第二十九問
4回戦を無事勝利で終え、秀隆達が教室に戻っていると、途中で何やら言い争いをしている明久達と遭遇した。
「どうしたお前ら? 何揉めてんだ?」
「あ、秀隆。別に何でもないよ?」
「そうか? まあどうせお前がセクハラ言っても間に受けられて困ってたってとこだろ」
「……秀隆って偶に人の心が読めるんじゃないかって思う時があるよ」
「んなことできたって碌な事ねえっての。それより、結果はどうだったんだよ?」
明久達がここに居るという事は、既に試合が終わっているということ。秀隆としては明久と雄二に勝っていてもらわなければ困るところだが。
「……雄二の勝ちだったよ」
「……ええ。坂本の一人勝ちね」
「……はい」
「明久は同じチームなのに負けたのかの?」
雄二以外は一様に沈んだ面持ちで結果を述べた。
「大方、雄二が明久を巻き込んで姫路を撃沈。その後島田を屠ったってところだろ?」
「……お前実は影分身とかできるんじゃないか?」
「お前らが姫路に勝つ方法なんてそれくらいしかないだろうが」
秀隆の指摘に、雄二は「まあな」と短く答える。
「それより雄二。疑問が確信になったぞ」
「ほう」
秀隆は声を潜め、先程のBクラスコンビとのやり取りを雄二に説明した。
「……なるほど。こりゃもう黒だな」
「ああ。後は向こうがどう出るかだな。出方次第では首根っこを押さえられる」
「そうだな。こっからが本番だな」
「二人とも話してるのよ? もう教室に着くわよ?」
コソコソと話す秀隆と雄二に美波が眉を顰める。
「何でもねえよ」
そうこうしている内に、教室に戻って来た。
「バカなお兄ちゃんお帰りなさいです!」
「ぐふっ!」
秀隆が扉を開けるや否や、葉月が中から飛び出して来て明久に抱き着いた。その頭頂部が的確に明久の鳩尾にクリティカルヒットしていたが。
「さて、姫路達は喫茶店の方に集中してくれ」
「あとは僕達に任せてさ」
瑞希と美波のコンビが負けたので、今Fクラスで残っているのは明久達4人だけとなった。
「……そうね。少し視線が気になるけど、売り上げの為に頑張りますか!」
「はい!」
美波は腕まくりをして気合を入れ、瑞希はぐっと拳に力を籠める。
「……康太。例の件どうなってる?」
そんな二人を見ながら、さりげなく秀隆はムッツリーニに近づき、小声で話す。
「…………問題ない。ちゃんと作動している」
「そうか。ならいい」
「…………けど、本当にいるのか?」
「念の為だよ」
誰も気づかぬうちに、秘密裏に事は進んで行く。
――その日の夜――
「……ふむ。まあこんなもんか」
作業を終えた秀隆が背伸びをする。机の上には今日の売上数が書かれたノートとエクセルファイルの開かれたノートパソコンにコーヒーの入ったマグカップ。秀隆は今日の売上を集計し、パソコンに入力していた。常夏コンビの妨害もあり、予定していた額よりも売り上げは出なかったが、大会中の宣伝や準決勝にFクラスのコンビが2組も残ったという話題性もあり、明日は今日よりも客足は伸びるだろうと予想していた。
「あとは明日どんだけ巻き返せるか、だが――」
――♪♪♪――
「ん?」
と、秀隆の携帯の着信がなる。その画面に表示された相手先は、
「秀吉?」
画面に表示された相手は『木下家』。秀吉は携帯を持っていないので、秀隆に連絡する時はいつも家からかけていた。しかし、その時も大体秀隆の家電にかけていたので、携帯は家電に出なかった時くらい。いきなり携帯にかけてくることはあまりなかった。
「……もしもし?」
「秀隆かの? わしじゃ、秀吉じゃ」
「ああ。どうかしたか?」
「姉上がそっちに行ってないかの?」
言い知れぬ不安を抱きながら電話に出た秀隆は、秀吉の言葉で的中した事を悟った。
「いや。こっちには来てない。というかお前と一緒に帰ったんじゃないのか?」
