バカと凶刃と召喚獣   作:赤辻康太郎

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今回は番外編ですがちょっとしたマジメ回になってます。そして満を持して(?)新キャラの登場です。


番外編―凶刃と優子と月の誘い―

―凶刃と優子と月の誘い―

 

「んあーん――」

 

夏休みも終盤に差し掛かったある日、秀隆は珍しく朝早めに起きてトーストを齧っていた。といっても健康的な生活に目覚めたというわけではなく、朝から近所の犬が吠えていたせいで目が覚めただけなのだが。

 

「さーて。今日は何すっかなぁ」

 

夏休みの課題はほぼ片付けたので焦る必要もない。これと言って出かける用事もない。取り敢えず積読(つんどく)を崩すかゲームをするか悩んでいた。

 

――ピンポーン――

 

「ん?」

 

トーストの最後のひと欠片を食べ終えたところでドアホンがなる。また優子がアポなしでやってきたのかとため息が出る。

 

「ま、今は渡りに船、か」

 

どうせ暇を持て余していた身だ。どこかへ出かけようというのなら、たまには付き合ってやるかとやや重い腰を上げた。

 

「優子。来るなら来るで前もって電話かメールしろって言って」

「は~い、秀隆☆ 元気してた〜?」

 

 ガッ ←秀隆が瞬時に玄関のドアを閉める音

 ゴッ ←ドアの隙間に靴を挟んで閉めれなくする音

 

「ちょと秀隆! いきなり閉めるなんて酷いじゃない!」

「当たり前だ! いつ帰ってきやがった!?」

「まぁ酷い! アンタの事を思って今朝の便で帰ってきたのに!」

「わざとらしいんだよ! てかそのぶりっ子ポーズやめろ! テメェの歳分かってんのか!?」

「永遠の18歳ですっ☆」

「どこぞのアイドルか声優みたいなこと言ってんじゃねぇええぇっ!!」

 

秀隆が近所迷惑も弁えず、突如現れた妙齢の女性と言い争っていると、

 

「どうしたのよ秀隆? 下まで声が聞こえてたわよ?」

 

お出かけ衣装に身を包んだ優子がやってきた。

 

「待て優子! 今は――」

「は~い優子ちゃん、おひさ〜☆」

「え!? おばさん!?」

 

優子がその女性の正体に気づいて目を見開く。

秀隆が閉め出そうとしてたのは、秀隆の母親、『神崎星奈(せな)』その人だった。

 

「いやだわ優子ちゃんおばさんだなんて。お義母さんでいいわよ?」

「ふざけたことぬかしてんじゃねぇぞババいだだだだっ!!」

「ごめ〜ん☆ ちょ〜っと聞こえなかったからもう一度言ってもらえる?」

 

星奈の細腕が秀隆の顔をギリギリと締め上げる。

 

「何でもございませんお母様っ!」

「よろしい」

 

星奈が秀隆を解放する。秀隆は自分の顔が瓢箪になっていないか忙しな触って確かめる。

 

「おばさん。いつ日本に?」

「今朝の便よ。立ち話もなんだし、上がって上がって」

「おい。勝手に話を」

「もういっぺん潰されたい?」

「……うす」

 

流石に2度目は敵わない、と秀隆が渋々ドアをあける。相変わらずの親子だな、と優子は懐かしさに笑みを浮かべた。

 

「んで、いきなり帰ってきて何の用だよ?」

 

秀隆が2人の前にコーヒーの入ったマグカップを置きながら尋ねる。その顔は、実の母親に向けるにはあまりにも不機嫌すぎる。

 

「なによ。愛しい息子が心配で帰ってきてあげたのに」

「どの口が。その息子ほっぽり出してさっさとアメリカに行っといてよく言うぜ」

 

秀隆が星奈を睨む目には猜疑心が湧き出ていた。

秀隆の両親は元々日本で働いていたが、秀隆が中学3年生に上がる頃にアメリカへの転勤が決まり、荒れに荒れていた秀隆を置いて渡米した。

 

「あの時のアンタを連れて行けるわけないでしょ。向こうでストリートギャングにでもなられたらたまったもんじゃないわ」

「それはそうですね」

 

タトゥーを入れてピアスを空けた秀隆の姿が目に浮かぶ。

 

