はたしてFクラスと教師チームの戦力差は。そして秀隆と雄二はどうなるのか……。
第百二十三問
野球大会決勝戦。後攻のFクラスは各自が守備位置へつく。今回も先発バッテリーは明久と雄二の問題児コンビ。
対する先攻の教師チームのトップバッターは、化学教師の布施教諭。
「はは……。野球なんて、20年ぶりでしょうかね。――
化学教師 布施文博 化学 501点
VS
Fクラス 吉井明久 化学 57点
自らが担当科目を務めるだけあって、その点数差は比べるまでもない。まともに打たれたら、明久の投げるボールはすべて場外まで飛ばされるだろう。
明久はマウンド上で雄二のリードを待つ。変化球はないので、送られてくる指示はコースと球速の2つのみ。問題は、その2つで難敵を相手にどう攻めるかだが……。
『アウトコース 低め 遅い球』
教師チームは体育祭の監督の関係もあり、この試合ではメンバーを総入れ替えしている。つまり、教師チーム全員が、この試合が召喚野球大会の初試合だということ。雄二はそのことを踏まえて、初球は様子見してくると判断したようだ。
明久も雄二の指示に小さく頷くと、1球目を振りかぶる。
『ストライク!』
布施教諭に動きなし。やはり予想通り、1球目はジッと様子を見てきた。当の本人でさえ野球は20年ぶりだと言っていたのだ。ましてやそれを召喚獣にやらせるのだから、慎重になるのも当然だ。
『インコース 高めに外す 遅い球』
2球目の指示はインハイのボール球。セオリー通り、ストライクゾーンから外した球で相手の反応を窺うつもりなのだろう。
明久も再び小さく頷き、大きく振りかぶる。
『ボール』
布施教諭はピクッと動きながらも、何とか堪えてボールを見逃した。これでカウントは1ストライク、1ボール。
『インコースギリギリ 低め 速球』
3球目。次は相手もバットを振ってくると見てのインローに速球の勝負球。うまくいけば内野ゴロ。空振りしてくれたらそれでもよし。もし打たれてもシングルヒットで許容範囲。
明久もそれが分かっているのか、気の抜けない表情で頷く。
全力で投げるため、明久も召喚獣に力を込めさせる。
大きく振りかぶり、全力で投じたその1球は――
『ってすっぽ抜けてんじゃねぇかーっ!』
力み過ぎたせいですっぽ抜けてど真ん中。しかも球速もなくひょろひょろとした球が飛んでいく。
『っ!? っとと、と……』
だが、なぜか布施教諭は打ちごろの球でもあるに関わらず、フォームを崩しながらバットを振った。
バットの先端を掠めた打球は、ガキッと鈍い音を鳴らしながら勢いよく宙を舞う。普通ならもっと弱い打球になるところだが、流石召喚獣のパワーと言ったところか。だが、当たり所と角度が悪すぎた。
『オーライ』
レフトの横溝が落下点でミットを構えて難なくキャッチ。
『アウトっ!』
結局、打ち上げられたボールはレフトフライとなり、無事に1アウトを獲得。すっぽ抜けた時は肝を冷やしたが、結果オーライだ。
「やれやれ……。あまりに良い球が来たので焦ってしまいました……」
布施教諭が苦笑いを浮かべてベンチに戻る。どうやら想像以上に素直な球がきたので驚いてタイミングが崩されたよようだ。偶然とはいえ、化学という科目で化学教師が凡退してくれたのは僥倖だ。
「…………秀隆」
「なんだ?」
そんな様子をベンチで眺めていた康太が、同じくベンチいる秀隆に話しかける。ただし、秀隆はベンチに寝そべって、試合にまったく興味を示していない。
「…………本当に良いのか?」
「だから何がだ?」
「…………雄二のこと」
フィールドでは次のバッターの寺井教諭が召喚獣を喚び出していた。
現国教師 寺井信介 化学 211点
VS
Fクラス 吉井明久 化学 57点
文系教師とは言えAクラス上位並の点数。全科目で教師全員がこのレベルだとしたら、Fクラスは相当不利な勝負を押し付けられ続けることとなる。
「アイツがどうなろうと、俺の知ったこっちゃねぇよ」
カンッという鈍い音が響く。康太が打球の行方を追うと、ボールは低い弾道ながらも地面を抉るような勢いで一、二塁間を抜けていった。これで1アウト1塁。まだまだ焦るような展開ではないが、それでも不安がよぎる。
「…………このままだと」
「勝てねぇだろうな」
康太が不安に思っていた疑問を、秀隆はあっさりと肯定した。
「…………分かっているなら」
「分かってるからこそ、知ったこっちゃねぇんだよ」
秀隆が欠伸を噛み殺す。
そうしている間にも、試合は進み教師チームの打順は3番打者へ。
『よろしくお願いします』
3番打者――クリーンナップの先陣を切るのは――学年主任の高橋教諭だ。普段のビシッとしたスーツではなく、ジャージを着ているのでいつもより柔らかい印象を受ける。