「いや、わしが帰った時に姉上は出かける支度をしておった。霧島や工藤と明日の買い出しに行くと言っておったが――」
「そっから帰ってないってことか」
「うむ。もう外も暗くなっておるし、母上も心配してるのじゃが……」
「わかった。取り敢えず秀吉は連絡網で工藤の家に工藤が帰っているか確認してくれ」
「心得た。また連絡するぞい」
秀吉との通話が終わると、すぐさま秀隆は明久の携帯にかける。
「――あ、秀隆丁度良かった。今電話しようとしてたんだ。実は」
「姫路と島田がまだ家に帰ってないんだな?」
「えっ!? 何で分かったの?」
「今はそんな事どうでもいい。で、状況は?」
「あ、うん。今日姫路さんと美波と帰ってたんだけど、二人とも買い物があるからって途中で別れたんだ」
「一緒には行かなかったのか?」
「ついて行こうとしたんだけど、二人に大会の勉強に集中してくれって頑なに断られちゃって、仕方ないから別れて帰ったんだけど」
「それで、まだ帰ってないって連絡があったわけか」
「うん。ねえ秀隆、何か心当たり――」
――ピッ――
明久との通話を一方的に打ち切り、今度は雄二の携帯にかける。
「雄二。俺だ」
「秀隆か? 悪いが今話ししてる暇は――」
「姫路と島田がまだ家に帰ってない」
「……何だと? 姫路と島田もか?」
「『も』って事はやっぱり霧島もなんだな?」
「ああ。ってお前がやっぱりっていう事は」
「優子も帰ってないらしい」
暫しの沈黙。お互いが自分の思考を巡らせていた。
「秀隆、お前はどう見る?」
「どうもこうも。主犯はこの『一連の』騒ぎと同一犯だろ」
「だよな。しかし、こうも早く来るとは思いもしなかったが」
「それだけ向こうも焦ってるってことだ」
「それはそうだが。こう大事になってくるとこっちも動きにくくなるぞ」
女子高生4人ないし5人が暗くなっても未だ家に帰って来ないとなると、下手したら警察が動きだしてもおかしく無い状況である。こうなると、秀隆達の力だけでの解決は難しくなる。
「その辺は俺に任せろ。心当たりがある」
「心当たりって……お前何する気だ?」
「別に? 昔みたいにすこしやんちゃするだけだよ」
「やんちゃって……まさかお――」
雄二との通話も打ち切り、今度はムッツリーニの家にかける。
「もしもし? 夜分にすいません。自分は土屋康太君のクラスメイトの神崎……」
「……俺だ」
「なんだ康太か。それならそうと早く言ってくれ」
「……言う前にお前が話し出したんだ。それより如何した?」
「姫路達がまだ家に帰ってない。ちょっと確認してくれ」
「……分かった。少し待ってくれ」
秀隆の口調から只ならぬ雰囲気を察したのか、ムッツリーニが彼には珍しくあわただしく動いているのが電話口から伺がえた。実は秀隆は前もってムッツリーニに姫路達の衣装や持ち物の一部に発信器を仕掛けるように依頼していた。理由は、今もって最悪の形で現実になっていた。
「……待たせた」
「場所は?」
「○○丁目□□番地」
「分かった。サンキューな」
「おい。一体何――」
ムッツリーニとの会話も強制的に切り上げ、秀隆は残っていたコーヒーを一気に飲み干した。
「……さて、ちょっくら一暴れして来ますか」
自転車のカギを乱暴に引っ掴みながら秀隆は一人夜の町に繰り出す。
――○○丁目□□番地――
自転車を走らせて数十分。秀隆は目的の場所へと到着した。ムッツリーニにから聞かされた場所は、今は使われなくなった元金属加工の廃工場。そんな場所から発信器の反応があれば、最悪の事態が予想された。誰もいない筈の向上には灯りが灯され、外からでも分かるほどの騒ぎ声が聞こえているのも、それを裏付けている。
「典型的な不良の溜まり場ってやつか。まあこんな荒事頼むには金で動くような頭の悪い不良やチンピラが持って来いだな」
