あまり進展はありませんがご了承ください。
第百二十三問
「雄二……。よくあんな非道な作戦を立てたよね……」
「いや、フィードバックについては予想外だったからな……。流石にあれは俺でも同情するぞ……。というか、俺も死にかけたからな……」
雄二は無意識に頬をさする。瑞希の剛速球の風圧の感覚がまだ妙に残っていた。
「あの、明久君……」
さて、所変わってFクラス待機所。強敵3-Aとの死闘をくぐり抜け見事勝利した明久たちは、次の競技まで待機となった。
時刻は昼休み。周りは各々弁当やら購買のパンやらを広げ楽しく歓談している。そんな青春の爽やかな1ページが広がる中で、明久たちにはそんな爽やかな風は靡かない。
「そもそも俺は『3年生は持ち物検査を受けていないから、再試験を受けてまで試合を続けようとは思わないだろう』と考えてただけだ。あのババァが余計な介入をしなければこんなことにはならなかったんだぞ」
「あの、坂本君……」
「けどまぁ、結果オーライだったな。大友がいたんじゃ、無理やり再試験を受けさせていたかもしれねぇし」
「あの、神崎君……」
「しかし、流石に学園長もやり過ぎたと思ったようじゃの。あの後すぐに元の仕様に戻すと言っていったぞ」
「…………惨劇だった」
「あの、木下君、土屋君……」
いくら人の心をなくした妖怪ババァ長とはいえ、流石にあれはやり過ぎたと反省はしたようだ。明久たちも散っていった4人の英霊に哀悼の意を捧げた。
「さて。それじゃぁ午後の勝負だが――」
「あの、皆さんっ!」
「「「…………はい」」」
明久たちは必死に現実から目を逸らし続けてていたが、ついにそれもできなくなり、秀隆を除く4人は今にも泣きださんばかりの表情で声の主に返事をする。
「実は私、お弁当を作ってきたんですけど……」
声の主、瑞希が背中から大きな包を差し出した。明久たちは既に分かっていた。瑞希がそれを手にして歩いている姿が遠目に見えた時、こうなる運命だとは分かっていた。ただ、認めたくなかっただけで。
「ホント、瑞希って尽くすタイプよね」
「まぁまぁ美波ちゃん」
面白くなさそうに拗ねた顔をする美波を、リリアが宥める。美波も瑞希の『悪癖』は知っているが、それでもやはりモヤモヤするようだ。
「だったら島田も作ってくれば――っとすまねぇな。お前の弁当は明久専用だったか」
「な、何言ってのよ神崎っ!」
からかう秀隆を美波は大声で否定するが、耳ま真っ赤にしていては説得力がない。
「ま、まぁ、とりあえず座るといい」
雄二が女性陣の座る場所を確保するために立ち上がり、
「んじゃ、俺は飲みのものを買ってくから」
その場から立ち去ろうとした。
「いやいや、雄二は座ってなよ。僕が買ってくるから」
「そう言わず、ワシに任せるのじゃ」
「…………俺が行く」
明久たちは競い合うように立ち上がり自分が飲みのものを買ってくるという。そのまま姿をくらまそうという魂胆が見え見えである。
「ははっ。無理をするなよ明久。飲みのものを買うには金が必要だろう?」
「お前も部屋の鍵新調して今月ピンチだとか言ってなかったか?」
「大丈夫だよ、最近結構余裕があるから。何より、使いっ走りと言えば僕、僕と言えば使いっ走り。これ以上の適任はないと思うんだ」
「姉貴の影響とは言え嫌な適任だな」
「待つのじゃ。使い走り歴15年。姉上にこき使われ続けるワシのキャリアを舐めるでない。明久よりもより洗練された使い走りをご覧に入れよう」
「秀吉。お前も少しは優子に抵抗しろ。あとそれはなんか俺にも刺さりそうだからやめろ」
「…………違う。必要なのは速さ。『闇を裂く疾風迅雷の使い走り』と呼ばれた俺こそが、適任」
「康太のはもやは意味がわかんねぇよ」
秀隆がいちいちツッコミを入れているが、明久たちはそれどころではない。どうにか使い走りの任を得てこの場から逃げ去ろうとしていた。ほとぼりが冷めたころには、最低3人の命を生贄に悪魔が処理されるはずだ。
「テメェら、上等じゃねぇか! この俺の本気の使いっ走りに勝てると思うなよ!」
「何を言ってるのさ! 僕の使いっ走りの方がずっと凄いに決まってるじゃないか! 雑魚どもは引っ込んでるべきだ!」
