第二十六問
Aクラス中に雄二の悲痛な叫びが木霊するなか、
「中央の席空いてるか?」
空気が読めてないのか、はたまた態と無視しているのか、坊主とソフトモヒカンという特徴的な二人組が入店してきた。
「雄二、静かに。奴さんのご来店だ」
「……ああ」
頭を抱えながらも目敏く常夏コンビを発見しま雄二は、秀隆に指摘されるまでもなく冷静さを取り戻していた。
「ここは本当に綺麗だよな! どっかの『旧校舎のコスプレ喫茶』とは違ってよう!」
「そうだな! あそこは汚い上に飯も不味いからな!」
「食中毒に気をつけねえとな!」
『『ギャハハハッ!』』
周囲の非難めいた視線を気にする事もなく下品な笑い声を上げる常夏コンビ。演技ではなく素なのだとしたら、神経が図太いのか、若しくは酷く鈍感なのか。
「アイツらっ!」
「待て明久。慌てるな」
「ここで暴れたらそれこそ奴らの思う壺だ」
「ならどうするのさっ!?」
いきり立って声を荒げる明久。自分のクラスが貶められているのだから当然だろう。何も言わないが、秀吉や瑞希も明久と同じ気持ちだ。当然、秀隆と雄二も。
「落ち着け。俺に考えがある」
「雄二の考えは嫌な予感しかしないんだけど」
「気のせいだ。ところで姫路に島田、二人とも櫛を持ってないか?」
「櫛? あるけど?」
「少し貸してくれないか? ついでにエチケット用品もあれば貸して欲しい」
「別にそれくらいならかまいませんけど、一体何に使うんですか?」
ポシェットから櫛やリップクリーム等を出しながら瑞希が雄二に問いかける。この場面でそんな物を要求されたら誰だって疑問に思うだろう。
「今に分かる。おーい、しょ」
「呼んだ?」
「うおぅ!」
雄二が名前を言い切る前に、翔子は一瞬で雄二の側に現れた。
「メイド服を一着貸して欲しい」
「分かった」
雄二の要求に頷くと、翔子は徐に『自分の着ている』メイド服のボタンを外し、脱ぎだした。
「ちょっ! 霧島さん、ここで脱いじゃダメです!」
「そうよ! ここには狼(男子)が沢山いるんだから!」
「わぁ! お姉さんおっぱい大きいです!」
「だ、代表何やってるの!?」
「代表大胆だねぇ~」
いきなりストリップをしだした翔子を瑞希、美波、優子の三人が羽交い締めにして止めた。
「だって雄二が欲しいって言ったから」
本気で何故止めるのか分からないという表情で、翔子はさも当然の様に答える。正直、端から聞いたら危ない思考だと思われても仕方ないだろう。
「だ、誰がお前の着ている服が欲しいと言った! 予備があれば貸して欲しいって意味だ!」
まあ肝心の雄二が顔を赤くして外方を向いているのだから世話はない。
「……今持ってくる」
少し残念そうな顔をして、翔子はロッカールームにメイド服を取りに行った。
「まったく。帰って来たら代表が服を脱ぎ出してたから、何事かと思ったわよ」
「だよね~。てっきり坂本君に業を煮やした代表が辛抱出来ずに強行手段に出たのかと思ったよ」
「……否定出来ないから質が悪いわ」
目頭を押さえて呻く優子。しかしその場に居た全員が同じ気持ちだったので、優子の言葉が否定されることはなかった。
「それで、坂本君はメイド服なんかをどうするつもりなのかしら?」
「なに、あの傍迷惑な客にお引き取り願おうと思ってな」
雄二がいつもの厭らしい顔で答えていると、メイド服を抱えた翔子が戻ってきた。
「……持って来た」
「おう、悪いな」
「……貸し1」
「だそうだ、明久」
「なっ! ……しょうがないな。霧島さん、今度1日雄二を好きにしていいよ」
「なっ!」
「ありがとう。吉井は良い人……」
