はたして明久はこの回も無事に抑えることができるのか?
第百二十八問
「さぁ来いっ! 今度はさっきまでのようにはいかないはずだっ!」
2回表。科目は世界史ということもありピッチャーは引き続き明久。清涼祭での召喚大会以降、日本史や世界史は明久の得意科目となったため、明久もこの回は問題なく抑えきれるはずだと自信に満ちていた。
対する教師チームのバッターは――
「威勢が良いな吉井」
「げっ。鉄人……」
対峙するのはFクラス担任、生活指導担当の鉄人こと西村教諭だ。
その暑苦しく獰猛な顔を見た瞬間、明久はやる気の削がれる感じがしたが、すぐに西村教諭の脅威は本人の身体能力であり、学力ではないと思い返す。Fクラスの担任をしているだから、学力も精々他の教師並と高を括っていたのだが、
補習教師 西村宗一 世界史 741点
VS
Fクラス 吉井明久 世界史 121点
『敬遠するぞ』
『OK雄二』
表示された点数を見てその希望は潰えた。
目を見るまでもなく雄二から出される敬遠の指示。Fクラスが下位打線を意識した打順決めをしているのに対して、教師チームはセオリー通りの打順を組んでいるようだ。
明久とて化け物相手に真っ向勝負なんてしたくないので、雄二の指示に全力で頷いた。
「…………」
「(ん?)」
明久が雄二のミットに一瞬首を傾げる。
雄二は敬遠を指示したが、召喚獣を立たせることなく、ミットだけをストライクゾーンから外した。敬遠とみせかけて際どいコースであわよくば三振を狙っているのか、はたまた立ち上がらせるのが面倒なだけか。
疑問に思いつつも、とりあえず明久は雄二の指示したコースにボールを投げる。
すると、西村教諭は眉を顰めながら1球目を見送った。
『ボール』
審判が告げ、雄二が明久にボールを投げ返す。
そんな様子を見て、西村教諭は低い声で呟いた。
『……これは、坂本の指示か?』
『そうだが、何か?』
西村教諭に返事をしながら同じコースにミットを構える雄二。西村教諭は『そうか』と不機嫌そうに吐き捨てると、視線を明久に戻した。明久から見た西村教諭の顔も不満が表れていて、まるで敬遠が汚いと言いたそうだ。
『お前たちは勉強ができなくても、こういったことは分かっていると思っていたんだがな……。まだまだ教育が必要ということか』
『? 何を言ってるんだ。敬遠くらい、勝負の世界では常識だろう。この程度のことで文句を言うとは――』
『いいや。そういうことを言ってるんじゃない。……いいか、坂本。教師として一つ言っておく』
2人の会話をよそに、明久はひとまずミット目がけてボールを投げる。どの道敬遠になるのだから、会話の途中で投げても問題はない。
『――何事も、やるなら徹底的やれ!』
ガキン、と豪快な音が響き、ミットに向かっていたはずのボールがかき消えた。明久が驚愕していると、西村教諭の召喚獣はバッターボックスのホームベース側のギリギリに立っていた。そこから敬遠球を打ち返したのだ。
一瞬で視界から消えたボール。その行方を目で追うまでもない。打たれたボールがフィールド内に存在しないのは明らかだった。
『ホ……ホームラン!』
『………………………ふん』
西村教諭の召喚獣が淡々とダイヤモンドを巡っていく。
「(しくじった……!)」
明久はいつだったか、テレビのプロ野球中継で見たボール球をホームランにした選手を思い出した。敬遠するのなら、面倒くさがられてもきちんと雄二を立たせて絶対にバットが届かない場所に投げるべきだった。
『く……』
雄二が悔しそうに唇を噛む。初回といい雄二らしくない采配が続く。西村教諭に言われるまでもなく、雄二はやる時は何事も徹底してやる人間だ。明久たちが思いもしなかった人の心理や状況の裏を読み、必ず勝利への道を手繰り寄せる。加えて、そこに秀隆がサブプランを提案し雄二の作戦の穴を埋める。明久たちですら相手に同情する程の容赦ない徹底ぶり。それが教師たちが手を焼くFクラス最凶コンビの本来の姿だ。
その雄二が、こんな大事な場面で初歩的なミスを犯すなんて、やはり普通ではない。
「タイム!」
いよいよ黙っていられなくなった明久はタイムを申告。雄二のところに駆け寄った。
「……なんだ、明久。文句でも言いに来たのか?」
雄二は面白くなさそうに明久の顔をジト目で見ていた。
「うん。まぁね」
「けっ。んなもん、言われなくても分かってらぁ」
