第百十七問
「テメェで3つ目の三振だな、吉井明久」
バッターボックスに入る明久に、マウンド上の夏川が下卑た笑みを隠さずに告げる。
Aクラス 夏川俊平 化学 224点
VS
Fクラス 吉井明久 化学 57点
彼我の点数差はおおよそ5倍。分かってはいたが、点数差は圧倒的。上手く真芯を捉えても、打球が外野の頭を越えることはおろか、内野手の間を抜けることも難しいだろう。
しかし、
「そう簡単に僕らは負けませんよ、変川先輩」
「おい待て。今俺の名前と変態を混ぜて斬新な苗字を作らなかったか?」
「あ、すいません。変態先輩」
「違う! 俺は変態に統一しろと言ってるんじゃねぇ! 夏川に統一しろって言ってんだよ!」
「すいません。どうにも紛らわしくて」
「紛らわしくねぇよ! "夏川"と"変態"だぞ!? 共通点は文字数ぐらいじゃねぇか!」
「まぁまぁ、そう熱くならないでください。夏川変態」
「響きが似てるからって今度は"先輩"と"変態"を間違えんなぁーっ!」
因縁の対決に夏川もヒートアップ。何も知らずに見ているだけなら、まるでスポ根漫画のようだと錯覚してしまう。
「テメェ、吉井明久……! 絶対に殺す……!」
スポ根漫画ではあまり目にしない怨嗟の唸りを上げて、夏川の召喚獣が第1球を振り被って、勢いよく投げる。
『ットライッ!』
最初っからど真ん中の直球。明久はそれには手を出さず、じっと様子を見ていた。
「へっ。手が出ねぇみてぇだな」
それを臆したと感じた夏川は、明久の態度がお気に召したようでキャッチャーからの返球を受け取ると、ご機嫌で鼻を鳴らす。
「そら、よっ!」
『ストライクッ!』
そのまま第2球。またしてもど真ん中の剛速球。明久はこれにも手を出さない。
「なんだ。随分と大人しいじゃねぇか」
前の須川と同様に、2球続けて見送る明久に、夏川がつまらなさそうに吐き捨てる。
「様子を見てるんですよ。次でぶっ飛ばすために」
「様子見? ハッ! 正直に言えよ。本当は単純に手も足も出ないだけなんだろ?」
「…………」
明久は夏川のそんな挑発には乗らず、黙って召喚獣にバットを構えさせる。
夏川の投球は、美波の時も須川の時も含めてど真ん中のみ。夏川の性格からして、明久もど真ん中で三球三振に取ろうとするだろう。
「けっ。ジーッとボールばかり見やがって。男気のねぇ連中だな」
キャッチャーからの返球を取りながらも、明久への罵倒も忘れない夏川。
たしかに、明久はずっと見続けている。夏川の言う通り、目が慣れてない速球に手が出ないというのも事実ではある。だがそれは作戦には関係ない。明久が見ている、観察しているのはボールではなく――投球後のピッチャーの立ち位置だ。
夏川の召喚獣は、1球目も2球目も投げ終わりは同じ場所に立っていた。1回戦で戦ったEクラスはもちろん、プロ野球の選手でさえ、コンディション次第で投球フォームがブレるものだ。対して夏川の召喚獣にはそれがなく、安定したフォームで投げ続けている。操作性の高さは流石は3年生といったところだ。
だが、その安定したフォームこそ、明久の狙いだ。
「そんじゃ、コイツで止めだ!」
夏川の召喚獣が第3球を振り被り、明久目がけて投げつける。明久はその動きに合わせて、召喚獣にバットを全力で振らせた。
空中で滑るように明久の召喚獣の頭目がけて放たれたボールと、それと交差するように夏川の召喚獣目がけて放たれた明久の金属バット。互いに全力を込めた必殺の投擲は、緊張の一瞬をへて相手へと到達する。
「「って危なぁーっ!!」」
夏川の投げたボールは明久の召喚獣のこめかみを、明久の投げた金属バットは夏川の召喚獣の鼻先を掠めて飛んでいった。
「「おのれ卑怯なっ!」」
『どっちもでしょうが』
主審が冷静にツッコミを入れる。考えることはお互い同じだったようで、明久は様子見のフリをして夏川の召喚獣を金属バットで狙い打ち、夏川は三振を取るフリをして明久の召喚獣に危険球を投げていた。もし明久がデッドボールを受けていたら、Eクラス戦の時以上の大惨事であっただろう。