いつものように明久に厄介事を押し付ける雄二だったが、今回は明久の方が1枚上手だった。
「明久テメエ!」
「今はんな事どうでもいい。それより霧島」
「……何?」
「厨房を貸してくれないか? できれば食材も欲しいんだが」
「…………それはちょっと……」
「見返りは雄二の人生で」
「直ぐに用意する」
翔子は報酬の内容を聞くと直ぐ様厨房に駆けて行った
「テメエ何て事してくれやがったんだ!」
「五月蝿い」
「ゴフアッ!」
秀隆の右ストレートが雄二を一撃で沈黙させる。
「優子、手伝え」
「はぁ!? 何で私が?」
「五月蠅い客を追い払ってやるんだ。それくらいしろ」
「けど手伝いなら私より吉井君の方が」
「明久は雄二の作戦に必要だからな。んじゃ霧島、案内してくれ。あと工藤は奴らに注文を取ってくれ」
「ほ~い。てことはメニューは決まってるんだね」
「ああ。『特別メニュー』があると伝えてくれ。やり方は任せる」
「了解」
優子の抗論をそう切り捨てると、秀隆はとっとと席を立ち、翔子の案内で厨房がある教室隅のスペースに歩いて行く。優子も諦めたのか黙って秀隆の後ろについて行く。背後から『雄二が着ればいいじゃないか!?』と言う明久の悲鳴は二人とも聞かなかった事にした。
「それで、私は……って何してるのよ?」
「ん? ああ。伝令を少しな」
と言って秀隆はメールを打っていた携帯を閉じ、Aクラス厨房へと入る。教室の一角に設けられたとは思えないほどの広さの厨房では、十数人の生徒達がワタワタとなれない調理作業にてんやわんやしていた。
「……ここが厨房」
「サンキュ。冷蔵庫は?」
「奥のアレ」
秀隆は翔子に一言礼を述べると、そのまま奥に進んで行った。翔子が指さした方向には業務用の大型冷蔵庫が鎮座している。
「あ、ちょっと勝手に――」
「そのクレープ生地早く上げないと焦げるぞ」
「え? あ、ヤバっ!?」
「そこ。苺はヘタを取ってから洗うと甘味が落ちるぞ」
「え? あ、うん……」
「あと、そこのカレー。盛り付ける前にお玉の底をカレーの液面に数秒付けてから飯にかけると滴り難くなるぞ」
と奥に進みながらも料理のダメ出しを加えていく。
「……皆呆気に取られてるわよ?」
「だろうな。いきなり割って入って来た部外者にここまで言われたらな」
「自覚があるんなら自重しなさいよ!」
優子の注意を無視して、秀隆は冷蔵庫の中身を物色し始める。傍から見たらこれもかなり危ない行動だ。
「え~と。野菜はこんなもんか。あとは……お、網脂か」
「何それ?」
「牛とか豚の内蔵を覆ってる脂のことだよ。コイツは良いもん見つけたな。てかよく学園祭の模擬店でこんなもん用意したな?」
「その辺は代表とか高橋先生に任せていたから」
「…………神崎、これ」
とそこにクーラーボックスを持った翔子がやって来た。
「お、届いたか。悪いな霧島」
「…………問題ない。十二分に見返りは貰ったから」
「坂本君の人生だけどね」
それだけ言うと、翔子はフロアの仕事の為、店内に戻っていった。
「それで、それがさっきの伝令?」
「ああ」
秀隆がクーラーボックスの蓋を開けると、そこには丁寧にラップに包まれたピンク色の小判型の物が入っていた。
「それ、ハンバーグ?」
「そうだ。コイツを奴らに喰わす」
「……変なモノ入ってないでしょうね?」
「俺が料理でそんなことするとでも?」
「ないとは言い切れないわね」
「まあな」
実際にやりそうだし、過去に明久や雄二にはやったこともあるので、秀隆は否定しなかった。
「まあ今回は普通に美味い物くさせてやるだけさ」
「それが何で仕返しになるの?」
