第百二十八問
「っしゃー! しまっていくぞー!」
「「「うおぉおーっ!」」」
最終回。教師チームの攻撃。
守備につくFクラスのピッチャーは再び明久に、キャッチャーは雄二に戻る。相手は2巡目の、7番バッターの長谷川教諭。前の回まで、召喚獣を使っている間はFクラスも恐怖していた。だが、こうなった以上は何の恐怖もない。
『外角 高め カーブ』
明久が雄二の指示通りにボールを投げる。草野球レベルのピッチングとはいえ、運動不足の教師に打たれるほどやわでははない。
「う……」
『ストライッ!』
長谷川教諭は棒立ちで見送り、ストライクカウントが1つ増える。
『低め ストレート』
雄二の指示に一つ頷いて、明久が真ん中低めにストレートを投げる。次もストライク。これで追い詰めた。
『内角 低め スローボール』
雄二の意地の悪い指示に明久は少し笑って頷く。
『っと、とと』
完全にタイミングを外されたスローボールに、長谷川教諭は身を乗り出しながらスイングし、三振した。
『ットライ! バッターアウト!』
これで1アウト。次は氏家教諭。その次は山田教諭。
随所にスローボールやチェンジアップを織り交ぜた意地の悪い配球で、残りの2人を打ち取った。
『バッターアウト、チェンジ!』
散々苦労させられた教師陣が三者凡退。予想通り、運動神経はFクラスに大きな分があるようだ。
「鉄人や大島教諭が相手でなくて良かったの」
「そうだね」
ベンチに戻りながら明久と秀吉が頷き合う。西村教諭は言わずもがな、大島教諭も体育の実技も担当しているので運動神経は抜群だ。前の回でこの2人を抑えられたのは非常に大きいアドバンテージとなった。
「本当は真っ先にあの2人を借り物競争で連れて行ってもらいたかったんだけどね」
「人の良い遠藤教諭ならばともかく、鉄人たちを相手にそれは厳しいじゃろ」
「まぁね」
西村教諭や大島教諭なら、勢いに押されることなく冷静に借り物の紙を確認していただろう。そうなれば作戦は失敗。多くを望みすぎて肝心の作戦がお釈迦になってしまえばそれこそ本末転倒だ。ある程度のリスクは受け入れるべきだろう。
「どうにも、僕らは鉄人や大島先生に信用されてないみたいだからね」
「今までやってきたことがやってきたことじゃからの」
「ま、ある意味信頼はされてるんだろ。『絶対に何かやらかす』ってな」
「それはあんまり自慢できることではないような……」
と、ここで外野から戻ってきた秀隆たちも合流。全員が戻ってきたところで、雄二が改めて皆を見回す。
「さて……。これで、残すところ俺たちの攻撃もあと1回となった」
5回の裏。Fクラスの攻撃。状況は変わらずの1点ビハインド。残されたのは、この僅か1回の攻撃チャンス。
「1点だけ取って追いつてもだめだ。ここで逆転できなきゃ、俺たちは負ける延長戦に入ったら勝ち目はねぇ」
延長戦に入れば、借り物競争に連れ出された教師たちも戻ってくる。そうなれば延長戦はまたテストを使った召喚獣勝負に逆戻り。Fクラスの勝利はほぼ不可能だろう。
「この1回が、俺たちの正念場だ。何が何でも2点もぎ取れ。いいか、絶対に勝つぞ」
「「「おうっ!」」」
気合は十分。勝つための糸口は見え、風向きもFクラスに味方している。あとは、とにかく前に進むだけ。
と、そんな時に、
「それじゃ、ウチは土屋に交代してもらおうかしら」
「え?」
この回のトップバッターを努めるはずの美波がそんなことを言い出した。
「ムッツリーニと交代? なんで?」
「なんでって……。だって神崎はリリアと交代したし、こっちのベンチには土屋しか残ってないじゃない」
「あ、いや。それはそうなんだけどさ。もしかして、自身ないの?」
「そりゃぁまぁ、ね」
いつもと違う美波の少し弱気な返答に、明久は驚いた。てっきり『そんなことない!』といつもの雷が落ちてくるものだとばかり思っていた。
「……アキ。アンタがウチをどう思っているは後で問い質すとして。ウチだって女子だと運動はできる方かもしれないけど、男子と同じレベルで野球なんてできないもの。体力もそうだけど、経験でも敵わないし」
「あっ、そっか……。たしかに女の子だと、あまり野球ってやらないもんね」