『お手柔らかに、吉井君。――
いつもは交流のない高橋教諭が明久に話しかける。前回話た時は、不名誉にも合宿の時の覗き騒動だった。そういった意味では、本来の交流野球大会も悪いものではないのだろう。
学年主任 高橋洋子 化学 801点
VS
Fクラス 吉井明久 化学 57点
『『『ぶほっ!』』』
Fクラスの守備陣が一斉に吹き出す。よく見ると、教師チームの何人かも苦笑いを隠せていない。どうやったら担当教師よりも高い点数が取れるのかと、明久は叫びたくなるのを懸命に堪えた。
「…………アレは無理」
「だな」
流石の秀隆もベンチから起き上がって高橋教諭の様子を窺う。アウトになったとはいえ、当たり所の悪かった布施教諭の打球ですらレフト後方まで飛ばされたのだ。もしあの点数でバットに掠りでもしようなら、結果は自ずと想像できる。
雄二はアウトコースのバットの届かない位置にミットを構えた。
「敬遠、か。まぁ、ここは仕方ないな。次が鉄人とはいえ、あんな化け物なんて俺だってまともに相手したくねぇわ」
「…………けど、何か違和感が……?」
康太が高橋教師の様子に違和感を覚えていると、おもむろに雄二がミットを構え直した。
「勝負? なんでだ?」
「…………バットの手が逆」
「バット? ――ああ、確かに」
康太の指摘に秀隆が目を凝らすと、確かに高橋教諭のバットを握る手の位置が左右逆になっていた。雄二たちは高橋教諭が野球に慣れていないとみて勝負に出たのだろう。
『高橋先生。手が逆だな。それだと打ち難いはずだ』
『ああ、どうりで……。アドバイスありがとうございます西村先生』
次に控える西村教諭のアドバイスで高橋教諭がバットを正しく構え直す。だが高橋教諭が野球に慣れていないという情報アドバンテージを得た。これで、付け入る隙が見えた。
雄二が構えたのはアウトコース高め。ギリギリボールになるコースで空振りを狙っているのだろう。明久もそのリードに頷き、セットポジションから振りかぶる。
『ええっと、こうでしたか』
高橋教諭がバットを横に持ちバントの構えを取る。
『ストライク!』
コースは外していたので、白球はそのままバットに当たることなくミットに収まり1ストライク。
「…………送りバント?」
「セオリー通り、ならな」
プロ野球ではあまり見る機会は少ないが、高校野球なら3番が送りバントで得点圏にランナーを進めて、4番が点を取るのはよくある戦法だ。
だが、秀隆はそうでないと考えた。
「…………違うと?」
「確かに高橋先生は野球の経験はあまりないんだろうよ。だが、それ以外の教師は野球経験者もいるし、なによりキャプテンが鉄人だ」
明久が2球目を雄二のミット目がけて振りかぶる。
「普通の戦略なんぞ使ってくるわけねぇよ」
『ここで、こう……』
ゴンという鈍い音が響く。一応バントをした、という事実は変わらない。だが――
「プッシュバントかっ!」
通常のボールの勢いを殺すように当てるバントではなく、バットを前に押し出すようにボールに当てるプッシュバント。初球でバントを警戒させ、2球目でプッシュしてヒットを狙う作戦だったようだ。
バント処理のためにダッシュしていた明久とサードの近藤の間をボールが低い軌道で抜けていく。
「任せろっ!」
「福村君っ!? 良かった!」
ボールは幸運にもショートを守っていた福村の真正面。
福村の召喚獣もグラブを身体の正面でしっかり構えて捕球の体勢に入る。そしてボールを捕球してファーストへ送球しようとして、
「ごぶるぁあっ!?」
「「「んだとぉっ!?」」」
ボールと一緒に福村の召喚獣が大きく後ろに吹っ飛んだ。
振り切ったスイングではなく、プッシュバントとはいえただのバントしたボールで召喚獣が吹き飛んで行く威力。もし召喚獣に向けてライナーが飛んでこようものなら、準決勝の再来と言えよう。それにしても、文字通り桁違いのパワーである。
学園長との交渉で秀隆が危惧していたことが現実味を帯びてきた。
『高橋先生、あれなら二塁まで行けます!』
教師チームの誰かがベンチから叫ぶ。吹っ飛んだ福村が取りこぼしたボールはセンター方向に転がっている。このままでは二塁どころか、ランナーの寺井教諭が生還する可能性すらある。
『二塁ですか。分かりました』
冷静に頷く高橋教諭。
そして高橋教諭は召喚獣を凄い勢いで二塁に向けて走らせた。
一直線に、マウンドの上を突っ切って。
『『『……………………は?』』』
ランナーの寺井教諭を含め、その場にいる全員が目を点にした。あの西村教諭ですらポカンと口を開けていた。
『……バッター、アウト』
審判が力なく高橋教諭の凡退を宣言する。