雄二が荒々しく吐き捨てる。
自分が本調子、試合に集中できていないことは一応雄二にも自覚があるのだろう。先ほどの西村教諭への敬遠しかり、初回の高橋教諭しかり。いつもの雄二であれば、高橋教諭のバットの握りが左右逆だったことに真っ先に気付いていただろう。プッシュバントを企ていたことも、明久ですら何か裏があると気づいていたのに、悪知恵の働く雄二が気づかないはずがない。
「分かっているならあまりうるさくは言わないけどさ。他のことを考えながら勝てる相手じゃないからね」
「十分うるせえよ。いいからさっさとマウンドに戻れ明久。まだ試合の途中だぞ」
「へいへい。とにかく、集中するようにね」
最後にそれだけ伝えると、それ以上は言及せず、元の位置に戻る。とは言ったものの、
「集中しろとは言ったものの、僕自身も雄二が荒れてもしかたないと思えるからなぁ……」
もし明久が雄二の立場だったとしても、やはり翔子の言い分は理不尽だと思うし、そのまま試合に集中しろだなんて、どだい無理な注文だとも思う。
だが雄二がこのままの調子だと、本当に勝てる試合も勝てなくなってしまいそうだ。
『プレイ!』
明久がマウンドに戻ると、審判が試合再開のコールを発した。
試合は西村教諭がホームランを打ったことでノーアウト、ランナーなしで1点ビハインド。次の相手は5番打者、保健体育の大島教師だ。
「体育の授業ではなく、召喚獣で生徒と野球をすることになるとは……。
保健体育 大島武 世界史 233点
VS
Fクラス 吉井明久 世界史 121点
授業のほとんどが体育の実技で、座学が保健体育くらいしかないはずなのにAクラス並の点数。合宿の時に布施教諭がこぼした『教師もテストを受けている』とは本当のことのようだ。それにしても前の2人が高すぎるが。
運動神経は言うまでもないので、どの道勝負に踏み切るには勇気のいる相手だ。
『インコース 低め 速球』
雄二の指示したコースは、一般的には打ちにくいと言われるインコース。低めに集めるのは長打を避けるためだろう。消極的ではあるが無難な選択。点数差があるとは言え、当たりどころによっては凡打も狙える。
1球目を構えて、ミット目がけて思い切り振りかぶる。
――カキン
『ファール』
打球は三塁線を越えて、グラウンド脇の茂みの方へと飛んでいった。初球から振ってくるあたり、大島教諭もかなりやる気のようだ。
『なるほど。たしかに自分でやるのとは大分違うようだ』
大島教諭が小さく呟く。教師チームは選手を総入れ替えしていたこともあり、大島教諭もこれが初めての召喚野球。運動神経抜群とはいえ、生身と召喚獣との感覚の差に慣れていないのだろう。もし、これが2度目の試合で操作に慣れていたらと思うと、と明久はぞっとする。
『インコース 高めに外す』
次の指示もインコース。相手が慣れていないうちに、徹底的に打ちにくいコースを攻めていくようだ。
明久が雄二の指示に頷いてセットポジションを取る。今の指示に球速の指示はなかった。つまり、同じ球で狙えたら空振りを狙う作戦だろう。明久はそう思い、2球目を振りかぶる。
『――遅い球』
「――えっ!?」
今更になって球速の指示が来る。が、いくらなんでもタイミングが悪すぎた。
投球モーションに入った状態から無理やり動きを調整する。
「ぐ……っ」
召喚獣の体勢が崩れ、遅い球がキャッチャーに向かって飛んでいった。コースは――最初の狙いから外れ、ストライクゾーンに入っていた。
「――っ!」
大島教諭の召喚獣がバットを振り、ボールは多角舞い上がった。軌道はまたもや三塁線。バットの根元に当たったのか、飛距離は伸びていない。
『間に合えーっ!』
横溝の召喚獣が必死にその打球を追いかけ、なんとか捕球に成功。何もなければこれでようやく1アウトなのだが……。
『……………………』
審判がアウトを宣告しない。先ほどの明久の二段モーション気味の投球に対して、ボーク(ランナーがいないため厳密には反則投球)を取るのか考えているのだろう。
そんな審判に対して、自陣に戻りながら大島教諭が告げた。
「今のはアウトで構わない」
1回目だからか、これが交流試合だからか、大島教諭は明久の反則投球疑惑を見逃した。大島教諭の余裕そうな態度が癪に障るが、正直に言えば明久はホッとしていた。
明久が雄二の方をジッと睨む。雄二は本気で腑抜けてしまったようで、持ち前の大胆な決断力が失われていた。