「ああいう手合いには物理的な仕返しより精神的に仕返しした方が後々有利になるのさ」
秀隆は悪魔も斯くやと言わんばかりの笑みを浮かべ、調理を開始した。
――30分後――
「にしても、『特別メニュー』って何だろうな?」
「さあな? けど中々気の利いた後輩どもじゃねえか?」
「確かにな。どっかのFクラス(落ちこぼれ)どもとは大違いだ!」
ギャハハ、とまた下卑た笑いを上げる常夏コンビ。そのせいか、彼らの周りだけぽっかりとドーナッツの様な穴が開いている状態になっていた。
「しかし遅いな」
「だな。召喚大会の時間が延長されたからまだ時間はあるが」
丁度工藤が注文を取りにいった時、『システムメンテナンスの為、3回戦開始時刻を1時間延期します』という主旨のアナウンスがあった。二人がここに留まっているのも、料理を頼んだのもそれが理由だ。
「お待たせしました。特別メニューの『チーズインハンバーグ』です」
「「おお!?」」
腹を空かせて待ちくたびれていた二人の前に、待望の料理が置かれた。アツアツに熱せられたステーキ皿の上には、これまたアツアツのハンバーグが湯気を立てており、ハンバーグにかけられたデミグラスソースも鉄板で熱せられ、ジュージューと音を立てながらその芳香が鼻孔を擽り、二人の食欲を倍増させていく。付け合せの人参のグラッセや茹でたジャガイモとブロッコリー、トウモロコシも鉄板で焦がされて美味しそうな焦げ目をつけている。その他にはライスとサラダと定番のハンバーグセットだ。
「こ、これ本当に500円か?」
「はい。何度も当店に足を運んでくださったお客様方へのサービスでございます」
どう考えても高々学園祭の模擬店の料理とは思えないそのクオリティに、流石の常夏コンビも警戒心を覚えたが、
――グー――
「……じゃ、じゃあ遠慮なく食うか?」
「そ、そうだな。折角のサービスだしな」
腹の虫には逆らえず、恐る恐るハンバーグを一口大に切り分ける。ナイフを入れたハンバーグは恐ろしく柔らかく、切込みを入れた瞬間に中から肉汁が溢れてきた。更には溶けたチーズもトロリと流れだし、チーズ独特の香りを発している。
「「……(ゴクリ)」」
増々素人が作ったとは思えない出来栄えに、思わず生唾を飲む。そして一口食べると――
「「うんまーーー!!」」
天井に顔を向けて大声で叫んだ。
「何だこれ!? 本当に素人が作ったのか? こんなの食ったことねえぞ!」
「ああ! こんなの食っちまったら、もうお袋のハンバーグなんて食えねえよ!」
「まったくだ!」
一口食べてしまったらもう後は食欲の赴くまま。一口一口噛みしめながらどんどんと胃袋に収まっていき、あっという間に平らげてしまった。
「「……ほう」」
料理を全て食べきって、常夏コンビは一息つく。アツアツのハンバーグを食べたため額には薄らと汗をかいていたが、それすらも心地よいほどの、食後独特の倦怠感に浸っていた。
「ご満足いただけましたか?」
と、タイミングを見計らったかのように工藤が二人に声を掛ける。
「ああ。満足も満足。大満足だ」
「俺もだ。あんな美味いハンバーグ食ったことねえよ」
「それは、それは。実はそのハンバーグを作った生徒が是非先輩達に挨拶したいと言ってるのですが」
「ほう。それは見上げた心がけだな」
「いいぜ。呼んでこいよ」
「分かりました」
この時工藤をよく知るAクラスの生徒は気がついていた。工藤の瞳が、セクハラをする時の様に爛々と輝いている事に。
「どうも。先輩方。俺の料理を大層気に入っていただいたようで」
「ああ。俺達もまんぞ……ってお前は!?」