「というかよ、用事がなければ早々に帰ってこれないだろ」

「まぁ、ね」

 

秀隆の指摘に、星奈はペロッと舌を出す。

 

「やっぱり、大変なんですね」

 

優子が尊敬と少しの羨望が混ざった視線を送る。

 

「NASAのメンタルケアラーって」

 

NASA。アメリカ航空宇宙局。世界で最も有名な宇宙開発機関のひとつ。星奈はNASAでメディカルチームの一員として日々宇宙飛行士の体調管理、主にカウンセリングによるメンタルケアに務めている。

 

「正確にはJAXAだけどね」

 

JAXAは言わずと知れた日本の宇宙航空研究開発機構だ。日本人宇宙飛行士は、まずはJAXAの宇宙飛行士候補者試験を受る。晴れて合格して候補生となった人間が、アメリカに渡りNASAで実地訓練を受ける。

星奈が属するJAXAのメディカルチームも、基本的には同じ流れで採用され、NASAの管制塔があるジョンソン宇宙センター(通称ヒューストン)に出向、勤務となる。

 

「そのJAXAのメディカルチームリーダーがこんな所ほっつき歩いてて良いのかよ?」

 

秀隆が皮肉たっぷりに意地悪なことを言うが、星奈は涼しげにコーヒーを啜る。

 

「先週大型のミッションが終わったからね。室長(ボス)の計らいで順番に休暇を取ることになったの」

「どのくらいこっちに居られるんですか?」

「週末には向こうに戻るわ」

 

流石にバカンスが文化のアメリカでも、そんなに長くは休めないようだ。

 

「でも、その間はのんびりさせてもらうつもりよ」

 

うーん、と背伸びをする。メディカルチームは交代で24時間体制で宇宙飛行士のバイタルやメンタルチェックをしている。特にリーダーともなれば、その負担は大きいもの。久々のゆっくりとした休暇に、星奈は羽を伸ばすと宣言した。

 

「だったら親父も連れてこればよかっただろ」

「あの人は逆に今が佳境なのよ。というか、早く新型を開発するんだって意気込んでて、当分日本に帰って来る気はなさそうね」

「さっすが、日本の誇る技術屋だ。格が違うな」

 

またしても皮肉混じりに零す秀隆を、優子がジトリと睨む。

 

「秀隆。アンタ自分の両親に向ってなんて事言うのよ」

「別にどうでもいいだろ」

 

ギシギシと傾いた椅子が軋む。「面倒くせえ」と隠しもせず吐き捨てる秀隆に、優子は深いため息を我慢できなかった。

 

「いいのよ優子ちゃん」

「でも……」

「男の子はこのくらい反発してる方が可愛いものよ」

「なに気色悪いこと言って」

「それにこっちの方が調教しがいがあるわ」

「本当に気色悪いこと言ってんじゃねぇっ!」

 

危うく椅子からずり落ちそうになる。

 

「なるほど。勉強になります」

「お前も変な知識を――いや、もう手遅れか」

 

飛んできた凶器を秀隆は首を捻ってかわす。

 

「ふふっ。相変わらず仲が良さそうでよかったわ」

「どこをどう見たらそう見えるんだ? というか、知ってて言ってるだろ」

「まあね」

 

秀隆の親だ。当然当時の事は知っている。だからこその『相変わらず』なのだ。

 

「んで、帰ってきたのは本当に帰省だけか?」

「あら? 親が家に帰ってくるのがそんなに不満?」

「不満だね。前だって盆暮れ正月にろくに帰ってこなかったし、来たとしても顔出して直ぐに温泉やらなんなやらに行ってただろ」

 

星奈たちも立場上帰省しにくくはあるが、全くできないというわけでもない。けど、帰国した時は顔出しもそこそこに温泉や観光地に旅行に出かけてすぐ渡米というのがほとんどだった。

 

「そんなアンタが帰国そうそうに家に入り浸るなんて、おかしいだろ」

 

怪しすぎると顔に書いたまま睨む秀隆。「無理もないわね」

 

「私たちはアナタを放任してきた」

「放置、な。時代が時代なら育児放棄(ネグレクト)だぞ」

「でもその分アナタも好き勝手やってきたでしょ?」

「まあな」

 

お互いに悪びれるつもりもない。親子とは思えない棘の応酬を優子がハラハラと見守る。

 

