第百十問
「野郎ども! 出陣だぁーっ!」
『『『おおーっ!!』』』
昼休みを告げるチャイムとと共に、雄二たちは群を成して職員室に突撃した。狙いは教師たちに奪われた
「じゃ、姫路さん。美波。行ってくるね」
「あ、あの明久君、決して無理はしないでくださいね!」
「そ、そうよアキ! 別にウチたちの私物が取り返せなくても、無事で帰ってきてくれたらそれでいいから!」
「姫路さん……。美波……。分かった。必ず取り戻してみせる!」
「「…………」」
瑞希と美波の死地に向かう恋人に向けるかのような台詞に、明久は感激して士気を高めているが、実際のところ2人は明久に私物(枕カバーや写真)を見られたくないだけである。
「取り敢えず、ダメ元で秀吉とリリアの部活道具くらいは狙ってしてみるわ」
「すまぬの」
「無理はしないでくださいね」
「ま、期待はしないでくれ」
秀隆たちも似たような台詞を交わしているのに、向こうと比較して雰囲気がまるで違う。
『『『うおぉおおおっ! 待ってろよ俺の
かつてない程の最低な職員室教習作戦に、残された秀吉たちはため息しか出なかった。
「だから、どうしてお前たちはそこまで単純なんだ……」
そして、明久たちは補習室の硬い床の上に正座をさせられて、西村教諭監修のもと、補習の問題集をひたすらにやらされていた。椅子すら使わせてもらえていないことが、西村教諭の呆れと怒りっぷりを物語っている。
「くそっ。汚ぇ……! 俺たちのお宝を奪ってボコった挙句、今度は職員室で召喚獣を用意して待ち伏せとは……! 教師の風上にも置けねぇ連中だ……!」
「まったくだよ。正面から男らしく堂々と襲撃にきた僕たちを、卑劣にも待ち伏せで迎え撃つなんて……! あんなの、大人のやることじゃない……!」
「同感だ……! こっちは素手で挑んだってとに
「坂本、吉井、神崎。無駄口を叩く余裕があるキサマらにプレゼントだ」
「「「げっ!」」」
ドスっ、と明久たちの目の前に問題集(赤本並の厚さ)が一冊追加される。既に今解いている分も含めると、今日中に終わらせるのは物理的に不可能に近い。
「酷いっ! このチンパンジー、人間じゃない!」
「さてはこのチンパンジー、俺たちを家に帰さないきだな!?」
「そう言えば、お前らは夏休みの課題の提出がまだだったな」
更にドスン、と問題集が一冊積まれる。
「提出が遅れている分の利子だ。1週間遅れる毎に更に一冊追加してやろう」
「「うぎぃいーーっ!!」」
明久と雄二は絶望に奇跡を上げる。
「ちょっと待て! 俺はちゃんと出しただろ!」
「神崎。お前ともあろうヤツがまだ分からんのか?」
「何がだ?」
「連帯保証人だ」
「ふざけんなよこのクソゴリラっ!」
「おまけも追加してやろう」
「うがぁあーーっ!?」
もはや勉強漬けにして衰弱死させてやろうと言わんばかりである。
『吉井も坂本もバカだな……。あのチンパンジーに逆らうなんて』
『神崎もだ。余計な口を挟まず、俺たちみたいに大人しくチンパンジーに従っていればいいものを……』
『無駄な抵抗をするから、チンパンジーに目をつけられるんだ』
「そう言えば、他の連中も全員課題を提出していなかったな。安心しろ。全員平等に利子をくれてやる」
『『『うぎぃいーーっ!!』』』
未提出の課題、補習の問題集、追加の問題集、とドンドンと課題が増えていく。元はと言えば自分たちのしでかした事のツケなのだが、余りの理不尽さに明久の頬に生温かい轍ができる。
「おのれ鉄人……! 絶対に復讐しちゃる……!」
「あの野郎、今に見てやがれ……!」
「…………この恨み、忘れない」
「ぜってぇいつか吠え面かかせてやる……!」
『月のない夜道には気をつけろってんだ……!』
『見てろ、そのうち靴に画鋲を仕込んでやる……!』
『そらなら俺は、鉄人同性愛者説を学校中に流してやる……!』
「更に一冊追加だ」
『『『うぎぃいいーーっ!!』』』
急襲に加わらなかった秀吉ら4人はEクラスで一緒に授業を受け、Fクラス男子46名は補習室で軟禁という大惨事。ただでさえ暑苦しいFクラスメンバーの中から、数少ない癒やし枠である女子+αを外された上に、講師が暑苦しさの権化である西村教諭ともなれば、明久たちの恨みも募るばかり。完全に逆恨みではあるが。