「雑魚とは心外じゃな。このワシの使い走りを見もせずに、よくもそんなことが言えたものじゃ」
「…………いいから黙って俺に行かせろ……!」
「お前ら白熱してるところ悪いが、全員同レベルで最低だからな」
秀隆がツッコむもの面倒臭いと言わんばかりにため息を吐く。
明久たちが熾烈で不毛な戦いを繰り広げていると、
「あ、飲み物なはウチが用意してきたけど?」
「「「……………………あぁ…………そうですか……………………」」」
美波の優しさに、明久たちの眼から涙が止めどなく溢れている。
「それじゃ、座らせて貰うわね」
美波が輪の中に入り、瑞希とリリアがその両隣にちょこんと座る。
「さ、さて。今日はどんな弁当なんだ?」
「う、うむ。た、楽しみ、じゃなぁ……」
「まったくだね。あはは、あはははははははははは」
「…………ドキドキが、止まらない……」
その楽しみやドキドキが死の予感でなければどれほど良かったことか。
「もうアキたちったら。瑞希に失礼でしょ。最近はお母さんと一緒に作ってるみたいなんだから心配ないわよ」
そうは言われても、瑞希の本気料理を観たことのある明久と雄二はイマイチ信用できないでいた。
そんな中、瑞希は少し緊張した面持ちで包を開く。
「あら? 瑞希、なんだか今日は量が少ないんじゃない?」
その弁当箱を見て美波が尋ねる。確かに、瑞希の見せた弁当箱は、普通の重箱が1つと、それより2回りほど小さいサイズのが1つ。明久の記憶が正しければ、いつもはこの倍の量は持ってきていたはずだ。
「あ、はい。実は、また失敗しちゃったんです」
瑞希はそう言いながら大きい方の重箱を開く。その中身は、俵形に握られた沢山の小さなおにぎりだった。
「本当はこれの他にちゃんとしたおかずを作っていたんですけど……」
つまり、小さい方の重箱はデザートかなにかが入っているようだ。量が少なく感じたのは、おかずが無いせいだった。
「美波ちゃんとリリアちゃんもどうですか?」
「そう? じゃぁお言葉に甘えて」
「いただきます!」
「「「あ」」」
明久たちが制止するより早く、美波とリリアは瑞希のおにぎりをひょいとつまみ、自分の口に放り込んだ。
「うん。普通のおにぎりだけど美味しいわよ」
「運動したあとだからおにぎりのしょっぱさがたまりませんね」
2人とも何事もなくおにぎりの感想を口にする。
「んじゃ、俺も」
明久たちが訝しんでいる間に、秀隆もおにぎりを1つ手に取る。
「ん。美味い。姫路、このおにぎりはどう作ったんだ?」
「え? 特に何もしてないですよ? 炊いたご飯に、お塩を振ってから俵形に握って海苔を巻いただけです」
瑞希の言う通りなら、このおにぎりは普通のおにぎりということなる。それならば、どうやっても異常な食べ物は出来上がらない。美波たちが無事なのも頷ける。
「あ、でも」
「「「でも?」」」
「ご飯を炊く時に少しお酢を入れました」
「お酢?」
「はい。この前テレビで『お酢を入れて炊くと食中毒になりにくい』って」
「たしかに、酢には殺菌作用があるって聞いたことがあるな」
「はい。だからお母さんがご飯を炊く時にお酢を入れてくれたんです」
一瞬ケミカルな料理が脳裏を過ったが、どうにも杞憂だったようだ。炊飯も瑞希の母親がやったということだし、これで安心しておにぎりにありつける。
「おにぎりが普通な分、おかずに力を入れてたんですけど、焦がしてしまいまして……」
瑞希が恥ずかしそうに腕をもじもじとさせる。
つまり、今明久の目の前にあるのは、瑞希がその手で一生懸命握ったおにぎりというわけだ。そうと分かれば、明久に躊躇う意味はない。
「それじゃ姫路さん、僕もいただきます!」
「は、はい! 召し上がれっ!」
明久もおにぎりを1つ手に取り口に入り込む。咀嚼する度に広がる米の甘み、海苔の塩気と磯の香り。酢を入れて炊き上げた言うが酸味はなく、むしろ米の甘みと旨味が増しているような気がする。
「美味しい! 美味しいよ姫路さん!」
「よ、良かったです……っ」
瑞希の本気料理の味を知っている明久は、普通のおにぎりを高級料理のように涙しながら堪能した。
「んじゃ、俺も遠慮なく」
「ワシもいただこうかの」
「…………いただきます」