『…………指示が遅れた。次からは気をつける』
雄二が苛立ちに顔を歪めながら、とりあえずといった様子で謝ってきた。
――そんな不安定な状態のまま、試合が続く。
現在の状況はツーアウト満塁。6番の長谷川教諭をフライに打ち取ったものの、その後3人の打者に対してシングルヒット2本にフォアボールと
そして、迎える打者は打順が一巡して1番の布施教諭。2度目の打席ともなると、召喚野球にも少しは慣れてきているところだろう。もう初回のような相手のミスは期待できない。
そんな明久の緊張が伝わったのか、秀吉が手を挙げて明久に何かを訴えた。視界の隅でそれを見た明久は、『牽制球でも投げて一息入れろ』と察し間を取るために一塁にボールを投げる。
一塁ランナーは大きくリードを取っていたわけでもないので、秀吉がボールを受け取る時には悠々と帰塁していた。
『セーフ』
審判のコールが響く。明久とてそれでアウトが取れるとは思っていない。あくまでも今のは緊張を解すための行動――だと思っていたが、ボールを受けた秀吉は心配そうに顔を歪めた。
『タイムじゃ』
明久が不思議がっていると、唐突に秀吉がタイムを申告。ボールを持ったまま、召喚獣とともに明久のところにトテトテと駆け寄ってきた。
「? どうかした、秀吉?」
「うむ。実はじゃな――」
秀吉は明久に近づき、耳元で小さな声で囁く。誰かに聞こえないようにしているので、やはり何かアドバイスをするつもりだろうか。足元では同じように召喚獣も接近していた。
「実は、何かな?」
「実は、ワシは試合が終わったら――風呂に入りたいのじゃ」
「――っ!?」
明久の脳が野球のことを忘れて一瞬トリップしかける。
なぜ試合中にそんなことを言い出すのか。こんな時に明久を惑わせるようなことを言って、秀吉に何の得があるのか。それとも、何か深い意味が隠されているのか。
「それだけじゃ。邪魔したの」
困惑する明久を置いてけぼりにして、秀吉は何かを企むような小悪魔的な笑みを残して守備位置に戻る。秀隆とつるんでいるせいか、最近秀吉も人を食ったような笑みが似合うようになってきた気がする。明久が悪友の秀吉への悪影響を危惧しながら、同時に新たな一面を魅せてくれたことに感謝していると、
『プレイッ』
審判の試合再開のコールで我に返る。
今は野球の試合中。明久は頭のスイッチを切り替えることにした。秀吉がなぜ風呂の話をしてきたのか、ではなく、どうやってこのピンチを乗り切ってて秀吉と一緒に風呂に入るのか、へと。
『……なんだか、明久君から邪なオーラを感じます』
『……なんか分からないけど、無性に腹が立ってきたわ』
気力が湧いた明久は後ろからの殺気に気づくことなく、アウトを取るためにボールを構えようとして――
「ん? ボールがない……?」
召喚獣がボールを持ってないことに気づいた。秀吉が召喚獣を連れてマウンドにきた時に一緒に持ってきてくれたはずなのだが、その時の記憶が曖昧だった。
明久がボールの行方を捜していると、
『タッチアウトじゃ』
『……はい?』
一塁側から秀吉のしてやったりという声が聞こえた。
明久の手元にボールはなく、代わりに一塁を守っている秀吉のグローブにボールがある。そして、秀吉はリードを取るために一塁から離れていたランナーにそのグローブを当てている。つまり――
「隠し球!?」
『ランナーアウト! チェンジ!』
審判が攻守交代を告げる。
隠し球は内野手がグローブにボールを隠し持ったまま、油断したランナーをタッチしてアウトにするトリックプレーの一つだ。
ただしこれは、ピッチャーが足をプレートにかけてしまうとポーク扱いになってしまう。そのため、明久がボールの行方を捜して投球フォームに入っていなかったからこそ成立した、秀吉のファインプレーだ。
「木下、ナイス!」
「隠し球なんて味な真似しやがって!」
「…………グッジョブ」
「ワシも役に立てたようじゃの」
ベンチに戻りながら皆で秀吉のプレーを褒め称える。下手をすれば追加点が入っていたあの場面を0点で切り抜けられたのは大きい。
そしてこれで、
「これで、秀吉と気持ちよくお風呂に入れる」
「……お主は何を言っておるのじゃ……?」
感涙する明久に、秀吉が呆れ顔で呟いた。
「あれ? だって、さっき秀吉が僕のところに来た時、一緒にお風呂に入ろうって」