「まったく、つくづくお前たちは……。そんなに体力があり余っているようだが、そういうものは運動で発散しろ。幸いにも近々体育大祭もあることだしな」
2学期が始まるや否や、いきなり開催される大きなイベント、文月学園体育祭。
長い夏休みの間にたるんでいる気持ちを、身体を動かすことで引き締めさせようとするイベント。――というのは建前で、本当はどうせ休み明けで勉強にも身が入らないだろうから、先にイベントを消化してしまえ、というのが学園、いや学園長の本音だろう。始業式の間に生あくびを我慢できずにいた教師もチラホラと見えたので、教師陣に向けたイベントでもあるのかもしれない。
「さて。俺はお前たちが暴れた後始末をしてくる」
「あ、ちょっと待て鉄人! 俺の話を」
「聞かん。どうせ没収されたエロ本の返却の催促だろう。それと、西村先生と呼べ」
「いや、俺はエロ本没収されてねぇし。それよりも」
「だとしても、どうせ没収品の返却の請願であることは変わらんだろ。勉強に不要な物を持ち込んだ己の不徳を恨むんだな」
「いやだからそれは一部認めるが」
「全員サボらずに課題をやっておくこと。脱走を企てたら……地獄を見せてやる」
西村教諭は秀隆の話に一切の耳を傾けることなく、不穏な言葉を残すと、ご丁寧に外から鍵までかけて補習室を後にした。脱走を実行どころか考えることするら咎めるとは。西村教諭の本気度がうかがえる。
「くそっ。あの
「おいおい。珍しくやけに食い下がるじゃねぇか」
「本当だね。そんなに武器を返してほしかったの?」
「…………愛着でもあるのか?」
「そんなんじゃねぇよ。せめて秀吉たちの部活の道具ぐらいは返してほしかっただけだ」
秀隆は自分のためではなく、秀吉たちのためだと言う。
「はっ。天下の月華凶刃様が殊勝な心掛けなこって」
「黙れ悪鬼羅刹。嫁さんにこの状況を報告しても良いんだぞ」
「だから翔子は嫁じゃねぇ! と言うか、この状況を報告して何になるんだ?」
「分からんのか? いくら他に男子がいるとは言え、今お前は明久と床に座って密着状態だ。この状況を霧島に報告したらどうなると思う?」
秀隆の悪魔の笑みに、雄二の顔が見る見る青くなり、全身から汗が止まらなくなる。
「オーケー、オーケー。俺も大人だ。野暮なことは言わないでやろうじゃないか」
「分かりゃあいいんだよ」
と言いつつ、秀隆もこの状況を優子にバレたら何を言われるか分かったものじゃないので、内心では冷や汗ダラダラだった。
「まぁそれは置いといて、そういやもうすぐ体育祭だったな。体育祭と言えば……アレがあるな」
少し気を取り戻したのか、西村教諭の言葉を思い出してニヤリと笑みを浮かべる。
「そうだね。アレがあるね」
明久も同じように口元が緩む。見渡すと、秀隆や康太を含め、補習室にいる全員が同じように口の端しを歪めている。皆同じ考えに至ったようだ。
「思えばこの5ヶ月。いや、入学以来の1年5ヶ月。俺たちはこの学園の教師陣には随分と酷い目にあわされてきた」
「教育的指導という名の体罰は当たり前。何かが有れば真っ先に俺らが犯人扱い。おまけに冤罪だったとしても謝罪は一切なし。面倒な雑務なんかも散々押し付けられた」
「それに廊下に正座させられたり、補習室に軟禁されたり、聖典を没収されたり、酷い設備の教室に押し込まれたり、学年の男子全員が停学にさせられたりしたよね」
秀隆と明久の言葉に、皆が「うんうん」と大きく頷く。ここにいる仲間は皆同じような境遇に置かれてきた同志たち。舐めさせられた辛酸も大差はない。
もっとも、その原因を作ったのも彼らであり、教師側は厳正に、適正に対処したにすぎないのだが。皆
「だが、もうすぐやってくる体育祭。そこで俺たちは――この学園の教師たちに復讐することができるんだ!」
気分が盛り上がったようで、雄二は立ち上がり拳を振り上げた。
『おうっ! やってやろうじゃねぇか!』
『去年が勝手が分からなかったが、今年はそうはいかねぇ!』
『あの鬼教師どもめ……! 目にもの見せてやる……!』
あちこちから威勢のいい声が上がる。教師たちを怨む気持ちは皆同じ。今回の一件も相まって、皆教師勢の横暴に対しての報復攻撃を心に誓っていた。
