墜蓮閃!」

「グギャァァァアッ!!」

 

着地と同時に再び宙に舞い、かかと落としで偽月華凶刃の頭は完全に砂に埋もれた。

 

『『あ、アニキッ!?』』

「今日の俺は紳士的だ。運が良かったな――失せろ」

『『は、はいぃっ!!』』

 

舎弟たちは偽月華凶刃を担いで一目散に逃げていった。

 

「はぁ……」

「ふふふっ」

「何がおかしいんだ?」

「だって――アンタあんな風思われてたのね」

「黙れよ。アイツラが噂の上っ面だけ聞いて便乗してただけだろ」

「それにしても――くふふっ」

「はぁ……」

 

どこまでも付き纏う二つ名に、秀隆もウンザリするほかなかった。

 




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