野球の走塁に関するルールに『進塁する際は一塁から順に塁を踏んで走塁しなければならない』、『ベースを踏まずに次の塁に進塁、または帰塁してはいけない』というルールがある。二塁打だろうがホームランだろうが、一塁から順にベースを踏んで進塁しないとルール違反となる。後者のルールでも、即時にアウトになることはないが、野手に指摘されると『アピールプレイ』となりアウトとなる。
高橋教諭はこの辺りの野球のルールを一切理解していないようだった。
『高橋先生……。アウトなので、ベンチに戻ってください……』
『なぜですか』
『そういうルールなので……』
高橋教諭は眼鏡の奥の瞳を不満そうに歪め、高橋教諭の召喚獣は自陣に戻っていった。瑞希といい、高橋教諭といい、勉強ができるからと言っても何でも知っているというわけではないようだ。明久はどこかで聞いた"完璧な人間は存在しない"という言葉の意味を少し理解した。
『えっと……、はい。タッチアウトっす』
『え?』
ついでに、呆気に取られて一、二塁間で棒立ちになっていた寺井教諭からもアウトを取れた。全員が呆然としている間に、こっそりとボールを拾って行動していた須川のファインプレーだ。ファインプレーだが……他のインパクトが強すぎて虚しさすら覚える。
学年主任 高橋洋子 化学 801点
VS
Fクラス 福村幸平 化学 DEAD
ちなみに、福村の召喚獣は静かに天に召されていた。
「んじゃ、行ってくるぞ」
「頼んだよ、近藤君」
「任せとけ。一発デカいのを打ってきてやる」
1回裏のFクラスの攻撃。トップバッターの近藤が打席に立つ。守備につく教師チームのピッチャーは、科目が化学とういうこともあり担当教師の布施教諭が務める。キャッチャーは予想通りの西村教諭。ゴツい体格の召喚獣が岩のようにホームベースの後ろに構えている。ちなみに高橋教諭は指名打者のようで守備にはついていない。おそらく操作性というよりは、野球経験のなさと、高すぎる点数のせいで送球を受けとれる人が少ないからだろう。
「中々面白い試合運びになってるじゃねぇか」
「あア?」
ベンチの端と端で、秀隆と雄二が火花を散らす。
「……何を寝ぼけたこと言ってんだ、きっちり三者凡退にしたじゃねぇか」
「結果的には、な。けど、高橋先生の大ポカと須川の起点に助けられただけ、運が良かっただけじゃねぇか」
「運も実力の内って言葉を知らねぇのか?」
「人知を尽くして天命を待つ。運ってのはな、やること全部やり切って最後に頼むもんなんだよ」
「今の俺が全力でやりきってないとでも言うのか?」
「ベンチで見てる限りはな」
「試合に出てもいないくせによく言うじゃねぇか」
「誰かさんが試合に出させてくれないからな」
険悪、というには生温いほどの雰囲気。横で聞いている明久たちの方が、針のむしろに包まれたような居た堪れなさを抱く。
「もう。いい加減にしなよ2人とも」
「アキの言う通りよ。アンタたちが喧嘩してたら、勝てる試合も勝てないじゃない」
「はんっ」
「……けっ」
舌打ちをして、互いに顔を背けるようにそっぽを向く2人。
明久たちは試合そっちのけの2人に深いため息を吐く。
「坂本君と、神崎君、どうなってしまうのでしょうか……」
「このままだと2人とも……。それに翔子ちゃんも……」
「なんとかしたいけど、2人があの様子じゃ……」
瑞希たち3人が心配そうに呟く。
「…………それよりも、試合がどうなるか」
「そうだね。前に雄二に聞いた『ストライク!』作戦だと『ストライク、ツー!』僕らの勝負は『ストライク! バッターアウト!』終盤らしい」
「…………だったら雄二は『ストライク!』序盤の攻撃には『ストライク、ツー!』あまり期待して『ストライク! バッターアウト!』いない?」
「たぶんね。でも一応味方の『ストライク!』攻撃なんだし『ストライク、ツー!』ちゃんと応援するべきだと『ストライク! バッターアウト! チェンジ!』さぁ守備だ。皆頑張ろう!」
Fクラスの攻撃は、近藤、横溝、秀吉が三者三振に倒れて、僅か9球で終了した。教師チームに対して、明らかにFクラスの攻撃時間が短すぎる。実力差は明々白々といったところか。
「……んじゃ、ちょっくら行ってくるかな」
明久たちが守備位置についたのを見届けると、秀隆は
「…………待て秀隆。どこへ行く?」
「野暮用」
制止する康太に一言だけで答えると、秀隆は立ち会いを務める世界史の教師に何かを告げ、グラウンドの外に出た。
「…………いったい何を考えている」
横に誰もいないベンチに、康太の疑問が虚しく漂った。
『さーて、いっちょ気張りますかっ』
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