「いいかお前ら! こんなチャンスはまたとない! 今までの学校生活で、罵倒され、虐げられてきたこの鬱憤。この機に晴らさずいつ晴らす!」
『そうだっ! 恨みを晴らせ!』
『この機に乗じて仇を討て!』
『ドサクサに紛れて痛めつけてやる!』
雄二の呼びかけに、更に過激な叫びが上がる。
Fクラスの辞書には『猛省』や『悔い改める』といった自らを戒め、律する言葉は載っていない。あるのは、『不俱戴天』、『怨敵必滅』、『見敵必殺』といった、虐げられてきた積年の恨みを晴らすための言葉のみ。
体育祭は滅多にこないチャンスのひとつ。仇敵とも言える教師陣に、交流試合という隠れ蓑を使って攻撃できるという、復讐のチャンス。
「全員牙を研げ。地に臥し恥辱に耐え、チャンスの為に力を溜めろ。今この時はまだ、敵を討つ時期じゃない。鬼教師どもに復讐するべき時は体育祭。親睦競技という名の下に、接触事故を装って復讐を果たす。いいか、俺たちの狙いは――」
『『『生徒・教師交流野球だ!』』』
全員が声を張り上げ、拳を掲げる。
明久たちは西村教諭、学園長、その教師陣に向けて、呪詛にも近い言葉を捧げる。交流野球にかこつけて、必ず復讐し、
文月学園体育祭 親睦競技
生徒・教師交流野球
上記の種目に対し
本年は実施要項を変更し
競技に試験召喚獣を用いるもの
とする。
文月学園学園長
藤堂カヲル
「「「ババァーーっっ!!」」」
明久と雄二が雄叫びと共に学園長室の扉を蹴破り、秀隆が学園長の顔目がけて硬式野球ボールを全力で投げ込む。惜しくも、ボールは学園長に当たる寸前で横に控えていた西村教諭に(素手で)受け止められてしまうが、怒号を喚き散らして明久たちは学園長室になだれ込んだ。
「なんだいクソジャリども。朝っぱらから五月蝿いったらありゃしないよ」
「キサマら。昨日の今日で職員室ばかりが学園長室にまで襲撃するとは……。覚悟はできているんだろうな?」
学園長は本当に五月蝿そうに耳を押さえて顔を顰め、西村教諭は硬式ボールを握り潰すと明久たちに鋭い眼光を飛ばす。
「五月蝿いったらありゃしないよ、じゃないですよババァ長!」
だが今の明久たちはそんな西村教諭の脅しにも屈することなく学園長を問い詰める。
折角昨日、
「どうして今年から急に交流野球試合で召喚獣を使うなんて言い出すんですか!? これだと先生たちを合法的に痛めつけて復讐できないじゃないですか!?」
「……アンタが今言った台詞が、そのまま召喚獣に変更した理由の説明になると思うんだけどねぇ……」
呆れたように明久に一瞥を送り、学園長はそのまま手元の書類に視線を戻す。
「この野球大会のために、僕らがどれだけ故意に見えないラフプレーの練習を重ねてきたのか、学園長は何も知らないから……だから学園長はそんなに冷たいことを言えるんですよ!」
「吉井。以前も言ったが、その努力はもっと向けるべき方向があるだろう……」
学園長の隣で明久の訴えを聞いていた西村教諭も呆れ果ててため息を零す。
自分たちの不断の努力を完全否定されて、明久は益々怒りを募らせる。
「けっ。この変更。どうせまた例のごとく試験召喚システムのPRが目標だろうが……その肝心のシステムの方はちゃんと制御できるようになったか?」
「また肝試しの時みたく、『偶然野球使用になったから今回は召喚獣を使います』じゃねぇだろうな?」
夏休みの補講中に急遽開催された肝試しは、学園長がシステムの調整ミスのせいで召喚獣が魑魅魍魎の類になってしまったせいだ。秀隆たちは今回も同様のことが起きたのではないかと疑った。
「バカ言ってんじゃないよ。今回はちゃんと
「あん?」
だが学園長は、今回の変更は偶然ではなく、意図的に行ったものだと告げる。
「いいかい? 召喚システムにスポーツ、特に『野球』を仕込むってのはそう簡単にできるような事じゃないんだよ。そこのバカ2人はともなく、アンタならその難しさは少しくらい想像できるだろう?」
学園長はまだ半信半疑の明久と雄二ではなく、秀隆に話を向けた。
「まぁ、な」
秀隆も渋々ながら学園長の言葉を肯定した。
「どういうこと?」
「最悪ボールさえあればいいサッカーやバレー、そこにゴールが必要なバスケはまだしも、野球の試合となると、ボールを『グローブ』でキャッチしなきゃならねぇだろ」
