バカと凶刃と召喚獣   作:赤辻康太郎

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今回はランチタイムの続き、雄二と翔子の喧嘩〜野球大会決勝戦開始前までです。

話の都合上今回も短めとなっていますがご了承ください。


第百二十六問『亀裂』

第百二十六問

 

明久がどうやって瑞希に常識を説こうかと悩んでいると、

 

「……………………」

「あれ? 霧島さん?」

 

珍しく、本当に珍しく――翔子が近くを通りかかったのに、雄二の気配に気づくことなく歩き去って行こうとしてた。

とぼとぼと元気なく肩を落として歩く姿は、普段の凛とした雰囲気からかけ離れていた。

 

「お、本当だな。おい翔子、どうかしたのか?」

「……あ……雄二……」

 

雄二が話しかけても返事に力がない。本当に元気がなようだ。

 

「……野球、負けちゃった……」

「ああ。そうらしいな」

 

明久たちも直接試合を観たわけではないが、明久も秀隆も2-Aが3-Aに負けてしまったことは聞いている。翔子も気合いが入っていたというから、相当悔しかったのだろう。

 

「まぁ、代わりに俺らが勝ったから安心しろ。仇は討った」

「何を偉そうに……」

 

仇討ちなんてこれっぽっちも考えていなかっただろうに。雄二なりに翔子を励ましているつもりなのだろう。

 

「……でも、私の没収品、返して貰えない……」

 

翔子が悲しそうに呟く。

翔子の没収品は、雄二の予想なら結婚の同意書なのだが、秀隆は疑念が深まったかのように眉を顰めた。

 

「没収品って、お前なぁ……」

「……結婚式まで、大事に保管しておくつもりだったのに……」

 

翔子が沈んだ声で言うと、

 

「バカ言うな。あんなもん、没収されてなくても、見つけたら俺が代わりに捨ててやる」

 

雄二がいつもの調子でそう応えた。

 

「……え……?」

 

雄二の応えに、翔子が驚いたように顔を上げる。だが、雄二はそんな翔子の様子はあまり気にせず、更に言葉を重ねた。

 

「いや。『……え……?』じゃないだろ。あんな物を没収された程度でそこまでショックを受けるなよ」

「…………あんな物、って……」

「そうやってつまらない物の没収で凹むくらいなら、3-Aを相手に負けたことをだな――」

 

翔子が何も言い返してこないのを良いことに、雄二が更に説教を垂れようとする。

そこに――

 

「……………………っ!!」

 

――パシンッ――

 

乾いた平手の音が響き渡った。

 

「…………」

「……つまらない物なんかじゃ、ない……っ!」

 

放心して打たれた頬を撫でる雄二。そんな雄二を打った翔子は、目に涙を溜めて、唇を噛み締めていた。

 

「雄二にだけは、そんなこと言って欲しくなかった!」

 

頭に響く程の大きな声。明久や瑞希はその剣幕に一瞬怯んでしまい――次に目を開けた時には、翔子は背を向けて走り去っていた。

 

「「「…………」」」

「…………」

 

明久、瑞希、雄二は思わず呆然とし、秀隆は思案そうな顔で目線を下に下げた。

 

「わ、私、ちょっと翔子ちゃんの所に行ってきます!」

 

一瞬早く我に返った瑞希が翔子を追う。

明久と雄二は未だに事態についていけず、お互いに顔を見合わせていた。

 

「――そうか。いや、だとすると……。いったい何を……?」

 

秀隆がそう呟くと、

 

「……………………子の……ヤツ……」

 

ようやく自分を取り戻した雄二が、腹の底から響かせるような低い声で呻く。

 

「翔子のヤツ……! な・に・が『つまらない物なんかじゃない』だ! 俺本人が同意していない婚姻届なんか、つまらない物以外の何物でもないだろうが!」

 

直後、怒りを顕に雄二が空に向かって叫ぶ。翔子に痛めつけられることはいつものこととは言え、今回のやられ方は許せないようだ。

 

「俺にだけは言われたくないって、俺だから言うんじゃねぇか! こっちは何も承知してねぇんだぞ! 悪く言うのは当然じゃねぇか!」

 

まさしく烈火のごとく怒り狂う雄二。近くに手ごろな物があれば、一瞬でボコボコにしていただろう。そのくらいに、今回は雄二の方も勢いが違った。

 

「う〜ん……。まぁたしかに、霧島さんにとっては大事でも、同意した覚えのない婚姻届であんなに怒られても困るよね……」

「まったくだ! つまらねぇって言い方が気に食わないのなら、くだらねぇとでも言い換えてやろうか! あのバカがぁーっ!」

 

まったく怒りの収まる気配を見せない雄二。明久も今回ばかりは翔子の理不尽さに雄二が怒るのも仕方ないと内心で雄二に同情しいたが、

 

