夏休み海編⑬
「酷い……。酷いよ秀吉……。なんでこんな全力投球を……」
「…………『土屋
「ムッツリーニはまだいいだろ……。俺なんか『
「お前らはまだ現実味のある名前だからマシだろ……。俺なんて『
控え室の隅で明久たち4人は膝を抱えて嘆いていた。因みに明久の名前は『吉井明菜』で登録されている。玲曰く、明久が本当に女の子だったらついていたかもしれなかった名前だというので笑うに笑えない。
「まぁ、坂本君の体格なら外国のバレーボール選手とでも言っておかないと無理があるよね」
「くくくっ。皆、よく似合ってるぞ」
そんな明久たちを笑うのは誠とトレイズの2人。スペースの関係か控え室となっているテントはミスターコンテストと共用となっている。色々と問題が起きそうだが、ここで着替えるわけではないから問題ないということだろう。
「けっ。いいよなお前らは。普通の浴衣を着れてよ」
「そうだよ。2人とももっと紫とか金とか派手なのを着ればよかったんだ」
2人に向けて恨み言を言う雄二と明久。誠とトレイズの装いは苔色と紺の浴衣。帯もビシッと巻いてバッチリと決まっている。当然、明久たちからは恨めしく見られ、亜美はシャッターを切るのが止まらない。
「明久君。気を落とさないでください。明久の浴衣もよく似合っていますよ♪」
「ホント……ぷぷっ。凄く、可愛いわよ……っ」
「……雄二のは少し、丈が足りないけど」
「聡も。黙っていれば可愛い女の子ね」
「アキくん。キレイに成長してくれて、姉さんはとても嬉しく思います」
「後で皆で写真撮ろうねっ」
「「「「絶対にお断りだ!!」」」」
意気消沈とする明久たちとは対照的に、瑞希たち女性陣は意気揚々としている。特に愛子はミスタ―コンテストの方に出るというのに、絣模様の浴衣に髪もヘアワックスで固めるなどの気の入れっぷりだ。
「…………工藤愛子! この恨みはいつか必ず……っ」
「もうダメだよムッツリーニ君。今の君は『香美ちゃん』なんだから、もっと可愛い声を出さないと♪」
「…………キサマ……っ!」
普段と格好が逆転しているせいか、愛子の誂いっぷりがいつもより生き生きしとしているように見える。
「というか、秀隆はまだなの?」
「そうだな。着替えにそんな時間がかかるようには思えないが」
「…………見てくる?」
「そうだな。迷子になってるかもしれないしな」
腰を少し上げた明久たちを美波や翔子が押さえつける。
「アキ? どこへ行こうと言うのかしら?」
「明久君。神崎君には優子ちゃんがついてますから心配いりませんよ?」
「……雄二。大人しくして」
「聡。いい加減観念しなさい」
「ダメだよムッツリーニ君。もうすぐ予選が始まるんだから」
脱走防止のためにそのまま腕をぐっと掴まれる。美波や翔子はともかく、なぜかこう言う時には瑞希までもがゴリラ並みの怪力を発揮するから不思議だ。Fクラスの悪影響が物理的にも作用しているとでもいうのか。
「ごめんなさい。遅くなったわ」
と、件の優子が顔を出す。
「大丈夫ですよ。まだ予選は始まってませんから」
「何かあったの?」
「ううん。秀隆があんまりにも
「離せこのバカ優子! なんでよりにもよって
よく見ると優子は何かを引きずりながら来たようで、その『何か』は必死に足をバタつかせながらこの場から逃げ出そうと藻掻いている。
「あれ?」
「秀隆、お前その格好……」
不審に思った誠とトレイズが優子の後ろに回ってみると、腕を組んで不貞腐れた表情の秀隆。その格好に、2人ともあんぐりと口を開く。
「なになにどうした……の……?」
「ブァハハハッ! 秀隆。お前なんて格好してんだっ」
「…………よく似合ってる」
「くふふふっ。本当にな。本人そっくりだ」
秀隆の格好は浴衣ではある。浴衣ではあるが、その服は浴衣というより着流しに近い。
「姉上……。まさかこのために用意したと言うのか……?」
白地の着流しで裾に波模様。更に黒の帯にインナー。帯に差した木刀。その出で立ちは、とある漫画の主人公そのものだった。
「わぁっ! 神崎先輩凄いです!」
「撮るな時任! やめろ! やめてくれー!」