「ここに来たのは、アナタの進路についてよ」

「進路?」

 

両親が進路について口を出してきたのはこれで2度目。1度目は当然高校受験――文月学園だ。最初は興味なかった秀隆も「高校は卒業しておけ」「ある程度の素行の悪さは考慮される」などの2人の説得により文月学園を受験した。結果はこの通りなのだが。

2度目となると、今度は大学受験だろう。しかし高校とは違い上から下まで、専門学校を含めれば星の数ほどもある中でいったいどんな学校を勧めるというのだろうか。

 

「わざわざこのタイミングで言わなきゃなんないことか?」

「大アリよ。というか、このタイミングで聞くべきことよ」

 

ついさっきまで玄関でじゃれ合っていた時とは打って変わって真剣な表情。一瞬で張り詰めた空気に、優子も姿勢を正す。

 

「なんだよ? まさか東大に行けとか言わないよな?」

「そこまで期待はしてないけど、ある意味それ以上ね」

「あん?」

「単刀直入に言うわ――向こう(アメリカ)に行く気はない?」

 

アメリカ。その一言に優子の目が大きく見開き、秀隆の眉間にしわが寄る。

 

「アメリカだと?」

「ええ。向こうの学校に通う気はない?」

「それは……留学ってことか?」

「いいえ。転校よ。そのまま向こうの理系、できたら工業系の大学を受けてもらうわ。行く行くは父さんの仕事を手伝ってもらうつもりよ」

「ち、ちょっと待ってください!」

 

秀隆をアメリカに移住させる。そう告げた星奈に、優子が慌てて待ったをかける。

 

「おばさん。いきなりでそれは流石に横暴だと」

「優子ちゃん。悪いけど少し黙っててもらえる? アナタにも聞いてはほしいけど、これは私たち親子の問題なの」

「……はい」

 

優子に抗議の隙を与えずピシャリと撥ねつける星奈。秀隆の眉の角度が深くなる。

 

「留学じゃなくて転校だと? いきなり何ぬかしやがる」

「いきなりってわけでもないわ。前々から父さんと話し合ってたの。『いずれはこっちに来させるべきだ』って」

 

真っ直ぐに星奈が見つめる。秀隆は一瞬視線を横にズラすと、また前を見据える。

 

「一応理由を聞こうか?」

「理由? そんなの分かりきってるわ。環境よ」

 

星奈の言う環境とは、間違いなくFクラスのことだろう。瑞希の両親も同じような理由で瑞希を転校させようとしたくらいだ。星奈たちも同じような考えを持ってもおかしくはない。

 

「はっきり言って、今の環境はアンタには役不足だわ」

「……まぁ、そこは否定はしない。が、何で今なんだ? そう言った話なら、もっと前もって電話なりメールなりで相談できただろ」

 

これまで星奈たちから学校生活についての連絡はテストの成績や学校行事の結果など必要最低限でしかしてない。雅子たちが秘密裏に報告していたとしても、留学はおろか転校の話は、今更感が拭えない。

 

「言ってしまえば、『私たちが向こうの生活に慣れた』から、ね」

 

慣れない海外生活で腐したドラ息子を育てながら仕事をするのは困難。トラブルでも起こされたら目も当てならない。なので一度日本に残し、ある程度更正してから連れて行く。そんな事を当時の秀隆に言っても理解されないだろうし、したとしても「勝手にしろ」で終わっていただろう。

端的に言えば、今が"収穫時期"なのだ。

 

「なるほどな。テメェらの理屈は分かる」

「秀隆……」

 

椅子の背に身体を深く預け、秀隆が嘆息する。

それを了承と受け取ったのか、優子の顔が曇る。

 

「よかったわ。それじゃぁ来月から手続きを――」

「だが断る」

 

星奈の言葉を、秀隆はキッパリと否定した。人を食ったかのような笑みを添えて。

 

「……理由を聞こうかしら?」

「テメェらが気に食わねぇ。それだけじゃ不満か?」

「不満か? じゃないでしょ。不満しかないわよ。ちゃんと筋道を立てて説明しなさい」

 

苛立ちを眉に乗せて星奈が詰問する。秀隆はそれを鼻で笑うと、椅子を後ろに傾けた。

 