『ストライク。バッターアウト』
そして明久の投擲はスイングと取られて空振りの三振。これで3アウトとなりFクラスの初回の攻撃は終了した。
こればかりは言い訳も言い逃れもできないので、明久は大人しくベンチに戻り、守備の準備をしていた雄二たちと合流した。
「ごめん雄二。今ので警戒させちゃったかもしれない」
「気にするな。今の失敗はピッチンで取り戻せばいい」
「そもそも警戒されてたかもしれないしな。次でなんとかすればいいだろ」
「…………皆でフォローするから心配ない」
「一見普通の会話に聞こえるが、中身は最悪じゃな……」
「コイツら、スポーツマンシップって言葉を知らないのかしら……」
「警戒とか、敬遠とか、野球って色々と専門用語があるんですね」
「併殺とかタッチアップとか、覚えることが多いですね」
明久たちのやる気のベクトルが分かっていない瑞希とリリアは、野球のルールを頑張って覚えようとしていた。
「ピッチングなら任せてよ。点数が低いから球威はイマイチだけど、コントロールには自信があるから、必ず狙った所(箇所)投げて(ぶつけて)見せるから!」
「よし。その意気だ」
「どの意気よっ!」
もはや明久たちにとっては『やる気 = 殺る気』なので美波のツッコミは届かない。
「よし。それじゃ行くぞ。野郎ども、きっちり打ち取れ!」
「「「よっしゃぁーっ!!」」」
Fクラスの男子たちは殺気に目を血走らせて1回裏の守備についた。
「さぁて、Fクラスのバカども。先輩の恐ろしさをタップリと味わわせてやるよ」
3-Aのトップバッターは、なんと常夏コンビの片割れ、先ほどはキャッチャーをしていたソフトモヒカンこと常村だった。常村は凶悪な笑みを浮かべながら召喚獣を喚び出す。
Aクラス 常村勇作 化学 223点
VS
Fクラス 吉井明久 化学 57点
常村も夏川同様に200点超え。やはり腐ってもAクラスといったところ。
「吉井に坂本君……! 溜まりに溜まった今までの屈辱、きっちり利子つけて変えしてやるぜ……!」
「その何割かは秀隆の分だろ。その分は割引きしてくれよ」
「何言ってやがる。連帯保証人って言葉を知らないのか?」
雄二の挑発に乗ることはなく、常村は少し血走った目で明久を睨む。相当鬱憤が溜まっていることは、誰の目から見ても明らかだ。常村のヤる気に、明久はアイコンタクトで雄二の指示を待つ。
『1球目は外していくぞ』
雄二の指示に明久はコクンと頷く。雄二がミットを構えたのはストライクゾーンよりもかなり外側。バットが届くか届かないかの場所。初球だから見送られても問題ないし、振ってくれたらラッキー程度の様子見、ということだろう。
明久は召喚獣を大きく振りかぶらせ第1球を投げる。すると、夏川はわざとらしいほど大きなスイングでバットを空振った。これで難なく1ストライク――
「っと、手が滑った!」
なんてことにはならず、夏川は振り切ったバットをそのまま回転させて――あろうことこか、キャッチャーをしている雄二の召喚獣の後頭部に叩きつけた。
Aクラス 常村勇作 化学 223点
VS
Fクラス 坂本雄二 化学 109点
咄嗟に常村の狙いに気づいた雄二もギリギリで回避を試みるがあえなく命中。ダメージを受け、200点近くあった雄二の点数が約半分にまで削られる。
「悪いな坂本。わざとじゃないんだが」
常村が殊勝に謝って見せる。もちろんこれは本心からではなく、審判から故意のラフプレーと警告、あるいは退場させられるとこに対する予防線。どこまでも嫌らしいヤツだと、明久は密かに眉を顰める。
「……いや。気にすることはない。スポーツに事故はつきものだからな」
対して雄二は、さして気にした風もなく、爽やかにそれを流す。召喚獣を屈ませると、先ほどの衝撃で取りこぼしたボールを拾わせた。
「そうか。流石は坂本は心が広いな」
「いやいや。それほどでもないさ」
表面上はにこやかに会話する2人。そして、雄二は拾ったボールを明久に返球するため、全力で投げつけた。――射線上に常村の召喚獣を置いたまま。
――ゴスッ――