パシャパシャとシャッターを切る亜美に、秀隆が涙目で訴える。
「本当にそっくりですね~」
「そうなの?」
「……よく分からない」
「私も漫画はあまり」
「そっくりよ。前から似てると思ってたけど、こうして着てみると髪型くらいしか違わないのね」
裕香の言う通り。違いは髪型くらいだが、アクシデントで短髪になった回もあったのである意味ではそれの再現だと言える。
「いや〜。まいったまいった。こんなんじゃミスタ―の方は秀隆の優勝で決まりだな」
「そうだね」
「…………負けた」
「今日の全部掻っ攫って行ったな〜」
「テメェらも鏡見てみろよ。絶世の美少女が拝めるぜ」
自分たちの格好を忘れて指をさす明久たちに、秀隆が額に青筋を立てて唸る。
「はははっ。秀隆には負けるさ」
「何を何を。明久だって女装っぷりが板についてきたじゃないか。もう女として生きたほうがいいんじゃないか?」
「もう秀隆ってば。そんな格好だからって喋り方まで真似なくていいのに」
「お前こそ。格好につられて声が高くなったんじゃないか?」
「まさか〜。あはははははっ」
「だよな〜。あはははははっ」
「「何が可笑しいっ!!」」
「仲いいわね〜」
取っ組み合いを始めた秀隆と明久を見て、優子が他人事のように呟く。
「テメェ優子! なんで誠とトレイズは普通の浴衣で、俺のは
「こんなんとは失礼ね。それ作るのにどれだけ時間かかったかと思ってるのよ」
「最近部屋に籠もっておったのはこのためじゃったか……」
優子は悪びれる様子すら見せない上に手作りとは恐れ入る。衣装を手作りするまでとは秀吉ですら思ってもみなかったようだ。
「こんなもんに時間かけてる暇あったら勉強でもしてろ!」
「何を言ってるのよ。勉強の合間にするから良いんじゃない」
「んなこと聞いてねぇんだよぉおおおっ!」
呆れる優子に地団駄を踏む秀隆。ここだけ見れば本当に漫画のワンシーンに見える。
「あははっ。神崎君ったら面白~いっ」
「工藤テメェ! ちゃっかり自分だけちょっと良い浴衣着やがって! 俺にそれ寄越せ!」
「え? 神崎君ボクの着てる浴衣が着たいの? それはいくらボクでもちょっと」
「そういうこと言ってんじゃねぇよ!」
珍しく弄ばれている秀隆に。明久たちも笑いを堪えきれない。
「というか秀隆アンタ、嫌なら浴衣出された時点で断ればよかっただけだろ」
「俺だってできたらそうしかったさ! 車の中に入ったらいきなりドア閉められて気づいたら
秀隆は狐か狸に化かされたような早業だったという。
「姉上。いつの間にイリュージョンなぞ身につけたのじゃ?」
「前に秀吉が早着替えをやってたの見て真似てみたのよ」
「いや、アレは自分が着替えるための技術なのじゃが……」
流石の秀吉も呆れて口が塞がらなかった。
「もいいっ! 俺は出るのやめるぞ!」
「ダメよ秀隆。もうエントリーしちゃったし。せっかくの晴れ舞台なんだから胸を張りなさい」
「普通の浴衣だったらな! 自分に張る胸がないからって人のを使うなっての!」
「なんとでも言いなさい。拒否すればアンタのコスプレ写真を全世界にアップロードするだけよ」
「おまっ!? ふざけんじゃねえぞ! なんで俺の写真が秀吉や明久みたいに取引されなきゃならねぇんだ!」
「待つんだ秀隆。今重大な事を言わなかったっ!?」
「なぜワシらの写真が出回っておることが当たり前のようになっておるのじゃ!?」
もはや文月学園にはプライバシーは存在しないのではないだろうか。
『まもなくミス浴衣コンテスト並びにミスタ―浴衣コンテストの予選を始めます。番号を呼ばれた方は係りの指示に従い――』
予選開始を告げるアナウンスに、明久たちも我に返る。
「しまった! 始まっちゃった!」
「くそっ! 秀隆に気を取られて脱出の機会を失った!」
「…………なんて巧妙な」
「これも裕香たちの作戦か……!」
「はっはっはっ! ざまぁねぇな! 精々恥をかかないように頑張りな!」
「いや、秀隆もその格好で出るんだからね」
「なんか隣に立つのが恥ずかしくなってきたな」
