バカと凶刃と召喚獣   作:赤辻康太郎

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今回はホームルーム後の会話回。職員室突撃までの話となります。
何やかんや詰め込んでたら少し長くなってしまいましたがご了承ください。


第百九問

第百九問

 

一悶着あった朝のHRの後、教壇に立つFクラス担任の鉄人こと西村教諭の前に、クラス代表の坂本雄二を筆頭とした男子生徒たちが群がっていた。

その男子生徒たちを毅然とした態度で腕を組んで見渡す西村教諭に、雄二が諭すようにゆっくりと語りかける。

 

「西村先生。知的好奇心を育むためには、具体的な目的が必要だとは思わないか?」

 

相手の目を真っ直ぐに見つめ、耳だけでなく心に届くように言葉を紡ぐ雄二。

拝聴する西村教諭は何の発言もせず、じっと雄二が次の言葉を発するのを待っていた。

そんな相手の態度に満足したかのように笑みを浮かべ、雄二がさらに言葉を続ける。

 

「古今東西、科学技術の発展の裏側には、必ず大なり小なり戦争の影が存在した。鉄が生産されたのは工業の為ではなく剣や鎧を作るためであり、馬が飼育されたのは農業の為ではなく騎兵の生産の為だ。近代で挙げるとしたら、核技術開発の発端だって戦争だと言えるだろう」

「…………」

 

西村教諭はまだ何も言わず、胸の前で腕を組んだままじっと耳を傾ける。

 

「科学技術の発展という明るい結果が生まれる背景には、人間同士の戦争という暗い過程が存在していた――とまで言うと、流石に言い過ぎかもしれない。しかし、戦争という危険だが明確な目的を持つと、その度に科学技術は飛躍的に発展を遂げてきた。これは残念ながら紛れもない事実だ」

「…………」

 

西村教諭はまだ言わない。

 

「本来、科学技術の発展というものは知的好奇心を原動力として発生する。それは古代だろうと現代だろうと、どのような時代であっても変わらない」

「…………」

「だが、その原動力がより効率的に結果に結びつくのは――過去の事例をみる限り『戦争の勝利』という闘争本能に根ざした『具体的な目的』が存在する場合が多いと言える」

「…………」

「別にだからと言って戦争が必要であると言っているわけじゃない。戦争というものは多くの死者を出し、それは同族を殺すという、生物にとっては本当に逆らう最大のタブーを犯し続ける愚行そのものだからだ」

「…………」

「だが、それが愚行であっても、そこから学び取れるものだって少なからず存在する。それは『知的好奇心は具体的な目的を持つことで、より良い結果へとつながり易い』という事実だ。――ここまで言えば、あとは先生になら分かってもらえるはずだが」

 

雄二がここまで言うと、西村教諭は初めて反応らしい反応を見せた。

 

「坂本。お前の言わんとしていることは伝わった。確かにお前の言う通り、知的好奇心は目的の有無によってその在り方が変わってくる。それはその通りだ。……だが――」

 

西村教諭は組んでいた腕を解きほぐし、そのまま腰に手を当てる。

 

「――だが、没収したエロ本の返却は認めん」

 

『『『ちくしょぉおおーっ!!!!』』』

 

Fクラス男子のほぼ全員が、西村教諭の無慈悲な言葉に涙を流れして絶叫した。

新学期早々、眠い目を擦りながら登校してきた明久たちを出迎えたのは、非常とも言える教師陣により抜き打ち持ち物検査。抵抗する暇すら与えられず取り押さえられた明久たちは、せめてもの抵抗と西村教諭に没収品の返還を求めた。

雄二の長々とした演説は、エロ本の返却を求めるFクラスの心からの願いだった。

 

「どうしてですか西村先生! さっきの雄二の演説を聞いたでしょう!? 僕たちが『保健体育』という科目の学習に対する知的好奇心を高める為には、『エロ本の内容の理解』という本能に根ざした具体的な目的が必要不可欠なんです!」