「筋道もクソもねぇよ。テメェら、向こうに行くときに俺になんて言ったか覚えてるか?」

「…………」

「『今のお前は連れては行けない。自分のしてしまったことの責任を、自分の成すべきことをよく考えろ。答えが出るまで自分で考えて悩み抜いてみろ』」

 

朗々と、吟遊詩人のように秀隆が語る。

 

「『私たちの助けをアテにするな。自分の力でなんとかしてみろ』」

「…………」

「…………」

 

語り終えた秀隆はふぅ、と大きく息を吐く。

 

「ふざけるなよ」

 

怒り。烈火ではなく、バーナーのような静かで鋭い蒼炎がその瞳に宿る。

 

「テメェらは自分の責任は自分で取れつったんだ。だから俺も日本に残った。癪に障るが、言ってることはもっともだったし、チャンスをくれたことには感謝している。もちろん、生活費仕送りその他諸々にもな」

「だったら」

「だがそれについての決着はまだついてねぇんだ。マサ姉やリュウ兄から何を聞いてるのかは知らねぇが、俺の中ではまだ終わってねぇし、その事について言及したこともねぇだろ」

「それは」

「それが言うこと欠いて『ほっぽり出してアメリカに来い』だと? 無責任――虫が良すぎるにも程があるだろ!」

 

椅子の脚がダンッと床を叩く。

 

「んな中途半端な真似できるかよ! 俺は残る」

「秀隆。これはアンタの将来の問題なの。黙って親の」

「黙って親の言うことに従えってか? バカかテメェは。アンタは血の繋がった親だが俺とは()()だ。俺の人生は俺が決める。アドバイスくれるんならありがたく拝聴するが、それは俺が進みたい道に悩んでいる時だ。勝手に決められてたまるか」

 

吐き捨てるように、秀隆が顔を横に振る。

優子は段々と居た堪れなくなって、下を向いて俯いた。

 

「アンタにそこまで言わせるとはね。――で、そのやるべきことってなんなの?」

「ダチとの約束だ。俺たちはAクラスを倒す。倒して俺たち(Fクラス)でも努力すればやれるんだ、やっていけるんだって証明する」

「それは大層な目標だけど――本当にアンタたちのためになるの?」

「なんだと?」

 

呆れた、と星奈も首を横に振る。

 

「いい。確かにヒエラルキーが下の人間でも、努力すれば上に上がれるわ。けど、何で()()()()だと勝手に決めつけてるの?」

「……」

「いい? 上にいる人はね、『上にいる理由』があって『上にい続けるための努力』をしてるの。アンタらが思っているような人間は、そもそも上にいられないの。上には上の()()があるの。それが分からないアンタじゃないでしょ?」

 

見透かした様に微笑む星奈に、秀隆は口を歪める。

 

「何が言いたい?」

「そんな()()で隠せるとでも思ったの? ――ちゃんと()()で納得させない」

 

先ほどよりも鋭い眼光が秀隆を射抜く。

秀隆は暫く目を伏せ、ゆっくりと開けた。

 

「……約束ってのは嘘じゃねえ」

「なら、相手が違うのかしら?」

「―――ったんだ」

「?」

「待ってろって言ったんだ。地獄の先で。だから俺はそこに行かなきゃならねぇ。こんな所で――逃げてる暇なんてねぇんだ」

「…………」

 

優子が膝の上でキュッと拳を握る。

 

「だから俺は行かねぇ。行けねえ。待たせちまった以上、俺は先に進まなきゃなんねぇんだ。誰にも邪魔はさせねぇ」

 

「たとえ、アンタでもだ」秀隆はそう眼で語る。

秀隆の答えを聞いた星奈は、暫く目を瞑り、コーヒーを飲んだ後、ゆっくりと口を開く。

 

「――合格」

「は?」

「え?」

 

星奈の口から出た二文字を理解するのに、少し間ができた。

 

「合格よ。あ〜良かった。二つ返事で行くって言ったらどうしようかと」

「……ちょっと待て」

 

頭痛のする眉間を押さえ秀隆が待ったをかける。

 

「テメェ……まさか俺を試したのか?」

「試したのかだなんて人聞きの悪い。アンタがどう選ぶか聞きたかったのよ」

「それを世間では試したってんだよ!」

「私の辞書にはそう書いてはないわね」

「自費出版の辞書なんか知らねぇよ!」

 