錆びついた門の外から様子を窺いながら一人呟く秀隆。この辺り一帯は廃工場が並びゴーストタウンの様に静まり返っている。勿論街灯の類は殆どなく、黒いパーカーを着た秀隆が簡単に紛れてしまう程の暗さである。
「……さて、こっからどうするかな?」
そろりそろりと工場の屋内に入り、まだ辛うじて原型を留めている窓の下に潜り込んだ秀隆。ここまでの潜入は順調。しかし問題はここからである。
「物陰か裏口から攻めるか? けどバレたら流石に面倒だな」
「そりゃ一人でこんなとこに来るからな」
「そうは言ってもだ――!?」
自然と入ってきた会話に、秀隆が驚いて振り向くと、そこには見慣れた、見飽きる程見てきた顔ぶれが4つ。
「お前ら、何でこんなとこに来た!」
叫びあがりそうになる声を何とか抑え。秀隆は明久達を問い詰める。
「何で? 姫路さん達を助けたいからに決まってるじゃないか!」
さも当然のように言い放つ明久と、同意する秀吉とムッツリーニ。
「康太。さてはテメエ」
「……教えるなとは言われなかった。だから教えた」
瑞希達がここに居ることを把握できたのは、ムッツリーニと秀隆だけだった。それなのに明久達がここに来ている事から、ムッツリーニにが教えたことは明白。
「テメエ。何でコイツ等を止めなかった?」
状況から見てかなり危険であることは予想された。そんな所に明久達が来るのを止めもせず、ましてや率先して連れてきたであろう雄二を、秀隆は非難の眼差しで睨みつける。
「コイツ等が止めて聞くようなタマかよ?」
「それを止めるのがテメエの仕事だろうが」
「あ? 何時俺がコイツ等のお守り役になったんだ?」
大体な、と今度は雄二が秀隆に詰め寄る。
「ふざけんのも大概にしろやコラ」
「んだと?」
秀隆の胸倉を掴み、ドスを効かせた声で唸る雄二。秀隆はそれにビクともせず、睨み返す。
「テメエ。自分一人で全部背負ってる気になってんじゃねえぞ」
「そうだよ。僕達にも背負わせてよ」
「わし等だけ秀隆にオンブにダッコは嫌じゃぞ」
「……(コクコク)」
秀隆を真っ直ぐに見つめながら訴える明久達、しかし秀隆はそれでも明久達を突き放す。
「だめだ。とっとと帰れ」
「けど――」
「帰れ」
凄みを効かせて脅しにかかる秀隆。だが、明久達も譲らない。
「いやだ」
「いやじゃ」
「……断る」
「だそうだが?」
無論、雄二も最初から帰る気など毛頭ない。秀隆は増々頭を抱える。
「お前ら分かってんのか? もし警察沙汰に出もなったら明日の売上に」
「明日の売上と姫路さん達を天秤に掛けられるわけないだろ!」
今度は明久が秀隆に激昂をぶつける。普段の明久からは信じられない気迫。まるでBクラス戦で根本の悪巧みを知った時、いやそれ以上だった。
「……」
秀隆がチラリと秀吉たちの方を見る。秀吉もムッツリーニも、その瞳に宿した意志は、明久と同じだった。雄二は表情だけは飄々としていたが、眼の奥がギラついているのが見て取れた。結局。この場にいる全員が同じ気持ちなのだ。
「……はあ。わーったよ。お前ら、覚悟決めろよ?」
ついに秀隆が折れた。
「勿論!」
「当たり前じゃ」
「……既に出来ている」
「だ、そうだ」
「そうだな。聞くまでもなかったな」
全員心の準部は満タン。後は、行動あるのみ。
「けどさ、実際どうするの? さっきまで悩んでたみたいだけど?」
「ありゃ俺一人で行動してたからな。けど、テメエ等が居るなら話しは別だ」
口の端を吊り上げ、瞳を輝かす秀隆。もう既に彼の中ではプランが整いつつある。
「テメエ等。耳の穴かっぽじってよーく聞けよ?」
かくしてFクラスバカ5人組による救出作戦が開始される。
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