「理解せねばならんほど高度なエロ本を読むな。お前は何歳だ」

「アレが高度だと一瞬で理解できるとは、一応鉄人も男ごはっ!」

「西村先生と呼べ」

 

茶化していたクラスメイトのひとり、神崎秀隆の額にチョークが突き刺さる。

 

「何歳だ、なんて野暮なこと言わないでください! 知識を求めるのに年齢なんて関係ないはずです!」

「ここをよく見ろ。思いっきり『成人指定』と書いてあるだろうが」

「ああもう! ああ言えばこう言う! 西村先生は心まで鉄でできているんですか!?」

「お前たちの為に心を鬼にしているんだ」

 

そんなわけないだろう。と誰もが思ったが、秀隆の二の舞にはなりたくないので黙っておいた。

 

『お願いします、西村先生! 僕らにその本を返してください!』

『僕らには――僕らにはその本が必要なんです!』

『西村先生、お願いします!』

『『『お願いします!』』』

 

「黙れ。一瞬スポ根ドラマと見間違うような爽やかさでエロ本の返却を懇願するな」

 

一瞬たりとも同列に思われたスポ根ドラマはたまったものではないだろう。

それはそうと、Fクラス男子の心を込めた嘆願も、西村教諭には届かない。届くわけがない。

 

「それなら先生。こう考えてはどうでしょうか」

「だからなんだ吉井。これ以上はくだらない演説に割く時間はないぞ」

「アレはエロ本じゃなくて、保健体育の不足部分を補っている参考書だと」

「全員きちんと準備して授業に臨むように。朝のHR(ホームルーム)を終わる」

 

明久の機転も実らず、西村教諭はにべもなくそう伝えると出席簿を小脇にかかえて退室しようとする。

 

「ええい! こうなりゃ実力行使だ! 僕らの大事なエロ本(参考書)の為、命をかけて戦うんだ!」

「「「おおおーっ!!」」」

 

立ち上がり西村教諭を取り囲む。いかに趣味がトライアスロンという西村教諭でもこの人数差だ。倒せないまでも誰かがエロ本を取り返してくれる。明久たちは勝ちを確信していた。

 

「ほほぅ……。キサマら、いい度胸だな」

 

そんな危機的状況にも関わらず、西村教諭は動揺することなく、静かに出席簿を教壇に戻すと、拳を握り構える。

 

「いいだろう。時に真正面から生徒と拳でぶつかり合うのも教師の努めだ。――キサマら全員覚悟はいいな?」

「総員、かかれぇーっ!」

「うぉおおおぉぉーっ!!」

 

恨み募る怨敵に対し、Fクラス男子が拳を握り飛びかかった。

 

――5分後――

 

「あの野郎……。絶対に人間じゃねぇ……」

 

先ほどまで熱弁を振るっていた雄二が苦々しく呟く。体格も良く、喧嘩慣れしているはずの雄二は、一本背負いで強かに叩きつけられた腰をずっと擦っていた。

 

「だよね……。どうして45人の男子高校生を相手にして、たった1人で戦えるんだろう……」

 

召喚獣を出す間もなく明久は肩固めで悶絶させられ、他の周りで倒れているクラスメイトたちは足払いや巴投げ、更には腕ひしぎなど様々な柔道技で徹底的に潰されている。

この人数を相手に、しかも怪我をさせぬよう手加減をしながら戦った西村教諭は、誰が見ても人間離れしている。トライアスロンの選手は皆筋肉超人なのかと疑いたくなるほどには。

 

「…………あの動き、人間兵器のレベル」

 

同じくクラスメイトの土屋康太ことムッツリーニが肩を落とす。二つ名から分かるように、康太の原動力はエロ。エロ本は彼にとって参考書を超えた聖典(バイブル)。そんな彼には、エロ本没収という辛苦は誰よりも堪えただろう。