「……いや、それは違うと思うな」

 

秀隆がそれを否定した。

 

「…………なんだと?」

 

雄二が怒りの矛先を秀隆に向ける。

 

「秀隆。テメェも翔子の味方をするってのか?」

「立場的な意味なら、今回は霧島側かもしれねぇな」

「んだとテメェっ!」

「止めなよ雄二! 秀隆も、どうして霧島さんの味方をするの? 流石に今回は霧島さんの方が理不尽だと思うよ?」

 

秀隆に殴りかかろうとする雄二を何とか羽交い締めにして止める明久。

明久も秀隆がなぜ翔子の側に立つのか疑問に思った。

 

「前提が間違ってるかもしれねぇって話だ」

 

明久の疑問に、秀隆は淡々と答えた。

 

「前提、だと?」

「どういうこと?」

「そもそも、霧島の没収品が本当に婚姻届なのかって話だよ」

 

明久たちは今まで翔子は婚姻届を没収されて落ち込んでいたと考えて話を進めていた。秀隆はそれが根本的に間違っているのではないかと言う。

 

「本当も何も、それ以外に翔子が必死に取り戻す物なんてないだろうが!」

「そうだよ。霧島さんの物欲なんて雄二くらいなものだし」

「たしかに、いつもなら俺もそう考えていたさ。でも、今回はたぶん違うんだろうよ」

「違うっつぅなら、テメェはそれがなんだってんだよ!」

「そこまでは知らねぇよ。けどよ、婚姻届なんていつでも手に入るもんでそこまで怒るか?」

「だから翔子は普通じゃねぇんだよ! アイツが勝手に俺に固執してるからこうなってんじゃねぇか!」

「だから、今回は違うかもしれねぇって話だろうが!」

 

怒りのままに秀隆に詰め寄る雄二に、秀隆の声も大きくなる。

 

「そもそも、本人に何を没収されたのか聞いてねぇだろ! だったらここで話してることなんて、全部テメェの決めつけだろうが!」

「その台詞、そっくりそのまま返してやるよ! テメェの前提が間違ってるってのも、テメェの想像じゃねぇか!」

「普段と様子が違うなら、そもそもの話が違ぇって考えるのは当たり前のことだろうが! テメェそれでも元神童か? あぁ、中学の時は悪鬼羅刹だっけな?」

「黙れ月華凶刃が! テメェこそ推理小説オタク拗らせてあらぬ謎を作り出してるだけだろうが! かってに迷宮を生成してんじゃねぇよ! ダンジョンマスターじゃねぇんだぞ!」

 

売り言葉に買い言葉。こうなっては、2人の口は止まらない。

 

「だいたい、テメェは翔子のことを何にも理解してねぇからそんなことが言えるんだ! 四六時中アイツに付き纏われてみろ! 俺の気持ちが少しは分かるだろうよ!」

「テメェこそ、一緒に居すぎて霧島の解像度が下がってんじゃねぇか? そのぬるま湯に浸かりきってふやけた頭で、少しは霧島の立場になって考えてみろよ!」

「止めなよ2人とも!? ムッツリーニ! 2人を止めるのを手伝って!」

「…………了解!」

 

康太が秀隆を後ろから羽交い締めにして雄二から引き剥がす。

雄二と秀隆が殴り合わんばかりに揉めている後ろでは――

 

『じゃあ、こうしましょう木下。ウチが学ランを着るから、アンタがチアの衣装を』

『それはワシにとって何の解決にもなっておらんのじゃが!?』

『美波ちゃん、せめて男子用のチア衣装を』

 

美波と秀吉がまだチアの衣装で揉めていた。

 

結局、秀隆と雄二の喧騒は騒ぎを聞きつけた西村教諭により喧嘩両成敗されるまで続いた。

ちなみに、応援合戦は最終的秀吉が学ランにサラシ、両手にボンボンを持つという折衷案(?)で妥協し、謎の大盛り上がりを見せた。

 

―野球大会決勝戦前―

 

『木下は3番か。最初の科目は化学だったよな?』

『うむ。他の科目は出来がイマイチじゃったからの。化学が回ってくるこの打順が都合が良いのじゃ』

『俺もだ。この前の世界史や英語は難しかったからな。勝負にならねぇ』

『私は化学がそこまでだったので世界史に回してもらいました』

 

体育祭のプログラムではただの一種目。それもメインではなくリクリエーションに近い位置づけだが、明久たちFクラスにとっては最も大事な野球大会。その決勝戦を前に、明久たちは打順や守備位置の確認をしていた。

今回――決勝戦の相手は教師陣。あわよくば3-Cあたりが倒してくれていたらと密かに願っていたがそれも叶わず。順当に教師チームが勝ち上がってきた。教師陣は皆歳が歳なだけに、一部の人間を除き運動能力や咄嗟の判断力が衰えている人が多いと思われるが、それを補って余りある点数を持つ召喚獣を使ってくる。