「良くも悪くも目立つからのぅ」
ぎゃぁぎゃあと騒ぎ立てる明久たちをよそに、コンテストの予選が始まった。
「んむ……? そういえば、何故にワシはミスコンテストの方に参加させらておるのじゃ?」
「今更かよ……」
『皆様お待たせしました! ただいまより、"第一回・納涼! ミス浴衣コンテスト" の予選を開始します! 隣のあちらのステージでは"ミスタ―浴衣コンテスト"も執り行われておりますので是非そちらもご覧ください!』
ステージ裏からもビリビリと伝わる会場の熱狂。司会のテンションの高さからも観客のボルテージの高さが伺える。
『今年から始まった新企画! その映えある第予選参加者はなんと60名! この中から決勝に進めるのは僅か10名となります!』
この規模の祭りとはいえ参加者が60人もいることに明久は驚いた。ただしその内4人(+α)が男である。もはやミスコンテストの体裁もギリギリ取れている状況だということは関係者も観客も夢にも思っていないだろう。
どおりで容易く弾かれると思っていた明久たちが受付を通過したはずだ。単純にこの人数を捌ききれなかったのだ。でないと明久や康太はともかく、明らかに男体型の雄二が通過できるはずがない。
「どうしよう……。もう逃げられないよ……」
舞台裏から観客席を覗き見した明久が絶望に呟く。今日は朝からの快晴、それと会場が海から近かいという好条件のためか、海水浴客に来ていたと思われる多くの観客で犇めいていた。
「俺たちも本来は向こう側だったんだがな」
「向こうは時任らに任せるしかないの」
「それ、俺たちの写真じゃないよな?」
人が多すぎて亜美の姿は確認できなかったが、どこかで写真を撮っている可能性は高い。後でどうやって消去してもらうかが問題だ。
『このコンテストは"浴衣の小畑"と"呉服の村井"の協賛による浴衣をテーマとしたコンテストとなっております! 名前の通り、浴衣の似合う美男美女を発掘しようという主旨のコンテストとなっております!こちらのミス浴衣コンテストには審査員長として"浴衣の小畑"の小畑氏が、ミスタ―コンテストの方には"呉服の村井"の村井氏にお越しいただいております』
司会の紹介で3人いる審査員の内の真ん中の中年男性が軽く会釈する。どうやらあの男性が審査員長のようだ。彼に嫌われれば、予選敗退を勝ち取ったようなものだ。
『審査方法は加点方式となっており、予選では小畑氏を含めた3人の審査員による独断と偏見で、決勝は審査員プラス観客の皆様の投票によって行われます!』
今の時間は夕飯時を少し過ぎたあたり。それと予選ということもあって観客もまだ少ない方のはず。決勝ともなれば、多くの衆目に晒されるとこになるだろう。始まる前に裏で審査員長と地元新聞らしきカメラマンが話していたのが見えたから、優勝しようものなら地方新聞の一面を飾るのは間違いない。下手をすれば観光大使に任命されかねない。
「ここは、なんとしても負けないと……!」
「ああ! これ以上大切なものを失ってたまるか!」
「…………絶対に、負ける!」
「俺がいの一番に予選落ちしてやる!」
コンテストの主旨とは真逆の決意を明久たちは漲らせていた。
『では、早速ですが最初の10名に入場して頂きましょう! どうぞ!』
司会の人に促され、明久たちは渋々とステージに上がる。最初に登壇した10人の中にいるのは番号順に聡、明久、康太、雄二の4人。なんと約半数が知人の上に男ときた。しかも聡の番号は1番。上手くいけば、宣言通りいの一番に予選敗退を決めることができる。
『では、番号札1番の方からお名前を教えてもらえますか?』
「は、はい……。えっと……。
『おや? さとりさんは声がかすれてますね? 風邪でも引いていらっしゃるのでしょうか?』
「い、いえ……! その……、今朝から喉の調子が悪くて」
無理に女声を出そうとして聡の声が裏返る。
予選落ちしたいのなら、地声を出せば一発なのだがそうもいかない。なぜなら、その場合は『女装した男がミスコンテストに参加した』という事実が白日の下に晒されるからだ。いかに多様性の時代とはいえ、ミスコンテストに男が女装して出るなど言語道断。しかも予選に出るということは優勝を狙っているということ。バレた途端に周囲からどんな目線で見られるか――想像しただけで背筋が凍る。