因みに康太はスタンガンを構えて特攻し、一瞬で武器を奪われて自分がその電撃を身に受けていた。動きの早い康太から一瞬で武器を奪い即座に反撃に転じるのは、武術の達人でもなければ至難の技だろうに。

 

「違いねぇ……。鉄人め、何で死角からの一撃を振り向きもせずに反撃できるんだよ……」

 

痛む顎を頻りに擦り秀隆が忌々しげに呟く。秀隆は康太が反撃を受けている隙をついて、背後から蹴りを入れようとしたのだが、西村教諭はその攻撃を見向きもせずに後ろ蹴りでカウンターを決め、顎に一撃を食らった秀隆はそのまま黒板に叩きつけられて現代アートの壁画と化していた。

 

「それはお主の殺気がダダ漏れだからじゃろ」

 

と、呆れながら明久たちを見下ろすのはクラスメイトの木下秀吉。秀吉はクラスメイトたちが西村教諭の持つ麻袋に集中する中、ひとりだけ虎視眈々と息の根を止める機会を伺っていた秀隆に気づいていた。

 

「そんなわけがねぇ。ちゃんと殺気は殺していたはずだ」

「殺そうとしたことは否定しないのね……」

 

と、またしても呆れ声を漏らしながら近づいてきたのはFクラスの数少ない女子生徒のひとり、島田美波。今日も今日とて特徴的なポニーテールを揺らし、明久たちを勝ち気な目を細めて睨見つけている。

 

「アンタらってこういう時は本当に凄い結束力を発揮するわよね……」

「そうですね」

 

美波が心底呆れたように呟き、後ろに控えるFクラス女子生徒のひとり、リリアーヌ・シュトラウスキーも愛想笑いと苦笑いの中間の顔で同意した。

 

「凄い結束力って、そんなに統制が取れてた?」

 

明久からしたら、皆が思い思いに西村教諭に飛びかかっていたので統制も何もあったものじゃないと感じていたが。

 

「統制っていうか……どうしてクラスの男子全員が、一人残らずその……ああいう本を、学校に持ってきてるのよ……」

 

言いながら美波が顔を少し赤らめる。没収された際に誰かのエロ本の表紙が目に入ってしまったのだろう。表紙だけでも、思春期の女子高生には刺激が強すぎたようだ。

 

「島田よ。一応ワシは春画の類は持ってきておらんからな?」

「秀吉は女の子だもんね」

「ワシは男じゃと言うとるじゃろっ!」

「いえ、男女関係なく持ってきてはダメですよ」

 

そもそも西村教諭の指摘通り、明久たちのエロ本は『成人指定』なのだから購入すらできないはずなのだが。通信販売の負の一面を垣間見た気がした。

 

「まぁ、男子には色々と事情があるんだよ」

「あんな本を全員で持ってくる事情っていったい……?」

 

美波が明久の言葉に悩まなくていい頭を悩ます。

夏休み明け直後のこの時期に、明久たちが示し合わせたようにエロ本を学校に持ち込んだのは、ムッツリ商会主催の『収穫報告祭(夏)』に自分たちが入手した収穫物の批評をするためだ。今回も豊作で大盛況間違いなしだっただけに、明久たちは余計に悔しさを滲ませる。教師陣もこちらの動向を察知して水面下で動いていないのではないかと思う程の迅速さであった。向こうの情報網も侮れない。

 

「でも、没収されたのは仕方ないと思います。その……ああいう本は、明久君たちにはまだ早いと思いますから……」

 

と、今度はFクラスの数少ない癒し系女子の姫路瑞希が、こちらも恥ずかしそうにやんわりと明久たちを窘める。美波と対照的な胸部装甲が、今日も荒んだ明久の心を癒していく。

 

「アキ? 今変なこと考えなかった?」

「ナンニモカンガエテナイヨ?」

 

美波といい姉の玲といい、明久は自分の周りの女性は皆エスパーなのではないかと思ってしまう。

 

「まぁ、姫路やリリアの言う通りではあるんだが……」

「うぅ……。それでもやっぱり納得はいかないよ……」

 