「それがどうしたのさ」
「デフォルメされた召喚獣の手で、それができると思うか?」
「え? でも肝試しの時は」
「あの時は召喚獣自体が人間に近い体格だったからな。けど、通常の召喚獣でボールをキャッチするとなると」
「あー。確かに難しいかもな」
「そうだろう?」
学園長も我が意を得たりと大仰に頷く。
「そうさ。その上ぶん回すだけのバットと違って、グローブには手の平の開閉って動きもあるさね」
「けど、それは召喚獣の手をグローブみたいにすれば」
「アンタはキッチンミトンでキャッチボールできるのかい?」
「……無理です」
召喚獣はその大きさから動きを最小限するために、手の動きは『握る』ことに特化している。野球グローブでのキャッチボールのような繊細な挙動は、それ専用に一から設定を仕込む必要があると学園長は語る。
「それにボールもさね。通常の召喚獣の投擲武器は、最悪直線か山なりの軌道を設定すればいいけど、野球となるとフライやライナー以外にもゴロなんかの微妙な角度やバウンドの軌道を組み込まきゃならないのさ」
「まぁ、確かに打球が全部弾丸ライナーやフライばっかじゃつまんねぇもんな」
「そだろう?」
学園長が再び満足そうに頷く。ボールの軌道は他の球技にも当てはまることだが、殊更野球は難しいのだと学園長はその労力のかかりようを大げさに披露した。
「つまり、召喚獣を野球仕様にするってことは、それだけ高度な制御ができているって証左なのさ」
締め括るように学園長がふふん、と自慢げに鼻をならす。
その子供じみた様子に、明久があることに気がつく。
「なるほど。つまり学園長は、うまく制御できるようになったから、皆に見せびらせたかったわけですね」
「―――」
明久の言葉に、学園長の顔にビシッと亀裂が入る。
「おい明久。もうちょっと言葉に気を遣え。図星を突かれてババァが凍りついちまったじゃねぇか」
「試験召喚大会の時の腕輪もそうだが、研究者ってのは新発明を誰かに自慢しなきゃ死んじまう生き物なのかもな」
秀隆と同じ意見だったのか、西村教諭が肯定するようにうんうんと大きく首を縦に振る。
「ち、違うさねっ! これはあくまでも一つの教育機関の長として、生徒たちと教師の間に心温まる交流をだね」
「あー、そうだなー。流石だなー」
「凄いですねー。尊敬しちゃいますねー」
「寛大なココロヅカイに涙が止まらないなー」
「本当に腹立たしいガキどもさね!」
それはお互い様では、と西村教諭は喉元まで出かかった台詞を飲み込んだ。
「だが、そういう事なら野球のルール変更を白紙に戻すのも可能だよな。なんせ、変更理由がババァの自慢ってだけなんだからな」
「だな。交流自体が目的なら、わざわざ召喚獣で野球する必要もないしな」
「そうだよね。と言うわけで、ルールを元に戻してください学園長」
「却下だね」
「「「どうして!?」」」
「そこまで人をバカにしておきながらどうして断られないと思うんだい!?」
「可愛い生徒のお願いなんですよ!?」
「アンタらブサイクさね」
本当にこの学園長は教育機関の長なのか疑いたくなる。
「それに暴言がなくても今更変更はできないのさ。この通り、もうプログラムも発注しちまったし、それ以前に職員会議や理事会でも承認を得ているからね」
「そんな……。僕らの同意もなしに、勝手に話をここまで進めるなんて……」
「バカ言うんじゃないよ。なんでたかだが学校行事の内容で、いちいちアンタらにお伺いを立てる必要があるんだい?」
「まぁ、お前たちも思うところがあるかもしれんが、肝試しの時と違って事前に通知しているのだから今回は諦めろ」
西村教諭が少しとりなすように言ったのは、多少なりとも申し訳無い気持ちもあるのかもしれない。学園長のフォローに疲れただけなのかもしれないが。
「そんな……」
西村教諭の言葉に明久は絶望した顔になるが、その横で学園長が投げたプログラムの書かれた厚紙を読んでいた雄二と秀隆がヒソヒソと話し込んでいた。
それに気がついた西村教諭は、また何か起こそうとしているな、とため息と共に警戒レベルを引き上げた。
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