仮に同じ経験のあるスポーツでも、男女の間でかなり体力・技術に隔たりがあることは実例として存在する。プロの女子サッカーチームが男子高校生に手も足も出なかったこともある。
それに美波は明久たちと違って授業中に抜け出して野球をするなんてことはしない。明久たちよりも経験も技術も少ないことは否めない。体力に関しては若干のぎもんを覚えるが。
「そ。だから土屋と交代。きっとウチより上手くやってくれるだろうし、それに――」
「それに?」
「こういう時って、男の子が頑張るから格好良いんじゃない?」
そう言って、美波は楽しそうに笑った。明久はその可愛らしい笑顔に一瞬ドキリとしてしまう。普段は明久たちの前で色々とやっているけど、内面では誰よりも女の子らしいのかもしれない、とふと思ってしまうほどに。
「…………行ってくる」
康太がバットを握って打席に向かう。審判に交代の意思を告げ、バッターボックスに入る。
『プレイッ!』
審判が5回裏の開始を宣言。バッターは康太。相手ピッチャーは、我らが体育教師の大島教諭。その女房やくは――
「キャッチャーは鉄人か……。向こうはクロスプレーを警戒してやがるな」
「まぁ、散々仕返しがどうのって騒いでたからね」
「召喚獣の時もキャッチャーだったしな。最初からラフプレーは織り込み済みってわけだったてことだな」
ホームに飛び込む時のランナーとキャッチャーの接触を避けるためのポジョニング。たしかに西村教諭が相手なら、明久たちがいくら体当たりを仕掛けてもはじき返されるだけだ。クロスプレー勝機はない。――それが召喚獣の時と変わらないのが恐ろしいところだ。
西村教諭とサインを交わした大島教諭が、腕を振りかぶり、景気よく腕を振り下ろす。ボールは唸りを上げ、キャッチャー目がけて飛び出した。
「…………っ!(ブンッ)」
『ストライク!』
康太のバットが、ボールから1個ほど下の空を切る。ボールの下でバットを振るということは、ボールが想像よりも速かったということ。流石は大島教諭。体育教師の肩書きは伊達ではないようだ。
「…………(スッ)」
康太がバットを構え直す。大島教諭は西村教諭と再びサインのやり取りをすると、第2球目を投じた。
ストレートと大差ないスピードのボールが、バッターの手前で急に横方向へ変化する。
「スライダーだと!?」
「ちょっと! 大人気なくない!?」
「交流試合で、よもやここまでやるとはの」
「向こうもそんだけ本気ってことだろ」
「…………っ!(ブンッ)」
康太が2球目も空振りし、これでツーストライク。後がなくなった。
『ナイスピッチ、大島先生』
西村教諭がボールを戻し、大島教諭が受け取る。康太は大島教諭の手元をしっかりと見ると、三度バットを構える。
大島教諭の3球目。次のボールは少し失速しながら斜めに落ちるように曲がる。
「今度はカーブかよ」
「いきなり三球三振を狙ってきたな」
『ボールッ』
が、これはストライクゾーンから外れてボールに。西村教諭のミットの位置からすると、ストライクを狙っていたようだが、大島教諭の変化球のコントロールはそこまで良くないのかもしれない。もしくは際どいところで空振りを狙ったかのどちらか。
いずれにせよ首の皮1枚は繋がった。康太はバットを構え直すと、ちらりと一瞬内野の守備位置を確認する。
「…………」
4度目のサイン交換の後、大島教諭の4球目は内角低めのストレート。これはうまく打たないと引っかけて内野ゴロだ。
「…………いけ……っ!」
とそこで、康太が構えを変えた。1回です高橋教諭が見せたものと同じ行動。プッシュバントだ。
ボールはピッチャーの横を抜けてサードに転がる――はずだった。
『バッター、アウト!』
運動神経が良いという評判を聞かないサードの長谷川教諭を狙ったプッシュバント。だがそのボールは、バットに当たりサードのファールライン上でバウンドした後、3塁ベースを越えることなく、ファールゾーンに転がった。
「だぁああっ!」
「おっしぃいーっ!」
Fクラスベンチから苦悶の悲鳴が上がる。今バントのが成功していたら、確実に1塁にランナーを置けただけに悔しさが増す。
「なぜ今のがアウトなんですか?」