雄二たちもおにぎりを頬張る。何の変哲もない、具無しの塩にぎりだが、明久たちには彷徨っていた砂漠で口にしたオアシスの水のような感動を覚えた。
「と、ところで、その……」
「ん? どうしたの美波?」
「いや、その、ね? 瑞希がおかず失敗したって言ったじゃない。それで、良かったら、なんだけど……」
美波がおずおずと何かを差し出した。
「ん? お弁当? 美波。これって自分の分じゃないの?」
「う、うん。ウチも瑞希のおにぎりもらうから、それならこれも皆で、と思って……」
そう言って、美波はぎくしゃくとバスケットを開けた。中身は色とりどりのサンドイッチ。トマトやレタスを挟んだものから、タマゴやツナにポテト、チーズにジャムと盛沢山だ。区切られたスペースには唐揚げや卵焼き、ウィンナーにプチトマトなど定番のおかずも並んでいる。まさにお弁当、と言った感じだ。
「ほぉ〜。自分の分、ねぇ」
「その割には随分と量が多いようじゃが?」
「これクラブハウスサンドだろ? 手間も相当かかってるな」
「…………素直じゃない」
秀隆たちはニヤニヤと美波とサンドイッチを交互に見やる。自分の分、と言いつつ量からして誰かと食べることが想定されていたのは明白だ。
「ちょ、ちょっと作りすぎちゃっただけよ! サンドイッチなら、その……余っても家で食べられるし」
頬を染めて言い訳する美波。ますます秀隆たちのニヤけ顔が加速する。
「美波。そう言う時は是非僕にも声をかけてよ。いつでも手伝うからルァアーっ!?」
突如、明久の背中に電撃の様な痛みが走る。背中を見ると、分度器が刺さっていた。
「だ、誰だっ!?」
『吉井明久……! 恨めしいです……! 美春のこの憎しみで、人が殺せたらどんなに良いことでしょうか……!』
「この気配、さては美春ねっ!?」
「清水か。憎しみも何も、物理的に殺しにきてるじゃねぇか」
『く……っ! 気づかれましたか! こうなれば――奇襲は諦めて突撃です! お姉様ぁああーっ!』
清水が物陰からどこぞの3代目怪盗よろしく美波に向かってダイブしてくきた。
「オラァッ!」
「なんのっ!」
迫りくる瞬間、顔を狙った秀隆の裏拳を、清水は空中で身をよじって躱す。
「んなっ!?」
「甘いですわね! アナタの攻撃などお見通しです!」
「美春! ウチはアンタに構ってる暇なんてないのよ!」
「お姉様! そんなクズ野郎なんかではなくて、美春にサンドイッチをお渡しください! 美春なら一年かけて大切に咀嚼して差し上げます!」
「いや腐るだろそれ……」
「渡すわけないでしょ!」
「それなら、お姉様を頂くまでです!」
「じ、冗談じゃないわ!」
「お姉様! お覚悟をーっ!」
「い、いやーーっ!!」
逃げる美波と追う清水。2人は土煙を上げてもうスピードで駆け出して行った。
『お姉様! お姉さま! おネェ……サ……マ……!!』
『こ、来ないで! なんか最近のアンタ本当に怖いのよ!』
『何を言っているのですかお姉様! 美春はお姉様のためなら畜生道に堕ちることすら厭わないと言っておりますのに!』
『だからそれが怖いって言ってるのよ!』
肝試し以来、清水の化け物さに拍車がかかった気がする。もはや半分妖怪と化して来たのではないだろうか。
「ま、いっか。あれはあれであの2人のコミュニケーションだし」
「そうじゃな。霧島と雄二のじゃれ合いと似たようなものじゃ」
「…………仲睦まじい」
「微笑ましいですね」
「喧嘩するほど中が良い、ですね」
「おい待てお前ら。当人たちがどれだけ必死なのかしってるのか」
「お前と島田が選んだ結果だろうが。諦めな」
主のいなくなったバスケットに、秀隆が無遠慮に手を伸ばす。
「ん。流石島田だな。結構いけるぞこれ」
「本当? じゃぁ、僕ももらおうかな」
明久もバスケットからサンドイッチを1つ手に取る。メインの具材はツナとポテト。空腹のこのタイミングでは、お腹にたまる特に嬉しい組み合わせだ。頬張るとコリコリとした硬めの歯ごたえがあるのは刻んだベビーコーンだろうか。それにハムの塩気。それらをツナとポテトと一緒にマヨネーズで和えてポテサラのようにしている。仕上げに黒胡椒を振っているためか、ピリッとしたひと味が全体を引き締めている。密かにスパイシーな味を好む明久には堪らない味付けだった。