拐かされた秘蔵の写真集の事を思うと、明久は涙を禁じ得なかった。せっかくその手の事に厳しい玲の監視も捜索の目も免れて今日まで隠し通せてきたというのに、よりにもよってノーマークだった学校で没収されるとは思ってもみなかった。

 

「僕にとって安息の場所はどこにもないのか!」

「そう嘆くでない。持ち物検査なぞ、久しくなかったからの。油断するのも無理からぬことじゃ」

 

明久の記憶でも持ち物検査が敢行されたのは随分と前のこと。皆が油断していたこの時期の持ち物検査は、まさに不意打ちだった。

 

「確かに凄い不意打ちだったわね。ウチも細々としたものを沢山没収されちゃったわ。DVDとか、雑誌とか、抱き枕(カバー)とか……」

「そうですね……。私も色々と没収されちゃいました……。小説とか、CDとか、抱き枕(カバー)とか……」

「お前ら学校に何持ってきてんだよ……」

 

おおよそ一般的な女子高生の持ち物として相応しくない単語に、秀隆が訝しがる。

 

「なんだ。姫路や島田も没収されていたのか。んじゃ、秀吉やリリアもか?」

「うむ……。演劇で使おうと思っておった小道具なのじゃが、運悪くその小道具が携帯ゲーム機などでの……」

「私も小説に、部活の音源で使おうとしたCDや練習用の録音機を……」

 

秀吉が苦々しく、リリアが心底残念そうに呟く。

文月学園の持ち物検査は、例えそれが本当に部活で使用するものであっても例外は認められていない。秀吉は以前にも演劇で使う衣装を没収されていたので、ゲーム機ともなれば返却は絶望的だろう。

 

「…………持ち物検査についての警戒をすっかり忘れていた……」

 

康太の身体が、背中を丸めているせいで更に小さく見える。康太の情報網さえあれば、警戒していれば今回の持ち物検査にも十分に対応できたはずなのだが、完全に油断していたのだろう。収穫祭(夏)の準備で浮足立っていたのもあるかもしれない。

 

「たぶん、俺たちの預かり知らぬところで秘密裏に動いてたんだろうな」

「学校全体での一斉持ち物検査だからな……。夏休みの、俺たちがいない間に打ち合わせていたってことか」

「まったく。やることが汚いなぁ……」

 

学生と違い、夏休みでも教師陣は部活や講習、宿直などで学校に出勤する機会が多い。おそらくそのタイミングで打ち合わせしてたのだろう。もしくは、プライベートな飲み会と称してブリーフィングしていた可能性もある。

 

「にしても、始業式からまだ1週間も経ってねえってのに……」

 

秀隆が忌々しげに眉をハの字に曲げる。

始業式当日、あるいは翌日までなら警戒している生徒も多かっただろう。それが何もないときたら、油断して普段通りに鞄に色々と詰めてきても不思議ではない。

 

「そりゃ校則で『授業に関係のない私物の持ち込みは禁止とする』ってあるけどよ」

「それにしても厳し過ぎるよね」

「まぁ、携帯電話が没収されないのが唯一の救いか」

「授業中に使ったり鳴ったりしたら即没収じゃがな」

 

昨今の社会情勢を鑑みて、緊急時の連絡用としての携帯電話の所持だけは例外的に認められている。ただし、他所の学校と同じく、授業の妨げとみなされた場合は没収は免れない。

 

「して、明久は写真集の他に何を没収されたのじゃ?」

 

秀吉が明久の鞄を指差しながら尋ねてきた。明久が普段から授業に関係のないものを持ち込んでいると決めつけているような言い方だが、事実だから文句の言いようがない。

 

「えーっと、本にCDにゲームに、(姫路さんや美波や秀吉の水着)写真とか……」

「写真集だけでなく普通の写真まで没収とは……。教師陣も容赦ないのう」

「まったくだよ。昨日ムッツリ商会から買ったばかりだから、あんまり見れてないのに……」

 