「ファールだから続行じゃないんですか?」
「普通のバッティングだとそうなんだけど、バントだとツーストライク後のファールはストライク扱いでダメなんだ」
「じゃないと全部バントで粘られて泥仕合だからな」
バントはその特性上打ちやすい球やフォアボールを狙うことができる。そこに通常のファールボールの裁定をしてしまうと、試合自体が長くなってしまいピッチャーがかなり不利になる。それを防止するためのルールだ。
「狙いは完璧だったはずなんだがな」
「そうだな。だとしたら、問題はボールの方だな」
「じゃが、変化などは見られなかったようじゃが」
「たぶん握りだな。ツーシームとかで微妙に変化をつけられたんだろ」
「いわゆる、ムービングファストボールってやつか」
基本的なストレートは指にボールの縫い目が4本引っかかる『フォーシーム』と呼ばれている。対して今大島教諭が投げたのは指に縫い目を2本引っかける『ツーシーム』と呼ばれるもの。これによりほぼストレートと同じ球速で、回転数や空気抵抗の変化からバッターの手前で微妙に変化する。康太がバントを失敗したのも、このせいだと秀隆たちは予想した。
「よし! 土屋の仇は俺が討ってやるぜ!」
須川が次の打席に入る。代わりに康太がトボトボとベンチに戻ってきた。
「…………すまない」
「気にするな。狙いは完璧だった」
「癪に障るが、向こうが1枚上手だったってことだ」
「教師らも本気のようじゃの」
「まったく。大人げないよね」
皆で康太を労う。教師チームはFクラスをかなり警戒していゆようで、奇襲対策も怠っていない。
「…………秀隆」
「ん?」
ネクストバッターズサークルに向かう秀隆に、康太が耳打ちをする。
「……了解。ありがとよ」
「…………検討を祈る」
「おう。勝って皆でパフェ食おうぜ」
「待て。それも俺の奢りじゃねぇだろうな」
「んじゃ、行ってくる」
秀隆はネクストバッターズサークルに座ると、ジッと教師チームの守備、特に大島教諭と1、3塁の様子を観察した。
「……ぐ……!」
『ストライーッ!』
大島教諭の放った真正面からの渾身のストレートに須川が目を丸くしている。想像以上のボールに手も足も出せず、そのまま立て続けに剛速球を投げ込まれては大きく空振りを繰り返して須川が戻ってくる。
「すまねぇ……」
「気にするな。あれは中々打てねぇよ」
「……あれ、相当速いから気をつけろ」
「了解」
入れ替わりに秀隆がバッターボックスに入る。軽く屈伸や背伸びをすると、秀隆はバットを構える。
「驚いたぞ」
「何がです?」
西村教諭が大島教諭にサインを送りながら秀隆に話しかけてきた。
「お前の点数だ。きちんと勉強すれば、やればできるじゃないか」
「あんなもんドーピングっすよ」
「……やはりな。後日生徒指導室に来るように」
「げっ」
西村教諭の囁き戦法が効いたのか、秀隆はストレートに振り遅れ、バットがボールの下を掠める。
『ファールボール』
かろうじてボールがバット当たったのか、打球は西村教諭の顔の横を通り過ぎていった。
「…………狙ったのか?」
「んな余裕ねぇっての」
2球目。内角低めのカーブに食らいついてこれもファール。
「……随分と辛そうじゃないか」
「そう見えますか?」
「見えるな。大方さっきの落下ダメージが抜けきっていないのだろうな」
「そう思うんなら、そうなんでしょう、ね」
『ファール』
3球続けてのファール。秀隆の息が少し上がり、歯を食いしばるように顔が歪む。
「やはりな。あまり無理するもんじゃない。高々交流野球だからな」
「高々、ね」
『ボール』
4球目はコントロールを外したのかスライダーが外に抜けてボールに。それでも、追い詰められた状況は変わらない。
「たしかに、先生方からしたらただの学校行事の一環だろうな。いや、ほとんどの生徒にとっても同じか」
「お前たちは違うとでも?」
「少なくとも、俺たちは違うね」
『ファール』
次はストレートをカットしてファール。
「没収品がかかっているからか?」
「それもあるが、それ以上のもんがかかってるんでね」
「それ以上のもの、だと?」
『ボール』
「いったいそれはなんだ?」
「バカの未来」
『ファール』