「うん、美味しいっ」
「おお。たしかに美味いな」
「唐揚げや卵焼きも見事なものじゃ」
「…………うまい」
「お店の味みたいですね!」
「本当、美味しいです。私ももっと頑張らないとっ」
「姫路。お前はまず"市販の"レシピ通り作ることを覚えろ」
皆でサンドイッチをつまんで舌鼓を打つ。美波のこういった側面は、非常に女の子らしくて好感が持てるのだが、如何せん寄り付く相手が相手なのと、日頃の暴力のおかげで正当な評価からは日々遠ざかっていく。
「唐揚げをおかずにおにぎりも食べれるし、今日のお昼ご飯はなんだか贅沢だなぁ」
主食は違えど、やはり美波の作ってきたおかずには米がよく合う。サンドイッチは単品で食べても十分に美味しいが、唐揚げや卵焼きを食べると、どうしても米が欲しくなる。
美波の唐揚げを食べて、瑞希のおにぎりを頬張る。明久は今まで生きていた中で最高の昼食を味わっていた。
「そうじゃな。今日の昼食は購買のパンの予定じゃったが、これは思わぬ誤算じゃな」
「…………助かる」
秀吉たちが笑い合っていると、秀隆が怪訝そうな顔をした。
「ん? 秀吉。お前優子から弁当のこと聞いてないのか?」
「姉上? 弁当? 何のことじゃ?」
今度は秀吉が訝しむ。今朝優子と話した時も、優子の口からは弁当のべの字も出てこなかった。
「なんだ秀隆。お前も弁当を作ってきたのか?」
「ああ。優子にせがまれてな。っても、島田と中身はかぶっちまったが」
秀隆がランチボックスを開けると、中身はBLTサンド。付け合わせは大根やトマトのピクルス。たしかに美波と似たような弁当だった。
「一昨日の夜に優子に頼まれてな。秀吉の分も作れって言うから、持ってきたんだが」
秀隆の取り出したランチボックスは2つ。そのどちらも同じ中身の弁当だった。
「つうわけで、ほれ」
「あ、ありがとうなのじゃ……」
秀吉は複雑な表情でランチボックスを受け取った。
「ねぇ、もしかして?」
「ああ。木下姉のやつ。とうとう手段を選ばなくなってきたな」
「…………弟をダシにした」
「姉上……」
「優子ちゃん。随分積極的になりましたね」
「わ、私も見習わないと……」
これで本人は隠しているつもりなのだから困ったものだ。
「ところで、飲み物ってどこだろう?」
「そう言えば、美波ちゃんが持っていたんですけど……」
グラウンドを見回してみたが、2人は戦場を変えたのか、その姿はどこにも見当たらなかった。
「「「「…………」」」」
明久が顔を上げると、雄二、秀隆、秀吉、康太の4人と目が合った。
明久たちは無言で瑞希たちに背を向けると拳を突き出し合った。明久以外はグーで、明久はチョキ。一瞬で決まった。
「悪いな明久。俺はコーラだ」
「ワシはお茶じゃ」
「…………レモンスカッシュ」
「烏龍茶で」
嬉しそうに明久に注文をつける4人。こういう時は、普通にジュースを買って飲むよりも旨く感じるものだ。なぜなら、他人の奢りなのだから。
「へいへい。りょーかい。姫路さんたちは?」
「え? 何がですか?」
「飲み物だよ。お昼のお礼」
「あ。いえ、悪いですよそんなの」
「私はそもそもお礼させるようなことは」
明久に言われて、瑞希もリリアも申し訳なさそうにしている。
「気にしないでいいよ。1つ2つ増えたところで一緒だし」
「じゃぁ、紅茶でお願いします」
「私も。あ、私も手伝いますね。この人数分だと量も多いですし」
「そう? ならお願いしようかな」
「はい」
明久とリリアは席を立って少し足早に校舎に向かって行く。早く戻らないと、明久の分の弁当がなくなってしまう可能性がある。美波とリリアの分はともかく、あの連中が明久の分も残しておくとは思えなかった。
「悪い。俺もトイレ行ってくるわ」
「おう。漏らすなよ」
「黙れ。俺の弁当勝手に食ったら容赦しねぇからな」
秀隆は雄二に釘を刺すと、席を立った。
この後、『あの惨劇』を目の当たりにするなど、誰も知る由もなかった。
ご感想などお待ちしております。
※アンケートのご投票ありがとうございました。無理のない範囲でやっていきます。
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