カラカラと笑う星奈に、秀隆とテーブルが声を荒げる。

 

「最初から誘う気はなかったんですか?」

「いいえ。もし乗ってきたら、そのまま連れて帰るつもりだったわ」

 

ただし、と星奈は付け加える。

 

「その時は『そういう人間』として今後扱うから、かなり厳しく接するつもりではいたけどね」

「厳しくって」

「それこそ、スパルタ教育ママ的な?」

「悪魔がプラダ着てるくせによく言うぜ」

 

秀隆が呆れながらどっかりと腰を降ろした。

 

「んで、どこが合格なんだ?」

「アンタがちゃんと自分に負い目を感じたままでいること。それについて自分なりにケリのつけ方を考えること。それに向けて動いてること。ざっと言えばこの辺りかしらね」

「つまり、自分なりに先を見据えているから、と?」

 

星奈は優子にウインクで返す。「御名答」

 

「私たちはアンタが()()()()()()()について一応の理解はしていつもりよ。でも、それに対してどう責任を取るか、どう()()かは当事者のアナタたちでしか決められない。その様子だと、優子ちゃんの方にも心境の変化があった見たいだしね」

「あ、はい。まぁ……」

 

でないとほんの数年前までは寄り付きもしなかった優子が、秀隆の家に来ることなどない。

 

「テメェ。最初からこうなると分かっていやがったな」

「別に確信があったわけじゃないけどね。99.9パーセントはこうなると思ってたわ」

「100パーセントじゃないんですね」

「100パーセントなんてありえないわ。例え99.999999999パーセント(イレブンナイン)以上の確率で成功するとしても、その0.000000001パーセント(小数点以下)に備えるのが科学者ってものよ」

 

例えば国際宇宙ステーション(I.S.S.)スペースデブリ(宇宙ゴミ)が当たる確率は200年に1回と言われている。しかし、その1回が今起こらないとは限らない。それに備えて訓練することも、宇宙飛行士の努め。星奈もそれに倣っているのだ。

 

「だから、アナタの口から出るまでは確証を得られなかった」

「だからカマをかけたってのか」

「平たく言えばそうね」

「性格の悪いことこの上ねえ」

「アンタの親だからね」

 

その返しはどうなのか、と優子が苦笑いする。

 

「まぁいい。んで、仮に俺が向こうに行ったとして、何をさせるつもりだったんだ?」

「あ、それは私も知りたいです」

 

星奈は父親の手伝いをさせると言っていた。秀隆の父親は日本のロボット機械メーカーに勤める技術者だが、JAXA、NASAとの共同開発のために星奈と一緒にNASAに出向している。

 

「そうね……。もうすぐ正式に公表されるし、一応オフレコってことで言っとくけど」

 

星奈のトーンが少し低くなる。

 

「もうすぐ月面に活動拠点を作る計画が発表されるわ」

「え!?」

「それってまさか」

「そう。『月面基地開発計画』。人類は再び月の大地を踏むことになるわ」

 

アポロ11号でアームストロング船長が人類で最初に月面に降り立ってから早半世紀近く。最後の月着陸ミッション(アポロ17号)以降の有人での宇宙活動は国際宇宙ステーションを拠点としており、惑星探索は無人機、遠隔ローパーなどかま担っていた。

再び人類が月面に降り立つとなれば、今度は月を拠点に宇宙開発が進むこととなる。

 

「まさか、親父の今やってるプロジェクトって」

「月面からの『新型帰還船』の開発よ。と言っても、まずは中継地点となる月周回基地の開発からだけど」

「すごい……」

 

優子は感動して口を手で覆う。科学の進歩の片鱗を目の当たりにした。その事実だけで、胸がいっぱいになる。

 

「でも、アンタはそれよりも優子ちゃんを選んだ。私としてはそっちの方が嬉しいわ」

「いや、それは親父の仕事を知らなかったからで」

「知ったとしたら、アンタは飛びついた?」

「それは……」

「そこで即答できないのが答えよ」

 

星奈の言葉に、秀隆は渋々と引き下がる。明るい未来を安易に選択しないということはそういうこと。科学の発展に携わるよりも、人として成長することを選んだ。ひとりの親として、星奈はそれを誇らしく思う。