せっかく朝早くに登校してなけなしのバイト代をはたいて買ったというのに、と明久はため息を吐く。

 

「本当に、残念ですよね……。私も(新作の抱き枕と)並べて眠るの、楽しみにしていたんですけど……。水着の写真だって飾りたかったのに……」

「ウチも。今日は凄く良い夢が見られそうだったのに……」

 

何故か瑞希と美波から同意を得られたことに明久は疑問符を浮かべる。

 

「雄二や秀隆はどうだった? 本の他に何か没収された?」

 

今の瑞希たちに深く関わるとショックを受けそうなので、明久は代わりに雄二と秀隆に話を振る。

 

「俺はまたMP3プレイヤーだ。一昨日出た新譜を入れたばっかりだったてのに、それも全部パァだ。クソっ」

 

忌々しい、と言わんばかりに雄二が吐き捨てる。雄二は前にもMP3プレイヤーを没収されていたのでこれで少なくとも2度目。決して安くない品な上に、お気に入りの楽曲も入っていたとなれば、悔しさもひとしおだ。

 

「秀隆はどうなのじゃ?」

「えーと……。木刀だろ。あとゴムナイフに、トンファー、メリケンサック。それからスタンガン、スタングレネード、催涙スプレーと」

「物騒なものばかりじゃない」

「あとテザーガンだな」

「銃刀法違反で逮捕されても驚かねぇな」

「むしろ何で逮捕されてないの?」

「どうやってそれだけの武器を鞄に入れたんですか?」

 

入手経路含め、どうやって持ち込んだのかが謎である。

 

「そうじゃなくて、娯楽物は何か没収されなかったんですか?」

「ないな」

「「「ええっ!?」」」

 

即答する秀隆に、明久たちだけでなくクラス中かは驚きの声が上がる。

 

「なんでですかっ!? 神崎君だって小説とか読んでますよね?」

「今日はたまたま持って来なかったんですか?」

「いんや。あるぞ」

 

と、秀隆は鞄から一冊の本を取り出す。

 

「あ、それはっ」

「私が没収されたのと同じ本です!」

 

秀隆出したのは今本屋大賞候補と話題のオムニバスリレー形式の人間ドラマ小説。瑞希とリリアが没収されたものだ。

 

「何で私たちのは没収されて神崎君のは大丈夫なんですか!?」

「ズルいです!」

 

プリプリと憤慨する2人に、秀隆はふふん、と鼻を鳴らす。

 

「悪いな。これは俺の所持品であっても俺の所有物じゃないんだ」

「? どういうことです?」

「こういうことさ」

 

秀隆は種明かしするように本の『上』を見せる。

 

「あ!」

「それって」

「そ。これは『図書室の本』さ」

 

本の上には『文月学園図書室』の押印がしてあった。つまり、秀隆の持っている本は学園の物。いくら西村教諭でも、学園の所蔵品を没収はできない。

 

「私も今度から図書館で借りようと思います」

「私もそうします」

「おう。それがいいぞ。リクエストしたら結構な頻度で入れてくれるからオススメだ」

「じゃあエロ本なんかも」

「そんなわけないでしょっ!」

 

明久がバカな事を言って美波に叩かれる。

 

「というか、小説は学園の所蔵品だからいいとして、エロ本も持ってきてなかったのか?」

「あ、そう言えば。秀隆って今日の収穫報告祭(夏)は不参加だったっけ?」

「いや、参加予定だったんだが……持ってこれなくなった」

「持ってこれなくなった? そんなわけないだろ。お前は俺や明久と違って監視の目がないんだから、いくらでも持ってこれるはずだろ」

「そうだよ。なんなら秀隆の家に匿ってもらおうと思ってたのに」

 

明久の家に玲が帰省している今、この面子の中で完全な一人暮らしは秀隆のみである。

 

「お前ら、忘れたのか?」

「何を?」

「優子はな――うちの合鍵を持っている」

「「あぁ〜……」」」

 