まごうことなく今大会の最強チームの一角。どれだけポジションや動きを確認してもやり過ぎるということはない。

 

「雄二は8番で良かったの?」

「……………………俺は英語も世界史も点数を取れているからな」

 

明久の問にムスッとした表情で不機嫌そうに答える雄二。

今回のスターティングメンバーは――

 

 

一番 サード    近藤吉宗

二番 レフト    横溝浩二

三番 ファースト  木下秀吉

四番 セカンド   島田美波

五番 センター   須川亮

六番 指名打者   リリアーヌ・シュトラウスキー

   (ショート   福村幸平)

七番 ピッチャー  吉井明久

八番 キャッチャー 坂本雄二

九番 レフト    姫路瑞希

 

ベンチ 神崎秀隆

    土屋康太(ムッツリーニ)

 

 

打順を大きく入れ替え3、4番を打っていた明久と雄二が7番と8番に。そして――

 

「それよりも、良いのか雄二よ。秀隆をベンチに下げて」

 

7番センターで固定たとと言っていた秀隆が、今回はベンチスタートだった。

 

「…………やる気のないヤツを出してもチームの士気が下がるだけだ」

「やる気のない、ねぇ……」

 

ベンチで片膝を組んで座っていた秀隆がこれ見よがしに呟いた。

 

「…………なんだ? 文句があるのか?」

「文句、ね。別に文句はねぇよ。ただな」

「ただ?」

「やる気のねぇヤツと心ここに非ずのヤツ。どっちがチームの士気を下げるのかなっと思っただけさ」

「んだとっ」

「止めるのじゃ雄二。ここでお主らが争う意味もなからろうて」

「そうだよ雄二。雄二が怒るのも仕方ないけどさ、それとこれとは話しが別なんだから」

「……けっ。わーってるよ」

「本当かなぁ……」

 

明久の目から見ても、このオーダーに私怨が込められていることくらいは理解できる。普段の雄二ならこんなことは切り離して考えるはずなのに、今はその判断すら欠いているということだ。これはかなりの重症だ。秀隆も秀隆で「やるなら勝手にやれ」という態度を崩す気はないらしい。

これで本当に勝てるのだろうかと明久が不安に思っていると、

 

「ん?」

 

誰が明久の脇から袖をちょいちょいと引いた。明久が首だけでそちらを向くと、瑞希が少し明久の顔を覗き込むようにして、雄二に聞こえないくらいの小声で話しかけてきた。

 

「(あの、明久君)」

「(ん? なに、姫路さん?)」

「(仕方がないって、明久君は坂本君が怒られたのはおかしいと、そう思いますか?)」

「(いや。だって、話を聞く限りは雄二が怒るのも無理ないような気が……)」

 

明久も普段なら翔子の味方をするところだが、流石に今回ばかりはどうかと思っていた。いくら雄二相手とは言え、今回の翔子の怒りは明久にも理不尽にしか感じなかった。

 

「(坂本君もああやっていきなり翔子ちゃんに言われて、売り言葉に買い言葉だったとは思います。だから、全部が全部坂本君が悪いとは言いませんけど……)」

 

瑞希が少し寂しそうに呟く。

 

「(でも、後で冷静になったら、きちんと翔子ちゃんに謝ってほしいです。でないと、翔子ちゃんが可哀想です)」

 

そう言うと、瑞希は目を伏せた。

どうやら瑞希は完全に翔子の味方のようだ。秀隆も翔子側に立つと言うし、雄二の気持ちの方がよく分かる明久としては、なぜ2人が翔子の肩を持つのか理解できなかった。

 

『これより生徒・教師交流野球大会決勝戦を始めます。皆さん、整列してください』

 

審判が両チームに整列するよう声をかける。

 

「おら。いつまでもつまんねぇ話してねぇで、行くぞ明久」

「あ、うん」

 

明久は瑞希との会話をそこで打ち切って、ベンチメンバーも含めた全員でグラウンドの中央に駆け寄って整列する。

三塁側のベンチからは教師陣が歩いてきて、ホームベースを挟んで生徒・教師が向かい合うようにして整列する。

並び順に関する明確なルールはないが、体育祭の野球大会では暗黙の了解としてキャプテン(2-Fは雄二、教師は西村教諭)を先頭に打順で整列することになっている。一番端のベンチメンバーの所に秀隆が並んでいることに、西村教諭は訝しんだ顔をした。

 

『プレイボールッ!』

『『『おねっしゃーーっす!!』』』

 

一斉に礼をしてFクラスは各守備位置へ、教諭陣はベンチへ移動する。

一抹どころではない不安を孕んだまま、決勝戦が始まった。




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