鈍い音を立てて、ボールが常村の召喚獣に頭部に激突。今度は常村の召喚獣の点数が削られた。
Aクラス 常村勇作 化学 191点
VS
Fクラス 坂本雄二 化学 109点
雄二が100点近くダメージを受けたのに対し、常村のダメージは30点ほど。雄二の召喚獣の力が減らせてれいたのと、金属バットとボールの攻撃力の差がはっきりと出たようだ。
「おっと、すまないな先輩。どうにも俺はまだ召喚獣の操作に慣れていなくてな」
雄二も申し訳なさそうに謝辞を述べるが、当然これも本心にあらず。内心で舌を出しているのが見え見えだ。
「けどまぁ、仕方ないよな? スポーツに事故はつきものだもんな?」
「く……っ! そ、そうだな。このくらい笑って許してやるよ。大したダメージでもないからな……!」
審判の目もあるためか、こめかみに青筋を立てて堪える常村。本当は今すぐにでも掴みかかってやりたいのだろうが、先ほどの雄二の発言を許してしまったために、おいそれと手出しできなくなっていた。自分の首を自分で絞めた結果だ。
『君たち、試合に集中しない。小競り合いを続けるようなら、2人とも退場にしますよ』
「「…………」」
主審に咎められ、2人はそれ以上は何も言わずにそれぞれの役割に戻る。
返球を受け取った明久は、召喚獣にピッチングの構えを取らせると、再び雄二の指示を待つ。
『そろそろ仕掛けるぞ明久』
『了解』
ついに来た攻撃の指示に、明久は力強く頷く。雄二はキャッチャーミットをど真ん中に構えさせているが、狙いは常村の召喚獣の頭部。狙い澄ました投球で、敵の頭を打ち砕く算段だ。
「来い、吉井」
対する常村は、召喚獣の身体をマウンドに向けた状態で構えさせている。ピッチャーに向かってでもキャッチャーに向かってでもバットを投げやすい構えだが、おそらく常村の狙いは雄二。先ほどのやりとりで、常村の矛先は雄二に向かっているはず。ならば明久は、全力で作戦通りに敵の頭部を狙って投げるだけ。
バッターとバッテリーの間に緊迫した空気が流れる中、明久の召喚獣が第2球を投じる。
バッターの脳天目がけて飛んでいくボールと、キャッチャー目がけて振り切りられるバット。互いの渾身の一撃は、それぞれの目標に対して吸い込まれるように命中した。
『――デッドボール』
てん、てん、とボールが地面に転がる。そして、明久の攻撃の結果が表示された。
Aクラス 常村勇作 化学 177点
VS
Fクラス 坂本雄二 化学 7点
「明久テメェ! 全然減らせてねぇだろうが!」
「雄二こそやられすぎだよ! ちゃんと防御しろっ!」
雄二が100点以上ダメージを受けたのに対し、常村へのダメージは10点程度。これでは雄二の方が先にダウンしてしまう。
『ていうかテメェら! 今のはわざとだろ! 先輩に向かって良い度胸じゃねぇか!』
『何を言ってやがる! そっちが先に仕掛けてきたんだろうが! 肝試しに負けたことを根に持ちやがって! 器が小せぇぞ先輩!』
『なんだと!? 上等だ! こうなりゃ野球なんて面倒なことやってねぇで直接――』
『望むところだ! 元々3年生は気に食わなかったんだ。ここらで一発――』
『なんだ? 乱闘かっ!? さぁ神崎! 死合の時間だ!』
『ざけんな! んなもんその変の雑魚と勝手にやっとけ!』
デッドボールを皮切りに、互いのベンチや他の選手たちからそんな声が上がる。元々が互いに良い感情を持っていない相手だ。このような事で敵意が膨れ上がるのも無理はない。雄二の目論見通り、乱闘が始まりそうな様相だ。
明久が雄二の方を見ると、雄二がニヤリと口元を歪めて笑い返してくる。明久も乱闘になったら誰に飛びかかろうかと獲物を物色していると――
「おやめバカどもっ!」
しわがれた声が乱入してきた。気色ばんでいた全員の目が、一斉に声の主へと向かう。
「やれやれ、つくづく救えないバカどもさね……。せっかく召喚獣勝負にまでしてやったのに、どうして大人しくできないんだい」
そう言って額に手を当てるのは、毎度お馴染み妖怪ババァこと学園長、藤堂カヲルだった。
「なんだババァ。何をしに来たんだ?」