秀隆の両親がアメリカに渡る際に託されたという合鍵を、優子は後生大事に持っている。

 

「つまり、秀隆の状況は、母親の居ない俺ん()ってことか」

「やっぱり木下さんもそういうのに厳しの?」

「まぁそれなりになんだが、それよりも夏休みにお袋が帰ってきたのがマズかった」

「神崎君のお母さん、ですか?」

 

夏休みに母親の星奈が帰ってきた。そのせいで秀隆は収穫報告祭(夏)に参加できなくなったと言う。

 

「お前も母親が厳しい口か?」

「いや、むしろこっちがドン引くくらい寛容過ぎる。……優子に見つからないように隠していた秘蔵の本を、全部見つけ出して嬉々として読み漁るくらいにいな」

「「「うわぁ……」」」

 

息子のエロ本を楽しそうに読む母親なんて、世界中探しても星奈くらいのものだ。

 

「なんとも、星奈殿らしいの」

「しかも優子と一緒に呼んだ上に、『この辺の趣味はあの人とおんなじね』とかほざきやがった……!」

「それは……」

「ご愁傷さまだね……」

「…………地獄」

 

幼馴染みの女子にバレただけでも悶絶ものなのに、その上父親と性癖を比べられるなんて、思春期の男子高校生からしたら羞恥以外のなにものでもない。恥ずかしさで死にたくなる。

 

「それで、萎えて参加できなくなったのか」

「ああ……」

 

これなら単純に優子に見つかっただけの方がマシだった、と秀隆は遠い目をして呟いた。

 

「んで、康太はやっぱりカメラか?」

「…………(こくり)」

 

沈んだ表情のまま頷く康太。写真部に入っていたらギリギリ許されるような気もするが――被写体を考えると完全にアウトであった。

 

「…………今回はデータの入ったメモリーも没収されたから、再販も当分できない」

「「「ええぇっ!?」」」

 

再販の目処が立たない。その言葉に、明久、瑞希、美波の3人が絶望の悲鳴を上げる。

 

「どういうことさムッツリーニ! いつもきちんとバックアップを取ってるんじゃないの!?」

「そうですよ土屋君! どこかに予備データが残っていたりはしないんですか!?」

「本当は家のパソコンを探せば出てくるのよね!?」

 

仕事柄(?)康太がバックアップを怠るとは思えない。再販ができないわけがないだろうと明久たちは康太に詰め寄った。

 

「…………バックアップは、ある。けど、サルベージに時間がかかる」

「「「そ、そんな……っ!」」」

 

思わず床に手を突いてしまう3人。確かに康太が普段から撮り貯めているデータは膨大な量だ。そこから必要なデータをピンポイント探すとなると、かなりの時間と労力が必要となる。

そうなると、明久たちはそのデータがサルベージされ、更には再加工された上で、注文してから納品されるまで生殺しの状態で悶々とした日々を過ごさなければならない。

 

『おい、今の聞いたか……?』

『ああ……。再販が未定だとは……! 姫路や島田や木下やリリアちゃんの水着写真がそれまでお預けだなんて、死にも等しい苦行だぜ……!』

『それだけじゃない。霧島に工藤に、知らない美人のお姉さんまで水着で写っていたらしいぞ……!』

『更にはAクラスの木下優子や司書の小鳥遊女史まで水着だったそうじゃないか……!』

『それを見られないなんて……! 俺は……俺は……!』

 

クラス中からそんな欲望に塗れた嘆きの声が木霊する。

Fクラスのモテない男子生徒にとって、ムッツリ商会から写真が提供されるかどうかは重要な死活問題なのだ。

 

「さて。どうする雄二、秀隆? ……やる?」

「そうだな……。流石にこれは学園側の横暴が過ぎるからな。これを許したら、今後の学園生活に支障をきたしかねねぇ」

「よし、やるぞ明久、秀隆! 教師ども――特に鉄人が出払った昼休みに職員室に忍び込み、俺たちの夢とお宝を取り戻すんだ!」

「おう!」

「…………お前たちだけを、戦わせはしない」

 