あっさりと、しかし冗談めかした様子のない台詞。西村教諭は秀隆の回答に疑問を抱いた。
「分からんな。こんな試合の勝利の、どこにお前たちの未来を決めるものがあるというんだ」
「重要なのは勝ち負けじゃねぇんすよ。試合の先に、その答えがあるんで。だから――」
『ボール』
「俺は俺のできることを全力でやるだけだ」
秀隆がバットをギュッと握りしめる。西村教諭はその様子に少し考え込むと、内野に向かってサインを送る。西村教諭のサインに、大島教諭だけでなく、ファーストの布施教諭、サードの長谷川教諭も首を傾げる。
その一瞬の戸惑いを、秀隆は見逃さなかった。
大島教諭が腕を振り上げて、豪快に振り下ろす。そのボールは――
「「「チェンジアップだと!?」」」
ストレートと同じフォームで投げられたスローボール。大島教諭の投げた球は『サークルチェンジ』、別名『オーケーボール』。その名の通り、オーケーのハンドサインのようにボールを握り、ほとんど回転をかけずに投げるスローボールの一種だ。ストレートと同じフォームで投げられるで、見極めが難しく、魔球とも呼ばれることもある。
おそらくサインを出した西村教諭の作戦。この場面でサインを出す度胸もそうだが、それを指示通り投げきる大島教諭も流石と言わざるをえない。
「……っ!」
秀隆もボールがリリースされた時に察したのか、スイングを無理やりバントに変えた。最初からバント狙いの康太と違い、変則的なバスター打法だが、球威のないチェンジアップならプッシュバントで内野安打を狙える。それでも、
「これも読んできやがるってのか……っ!」
投球と同時に布施教諭と長谷川教諭、大島教諭までもがホームに向かってダッシュ。秀隆のバントを呼んでのこのシフト。西村教諭はここまで予想していたというのか。
誰もが絶望し、敗北の二文字が頭を過る。
そんな中、バッターボックスの中の悪魔だけがほくそ笑む。
「――ありがとよ先生方」
バットの先端を支えていた手が柄にスライドする。
「俺を、信じてくれてなぁ!」
内野が前進した瞬間、秀隆は強引に腰を捻ってバントからヒッティングの構えに戻した。
「…………ぐぅっ!」
そのまま無理やりバットを振る。無理な体勢で振ったせいか、ボールはギィンと鈍い音を響かせてフラフラとサード方向に上がった。通常ならサードフライに打ち取られてるボールだが、バント処理のために前進していた長谷川教諭はその打球に反応できず、ボールが頭上を越えていく。
レフトも慌てて前進して捕球を試みるが、そのままボールはポテンと3塁を少し越えたフェアグラウンド、レフト前に落ちる。
『セーフ!』
「っしゃぁーっ!」
「「「うおぉおおーーっ!!」」」
秀隆がベース上で腕を上げ、ベンチからも歓声が上がる。
値千金。反撃のランナーが、最高の場面で出た。
「……すみません。作戦ミスでした」
「いえ、西村先生のせいじゃりませんよ」
してやられましたな、という大島教諭に、マウンドで直接ボールを返しながら西村教諭が大島教諭に謝る。
「しかし、まさか神崎があんな行動にでるとは」
「……いえ、ある程度予想できたことでした」
「え?」
「私は『神崎が何かを企ている』と思っていました」
「? 私もそうですし、だからこそのあのサインだったのでは? 実際、あんな変則打法を企てていたわけですし」
「ええ。だからこそ、ヤツは『相手は自分の対策を考えている』と考えて対策の対策を講じていたのでしょう」
「なるほど。だから、『自分を信じてくれて』ですか」
「ええ。まったく。アイツときたら、相変わらず」
「でも西村先生」
「なんですか、大島先生」
「少し、嬉しそうですよ?」
「……笑えない冗談ですな」
「すみません」
西村教諭が不貞腐れた顔で守備位置に戻る。
その様子を痛む腰を擦りながら眺めていた秀隆の視線がふとグラウンドの外に向く。
そして、外に向けてニヤリと笑った。
最終回。5回の裏。ツーアウトランナー1塁。Fクラスの闘志は、俄然燃えたまま。最後の攻撃は、まだまだ続く。
ご感想などお待ちしております。
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