舌打ちでもせんばかりの口調で雄二が問いかける。雄二たちからしたら、狙いを邪魔されたのだから不機嫌にもなる。
「学園長の呼びなクソガキ」
ふん、と鼻を鳴らして雄二の方を向く学園長。学園長はそのまま一同を睥睨すると、
「まったく……。組み合わせを見て人がちょいと様子を見に来てみたらこのざまかい。せっかく、来賓だって召喚野球に満足してくれたんだ。この期に及んでアンタたちがバカやって評判を下げるんじゃないよ」
と、続けた。学園長の正論に、教師陣だけでなく瑞希たちも頷いた。
学園長は組み合わせを見て嫌な予感がしてたようで、明久たちの監視に来たということだ。そして、その予感は正しかった。
『止めないでください学園長! 2-Fのクズどもには礼儀と常識を叩き込む必要があるんです!』
『こっちこそもう我慢ならねぇ! 人のことをさんざんバカにしやがって! 学園長! この先輩面のカスどもを殺らせて下さい!』
『学園長。学園長と言えども、俺と神崎の死合を止めることは許さん。ご退場願いたい』
『だからやらねぇってんだろ! 学園長! この脳筋
「だかやお止めと言ってるんだよ! クソガキども!」
言い争う一同に、学園長が一喝を浴びせる。流石は年の功と言うべきか。その場にいる全員が黙り込んだ。
「本当に、このバカどもときたら……。召喚獣の痛みが返ってこないから、そんなに短絡的に乱闘に雪崩込むのかねぇ……」
学園長は呆れたように頭を振り、一同を見渡す。
しばし考え込んだあと、意を決したように明久たちに告げた。
「よし、決めたよ。この試合だけ、召喚獣の設定を変えてやろうじゃないか」
「「「は?」」」
「あー……。そうきたか……」
「ほぅ。面白そうだ」
その場にいたほぼ全員が異口同音に聞き返す中、秀隆と大友は何かを察したようだ。
「今回だけ、全員に痛みがフィードバックするようにしてやるって言ってんだよ。そうしたら、乱闘なんかせずにまともに試合をするだろう?」
召喚獣の痛みがフィードバックする――要するに、全員の召喚獣が観察処分者仕様になるということだ。
「じゃぁ、そういうことだよ。全員真面目にしっかり野球をやりな」
「あ、ちょっと――」
静止の声も聞かず、学園長はそう言って手を振ると校舎に向かって歩き去っていった。
「えーと……」
「いったい何だったんだ?」
「フィードバックどうとか言ってたか?」
「学園長はいったい何をするつもりなんだ……?」
突然の出来事に、参加者のほとんどが頭が追いついていない。
「すんません。ちょっとタイムで」
と、雄二がここで今更ながら主審にタイムを申請。試合が正式に中断となり、状況を整理するために内野陣がマウンド付近に集まる。
「どうする雄二? 乱闘の目論見が崩されたよ?」
最初の作戦では、ここで一気に乱闘に持ち込んで3-Aの何人かを再起不能にする予定だった。しかし、学園長の乱入で作戦は失敗。これでは勝ち目がないと明久たちは半分諦めていた。
「問題ない。少し予定が狂ったが、当初の目論見通りだ」
「目論見通りじゃと?」
「…………いったい何を?」
「その前に――おい秀隆!」
雄二がセンターの秀隆に呼びかける。すっかり休憩モードに入って座り込んでいた秀隆は、怪訝そうな顔をすると重い腰を上げた。
「どうした雄二?」
「一応お前らに確認しときたい。召喚獣のフィードバックは身体にどのくらいのダメージがいく?」
「どのくらいって……」
明久と秀隆は、雄二の問いかけに顔を歪めながら答えた。
「車に轢かれた時くらい、かな」
「高さ10mの飛び込み台から腹か背中で入水した時くらいだな」
「オーケー。十分だ」
妙に現実味のある表現に秀吉たちの顔が青ざめる中、満足そうに頷いた雄二がメンバーに告げる。
「うちの"秘密兵器"を投入する」
明久たちはまだ知らない。この後、トラウマ級の惨劇が起ころうとしていることを。
ご感想などお待ちしております。
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