再び立ち上がった雄二の呼びかけに呼応し、康太や他のFクラス男子も名乗りを上げる。

『おっと待ちな、お前ら!』

『俺たちを忘れてもらったちゃ困るぜ!』

『へへっ……。俺たち、仲間だろ?』

「み、皆……! ありがとう!」

 

Fクラスは一度負けたくらいでへこたれることはない。取り戻せる可能性が僅かでもある限り、愛と勇気と性欲を胸に、何度でも立ち上がる。

 

「あ、あのっ! 皆さん落ち着いてくださいっ」

 

そこに待ったをかけたのは、瑞希だ。

 

「? 姫路さん……?」

「明久君、坂本君、神崎君、それに他の皆さんも……。やっぱりそういうのは、良くないと思うんです」

瑞希は皆に言い聞かせるように話し始める。

 

「良くないって、職員室に忍び込むのが?」

「はい。元はと言えば、私たちが授業に関係のない私物を持ち込んだせいですし」

「そうは言うがな、それだと没収された物は返ってこないぞ?」

「そ、それはその……。返してもらえないのは嫌ですけど、でも悪いのは学園のルールを破った私たちですし……」

「そうよね。元々ウチらが校則違反をしたんだし。返ってこないのは、仕方なのないことよね……」

「そうですね。これ以上別の違反を重ねるのは、話が違う気もしますし……」

 

美波とリリアも瑞希の言葉に賛同はするが、どこか煮え切らない様子だ。

 

「それは違うぞ」

 

そこで、真正面から秀隆が否定した。

 

「お前たちの言う通り、校則違反をした俺たちが悪い。それは認める」

「神崎君」

「でもな、何でもかんでも没収ってのはそれこそ話が違くないか? エロ本はともかく、部活の小道具や資料まで没収するのは流石にやり過ぎだろ」

「それは……」

「確かにそう思うけど……」

「だろ? しかも鉄人はそう言った弁明すら聞き入れずに持ってったんだ。向こうがこちらの話を聞かない以上、こっちだって実力行使に出るしかねぇ」

「だからって、職員室に盗みに入るだなんて……」

「何だか狡い気がします……」

「狡い、ねぇ」

 

それでも、職員室に忍び込むのは良くないと瑞希たちは主張を曲げない。

明久は困ったように雄二を横に見る。

 

「雄二、どうする?」

「あ〜……。どうするもこうするも、姫路たちにそこまで言われちゃ、考え直すしかないだろ」

「だよね〜」

 

雄二も腕を組み、う〜ん、と唸る。

 

「明久君……。坂本君……。分かってくれたんですね」

 

瑞希は雄二の言葉にホッと胸をなでおろす。

 

「ああ。つまり、姫路たちはこう言いたいんだろ?」

 

雄二が瑞希たちの言葉を汲み取って、はっきりと告げる。

 

「――男ならこそこそと忍び込んだりせず、真正面から鉄人に立ち向かって正々堂々と取り返してこい、と」

「全然違いますからね!?」

 

雄二の男らしい宣言に、瑞希は驚いて悲鳴を上げる。

 

「ま、やっぱそうするっきゃねぇよな」

「神崎君も、変に同調しないでください!」

「安心して姫路さん。エロ本はダメでも、姫路さんたちの私物だけでも取り返して来るから」

「「それだけは本当に止めて!?」」

 

明久の無垢な優しさが、瑞希たちの心に突き刺さる。

 

「よし、野郎ども! 昼休み開始と同時に職員室に突撃! 鉄人のロッカーから、俺たちの聖典を取り返すぞ!」

『『『おおーーっ!!』』』

「待っててね姫路さん。美波。必ず取り戻してみせるから」

「「お願いだから本当に止めて(ください)!!」」

 

かくして明久たちはFクラス男子は、昼休みに職員室急襲を敢行するのであった。




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