「な、何でテメエがこんな所に!?」
現れた調理者、秀隆を見て、常夏コンビの表情がこれでもかというぐらいの驚愕に歪む。今まで散々バカにし、否定し、蔑んできた人物が、自分達が今まで食べたこともないほどの料理を作ったのだ。驚くなという方が無理だろう。
「んで。どうだったよ。Fクラス(落ちこぼれ)の作った料理は?」
「ぐっ……」
ここに常夏コンビと秀隆だけ、もしくはここがFクラスだったらいくらでも否定できたであろう。しかしここはAクラスで更には生徒、客が大勢いる。何よりその大勢の中であれほど大声で絶賛したのだ。もはや彼らが否定することはできない。
「ほら。どうしたよ。何かないのか?」
「て、テメエ最初からAクラスとぐるになって俺達を嵌める気だったのか?」
「何の事だ。俺はただ『偶々』ヘルプを頼まれたからここにいて、『偶々』先輩方が頼んだメニューを担当しただけだが?」
「じゃあ、態々俺達の前に現れる必要もねえだろ!」
「いやあ。俺の拙い料理を物凄く絶賛してくれたって聞いて、是非一言お礼を言いたいと思いましてね」
秀隆の料理を絶賛した事が事実なだけに、大声で否定できない上に、浴びせられるような秀隆の慇懃な言葉。常夏コンビを苛立たせるには効果抜群だった。
「テメエ! こっちが下手に出てりゃいい気になりやがって!」
苛立ちが限界にきて、お決まりの台詞を吐きながら秀隆に殴りかかる夏川。
「ほっと」
「おわっ!」
秀隆は大ぶりなその攻撃をひらりと躱すと、夏川の足を引っ掛ける。当然勢いがついて止まれない夏川はそのまま倒れ込む。
「きゃあっ!」
と、倒れ込む際に『偶然』通りかかった女子生徒を押し倒してしまった。
「ててて……。あ、悪、い?」
「あ……」
起き上がろうとした夏川の手は、地面ではなくその女子生徒の胸元に着いていた。女子生徒が、口を開く。
「きゃあああああああああ!! この人痴漢です!」
「なっ! ちが、これは偶々!」
空気が振動しそうなほど大きな声で叫ぶ女子生徒。夏川は慌てて冤罪を主張するが、
「くたばれ痴漢野郎!」
横からやって来た『赤髪』の男子生徒に殴り飛ばされてしまう。
「なっ! テメエはFクラスの坂本!?」
「公衆の面前で痴漢行為とは不貞の輩どもめ!」
「違う! 今のは偶々手がついただけで――」
「そこの禿は明らかに女子生徒の胸を揉みしだいていただろう! 俺の眼は節穴じゃないぞ!」
100人に聞いたら100人が節穴だと言うだろう。しかし、今までの常夏コンビの態度のこともあり、彼らを擁護する者はここにも一人もいなかった。
「くッ! おい、夏川大丈夫ってお前何やってんだ!?」
「え? 何ってこの禿の頭にブラジャーを瞬間接着剤でくっつけようと」
「あ、お前はFクラスの吉井じゃあねえか!?」
「な、バレた!?」
倒れた際にウィッグが取れていたのだろう。夏川心配してそちらを向いた常村に気づかれてしまった。
「くそっ! 行くぞ夏川!」
「げっ! これ取れねえじゃねえか! テメエら覚えてろよ!」
数的に不利だと感じた常夏コンビは、すぐさまその場を逃げ出した。
「逃がすか! 追うぞアキちゃん!」
「了解! けどその呼び方は止めて!!」
雄二と明久も直ぐに常夏コンビの後を追う。
「行っちまったか」
「秀隆は追わなくてもいいの?」
「あの二人で十分だら」
「ま、そうね。ところで支払いは?」
「霧島。支払いは『坂本雄二一人』で頼む」
「……分かった。」
自分の身が売られているとも知らずに。
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