明久たちはバレずにかつ見事に予選敗退を決めるという2つの命題を担っていた。
『なるほど。それなのにコンテストに出場されたのはどうしてですか?』
『えっと……こ、恋人に誘われて仕方なく……』
『恋人! なんとさとりさんには彼氏さんがいらっしゃると! こんな美人な彼女がいて彼氏さんもさぞお幸せでしょう!』
司会者の言葉に観客席からは『ヒュー! ヒュー!』と囃し立てる声と『チッ』という舌打ちが同時に聞こえる。前者はともかく、後者には出場者を狙っている不届き者がいるということだ。
だがこの場のほぼ全員が勘違いしている。
「あ、あの……っ。恋人は彼氏じゃなくて……」
聡がモジモジと訂正する。
「か、彼女……です……」
『『『!!!』』』
会場が一瞬にして驚きとどよめきに包まれる。それも当然で、今の聡ははたから見たら普通の女の子。その女の子の恋人が『彼女』と言うのだから、会場の反応はごく自然なもの。
『な、なんとなんと! さとりさんの恋人は女の人でしたか!? ということは、さとりさんは同性愛者の方で?』
「あ、いえ……その……なんて言うか……」
消えてしまいそうなくらいに俯く聡。聡からした事実を述べただけなのに、この格好と状況では勘違いされても仕方なかった。まさかの彼女持ち宣言と聡の初々しい姿に、会場のボルテージは一気に跳ね上がる
『因みに、その彼女さんはこのコンテストに?』
「……はい……」
『おお! それはそれは! ひょっとしたらカップルで決勝進出も夢ではないですね! 小畑さんはどう思われますか?』
「まず私がその間に入る余裕はありますか?」
『はーい。私はプロですかねー。百合の間に挟まろうとするクソ野郎にも寛容に進行を進めますよー』
司会が笑顔のままピクピクと眉を動かしながら続ける。一癖も二癖もありそうなスポンサーに、明久も波乱の予感しかしなかった。
一方ミスタ―コンテストの方のはというと……
『それでは、ミスタ―コンテスト予選一組目の出場者はこの10名です!』
こちらもアナウンスが流れ浴衣姿の美丈夫がステージに並ぶ。予選に並ぶのは愛子、誠、トレイズ、秀隆の4人。まさかの全員が同じ組。そして1人だけとはいえ男装した女子が混ざるという異常事態。ただし愛子本人は明久たちとは対照的にノリノリである。
『おっと! この組には凄い気合の入った方がいらっしゃいますね!』
秀隆が登場すると同時に司会者がそんな事を言い、観客もざわめき出す。他の参加者が皆浴衣の似合う美男子ばかりだというのに、人だけ浴衣風のコスプレという場違いも甚だしい格好なのだから無理もない。しかもやたら完成度が高いときた。原作の漫画やアニメを知っている観客たちは頻りに携帯電話やカメラで写真を撮っている。
「神崎先輩、大人気ですね」
「やっぱりあの格好だと目立ちますよね」
「そりゃそうよ。なんたって私がプロデュースしたんだから」
カメラを構える亜美の横では優子が『私が育てました』と言わんばかりのドヤ顔で腕を組む。後方彼女面はまだしも、後方
「(優子。後で覚えとけよ!)」
秀隆は遠目に優子を睨ん怨念を送るが、その表情でまた観客席が沸き立つ。
『さて、個人的には10番さんに色々とお話をお聞きしたい所ですがこれはコンテスト。先ずは番号順に、お一人ずつお話を聞いていきましょう』
番号札1番の男性にマイクが渡される。間の悪いことに秀隆は最後の10番。このまま醜態を晒し続けるハメになった。
「(早く終わってくれ……)」
心の中で祈る秀隆の願いも虚しく、地獄の道は舗装されていく。
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1話分の長さは?
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区切りが良ければ何文字でも構わない