「何を言っておる。ワシはそのようなことは一言も言っておらんと――」
そこまで言ってから、秀吉は急に思い直したかのように意見を翻した。
「い、いやっ。そう言えば言ったの! そうじゃな! 風呂じゃ! 明久よ、試合が終わったら是非ワシと一緒に男湯へ――くふぅっ」
「あらあら、ダメじゃない木下。お風呂は性別ごと分かれて入るものなのよ?」
「そうですよ木下君。お友だちと一緒にと言うのなら、お風呂は後で私たちとゆっくり入りましょうね?」
「し、島田に姫路!? 落ち着くのじゃ! お主ら、ついにワシと風呂に入ることさえ違和感を覚えなくなっておるのか!?」
「み、美波ちやんっ。瑞希ちゃんっ。それは流石にダメですよ!」
美波と瑞希が秀吉の腕を抱えて微笑んでいた。いくら姉の優子と瓜二つとはいえ、流石に同じ風呂はまずいとリリアが止めにかかる。
「はぁ……。つまり、隠し球のための冗談だったわけか――ん?」
流石の明久も話がうますぎたと落胆した時、違和感に気づいた。
「あれ? 秀隆は?」
「「「え?」」」
ベンチを見渡すと、秀隆の姿がない。1回の時はほとんどベンチで寝ていたし、今回もそうだと思っていた。それが秀吉が弄られているのに声すら上げないのはおかしい。そう思い周りを見渡しても、秀隆の姿はどこにも見当たらなかった。
「本当ですね」
「トイレじゃない?」
いくら秀隆とはいえ、この状況で試合を放棄するとは思えない。恐らくトイレだろうと話し合っていたが、
「…………実は……」
と、康太が2回の始めに秀隆が立ち会いの教師にに何かを告げてグラウンドを去ったことを話た。
「ええー!?」
「なんじゃと!?」
「うそっ!?」
「神崎君が?」
「いったいどこに行ったんでしょうか?」
「…………分からない。ただ、野暮用とだけ」
「野暮用って……」
秀隆が野暮用と言って碌なことになったためしがない。今回も裏で何か企んでいるのだろうと明久たちがため息を吐いていると、
「…………逃げたんだろ」
どっかりとベンチに座った雄二が、吐き捨てるように言い切った。
「雄二?」
「逃げんだよ。あの野郎は。この試合が勝てないと見限ってな」
「そんな……。秀隆に限ってそんなこと」
「一学期のAクラス戦で木下姉が言ってただろ。『また逃げるのか』って」
「それは……」
「だから、今回も逃げたんだろっ!」
雄二が乱暴に足元の小石を蹴り飛ばす。
たしかに優子はそんなことを言っていた。しかしそれは半分はあの時の秀隆を挑発するため。そんなことは雄二も分かっているはずなのに。
『バッターは早くバッターボックスへ』
「あ、はいっ」
審判に促され美波がバッターボックスへ走る。次の打者の須川もネクストバッターズサークルで待機。
「雄二よ」
項垂れる雄二の前に秀吉が立つ。
「なんだ秀吉」
「秀隆は逃げてなどおらぬ」
「じゃぁ何でここに居ないんだよ?」
「それは――分からぬ。じゃが逃げてはおらぬ」
「んじゃ便所か? 便所ならそう言えばいいだけだし、もう戻ってないとおかしいだろ」
「そうじゃな。だから、何か考えがあるのじゃろう」
「だから俺たちに言えない考えってなんだよ? なぁっ!」
「止めろよ雄二!」
秀吉にも掴みかかろうとする雄二を明久が押さえつける。雄二は「けっ」と悪態をつくと、またどかっとベンチに腰を落とした。
「雄二! なんだよその態度は」
「よい明久」
「でもっ」
「よいのじゃ」
「秀吉……」
雄二に食ってかかろうとする明久を、秀吉が少し寂しそうな目で宥める。
「秀吉は、何で秀隆が逃げてないって思うの?」
「…………信じておるからの」
「信じてる? 秀隆を」
「いや……秀隆を信じておるワシを、かの」
「?」
明久が秀吉の言葉に首を傾げていると、
「…………明久」
横から康太が話しかけてきた。
「なに? ムッツリーニ」
「…………さっきの風呂の話について詳しく」
いつの間にかボイスレコーダーまで構えている。康太のエロスを感じ取ってからの行動力に、明久は感嘆するしかなかった。
ご感想などお待ちしております。
サブタイトルは?
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あったら嬉しい
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いらない