 

「ま、アンタのことだから、公式発表が出てたら、大学からは進路を考えたでしょうね」

「まぁ、な」

 

聞く限りは月面基地開発計画もまだまだ構想段階。課題も山積み。だとしたら、仮に父親の手伝いをするにしても、大学で基礎知識を叩き込んでから参入しても遅くない。

 

「……」

「優子?」

「あ、ううん。なんでもないわ」

 

少し考え込むように押し黙る優子を、秀隆が不思議そうに覗き込む。

 

「あ〜。肩の荷が下りた。アンタもちゃんとしてるし、優子ちゃんとの仲も良好。孫の代まで安泰ね」

「ん?」

「え?」

「え?」

 

3人がポカンと顔を見合わせる。

 

「今、なんて?」

「え? だってアンタたち付き合ってるんでしょう」

「「違えよ(います)!!」」

 

2人揃って大声で否定する。

 

「ええ〜っ! 嘘! だって雅子からほぼ付き合ってるようなもんだって」

「やっぱりマサ姉かっ! ホントにロクなこと言わねぇなあの飲んだくれはっ!」

 

某所で雅子が盛大にクシャミをする。

 

「優子ちゃんだって。今日はデートのつもりで来たんでしょ?」

「べべ、別にデートってわけじゃ……」

「じゃぁ何の用で来たの?」

「えっと……買い物とかに付き合ってもらおうかと……」

「女友だちとじゃなくて?」

「はい……」

「そんなおめかしして?」

「……はい」

 

優子は化粧っ気はないがノーメイクというわけでない。ちゃんとシャドウも入れているし軽くチークもはたき薄くグロスも塗っている。『気合が入っている』と言われれば否定はできない。

 

「ほらデートじゃない」

「あう……」

 

逃げ道を塞がれた優子が顔を真っ赤にして俯く。

 

「秀隆」

「……なんだよ」

「いつまでも女の子を持たせるもんじゃないわよ」

「…………善処する」

 

ここで否定できないのが自分の弱みだな、と秀隆は改めて思い知らされた。

 

数日後。

 

「それじゃ秀隆。優子ちゃん。秀吉くん。元気でね」

「はい」

「星奈殿も息災にの」

 

国際空港のロビーで秀隆、優子、秀吉は星奈の見送りにきていた。

星奈は数日の間に日帰りで温泉に行ったり、木下家と家族ぐるみで食事をしたりと短い休暇を満喫した。その間、秀隆はほとんど不機嫌だったが。

 

「なによ秀隆。アンタからは何もないの?」

「ねぇよ。精々死なないことだな」

 

憎まれ口を叩く秀隆を、星奈はそっと抱きしめた。

 

「お、おいっ」

「――頑張んなさい」

「……おう」

 

星奈は秀隆の背中をポンと叩くと、すぐに身体を離した。

 

「秀吉くんも。アメリカ(こっち)に来たくなったらいつでも言ってね。本場のブロードウェイミュージカルを観せに連れて行ってあげる」

「本当かの!? ありがたいのじゃっ!」

 

キャッキャと燥ぐ秀吉に柔らかく微笑み、優子に向き合う。

 

「優子ちゃん」

「はい」

「うちの合鍵まだ持ってる?」

「え? ええ」

 

星奈は満足そうに頷くと、そのまま優子の耳に口を寄せる。

 

「――もし我慢できなくなったら、いつでも襲ってもいいからね」

「!!?」

 

優子から顔を離した星奈は、イタズラっぽくウインクすると、颯爽とその場を立ち去っていった。

 

「行ってしまったのぉ」

「ったく。相変わらず自由奔放な母親だ」

「そんなことを言うて、何だかんだお主も寂しかったのではないか?」

「やれやれ。またムッツリ商会のラインナップが増えるな」

「お主は何をしでかす気なのじゃ!?」

 

星奈が人混みの向こうに見えなくなると、秀隆たちも踵を返す。

 

「優子?」

「……え?」

「姉上、どうしたのじゃ? 顔が紅いようじゃが……?」

「な、なんでもないわっ。行きましょう!」

「「?」」

 

逃げるようにロビーエントランスを出ていく優子。

優子が星奈の言葉に従うか、己の欲望に打ち勝つかは――神のみぞ知る。




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